【完結】(白面)ノ 剣【神様転生】   作:器物転生

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【あらすじ】
古代へ送られた蒼月潮は、
未来の蒼月潮に妨害され、
獣の槍が生まれました。


白面の使いは正体をあらわす

 ジエメイさんが命を落として、ギリョウさんが剣を打ち、獣の槍が生まれた。そこから時順という妖怪の案内で、獣の槍と白面の者の歴史を辿る。獣の槍は現代でいう中国の奥地に封じられ、白面の者は日本列島を支える要の柱で眠りについた。その白面の者を封じているのが"お役目"で、オレの母ちゃんが3代目である事を知る。

 オレは現代へ戻ってきた。時逆と時順によると10ヶ月後に、最後の戦いの通達が来るらしい。ジエメイさんと時逆時順が去った後、オレは洞窟の奥に建てられた社を見上げた。あそこには得体の知れない化物……白面の者の欠片と、白銀の西洋甲冑がある。だけど獣の槍が壊れ、姉ちゃんの剣も使えないオレは何もできなかった。

 

 オレと姉ちゃんは光覇明宗の総本山へ連行される。北海道で飛行機に乗る際、天候が急に悪化して雪が降り始めた。そのままだったら欠航になっていただろう。だけど直ぐに雪は止み、飛行機が離陸可能な状態になった。聞いた話によると雪女が暴れたものの、光覇明宗の法力僧によって封印されたらしい。

 飛行機で東京に着くと、空港で待っていた僧侶がオヤジに話しかける。それによると光覇明宗の総本山が"白面の分身"の襲撃を受けているらしい。オレと姉ちゃんと、オヤジと伝承候補者3人は、ヘリコプターに乗って総本山へ向かう事になる。オレと姉ちゃんの押送のために、伝承候補者4名のうち3名が同行していたのは幸いだった。

 

「総本山の結界が弱っている時を狙われたか、あるいは獣の槍が使えなくなったと知って動いたか:……その両方か」

 

 オレと姉ちゃんは気まずかった。総本山の結界を壊したのは、裏切った僧侶の投げた獣の槍に違いない。獣の槍が使えないのは、暴走するオレを止めるために壊されたからだ。おまけに言うと、剣の音色で総本山にいた法力僧の数は減らされている。"白面の分身"が光覇明宗の総本山を襲撃している原因は、だいたいオレ達のせいなんじゃないか……?

 

「オヤジ、"白面の分身"って何だ? 前に言ってた"白面の剣"と違うものなのか?」

「"白面の分身"は白面から生まれた妖の事だろう。わたしらは白面に組する人や妖、それに白面の分身も会わせて"白面の使い"と呼んでいる。"白面の剣"は麻子ちゃんの持っている、その剣を持つ者のことだ」

 

「なんで剣を持ってるだけで、そいつを"白面の剣"だなんて決め付けるんだよ」

「ふむ……麻子ちゃんは、その剣を使うために必要な条件は知っているのかな?」

 

「えっ、えっと……」

 

 姉ちゃんはオヤジの問いに応えない。だけどオレは古代で、過去のオレから聞いていた。あの剣を使うために必要な条件は、人を殺す意思だ。それは姉ちゃんにとって、他人に言いたくない事なのだろう。そうしている間にオレ達はヘリコプターに乗り込む。ヘリコプターの爆音で会話の続きは出来なくなった。

 光覇明宗の総本山に近付くと、蛇のように長い化物が見えた。法力で形作られた円盤に動きを止められ、上空で止まったまま動かない。だけど化物は無傷だ。こんな時に獣の槍があれば……と思うけれど、そもそもオレと姉ちゃんは犯罪者だ。勝手に動くと迷惑がかかる。そこへ小学生くらいの子供がやってきた。

 

「お兄さん、蒼月潮っていうんでしょ?」

「そうだけど。こんな所にいたら危ないぞ」

 

「危ないのはお兄さんの方だよ。獣の槍がないと何もできないんでしょ?」

「ぐぅ……たしかに……!」

 

「でも安心しなよ。もう、お兄さんは妖と戦わなくていいんだ」

「たしかに……!」

 

 獣の槍が壊れているから、そもそも戦えない。妖と戦わなくても良いのならば、それを喜べた。だけど戦えないままじゃいられない。妖は一方的に襲いかかって来る。それに白面の者を封印する"お役目"から母ちゃんを解放するためには、白面の者を倒さなければならなかった。代わりに戦える方と言えば……そういえば、どうすれば法力って使えるんだろうな?

 

「九印、僕が主役のパーテイーが始まるよ。それを台無しにしちゃう友だちと、遊んでやってよ」

「そうしよう」

 

 子供の側に妖怪が現れ、どこかへ飛んで行く。その姿を見て思い出したけどシャガクシャがいない。まさか、また総本山の結界に引っかかってるのか? 辺りを見回してシャガクシャを探していると、"白面の分身"が動いた。その体を捕らえていた円盤が弾かれ、法力僧たちの動きを止める。法力で形作られた円盤が、みんなの体を捕らえていた。

 

――るんっ、と姉ちゃんの剣が鳴いた

 

 クルクルと回る剣が、法力の円盤を破壊する。姉ちゃんは自由になった。オレの体を捕らえていた円盤も破壊される。さっきの子供も大きな鎌を出し、円盤を破壊していた。だけど他の法力僧たちは円盤に捕まったままだ。これを破壊するのはオレが思っているよりも難しいのか? このままじゃ"白面の分身"によって一方的な攻撃を受ける。と思っていたら、その攻撃は結界に防がれた。

 

「結界!? ぬうう、誰だァァ!?」

「誰だとはつれない言葉ですね、白面よ……三百年も一緒であった日崎御角をお忘れかい?」

 

 白い着物を着た女性が、"白面の分身"の攻撃を結界で防ぐ。"白面の分身"によると、あの白い女性は白面の者を封じていた2代目のお役目らしい。母ちゃんの前代だ。その結界に"白面の分身"は、触角やカマキリのような鎌を減り込ませた。このままじゃ不味いんじゃないか?

 

「姉ちゃん、あの円盤みたいなのを壊せるんだろ? だったら他の人も……」

「でっ、でも、勝手に動き回ったらダメなんじゃないかな?」

 

 姉ちゃんの視線はチラチラと法力僧……ではなく、さっきの子供に向けられる。動けるのはオレ達だけなんだから緊急事態だ。"白面の分身"に目を戻すと、2代目お役目の女性が結界を"白面の分身"に叩き込んでいた。光り輝く結界が折り畳まれて、"白面の分身"の口から体内へ入り込む。すると"白面の分身"は動きを止め、お役目の女性は力を失って倒れた。

 

「弱いお兄さんの代わりに、僕が白面の者と戦ってあげるよ」

 

 そう言って子供は駆け出した。子供の持っている大鎌が、"白面の分身"を斬り裂く。すると"白面の分身"は大爆発を起こした。たったの一撃で、"白面の分身"を倒してしまったように見える。みんなの体を捕らえていた円盤が消え、法力僧たちはお役目の女性に駆けよった。だけど、みんなに見守られる中、お役目様は息絶える。

 

「僧上さん、僕の活躍見てくれた?  もう獣の槍になんて拘らなくていいんだよ。僕とエレザールの鎌が白面を倒すんだ」

 

「あれが槍の伝承候補者のキリオか!」

「見たか!? あの妖を一撃で切り裂いた……」

「あれがエレザールの鎌か!?」

 

 僧侶たちが子供を誉め称える。その名をキリオといった。どこかで聞いた覚えのある名前のような気がするな……姉ちゃんの弟じゃなかったか? 子供は僧正(そうじょう)に連れて行かれ、オレと姉ちゃんはオヤジに連れて行かれる。総本山を襲撃された上に、前代のお役目が死んだ今、オレと姉ちゃんに構っている暇はなかった。

 そんな訳でオレ達の処分は後回しにされ、総本山で軟禁されている。だけど数日後、僧侶によって総本山から連れ出された。コソコソと隠れて移動する様子に不審を覚える。総本山を出ると車に乗せられた。なぜかメイド服を着た人が乗っていて、オレは驚く。なんでメイドさん?

 

「うっ、うしお! 逃げて!」

 

 姉ちゃんの声が後ろから聞こえる。その目の前でメイドさんのスカートが捲れた。その中に足はなく、液体が溢れ出る。足が、人間じゃない!? その液体はオレの口に飛び込み、体の中へ入って行った。姉ちゃんが剣で液体を斬ったけれど、液体のせいか擦り抜ける。メイドさんの全身がオレの中に入ると、体の自由が奪われた。

 

『アサコの殿方の中に入るのは心苦しいのですが……』

「ずっ、ずるい! うしおの体から出て行って!」

 

『申し訳ありません。キリオからアサコが逃げ出さぬようにと……』

「わっ、わたしがうしおと一つになりたかったのに……」

 

 姉ちゃんが錯乱している。

 

 

 オレが人質になっているせいで、姉ちゃんは逆らえない。オレと姉ちゃんは車に乗せられた。連れて行かれた先は森の中だ。車から降りて小道を進み、森の奥へ進んで行く。すると木々に遮られていた視界が開けた。広場にキリオと僧侶たちがいる。それと奥に、しめ縄を巻かれた大きな岩があった。

 

「我々、光覇明宗の使命は"獣の槍"を護ることなのです。しかし、その獣の槍は今や……」

 

 僧侶の視線の先に木箱がある。たぶん、あの木箱の中にあるのは真っ二つになった獣の槍だ。光覇明宗の使命に関わる大事な槍を、どうやって持ち出したんだ? もしかするとオレが思っている以上に、光覇明宗という組織は混乱しているのか。この僧侶たちも僧正の命令ではなく、独断で行動しているらしい。

 

「上の方々は獣の槍の伝承に固執する余り、目を曇らせていらっしゃる。だから我々は獣の槍を、この世から葬り去らねばなりません」

 

 獣の槍はジエメイさんとギリョウさんの命がかかっている。それを壊すなんて許せない。槍を壊してしまったオレや姉ちゃんが言うのも何だけど……思えばギリョウさんには悪い事をした。槍に魂を食われて獣と化した時に、オレはギリョウさんと会っている。姉ちゃんの剣に斬られて悲鳴を上げてたなぁ……。

 

「麻子殿の"白面の剣"も、"獣の槍"と同じ事です。強引に"白面の剣"を滅しようとした結果、多くの僧が命を落としました。それに"白面の剣"も使い手の魂を蝕みます。"白面の剣"を持ち続ける事は、麻子殿にとっても良い事ではありません」

 

「これからは使い手を選び、その使い手の魂を蝕む獣の槍ではなく、このエレザールの鎌を持ち、皆と共に戦うのです」

 

 そんな事は認められない。だけどメイドさんに乗っ取られたオレの体は、言う事を聞かなかった。キリオが指示をして、姉ちゃんに剣を持って来させる……あいつら何で、姉ちゃんの剣に自分で触れようとしないんだ? まるで姉ちゃん以外の人間が触れる事を、恐れているように見える。

 

「この"白面の剣"は1000年以上も前に、今でいう中国で造られたんだ。干将って名前の人が髪や爪を炉に入れて、この<莫邪>を造り出した。そのとき一緒に造られた<干将>と対になっているから、粉々になっても元に戻ってしまう。だけどね……」

 

 キリオは黒い短剣を振り下ろした。それだけで黒い短剣と、白い長剣は砕け散る。姉ちゃんの剣は壊れて動かなくなった。姉ちゃんに命じられて散った時のように、元に戻る様子はない。その光景を見て、姉ちゃんは怯えていた。次は獣の槍の番だ。その光景をオレは見ている事しか出来ない。

 

「獣の槍は溶かしても、お兄さんが呼べば復活してしまう。今は折れている獣の槍も、そうなったら元通りになっちゃうからね。だから獣の槍を破壊する一番の方法は、獣の槍を形作っている力場ごと消滅させることなんだ」

 

 姉ちゃんの「お母様」に獣の槍を溶かされかけた事を思い出す。まさか、あれは本気で槍を溶かそうとしていたのか。いいや、「まさか」というよりは……「やっぱり」というべきか。そういえば「お母様」の姿が見当たらない。この件の黒幕は「お母様」なんじゃないか? それをキリオに尋ねようと思ったけれど、メイドさんに体を乗っ取られているせいで口は動かなかった。

 

「お兄さんは"冥界の門"って知ってるかな? この国のあっちこっちにある別の世界への入口なんだ。化物や彷徨っている人間の魂を吸い込んじゃうんだって。ここにも一つあるんだよ?」

 

 奥にあった大きな岩を、僧侶たちが引っ張って転がした。その岩の下に大穴が見える。そこへ近付くとキリオは、"獣の槍"と"剣の破片"を投げ込んだ。"冥界の門"とやらに、獣の槍と姉ちゃんの剣は落ちて行く。オレは心の中で獣の槍を呼んだけれど、槍が戻ってくる事はなかった。

 

「安心しなよ、お兄さん。これでソレもお兄さんも、魂を蝕まれる事はなくなるんだ」

 

 もしかするとキリオは、姉ちゃんを助けるために剣を壊したんじゃないかと思ってしまう。だけどキリオの言葉は軽く、まるで他人の用意した台本のセリフを棒読みしているようだった。なによりも姉ちゃんの事を"ソレ"と物のように呼んでいる。こんな奴を信じられるか!

 その時、後ろから楽器の音が聞こえる。僧侶たちの視線が、オレの背後に集まった。なんだ? オレの後ろに「なにか」いる? オレの体が勝手に動き、背後を見る。そこには「お母様」がいた。「お母様」は切り株に腰を下ろし、大きなヴァイオリン……というかチェロを弾いている。

 

「獣の槍を送る……葬送曲よ。よくやったわね、キリオ……」

「ママ!」

 

「キリオ殿、その方は……?」

「うん、ママだよ。ずーっと僕の側にいてくれて、獣の槍を壊すことも教えてくれたんだよ」

 

「獣の槍を……?」

「我々はそんな事は聞いておりませんが……」

 

「……むかーし、むかーし、「白面の者」という悪い妖がおりました」

 

 戸惑う僧侶たちの声に、オヤジの声が混じる。「お母様」と思ったら、次はオヤジか。ここに繋がっている小道から姿を見せたオヤジは、切り株に座る「お母様」と向き合う。そしてオヤジの長い話が始まった……それを聞いていると、いつの間にか近付いていた姉ちゃんがオレの体を引っ張る。オレの体を支配しているメイドさんは不思議そうに思いつつも、特に逆らう事なく引っ張られていた。

 

「うしおよく見ろよ……これが15年前より引狭に取り入り、エレザールの鎌を造り、キリオを育てた者……獣の槍"破壊"計画の立て役者だ! 現れよ、化身!」

「あれは千宝輪、最大の法術!!」

 

――巍四裏(ぎしり)!

 

 輪のような法具が「お母様」に打つかる。「お母様」の頭部を捉えていた法具は、歯で食い止められた。その衝撃で「お母様」の黒い服が消し飛ぶ。「お母様」が化物の正体を現し、その尻から一本の尾が生えた。姉ちゃんとキリオの「お母様」が"白面の使い"だったんだ。

 斗和子が僧侶たちを殺し始める。オヤジは斗和子の反撃で、大怪我を負っていた。獣の槍も姉ちゃんの剣も失われた今、斗和子と戦う力を持つ者はいない。キリオは「お母様」が"白面の使い"だった事を知らなかったらしく、呆然としている。姉ちゃんはオレと共に森の中へ身を隠そうとしていた……もしかして姉ちゃんは、「お母様」の正体を知っていたのか?

 

「ママは、ずうっと僕をだましてたの……?」

 

 キリオが「お母様」に尋ねる。前に会った時は研究のために見境がない所もあったけれど、優しい「お母様」だった。あれは演技だったのか? 疲れていたオレを抱きしめて、子守唄を唄ってくれたじゃないか。あの思いが、優しさが、偽りだったと信じたくはなかった。それじゃあ、姉ちゃんの家族が壊れちまう。

 

「寒い日にコートをかけてくれたのも……」

『好きなハンバーグを作ってあげたわね』

 

「夜、寝る時に本を読んでくれたのも……」

『ほつれた服も、つくろってあげたわ』

 

 

『 ぜ ー ん ぶ 、 あ な た の た め じ ゃ な い わ ね え 』

 

 

 すべては獣の槍を壊すためだったと斗和子は言う。すがるキリオを、斗和子はなぶった。そんなキリオを見ていると、体が勝手に動く。オレの体を引き止める、姉ちゃんの手を振り払った。オレの体を乗っ取っているメイドさんが、斗和子の前に飛び出す。キリオの前に立ち、キリオを庇った。そうして壊れたように泣くキリオを抱きしめる。

 

『あら、獣の槍の正統伝承者じゃない。そんな所に隠れていたの。あなたも死になさい……絶望しながら』

『私はメイ・ホー、そのような事はさせませんわ。私達は、キリオを守るために創られたんですもの』

 

『ああ、引狭の造った実験体どもの……子供の体に入り込んでいるのね。それならば伝承者ともども、仲良く殺してあげる』

 

 キリオを庇うオレに、斗和子の尾が振るわれる。オレの体はキリオを抱えて跳ぶけれど、回避が間に合うとは思えない。オレとキリオの体を、あの尾は容易に切り裂くだろう。さらにオレを庇うためか、そこへ姉ちゃんも飛び込んだ。斗和子の尾が、姉ちゃんに迫る。

 

「うしお!」

 

 ズガァン

 

 地面を抉るような音が背後から聞こえた。オレを庇おうとした姉ちゃんと、オレの体が衝突する。痛みにもだえるオレの心に構わず、オレの体はキリオを抱えたまま、大きな岩の背後へ回った。オレは生きている。助かったのか? いったい何が起こった。オレの体の視界には、歪(いびつ)に折れ曲がった姉ちゃんの体が映っていた。

 

『しぶとい肉人形だこと……剣が失われた今、貴方も生かしておく理由がないわねぇ』

 

 斗和子は姉ちゃんの事を娘と思ってない。こいつは姉ちゃんの事も利用してたってのか? 姉ちゃんを助けないと……そう思ってオレは体を動かそうと試みる。メイドさんに乗っ取られているから無駄かも知れない。だけど今、姉ちゃんを助ける事ができるのはオレだけだ。

 そうだ……伝承候補者の社綱さんを思い出せ。社綱さんは婢妖に乗っ取られても、自らの意思で死を選んだ。何百と知れない婢妖に取り憑かれた社綱さんが動けて、たった一体のメイドさんに取り憑かれているオレが動けないはずがない。オレは無理矢理に体を動かし、四肢から肉の千切れる音がした。

 

『この方……まだ意識が?』

「おい、メイ・ホーって名前だったな。このままじゃオレ達は斗和子に殺される。キリオを助けたいんだったら、オレに力を貸せ」

 

『人間ごときに、なにが出来ると……大人しくキリオの盾におなりなさい!』

「嫌だね……大人しく死ぬのを待っていられるかよ!」

 

 斗和子に狙われているし、オレの中にいるメイドさんも協力してくれない。死の危険がある今、盾として使えるオレの体をメイドさんが手放す理由はなかった。その時、姉ちゃんの体がズズズと動く。何事かと思って見ると、その先に穴があった。"折れた槍"と"砕け散った剣"が落ちた"冥界の門"だ。姉ちゃんの体が、穴に引き寄せられている。

 

「うおおおおおお!!」

『おやめなさい! ひっ、ひいい。吸い込まれる!』

 

 メイドさんの抵抗に逆らいつつ、姉ちゃんに向かって駆ける。するとメイドさんはオレの体から離れ、キリオの方へ跳んだ。姉ちゃんの体が穴へ落ちる前に、オレは捕まえる。だけど姉ちゃんの体は見えない力で、穴に引っ張られていた。オレの体は何ともない。まるで姉ちゃんだけが、見えない手に捕まっているかのようだ。たしかキリオは穴を「化物や彷徨っている人間の魂を吸い込んじゃう」と言っていた。姉ちゃんの人間じゃない部分が、穴に吸い込まれているのか?

 

『ほほほほ、そのまま"獣の槍"と同じように落ちるがいい……と言いたい所だけれど、ここは確実に正当伝承者を仕留めておきたいわねぇ』

 

 斗和子の尾が振るわれる。姉ちゃんを捕まえているため、回避する事はできない……この手を放すなんて選択肢はなしだ。だけど、一つだけ方法はある。"冥界の門"に吸い込まれる力を使えば回避できるかも知れない。もちろん、その後は穴の底へ直行だ。当たれば死ぬ、避けても死ぬ。だったらオレは……姉ちゃんの体を抱えたまま跳んだ。

 姉ちゃんの体が、穴に吸い込まれる。それに釣られてオレも穴に落ちた。斗和子の尾は、オレの足に浅い傷を付ける。だけど、それだけだ。圧し折れた姉ちゃんの体を抱きしめる。そんなオレの体を死の予感が襲った。肌を寒気が這いずる。こんな高さを落ちて、無事に着地できるとは思えなかった。

 

「なにやってんだよ! うしおー!」

 

 シャガクシャの声が聞こえる。見上げるとシャガクシャが上空で、妖怪と共にいた。居ないと思ったら、あんな所にいたのか。近くにいる妖怪は九印という、キリオの側にいた奴だ。あいつと戦っていたらしい。そうやって見る間に穴が小さくなり、地上は遠くなって行く。オレと姉ちゃんは、暗い穴の底へ落ちて行った。悪いな、シャガクシャ。お前に食われてやれなくて……


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