【完結】(白面)ノ 剣【神様転生】   作:器物転生

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【あらすじ】
時逆の案内で過去へ行き、
白面の者と出会って、
獣の槍の誕生を阻止しました。


蒼月潮はジエメイの死を受け入れる

 目覚めると、朝だった……あれ? ジエメイさんを助けるために、オレは炉へ飛び込んだ。その後、どうなったんだ? ここは、どこだ? 知らない布団で、知らない部屋で、オレは寝ていた。体を見ても火傷の痕はない。煮えたぎる炉に落ちたんだから、全身に王大火傷を負ったはずなのに……?

 布団はベッド台に敷かれている。豪華だ。うちでは畳に布団を敷いていたからなー。辺りを見回すと、勉強机や本棚が置いてある。とりあえず布団から起き上がると、オレはバランスを崩した。体のバランスが上手く取れない。バランスを取るために、足をバタバタと鳴らす……なんだ、これ? まるで自分の体じゃないみたいだ。

 壁に手を突いて、バランスを取る。布団から起きて扉を開けた。すると廊下に出る。この建物は一軒家のようだ。ここは2階の廊下か。下からテレビのような曇った音が聞こえる。いったい何が如何なっているのか。古代へ行っていたはずなのに、現代へ戻っている。病院なら分かるけれど、知らない家で寝ていた……待てよ、シャガクシャはどこだ?

 

「シャガクシャ、いるのか?」

 

 応答はない。すると、急に不安になった。一人でいるのが怖い。早く人に会いたくなった。ゆっくりと慎重にオレは、手すりに掴まりつつ階段を降りる。だけど途中でバランスを崩し、階段から落ちた。手すりを掴んでいた手も、上手く動かなくて外れてしまった。幸いな事に足の方から落ちたため、大きな怪我はない。その際にドダダダダと大きな音が鳴って、その物音を聞いた人が様子を見に来た。

 

「うしお、大丈夫ですか?」

「ああ、うん……」

 

 見知らぬ女の人が声をかける。オレの名前を知っているようだ。誰から聞いたのだろう。オレは壁に体重を預けて立ち上がった。落ちた衝撃で足と背中が痛い。階段の角で背中を擦ったのか。そういえば声も、おかしい気がする……神経が鈍ってるのか? 頭と体が噛み合っていない。

 

「気分が悪いのですか?」

「いや、大丈夫。それよりも、ここは何所ですか?」

 

「……え?」

「え……?」

 

「うしお、まさか……」

「えっ、なにか……?」

 

「あなた、たいへんです! うしおが記憶喪失になりました!」

「ちがうって!?」

 

 女の人の声によって、新たに人がやってくる。それはオヤジだった……なんだオヤジか。見知った人の顔を見て、オレは安心する。問題があるとすればオヤジがスーツを着ていた事だろう。だいたい黒い法衣で済むから、オヤジがスーツを着ている所なんて見たことがなかった。

 

「朝から騒々しい奴だな。母さんを困らせるんじゃない」

「オヤジ! いったい何があったんだ? なんでオレはここにいる!?」

 

「そりゃー、おまえ階段から落ちたからだろう?」

「そうじゃねーよ! 時逆ってやつに案内されて、古代へ行ってたんだ!」

 

「なにを言っとるんだ、おまえは? ボケとるのか?」

 

 どうも様子がおかしい。話が通じない。とりあえず腹が減っていたオレは、食事をいただいた。ハシじゃ難しいな……指が震える。テレビ番組のニュースを見ると、カムイコタンへ入った翌日と分かった。だけど、おかしい。全身の火傷は時逆が何とかしたと考えても、その事についてオヤジが知らない振りをする。まるでオヤジが他人のように思えて――不気味だった。

 

『__国の__で核爆弾による自爆テロが発生し……』

「核爆弾?」

 

 核爆弾という言葉が聞こえて、オレは驚く。核爆弾が使われるなんて大事じゃないか。ニュース番組の映像では、小型の核地雷や核爆弾なんて物が紹介されている。こんな物が、今の世の中にはあるのか? 信じられない。だけどオヤジや女の人は、それほど驚いていなかった。なんで驚いていないんだ? その様子が不自然に思える。

 

「どうした、うしお?」

「核爆弾が使われたって、大事なんじゃないか?」

 

「ああ、そうだな。嘆かわしいことだ」

「でも……それほど驚いているように見えなくてさ」

 

「そうだな……こんな御時世に慣れてしまっては行けないのだが……」

 

 「なに言ってんだよハゲ」なんて言いそうになったけれど、オヤジは真剣だった……おかしい。それじゃまるで「核兵器が使われた」というニュースが珍しくない物みたいじゃないか。オレは気持ち悪くなって、口を閉ざす。おかしい。オレの中で違和感が大きくなって行った。なんだか場違いに思える。

 

「あら、うしお? そろそろ行かなくていいの?」

「え? どこに?」

 

「もちろん学校よ……まさか、やっぱり記憶喪失なのかしら?」

「いや、分かってるって。学校だろ?」

 

 学校へ行く事は当たり前だ。だけど、今のオレにとっては当たり前じゃない。この異変の原因をオレは知りたかった……そうだ、異変だ。なにもかも、おかしい。まるで違う世界に迷い込んだような……もしかして妖怪の仕業なのか? そしてシャガクシャは何所へいった?

 

「……なあ、オヤジ。妖怪変化っていると思うか?」

「なにを言っとるんだ、おまえは? 妖怪なんて居る訳なかろう」

 

 オレの質問に、呆れたようにオヤジは答えた……違う。これはオレのオヤジじゃない。オレのオヤジは「妖怪変化は目には見えんがちゃーんと居るもんなんだぞ」と毎日毎朝説教を垂れるような奴なんだ。外見は同じでも中身は別人だった……オレの覚えた違和感は、これだったんだ。

 

「だれだよ……おまらは誰だ? ここは何所なんだよ? どうしてオレは、ここに居るんだ!?」

 

「母さんや……まさか、うしおは本当に記憶喪失なのか?」

「そう言われましても……」

 

「ごちそうさま! オレは行くよ! 助けてくれて、ありがと!」

「あ、うしお! 制服に着替えるのよ!」

 

 オレは御飯のお礼を言って、裸足のまま家から飛び出す。中身の違うオヤジが怖かった。体が上手く動かなくて、何度も転びそうになる。でも、歩いている内に少しずつ慣れてきた。オレに行き先はなく、辺りを見て回る。すると見覚えのある商店街が見える。なんだ……ここって、うちの寺の近くだったのか。うちの寺は丘の上にある。だけど、そこを見ると寺はなく、建物は建っていなかった。

 

「どうなってるんだよ……」

 

 丘を登ってみると、そこにあったのは墓地だ。うちの寺はなく、墓石が並んでいる。本当に訳が分からない。炉に飛び込んだオレは、どうなったんだ? あの後に何があった? どうすればいいのか分からない。この世界にオレは、一人ぼっちのように思えた……だけど、景色が歪む。オレの前で空間が歪んだ。そこから時逆とシャガクシャと……幽霊になったジエメイさんが姿を現す。

 

「時逆! シャガクシャ! ジエメイさん……?」

「死せし後も、このように浅ましい姿を晒す恥を許してね、蒼月(シャンユエ)……いいえ、蒼月(あおつき)うしお」

 

「ジエメイさん、その姿って……そっか。オレ、ジエメイさんを助けられなかったのか……」

「うしおに救い出された後、まもなく私も命を落としました。私を救おうとした、うしおの気持ちは嬉しかった……しかし、それが、この未来を招いてしまったのです」

 

「この未来……?」

「ここは……獣の槍が生まれなかった未来なのです」

 

 ジエメイさんが横を向く。その視線の先には墓地があった。獣の槍が生まれなかったから、うちの場所が変わったのか? 毎朝オレに「妖怪変化は目には見えんが、ちゃーんと居るもんなんだぞ」なんて言っていたオヤジが、「妖怪なんて居る訳なかろう」なんて言ってやがった……あれ? 待てよ。じゃあオヤジと一緒にいた人って、オレの母ちゃん?

 

「うしお……私は貴方に、酷なおねがい事をしなければなりません」

「オレに出来る事なら何でも言ってよ」

 

 辛そうなジエメイさんを励ましたかった。だけど、今のオレに何が出来るのだろう? 槍のないオレは、ほとんど凡人だ。槍に魂を食われて妖怪になりかけた影響で、ちょっと強いかも知れない。だけど、妖怪と戦うには力不足だ。こんなオレにも出来る事があるのだろうか。

 

「それでは――私を助けようと思わないでください」

 

 その拒絶の言葉はオレの心に響いた。「してくれ」ではなく「するな」と、行動を禁じられた。オレの意思を否定されたかのように感じる。「助けようと思うな」とは……ジエメイさんを助けるために、オレが炉へ飛び込んだ事を指しているのだろう。ジエメイさんを見殺しにすれば、獣の槍が生まれるに違いない。

 ……だけど思い出した。獣の槍は現代で壊れている。オレの魂を食らって化物へ変えつつあった獣の槍だけど、姉ちゃんの剣で真っ二つになった。その代わりに姉ちゃんから、大事な剣を貸してもらったんだ。だから疑問に思う。ジエメイさんを見捨ててまで、あれを造る必要があるのか? 

 

「ジエメイさんを見捨てられる訳ないだろ……!」

「これまでも、これからも……白面の者の手によって、命を奪われる人々がいるのです。その人々を見過ごす事などできません」

 

 この世界ではダメなのかと思ってしまう。本当に白面の者を倒す必要があるのか――白面の者に滅ぼされた都市を見ても、そんな事がいえるのか? 本当にジエメイさんを見殺しにする必要があるのか――獣の槍でなければ白面の者を倒せないのか――他に白面の者を倒す方法はないのか?

 

「他に方法はないのかよ!?」

「獣の槍がなければ、白面の者を打倒する事はできません……分かって、うしお」

 

「そんな事ない! 獣の槍が無くても、みんなで力を合わせれば……!」

「いいえ……今から900年前、本来ならば白面の者を撃退するはずだった私達は敗北しました。もはや今の世に、白面の者を討ち果たす力を持つ者はおりません」

 

「ジエメイさんを見捨てるなんて、そんな事できねぇよ……!」

「うしお、そのように私を哀れまないでください。私と兄様のような者を生み出さないために、私は白面の者を倒したいだけなのです」

 

 悲しそうにジエメイさんは言う。自分の命が失われる事ではなく、オレが納得しない事を悲しんでいた。それでも納得できなかったオレは、時逆の案内で過去を見せられる。白面の撃退に失敗した人や妖が惨殺される光景や、白面に唆されて使用された核兵器が作り出す地獄を見せられた。

 また古代へ行けば、今度こそジエメイさんを助ける事ができるかも知れない。ジエメイさんを死なせずに済むんだ……でも、それはオレの我がままだ。ジエメイさんが死ななければ獣の槍は生まれない。獣の槍が生まれなければ、たくさんの人が死ぬ。オレに選択肢はなかった。1つしか選択できなかった。

 ジエメイさんを殺そう。その覚悟を決めたオレの前に、姉ちゃんの剣が現れる。そういえば剣を持ったまま、炉に飛び込んだ気がする。だけど無事だったらしい。時逆が古代から拾ってきてくれたのか。姉ちゃんの剣は白くて、焦げている様子はない。その剣をオレは握る。

 

 

――るんっ、と姉ちゃんの剣が鳴いた

 

 

 時逆の力を借りて、オレは再び古代を訪れる。白面の者によって、都が滅ぼされた後まで戻ってきた。ジエメイさんを見守っていた"過去のオレ"が、小屋から姿を現す。そしてオレに気付いて不審な顔をした。自分の姿だからこそなのか、"過去のオレ"はオレが自分自身だと気付いていなかった。

 

「うしおとわしが2人に増えやがった……だと?」

 

 "過去のシャガクシャ"が姿を現わす。だけどオレの近くにもシャガクシャがいた。オレが2人で、シャガクシャも2人だ。"過去のオレ"と違ってオレは、獣の槍によって肉体が妖怪化していない。正確に言うと、このオレの体はオレの物じゃないんだ。この世界で平和に暮らしていたオレの体を乗っ取った物だった。

 

「オレはジエメイさんを助けようとして、獣の槍が生まれなかった世界のオレだ」

「おまえがオレ? おまえは妖怪じゃないのか?」

 

「違う。オレは人間で、おまえなんだ」

「その……獣の槍が生まれなかった世界だって? そのオレが、なんでココにいる?」

 

「オレはジエメイさんを助けちゃいけない。ジエメイさんが死ななきゃ、獣の槍は生まれないんだ」

「なに言ってんだよ……なんでジエメイさんを助けたら、獣の槍が生まれないんだ?」

 

「――獣の槍の材料は鉄と、ジエメイさんなんだ」

 

 そう言っても"過去のオレ"は、訳が分からないという顔をしている。"過去のオレ"はギリョウさんから、まだ人身御供の話を聞いていない。"ジエメイさんが材料"と言われてもピンと来ないんだ。獣の槍の材料が人だなんて信じたくないのだろう。そうだとすれば獣の槍の存在は、ジエメイさんの死を表しているのだから。

 

「獣の槍を生むために、オレはジエメイさんを助けちゃいけない」

「そんな事を言われたって、ジエメイさんを見捨てられる訳ないだろ……!」

 

 そうだろう。その通りだ。オレと"過去のオレ"の違いは、獣の槍が生まれなかった世界を体験したか否かにある。オヤジが法衣じゃなくてスーツを着ていて、寺の住家じゃなくて立派な一軒家に住んでいる。そんな似ているようで違う世界に迷い込んだオレは、その世界に違和感を覚えていた……あの世界はオレのいるべき世界じゃない。ただオレはジエメイさんの提案に便乗しただけで、こっちの世界に戻りたかっただけなのかも知れない。

 その時、ガタリと音がした。見るとジエメイさんが、扉から顔を出している。まだ生きているジエメイさんだ。オレ達に見つかったと分かると、ジエメイさんは扉の隙間から姿を現す。剣造りに使う小屋の方からは、ゴンッゴンッと物を叩く音が聞こえていた。あれはギリョウさんが拳で石を叩いている音だとオレは知っている。急がないと、ギリョウさんの手がダメになってしまう。

 

「蒼月……私は自身の果たすべき役割を知りました」

 

 穏やかな表情でジエメイさんは言う。さっきの会話を聞かれていたんだ。ジエメイさんは獣の槍なんて知らないけれど気付いているに違いない。すでにジエメイさんは"髪の毛を炉に捧げる"という前例を知っているのだから。それに気付いた"過去のオレ"はジエメイさんを止めようとしていた。だけどオレは、姉ちゃんの剣を抜いて立ち塞がる。

 

「ここは通せないんだよ……!」

「ばっきゃろー! ジエメイさんが死ななくたって良いじゃないかよー!!」

 

 "過去のオレ"も姉ちゃんの剣を抜いた。互いの白い剣を打ち合わせると、"過去のオレ"が押し負ける。獣の槍の使い手だった"過去のオレ"を吹き飛ばした。オレの髪がザワザワと伸びて、白い剣が震える。これまでオレに応えてくれなかった姉ちゃんの剣が、オレを使い手として認めていた。

 

「おまえは、姉ちゃんの剣を使えるのか!?」

「ああ、この剣が教えてくれた。これは人を殺すための剣だ。だから人を殺す意思のある奴にしか使えない」

 

 獣の槍が生まれる時よりも昔に、干将という造剣の名工によって造られた。彼の妻は神の供物として身を炉に捧げ、雄を表す短剣の<干将>と、雌を表す長剣の<莫邪>が造られた。<干将>は黒んでいて亀甲模様があり、<莫邪>は薄く曇ったように見えるという。そして、この剣は<莫邪>(ばくや)、それが姉ちゃんの剣の名前だ。

 

「人を殺す意思って……おまえはオレを殺すつもりなのか?」

「そうじゃない……オレが殺すのはジエメイさんだ」

 

 ジエメイさんが死ぬと分かっていながら、ここで"過去のオレ"を足止めしている。オレの手で命を奪う訳ではないけれど、そこには確かに殺意があった……悪意があった。それでも世界を元に戻したい。獣の槍が生まれなければ、白面の者を撃退する事はできないんだ。

 

 ズドォン!

 

 目の前に雷が落ちる。思わず目を閉じた一瞬の内に、"過去のオレ"の姿が消えた。剣造りに使う小屋の方を見ると、"過去のオレ”の背中が見える。"過去のオレ"を追おうとしたものの、"過去のシャガクシャ"が立ち塞がった。こっちのシャガクシャは……アクビをしていた。見ているだけで、手を出す気はなさそうだ。

 

「"獣の槍が生まれなかった世界"のうしおだか何だか知らねーが、気に入らねーのよ。"人を殺してほしくない"っつったのは、おめーだろうが」

「獣の槍が生まれなくちゃ、たくさんの人が死ぬんだ……!」

 

「ははははははっ、ニンゲンどもが何人死のうと知ったこっちゃねーな! わしは化物だぜ? あのクソ忌々しい槍が生まれないってんなら、わしにとっちゃ都合がいい話よ!」

 

 "過去のシャガクシャ"が襲いかかり、オレは剣を振った。"過去のオレ"は剣造りの小屋へ入って行く。だけど、すぐに"過去のオレ"の悲鳴が聞こえた。その声でジエメイさんが死んだと知った。するとオレの体から力が抜けて行く。ジエメイさんが死んだ事で、剣を扱う資格がなくなった。そうして姉ちゃんの剣は沈黙する。抗う力を失ったオレは、シャガクシャに殴り飛ばされた。ああ、痛いなぁ……。

 

 

 ジエメイさんが身を投げた炉から、ギリョウさんは鉄を取り出す。そして剣を打ち始めた。やがてギリョウさんは柄と化し、剣のような刀身の槍となる。これが獣の槍だ。槍は屋根を突き破って、どこかへ飛んで行った。残されたのはオレとシャガクシャ、そして"過去のオレ"と"過去のシャガクシャ"の4人だ……いや、それと時逆時順と幽霊になったジエメイさんもいる。

 

「これより時の紐を順にたぐりて、あなたの来た時に参りましょう」

「……オレは行かない。この世界は、オレの世界じゃないからな」

 

 オレはジエメイさん達から離れる。こっちの記憶がある理由は分からないけれど、オレの体は"獣の槍が生まれなかった世界"の蒼月潮だ。未来に帰るのは、"過去のオレ"の役割だろう。みんなの下に帰れないのは寂しいけれど、オレの代わりに"過去のオレ"が帰るから問題はない。"過去のオレ"には、オレのような人殺しになって欲しくないな。

 

「わかりました。御武運を……」

 

 悲しそうにジエメイさんは言う。だけど、それだけだ。オレを説得する様子はなかった。御武運を……って事は、この後オレは何かと戦うのか。死ぬのかも知れない。きっと、これは歴史通りの出来事だったのだろう。そうじゃなきゃ"未来の蒼月潮を乗っ取ったオレ"なんて物に気付ける訳がない。

 

「おまえは……それでいいのかよ……!」

「ジエメイさんを殺した罪はオレが負う。当たり前だろ」

 

「うしお~~、長飛丸~~、行くぞ~~」

 

 時逆と時順の力に"過去のオレ"が包まれる。そしてジエメイさんと共に、その場から消えた。未来に帰ったんだ……オレは何所へ帰れば良いのか。どうしようもなくなって、胸に穴が開いたような気分になる。手に持ったままだった姉ちゃんの剣を撫でた。これを"過去のオレ"に渡さなかったのは、未来に対する心残りのせいかな……。

 

「おまえは未来に帰らなくて良かったのかよ」

「うーつけ者が! わしはおまえに取り憑いてんだぜ!」

 

 シャガクシャがオレの肩に乗る。まー、こいつと一緒なら何とかなるさ。バケモノのくせにあったけぇ……こいつにならオレを食わせてやってもいいかも知れない。そう思いつつオレは小屋から外へ出る。獣の槍が造られている間に、外は明るくなっていた。さて、どうするか。世界は広大だ。

 

 

 辺りを見渡した視界に、人影が映った。人がいた……白面に滅ぼされた都の生き残りか? だったら大変だ。助けてあげないと。さっそく、やる事ができた。その人に向かってオレは走る。だけど違和感を覚えた。まるで長旅をしてきたような格好だ。旅人なのか?

 

「こんにちはー! 旅の人?」

「ああ……珍しい組み合わせだ。人と……妖か」

 

「あんたシャガクシャが見えるのか?」

「シャガクシャ? その妖の名はシャガクシャと言うのか?」

 

「ああ、そうだけど」

「懐かしい名前を聞いたものだと思ってな……」

 

 旅人らしい人は、マントを羽織っていた。そのマントが風にめくられる。すると右肩にある大きな傷口が見えた。今にも腕が千切れそうだ。だけど血は流れていないし、この人も平気そうにしている。最近じゃなくて、昔に負った傷なのかも知れない。こんな体で旅をするなんて大変だな。

 

「さきほど、この家から槍が飛び立った。あれはなにか知っているか?」

「獣の槍だよ。白面の者を倒すために飛び立ったんだ」

 

「……その話を詳しく聞かせてくれないか」

「いいよ。オレの家じゃないけど、あそこでおじさんも体を休めるといいよ」

 

「ああ……そうだな」

「オレの名前は蒼月潮。こっちの妖怪はシャガクシャ。おじさんは?」

 

「さて、な。ずいぶんと昔の事で名前は忘れてしまった」

 

 そういえばシャガクシャが静かだ。なぜかシャガクシャはおじさんを見て、難しそうな顔をしていた。どうしたんだ、あいつ? オレはジエメイさん達の家におじさんを案内して、これまでの事を話す。そうしていると、いつの間にか、未来から来た事も全て話していた。おじさんは嫌な顔もせず、オレの話を聞いてくれている。そうしてオレの話を聞いたおじさんは考え込んだ後、口を開いた。

 

「さきほど名前を忘れたと言ったな。今、思い出した。シャガクシャだ――かつて私はシャガクシャと呼ばれていた」

 

 今度はおじさんの話を聞く。それは白面の者の誕生に関わる話だった。白面の者はおじさんの体から生まれたんだ。白面の者を生んだせいで、おじさんは不死の存在になっている。大切にしていた姉弟を白面の者に殺されたおじさんは、何百年もかけて白面の者を追っていた。そっか……オレのやれる事はあるんだ。

 

「おじさん、オレも連れて行ってくれないか?」

「自分で身を守れるのならば、好きにするといい」

 

 

 それからオレは、おじさんの旅に付いて回った。姉ちゃんの剣はオレに応えてくれないけれど、シャガクシャのおかげで何とかなっている。その途中、白面の者に滅ぼされた都で<干将>を見つけた。黒い短剣だった。偶然とは思えないから、姉ちゃんの剣に引かれたのかも知れない。

 それから間もなく、オレは重傷を負った。オレの旅に限界がきた。おじさんは不死の存在だけれど、オレは普通の人間だ。オレの体は、おじさんに付いて行けなくなった。白面の者を追うおじさんに置いて行かれて、オレは諦める。もう、いいだろう。オレは十分に生きた。少し疲れてしまった。

 

「シャガクシャ、ずいぶんと待たせちまったな……」

「けっ、今さらおめーを食ったって、腹の足しにもならねーや」

 

「そうか……ははっ、悪いな」

 

 とても遠い所へ来てしまった。オレを知っている人なんて誰も居なかった。故郷で死ねない事が、こんなに辛い事だなんて思わなかった。だけどシャガクシャが側に居るから怖くはない。ちゃんと母ちゃんに会う事はできなかったな……まぁ、仕方ないか。シャガクシャはオレを食ってくれるかな。そう思いながらオレは、意識を手放した。




▼ちなみに2つに増えたのは「時逆時順」「ジエメイ」「蒼月潮」「シャガクシャ」「姉ちゃんの剣」です。

▼「<干将>は黒んでいて亀甲模様があり、<莫邪>は薄く曇ったように見える」の引用元は、以下の2サイトです。『アニヲタWiki』によると何か違うらしいけど……細けぇこたぁいいんだよ。

【4Gamer.net 】ttp://www.4gamer.net/
→【剣と魔法の博物館、第二十九回、干将・莫耶】
 ttp://www.4gamer.net/weekly/sandm/029/sandm_029.shtml

【混沌の狭間】ttp://www13.plala.or.jp/Ragnarok2/
→【干将・莫耶】
 ttp://www13.plala.or.jp/Ragnarok2/file/kanbaku.htm

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