魔法少女リリカルなのはStrikerS~道化の嘘~ 作:燐禰
――新暦75年・機動六課・隊舎――
先日新規稼働の式を終えたばかりの機動六課……その隊長室では、はやてとリインがある人物を待っていた。
はやてはデスクに座り室内に汚れが無いか何度も眺め、リインは落ち着かない様子で空中をフワフワと飛んでいた。
基本的に機動六課の構成局員には、二人の知り合いが多いのだが……今回新しく迎えるのは、機動六課では数少ない初対面の人物。
階級こそはやての方が高いが、キャリアも年齢も相手が上ということで少々緊張していた。
そんなはやての端末に受付から通信が入り、はやては緊張を押し殺す様に一度深呼吸をしてからモニターを開く。
『や、八神部隊長……クラウン一等空尉と言う方が、い、いらっしゃってます』
「うん。ここまで通して」
何故か声が若干震えている受付に首を傾げながらも、はやてはクラウンを部隊長室に案内するようにと告げて通信を切る。
「い、いよいよですね……」
「もう、リイン。緊張しすぎや。そんなとんでもない人が来る訳でもないんやから、ちょお落ち着き。まぁ、失礼だけは無い様にな」
「は、はいです」
自分よりも遥かに緊張した様子のリインを見て、はやては穏やかに微笑みながら言葉を発する。
しばらくしてリインが落ち着いた辺りで、部隊長室のドアがノックされる。
「どうぞ」
『失礼します』
「……うん?」
入室を促すと帰ってきたやけに甲高い……まるで変声機でも通した様な声に、はやてとリインは少し首を傾げる。
「「!?!?」」
そしてその表情は、入室してきた人物を見て……驚愕のそれに変わる。
不気味に微笑む仮面を付けた片腕の人物。空士制服が恐ろしい程に似合わない……というより、来る場所を間違えてるとしか思えないその人物を見て、二人の目は大きく見開かれる。
(は、はは、はや、はやてちゃん! な、なんかとんでもない人が来たんですけど……)
(え? うそ……この人が、そうなん?)
完全に混乱した様子で念話を飛ばしてくるリインに、はやても状況が理解できずに言葉を返す。
しかしそんなはやて達を尻目に、クラウンは右腕だけで綺麗な敬礼をして言葉を発する。
『クラウン一等空尉です! 本日は、ご挨拶にまいりました!』
「「……」」
甲高い声で発せられた挨拶に対し、はやてとリインは思考が追いつかずに返答できない。
しかし目の前の人物が、自分達が待っていたクラウンと理解し、少しずつだが頭が動き始める。
そしてリインが震える指をクラウンの仮面に向けながら、はやてに必死の念話を送る。
(か、仮面です。仮面付けてるです)
(リイン! 指差したらあかん! ……噂では聞いた事あるけど、映画とかの影響受けてああいう事する人がおるらしいわ。実物見るのは初めてやけど、別に禁止されてる訳でもないからな)
慌てるリインに対し、はやてはいくらか落ち着きを取り戻した様子で口を開く。
「よ、ようこそ機動六課へ……部隊長の八神はやてです。こっちが補佐の……」
「り、リインフォースⅡ空曹長です!」
『お会いできて光栄です。こちら、私の局員データになります』
はやて達の言葉に答えた後、クラウンは近くで見ると一層不気味な姿ではやてに近付き、ポケットから一枚のデータチップを取り出して渡す。
それを受け取りながら、はやては額に汗を流して言葉を返す。
「あ、あの……クラウン一等空尉?」
『クラウンで大丈夫です。堅苦しいのは苦手なので』
「じゃ、じゃあクラウン。できれば……『その仮面』を取ってくれると、嬉しいんやけど……」
『あ、はい』
ぎこちない様子で話すはやての言葉を聞き、クラウンは自分の付けた仮面に手をかける。
はやてとリインが息を飲むのと同時にそれは外され……今度は、青い涙のマークがついた泣き顔の仮面が現れた。
(か、仮面外したら……また仮面が出てきたです!?)
(なんで二枚重ねにしてんねん! ロシア人形か!!)
再び混乱の中に落とされたはやてとリインは、高速で念話を交わす。
そしてはやては更に額に汗を流し、引きつった様な笑みを浮かべながら言葉を発する。
「い、いや、そうやのうて……仮面自体を、外してもらえると嬉しいかなって」
『ああ、そうですか……気が回らずに申し訳ない』
はやての言葉を聞き、今度こそクラウンはその意図を理解したらしく、顔に付けていた仮面を完全に外す。
すると……比喩では無く文字通り白い肌。口や目元に真っ赤ペイント……サーカスで見る様なピエロのメイクが仮面の下から現れた。
「これで、よろしいでしょうか?」
「「……」」
仮面に変声機が付いていたらしく、声が変わったクラウン……いや、目の前のピエロを茫然とした表情で見つめる二人。
(ぴ、ぴぴ、ピエロ!? 仮面取ったら、ピエロが出てきましたよ!?)
(なんでや! なんで仮面の下にメイクしてんの!? 意味無いやん!)
はやても完全に混乱してきたようで、表情もいつの間にか口を大きく開き茫然としたものになっていた。
(そ、そうや! 今もろうた局員データ!)
ピエロのメイクを取ってくれと言えば、又妙な事が起こりそうだったので……はやては慌てて受け取ったデータチップを端末に接続する。
「ちょ、ちょお待ってもらえるかな? データを確認するんで……」
「了解です」
正規の局員データには当然顔写真もついている筈で、それを確認する為にはやてがモニターを表示すると、リインも慌てて画面を覗き込み……二人して口と目を大きく開く。
確かに局員データにはクラウンの写真が付いていた……二人の目の前にいるままの姿で。
(で、データも……ピエロです!? こ、こんなの良いんですか?)
(い、いや確かにメイクとか禁止されては無いけど……だって、普通はこんなことする人おらんもん!)
確かにはやての言う通り、局のルールとしてピエロのメイクで顔写真を登録する事は禁止されていない。
それはそんな事をする人物が居ないからであり……言うならば飲食店に『車で店内に突っ込むのはご遠慮ください』などの注意書きが無いのと同じ、常識的な問題だった。
(う、上は、ようこんなん通したなぁ……リイン。私、もう、疲れたわ)
(はやてちゃん!? しっかりするです!)
次々飛び出してくる異様な光景に、はやては呆れた様な声で念話を送る。
そしてふと、クラウンが立ったままな事に気が付き、ソファーの方に手を向けて着席を促す言葉を発する。
「あ、ええと……説明とかもあるから、座ってもらってええよ」
今回が挨拶だけで終了するのであれば問題無いが、今回の訪問には出向の日取りと部隊説明も含まれている為に長い話になる。
「はい。ありがとうございます」
はやての言葉を聞いたクラウンは、綺麗に敬礼をして一礼した後でソファーに座る。
(……ピエロなのに、礼儀正しいです)
(なんやろう、これ……言動も行動も問題無いのに、この胡散臭さは……)
先程まで付けていた仮面のせいか、それともピエロのメイクのせいか……二人にはクラウンの行動全てが胡散臭く見え始めていた。
はやては軽くため息をつき、局員データにもう一度目を通す。
データの中には前部隊の部隊長からのメッセージもあり、そこには『性格に多少問題があるが、職務態度自体は真面目で優秀』と記載されていた。
果して多少で済ませていいものかと、はやては軽く額に手を当てるが……出向の日取りや部隊説明と話さなければいけない事が多い。
顔に関しては本人が頑なに隠している上に、上層部があの写真で通しているので、これ以上の追及は無駄と結論付ける。
気持ちを切り替える様に数度首を振った後、はやてはデスクから立ち上がってクラウンの正面に向い合う様に座る。
「それじゃ、基本的な部隊説明と出向の日取りを決めようか」
「はい。よろしくお願いします」
とりあえず顔については考えない事にして、はやては局員データを見ながらクラウンと話しを進めていく。
部隊説明等を話し始めてから1時間ほど経過し、はやてもリインもすっかり落ち着きを取り戻していた。
出向の日取りも決まり、はやては軽く息を吐いて微笑みながら言葉を発する。
「……部隊の概要については以上。次は部隊内で、クラウンにやってもらう仕事の詳細なんやけど……」
「はい」
はやての言葉を聞き、クラウンは背筋を伸ばしたままでしっかりと頷く。
「うちの部隊には、高町なのは隊長率いるスターズ分隊と、フェイト・テスタロッサ・ハラオウン隊長率いるライトニング分隊の二つの分隊があって……クラウンは基本的に、ライトニング分隊の補佐として動いてもらう形になると思う」
「……基本的にと言うのは?」
「うん。ライトニング分隊の方は、フェイト隊長が執務官としての仕事。副隊長のシグナムが交替部隊のリーダーも兼任してる事もあって人手が不足しがちやから、そこで副隊長補佐として動いてもらいたいんよ。せやから、分隊任務とかの際はライトニング分隊として行動してもらうんやけど……」
そこまで話した所で、はやては端末を操作して一人の新人フォワードのデータを表示してクラウンの方に向ける。
「任務以外……特に訓練では、スターズ分隊のこの子を指導してほしい」
「……この子は?」
「ティアナ・ランスターって新人の子でな。ポジションはセンターガードで、幻術魔法の適性がある子なんよ。センターガードとしてはなのは隊長が指導する予定やけど、幻術魔法に関しては他に教えられる人がおらん。それで、なのは隊長とクラウンの二人体勢で指導してもらおうかと思ってる」
「……なるほど」
クラウンはティアナの事は三年以上前……スバルとティアナが出会った頃から知ってはいたが、まさかそんな事を口にする訳にもいかないので、初めて聞いた様な表情でデータを眺める。
「要するに、任務ではライトニングとして。訓練ではスターズとして動いてもらう……ちょお複雑な形になるけど大丈夫かな?」
「ええ、問題ありません」
「ありがとう。もっと細かい仕事内容に関しては、実際に出向してからなのは隊長とフェイト隊長に聞いてもらうとして……それ以外で何か質問はあるかな?」
「いえ、大丈夫です」
はやての言葉に対し、クラウンは軽く微笑みを浮かべて答える……が、メイクのせいでやけに不気味だった。
そこではやてとクラウンの話を黙って聞いていたリインが、やや遠慮気味に手をあげながらクラウンの方を向く。
「あの、ちょっと聞いてもいいですか?」
「はいはい。なんでしょう?」
リインの言葉を聞き、クラウンは不気味な笑みを浮かべてリインの方を向く。
それを見て若干怯えた様な表情になりながら、リインは恐る恐る口を開く。
「あ、あの……聞いちゃいけない事だったら、ごめんなさい。その左腕は……」
「ああ、これですか……」
最初は仮面のインパクトで意識がそっちに向いていたが、いくらか落ち着いたことでクラウンの腕の無い左袖に興味が沸いた様で、リインは無理には聞かないと前置きしてから尋ねる。
それに対しクラウンは、空の袖を軽く右手で触りながら遠い目をして言葉を発する。
「そうですね……あれは、六年前の雨の日……」
「「……」」
重々しい口調で話し始めたクラウンを見て、やはりはやても気にはなっていたようで、リインと二人で息を飲んで言葉の続きを待つ。
クラウンはまるで焦らす様に、たっぷりと間を空けた後で言葉を続ける。
「……ロケットパンチを撃ったら、そのままどっかにいっちゃって」
「……」
無駄に明るい口調で告げられた言葉を聞き、はやては真面目な答えを期待した自分が馬鹿だったと言いたげに肩を大きく落とす。
……しかしもう一人の反応は、はやてとは対極のものだった。
「ろ、ろろろ、ロケットパンチ!? う、撃てるんですか!?」
「……」
リインはまるでヒーローを見る少年の様に目を輝かせ、両手を強く握って喰い気味にクラウンに聞き返していた。
明らかな嘘を一切疑って無いリインに対し、はやてはひきつった笑みを浮かべ、クラウンは楽しげに言葉を続ける。
「昔は撃てたんですが、今はもう……ほら、右腕も無くすと大変なんで」
「そ、そうですか……残念です」
「……信じんな、リイン……」
心底残念そうな表情を浮かべるリインに、はやてはもう突っ込む気力もなく呆れた様な声を出す。
少しの間沈黙が流れ、はやては無理やり話を切り替える様に明るい声でクラウンに手を差し出す。
「ま、まぁ、そういう訳で……改めて、これからよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
差し出されたはやての手を握りながら、クラウンも笑顔で言葉を返す。
「リイン。出口まで送ってあげてくれるか?」
「はいです!」
続けたはやての言葉を聞き、リインは元気よく敬礼をしながら言葉を返す。
「では、よろしくお願いします。リインフォースⅡ部隊長補佐」
「あ、リインでいいですよ。後、敬語で無くて大丈夫です。クラウン一尉の方が階級も年齢も上ですから」
「うーん。じゃあ、リインの方も一尉とか付けずにクラウンって呼んで。口調も話しやすいのでいいから」
「了解ですよ~」
元々人見知りをしないのか、それともクラウンの表情を見慣れてきたのか、リインは明るい笑顔で言葉を交わす。
そんなリインを眺めた後、クラウンは外していた仮面を被ってから立ち上がる。
『八神部隊長。それでは、また出向の日に……』
「うん。気を付けて帰ってな」
甲高い声に戻ったクラウンの言葉を聞き、はやては苦笑しながら頷いて手を振る。
そのままリインと一緒に部屋から出ていくクラウンを見送り、大きくため息をついて独り言を口にする。
「確かに、仕事関係は真面目やけど……」
今まで出会った事が無い……奇妙という言葉を体現した様なクラウンを思い出し、はやては再び溜息をついてデスクに戻る。
クラウンとリインは部隊長室を後にし、出口に向かって廊下を進んでいた。
クラウンの隣をフワフワと浮いて移動しながら、リインはクラウンの顔に付いた仮面を覗き込むようにして尋ねる。
「クラウンは、なんで仮面の下にメイクしてるんですか?」
子供の様に好奇心に満ちた目で尋ねてくるリインを見て、クラウンは仮面の下で微笑みながら言葉を返す。
『……実は、この仮面には呪いがかけられていて……つけた人は皆、ピエロになってしまうんだ!』
「ええぇぇぇ!?」
明らかに嘘と分かる様なクラウンの言葉に対し、リインは全く疑う事無く大きなリアクションを取る。
そして顔を青くし、微かに震えながら聞き返す。
「……う、嘘ですよね!? そ、そんな怖いものだったんですか」
『うん。嘘だけど?』
完全に怯えた様子で尋ねてくるリインに対し、クラウンは当たり前の様に即答する。
その言葉を聞いたリインは一瞬意味が分からず停止した後、顔を赤くしてプルプルと震える。
「ひ、酷いですよ! なんで嘘つくんですか!!」
『あはは、ごめんごめん』
頬を膨らませて怒るリインに、クラウンは甲高い声で笑いながら謝罪の言葉を口にする。
そして制服のポケットに手を入れ、中から小さな包みを取り出す。
『お詫びにこれ、クッキーでもどう?』
「え? いいんですか? ありがとうございます!」
先程までの怒りはどこに消えたのか、リインは差し出された小さな……リインのサイズを考えると大きなクッキーの包みを受け取り、満面の笑みでお礼の言葉を口にする。
そのままどこか微笑ましい雑談を続けながら歩いていると、クラウンがふと思いついた様に言葉を発する。
『そういえば、俺が出向するのはまだ先だけど……部隊自体はもう稼働してるんだよね?』
「はい。四日前から稼働してますよー」
クラウンの言葉を聞き、リインはクッキーに釘付けだった視線を戻して答える。
『じゃあ……訓練風景だけでも見学してみたいんだけど、大丈夫かな?』
「大丈夫ですよ。丁度よく見える所があるんで、そこへ行きましょう」
クラウンの要望を了承し、リインはクラウンを隊舎の屋上へと案内する。
海に隣接した広い訓練スペースが一望できる隊舎の屋上……リインとクラウンがたどり着くと、その場には先客が居た。
桃色の長髪をポニーテールにし、陸士制服が似合う凛々しさを感じる女性。
その姿を見つけたリインは、嬉しそうな表情で女性に近付いていく。
「シグナムもきてたんですか?」
「ああ、リインか……少し様子を見――」
シグナムと呼ばれた女性は、リインの言葉に微笑みながら振り返り……クラウンを見て固まる。
視線は当然の如く仮面に釘付けになり、少しして空士制服に移り、最終的に左袖で止まる。
「な、なんだ……そいつは?」
「来週から六課に来るクラウン一等空尉ですよ」
絞り出す様なシグナムの言葉を聞き、リインがそれに答える。
その説明を聞いたシグナムは信じられないと言いたげな顔になった後、慌ててクラウンに敬礼をする。
「し、失礼しました。シグナム二等空尉です」
『よろしくね。畏まらず、話しやすい口調でいいよ?』
階級が上のクラウンに対し失礼な態度を取ったと謝罪するが、クラウンは特に気にした様子も無く甲高い声で答える。
「クラウンは堅苦しいのが苦手ですしね」
『ねー』
「……(普通に話してる。わ、私がおかしいのか?)」
あまりに異様なクラウンと気にする様子も無く会話をしているリインを見て、シグナムは額に軽く汗をかきながら沈黙していた。
そのまましばらく考える様な表情になり、突っ込むのも失礼に当ると結論付けて敬礼を解く。
「前線に新しく加わる。幻術魔導師さんですよー」
「なるほど、主はやての言っていた方か……」
リインがクラウンの事を簡単に説明し、それを聞いたシグナムは興味深そうな表情に変わる。
「クラウン一尉」
『クラウンでいいよ?』
「では、クラウン。幻術魔導師とは初めて見たが……どんな戦い方をするんだ?」
「……シグナムの悪い癖が出たです」
興味深々と言うか、何かを期待する様な表情で尋ねるシグナムを見て、リインは軽くため息をつく。
シグナムも幻術魔法自体は見た事があったが、それを専門とする魔導師と会ったのは初めてだった。
その異様な雰囲気は強さの表れなのか、どんな戦い方をする魔導師なのか……一戦交えてみたいと言いたげな目でクラウンを見続けていた。
そんなシグナムの意図を察したのか、クラウンは軽く手を振りながら言葉を返す。
『いや、ご期待には沿えないと思うよ?』
「……期待とは?」
考えを見透かすように告げられたクラウンの言葉を聞き、シグナムは真剣な表情のままで聞き返す。
『俺、弱いよ? 戦闘能力で言えば、精々Bランクよりちょっと上……そもそも幻術魔導師ってのは、正面切って戦うタイプじゃないからね』
「興味深いな……詳しく教えてくれ」
『幻術魔導師ってのは、騙す事と逃げる事に特化してるんだよ。集団戦闘で言えば支援魔導師寄りだし、単独戦闘なら……俺は君みたいな相手と戦場で会ったら、迷わず逃げるよ』
「なぜ、私相手なら逃げるんだ?」
言い回しに疑問を抱き、シグナムが怪訝そうな表情で尋ねると、クラウンはしばし沈黙した後で口を開く。
『……最初に視線が仮面に行くのは当然として、今は俺の全身を広く見てる。立っている距離は恐らく、自分の間合いの半歩外。俺の事をまだ信用してないのか、それとも癖なのかは分からないけど……立ち振る舞いや目線の動きから考えて、近接戦闘に絶対の自信を持つベルカ式の騎士』
「ッ!?」
『さっきのリインの発言から、性格的には正面からのぶつかり合いを好みそうだね。体はスラリとしてるし、パワータイプじゃ無くてスピードタイプ……となれば武器は、剣か槍。あまり相性の良い相手じゃないね』
「……素晴らしい観察眼だ」
クラウンの言葉を聞いたシグナムは、心底感心したような表情になる。
しかしクラウンは、少し沈黙した後で楽しげに言葉を続ける。
『……っていうのは冗談で、前に高町教導官とやってた公開模擬戦見ただけなんだけどね~』
「……」
楽しげに告げられたその言葉を聞き、シグナムの目が怒りの色に染まる。
クラウンはそんなシグナムの様子を眺め、怒りに肩を震わせるシグナムが何かを言う前に言葉を発する。
『っとまぁ、これが幻術魔導師。嘘を尤もらしく語って欺く……正面から戦うタイプじゃないんだよ』
「……なるほど、な」
その言葉でクラウンのおおよその性格は分かったのか、シグナムは深くため息をついて言葉を返す。
だがその直後、シグナムの後方から信じられない声が聞こえてきた。
『納得してもらえた様で、なによりだよ』
「なっ!?」
完全に自身の死角から聞こえてきた声。シグナムが驚いて後方を振り返ると、そこには屋上の縁に腰かけるクラウンの姿があった。
そしてシグナムの視界の端で、先程まで自分と話していたクラウン……クラウンの作りだした幻影が煙の様に消える。
『パフォーマンスは、こんな所でいいかな?』
「……いつ、幻影と入れ替わった……」
シグナムは今まで多くの戦いを経験してきた騎士であり、戦いの場で無くともそう簡単に隙を見せたりはしない。
ましてやクラウンに対しては、その異様な外見から警戒を強めていた程……にも拘らず、完璧に背後を取られたというのは、彼女にとって衝撃的な事だった。
『手品のタネを明かしちゃ、面白くないでしょ? まぁ、これから一緒に戦う事もあるんだし……その時にでもね』
「……ふふ、なるほど……ではその力、いずれ戦場で見せてもらうとしよう」
クラウンの言葉を聞いたシグナムは、どこか嬉しそうな様子で笑いながら言葉を返す。
考えや行動の読めないクラウン……シグナムにとって未知に近い幻術魔導師と言う存在は、彼女の興味をより深く強くしていた。
そんなシグナムの視線をあえて無視する様に、クラウンは訓練スペースで動く新人フォワード達を眺めながら呟く。
『あれは……ガジェットかな?』
「そうですよ。尤も再現しただけで本物では無いですが……クラウンは、ガジェットと戦った事があるですか?」
新人フォワード……クラウンが知っているスバルとティアナの他に、赤い短髪の少年とピンクのミディアムヘアの少女を加えた四人。
その四人が戦っている楕円形の自立機械を眺めながら呟いたクラウンの言葉を聞き、リインが傍まで近づいて尋ねる。
『あるよ。アイツ等最近あっちこっちに出てるからね。AMFは中々厄介だよね』
AMF……ガジェットの持つフィールド計防御障壁で、魔力の結合・魔力効果発生を妨害する。
高ランクの魔導師であれば対応策もいくつかあるが、未熟な魔導師にとっては捕まるとロクに魔法が使用できなくなる厄介な能力。
それを再現した訓練プログラムを遠目に数十秒程眺めた後、クラウンは立ち上がってリインに話しかける。
『リイン。ありがとう』
「あれ? もういいんですか?」
訓練スペースから視線を外したクラウンを見て、リインは首を傾げながら尋ねる。
『うん。大体分かったからね……それじゃ、シグナム副隊長。来週から、よろしくね』
「ああ、共に戦える日を楽しみにしている」
『……そんな期待されても困るんだけどね』
シグナムと軽く言葉を交わし屋上を去ろうとするクラウンを、リインが慌てた様子で追いかける。
「ま、待って下さい! ちゃんと、出口まで送ります」
『そう? ありがとう。リインは優しいね』
「そ、そうですか?」
そのままリインと一緒に屋上から去るクラウンの後姿を、シグナムは真剣な表情で見送り、姿が見えなくなった後で呟く。
「考えが読めない……食えない奴と言ったところか……」
先程クラウンが眺めていた訓練スペースに視線を向け、シグナムは腕を組みながら微かに微笑む。
――ミッドチルダ・アジト――
機動六課の隊舎からアジトに戻ったクラウンは、仮面を外し顔のメイクを落としてからソファーに座る。
そして首に付いた変声機のスイッチを切り、今日の出来事を振り返る様に考えてから呟く。
「……おおむね予想通りの展開だったかな」
≪マスター、質問があるのですが……≫
「うん? なに?」
クラウンが一息ついたのを確認し、ロキはある疑問を口にする。
≪なんで態々、あんな怪しい恰好をして行ったんですか? マスターの顔は整形してますし、素の顔でも大丈夫なんですよ?≫
ロキの口にした疑問。それは機動六課に挨拶に行った際の格好についてだった。
仮面を付け、明らかに不自然な声。その上素の顔にはメイクまでして……どこからどう見ても怪しい姿。
正体をバレたくない筈のクラウンが、何故わざわざ怪しまれる様な姿をしたのか分からなかった。
「……怪しまれる為だよ」
≪は? え、えと……それでは意味が無いのでは? マスターは正体を知られたくないんですよね?≫
「正体を知られない為に、わざと怪しませたんだよ」
≪え、ええ?≫
クラウンの発した言葉の意味が分からず、ロキは戸惑った様な言葉をあげる。
そんなロキに対し、クラウンは微かに微笑みを浮かべながら穏やかな口調で言葉を発する。
「順を追って説明しようか……まず、一番知られるとまずい事は何だと思う?」
≪え、えと……マスターとオーリスさん達に関わりがある事、ですか?≫
「いや、それは別にバレた所で問題無いよ。俺とオーリスさんが知り合いだったとバレても、それはただ単に別人を通して俺と言う人材を紹介しただけ。俺にとっても、オーリスさんにとっても痛くも痒くもないさ」
ロキの言葉に首を振って応えた後、クラウンは真剣な表情で言葉を続けていく。
「一番知られちゃいけないのは、俺がクオン・エルプスだって事……それがバレれば、俺が正規の局員じゃないのもばれるし、そもそも色々追及されるだろ?」
≪は、はい≫
「俺とクオン・エルプスを結び付けるものは何か……さっきお前が言った様に、今の俺は昔とは顔が違う。名前も勿論違うし、局員データだって偽装してる……それを考えた上で、俺が一番隠さないといけないのは?」
≪……声、ですか?≫
ゆっくりと丁寧に説明するクラウンの言葉を聞き、ロキにもだんだんとその真意が読めてきた。
「その通り……まぁ、昔に比べれば多少変わってるだろうけど、なのはさん達を誤魔化せるとは思わない」
ロキの言葉に頷いた後、クラウンは自分の首に巻かれた変声機を指差しながら説明を続ける。
「つまり俺が一番疑問を持たれたくないのは、これが変声機であり、地声を変えているかもしれないって事……他は疑われても、いくらでも切り抜ける方法はあるんだよ」
≪それが、仮面とどういう関係が?≫
「機動六課での職務には戦闘も含まれるから、普段から幻術で姿を変え続けるのは……正直厳しい。となると素顔で過ごす事になるんだけど……その場合、この首輪はやけに浮くだろ?」
戦闘行為を行わないのであれば、姿を変えて出向いたが……機動六課においてクラウンが配属されるのは前線。魔力総量の少ないクラウンにとっては、戦闘以外の場であまり魔力を消費したくは無かった。
そこまで話した所で、クラウンは置いてあった仮面を手に取りながら深い笑みを浮かべて言葉を続ける。
「だから、そこに疑問を持たれるよりも先に……分かりやすく不自然な部分を用意した」
≪えと、つまり……声に疑問を持たせない為に、あえて顔に疑問を作ったって事ですか?≫
「こんな不自然な局員が配属されてた時の反応は、まず初めに驚く。そして次に戸惑う、それから疑問を持ち始め……最終的には探りを入れる」
≪……で、でも、結局疑われてしまうのでは?≫
クラウンの言葉を茫然と聞いていたロキは、結果的に疑われて探られてしまっては意味が無いのではないかと聞き返す。
しかしクラウンにはその質問も想定内だったようで、深い笑みを浮かべたままで説明を続けていく。
「だから、顔に関してはタイミングを見計らってこっちから素顔を見せる」
≪え、ええ!?≫
「そうだな……大体部隊内の全員が疑問を持ち始める頃、二週間から一ヶ月位。そこで出来るだけ自然な感じで素顔を晒す……そうなった場合の周りの反応は?」
≪……何故顔を隠していたのかを、聞くと思います≫
問いかけに対ししばし沈黙してから答えるロキを見て、クラウンは肯定する様に頷く。
「その質問に対し、俺は出来るだけくだらない理由を答える……趣味だからとか、カッコイイからとか……それこそ呆れさせるぐらいにね」
≪えと……≫
「人間ってのは、一度答えが出るとそれ以上は中々追求しないもんなんだ。特に呆れが伴うと、多少強引にでも自分を納得させる……そうなったら、もう大丈夫と思っていい」
≪……≫
クラウンの説明に対して、ロキは感嘆した様に無言で続く言葉を待つ。
「……さて、最初の話に戻るけど、なんで態々俺が仮面を付けている時は怪しい声。仮面を外したら設定しておいた地声に切り替えるようにお前に頼んだと思う?」
≪あ、ああ! そ、そういうことだったんですか!≫
クラウンは予め本来の声とは違う地声を設定していて、今回の挨拶の際に仮面の着脱で切り替える様にロキに指示を出していた。
今までは意図が分からなかったロキだが、クラウンの語った言葉で完全に思惑が読めたらしく、驚いた様な声をあげて納得する。
「分かったみたいだね。そう、仮面の着脱でわざと声を変えることで……仮面と変声機。顔と声の二つの疑問を連動させる」
≪仮面に変声機が仕込んである様に、思い込ませるんですね!≫
「そういう事……さっきも言った通り、人間ってのは答えに対して納得しようとする生き物なんだ。仮面の着脱で声を変えておけば……俺が何も言わなくても、仮面を付けていれば変声機を通していて、外していれば地声と結論付けてくれる」
≪そこでマスターがタイミングを見て素顔を晒す事で、仮面に関する疑問に答えが出た。つまるところ追及してもいないのに声に関しても解決した様に思い込むと……≫
クラウンの作戦は見事なものだった……全てを隠すのではなく、探られても構わない部分をあえて探らせる。
それにより一番まずい部分から目を逸らさせ、別の疑問で答えを出してやることで、連動させた声に関しても答えを与える。
「上手に嘘をつくコツってのはいくつかあってね。小さな嘘を隠すには、大きな嘘に目を逸らさせるのが一番有効なんだよ」
≪流石です! こういった卑怯で根暗な騙し合いでは、マスターの右に出る者はいませんね!≫
「え? なにそれ? 全然嬉しくないんだけど……」
褒めているのか馬鹿にしているのか分からないロキの言葉を聞き、クラウンは複雑そうな表情で言葉を返す。
≪もしかして、ああいう性格を演じていたのにも理由が?≫
「そっちはあまり大した理由じゃないよ。疑問を持ちやすい様に胡散臭さを強調する程度。正直もう少しふざけた性格で行っても良かったけど……仕事に支障が出るレベルって判断されると面倒だからね」
≪なるほど……マスターの予想よりも早く探られ始める可能性は?≫
「それは無いね。身元不明の相手ならともかく、ちゃんとした局員としての階級もあって……上層部も顔を隠した状態での写真を通してる。奇妙に思われたとしても、しばらくは様子見だよ」
ロキの質問に対し、クラウンは確信を持った様子で答える。
容姿に性格、行動も含めて挨拶に行く前から先の展開を予想し尽くした準備……八年に渡り暗躍を続け、騙し欺く事に特化したクラウンは、ロキの言葉通り心理戦に関しては非常に優れていると言えた。
「後は……俺自身がボロを出さない様に気をつけないとね。出向期間は一年……まぁ、うまくやるさ」
≪……悪い顔してますよ。マスター≫
ソファーに座ったままで不気味に微笑み、クラウンは機動六課で過ごすこれからの展開を頭の中で組み立てていく。
まずは一週間後の出向……その日の為に、今回の訪問でも幾つかの布石は既に打っていた。
それが実を結ぶか、無駄に終わるかは分からない。
しかし道化師はその不確定な未来を楽しむ様に、誰も居ない部屋で不気味に微笑んでいた。
仮面に片腕と怪しさ爆発の恰好で機動六課を訪問したクラウン。
反応はそれぞれでしたが、リインは素直で可愛い子ですよね……
今回クラウンが取った作戦は……木を隠すなら森の中、嘘を隠すなら嘘の中といった感じです。
怪しませてから呆れさせるという手法は、実際やられてみるとかなり効果的です。
クラウンは純粋な戦闘能力は、レアスキル未使用で現在の新人フォワード達よりちょっとだけ上程度。
遅くとも六課の休暇編辺りになると、追い越されている感じですね。
さて次回は、正規出向からファーストアラート近くまで行けると……いいなぁ……