魔法少女リリカルなのはStrikerS~道化の嘘~   作:燐禰

14 / 24
第十四話『道化師の誇り』

 

 ――新暦75年・第97管理外世界・地球――

 

 

 サーチャーとセンサー設置に向かっていた前線メンバーが待機所に戻ってくると、そこでははやてを始めとした管制と現地協力者が料理を行っていた。

 なのは達の幼馴染で親友の月村すずか、フェイトの使い魔である人狼アルフ、クロノの妻でありフェイトの義姉に当るエイミィ・ハラオウン、なのはの実姉の高町美由紀……それにアリサを加えた五人が、現地協力者として機動六課の待機所に来ていた。

 戻ってきた前線メンバーと共に食事の席につき、初対面の面々がそれぞれ自己紹介を終えて、ロストロギアの反応を待つ傍ら夕食を食べる。

 現地協力者が食材を用意してくれ、はやてが調理したバーべ―キューがテーブルに並び、新人四人をはじめとして様々なテーブルで賑やかに食事は進む。

 なのは達も気心知れた友人や家族が一緒という事もあり、普段よりも明るい様子で会話を楽しんでいた。

 

「しかし、なのはもしっかり先生やってるみたいで安心したわ」

「あ、あのね、お姉ちゃん……なのはにも一応上官としてとか、教導官としての威厳ってのがあってね……」

 

 嬉しそうな表情でなのはの頭を撫でる美由紀に対し、なのはは新人四人の視線を気にしながら答える。

 同じテーブルに居たヴィータは、そんななのはの様子を見て苦笑しながら言葉を発する。

 

「安心しろ、クラウンに比べりゃ十分威厳はあるから」

「あの、ヴィータちゃん……それ全然フォローじゃないよね。クラウンと一緒にされると、ちょっと落ち込んじゃうんだけど……」

「クラウンさんって、あの片腕の人だよね? 私達は初めて会ったんだけど、偉い人なの?」

 

 ヴィータがあげたやや特殊な人物の名前を聞き、なのはは複雑そうな表情を浮かべ、それを見ていたすずかが首を傾げながら尋ねる。

 その話題には他の面々も興味があるらしく、アリサと美由紀も食事を進める手を止めてなのは達を見つめ、その視線を受けて同じテーブルに居たフェイトが口を開く。

 

「はやてを除けば階級は一番上で、キャリアは私達より大分上だよ」

「へぇ……じゃあ、何でなのはは同列にされてショックを受けてるわけ?」

 

 高い階級を持ちキャリアもなのは達より上だと説明するフェイトの言葉を聞き、アリサは不思議そうな表情で聞き返す。

 そのアリサの疑問を受け、なのはは困った様な表情を浮かべ、言葉を選ぶ様に口を開く。

 

「その、なんていうか……クラウンは、その、ちょっと変わってると言うか……」

「う、うん。明るくて楽しい人なんだけど……えと……」

「問題は、あの仮面だよなぁ」

「「「仮面!?」」」

 

 顔を見合わせながら発せられた言葉を聞き、三人は驚愕した様な表情を浮かべる。

 三人はクラウンと会うのは今日が初めてであり、彼の仮面も甲高い声も知らない。なのは達にしてみれば、クラウンを妙だと思う一番特徴的な部分が伝わらないので、どう説明して良いか分からないと言う表情を浮かべていた。

 その後、フェイトとヴィータが普段のクラウンについて説明を始め、なのはは軽く視線を動かして首を傾げる。

 

「……あれ?」

 

 話題に出たクラウンを探したなのはだったが、はやて達が居るテーブルにも新人達のテーブルにもクラウンの姿は無かった。

 バーベキューという食事形態である為、テーブルをあちこち移動している者も多かったが、何度周囲を見渡しても特徴的なその姿は見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 賑やかな声が聞こえるコテージ前とは違って静けさを感じる湖の傍で、クラウンは一本の木にもたれかかりながら、夜空に浮かぶ星を眺めていた。

 クラウンは特に何かをするわけでもなく、ロキと言葉を交わす事もせず、ただ静かに空を見続ける。

 少しすると静かな空間に足跡が聞こえてきて、クラウンは空を見上げていた視線を降ろしてそちらを振り向く。

 

「……クラウン?」

「やぁ、なのは隊長。こんな所でどうしたの?」

 

 歩いてくるなのはの姿を見て、クラウンは明るい笑顔を浮かべて尋ねる。

 その言葉を聞いたなのはは、軽く苦笑してからクラウンの傍まで近づいて言葉を発する。

 

「いや、それは私の台詞だよ。姿が見えないな~っと思って、何してるの?」

「あはは、単に食休みをしてるだけだよ」

 

 少し心配そうな表情を浮かべるなのはに対し、クラウンは微笑みながら言葉を返す。

 普段は仮面で隠れて見えないクラウンの表情……先程空を見上げていたその表情はどこか寂しげで、なのははそれを気にかかっていた。

 クラウンの返答を聞いたなのはは少し考える様な表情を浮かべた後、出来るだけ暗い雰囲気にならない様に明るい声で言葉を発する。

 

「……賑やかなのは嫌いかな?」

「……いや、どっちかっていうと好きだけど……ちょっと、眩しいかな」

「眩しい?」

 

 なのはの質問を聞いたクラウンは、賑やかな声が聞こえるコテージの方に視線を動かし、少し目を細めて呟くように言葉を発する。

 その言葉と表情を見たなのはが少し首を傾げて聞き返すと、クラウンは空を見上げる様に視線を動かして言葉を発する。

 

「なんていうか……歳をとってくると、ああいう若さって言うのかな……遠いものは眩しく見える様になるんだよ」

「……そう、なんだ」

 

 寂しそうに話すその言葉を聞き、なのははどう答えていいか分からず俯きながら頷く。

 それを見たクラウンは、明るい笑顔を浮かべて空気を変える様に言葉を続ける。

 

「俺ももう25だからね~なのは隊長程、若くはないんだよ」

「……あんまり、年上には見えないんだけどね」

 

 クラウンが自分に気を使って明るく話している事を察し、なのはは軽く微笑みながら言葉を返す。

 その言葉を聞いたクラウンは、やれやれと言いたげに首を横に振って苦笑する。

 

「似た様な事をシグナム副隊長にも言われたよ……まぁ、その辺は諦めてるよ。どうせ俺には威厳なんてないですよ~」

「……」

 

 おどけたように話すクラウンだったが、その言葉を聞いたなのはは少し目を見開いて驚いた様な表情を浮かべる。

 その反応を見たクラウンは、不思議そうに首を傾げて尋ねる。

 

「どうしたの?」

「……あ、いや……似た様な事を言ってた知り合いが居たから、思い出しちゃって……」

「うん? その人と俺が似てるって事?」

「いやいや、全然似てな……くもないかな」

 

 クラウンの質問に慌てて答えたなのはは、続けられたクラウンの言葉を否定しようとしたが、その言葉は途中で止まる。

 なのはの頭に浮かんでいる忘れる事が出来ない人物は、性格も行動も目の前に居るクラウンとは正反対の筈だったが……何故かそれを口にする気にはならなかった。

 

「気になる言い回しだね?」

「う~ん。雰囲気って言うのかな……何となく、クラウンはその人と似てるかもって」

「へぇ、興味あるね。どんな人なの?」

「……優しくて頼りになる人で……私が教導官を目指すきっかけになった人かな」

 

 クラウンの言葉を聞いたなのはは、空を見上げる様に視線をあげて、懐かしんでいる様にも悲しんでいる様にも見える表情で言葉を発する。

 その横顔を見つめるクラウンの表情は変わらなかったが、瞳は微かに揺れていた。

 

「ごめんね。聞いちゃいけない話題だったかな」

「そんな事はないけど……じゃあ、お返しに私からも質問しても良いかな?」

「質問?」

「うん。言いたくなかったらごめん……クラウンの左腕って、戦闘で失ったものなのかな?」

 

 謝罪するクラウンに微笑んだ後、なのはは前置きをしてから質問を口にする。

 リインから同様の質問をされた際は適当にはぐらかしたクラウンだったが、今回のなのはの質問に対しては真剣な表情を浮かべ、しばらく考えてから口を開く。

 

「まぁね……でも、後悔はしてないよ。腕一本で済むなら十分過ぎる程、大切なものを守った結果だからね」

「……そっか」

 

 詳細な部分は語らなかったクラウンの言葉を聞いて、それでもなのはは満足そうな表情で頷く。

 二人の間には静かな沈黙が流れ、しばらくしてからなのははゆっくりと口を開く。

 

「私は昔、凄く大きな……失敗なんて言葉じゃ片付けられない事をしちゃって、教え子にはそうならない様にって指導してる」

「戦果をあげる事より、無事に帰ってこられる力から……って感じかな?」

「うん。自己満足なのかもしれないけど、繰り返さない事が何よりの償いだと思うから……」

 

 要点を得ない懺悔にも似たなのはの呟きを、クラウンはどこか穏やかな表情で静かに聞き、それからなのはと同じ様に空を見上げながら言葉を発する。

 

「俺は、間違ってないと思うけど?」

「……ありがとう……あはは、私、何でこんな話ししてるんだろ? そろそろ、戻るね」

「うん。俺も、もう少し休んだら戻るから」

 

 クラウンの言葉にお礼を言った後、なのはは苦笑しながら頭をかいて皆の元に戻る事を伝え、それを聞いたクラウンは軽く手を振って見送る。

 なのはが視線を降ろした際に、その目に微かに見えた涙には気付かない振りをして……

 クラウンに背を向けて賑やかなコテージ前に向って歩きながら、なのはは己の目に微かに浮かんでいた涙を手で拭って自嘲気味に呟く。

 

「駄目だな、私……あれからもう8年も経つのに……クオンさんの事、全然割り切れてない……クオンさんが、今の私を見たら……なんて言うんだろう……」

 

 呟いた言葉は誰の耳に届く事も無く風の中に消え、なのはは気を取り直す様に表情をあげる。

 その後姿を辛そうな表情を見つめながら、クラウンは唯一胸の内を話せるロキに念話を送る。

 

(正直、辛いな……叶う事なら、今すぐにでも全部話してしまいたいよ)

(……マスター)

 

 クラウンが胸中に抱える複雑な感情を感じ取り、それを知るロキも辛そうに言葉を返す。

 

(でも、本当の事を話してあの人の前に立つには……俺の手はもう汚れすぎちゃってるな)

(……後悔……いえ、貴方は過ぎた事を悔む人ではないですね。その、私にはマスターの苦しみを消す事は出来ませんが……無力ながら、私は、私だけは……いつまでも貴方の味方ですよ)

(……ありがとう。心強いよ、相棒)

 

 辛そうに語るクラウンだが、彼は自分の選んだ道を後悔したりはしない。

 ロキもそれが分かっているからこそ、今はただ多くを語らず静かに主に寄りそっていた。

 大勢の待つ明るいコテージに向かって歩くなのはと、薄暗い湖畔で一人空を見上げるクラウン……その両者の姿は、それぞれが選んで歩く道そのものを示しているかのようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 コテージに戻ったなのはと入れ違いになる様に、湖には新人フォワード四人がやってきていた。

 四人は湖で冷やしておいた予備のジュースを取りに来たようで、エリオとキャロがペットボトルを一本ずつ持って先に戻り、スバルとティアナは袋に詰まっている缶ジュースを確認しながら言葉を交わす。

 

「機動六課に来て……私達、良かったよね?」

「……まだ、分かんないわよ」

 

 賑やかで楽しい食事の余韻を感じながら呟くスバルの言葉を聞き、ティアナは複雑そうな表情を浮かべて言葉を返す。

 その言葉を聞いて首を傾げるスバルを見て、ティアナは少しばつが悪そうに手に持った袋に視線を落としながら言葉を続ける。

 

「訓練だってずっと、基礎と基本の繰り返しで……本当に強くなってるのか、いまいち分かんないし」

「なってるよ! 威力とか命中率とか、明らかに上がってるし」

「それは……クロスミラージュが優秀だからでしょ」

 

 元気付けるように話すスバルの言葉を聞き、ティアナは自分の力ではないと答える。

 機動六課に来て得た最新型のデバイスであるクロスミラージュ……それに自分が頼ってしまっている様に感じ、ティアナは考える様な表情を浮かべる。

 少々卑屈になっている様にも見えるティアナの様子を見て、スバルは優しげな口調で元気付ける様に話しかけ続ける。

 気心知っている仲だからこそか、しばしスバルと言葉を交わした後、ティアナはまだ釈然としない部分がある様には見えたが、ひとまず気を取り直してスバルと共にコテージに戻る。

 袋を持って言葉を交わしながら歩く二人が見えなくなると、湖の傍の空気がぶれ……考える様な表情を浮かべたクラウンが姿を現す。

 

「親の心、子知らず……とはちょっと違うか?」

 

 遠目に見える二人……ティアナの後ろ姿を見ながら呟いた後、クラウンは少し沈黙してから自分の髪をかく。

 

「……駄目だな。どうもなのはさんの肩を持ちそうになる」

≪ティアナさん、何かに悩んでいるみたいですね?≫

「う~ん。前からちょくちょくそんな傾向は見えてたけど……けど、何がどう悪いってわけでもないんだよな。それぞれ教えたいものと求めてるものの順番が違うだけで……」

≪どうします?≫

 

 先程たまたま聞こえてきた二人の会話を聞き、クラウンはその中でのティアナの様子を思い返す様に考える。

 以前シグナムとの会話でも話題に上がった問題。なのはが教えようとしているものと、ティアナが手に入れたいと考えているものの微かな違い。

 戦果を手にする術を先に得るか、己を守る力を確実にするか……最終的にはどちらも必要になってくるものの順序の違い。

 

「う~ん。でも俺が下手に出たとしても、余計にややこしくなる可能性もあるし、明確に問題がある訳でもないんだよな……妙な事にならないと良いけど」

≪何か起こるとお考えですか?≫

 

 含む様なクラウンの言い方には覚えがあり、それは彼が何かを想定している時だと読みとったロキが尋ねると、クラウンは少し沈黙してから口を開く。

 

「数年前から知ってるからこそ分かるんだけど……ティアナさんは、どこかなのはさんに似ていて……それ以上に、俺に似てる」

≪ああ、成程……相談せずに抱え込んだあげく、一人で解決しようとしたりするって事ですね≫

 

 スバルとティアナが知り合った陸士訓練校の頃から、スバルの様子を見る傍らティアナの事も見ていたクラウンは、ティアナは自分に似ていると語る。

 そしてそれだけしか語っていないにも拘らず、ロキは全て納得した様に言葉を返す。

 その言葉を聞いたクラウンは、微かに苦笑しながら頭をかいて口を開く。

 

「まだ、そこまでは言ってないんだけど……」

≪分かりますよ。ティアナさんやなのはさんの事はともかく、貴方の事でしたら私が一番よく知ってると自負しております≫

「優秀な相棒で、嬉しいよ」

≪光栄です≫

 

 10年を越える年月を共に過ごしてきた事もあり、ロキはクラウンの性格は完全に把握しており、それ故に彼が心配している事が何なのかは分かった様だった。

 クラウンはそんな相棒に苦笑した後、もう姿は見えないがティアナが歩いて行った方を見つめて独り言のように言葉を締めくくる。

 

「まぁ、今はまだ様子見かな……杞憂で済むなら、それに越した事はないしね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽しい食事を終えた一同は片付けを終え、サーチャーとセンサーの反応がない今の内に入浴を済ませてしまおうと、全員で近所にあるスーパー銭湯を目指して移動する。

 コテージにも入浴施設は存在していたが、人数が多く時間がかかる為共同浴場で済ませてた方が効率的という訳だった。

 ミッドにはあまりそういった銭湯という文化は無く、ミッド育ちのスバルとティアナ、それにクラウンの三人は初めていく銭湯に興味深々の様子だった。

 程なくしてスーパー銭湯に到着した一同を、受付の女性が明るい笑顔で迎える。

 

「いらっしゃいませ! 海鳴スパラクーアⅡへようこそ。団体様ですか?」

「えっと……大人十三人と、子供が……」

「エリオとキャロと私とアルフで、四人です!」

 

 受付の女性の言葉を聞いて、先頭に居たはやてが人数を確認しながら話し、リインは元気良く手をあげて子供の人数を告げる。

 その言葉を聞いたスバルは、四人以外でもう一人背が低いヴィータの方を向いて、少し首を傾げながら呟く。

 

「……ヴィータ副隊長は?」

「あたしは大人だ!」

「そうなの?」

 

 スバルの発した言葉を聞き、ヴィータが怒った表情で言葉を発する。

 スバルは思わずこぼしてしまった失言を理解し、慌てた様な表情になって頭を下げようとするが、ヴィータの後方から軽い口調でクラウンが口を開く。

 その発言を聞いたヴィータの標的は完全に移ったようで、クラウンの方を振り返って怒りを抑える様な笑みで口を開く。

 

「クラウン……お前は、あたしをなんだと思ってるんだ?」

「ちみっこ副隊長」

「……それが遺言で良いんだな!」

「や、やだな~勿論冗談だよ」

 

 ヴィータの問いかけにクラウンが答えるのとほぼ同時に、恐ろしい速度で拳が振るわれ、クラウンはそれを回避して慌てた表情で弁明する。

 しかしヴィータの怒りは収まらないようで、ヒラヒラと手を振るクラウンに拳を数度振るう。

 

「……仲良いのね」

「どう見たらそんな感想が出てくるんだ!」

 

 そんな二人の様子を見てアリサが苦笑しながら呟くと、ヴィータは赤い顔でそちらを向いて怒鳴る。

 しかしその場の殆どの面々はアリサに同意見の様で、はやても微笑みながら言葉を発する。

 

「じゃれてるようにしか見えんて……」

「あはは」

 

 受付で一悶着あった後、料金を纏めて払うはやて以外は脱衣所の方に向かって移動を開始する。

 まだ続けられているクラウンとヴィータのじゃれ合いに苦笑しながらも、一同は男女で暖簾分けされている脱衣所の前に到着する。

 そこで男女別れて入浴をする事になる筈だったのだが、脱衣所の前に書かれた注意書きが小さな騒動を巻き起こす事になる。

 どうやらこのスーパー銭湯では11歳以下の子供は、男女どちらの湯に入っても良い様で、男湯に向かおうとしたエリオをキャロが一緒に入ろうと引きとめた。

 エリオは年頃の男の子であり、女性と一緒に入浴するのは恥ずかしいのかそれを必死に断るが、キャロだけでなくフェイトもエリオと一緒に入りたいと言い始め、他の女性陣もそれを勧める様に言葉を発する。

 どんどん追い詰められていったエリオは、自分以外唯一の男性であるクラウンに助けを求めようと、必死の形相で振り返る。

 

「く、クラウンさ……あれ?」

「クラウンなら、とっくに行ったぞ?」

「えぇぇぇ!?」

 

 振り返ったエリオの視線の先にクラウンの姿はなく、代わりにヴィータが獲物を取り逃がした様な表情で答える。

 男であるエリオ唯一の希望は、既に男湯の暖簾をくぐってしまっており、その言葉を聞いたエリオの顔は真っ青に染まる。

 そのまま流されて女湯に連れて行かれるかとも思えたが……エリオはどうしても恥ずかしくて仕方がなかったのか、大慌てで会話を切り上げ逃げる様に男湯の方に走り去る。

 その後姿をフェイトが残念そうに見送る横で、キャロは注意書きにある『11歳以下の子供』という部分を凝視しながら考え込んでいた。

 

 クラウンを追って男湯の脱衣所に到着したエリオは、ロッカーの前で服を脱いでいるクラウンを見かけて駆け寄りながら言葉を発する。

 

「クラウンさん。先に行っちゃうなんて、酷いですよ」

「え? なにが?」

「ッ!?」

 

 先程困った状態にあった自分を置いて行ってしまったクラウンに、エリオは抗議する様に口を開いたが、首を傾げながら振り返ったクラウンを見て絶句する。

 現在クラウンは上着を脱いでおり、普段は服に隠されていて見えなかった左肩がハッキリと見えた。

 胸の中心辺りから左肩に向って走る巨大な傷跡と、切り落とされた様に見える存在しない左腕……普段空の左袖を見ているのと、直接その部分を目にするのでは大きな違いがあった。

 目の前に居る飄々として明るいクラウンが歩いてきた、壮絶な人生を垣間見たかのようにさえ感じられた。

 

「エリオ?」

「あ、い、いえ、なんでもないです」

 

 言葉を失っているエリオにクラウンが首を傾げながら話しかけると、エリオは慌てた様子でなんでもないと首を横に振る。

 二人の間に想い沈黙が流れる中、突如それを切り裂く様に明るい声が聞こえてくる。

 

「エリオくん! クラウンさん!」

「え? きゃ、きゃ、キャロ!?」

「あれ? キャロはこっちに来たんだ」

 

 脱衣所前にあった注意書きを読み、エリオが女湯に入るのではなく10歳の自分が男湯に向かえば良いと考えたキャロは、女性陣から離れて男湯にやってきていた。

 着替えはあちらで済ませてきたのか、素肌にタオルを巻いているだけのその姿を見て、エリオは一瞬で顔をりんごの様に赤くする。

 クラウンは特に気にした様子はなくキャロの来訪に答える。

 

「はい。女の子も11歳以下は男性用の方にも入って良いって、係りの人――ッ!?」

「うん?」

 

 クラウンの言葉に明るく答えながら近付いてきたキャロは、エリオの体で隠れて見えなかったクラウンの肩を見て、先程のエリオと同じ様に絶句して言葉を止める。

 その様子を見たエリオも、キャロの登場で混乱していた思考から戻ってクラウンの方を向き、かける言葉が見つからなかったのか視線を僅かに逸らす。

 キャロの反応と再び気まずそうな表情になったエリオを見て、クラウンも二人が何について考えているのかを理解したようで、穏やかな表情で微笑みながら自分の左肩を見る。

 

「ああ、これ?」

「あ、えと……」

「ご、ごめんなさい」

 

 クラウンの言葉を聞き、その左肩を凝視してしまっていた事を悪く思ったのか、エリオとキャロは申し訳なさそうな表情を浮かべて頭を下げる。

 そんな様子を見て微笑んだ後、クラウンは右手で二人の頭を順番に撫でてから、明るい笑顔で口を開く。

 

「別に気なんか使わなくて良いよ。これは、俺の『誇り』だからね」

 

 左腕がない事は一切気にしていないし、それを隠したり卑下する気も無いと告げてから、クラウンは軽く右手を振って浴場へ向かって歩いて行く。

 幼い二人にはクラウンの発した言葉の意図を、全て理解する事は出来なかったが……歩いて行く左腕の無い背中は、とても大きく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スーパー銭湯での入浴を終え、一同は合流して待機所となっているコテージに戻る為に夜道を歩いていた。

 時折雑談を交わしながら歩いていると、突然キャロとシャマル……探索能力に優れ散布したセンサーとリンクしている二人のデバイスに反応が入る。

 

「リインちゃん!」

「エリアスキャン……ロストロギア反応キャッチ!」

 

 シャマルの言葉に答え、リインがセンサーに反応があった地点付近をサーチャーで探り、ロストロギアの反応を発見する。

 その言葉を聞いて周囲の面々も真剣な表情に変わり、現地協力者の四名は仕事の邪魔にならない様に一足先にコテージへ戻る事を告げる。

 

「クラウン! シャマル先生とリインとはやて隊長の姿を」

「了解」

 

 管制指揮を担当する四人は現場に向かわずコテージで指揮を行う為、なのはが三人が素早く戻れるように指示を出す。

 それを聞いたクラウンもすぐに意図を理解し、右手の指を弾く様に動かすと……三人の姿が纏めて消える。

 

「……!? (なんて発動速度……触れる事も無く、それも三人同時に……)」

 

 クラウンが何気ない動作で発動した魔法を見て、ティアナは大きく目を見開いて驚愕する。

 ティアナが使うオプティックハイドは発動までに少々の時間が必要な上、他人の姿を消すには直接接触しなければならないし、一人ずつ順番に魔法をかける必要がある。

 しかしクラウンははやて達に触れることなく、当り前の様に三人同時に姿を消した。

 クラウン以外で唯一幻術魔法を使うティアナは、他の誰よりもクラウンの魔法技術を理解し、自分との差を感じ取っていた。

 

「……(魔導師ランクは一つしか違わない筈なのに、こんなにも差があるの?)」

 

 茫然とクラウンを見つめるティアナの前で、はのはの口から今回の作戦が説明される。

 攻撃性の無いロストロギアが対象という事で、今回は新人四人が確保に当る事となり、隊長陣は結界を張って空に上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 反応のあった河川敷のグラウンドに辿り着いた新人四人の前には、グラウンドを跳ねまわるスライムの様なものが見えてくる。

 対象のロストロギアと思わしきそのスライムは、グラウンドの半分を埋め尽くすほどの数に分裂し、不規則に飛び跳ね回っていた。

 その光景に茫然とする四人の元にロングアーチから通信が届き、対象のロストロギアは危険を察知すると多数のダミーを出現させて身を守るらしく、その中に隠れた本体さえ封印すればダミーは全て消えるという情報が伝えられる。

 攻撃を仕掛けてくる事はないものの、跳ねまわるダミーの数は多く見た目での違いも分からない。

 四人はそれぞれ分散して、跳ねまわるスライムに攻撃を加えるが……流石はロストロギアというだけの事はあるのか、スバルの拳もエリオの槍もティアナの射撃も全くダメージを与える事が出来ない。

 ダミーを倒して数を減らすと言う手段は取れない事を理解し、四人は苦戦している様子で本体を探す。

 

 そんな四人の姿を上空から眺めていたフェイト、シグナム、クラウン……ライトニング分隊の三人は、走り回る四人の様子を見ながら言葉を交わす。

 

「相当の数だな……クラウン、お前ならどうする?」

『どうって……たぶん本体は中央か、四人から一番遠い位置に居るからそこらを狙うかな』

「ダミーは身を守る為の手段みたいだし、性質的に考えると前には出てこないよね」

 

 シグナムが呟いた言葉を聞き、クラウンが飛び跳ねるスライムの集団を見下ろしながら言葉を返し、フェイトもそれに同意する様に頷く。

 三人の目から見れば不規則に見えるスライムの動きの中で、新人四人の方向に近付く様には動いていないものが数体は見え、対象ロストロギアの性質を考えれば本体はその辺りだろうと想定していた。

 

『ティアナは弱い射撃魔法を中央から後方に広く撃ってるみたいだし、流石というか気付いてるね』

「しかし、周囲に伝達はしてないみたいだな」

『仮定だからじゃない? 不確定な事をあんま話す性格じゃないっぽいし……けど、スバル達は思いっきり攻撃してるね~無傷で捕獲って事覚えてるのかな?』

「大規模な魔法は使用してない。ダメージコントロールはしている様に見えるな」

 

 戦闘の様子を眺めながら呟くクラウンの言葉を聞き、シグナムは何かを考える様な表情で頷く。

 ティアナはクラウン達程絞れてはいないもののロストロギアの性質は理解している様で、本体を探る為に比較的弱い射撃を連続で放ってその反応を見極めようとしていた。

 優れた状況判断能力を持ち、新人四人のリーダーでもあるティアナの判断は正解だったが、他三人との連携はやや取れてないようにも感じられた。

 己を過信していると言うよりは、自信がない様に見えるその姿を三人が上空から眺めていると、ティアナの射撃が当った一体のスライムが、その直後に四人から離れる様に跳ねるのが見えた。

 

「あれだな」

「あれですね」

『あれだね』

 

 その動きを見て三人は本体である事を確信し、同じくティアナもそれに気付いた様子で他の新人に指示を出していた。

 程なくしてキャロが発動した拘束用の鎖を召喚する魔法……アルケミックチェーンが、本体らしきスライムに迫るが、本体が発動させたバリアによって阻まれる。

 本体のサイズは小型であるもののバリア出力はかなり強力で、キャロの鎖でそれを破る事は難しそうだった。

 スバルとエリオはそれを見て素早く反応し、エリオの斬撃とスバルの打撃を重ねる様なコンビネーション攻撃を仕掛ける。

 エリオが飛ばした魔力刃をスバルが押し込むようにして放たれたその一撃は、ロストロギアのバリアと数秒拮抗した後にそれを打ち破る。

 その間にキャロがティアナの射撃魔法に封印効果を付与する補助魔法を発動させ、ティアナが素早く狙いを定めて引き金を引く。

 放たれた封印効果の乗った魔力弾は、正確に本体を捕らえ一時的な封印を施す。

 四人が見事な連携で本体を一時封印した事により、多数あったダミーは全て消えさり、改めてロストロギアにキャロが封印処理を行い地球での任務は終了を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロストロギアの回収を終えた一同は、待機所にしていたコテージの片付けとミッドへの帰還準備を行っていた。

 なのは達地球出身の面々が、現地協力者達と別れを惜しむ様に会話をしている中、ティアナはやや浮かない表情で荷物を片付けていた。

 そのティアナの浮かない表情が気にかかったのか、スバルがティアナに近付いて声をかける。

 

「ティア? せっかく任務完了なのに、なんでご機嫌斜めなの?」

「いや、今回の私……どうもイマイチね」

「そんなことないと思うけど」

 

 どうもティアナは今回の任務での自分の動きに納得がいっていないようで、悔しそうな表情を浮かべて呟き、それを聞いたスバルはフォローする様に呟く。

 実際スバルにしてみれば、今回ロストロギアの本体を発見したのもティアナの功績であり、活躍してないと言う印象は無かった。

 しかしティアナはそう考えていないようで、絞り出す様に言葉を続ける。

 

「隊長達や副隊長、クラウンさんなら……それこそ一瞬だったんだろうなって……」

「う~ん。それはそうかもしれないけど……」

 

 ティアナの呟きを聞いたスバルは、自分達とは経験が明らかに違う隊長陣と比べてもしょうがないのではないかと考えながら首をひねる。

 二人の間にはやや重い沈黙が流れ、スバルがティアナにかける言葉を探していると、後方から声が聞こえてくる。

 

「二人共、そろそろ戻るよ?」

「ッ!?」

「わっ!?」

 

 音も気配も無くいつの間にか背後に居たクラウンに、二人は驚愕した様に振り返る。

 そして帰還を告げるクラウンの言葉に慌てて反応し、軽く頭を下げてから纏めた荷物を持ってはやて達の元へ向かう。

 その後姿を眺め……先程盗み聞いた二人の会話を思い出しながら、クラウンは一人静かに呟く。

 

「この引っ掛かる感じは……経験上、嫌な予感がするなぁ」

 

 ティアナの様子に何かを感じ取ったクラウンは、その後姿を思い出の中の少女と重ねる。

 かと言って今すぐどうにかする手立ては思い浮かばず、クラウンは困惑する様に髪をかいて視線を落とす。

 

 頭によぎった考えが、現実にならない事を祈る様に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




と言う訳でこれにて地球出張編は終了です。

ヴィータと絡むと陽気な感じで、なのはと絡むとややシリアスな感じ……やはりこの二人はクラウンにとって特別な存在であるようです。

今回はどちらかと言うとティアナの問題をクローズアップしておりましたが、今後どう動いていくか……なのはとティアナはこの時点ではまだ知りあって1ヶ月ちょっとですし、両方の考えに気付けるのはどちらも数年前から知っているクラウンだけかもしれませんね。

それはともかくとして次回アグスタ編に入ると、いよいよクラウンは本格的に暗躍し始めます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。