魔法少女リリカルなのはStrikerS~道化の嘘~   作:燐禰

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第十六話『焦心の弾雨』

 ――新暦75年・ホテル・アグスタ――

 

 

 骨董美術品のオークション開始時刻が間近に迫り、参加者達が集まっているホールを除き静けさに包まれるホテル内部の廊下を、シグナム、ヴィータ、ザフィーラの三名が急ぎ足で進む。

 屋上で探知を行っていたシャーリーとロングアーチから知らされたガジェットの接近。新人四人はホテル正面に集合して防衛に当り、三名は迎撃に打って出ようとしていた。

 ホテル外部に繋がる広い吹き抜けに辿り着き、シグナムとヴィータはデバイスを展開して騎士甲冑を纏って空に上がり、ザフィーラは地上からホテルに向けて迫るガジェットに向かう。

 

 警備員に扮したクラウンは、その光景を通路の影から眺めた後で非常階段がある方向に進み始める。

 ホテルの利用客に混乱を与えない為か警備員の無線に情報は入ってこなかったが、機動六課が動き始めたと言う事はクラウンの待っていた機会が訪れた事を意味していた。

 足音と気配を消して非常階段の扉を開けたクラウンは、それが閉まると同時に姿を消し地下を目指す。

 

(機動六課がガジェットを片付ける前に調べてしまわないとね)

(ですね。急ぎましょう)

 

 音無く階段を降りながら念話で呟くクラウンの言葉を聞き、ロキも状況を理解して言葉を返す。

 先程までは警戒態勢にあったロングアーチやシャマルの探知をかいくぐりつつ、密輸品の調査を行うにはこの戦闘中が一番ではある。

 しかし副隊長二人に新人四人、ザフィーラとリインとシャマルまで対応に当っているなら、殲滅するまでそう時間はかからないと予測できた。

 機動六課の目がホテル外部に集中している内に調査を終わらせてしまう為、クラウンは急ぎ目に、それでも足音は立てぬよう慎重に地下を目指して階段を下りていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルの正面玄関前では集まった新人四人が、モニターで前線の様子を眺め驚愕していた。

 ヴィータが自身のデバイスであるグラーフアイゼンにより撃ち出した鉄球は、AMFなど物ともせずガジェットを紙の様に貫く。

 以前エリオとキャロが苦戦したⅢ型ガジェットも、シグナムによりアームごと真っ二つに切り裂かれる。

 ザフィーラはホテルに繋がる道に陣取り、迫るガジェットが放ったレーザーを身動き一つせずに障壁で全て受け止め迎撃していく。

 四人にとって初めて見る副隊長二人とザフィーラの本格戦闘は、圧倒的としか表現しようがなかった。

 

「……信じられない。これで、能力リミッター付き?」

 

 モニターを見ながら、ティアナは茫然とした様子で呟く。

 シグナム達は魔力を押さえるリミッターを体に付けており、本来よりその力は大きくダウンしている筈だが、モニターに映るその戦いぶりは、自分達の出番などないのではないかと思えるものだった。

 自分との圧倒的な差を感じ、ティアナが微かに唇を噛むのとほぼ同時に、キャロのケリュケイオンが光を放つ。

 

「ッ!? 召喚魔法の反応です!」

『こっちでも感知したわ! かなり大きいわね』

 

 魔力探知能力に優れたケリュケイオンの反応をキャロが伝えると、少し遅れてシャマルも前線に通信を行う。

 そしてその直後、モニターに映るガジェットの動きにも変化が表れ始めていた。

 先程までまったく回避できていなかったヴィータの鉄球を突然回避し始め、シグナムの斬撃に対しても防御する様な動きを見せ始める。

 

「……無機物遠隔自動操作」

 

 ガジェットに起こった変化が召喚魔導師によるものであると感じ取ったキャロが緊張を強め、他の三人もその雰囲気を察してそれぞれデバイスを構えて警戒を強める。

 遠隔で複数体の無機物操作……ガジェットの操作を行う相手召喚魔導師の力量は、同じ召喚魔導師であるキャロには非常によく分かり、キャロはケリュケイオンの魔力探知を強める。

 すると直後に新たな反応が現れ、即座にキャロは三人に向かって声をあげる。

 

「遠隔召喚、来ます!」

 

 キャロの言葉に続く様に四人の視線の先に紫色の魔法陣が複数出現し、そこから多数のガジェットが姿を現し始める。

 優れた召喚魔導師は同時に転送魔法のエキスパートでもあり、シグナム達の防衛ラインを飛び越えてホテル前までガジェットを転送してきていた。

 四人は即座に臨戦態勢に入り、リーダーであるティアナが強い口調で言葉を発する。

 

「迎撃するわよ!」

「「「応!」」」

 

 スバル、エリオ、キャロはティアナの言葉に応え、迫るガジェットの集団と向かい合う。

 三人は気付いてはいなかった……強い口調で指示を出すティアナの顔に、微かな焦りが浮かんでいる事に。

 

「……(証明するんだ。自分の能力と勇気を……今までと同じ様に!)」

 

 機動六課に来てから感じる様になった周囲への劣等感、そしてそれから生まれる焦り。自分が機動六課で、他の三人と向かい合えるだけの存在であると言う自信が欲しい。

 防衛任務でありながら、今のティアナの心には戦果をあげることへの執着が現れ始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外での戦闘が激化する中、姿を消して地下に辿り着いたクラウンは、微かに緊張した様子で念話を飛ばす。

 

(どういうことかな? 先客が居るなんて、聞いてなかったけど)

(気絶しているみたいですね)

 

 クラウンの視線の先には地下駐車場に配置されていた警備員二人の姿があり、二人共地面に倒れて気を失っていた。

 機動六課がこんな事をする意味は無い。そして二人共気を失ったままで放置されていると言う事は、地下を見回っていたシグナム達がこの場を離れてからクラウンが辿り着くまでの間に、何者かがこの二人を気絶させたと言う事。

 それは当然ながら応援を呼ばれては困る事情を持つ者である事を考えると、その目的はクラウンと同じである可能性が高かった。

 まだこの場をシグナム達が離れてからそれほど時間は経っておらず、警備員を気絶させた相手はまだこの駐車場内に居ると読んだクラウンは、慎重な様子で歩を進めていく。

 すると一台のトラックが目に映り、その中から微かな物音が聞こえてくる。

 クラウンは足音をたてない様に細心の注意でトラックに接近し、力尽くで壊された様に見える扉から中の様子を覗う。

 するとその視線の先には、薄暗いトラックの中で積み荷を漁る黒い影が見えた。

 甲虫を思わせる硬そうな外見と首に巻いた紫色のマフラー……一見すると人の様にも見えるが、よくよく見ると人間とは思えない雰囲気の存在。

 

(……なんだ、あれ?)

(生体反応は、虫に近いです)

(虫? もしかして、召喚虫ってやつかな?)

(召喚魔導師自体が希少なので確実とは言えませんが、少なくともキャロさんが使役するものとは違いますね)

 

 ロキの念話を聞いたクラウンは、眼前に見える人型の虫……召喚虫・ガリューを見ながら念話を返す。

 目の前に見えるガリューは、少なくともミッドチルダに生息している生物では無い。となれば他の世界の生物であると考えるのが妥当であり、それがこの場に居る理由としては召喚魔導師が使役している可能性が高かった。

 

(このタイミングで現れてるって事は、ガジェットと関わりがあるとは思うけど……アイツ等の戦力は、戦闘機人だけじゃないってことか)

(考えたくはありませんが、その可能性が高そうですね)

 

 姿を消してロキと冷静に念話を交わしながらも、クラウンは内心穏やかではなかった。

 ガジェットの製作者であるスカリエッティが、戦闘機人と言う戦力を持っている事は当然ながらクラウンは理解していたし、いざ戦闘する場合の想定も行っていた。

 しかしそれ以外の戦力はガジェット以外確認できておらず、スカリエッティに協力している魔導師が存在すると言うのは誤算と言ってよかった。

 更に副隊長二人を有する前線を潜り抜け、この場に辿り着いているということからもその召喚魔導師はかなりの力量を持つ相手である事が理解出来た。

 

(さて、どうするか)

(狙いは何なんでしょうね? ロストロギアの反応はありますが、レリックは確認できません)

 

 困った様な声で念話を送るクラウンに、ロキが探索結果を交えて言葉を返す。

 クラウンにとってガリューがこの場に居た事は想定外であり、非常に厄介な事態だった。

 ここで戦闘となる事は避けたいが、みすみす危険なロストロギアを敵の手に渡す訳にもいかない。

 対応の為に策を巡らすクラウンの視線の先で、ガリューは目的の物を発見したのか、小さな箱を掴んで立ち上がる。

 それを見たクラウンは静かにトラックから離れ、警備員姿に変わり手に小さな魔法陣を浮かべてガリューが外に出てくるのを待つ。

 そしてガリューがトラックから姿を現したのを見計らい、大きな声で言葉を発する。

 

「おいっ! そこで何をしている!」

「ッ!?」

 

 声をかけられたガリューは一瞬硬直したが、即座に身を屈め凄まじい速度でクラウンに接近する。

 

「なっ!?」

 

 そして驚愕するクラウンの体に突進の速度を乗せた拳を迷い無く振るう。

 

「がぁっ!?」

 

 鈍い音と苦痛の叫びと共に、殴られたクラウンは吹き飛ばされて地面を数度転がり、そのままぐったりと地面に倒れる。

 ガリューはその姿を一瞥した後、応援が来ても厄介と考えたのかすぐさまその場から離脱。地下駐車場には気絶した警備員二人と、倒れたクラウンだけが残る。

 

 

 

 ガリューが去ってから一分程が経過すると、クラウンは自分の体を撫でながら当り前の様に起き上がる。

 

「痛てて、バリアジャケットじゃなかったらホントに気絶してたかも」

≪三文芝居お疲れ様です。倒さなくて良かったのですか?≫

 

 クラウンが起き上がったのを確認して、ロキが茶化す様な言葉を発する。

 ロキの言葉通りクラウンは先程のガリューの攻撃を、わざと喰らって気絶したふりをしていた。

 

「……勝てない相手だとは言わないけど、騒ぎにしたくないのはこっちも同じだしね」

 

 ロキの言葉に苦笑しながら答えた後、クラウンは懐に手を入れて『ガリューが持ち去ったのと同じ箱』を取り出す。

 そしてそれを軽く上に投げてキャッチしながら、ゆっくりとトラックに向って歩く。

 

「まぁ、目的は達成した訳だしね」

≪マスターは、スリとしてもやっていけそうですね≫

「嬉しくないな……さぁ、無駄話はこれ位にしてちゃっちゃと密輸品を回収しよう」

≪了解です≫

 

 軽い口調でロキとの会話を終わらせ、クラウンは本来の目的であったトラック内部のロストロギアに目を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルの周囲では、新人四人がルーテシアの召喚魔法によって強化されたガジェットに苦戦を強いられていた。

 無機物自動操縦によって動きが良くなったガジェット達は、四人の攻撃を素早い動きで回避している。

 ただ動き自体は素早くなっているが攻撃力等の性能自体が変化している訳ではない為、四人もガジェットの攻撃でダメージは負っておらず、戦闘はやや硬直気味と言った感じだった。

 

『防衛ラインの皆、もう少し頑張ってね! ヴィータ副隊長が前線から戻ってきてくれてるから!』

「はい!」

 

 四人だけで全機を迎撃するのは難しく増援の可能性も考えたシャマルは、前線からヴィータを四人のフォローの為に後退させていると通信で伝え、その言葉にスバルが戦闘を行いながら安心した表情で返事し、エリオとキャロも少し安心した様な表情を浮かべる。

 しかし四人の中で一人、ティアナだけはその通信を聞いて渋い表情を浮かべていた。

 確かに苦戦している現状では、防衛ラインを多少後退させてでも高い戦闘能力を持ったヴィータの到着を待つ方が得策な事は、新人チームの指揮をとっているティアナも理解出来ていた。

 ティアナが普段通りに冷静なままであれば、専守防衛で持ちこたえヴィータが到着してから反撃と言う手段をとれたかもしれない。

 しかしここ最近心の内に生まれ始めていた焦りが、ティアナの判断能力を曇らせてしまっていた。

 

「守ってばかりじゃ行き詰ります! ちゃんと、『私達が』全機落とします!」

『ティアナ!?』

 

 動きの素早くなったガジェットに苦戦し、ロクに戦果を上げられていない現状。

 自分の力に対して焦りを感じているティアナにとって、先程のシャマルの言葉は力不足だと告げられている様に聞こえていた。

 ティアナの頭の中で目的は既に防衛ではなく、ガジェットを全機撃墜する事にすり替わってしまっていた。

 

「エリオは後方に下がって! 私とスバルのツートップで打って出る!」

「あ、はい!」

 

 結果を出す事を焦ったティアナは、防衛に専念しろと言うシャマルの指示を無視し、前衛であるエリオを下げて自分が前に出ると告げる。

 センターガードであるティアナが前に出ると言う指示を聞き、エリオは一瞬戸惑った様な表情を浮かべたが、指揮官であるティアナの指示に従いキャロの近くまで下がる。

 

「スバル! クロスシフトA!」

「応!」

 

 エリオが指示に従って下がったのを確認し、ティアナはスバルに指示を出しながらガジェットに向って走り出す。

 クロスシフト……スバルとティアナ、訓練校時代から長くコンビを組んでいる二人にだけ通じる陣形指示で、続くアルファベットの種類でパターンを切り替えるコンビネーション。

 クロスシフトAは高い機動力と防御力を持つスバルが切り込んで誘引し、纏まった敵をティアナが一斉射撃で撃ち抜く戦法だった。

 ガジェットの反応速度が上がっている状況において、一ヶ所に密集させて回避行動をとり辛くした上での広範囲攻撃と言うのは、作戦としては間違いではない。

 しかしティアナの思考の中心は『自分が戦果をあげる』と言う焦り、そんな精神状態での強引な作戦が……望んだ通りの結果になる筈も無かった。

 ティアナの事を信頼しているスバルは、その指示に疑問を持つ事無く空に大きく円を描く様にウィングロードを展開し、ガジェットの攻撃を回避しながら自分に注意を集める。

 そしてスバルによって一ヶ所に集められたガジェットに向かって、ティアナはクロスミラージュを構え4発のカートリッジをロードする。

 一撃で纏めて殲滅する為、火力を求めてロードしたカートリッジ。その数はティアナが制御できる魔力量を越えており管制から制止の通信が入るが、ティアナはそれを無視し自身の限界を越える数の魔力弾を周囲に生成する。

 今まで制御した事がない大きな魔力に顔をしかめながら、ティアナはガジェットにクロスミラージュを向けて強く引き金を引く。

 全ては自身の力を証明し、心に生まれた劣等感を打ち払う為に。

 

「クロスファイアー、シュート!!」

 

 ティアナが引き金を引くと共に放たれた魔力弾はガジェットに向かい次々とその機体を貫いたが……彼女の思惑通りに進んだのは、そこまでだった。

 

「……えっ?」

 

 限界を越えた数の魔力弾を完全に制御する事が出来ず、ティアナのコントロールから外れた一発の魔力弾が空中を走るスバルに向かう。

 背中から迫っていたそれにスバルが気付いた時には、既に回避が間に合わない距離まで魔力弾が接近していた。

 驚き目を見開くスバルに迫る魔力弾が、ティアナの目にはスローモーションのように見えた。

 ティアナが己の失敗を悔いるよりも早く魔力弾はスバルに迫り、ロクに防御態勢も取れていない体に直撃しかけた瞬間、間一髪間に合ったヴィータが魔力弾をグラーフアイゼンで弾き飛ばす。

 構えていたクロスミラージュを力なく降ろし、ティアナはその光景を茫然と言葉無く眺める。

 そんなティアナに向かって、先程までの通信でのやり取りを聞いていたヴィータは大きな声で言葉を発する。

 

「この馬鹿! 無茶やった上に味方を撃ってどうするんだ!!」

「ッ!?」

 

 ヴィータが間に合わなければ取り返しのつかない事態になったかもしれない失敗。

 混乱していたティアナもヴィータの怒りのこもった声で自分の行いを理解し、言葉を返せないままで身を竦める様に後ずさる。

 

「あ、あの! ヴィータ副隊長……い、今のもその、こ、コンビネーションの内で」

「ふざけんな! んなコンビネーションがあってたまるか! あたしが間に合わなけりゃ、お前の背中に直撃してたんだぞ!」

 

 言い返す事が出来ず俯くティアナを見て、スバルが慌ててフォローを入れようとする。

 しかしシャマルと管制からの指示を無視して強引に決着を急いだ上、危うく味方を撃墜しかけた攻撃。ティアナに非があるのは明らかであり、スバルがいくらフォローしようとしてもそれはヴィータの怒りを大きくするだけだった。

 

「違うんです! 私が避けれなかったのが……」

「うるせぇ馬鹿共! もういい……後は私がやるから、お前等は二人纏めて引っ込んでろ!」

 

 ティアナを庇う言葉を続けようとするスバルを一喝し、ヴィータは残るガジェットは自分が片付けると告げる。

 強い怒りのこもったその言葉にスバルも押し黙り、茫然と瞳を揺らすティアナと共に後方へさがっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ホテル近辺・森――

 

 

 ホテル近辺で行われている戦闘を、離れた場所から眺めていたゼストとルーテシアの元に、小さな箱を持ったガリューが帰還してくる。

 

「おかえり、ガリュー。上手く行った?」

「……」

 

 ルーテシアは戻ってきたガリューを見て微笑みながら尋ね、それを聞いたガリューは頷いて持っていた箱を差し出す。

 差し出されたその小箱をルーテシアが確認の為に受け取ろうとすると、それまで黙っていたゼストが静かに口を開く。

 

「……待て」

「え?」

 

 その制止の言葉を聞き、ルーテシアは首を傾げてゼストを見上げる。

 不思議そうに自分を見上げるルーテシアを視界に写したまま、ゼストはガリューが手に持っていた小箱を掴み、それを勢いよく地面に叩きつける。

 小箱は地面に当るとノイズが走る様にぶれ、そしてまるで煙の様に消え去る。

 

「「!?」」

「……魔力で出来たフェイクだ。してやられたな」

 

 小箱が消えて無くなるのを見て驚愕したルーテシアとガリューに、ゼストは静かにそれが幻術魔法で作られた偽物である事を伝える。

 クラウンが幻術魔法で作った小箱は事前に時間をかけて準備し完璧な形で隠蔽していれば、専門外であるゼストには見破る事は出来なかっただろう。

 しかし今回は突発的に思い付いて短時間で作ったものであり、経験の浅いルーテシアや魔法についての知識が深くないガリューでは分からなかったが、魔導師として長い経験を積んでいるゼストから見れば微かな違和感のあるものだった。

 

「ガリュー、もう一度……」

「やめておけ」

 

 本来の目的である品物を入手できていない事を知り、ルーテシアがガリューを再び転送しようとしたが、ゼストは静かに首を横に振って止める。

 

「狙われていると確定した物を、同じ場所には置いてはいないだろう。今回は、相手の方が上手だったと言う事だ」

「……」

 

 ゼストの告げた言葉は、至極当然なものだった。

 確かに一度狙われた物を馬鹿正直に同じ場所に置いている筈も無く、むしろ増援で固めて待ち構えている可能性すらある。

 ゼストの言葉を聞いたルーテシアは悔しそうに唇を噛み、少し沈黙した後でスカリエッティに通信を繋げる。

 

『ごきげんよう、ルーテシア。どうかしたのかい?』

「……ごめんなさい、ドクター。失敗した」

 

 微笑みを浮かべて画面に表示されたスカリエッティに対し、ルーテシアは少し俯きながら簡潔に頼まれた物を入手できなかった事を伝える。

 その言葉を聞いたスカリエッティは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑みを浮かべて言葉を返す。

 

『そうか、君達に怪我は?』

「……ない」

『それは何よりだ。品物の事なら気にしなくて構わないよ。絶対に必要だった訳でもなく、あくまで暇つぶし程度の物だからね』

「……うん」

 

 スカリエッティは失敗の報告を聞いても特に気にした様子は無く、穏やかな表情を浮かべたままで気にするなと伝える。

 

『本命はあくまでレリック。それ以外はさほど重要ではないよ。私は気にしていないから、ルーテシアも気にやまないでくれ』

「……ありがとう」

『いやいや、私の急な願いで動いてもらったんだ。むしろお礼なら私の方から言わせてくれ……ありがとう、優しいルーテシア。またレリックが見つかったら連絡するよ』

「……うん」

 

 スカリエッティの優しげな言葉を聞き、ルーテシアは少し安心した表情で頷いて通信を終える。

 通信を終えたルーテシアにゼストが近付き、預かっていたローブを返しながら言葉を発する。

 

「さて、俺達も探し物に戻るとしよう。戦いも間もなく終わるだろう」

「……うん」

 

 ルーテシアはゼストの言葉に頷いてからローブを身に纏い、ゼストと共にホテル近辺での戦闘が完全には終わらない内にその場から離れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ホテル・アグスタ――

 

 

 ホテルの地下駐車場に止まっている一台の車。大型ファミリーカーの運転席には、中年男性に姿を変えたクラウンが座っていた。

 クラウンは右手の人差し指をハンドルにトントンと当てながら、退屈そうに暗い駐車場内を眺め続ける。

 

≪移動しないんですか?≫

「戦闘真っただ中で外に出てったら、怪しさ爆発だしね。まぁ、外での戦いが一段落してからだね」

 

 クラウンはガリューが去った後で密輸品のロストロギアをすべて回収し、それを同じ駐車場に予め用意しておいたファミリーカーの中に偽装して積みこんでいた。

 ロストロギアの量が量である為、下手に動き回っては目立ってしまうので、現在は静かにタイミングを待っている。

 

≪見つかったりはしないですかね?≫

「ないね。これ全部密輸品だからね……無くなったからって、管理局が張ってるホテル内で捜査は出来ないよ」

≪ホテル内では、ですか?≫

「そうだね。まぁ、網を張るなら外かな? 量が量だけに、運ぶのはある程度大がかりになるしね」

 

 ロキの質問に軽い口調で答えながら、クラウンは何かを考える様な表情を浮かべる。

 その表情を見慣れているロキは、それを察して言葉を返す。

 

≪まぁ貴方の事ですから、今後の展開は予想して対策してるんでしょうね≫

「大体はね」

≪そうですか、相変わらず陰険な秘密主義で、私には何も教えてくれないんですね≫

「……あれ? 拗ねてる?」

≪いいえ。マスターが秘密主義で、私を驚かせてばかりの捻くれた方だと言う事は存じ上げていますし、全然拗ねてなんかいませんよ。ええ、どうせ私はマスターほど先の展開を予想出来ませんよ≫

「……」

 

 明らかに不満そうな様子で話すロキの言葉を聞き、クラウンは苦笑しながら頬をかく。

 

「う~ん。じゃあ、あくまで予想でよければ聞いとく?」

≪……だから、別に気にしていませんって……まぁ、マスターがどうしてもと言うのであれば、聞いても構いませんが?≫

「はいはい。じゃあ、どうしても聞いてほしいから、話しても良いかな?」

≪し、仕方がありませんね。マスターがそこまで言うのであれば、私も貴方のデバイスとして聞くのもやぶさかではありません≫

 

 相変わらず人間臭いロキの言い回しに、クラウンは楽しげに微笑みを浮かべ、ゆっくりと自分が予想しているこれからの展開を説明していく。

 何とも愛らしい相棒に、今後はもう少し色々話してあげようと考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下駐車場でクラウンとロキがどこか楽しげに会話をしていた頃、ホテル近辺で行われていた戦闘は、副隊長二人にシャマル、ザフィーラ、リインの活躍により終了していた。

 ホテル正面玄関前ではなのはが新人四人から報告を受け、今後の予定を説明していた。

 現場の検証やガジェットの破片回収は調査班が行ってくれるらしく、機動六課フォワード陣はしばらく待機と言う名目で現場検証の手伝いを行い、安全が確認出来たら撤退することになる。

 なのはの説明に対し、スバル、エリオ、キャロの三人はしっかりした表情で頷いていたが、ティアナだけは落ち込んだ様子で俯いたまま元気なく返事をしていた。

 ティアナが今回の戦闘で行った失敗は、なのはも管制とヴィータから伝え聞いて知っており、酷く落ち込んだその様子が気にかかったなのはは、ティアナと二人で会話する事に決める。

 

「それじゃあ、三人はそれぞれ現場検証に向かってね。ティアナは……少し、私とお散歩しようか」

「あ……はい」

 

 このタイミングで直属の上司から話をしようと言われれば、その内容がなんであるかは直ぐに察しが付く。

 優しく微笑みながら話すはのはの顔を、ティアナはまともに見る事が出来ずに俯いたままで小さく言葉を返す。

 二人はそのままホテル付近にある森の方に向かって歩き、検証現場からある程度離れた所でなのはが静かに口を開く。

 

「失敗しちゃったみたいだね」

「すみません。マルチショットが、一発……逸れちゃって」

 

 出来るだけ重い空気にはならない様に優しく話すなのはの言葉に対し、ティアナは俯いて歩きながら覇気の無い声で答える。

 戦果を焦るあまり行ってしまった今回の失敗は、ティアナにとっていくら自己嫌悪しても足りない程のものだった。

 何よりもその焦りの根底が、周囲の仲間に対する劣等感である事を自覚しているからこそ、自分の情けなさを痛感していた。

 

「私は直接現場には居なかったし、ヴィータ副隊長に叱られて、反省してると思うから……私からもう一度叱ったりはしないけど」

「……」

「ティアナはなんていうか、少し一生懸命すぎるんだよね。だから時々、やんちゃしちゃうんだと思う」

「……」

 

 なのははティアナの失敗を厳しく非難はせず、優しく諭す様に話しかけていき、ティアナはその言葉を静かに聞き続ける。

 

「でも、ティアナは一人で戦ってる訳じゃないんだよ。集団戦での私やティアナのポジションは、前後左右全部味方なんだから」

 

 歩く足を一度止め、ティアナの肩に手を置いて優しく微笑みながら、なのははティアナにもっと周囲を頼る様に伝える。

 

「その意味と今回の失敗の理由を、しっかり考えて同じミスを繰り返さないって、約束できる?」

「……はい」

 

 なのははティアナが執務官を目指し、強い力を求める動機を知っている。

 だからこそ焦り過ぎずに仲間を頼って、じっくり着実に力を付けて欲しいと諭した。

 なのはの諭し方と話の内容は、決して間違いではなかったが……残念ながら、正解とも言えなかった。

 まだティアナと知り合って一ヶ月と少ししか経過していないなのはは、彼女が心の内に隠した感情までは読みとる事は出来なかった。

 今のティアナの心には『劣等感』と、何よりも『現状に対する不満』があり、なのはの言葉は間違った形で受け取られてしまっていた。

 なのはは焦って再びミスをしない様に、ゆっくり着実に強くなっていこうと話したつもりだった。

 しかしティアナはそれを、失敗しないだけの力を早く身につけなければいけないと受け取ってしまった。

 結果としてティアナの心に生まれたのは、今までよりも更に強い焦り……早く結果を出して今回のミスを挽回しなければという、脅迫感にも似た切実な想い。

 両者の想いのすれ違いは、微かながら、致命的なものになりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機動六課が現場検証の手伝いを終えてホテルから撤退した後、クラウンは他の利用客に紛れて地下駐車場から車で外へと出る。

 森の中の舗装された一本道をファミリーカーで進んでいると、胸元のロキが言葉を発する。

 

≪情報をキャッチ、3km前方に『マスターの予想通り』検問です≫

「了解っと、まぁそうだよね。ホテル内で表立って調査は出来ないから、別の理由を付けて付近の道で検問張るしかないよね」

 

 クラウンが回収し車に積んでいるロストロギアは、管理局高官が関わっていると予想される密輸品であり、量も車一台分はある。

 それが奪われたとすれば、その高官の元にも即座に連絡が届き奪還しようと考えるのは当然だった。

 車一台分程あるロストロギアであれば、運搬方法は車か航空機であり、機動六課が待機しているホテルで調査するよりはその移動を捜索する方が現実的と言えた。

 アグスタは周囲を深い森と岩山に囲まれており、そこから別の場所に移動する陸路は一本道。

 航空機が飛んでいればそれを発見するのは簡単、大がかりな転送魔法を使えば痕跡が残るとすれば、可能性が一番高いのは陸路であり、その一本道の途中……首都から走る道と合流する地点での検問という手段を取った。

 

「まぁ、これなら予定通り簡単に突破できそうだね」

≪そうですね。目標地点、500m前方を左です≫

「了解」

 

 一本道の先に検問が待ち構えていると言う状況であるにも拘らず、クラウンの表情は穏やかなもので、ロキの指示に従って舗装されている道路を途中で曲がり、殆ど獣道と言っていい森の中に車を走らせる。

 デコボコした道を進むクラウンに、事前に手順を聞いていたロキが落ち着いた様子でナビゲートを行う。

 

≪1km前方に『目標』の岩山、サーチャー映像と地図を表示します≫

「長さは、2kmってところかな?」

 

 車が進む先にはアグスタ付近の森を隔絶する様にそびえ立つ、長く連なった丘陵地帯が見えてくる。

 クラウンはロキが表示した岩山の先に設置したサーチャーの映像と、航空写真の載った地図を眺めた後、視線を岩山に戻して呟く。

 するとクラウンの足元に緑色の魔法陣が出現し、迫る岩山に長いトンネルの幻影が重なる様に現れる。

 そして幻術で作られた架空のトンネルに、クラウンはアクセルを踏み込み加速させた車で一直線に向かう。

 通常ならば幻術で作られたトンネルをくぐる事など出来ず、車は岩山に衝突して大破してしまうだろうが、彼にはそれを覆しうる能力があった。

 

「……道化の嘘(ハンスブルスト・リューゲ)

 

 クラウンが静かに呟くと共にその目に力を込めると、現実すらも欺くレアスキルがその力を現す。

 作られた『嘘』はその力の元で一時的に現実を上書きし、クラウンが運転する車は通れない筈の幻術のトンネルを当り前の様にくぐっていく。

 そのまま長いトンネルを抜け、岩山を通過するとクラウンはハンドルを軽く人差し指で叩いてその力を解除する。

 するとレアスキルの効力で現実となっていたトンネルは消え失せ、岩山は本来の姿へと戻る。

 本来なら存在しない道を通過したクラウンは、検問を通る事無く首都へ向けて移動していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――機動六課――

 

 

 機動六課の寮から近い林。夜の闇に包まれたその場所では、ティアナが一人宙に浮かぶスフィアに向けてデバイスを構えて自主練習を行っていた。

 既に開始から相当の時間が経過しているのか、ティアナの額には汗が流れ表情にも疲労が強く表れていた。

 しかしそれでもティアナは手を休める事は無く、ただがむしゃらに自主練を続けていく。

 そんなティアナの元に、やや呆れた表情を浮かべて近付く影があった。

 

「もう4時間も続けてるぜ? その辺にしとかねぇと、倒れるぞ」

「ヴァイス陸曹……見てたんですか?」

「ヘリの整備中にスコープでチラチラとな。ミスが悔しいのは分かるけどよ……精密射撃なんてホイホイ上手くなるもんじゃねぇし、無茶して詰め込んでも変な癖が付くだけだぞ」

「……」

 

 余りに過度な練習を行っているティアナに対し、ヴァイスはたしなめる様に言葉を発する。

 しかしその言葉を聞いたティアナは無言で、前線ではないヴァイスが知った様な口をとでも言いたげな表情を浮かべる。

 冷静さを欠いている様に見えるその表情を見て、ヴァイスは軽く肩をすくめて補足する様に付け加える。

 

「俺はなのはさんやシグナム姉さんとはそこそこ長い付き合いでな、昔なのはさんがそんな事を言ってたんだよ」

 

 ヴァイスの口からなのはの名前が出ると、ティアナのは何かを考える様に視線を落とす。

 そしてしばし沈黙した後で、突き離す様な口調で言葉を発する。

 

「それでも、詰め込んで練習しないと上達しないんです。私は、凡人なんで……」

「凡人ね……俺から見りゃ、お前は十分に優秀なんだがな。羨ましいくれぇだ」

 

 自らを凡人と告げるティアナの言葉に対し、ヴァイスはフォローする様な言葉を返すが、ティアナはその言葉には反応せずに無言で自主練を再開する。

 その様子を見てそれ以上行っても無駄を判断したのか、ヴァイスは大きくため息を吐いて言葉を締めくくる。

 

「まぁ、邪魔する気はねぇけどよ。お前等は体が資本なんだから、体調には気ぃ使えよ」

「……ありがとうございます。大丈夫ですから」

 

 自主練を続けながら簡潔に答えるティアナを見て、ヴァイスは再び大きく溜息をついてその場を後にする。

 

 

 

 ティアナが自主練を行っている林から出て、ヴァイスは隊舎の方へ歩きながら軽く自分の頭をかいて呟く。

 

「やれやれ、一体何を焦ってるんだか……」

『ねぇ、ヴァイス』

「うおっ!?」

 

 誰にでも無く独り言を呟いたヴァイスは、直後に真後ろから聞こえてきた甲高い声に飛び上がるほど驚愕する。

 慌てて振り返ると、薄暗い闇の中に特徴的な仮面が見えた。

 ヴァイスの背後から声をかけたクラウンは、ヴァイスのその様子に大きく首を傾げる。

 

『うん?』

「く、クラウンさん……音も気配も無く現れるのはやめてくれねぇっスか……」

 

 夜の闇の中でいつの間にか背後に仮面の男が立っている等というのは、ホラー以外の何物でもない。

 ヴァイスは額の汗を拭う様に手を動かし、大きくため息をつきながらクラウンに声をかける。

 しかしクラウンはその言葉に反応する事は無く、視線を林の方に動かしながら言葉を発する。

 

『そんなことよりさ、ティアナに何かあったの?』

「え? ええ、実は……」

 

 林の方を見ながら話すクラウンの様子で、ティアナが行っている自主練についての質問だと悟ったヴァイスは、クラウンに今日の任務中に起こった出来事を掻い摘んで説明していく。

 管制からの指示を無視して攻勢に出て、その結果として味方を誤射しかけたと言うヴァイスの説明を聞き、クラウンは仮面を軽く触りながら何かを考える。

 

『……成程ね。俺が居ない間にそんなことがあったんだ。その後は? 誰かティアナと話したりしたのかな?』

「なのはさんが一対一で話をしたらしいっスよ。内容までは知りませんけど」

『なのは隊長が、ね』

 

 ヴァイスの口から出名なのはの名前を聞き、クラウンは人差し指を仮面にトントンと当てながら考える様に呟く。

 そして少し沈黙した後で、誰に当てたものでもない独り言のように口を開く。

 

『う~ん。『今の』なのは隊長じゃ、無理かな』

「え?」

『人ってのは難しいもんでさ、自分に馴染みの無い感情ってのは察しにくいんだよね。特にティアナみたいなタイプは、自分の弱さってのを他人に見せたがらないからね』

「ど、どういう事っスか?」

 

 含む様に呟くクラウンの言葉は、まるでなのはではティアナの気持ちに気付けないと言っている様で、ヴァイスは少し戸惑った様子で聞き返す。

 するとクラウンは視線を林からヴァイスの方に戻し、軽く補足を入れる様な口調で言葉を返す。

 

『いや、別になのは隊長が教導官として未熟だとかそういう訳じゃないよ。後三ヶ月、いや二ヶ月後に同じ事が起こってたなら気付けたと思うんだけど……ティアナと知り合って二ヶ月も経ってない今の状態じゃ、あの子が心の内に隠してるモノは見えてこないだろうね』

「……クラウンさんには、それが何か分かってるってるんスか?」

『大体はね。ヴァイスは、ティアナが強くなろうと焦ってるのはなんでだと思う?』

「さわり程度しか知りませんが、執務官を目指していた兄の意思を継ぐ為じゃねぇかと」

 

 クラウンの質問に対し、ヴァイスはなのはから伝え聞いていたティアナが執務官を目指す動機を挙げる。

 ティアナの兄であるティーダ・ランスターは、かつて首都航空部隊に所属していた優秀な魔導師だった。

 兄以外に肉親が居なかったティアナにとっては、執務官を目指し努力するティーダは憧れであり、誇りでもあった。

 しかしティアナが10歳の頃、ティーダは次元犯罪者との戦いで命を落とし、その際に心無い上司が葬儀の席で発した言葉……ティアナの誇りであった兄を、役立たずの無能と罵ったその言葉は彼女の心に大きな傷を残す事になった。

 だからこそティアナは執務官になろうと決意した。

 ティーダから教わった魔法で確固たる結果を残し、兄が無能ではない事を証明すると共に、叶える事が出来なかった執務官を言う夢を代わりに叶える為。

 それ故にティアナは力を強く求めるのではないかと告げるヴァイスに対し、クラウンは軽く首を左右に振って言葉を返す。

 

『違うね。確かにそれはティアナが執務官を目指した動機かもしれないけど、今回の事の原因じゃない』

「え?」

『ティアナはこの部隊が初所属って訳じゃないんだよ? ここに来るまで2年間は別部隊で働いてた。力を求めて焦りが現れるなら、もっと早い段階で問題になっててもおかしくないでしょ?』

「そ、そういわれてみれば……」

 

 落ち着いた口調で話すクラウンの言葉を聞き、ヴァイスも納得した様に呟く。

 確かにクラウンの言葉通り、兄の事が原因でティアナに焦りが生まれるのであれば、もっと早い段階で何らかの影響が出ていてもおかしくは無かった。

 しかし以前に居た部隊でティアナが問題行動を起こしたと言う事は無く、それが意味している事は一つと言えた。

 

『つまり今ティアナの中にある焦りは、あの子が今までは抱いてなかった……あるいは意識する程大きくなかった。機動六課に所属してから表に出てきた何かが原因なんだよ』

「……」

 

 確信に満ちた様子で話すクラウンの言葉を聞き、ヴァイスは茫然とした様子で静かにその言葉を聞く。

 クラウンはそこまで話した後で、再び仮面を軽く人差し指で数度叩きながら考えた後で口を開く。

 

『……ねぇ、ヴァイス』

「はい?」

『この件は、俺に預けてもらえるかな?』

「え?」

『他の人には、この事は黙っておいて欲しいんだ。ちょっとこれは、時間をかけてちゃまずい状況だからね』

「は、はぁ……」

 

 ティアナの件は自分が何とかするので、今話した事は他の人には伝えないでほしいと告げた後、クラウンは視線を林の方に戻す。

 ティアナの現在の状態は、クラウンが想定していた中でほぼ最悪と言っていい状況であり、しかもそれは時間をかければかける程解決が難しくなる問題だった。

 そのまま戸惑った表情を浮かべるヴァイスに軽く手を振った後、クラウンは林に向かってゆっくりと歩を進めていく。

 

(よりにもよって俺が居ない間にとは、世の中思い通りにはいかないもんだな)

(どうされるおつもりですか?)

(とりあえずは、ティアナさんと話してから考えるけど……短期解決で行かないとね)

(次の何かが、起こる前にですね)

(そういう事)

 

 ロキと軽く念話を交わしながら、クラウンは強い決意のこもった目で時折訓練用スフィアの放つ光が見える林を見つめながら足を進める。

 

 現在劣等感と焦りに苛まれ苦しんでいるでいる、彼曰く自分に似ている少女を救う為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前回の更新よりややあいてしまいましたが、これにてアグスタ編は終了です。

クラウンは想定外の事態もいくつかはありましたが、概ね目的通りに密輸品を獲得しました。

クラウンは読みが深いというよりは、突発的な事態でも冷静に思考出来る対応力が何より優れているのかもしれませんね。

次回は原作とは大きく展開の変わるティアナの苦悩編ですね。

クラウンは何かを考えて動いているようですが、果たしてどんな形になるのか……


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