魔法少女リリカルなのはStrikerS~道化の嘘~ 作:燐禰
――新暦75年・ミッドチルダ中央区画・地上本部――
時空管理局地上本部の一室、オフィスに隣接した部屋の窓際に複数の人物が座っていた。
執務官制服に身を包んだフェイトと、陸士部隊の制服を着たはやて。
はやてとフェイトの間、ソファーの背には長い銀髪の小人……はやてのユニゾンデバイスであるリインフォースⅡの姿もあった。
そんな三人とテーブルを挟み、やや緊張したような表情で座る二人の女性。
一人は青のミディアムヘアーをした活発そうな印象を受ける女性……スバル・ナカジマ。
もう一人は橙色のセミロングヘアーをツインテールで纏めた。やや勝気な印象を受ける女性……ティアナ・ランスター。
二人は本日行われた陸戦魔導師Bランク試験を受験し、その試験が終了した際にはやて達と出会い。そのまま合否発表を待つ傍ら、はやて達から話を聞いていた。
「――とまぁ、そんな経緯があって……八神二佐は新部隊設立の為に奔走」
「四年ほどかかって、やっとそのスタートを切れた……というわけや」
微笑みながら話すフェイトの言葉に、はやてが合わせる様に補足を入れる。
スバルとティアナが現在聞いている話は、数年前に起こった空港火災の一件から始まったはやての夢の話。少数精鋭による新部隊の話だった。
スバルにとってはその空港火災は、なのはに命を救われ、彼女への憧れから魔導師になる事を決意した大きな転機ではあったが……何故今現在、自分達が新部隊の話を聞いているのかは、実の所よく分かっていなかった。
ティアナにしてみてもそれは同様で、執務官に佐官という今まであまり会う機会も無かった高い立場の人間。そんな二人が態々こうして、自分とスバルの元を訪れてそんな話をする理由は分からなかった。
「部隊名は、時空管理局本局・遺失物管理部・機動六課!!」
そんな二人の心にある疑問を知ってか知らずか、リインフォースⅡ……リインは、その小さな体で両手を大きく広げながら言葉を発する。
そんなリインの言葉に軽く微笑み、はやてが詳細を口にする。
「登録は陸士部隊。フォワード陣は陸戦魔導師が中心で、特定遺失物の調査と保守管理が主な任務や」
「遺失物……ロストロギアですね」
はやての言葉を聞き、スバルはキョトンとしたような表情を浮かべるが、ティアナは冷静に言葉を発する。
(ティア! ティア!)
(……なによ?)
真剣な表情で続けられる説明を聞いていたティアナは、突如飛んできたスバルからの念話に不機嫌そうに答える。
(ロストロギアってなんだっけ?)
(うっさい! 話し中よ? 後にして!)
ロストロギア……現在の科学では解明できない古代遺産や技術の総称で、数多の次元世界には非常に多く存在している。観賞用程度の安全なものから、使い方一つで大災害を引き起こす危険があるものまで、その種類は多種多様。
基本的に管理局と関わりの無い一般人でも知っている程の常識。その常識を、ど忘れしたと言いたげに尋ねてくる……陸士訓練校首席卒業者の言葉を聞き、ティアナは心底呆れた様な口調で念話を終わらせる。
「で……スバル・ナカジマ二等陸士。それと、ティアナ・ランスター二等陸士」
「「はい!」」
真剣な表情で自分達を呼ぶはやての声を聞き、二人は慌てて返事を返す。
「私は二人を機動六課のフォワードとして、迎えたいて考えてる。厳しい仕事になるやろうけど、濃い経験は積めると思うし、昇進機会も多くなる……どないやろ?」
「あ、え~と……」
続けて告げられたはやての言葉、自分の部隊にスバルとティアナを勧誘したいという言葉を聞き、二人は戸惑った様な表情を浮かべる。
スバルがそのまま返答に困る様に呟くと、はやての隣にいたフェイトが微笑みながら言葉を続ける。
「スバルは高町教導官に魔法戦を直接教われるし、執務官志望のティアナには、私でよければアドバイスとか出来ると思うんだ」
「あ、いえ……とんでもない。と、いいますか……恐縮です……と、いいますか……」
フェイトの言葉を聞き、ティアナもどう返答していいか分からないと言いたげに戸惑った表情を浮かべる。
スバルにしてみれば、命の恩人であり魔導師を目指すきっかけになる程の憧れ、今回試験の場で四年ぶりに再開する事になったなのはから指導を受けられるのは嬉しい。
ティアナにしてみても、執務官を目指すという自身の夢。それを実現するのに、現役の執務官からアドバイスを貰えるというのは魅力的であった。
二人共にとって良い話ではあるものの、まだ管理局に入局して二年ほど……新人の二人にとっては、スカウトを受けるなど初めての事態であり、戸惑うのも当然と言えた。
そして……はやての言葉に戸惑っているのは、実は二人だけでは無かった……。
五人が囲むテーブルの裏には、凝視しなければ分からない程の小さな機械が取り付けられていた。
五人が話をしている部屋に隣接したオフィス。その一画でデスクに座り、頬杖をつきながら額に軽く汗を流している人物が居た。
(な、なんか妙な展開になってきたな……)
(マスターもすっかりストーカーが板についてきて……デバイスとして、哀しい限りです)
あくまで五人の居る部屋には視線を送らず、頬杖で耳に付けたイヤホンを隠してロキに念話を飛ばすクラウン。
彼はスバルの試験をこっそり見に来ていたのだが、そこに合流したはやて達を見て何かあると考え、現在盗聴器を仕掛けて話を盗み聞きしていた。
(茶化すな……にしても、まさかスバルさんを勧誘するとは……)
(ですね。ただでさえ、機動六課の本格稼働が近くなって仕事がやりにくくなってるのに……その上、ストーキングの対象まで機動六課に所属する事になったら、面倒ですよね?)
(お前、今日メンテナンス抜きな……)
(えっ!? あ、ちょっ!?)
辛辣な言葉を混ぜながら返してくるロキに対し、クラウンは冷たく言い放ってから念話を切って聞き耳を立てる。
するとその視界の端に、はやて達の居る部屋に入っていくなのはの姿が見えた。
五人が少し遠慮がちに入ってきたなのはの方に視線を向けると、なのはは軽く苦笑しながら言葉を発する。
「えーと、取り込み中かな?」
「ふふふ、平気やよー」
なのはの言葉に対し、はやてが微笑みながら言葉を返す。
その言葉を聞いたなのはは、五人の座っているテーブルに近付き、はやての隣に座る。
そして手に持ったバインダーに軽く目を通した後、スバルとティアナに向って言葉を発する。
「とりあえずは、試験の結果ね」
なのはの言葉を聞き、スバルとティアナは表情を硬くして背筋を伸ばす。
「二人共、技術はほぼ問題なし……」
続けたなのはの言葉を聞きスバルの顔が一瞬明るくなるが、なのははやや口調を強めて言葉を続ける。
「でも、危険行為や報告不良は……見過ごせるレベルを超えています」
スバルとティアナはBランク試験において、序盤は非常に順調なペースで進めていたのだが……中盤で確認不足により、ティアナが足を負傷。その為に終盤は、強引な手を使って試験を進めた。
下手をすればビルが倒壊してしまう危険がある定められたコース外からの側面突入や、足を負傷したティアナを背負った状態での制御が効かない程の高速移動……それは試験官の目には厳しく映った。
「自分や仲間の安全だとか、試験のルールも守れない魔導師が人を守るなんて、出来ないよね?」
「うっ……」
「……その通りです」
なのはの指摘に対し、スバルとティアナも自覚はあった様で、反論する事が出来ずに顔を俯かせる。
「だから……残念ながら、二人共不合格」
なのはの口から告げられた不合格と言う言葉を聞き、スバルとティアナは悲しそうな表情を浮かべる。
しかしなのはは軽く微笑み、そのまま少し間を置いて言葉を続ける。
「……なんだけど」
「「え?」」
雲行きが変わる様な言葉を聞き、スバルとティアナは落としていた視線をあげてなのはの方を見る。
「二人の魔力値や能力を考えると……次の試験まで半年間もCランク扱いにしておくのは、かえって危ないかも? というのが、私と試験官の共通見解」
「ですぅー」
軽く目をとした後真剣な表情で話すなのはの言葉に、二人の試験を担当した試験官であるリインも同意する様に頷く。
魔導師ランクの昇級試験は、基本的に一度受けると半年間は再試験を受ける事は出来ない。
しかし試験官が受検者の能力がそのランクの基準を十分満たしていると感じ、再試験した場合に合格の可能性が高いと判断した場合は条件付きで再試験を行う事がある。
スバルとティアナに対しても、なのはとリインは昇級するだけの十分な実力はあると判断した様だった。
「ということで……これ」
そしてなのはは、スバルとティアナの前に数枚の用紙と二通の封筒を差し出す。
「特別講習に参加する為の申込書と推薦状ね。これを持って本局の武装隊で三日間の特別講習を受ければ、四日目に再試験を受けられるから……」
「え、ええ?」
条件付き再試験と言う結果は初めてなのだろう、二人は戸惑った様な表情を浮かべてなのはの顔を見る。
なのははそんな二人に向って、優しく微笑みながら言葉を続ける。
「来週から、本局の厳しい先輩たちにしっかりもまれて、安全とルールをよく学んでこよ。そしたらBランクなんて、きっと楽勝だよ……ね?」
「「……ありがとうございます!」」
優しく微笑みながら発せられるなのはの言葉に、スバルとティアナの表情は明るくなり、二人揃ってなのはに頭を下げる。
そんな二人を見て、はやても優しげな口調で言葉を続ける。
「合格までは、試験に集中したいやろ? 私への返事は、試験が済んでからって事にしようか」
「「すみません! 恐れ入ります!」」
自分達より遥かに階級が上のはやての計らいを聞き、二人は勢いよく立ちあがり敬礼をして言葉を返す。
そして五人の話は終わり、スバルとティアナは何度か深く頭を下げてから部屋を後にして、それに続く様になのは達もオフィスから出ていく。
全員が別室から離れたのを確認してから、クラウンは先程まで六人が居たテーブルに近付き、さりげない動作で盗聴器を回収する。
そしてそのまま何食わぬ顔でオフィスを後にし、廊下を歩きながらロキに念話を飛ばす。
(……さて、どうするかな?)
(返事は保留みたいですが……受けると思いますか?)
(スバルさんは……受けるだろうね。で、スバルさんが受けるとなったらティアナさんも受ける)
ロキの言葉に対して、二人の事を割とよく知っているクラウンは、疲れた様な様子で言葉を発する。
(出来る事なら、スバルさんをレリックに関わらせたくないんだけどな……)
(……戦闘機人、ですか?)
少し困った様な口調で話すクラウンの脳裏には、レリックとガジェット……そしてその裏に見え隠れする存在が浮かんでいた。
(そういう事……クイントさんに、何て説明しよう……)
(とりあえず、考えるのは地上本部を出てからにした方が良いのでは?)
(そうだな『この顔』の本人と遭遇する訳にもいかないしね)
ロキの言葉に答え、クラウンは考える様に頭をかきながら出口に向かって廊下を歩いていった。
――ミッドチルダ・アジト――
アジトにあるクイントの部屋で、向い合って席に付き会話をするクラウンとクイント。
現在クイントは、クラウンからスバルが機動六課に勧誘されたという話を聞いていた。
「……そう、スバルが……」
話を粗方聞き終わり、クイントは表情を険しくして何かを考える様に俯く。
そして少しの間沈黙して、目に力を込めてクラウンの顔を見る。
「クラウン!」
「駄目です!」
しかしその言葉は、最後まで言う前に強い口調で話すクラウンの言葉で遮られる。
「あ、えと……まだ何も……」
「貴女を外出させる事も、戦闘協力させる事も出来ません!」
あまりに速い返答を告げてきたクラウンに、クイントは少し戸惑った様な表情になるが、更に続けられた強い口調の言葉を聞き不満そうな表情に変わる。
二人の間にこの手の会話は、今までも数えるのが馬鹿らしく思える程繰り返されてきた。
クイントはその性格上黙って保護される事をよしとする人間では無く、今までも度々クラウンに協力を申し出て……全て断られていた。
「でも……」
今までならばクイントも自身の複雑な事情は理解していたので、クラウンが拒否の言葉を告げればそこで会話は止めにしていた。
しかし今回は自分の娘も関わっている事で、やはりそう簡単に引き下がれない様だった。
そんなクイントに対し、クラウンは普段の仮面を外している時の彼からは想像できない様な鋭い目と強い口調で言葉を続ける。
「いいですか? クイントさんには、最高評議会を倒した後で帰るべき場所があるし、貴女の帰りを待っている家族も居る」
「……」
クラウンはまるで諭す様に、それでいて有無を言わさぬ強い口調で言葉を告げる。
そんなクラウンの表情と、告げられた家族と言う単語を聞き、クイントは言い返す事が出来ずに沈黙する。
「……分かってください。貴女を、俺の様な犯罪者にする訳にはいかないんです」
「犯罪者!? ち、ちがっ、クラウンは……」
表情を優しいものに変えて微笑みながら発するクラウンの言葉を聞き、クイントは自分の事を犯罪者と呼んだクラウンの言葉を否定しようと口を開く。
「たとえそこにどんな思想があっても、どれほど正しい目的があったとしても……俺は法を犯す犯罪者です。汚い手で情報も集めました。何人もの人間を失脚させてきました」
「ッ!?」
儚く微笑むクラウンの表情を見て、クイントは悲しそうな顔で俯く。
クイントはクラウンの事を犯罪者だとは思っていない。何の為に戦っているのか、何を守ろうとしているのか……目の前にいる彼がどんな人物かも知っている。
しかしクイントがいくらそう思った所で、クラウンが実際に法を犯している事実は変わらない。
そして目の前にいる自分よりも若い男性が、自分の罪から逃げる様な人物で無い事も……涙が出そうなほど知っていた。
「自分の事を正当化するつもりはありませんし、選んだ道にも後悔はしてません……だけど、貴女に同じ道を歩かせる訳にはいかないんです」
「……クラウン」
そこまで告げた後で、クラウンはゆっくりと立ち上がり、クイントに対し優しく微笑んで言葉を発する。
「安心してください。貴女の守りたいものは、俺が代わりに守ります……命に変えても」
「……」
強い決意を感じる言葉を告げて部屋から去っていくクラウンを、クイントはただ茫然と見ている事しか出来なかった。
クイントはクラウンの正体に関しては、深くは知らない。自分の命を助けてくれた恩人で、管理局の闇と戦っている人物。
明るくて、いつもクイントの事を気にかけてくれる優しい存在……正確な年齢は知らないが、間違いなく自分より年下の筈の……そんな彼の背中が、途方も無く遠く見えた。
――数日後――
――ミッドチルダ中央区画・地上本部――
地上本部……変装したクラウンが、ロキと念話をしながら廊下を歩いていた。
(結局、マスターの予想通りになりましたね)
(ああ、これでスバルさんも機動六課所属が決定か……)
ロキの念話に対し、クラウンは少々複雑そうな表情で言葉を返す。
彼は今日別件で地上本部に来ていたのだが、偶々スバルとティアナが局員ID……再試験を突破してBランクになった魔導師ランクの更新に来ていたので、話を盗み聞いた。
二人の話を聞く限りでは、両者とも機動六課入りを決めたらしく。近くはやてに返答をするようだった。
(……もうこうなると、機動六課との接触は避けられそうにないですね)
(そうだな……とりあえずは、待たせても悪いから急ごう)
ロキが明言を避けた事……クラウンは立場的に非常に微妙な存在であり、レリック追う過程で機動六課と遭遇すれば、最悪の場合は交戦する可能性も出てくる。
クラウンにしてみれば友人達と戦いたくはないが、かと言って自分の正体を明かす訳にもいかない。
そんな頭を抱える要因を先送りにするように、クラウンは移動する足を速める。
地上本部にある一室。小規模な会議等に利用される事が多い部屋の前につき、クラウンはノックをしてから入室する。
すると室内で待っていたオーリスが、入室してきたクラウンを見て微笑みながら言葉を発する。
「悪いわね。態々出向いてもらって……」
「いや、それは構わないけど……重要な話って、なんですか?」
クラウンは部屋のドアをロックし、オーリスに言葉を返しながら変装を解いて仮面を外す。
そしてオーリスに促されて席に付き、向い合う様に座るオーリスの言葉を待つ。
「その前に……貴方の立場から見て、機動六課の事をどう思う?」
「厄介ですね。一課から五課の情報収集能力……対応が遅ければ先回りも出来ますが、機動六課は足が早そうですからね」
「そういえば、JF704型のヘリも配備されるらしいわよ」
「……最新型じゃないですか……ホントどういう手で集めてるんだか」
オーリスの口から出た管理局武装隊最新鋭機の名前を聞き、クラウンはうんざりした様に溜息をもらす。
実際クラウンは機動六課の存在に頭を悩ませていた。まだ正式稼働はしていないものの、稼働してしまえば恐ろしく広い情報網と現場に急行可能な体制。
機動六課と同じくレリックを追うつもりのクラウンにとっては、色々な意味で最も厄介な相手であった。
「やっぱり苦戦してるみたいね……それで、今回の本題になるんだけど……」
「あ、はい」
「貴方、機動六課に潜り込んでみない?」
「……は?」
オーリスが告げた言葉を聞き、クラウンはその言葉の意味が理解できないと言いたげに茫然とする。
そんなクラウンの反応は想定内だったのか、オーリスは特に表情を崩す事無く言葉を続ける。
「ほら、機動六課に所属しちゃえば、色々行動しやすくなるでしょ?」
「い、いや、あの……オーリスさん!? あそこには、俺の事を知ってる人が大勢いるんですが?」
「ええ、だからバレない様に……いつもやってる事でしょ?」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
オーリスの言葉を聞き、クラウンは明らかに戸惑った様な様子で言葉を探す。
そんなクラウンに対し、オーリスはたたみかける様に言葉を続けていく。
「今後の展開を考えると、レリックとガジェット……ひいては最高評議会に一番近くなるのは、間違いなく機動六課の筈よ。だったら、無理して別に探るよりも所属しちゃった方が追いやすいでしょ?」
「た、確かにそうですが……」
「今のままだと、最悪の場合。現場で鉢合わせして、敵と間違われる可能性が高い」
「……」
続けられたオーリスの言葉は、クラウンも考えていたものだった為、これと言った反論が浮かばずに押し黙る。
「機動六課に所属してレリックを追う傍ら、最高評議会の情報も集める。たぶんこれが、この件を一番早期に解決できる手段だと思うけど……」
「……」
オーリスの言葉を聞き、クラウンは困った様な表情のままで俯く。
クラウンにもオーリスの話した手段が最善だとは分かっていたが、それでも即決する事は出来なかった。
そんなクラウンの悩みを察したのか、オーリスは僅かに微笑みながら言葉を付け足す。
「……まぁ、あくまで提案ね。貴方が嫌だというなら強制するつもりはないし、それしか手が無いってわけでもないしね」
「……」
オーリスの言葉に、クラウンは無言で俯いたままで考える。
確かにレリックを追う上では機動六課との接触は避けられないし、遭遇して交戦と言うリスクが無い分所属するのは得策だった。
正体に関しても、クラウンにしてみれば悟らせない様に振舞うのは得意分野だ。
ただそれでも、騙す相手がなのは達だと思うと……彼の心には迷いが生まれる。
どうするべきか、どうしたいのか……悩むクラウンの心に、ふとある言葉が蘇る。
――約束だからな――
クラウンとしてではなく、かつてクオン・エルプスとして交わした一つの約束。
それを思い出すのと同時に、彼の心にゆっくりと決意が固まっていく。
「……わかりました」
「うん?」
「その話、受けます」
静かだがハッキリと通る声で伝え、クラウンは顔をあげてオーリスの方を見る。
「そう……じゃあ、準備はこっちに任せてね。私や父さんには結びつかない様に、上手く潜り込ませる。詳しい日取りなんかは、また追って連絡するわ」
「了解です」
オーリスの言葉を聞き、静かに頷いた後で再び仮面を被って変装をするクラウン。
オーリスの言葉通り、手段は他にもあったかもしれない。しかしクラウンは、再び友人達の前に姿を現す道を選んだ。
一度は完全に別れたクラウンと、彼女達の道……それが一時的にでも重なるのは、今を置いて他には無いだろうと……二人の少女と交わした小さな約束を守るために……
――ミッドチルダ・アジト――
オーリスとの話を終えアジトに戻ってきたクラウンは、首に巻いていた変声機を外し調整し始める。
≪何をしてるんですか?≫
「うん? 地声を設定してる……声が正体に繋がったりしないようにね」
クラウンが普段つけている首輪型のチョーカーは、変声機の役割を果たしている。
平常時はオフになっているが、機動六課に所属する際の事を考えベースとなる声を設定していた。
≪なるほど、じゃあ私も声でバレない様に……≫
「お前の音声データは、武装隊支給の量産機と同じやつだから大丈夫」
≪……≫
ロキが告げた言葉を聞き、クラウンは設定を続けながら簡潔に答える。
しかしどうやらそれは不満だったようで、ロキはしばし沈黙した後で不貞腐れた様な言葉を発する。
≪……いいじゃないですか……確かに元は量産機ですけど、今は専用機なんですし……単一ぶったっていいじゃないですか……というか、これを機に特別な音声データとか入れてくれたって……≫
「いや、お前の声が変わると俺が困るし……」
≪マスターばっかり、ずるいです≫
デバイスとは思えない様な不満を口にする相棒を見て、クラウンは大きくため息をつく。たしかに量産機の音声パターンでは表現しきれない程、彼のデバイスは感情的だった。
「分かったよ……その内何とかしてやるから、今はとりあえず我慢してろ」
≪本当ですか!? 絶対ですよ! 録音しましたからね!!≫
「はいはい」
返答を聞いた途端、機械的ながら何処か嬉しそうに聞こえるロキの声を聞いて、クラウンは苦笑する。
機動六課に所属する事に対し未だ不安な部分はあるが、こうして人間臭い相棒と話をしていると、それが和らぐように感じていた。
――数日後――
――ミッドチルダ・機動六課・隊舎――
首都からやや離れた場所に経つ大きな建物……明日から稼働を開始する新部隊・機動六課の隊舎。
その中にある部隊長室では、はやてとリインが内装の最終点検を行っていた。
真新しさを感じる大きなデスク、五人以上座れそうな応接用のソファー。そして部隊長補佐を務めるリインの為の小型デスク。
「いよいよ、明日からですねー」
「うん。しっかり気い引きしめんとな」
満面の笑顔で話すリインの言葉を聞き、はやても明日から動き始める自分の部隊について笑顔で返事を返す。
するとはやての携帯端末に通信を知らせる音が鳴り、はやてはそれを取り出して通信を繋ぐ。
「お久しぶりです」
はやてが通信モニターを表示すると同時に、リインは邪魔にならない様に静かに自分のデスクに座る。
「……はい。え? ええ……ホンマですか!?」
リインの位置からでは通信の詳しい内容までは聞こえなかったが、どうやら悪い知らせでは無い様で、はやては嬉しそうな声で驚いていた。
「ええ、是非お願いします。えと、私が出向いた方が……え? ああ、そうなんですか……分かりました」
細かい打ち合わせをしているらしく、はやては時折嬉しそうな笑みを浮かべながら通信を続けていく。
「はい。大丈夫です……ホント助かります。ええ、ありがとうございました」
はやては丁寧にお礼を言って通信を終わらせ、それを見計らってリインがはやての元に近付いて尋ねる。
「はやてちゃん? なにかあったんですか?」
「あ、うん。探してた魔導師が見つかってな」
首を傾げて尋ねてきたリインに対し、はやては嬉しそうな笑みを浮かべて言葉を返す。
「魔導師? 増やすんですか?」
「うん。ほら、ティアナとキャロはちょお特殊な魔法を使うやろ? 流石のなのはちゃんでも専門外の指導は難しいかと思うてな。その辺をアドバイス出来る魔導師を探してたんよ」
リインの質問に対して、はやては機動六課の新人フォワードとなる二人の人物。幻術魔法と召喚魔法、使い手の少ない特殊な魔法を使う二人の人物を指して説明する。
実際に局内で見てみてもその二つの魔法は、ある種希少技能扱いされる程珍しいものであり、使い手も数えるほどしか存在していなかった。
「探し始めるのが遅くなったんと、数自体が少ないから……半分諦めてたんやけどな。さっきお世話になった人から連絡があって、召喚魔導師の方は見つからんかったけど、幻術魔導師は丁度いい人材が見つかったって」
「おぉ! じゃあ幻術魔導師さんがくるんですね!」
はやての言葉に納得したように頷いた後、リインは興味深げに目を輝かせて言葉を発する。
「流石に急な話やから、稼働日には間に合わんみたいやけど……三日後に、挨拶をかねて本人が局員データを持ってきてくれるらしいわ」
「じゃあ、その時に細かい打ち合わせをするんですね」
「そういう事。詳しい出向の日程なんかは、正式な局員データをもろうてからやけど、簡単なデータならもろうたよ」
「おぉ、どんな人ですか?」
リインも今まで幻術魔導師と言うのは殆ど見た事が無いので、はやての告げる言葉に興味深々と言った様子で聞き返す。
はやてはそんなリインの姿に微笑み、自身の端末に送られてきた簡単なデータを確認して答える。
「えっと、クラウン一等空尉って人らしいわ」
「あれ? ファミリーネームは無いんですか?」
「うん。孤児院出身らしくて、ファミリーネームは無いみたいや……年齢は私より上の25歳。キャリアは12年のベテランさんや。魔導師ランクは空戦Aランクで、現在は調査部に所属してるみたいやね」
「へぇ~楽しみですね!」
はやての説明一言一言に対し、リインは大きく頷きながら微笑む。
本当に楽しみにしている様子のリインを見て、はやては微笑みながら資料に視線を戻し……ふと気が付く。
「……(あれ? 顔写真が添付されてない……まぁ、急な話しやったからゴタゴタしてるんかな?)」
資料に顔写真が添付されていない事を疑問に思ったが、どうぜ三日後には本人が挨拶に来る為、深くは考えずに疑問を引っ込める。
その見た目に心底驚く羽目になるとは、予想すらしないままで……
――ミッドチルダ・アジト――
アジトにあるクイントの部屋で、普段潜入以外で着る事のない陸士制服に身を包んだクラウンが、クイントに対し説明を行っていた。
「……というわけで、近い内に機動六課に所属する事になったので……長くここを空ける事になります。休暇には戻ってきますし、オーリスさんも定期的に来てくれるらしいので心配ないかとは思いますが……」
「ええ、こっちは大丈夫だけど……」
クラウンの言葉に頷くクイントだが、その表情はやや暗く心配そうにクラウンを見ていた。
そんなクイントの表情はあえて無視をして、クラウンは簡潔に言葉を区切って立ち上がる。
「それじゃあ、色々準備があるので……スバルさんの事は、安心して俺に任せてください」
「……待って、クラウン!」
「はい?」
そのまま背を向けて出口の方に向かおうとしたクラウンだが、直後にクイントが発した声に振り返って首を傾げる。
クイントはそんなクラウンの目を真っ直ぐ見たまま、真剣な表情で言葉を続ける。
「前に言ってたよね……私の守りたいものは、貴方が代わりに守ってくれるって……」
「はい」
クイントの言葉を聞きながら、クラウンはしっかりと頷いて返事を返す。
そんなクラウンを心配そうに見つめ、クイントは大切な言葉を伝える。
「だったら忘れないで、貴方も私の守りたい大切な……弟みたいな存在なんだから、私の守りたいものを守ってくれるなら……自分の事もちゃんと守って……無茶は、しないでね」
「……」
クイントの言葉を聞き、クラウンは大きく目を見開いて茫然とした表情でクイントを見る。
そしてしばらく沈黙した後で、何処か嬉しそうな笑顔を浮かべて後で頷く。
「……はい!」
「うん! 約束だからね!」
クラウンの表情を見て、クイントも心配そうな表情から笑顔に変わる。
そして丁重に頭を下げてから部屋を出ていくクラウン……もう出会ってから8年経つ弟の様な存在を、クイントは笑顔で手を振って見送った。
スバルの髪は、ショートなのかミディアムなのか……個人的には後ろがある程度長いので、中間ぐらいという印象ですが……キャロほど分かりやすいミディアムヘア―でもないし……
クラウンはスバルの事を時折見て報告が……既に8年、もう立派なストーカーです。
さて今回からアニメ本編に関わり始め、クラウンも機動六課に所属する事になりました。
クラウンという名前で登録しているって事は、仮面付けて片腕で行くつもりなんでしょうけど……はやて達はどんな反応をするのか……