【完結】(白面)ノ 剣【神様転生】   作:器物転生

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【あらすじ】
獣の槍と<莫邪>と、
うしおと姉ちゃんは、
穴に吸い込まれました。


造剣の名工は剣を打った

 オレは"冥界の門"に落ちた。だけど生きているらしい。目覚めると、建物の中で寝かされていた。背中には固い地面の感触があって、胸にはボロボロの布が掛けられている。床も壁も土造りで、まるで古代のような家屋だった。そしてオレの近くに、だれか座っている。

 

「うっ、うしお! よかった……」

 

 姉ちゃんの声が聞こえて、起こそうとしていた体を押し倒された。"ぎゅっ"と抱きしめられる。小さくて"かわいい"姉ちゃんに抱きしめられて、オレは一気に目が覚めた……初めて会った頃の姉ちゃんは近付く事すら怖がってたけど、こうやってオレを受け入れてくれるようになったなぁ……。

 

「ここは……? たしかオレは穴に落ちて……」

「ここは冥界だ。"あの世"から"この世"へ、君達は落ちてきた」

 

 老人の声が聞こえる、見ると焚き火の向こうに、見知らぬ老人が座っていた。肉を貫いた鉄串が、焚き火の側に突き立てられている。それと、斗和子の尻尾で全身の骨を折られていたはずの姉ちゃんは、見る限り元気になっていた。あんな大怪我も、すでに治っているらしい。すごいな

 

「あんたは……?」

「君達を拾った冥界の亡者じゃよ。こう見えて、わしも死んでおる」

 

「そうなのか、ありがとう! おかげで助かったよ。オレは蒼月潮って言うんだ」

「わしは剣造りを生業(なりわい)としている干将という者じゃ」

 

 ここはオレ達で言う"あの世"なのか? とにかく老人は、オレを助けてくれたらしい。鬼や妖怪ではなく、見る限りは人間のようだ。それにしても<干将>って名前は、気を失う前に聞いた覚えがある。キリオによると干将という人は、姉ちゃんの剣を造った人らしい。ここで会ったのが偶然とは思えない。いいや、それよりも……、

 

「おじいさん、ここって冥界なんだよな? オレ達は地上に戻らなくちゃならないんだ」

 

 怪我を負っていたオヤジや、光覇明宗の僧侶たちは如何なったのか。キリオとメイドさんは無事なのか。シャガクシャは……心配ないか。 "白面の使い"もとい斗和子は撃退できたのか? もしも出来なかったとしたら、みんなが危ない。今すぐにでも戻って……だけど、そうして戻って戦う力を持たないオレに、なにが出来るんだ?

 

「そうじゃの……君は生きている人間じゃ。こちらの食べ物を口に入れなければ、"あちら"へ戻るのは不可能ではない」

「こっちの食べ物を食べちゃいけないのか?」

 

「どんなに腹が空いても水も含めて、こちらの世界の物を口に入れてはならん。この世界の物を身の内に入れれば、あちらの世界へ君は帰れなくなる」

「そうなのか……じゃあ、腹が空く前に帰らないと。おじいさんオレは、どうやったら地上に帰れるんだ?」

 

「まあ、待て。まだ時間はある。"君"が食べても問題のない物もある。半日ほど、わしの用事に付き合ってくれんか?」

「ごめん、おじいさん。オレたち、急いで帰らないと行けないんだ」

 

「わしの用事というのは、この槍の事じゃが……」

 

 老人に指し示された場所にあったのは、真っ二つになった獣の槍だった。姉ちゃんの剣だった白黒の欠片も置いてある。手に取って触っても、槍に反応はなかった。でも、よかった。壊れたとは言え、これは光覇明宗に返さなくちゃならない。老人が拾ってくれたんだ。

 

「拾ってくれて、ありがと。これ壊れてるけど大切な物なんだ」

「そうか。ならば、この槍を打ち直してやろう。その代わりとして、こちらの剣の破片を貰いたい」

 

「おじいさんは、獣の槍を直せるのか!?」

「ああ。まだ、この槍は生きておる。たとえ刀身を断たれても、その魂まで死んではおらん」

 

 だけど、老人の話に乗っていいものか。"オレと姉ちゃん"が食べても問題のない物なんて、都合の良いものがあるのか? 老人は本当に槍を直せるのか。槍を直せる可能性があるのか。今すぐ地上へ戻った方がいいんじゃないか? その地上へ戻る方法をオレは知らない……そもそも老人が欲している物は、姉ちゃんの剣だ。

 

「姉ちゃんは、剣をおじいさんにやっても良いのか?」

「うっ、うん。その子は、もう死んでるんだって……」

 

「そっか……ところで姉ちゃん、地上に帰る方法って分かるか?」

「わっ、わかんない……」

 

 いつものようにオドオドした様子で、目を逸らしながら姉ちゃんは言う。知らないという。だけど、その声の調子から察するに姉ちゃんは「知っている」。知っているのに「知らない」とウソを吐いたのか? そうする理由があるのかも知れない。なぜウソを吐いたのか、教えて欲しかった。

 

「おじいさんの話を断ったとしても、帰る方法は教えてくれるのか?」

「良いぞ。この近くに"あちら"へ繋がる道がある。妖や死人では出口まで辿りつけぬが、生きている人間であれば辿りつけるじゃろう」

 

 帰る方法を、あっさりと教えてくれた。オレの考え過ぎか。だけど出口を教えてくれたのに、このまま帰るというのは老人に悪い気がする。それに獣の槍が直ればオレも戦える。地上に帰った後で、ここに戻って来れるとは思えない。答えを先払いされたんだ。その信頼にオレも応えたいと思った。

 

「分かった。ここで槍が直るまで待つ……その槍は昔、ある人が其の身に代えて造った槍なんだ。その槍と一緒にオレは戦いたい。だから頼むよ」

「任せるがいい。槍ではなくなるかも知れぬが、わしの意地にかけて直そう」

 

 そう言って老人は、白黒の欠片を布に包み、壊れた槍を持って立ち上がった。これから剣造りの小屋で作業を行うので、ここで待っているように言われる。外は危険なので出歩かない方が良いらしい。作業が終わる半日後まで、この小さな小屋の中で過ごすのか。だけど1人じゃない。姉ちゃんと一緒だ。

 

「おっ、お腹へって無いかな? これ、食べてみたら……」

 

 そう言って姉ちゃんが差し出したのは、火で炙られた肉だった。おいしそうだ。だけど食べても大丈夫なのか? あの老人は"オレ"が食べても問題のない物と言っていた。そんな物が、こちらの世界に存在するのか? これを食べたら帰れなくなるかも知れない。そう思うと口にできなかった。

 

「たっ、食べないの? だっ、大丈夫だよ。この肉を穫ってきたのは私だから……」

「えっ? この肉って姉ちゃんが? じゃあ、これって何の肉なんだ?」

 

「えっ、えっと……うしおは黄泉の国って知ってる?」

「オヤジから聞いた覚えがあるけど、詳しい事は知らないな」

 

「こっ、この国の神様が、死んだ妻に会いに行く話だよ?」

 

 死んだ妻に会うために、夫が黄泉の国を訪れた。黄泉の国の扉越しに妻は帰るように言うけれど、夫は一目会いたいと頼み込む。すると妻は折れて、しばらく待っているように夫へ言った。だけど夫は待ち切れず、黄泉の国へ踏み入ってしまう。そこで腐った肉の塊と化した妻の姿を目にした夫は、悲鳴をあげて逃げ出した。

 正体を知られたと気付いた妻は、追っ手を放って夫を追う。すると夫は身に付けていた髪飾りを投げ、櫛を投げ、道端に生えていた"桃"を投げ、妻の追っ手を追い払った。そうして妻を振り切ると、最後は大きな岩で黄泉の国へ繋がる出入口を塞いでしまう……オレと姉ちゃんの落ちた"冥界の門"って、これの事なのか?

 

「そっ、その話に出てくる桃は魔物を払う力があるって……こっ、この肉が、その桃なの」

「えっ? でも、肉は桃じゃないだろ?」

 

「もっ、桃は人間の体を表すこともあるの。だっ、だから大丈夫だよ?」

「そうなのか……」

 

 ちょっと意味が分からない。人の形をしている物には、不思議な力が宿るのだろうか? 分からないけれど、姉ちゃんを信じて食べてみようと思った。姉ちゃんから受け取った肉を食べて、オレは腹を満たす。おいしいとは言えない。なにを食っているのか分からなくなる味だった。結局、この肉は何の肉だったのか。妖怪の肉かも知れないから、知らない方がいいのだろうか?

 

「うっ、うしお……おいしかった?」

「ああ……うん……」

 

「そっ、そっか……よかった」

 

 オレの何とも言えない返事に、姉ちゃんは嬉しそうだ。おいしいとは言ってないんだけど……ウソを吐いたようで心苦しく思う。それからオレは、姉ちゃんと共に暇を潰した。それから何時間経ったのか分からないけれど、外から鉄を打つ音が聞こえ始める。獣の槍を打ち直しているのか。暇なので外へ出たいけれど、老人に外は危険だと言われている……あれ? でも姉ちゃん、"肉を穫ってきた"って言ってたよな。今は姉ちゃんの剣も壊れているのに、そんな危険な場所から肉を穫ってきてくれたのか。

 

 

 寝ていたオレは揺り起こされる。いつの間にか半日経っていた。起き上がったオレは、老人から剣を受け取る。なんで剣なのかと言うと獣の槍は、剣へ打ち直されていた。ちょっと大きめの鞘に納められた剣を手に取ると、その意思が流れ込む。ギリョウさんが帰ってきた。形は違うけれど、たしかに獣の槍は復活している。

 そういえば獣の槍は元々、ギリョウさんによって剣として造られていた。それがギリョウさんと一体化する事で、刀身が剣のように大きな槍になったんだ。槍の時は柄が長かったけれど、剣になったので短くなっている。刃の届く範囲が小さくなったのか。距離に気を付ける必要がありそうだ。

 老人の用事が終わったので、オレと姉ちゃんは地上へ繋がる道まで案内される。その道を通るために必要らしい松明を、老人から渡された。剣を打ったばかりだから休んだ方が良いんじゃないかと思ったけれど、休憩はオレが寝ている間に済ませたらしい。家屋の外へ出ると、ちょうど夜明けの時間だった。マンガのように巨大な太陽が空に昇っている。

 地球から見える太陽と同じ物とは思えない。そっか……地球の地下に、冥界がある訳じゃないんだ。「"冥界の門"は別の世界への入口」とキリオは言っていた。老人も"地上"と言わず、"あちらの世界"と言っていた。地球には"地球の太陽"があり、冥界には"冥界の太陽"があるのだろう。

 

 家の周りに様々な剣が突き立てられている。老人によると結界のようなものらしい。たしかに剣群の外から奇怪な妖が、こちらの様子を探っていた。1匹や2匹ではなく、たくさんだ。老人によると妖の目的は、生きているオレの体だ。さっそく獣の槍もとい獣の剣の出番かと思ったら、老人が地面に刺さっている一振りの剣を抜いた。

 

「――去ね」

 

 老人が剣を振ると斬撃が飛ぶ。それは妖たちを薙ぎ払った。地面でモゾモゾと動く妖たちが、その場から去って行く。老人は剣を収めると、前を歩いて先導を始めた……もしかして老人は、すごく強いのか? そう思って聞いてみた。老人によると自身が強いのではなく、剣の力らしい。その剣も老人が造った物だ。やっぱり、この人が姉ちゃんの剣を造ったのだろうか。

 

「おじいさんは、白い剣を造った人なのか? 姉ちゃんの剣を造った人は"干将"だって、聞いた事があるんだ」

「ああ、その通りじゃ。あれは今から、1000年以上も昔の話になるな」

 

 

 老人は造剣の名工だった。名家から妻を迎え、夫婦の契りを結んでいた。ある時、王から名剣を鍛えよと命を受ける。だけど3年かかっても、特別な金鉄は炉の火に溶けなかった。このままでは王の怒りで身を滅ぼされてしまう。なんとか溶かす方法を探していた老人は、別の名工が妻と共に作業場へ赴いている事を突き止めた。

 そこで老人も妻を連れて作業場へ赴く。そして髪や爪を炉に投げ入れる予定だった。だけど、そこで予定外の事が起きる。なんと思い詰めていた妻が、炉に身を投げ入れてしまった。これ以上時間をかければ王を怒らせてしまうと……呆然としている老人の目の前で炉が虹色に輝き、金鉄は溶け合う。妻が神に身を捧げて奇跡を起こしたのだと悟った老人は、妻の決意を無駄にしないために、炉から取り出した鉄で剣を打った。

 そうして雄剣である短剣の<干将>、雌剣である長剣の<莫邪>を造り上げる。自身の名前を付けた<干将>を手元に置き、妻の名を付けた<莫邪>を王に捧げた。だけど3年もかかった事に王は怒り、さらに密告で<莫邪>と対になる<干将>の存在を隠している事が露見してしまう。怒り狂った王は、老人の処刑を命じた。しかし、その時、

 

――るんっ、と妻の剣が鳴いた。

 

 すると老人を処刑しようとしていた兵士が、自らの喉を突く。周囲の兵士たちも、同じ有様だった。女官たちも床や壁に頭を打ちつけ、あるいは素手で喉を掻きむしった。何ともなかったのは老人と王だけだ。老人の仕業だと思い込んだ王は、妻の剣で老人の首を刎ねようとする。しかし、王の全身は瞬く間に変わり果て、白い鎧となった。

 

『危ない所だったなー』

 

 剣から聞こえたのは、聞き慣れた妻の声だった。妻が剣となっても、夫である自分を助けてくれた事を悟る。こうなれば地の果てへ逃げるしか無いと思った老人は、妻の剣を手に取ろうとした。だけど白い鎧は剣を持ったまま、老人の前から姿を消す。慌てて白い鎧を追った老人は、都に響き渡る剣の音色を耳にした。

 すると都に住む人々が、自傷行為に及び始める。老人は白い鎧を追って、都を走り回った。そうして目にしたのは死体の数々だ。音色を聞いた者は死に至り、そうでない者は白い鎧に斬り殺されていた。老人の見知った人々も、白い鎧に殺し尽くされた。そんな非道な行いを目にして、老人は「なぜ殺すのか」と問いかける。

 

『ひひひ……だって、もう人間じゃないから、人を殺しても良いでしょう?』

 

 白い鎧は妻の声で、そう言った。それを妻だと老人は信じられなかった。だけど妻は老人に、剣造りの名工だから契りを結んだ事を明かす。妻は器物へ魂を移し替える事を企み、より良い容れ物として、老人の造る剣となる事を選んだ。だから妻は炉に身を投じ、神に身を捧げたという。

 狂人の戯言(たわごと)にしか思えない。妻は邪神に魂を売り渡し、魔物と化してしまったのだ。老人は隠し持っていた<干将>を、白い鎧へ向けた。だけど白い鎧は老人を斬り殺す事はなく、そのまま都を去る。老人は白い鎧を追って旅を始めたものの、不死の体を持っている訳でもない老人は、すぐに命を落としてしまった。

 

 

「まあ、そういう訳じゃ。それから1000年の間、冥界で妻を待っていたのだが……昨日、とつぜん剣の欠片と共に、君達が空から降ってきた。ずいぶん待ったが、わしの下に妻は帰ってきてくれたようじゃな」

 

 安心したように老人は言う。多くの人を殺した剣だけれど、老人は未だに妻と思っているんだ。そういえば白い剣の欠片に、黒い剣の欠片が混じって、白黒になっていた。対になっていた剣が、一つになったんだ。もう壊れてしまったけれど姉ちゃんの剣には、妻の魂が宿っていたのか。そんな話をしている間に目的地へ着いたらしい。そこは車が入れるほど大きな洞窟だった。

 

「この穴を進めば"あちら"へ戻れるじゃろう。死んでいる人間が入っても同じ場所を歩き続けるだけじゃが、生きている人間ならば"あちら"へ辿りつける。ただし、そっちの子は君が背負って行かなければならないな。そうしなければ離れ離れになるだろう」

「そっか、色々とありがとう。助かったよ」

 

「それと絶対に後ろを見てはならん。冥界に引き戻されてしまうからな。前だけを向いて歩くのだ」

 

 鞘に納めた剣を腰に結び付け、姉ちゃんを背負う。老人から貰った灯りの松明(たいまつ)は、姉ちゃんに持ってもらった。そうしてオレと姉ちゃんは、老人と別れる。オレが死ぬまで、二度と会う事はないだろう。老人の忠告通り、後ろは振り向かない。足場の悪い洞窟の、暗い闇に踏み入った。

 

 

 老人から貰った松明が、半分になって不安に思う。すべての松明が燃え尽きる前に、戻るべきなんじゃないかと思った。だけど老人の「後ろを見てはならん」という言葉を思い出す。あれは「後戻りするな」という意味だったのか。老人の言葉を信じてオレは進む。姉ちゃんが心配しているけれど休んでいる暇はなかった。火を起こせないので、松明の火を消して休む事はできない。

 広かった洞窟が、少しずつ狭くなっている。狭い場所にいるという圧迫感が強まった。精神にかかる重圧が、肉体の疲労として現れる。本当に"あちら"へ繋がっているのかを不安に思っていたけれど、先の事を考えるのは止めた。前に一歩踏み出す事だけを考えて、オレは足を進める。

 ふと背負っている肉の感触を思い出した。感覚が鈍って、姉ちゃんの事を忘れていた。そうして、あらためて背中の感触を再確認すると違和感を覚える。オレの首に回された姉ちゃんの手をチラリと見る、すると、そこには肌色の腕ではなく、火で炙る前の生肉のような腕があった。

 

「うわっ!?」

『びびナいで』

 

 耳の後ろから変な音が聞こえる。おかしい。オレは姉ちゃんを背負っていたんじゃないのか? なにか別の物を背負っている。いつの間にか、化物と姉ちゃんが入れ替わったのか。背中に感じる肉の感触が、鳥肌が立つほど気持ち悪い。思わず振り払ってしまいそうになったけれど、思い止まった。

 背中に感じる肉が、プルプルと震えている。その震え方に姉ちゃんを思い浮かべた。まさか、これは姉ちゃんか? オレの首に回された姉ちゃんの腕は、さっきと変わらず肉の塊だ。どうして、こんな姿に? 首を後ろに回そうと思ったけれど、老人の忠告を思い出して止めた。姉ちゃんに事情を聞こうと思っても、なぜか姉ちゃんの声は不快な化物の声にしか聞こえない。

 聞こえない……いや、待てよ。疑うべきは姉ちゃんではなく、オレの感覚だ。オレは正常だろうか? 姉ちゃんが肉の塊になったのではなく、オレの視覚や触覚や聴覚が狂っているんじゃないか? 姉ちゃんが化物になったんじゃない。姉ちゃんが化物に見えているだけなんだ。

 

「なんでもないよ、姉ちゃん」

『ぶっ、ぶン……』

 

 姉ちゃんが何を言っているのかは分からないけれど、ちゃんと受け答えは出来ている。やはり、おかしいのはオレの感覚だ。間違っているのはオレだった。危うく姉ちゃんを振り下ろす所だったな。「そっちの子は君が背負って行かなければならない」と老人から聞いている。きっと姉ちゃんを地面に下ろしちゃダメなんだ。

 肉の化物に見えてるだけで、姉ちゃんは化物じゃない。惑わされては行けない。それよりも大事な事は、この洞窟を抜ける事だ。そう考えていると洞窟の幅が、さらに狭くなる。車が入れるほど広かった洞窟が、一人分の幅に縮んでいた。まるで布の端を捻って、尖らせるかのようだ。そうしてオレは洞窟を出口まで貫く。

 行き止まりだ。目の前に扉があった。それをオレは押し開く。扉の隙間から光が差し込み、オレの目を眩ませた。目が光に慣れて、見えたのは海だ。洞窟を抜けたのに、なぜか海の上に繋がっている。そうして状況を確認していたオレは、後ろから押し飛ばされた。足の先は空中で、オレと姉ちゃんは落下する……と思ったら姉ちゃんに抱えられて飛んでいた。

 

「うっ、うしお、大丈夫?」

「姉ちゃんのおかげで大丈夫だけど……いったい何なんだ?」

 

 空中に大きな扉が浮いて、そこから光の玉が次々に飛び出ている。下を見ると、人を発見した。海中から突き出た岩柱に、座っている黒髪の女性と、立っている白髪の少女がいる。その片方に見覚えがあった。時逆と時順に見せてもらった、オレの母ちゃんだ。黒髪の女性は、オレの母ちゃんだ。だけど母ちゃんは、海の底で白面の者を封じているはずじゃないか?

 

「うしお……よくぞ、冥府より戻ってまいりましたね」

「母ちゃん……? 本当に、母ちゃんなのか? でも、じゃあ、白面の者は?」

 

「貴方が姿を消してから、すでに幾つもの月日が過ぎています。さきほど白面の者が長き眠りから目覚め、世に姿を現しました。うしお、私達は、白面の者を再び眠りに着かせなければなりません」

 

 母ちゃんの視線は、海の上で燃える物に向けられていた。なにか巨大な鉄の残骸が海の上に浮いて、海面も燃えている。その向こうにある島も、丸ごと炎上していた。それが何なのか、オレは分からない。いったい、ここで何があったのか。なによりも信じ難いのは、すでに白面の者が目覚めているという事だろう。

 

「初めまして、と言うべきでしょうか。今生の名は鷹取小夜(たかとりさや)、前生の名は決眉(ジエメイ)。この冥界の門を開き、この世に魂たちを呼び戻した者です」

 

 白髪の少女が言う。この子が、ジエメイさん? そう思って言うと白髪の少女の横に、幽霊のジエメイさんが現れた。白髪の少女とジエメイさんの顔は、そっくりだった。白髪の少女の言う事が本当だとすると、ジエメイさんが2人いる事になる。それは兎も角、なにも分からないオレにジエメイさんが、いろいろと教えてくれた。

 

「白面の者が眼前の岩柱に力を溜め込んでいると自衛隊は騙され、須磨子のいる岩柱にミサイルを撃ち込んでしまいました。あの残骸は、その指揮を行っていた艦が白面の者の炎によって焼き尽くされた姿なのです」

 

 海面に巨人のような化物が2体も浮かんでいる。よく見ると、それは妖怪が寄り集まった姿だった。顔に大穴が開いていたり、体が溶けたようになっている。どう見ても何者かによってボロボロにされ、打ち捨てられた有り様だ。もはや、その役割を終えたのか、バラバラになりつつあった。

 

「東と西の妖怪は1つに纏まらず、白面の復活を前に仲違いを起こしました……その後、海中より現れた白面に双方とも敗れます。過去に"東の長"を"西"が捕らえ、白面の者に対する攻撃を強行した経緯があるため、禍根は未だ根強く残っています。彼等の力を会わせるのは難しいでしょう」

 

「光覇明宗は"白面の使い"斗和子の起こした事件が原因で、内部分裂を起こしています。破門された僧たちが、新しい組織を立ち上げるほどに混乱しているのです。こちらも今すぐ力を合わせるのは難しいでしょう」

 

「他の白面の者に対する組織も、保有していた白面の者の一部が暴走し、あるいは白面の者の放った使いによって壊滅状態に陥っています」

 

「そして人々は白面の者に恐怖し、その恐怖が白面の者の力となり、今この瞬間も白面の者の力は増しているのです」

 

「さらに白面の者が飛び立った際に、この国を支える国の要を傷付けたため、いずれ日本は海の底へ沈むでしょう」

 

 

 ……いったい、どうしろと言うのか。




ネタバレつ この後ねぇちゃんが裏切る

▼『カイトシ』さんの感想を受けて、「ミス」に気付いたので修正しました。"生まれる前"もしくは"生きている間"に、そこが「うしおととら」の世界である事を知るのは後付け過ぎるのよね。
 「1000年後の未来へ辿りつくために、妻は器物へ魂を移し替える事を企み」
→「妻は器物へ魂を移し替える事を企み」

▼『ぜんとりっくす』さんの感想を受けて、誤字に気付いたので修正しました。
 保有したいた白面の者の一部が暴走し→保有していた白面の者の一部が暴走し

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