【完結】(白面)ノ 剣【神様転生】   作:器物転生

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『うしおととら』 作者:藤田和日郎
 「伝説の「獣の槍」を操る少年・うしおと、五百年ぶりに解放された妖怪・とら。この不思議なコンビがなぜか力を合わせて妖怪退治をすることになるハイパー伝奇ロマン」——サンデー名作ミュージアムのうしおととら紹介文より引用


蒼月潮は獣の槍を引きぬいた

 オレは蒼月潮、寺の住職の息子だ。

 その住職であるボケオヤジに片付けを押しつけられて、オレは土蔵の古本を運び出していた。土蔵に溜まっているホコリは凄まじく、本を軽く叩いただけでモワッとホコリが舞う。窓のない土蔵は暗く、入口から差し込む光が頼りだ。ホコリの層が重なっている事もあって、足下は分かりにくかった。

 そのせいで、古本を運んでいたオレは足を引っかける。古本がバラバラと床に落ちてホコリを巻き上げ、オレは床で顔と膝を打ちつけた……床に面して扉がある。どうやら下に何かあるらしい。土蔵の中に、こんな扉があるなんて知らなかった。ちょっとした物置きになっているのか、それとも地下に通じているのか。そんな事を考えながらオレは扉に手をかけ、全身の力を使って引っ張る。すると扉の留め具が外れ、オレは壊れた扉ごと地下へ落下した。

 

「うえ~、地下室たあ。オドロイたなあ」

 

 そこにある……なんとも言えない圧迫感を感じた。振り返ってオレが見たのは、虎のようなものだ。全身から金色の体毛を生やし、頭部から金色の長い髪を伸ばしている。顔の鼻から下が、猿のように突き出ていた。ただし、その獣は猿なんてものじゃなく、人が中に入れるほどの大きな体躯だ。動物園でも見た事のない、金色の獣だった。

 

「人間か……」

 

 ゴロゴロと唸るように獣が喋った。それに驚いたオレは後退る。後退って、床に尻を着いた。人のように喋るからと言っても人ではなく、虎のように見えるからと言っても獣ではない。それは今まで、オレが出会った事のない生物だった。未知との遭遇にオレは体が震える。そのまま謎のバケモノに襲われるかと思ったオレだったけれど、バケモノは動かない……槍だ。肩をつらぬく槍に体を縫い留められているため、そこからバケモノは動けなかった。

 

「どうした。今じゃ、そんなに妖怪が珍しいのか? ならばついでに、自由になった妖怪も見せてやる」

 

 見た感じ凶悪そうなバケモノを縫い留めているのは、槍だった。ついさっきオヤジと殴り合いになる前に、オヤジに聞かされた槍だ。うちの寺が祀っている、「妖怪退治の名人のありがたーい槍」なのだろう。御神体が本殿にも無いと思ったら、こんな所にあったのか……ただし、妖怪付きで。

 

「――この槍を抜きな、小僧」

 

 床に尻を着いていたオレは、立ち上がる。腰を引いた及び腰で、一歩ずつバケモノに近寄った。バケモノの肩に突き刺さった槍は、ちょっと力を入れて引けば抜けそうだ。しかし、どんなにバケモノが足掻いても、不思議なことに槍は抜けない。まるで槍が意思を持っているかのように、地下室の岩壁にバケモノを縫い止めていた。

 

「そ……それをオレが抜いたら……お前は如何するつもりだ!?」

「フフン! 知れたことよ! まずオノレを食らって昔のように、この辺の人間どもを地獄へ引きずり込んでくれるわ!」

 

 その言葉を聞いて、見知った人々の顔が頭に浮かんだ。ついついカッとなったオレは、バケモノに突き刺さっている槍を蹴る。ガンッガンッと蹴って押し込んだ。当然、バケモノは「うぎゃああああああ」と悲鳴を上げる。その時、バケモノの太い腕がシュッと動いた。

 危険を感じたオレが頭を引っ込めると、バケモノの爪が額に掠った。額に弱い痛みを感じる……危うく大怪我を負うところだった。その仕返しとしてオレは、ギュウウウと槍を押し込む。するとバケモノは「うひゃああああああ」と声を上げて痛がった。ふんっ、いい気味だ。そう思ったオレはバケモノから離れ、傾斜が急な階段に足をかけた。さて、上に戻るか。

 

「あ~! まてまて!! あ~、なんだ! わしもちょっと言いすぎたよ。なんせ500年ぶりの好機だったんでね……どうだ、こうしよう! この槍を抜いてくれたら、なんでも言うことを聞いてやる。わしも人間に恐れられた妖怪よ。約束は守る!」

 

「それで自由になったらどうすんのよ?」

「そりゃー、まずお前を食らって……」

 

「人の命が食いモンにしか見えない妖怪を、誰が野放しにするってんだよ!」

 

 話しにならない。力説するバケモノを無視して、オレは階段を登った。そうして床に面した地下室の四角い入口から、暗い地下室を見下ろす。そこからバケモノは必死の形相でオレを呼んでいた。だが、オレはバケモノの声に耳を貸さず、四角い入口の上に物をドサドサと積み重ねる。

 

「おっ、おい! イノチってなんだよ! 動けるってコトだろ?」

「お前は動けるように、食わないって!」

「他の人間はお前にカンケーないだろっ!!」

「なんでもしてやるぞ! 気にいらんヤツでも、なんでも殺してやるから!!」

 

「てめーが自殺しろっ!」

 

 あのバケモノにとって、動かない死体は「物」なのだろう。あの口振りから察するに、生きている人間も「食料」としか思っていないに違いない。バケモノだからバケモノらしく、人間の尊厳を少しも分かっていなかった。仏さんに手を合わせるという行為の意味なんて理解できないのだろう。

 それにしてもオヤジから槍の話を聞いた事はあっても、バケモノを封印したままだなんて話は聞いた事がなかった。まさか今まで、あんなものの上に住んでいたとは……とりあえずオヤジに文句を言おうと思っていたオレは、土蔵の入口に立つ人影に気付く。闇に慣れていた目が光を浴びて収縮すると、その姿を鮮明に映し出した。

 

 

「こっ、こんにちは……」

 

 オドオドした声が聞こえる。黒い着物を着た女の子が、土蔵の入口でオレを待っていた。髪を横に切り揃えた、おかっぱ頭の女の子だ。着物と髪型が合わさって、市松人形のように見える。その身長よりも大きな縦長い布袋を、女の子は背負っていた。その様子から、寺に仏具か何かを預けに来たのかとオレは思う。

 

「どうした? うちに何か用か?」

「あっ、あのね。お母様が潮(うしお)を助けてあげなさいって言ってね。それでね……」

 

 女の子の声は、どんどん小さくなる。なんだか、よく分からない内容だった。女の子のオドオドした態度もあって、話が分かりづらい。とりあえず心を落ち着けて話を聞こうと思ったオレは、女の子を住家へ案内しようとする。だけど、その女の子の周りに虫のような物が見えた。

 

「うわっ、うしろっ!」

「きゃ! なっ、なに!?」

 

 変な虫に気付いたのか、それともオレの声に驚いたのか、その女の子は短い悲鳴を上げた。女の子に絡み付こうとしている虫がいる。その虫を追い払おうと、オレは手を伸ばした。するとオレの手から逃れるように女の子は後退り、その直後「るんっ」という怪音が鳴り響く。それは……身を屈めるほど異質な音だった。女の子に伸ばしかけていた手を止める。その音と共に、オレと女の子の間に浮かんでいた虫が弾け飛んだ。

 

「え?」

 

 オレは疑問の声を上げる。いつの間にか女の子は剣を握っていた。白い柄に、白い剣身の、真っ白な剣だ。剣身が白すぎて、濁っているように見える……女の子の印象も変わって、少し大人っぽくなっていた。なんでかと思って見ると、髪が伸びている。剣を持った女の子の黒い髪は、ザワザワと現在進行形で伸びていた……なんだ、これ。ホラー?

 

「ごっ、ごめんなさい……だっ、大丈夫? 怪我してない?」

「ああ、大丈夫大丈夫! お兄ちゃんは元気だぞ!」

 

 とつぜん弾け飛んだ虫の死骸は、宙に溶けるように跡形も残らず消えた。だけど、まだまだ虫は沢山いる。オレは体に纏わり付こうとしている虫を払おうとした。ところが、その手は虫を擦り抜ける。まるで実際は存在していないかのように……でもオレの目には、たしかに虫が映っていた。女の子の視線も虫を追って……と思ったら、なぜか女の子はチラッとオレを見て、すぐに目を逸らす。体をビクビクと震わせていた。

 そうか、女の子は怖いんだ。ついつい預かり物だった剣を抜いてしまうくらい怖かったのだろう。こんなに辺りが虫だらけで、気分のいい訳がない。そう思ったオレは女の子を安心させるために近寄る。しかし、オレが一歩近寄ると、女の子は一歩後退った。そうか……虫だけじゃなくてオレも怖いのか。ちょっとオレは、胸にダメージを受けた。

 

「これ、見えるか?」

「うっ、うん。見た感じ、虫怪とか魚妖かな?」

 

「ちゅうかい? ぎょよう?」

「むっ、虫とか魚みたいな低級の妖怪だよ。たっ、たぶん長飛丸様の妖気に引かれたのかな?」

 

 あれ? オレ、なんで妖怪の話を女の子としてるんだ? オレは触ろうと思っても触れない幻覚の話を……この女の子も見えてるみたいだし、もしかして幻覚じゃない? これが妖怪なのか? 土蔵の地下で見た奴と同じ、これは妖怪なのか? でも、なんで急に見えるように……「ながとびまる」の妖気に引かれてきた? とにかく女の子に聞いてみよう。寺の住職の息子であるオレよりも、この女の子の方が詳しそうだ。こんなに小さいけれどオカルトマニアなのかも知れない。女の子は、おまじないに詳しいからなぁ……。

 

「ながとびまる、って妖怪か……?」

「うっ、うん。そこに居たよね?」

 

 剣を持ったまま女の子は控えめに、指先でオレの背後を示す。その先を辿って見ると、積み重なった箱や板きれが見えた。その下にあるのは、さっきオレが塞いだ地下室への入口だ。その奥には石壁に縫い止められたバケモノがいる……どうして、あのバケモノの名前を、この女の子が知っているんだ? そんな話はオレですら、寺の住職であるオヤジから聞いた事がない。

 

「あっ、あのね、早く獣の槍を抜かないと、この小さな妖怪が集まって、大きな妖怪になっちゃうって……」

「獣の槍って言うと、あのバケモンに刺さってた……」

 

 女の子に確認する途中で、ゾクッと寒気が走った。どうやら女の子と話している間に、時間切れになったらしい。土蔵の壁を這い回っていた虫や、空中を漂っていた虫が、なにかに引かれるように集まって行く。それは大きな流れとなり、周囲の虫を次々に引き込んで行った。たしか、さっき女の子は、小さな妖怪が集まって、大きな妖怪になるって……。

 

 

 ザワザワ

 

 キチキチ

 

 カリカリ

 

 ミシミシ

 

 

 四方八方から虫の鳴き声が聞こえる。その不快な音は少しずつ大きくなり、現実味を帯びていった。幻だと思っていた存在が、形のなかった存在が、オレの現実に干渉しようとしている。妖怪なんて存在しないと思っていたオレの日常が、壊れようとしていた……いいや、とっくに壊れてたんだ。地下に潜むバケモノを見つけた時から……。

 前に向かって、女の子は一歩踏み出す。土蔵の中にいるオレの方へ近寄った。すると、その背後を蛇のような胴体が横切る。あと少し遅かったら、女の子はアレに潰されていた。垣間見えた妖怪の姿は、人を軽く飲み込めるほど大きな蛇……のようなものだ。ただし、よく見ると表面に無数の虫が見える。無数の虫が集まって巨大な蛇のような、よく分からない形に成っていた。それによって土蔵の入口が塞がれ、外から差し込んでいた光が遮られる。土蔵の中は真っ暗になった。これは、まずい。

 

「あっ、あのね? 早く槍を抜かないと死んじゃうよ?」

 

 ミシミシと土蔵が軋む。暗くて何も見えない、奇妙な圧迫感がオレの体を締め付ける。オレと女の子は、妖怪の腹の中にいた。そんな中で女の子は、槍を抜くことをオレにすすめる。女の子がオレの事を心配しているのは声で分かった。だけど、そんな事をしたら、あのバケモノが野放しになってしまう。どうするべきかオレは迷っていた。

 

「きゃああああああ!!」

 

 土蔵の外から悲鳴が聞こえる。聞き覚えのある声だった。どういう訳か、近くに知り合いがいる。知り合いも妖怪に襲われているのかも知れない。そう考えてオレは焦った。助けに行かなければ……でも、どうやって? 入口の辺りを手で探ってみると、指に痛みを感じる。慌てて手を離したものの、妖怪に肉を食い千切られていた。傷口がジンジンと痛む。頭が、おかしくなりそうだ。

 

『この槍を抜いてくれたら、なんでも言うことを聞いてやる。わしも人間に恐れられた妖怪よ。約束は守る!』

 

 あのバケモノの都合のいい言葉が頭に浮かぶ。だけど他に良い手は思い浮かばなかった。手探りで地下室への入口を探し当てると、上に載っていた物を横へ退ける。どこかに触れて指に傷が付いたけれど、そんな事を気にしている場合ではない。再び開いた四角い穴に身を下ろし、オレはバケモノの下までやってきた。オレの指から漏れた血の臭いが、かすかに漂う。

 

「頼みがある……外にいるバケモンをやっつけてくれ」

「へへ、いいぜ。だが、そのためにゃ、この槍がジャマだがなあ」

 

「……やっつけてくれよ」

「約束は守るさ……」

 

 バケモノに刺さっている槍に手をかけて――それをオレは引き抜いた。

 

 

「けけけ」

 

「けけけけけけけけけけ!」

 

「けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ!!」

 

 けたたましい哄笑と共に、オレは吹き飛ばされた。オレの体は壁に衝突して、ぐへぇと息が漏れる。バケモノめ、さっそく裏切りやがった。吹き飛ばされたオレは、手の内にある槍を意識する。何があっても手放さないように、オレは強く槍を握りしめていた。こいつはオヤジから毎日のように聞かされていた「妖怪退治の名人のありがたーい槍」だろう。バケモノを実際に封じていた事から、それは真実に違いない。こいつがオレの知っている皆を傷付けるつもりならば、この槍を使って、刺し違えになってでも止めてやる。

 

 

 キィィィィィィ

 

 

 手に持った槍が鳴る。まるで自ら動き出そうとしているかのように震えていた。その時、オレと槍が繋がった。この「獣の槍」がオレに教えてくれる。この槍は妖怪を退治するためだけに、二千年も昔の中国で作られた。人の魂を力に変えて妖怪を討つ。ゆえに使う者は獣と化してゆくという。

 

「よくもわしをコケにしてくれたなああ……」

「うっ、うしおに触らないで!」

 

 るんっ

 

 何事か。身を竦ませるほどの怪音と、女の子の声が聞こえる。その間にザワザワとオレの体は変化していた。髪が伸び、体に力がみなぎる。真っ暗で何も見えなかった視界に、白い剣を持つ女の子と、片手を切り落とされたバケモノが見えた。バケモノは片手を拾って、この地下室から逃げ出そうとしている。

 

「ちいいいっ、神剣かあ!?」

 

「おい、待てよバケモン。どこに行くつもりだ。まだオレとの約束が済んでないだろ……!」

「だれが人間との約束なんて……ひっ!?」

 

「きさまーッ!」

「ひゃああああああ!?」

 

 バケモノを追いかけて、オレは地下室から飛び出す。入口を塞いでいた無数の虫を、バケモノは吹き飛ばした。バケモノの放った雷によって、雷鳴が辺りに轟く。オレはバケモノに追いつき、槍を突き出した。するとバケモノは空中で回転し、器用に槍を避ける。そんな事をしていると進行方向に、家を締めつけるウネウネした物体と、それに襲われている知り合いの姿を見つけた。

 

「先におまえが行け。オレが止めをさす」

「はっ、はいっ!」

 

 先行したバケモノが虫の集合体に穴を開け、オレが集合体を槍で斬り裂く。獣の槍で斬られた集合体は爆散し、跡形もなく消滅した。そこら辺の地面に張り付いて、生き残っていた妖怪も散っていく。虫に襲われていた知り合いは無事だった。その姿を見て安心したオレは、女の子を置き去りにしていた土蔵へ駆け戻る。知り合いの様子は気になるけど、土蔵に一人残した女の子も心配だ。バケモノを連れて地面に降り、獣の槍の行使を止めた。すると、一時的に伸びてい髪が千切れて散っていく。

 

「じゃ、あばよ」

 

 なんて言いながら立ち去ろうとしているバケモノに、オレは槍を突きつける。こいつが『フフン! 知れたことよ! まずオノレを食らって昔のように、この辺の人間どもを地獄へ引きずり込んでくれるわ!』なんて言っていたのは記憶に新しい。そんな奴を野放しにするなんて選択はありえない。

 

「まさか、許されると思ってんじゃないよな?」

「だって、サカナやムシはやっつけただろ……!」

 

「ちがうね。おまえの500年分の妖気は、まだ当分の間ほかの妖怪を呼ぶんだろ? それもおまえの責任だ!」

「きったねー」

 

「おっ、お話は終わり?」

 

 土蔵の中から顔を出したのは、あの女の子だった。どこにも怪我は見当たらず、無事に見える。オドオドとした様子で、オレとバケモノを交互に見ていた、でも、オレやバケモノと視線が合うと慌てて目を逸らす。横のバケモノは兎も角、オレまで恐がられていた……まあ、あんな怖い目にあったんだから仕方ない。この女の子は見るからに気が弱そうだから、刺激が強すぎたのだろう。

 

「こっ、こんにちは、長飛丸様。うしおと、よろしくね?」

「あぁ? 長飛丸だぁ? そんな古い名前は知らねーし、このクソ人間なんかと、よろしくもしてやらねーよ」

 

「でっ、でも字伏(あざふせ)は種族名みたいな物だし……じゃっ、じゃあ、シャガクシャ様って」

「なんだ、そりゃ? わしの何所を見て、シャガクシャなんて妙な名前を……」

 

「いーじゃねーか、バカ妖怪。せっかく、この子が名前を付けてくれたんだから貰っておけよ。それとも嫌だってのか……?」

「あいたたたたたた。分かった! 分かりました! だから槍でわしを打つな!」

 

「じゃっ、じゃあ改めて、よろしくね。うしお、シャガクシャ様」

 

 

 そこで、ふとオレは思った。オレ、この子に潮(うしお)って名乗ったっけ? そもそも、この子だれだろう……? なにか用があって、うちに来たはずだ。そして、この騒ぎに巻き込まれた。でも、その女の子の名前を聞いた記憶がない。たぶん、まだ名前すら聞いていない。おまけに、なんの用で来たのかも聞いていなかった……いいや、そう言えば『お母様が潮を助けてあげなさいって言ってね。それでね……』と聞いた気がする。

 

「オレは蒼月潮。君の名前は?」

「あっ、蒼月麻子だよ?」

 

 女の子の名前を聞いて、オレは疑問を覚える。蒼月という名字が重なる事はあるだろう。でも、麻子と言えばオレの知り合いの名前だ。蒼月という名字と麻子という名前が重なるなんて、誰かの作為なんじゃないかと疑いたくなる。これはビックリドッキリ・ドキュメントなんじゃないかと思って、オレは辺りを見回した……あれ?

 

「えっ、本当に?」

「うっ、うん。お母様が『貴方のお父様は光覇明宗で優秀な法力僧だけど、獣の槍に選ばれなくて酒に逃げた蒼月紫暮です』って言ってたよ?」

 

 前半部分で評価を上げたと思ったら、後半部分で一気に評価を下げた。後半部分から麻子さんの、母親の悪意が滲み出ている……その「お母様」はオヤジの事を恨んでいるんじゃないか? それにしてもオヤジは獣の槍を抜けなかったのか。そんな話は聞いた事がなかった。

 

「……ところで麻子さんは何歳なんだ?」

「あっ、麻子でいいよ。歳は16歳だけど?」

 

 歳下だと思っていたら、麻子は歳上だった。オドオドした様子や、子供っぽい喋り方のせいで、オレは勘違いしていたらしい。歳を聞いた今でも「麻子さん」と言うよりも、「麻子ちゃん」という感じだ。年齢から察するにオレが中学2年生だから、麻子が高校1年生くらいか。麻子はオレの2歳年上らしい。つまり麻子は、オレが生まれる2年前に生まれたという事になる。でも、オレに姉がいるなんて話はオヤジから聞いた覚えがない。まさか……、

 

 

 あのボケオヤジ、隠し子つくってやがったー!?




▼『カイトシ』さんの「知り合いのことを、潮は何故か全く気にしないようになってますね」という感想を受けて「知り合いよりも女の子を優先する理由」を追記しました。
 →知り合いの様子は気になるけど、土蔵に一人残した女の子も心配だ


【おまけ】
(問1)獣の槍に封印されていたバケモノは、なんという名前を付けられたでしょう?

選択A、とら
「名前ねえと不便だな……よし! おまえのコトをとらと呼ぼう」
「なっ……やだぞ、わしはそんなの……」

選択B、シャガクシャ
「でっ、でも字伏(あざふせ)は種族名みたいな物だし……じゃっ、じゃあ、シャガクシャ様って」
「なんだ、そりゃ? わしの何所を見て、シャガクシャなんて妙な名前を……」

選択C、シャナ
「よし! オレはお前を、シャナって呼ぶことにする」
「うるしゃいうるしゃいうるしゃい!」


(答1)A、とら
「おいクソ人間!」
「なんだバカ妖怪!」
「さっき言ってた「イノチ」ってコトバの意味が分からん」
「おまえにゃ一生わかんねーよ! それよりも名前ねえと不便だな……よし! おまえのコトをとらと呼ぼう」
「なっ……やだぞ、わしはそんなの……」

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