魔法少女リリカルなのはStrikerS~道化の嘘~   作:燐禰

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第二十一話『裏の狂人』

――新暦75年・機動六課――

 

 

 よく晴れた青空の元、機動六課訓練スペースにはそれぞれに分かれた新人フォワードの姿があった。それぞれのポジションに分かれての個別訓練。地球出張の前後から行われている訓練は見慣れたものだが、今日はその中にいつもとは違う影があった。

 

『じゃあ、今日から俺もティアナの訓練に参加するね。よろしく』

「よろしくお願いします」

 

 今日から教導に合同するクラウンの前には、彼が教えるティアナの姿があった。ティアナはセンターガードと言う前線の纏め役とも言えるポジションであり、主に射撃魔法を中心に戦う事もあって、今まではなのはが個人教導を行っていた。

 しかしティアナには幻術魔法という希少技能の適性もあり、その部分の指導に置いては幻術適性のないなのはに教導は難しく、それを見越してはやてはクラウンをこの部隊に呼んだ。今日まではなのはが射撃魔法を中心に指導しており、それが一定の水準に達したのでクラウンに声がかかった。

 現在なのははこの場をクラウンに任せており、今日は執務官としての仕事で来られないフェイトの代わりに、エリオとキャロの指導をしている。

 

『それじゃあ、前にちょっとだけ言ったけど幻術魔法の基礎から教え直していく。まぁ教本とかには細かくのってないからそうなりがちだけど、ティアナの魔法は効率も発動燃費も悪すぎるんだよね』

「そ、そうなんですか」

『うん。まぁあんなのは幻術魔法をさわりしか理解してない魔導師が書いたものだしね』

「成程」

 

 クラウンはあっさりと訓練教本の内容を否定するが、実際にその通りではある。幻術魔法は希少技能であり使い手も少ない。幻術適性を持つ者の大半はそれをサブウェポンの様に使い、幻術魔法を専門に行使するものは殆どいないと言って良い。

 その最大の理由は幻術魔法には攻撃性能は無く、あくまで味方の援護に使用することが中心な事と、使い手が少なく教本等にも細かく載ってはいないので、学ぶ術が少ないと言う点だ。そう言う意味では、若くしてそれを専門とする師に巡り合えたティアナは幸運と言える。

 

『じゃあ、さっそくだけど……先ずはフェイクシルエットから。とりあえず、今やってるやり方で自分の幻影を作ってみてくれるかな』

「はい」

 

 ティアナはクラウンの言葉に頷き、足元に魔法陣を展開する。そして10秒程の時間をかけ、ティアナの横には彼女の幻影が出現する。それを見たクラウンは首を一度振り、直後姿がぶれて二人に増える。

 

「ッ!?」

『実戦で使うには、やっぱりこの位の速度は欲しいね』

 

 それはティアナにとって衝撃的な光景だった。確かに彼女はクラウンの技術が高い事は、地球への出張の際に見た透明化の魔法で分かってはいたが、フェイクシルエットを見るのは初めてだった。その発動はあまりにも早く無駄の無いものだった。

 

「は、早い……」

『ふふふ、さて、ここで問題。俺とティアナの魔法……これだけの速度の違いは、なんの差だと思う?』

「……技術、ですか?」

 

 クラウンはエース級魔導師ではないが、前線で尤も長いキャリアに裏打ちされた確かな技術がある。むしろティアナはクラウンこそ、機動六課内で尤も魔力の繊細操作技術が優れた存在だと認識していた。幻術魔法は非常に使い手の少ない魔法。その理由の一つには間違いなくその難易度もあるだろう。

 ティアナは幻術魔法を、魔力で絵を描く様な魔法だと考えている。些細な違いで名作にも駄作にもなりえる繊細極まりない魔法であり、だからこそ中々修練を行う事が出来なかった。そう、とにかく難しいのだ。

 ティアナの知る幻術魔導師はクラウンだけ、となれば彼女の知る中で最も魔法技術のあるのはクラウンだと考える事が出来る。それこそが、自分との差なのだろうと告げたが……クラウンは首を横に振る。

 

『遠隔での魔法操作ならともかく、発動速度にはたいして変化はないよ。正解は……術式』

「術式……ですか?」

『そう、次は魔法を発動させずに術式を出して、俺のと比べてみて』

「はい……え? あっ!? そ、そうか……こんな方法が!?」

 

 クラウンに促され、自分の術式とクラウンのものを比べてみたティアナは、クラウンが期待した通りすぐにその違いに気が付き驚愕の表情を浮かべる。クラウンの術式とティアナの術式には一つの違いがあり、その違いこそがフェイクシルエットの発動速度の差と言う形で現れていた。

 

『そう、気付いたみたいだね。フェイクシルエットは本来、術式を発動後に幻影対象の形を作る訳だけど……』

「……予め、術式に幻影対象を組み込んでおけば、発動は格段に早くなる」

『その通り、フェイクシルエットの術式を複数用意して使い分ける。俺の場合は自分の姿。ティアナの場合は自分とフォワードメンバーとかが良いかな。勿論状況に合わせて、普通の術式で発動しなくちゃいけない場合もあるけどね』

 

 魔法の方では無く術式に手を加える。本来魔法の改良と言うのは、術式を変化させるのが当然の筈だが、幻術魔法は使い手が少ないこともあってか、ある種先入観の様なものがあった。特に幻術魔法は繊細なものであり、下手に術式をいじれば発動しなくなってしまう事もある。

 クラウンが足元に表示した術式には、発動対象の事前追加だけでなく消費を抑え簡略化していたり、ティアナにとっては見ているだけでも参考になった。

 

『まぁ幻術魔法の術式は結構デリケートだから、改良にはコツがあるんだけどね。今日はその辺りを教えていくよ』

「はい! よろしくお願いします!」

『うん……でもその前にもう一つ。幻影の種類についても教えておこう』

「種類……ですか?」

 

 クラウンはティアナに告げた後、更に自分の幻影を二体……合計で三体の幻影を作り出し、その内の一つを指差しながら説明を始める。

 

『フェイクシルエットで作り出せる幻影には、大きく分けで三つの種類があるんだ』

「三つも、ですか?」

 

 これもまたティアナにとっては初めて耳にする内容だった。ティアナがフェイクシルエットで作り出す幻影はいつも一種類であり、他の種類があると言う事を聞いた事はない。

 

『まず一つ目はこれ……ティアナがいつも使っている高密度の魔力で対象を形作る形式。これはかなり精巧な幻影で、上級魔導師相手じゃないとまず見破られないね。遠隔の制御で複雑な動きも出来る。だけどその分消費魔力は大きいね。これが教本に載っているから、幻術魔法は燃費が悪いって思われてる』

「……成程。確かに私も、幻術魔法は燃費が悪いと思ってました」

『うん。で、二つ目はこれ、高密度の魔力で……『外殻』だけを作って、中は空洞の形式』

「外殻だけを!? そ、そうか……それなら消費魔力は半分……いや、三分の一!?」

 

 クラウンの告げた形式はつまり、中身の無い卵の様な形で幻術を発動させる形式。確かにそれならば魔力によって形成するのは外殻のみで、中に魔力を込めない分消費も少なくなる。説明を受けてみれば、何故今まで気付かなかったのかと思うほどだった。

 

『その通り、この形式は魔力消費も少ないし、中に魔力弾とか隠して罠とかにも出来る。だけど、一つ目の形式ほど自在には動かせないし、衝撃にも極端に弱いから、触れられただけで解除されちゃうね』

「一つ目より、使い方が難しいと言う事ですね」

『その通り。で、三つ目が……空気中の魔力素に映像を投影する形式。これは実体が無い立体映像みたいなものだから、攻撃を受けても平気だけど……バレやすいし、扱いは相当難しいね』

 

 クラウンの言う幻影の種類は、高消費高性能の形式、低消費低性能の形式、実体では無く立体映像の形式と言う三種類。今まで高消費高性能の幻影しか使っていなかったティアナにとっては、目からうろこと言えるほど有益な情報だった。

 

『とまぁ、口頭での説明はこんな感じかな……じゃ、そろそろ実技をやっていこうか』

「はい。よろしくお願いします」

 

 ティアナは確信した。この人についていけば、自分の幻術魔法は遥か高い次元に引き上げられると言う事を……ひいてはそれは彼女の戦闘力の向上だけでなく、幅広い対応力を得る事もできると言える。

 ますます大きな熱意を持って、ティアナはクラウンの指導を受けていく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――???―――

 

 

 薄暗く広い部屋。壊れた椅子や机があちこちに散乱しており、足元はコンクリートの灰色。正しく廃墟と言う言葉がピッタリの部屋には、男性と少女の姿があった。

 中央で向い合う男性と少女……いや、男は地面に尻餅をついているので、向い合うと言う表現は少し違うかもしれない。男は怯えた様子で己より遥かに小柄な少女に視線を向ける。

 

「知らない! ほ、本当に知らないんだ!」

「……」

 

 男は裏の世界に置いて情報屋を生業としており、裏に属する数多の奇人変人を見てきた。裏の世界に20年以上居て、修羅場も数知れず乗り越えてきた男は今、子供の様に恐怖に震え引きつった顔を浮かべている。

 男に相対する少女はミッドチルダでは中々目にする事の無い死装束に身を包み、首には十字架のネックレス。耳には別世界の宗教で用いられるイヤリングを付け、右手に巨大な錫杖を持つ……様々な宗教をごちゃ混ぜにした様な格好をしている。顔は思わず見とれてしまう程整っており、目は祈る様に閉じられているが、絶世の美少女と呼んで間違いない人物。白く長い髪は淡く光る様に美しく、小柄な体は愛らしさを醸し出していた。

 しかし、男の顔には恐怖しかなく、尻餅をついたまま逃げる様に少女から離れていく。何故男は十代中盤程にしか見えない少女にここまで怯えているのか? その理由は、少女が裏の世界に置いて知らぬものが居ない程の有名人だったから……

 ツクヨ……本名では無く通称であり、少女自身も自称する名前。少女は裏の世界において、ある通り名で呼ばれている。その通り名は『白い死神』……出会ったものは必ず死ぬとまで言われており、裏の世界で始末屋と呼ばれる仕事を行う最凶の存在。

 今まで殺した人数は数え切れず、彼女自身莫大な懸賞金のかかっている賞金首ではあるが、オーバーS魔導師に匹敵する凄まじい力を持つ為、裏の人間とて容易に手の出せない危険な人物。もう20を越えた年齢ながら、あまりにも幼い容姿もまた不気味さを際立てていると言っても良い。

 

「た、確かに噂は聞いた事がある。管理局高官のみを狙う奴が居るってのは……」

「……」

 

 彼女が男の元を訪れたのは、裏でも有名な情報屋であり当然ながら情報を求めてきた。彼女のクライアントから依頼された殺害対象……クラウンの情報を得る為に……

 しかしクラウンは裏の世界でも多少は噂になっているが、基本的に裏の人間に接触する機会は少なく、あくまで噂になっているのは管理局高官等と言う厄介な相手ばかり狙う奇妙な奴が居ると言う程度だ。

 

「で、でも、そいつは情報屋から情報を買ってねぇ! たぶん独自の情報源を持ってるんだ……だ、だから、本当に俺は何も知らない!」

「……そうですか……確かに、私の集めた情報もその程度。やはり直接接触してみるしかない様ですね」

「あ、ああ……ただ、そいつは金や名声が目的じゃねぇ、それならすぐ有名になる筈だ。身入りのねぇ相手ばかり狙うのと、見かけた奴からは全身黒づくめだったって聞いたから……俺達は『黒い道化』って呼んでる」

「おやおや、確か私は白い死神でしたね。黒と白ですか……仲良くなれるかもしれませんね」

 

 機嫌を損ねたら殺されるのではないかと、怯えながら話す男だが……ツクヨはそれを聞いて、愛らしく苦笑を浮かべる。どこか空気が和らいだようにも感じる笑顔に、男も少しほっとした顔を浮かべる。

 クラウンは裏の世界に置いて黒い道化と呼ばれている。リスクが高い管理局員ばかりを狙い。かといって名を売ったりする様子もなく、狙った局員から金品を奪う事もない。奇妙なやつだと言うのが、男達の印象であり、局員しか狙わない相手……自分達に危害を加えない相手に、そこまで執着もない。

 

「ありがとうございました」

「い、いや、かまわねぇ……もし、必要なら、ソイツの情報を調べてみても……」

「もう、貴方に用はありませんね」

「なっ!?」

 

 穏やかな笑みに安堵したのも束の間、ツクヨは微笑んだまま気の弱い人間なら失神する程の殺気を放つ。それは即ち……もはや男を生かす価値は無いと判断したと言う証明だった。

 ツクヨが一歩近づき、手に持った錫杖が鈴の様な音を響かせる。男が自らの死から逃れる様に後退する様は、無様なものであり、ツクヨはその命を刈り取る為に手を上げる。すると、直後大きな音と共に部屋の扉が壊れ、大勢の武器を持った人間がなだれ込んでくる。

 

「……おや?」

「ふ、ふはは……お、俺がお前と会って、殺される事を予想しなかったとでも思うのか」

 

 デバイスや質量兵器を構えた総勢30人を越える乱入者達は、男が怯える様に隠した手で呼びよせた自分の顧客でもある裏の猛者達。中にはかつて管理局で武装隊の隊長を務めた程の魔導師や、ツクヨに及ばないまでも高額な懸賞金のかけられた犯罪者もおり、かなりの戦力であることが伺えた。

 勝ち誇った様に笑う男に対し、ツクヨはずっと閉じていた目を開く。光を宿しておらず、視点の定まらない不気味な目。そして口元には凶悪な笑みが浮かぶ。

 

「……貴方達の死もまた、未来の為の尊き犠牲。さあ、私の神の元に行きなさい」

「や、やっちまえ!」

 

 それぞれの武器を構え走るのは、一癖も二癖もある裏の猛者達。迎え撃つは白い死神……夜の静寂の中で、凄まじい轟音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 崩れ落ちたビルの瓦礫の上を、鈴の様な音を響かせながら白い少女が歩く。

 

「……つまらない命でした。これでは我が神もご不満でしょう。少々お待ち下さい。未だ見ぬ私の神よ……すぐに、新しい供物を用意いたしますので……」

 

 独り言を呟きながら歩くツクヨの背には、ビルの残骸と共に眠る数多の遺体。無謀にも彼女に挑み、成す術もなくビルと共に散っていった愚か者達のなれの果て……

 月の光に白い髪を照らされながら歩くツクヨの体……その特徴的な全身白色の様相には……返り血の一滴すら、ついてはいなかった。

 

「黒い道化さん? 貴方は……もう少し、手応えのある。力を持った強い命である事を願います……未だ見ぬ我が神に捧げるに相応しい程の……」

 

 黒い道化……クラウンを狙い暗躍するのは、最凶の始末屋。数えるのも馬鹿らしくなるほどの命を散らし、闇に君臨する存在。

 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている……闇に手を伸ばしたクラウンだが、闇もまたクラウンに向かって凶悪な手を伸ばしていた。

 黒と白が相対する時は……もう、そう遠くない未来に用意されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はちょっと短めです。

ティアナ強化中。

蠢く相手が凶悪だからこそ、日常パートが映えます。次回は日常パートを一つはさんで、ツクヨとの戦いに近付く感じです。

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