魔法少女リリカルなのはStrikerS~道化の嘘~ 作:燐禰
――新暦75年・機動六課・寮付近――
機動六課の寮付近、夜の帳が降りて暗くなった林で隠れる様に木にもたれかかり、クラウンはオーリスとの通信を行っていた。
『……って訳で、俺はあんまり動けそうにないから、そっちで探ってみてほしいんだけど……』
『ええ、分かったわ。これだけの情報じゃあ、完全に特定は出来ないでしょうけど……可能な限り絞り込んでみるわ』
仮面を付けたまま小声で話すクラウンの言葉を聞き、オーリスも受け取った情報を確認しながら真剣な表情で言葉を返す。
二人が現在話しているのは、機動六課最初の任務となるレリック回収において、クラウンが抱いた疑問について……
まるで襲撃を前提にしているかの様に手薄な輸送。それに関わっている人物……あるいはレリックが流れたルートを特定する為の話し合いだった。
『情報がある程度集まったら、いつもの方法でそっちに送るわね』
『了解……それじゃ、よろしく』
クラウンは現在の立場上、オーリスとの関係を悟られるのは……致命的ではないにせよ不都合ではある為、早々と通信を切り上げて端末を閉じる。
そして通信を終えたクラウンは慎重に周囲を探る様に見ながら林から出て、可能な限り自然な動作で寮の方に戻っていく。
『……うん? あれは……』
しかしその途中、寮から隊舎に向かって移動する人物を遠目に捕らえ、クラウンは少し考えた後で『仮面を外してから』その人物を追う。
それと時を同じくして、寮の一室……スバルとティアナに割り当てられた部屋では、スバルが机の上に置かれた小箱を困った表情で見つめていた。
その小箱は先日クラウンから貰ったクッキーの箱で、初出動でドタバタしていた為にまだ口に運んでいないものだった。
「……どうしよう?」
「いい加減、覚悟決めて食べたら?」
「そ、そうだよね……折角貰ったのに、食べないのは駄目だよね」
悩む様に呟くスバルの言葉に、ティアナが呆れた様な様子で答える。
スバルは別にクッキーが嫌いな訳ではないが、やはりそれを渡してきた……おおよそお菓子作り等とは縁のなさそうな上官が気になってしまう。
「大丈夫よ。別に変なものなんて入ってないって」
「……じゃあ、ティアも一緒に食べてくれる?」
「……いや、遠慮しとく」
「なんで!?」
安心させるように話す親友の言葉を聞き、スバルは期待した表情で一緒に食べてほしいと告げるが……やはりティアナも内心不安な様で、額に軽く汗を浮かべて首を横に振る。
その反応で更に不安が大きくなったスバルは、しばらく腕を組んで考える様に首をひねる。
そして最終的に、やはり貰っておいて食べないのは失礼という結論に達し、恐る恐る小箱を開き中にあったクッキーを……まるでこれから戦いに臨むかの様に緊張した表情で食べる。
目を閉じて数度クッキーを噛み、その味を確かめたスバルは、驚いた様な表情で首を傾げる。
「……あれ?」
「ど、どうしたの?」
「……普通に美味しい?」
「……アンタは、クラウンさんの事を、一体なんだと思ってるのよ」
クッキーが普通に美味しかった事に驚いているスバルを見て、ティアナは先程の自分の事は棚に上げ、大きくため息をつきながら言葉を発する。
ともあれこれでクッキーに対する不安は取り除かれた様で、スバルはホッっとした表情に変わり次々とクッキーを口に運んでいく。
クッキーの味はスバルの口に優しく広がり、同時に彼女は不思議な感覚を味わっていた。
「……なんだろう? これ?」
「今度は何よ?」
「いや、なんか……どこかで食べた事ある様な……懐かしい味がする」
「そうなの? クッキーなんてそう作り方が違う訳でもないと思うけど……」
不思議そうな表情を浮かべ、スバルは手に持ったクッキーを見つめる。
それを見てクッキーの味に興味が沸いたティアナは、スバルに断わってからクッキーを一枚食べる。
「うん。美味しいけど……別に変わった味じゃないわよ?」
「う、うん。そうだよね」
スバル自身その感覚は上手く分かっていないようで、ティアナの言葉に戸惑いながら頷いて残ったクッキーを食べ始める。
結局抱いた疑問に答えが出る事は無かったが、その日スバルは不思議と安心した気持ちで眠りにつけ……そして、懐かしい人物の夢を見た。
――機動六課・隊舎――
日付が変わろうかという時間、隊舎の出口まで歩いてきたシグナムは、自身のデバイスを確認する様に一握りしてから外に出ようとする。
するとそこで後方から突如、シグナムにとっては聞き覚えのない声が聞こえてきた。
「こんな夜遅くにお出かけ?」
「うん?」
聞き覚えのない男性の声に首を傾げながら、シグナムが後方を振り返ると……肩ほどまで金髪を無造作に流した整った顔立ちの男性が、壁にもたれかかってシグナムを見ていた。
陸士制服に身を包んでいるその男性を見て、シグナムは不思議そうな表情を浮かべた後で言葉を発する。
「……誰だ?」
機動六課の隊舎内にこんな遅い時間に居ると言う事は、間違いなく機動六課の隊員かその関係者である筈なのだが……シグナムはその男性にまったく見覚えがなかった。
すると男性は不思議そうな表情を浮かべるシグナムの前で、右手を懐に入れて仮面を取り出し、それを自分の顔に被せる。
『俺だけど?』
「クラウン!?」
見覚えのある仮面と聞き覚えのある声に変わった男性を見て、シグナムは大きく目を見開いて驚愕する。
それも当然だろう。彼女がクラウンの素顔を見るのはこれが初めてであり、地声を聞くのも先程が初だった。
仮面の下にピエロのメイクをしていると言う話は、はやてから聞いて知っていたのが、その素顔ははやてですら見た事がないと言う話だったので、先程目にしたクラウンの素顔に唖然としていた。
『寝ようと思ってメイク落としてたら、シグナム副隊長が歩いてくのが見えてね~どうしたんだろ? ってね』
「……お前、そんな顔をしていたのか」
驚くシグナムに対し、クラウンは全く気にした様子も無く尋ねるが……シグナムはまだ驚愕から抜けられていないようで、茫然とした表情で呟く。
そんなシグナムの言葉を聞き、クラウンは大げさに首を傾げた後で再び仮面を外して言葉を発する。
「そんな顔? え、俺の顔って変かな?」
「い、いや……変ではないが……隠していたのではなかったのか?」
クラウンの素顔に関しては、「何かしらの事情があるのだろう」と機動六課内では皆触れないようにしていた。
その為シグナムもクラウンの素顔に関して、内心気にはなっていても今まで追及する事は無かった。
しかし今自分の前であっさりと素顔を晒すクラウンからは、特に素顔を見られた事を気にする様子は感じられなかった。
そんなシグナムの疑問の言葉を聞いたクラウンは、キョトンとした表情になり、首を傾げながら言葉を返す。
「え? いや、別に隠してないけど?」
「……じゃあ、何で普段は仮面を付けているんだ?」
普段のシグナムからすれば珍しく戸惑った様子で尋ねる言葉を聞き、クラウンは自分の顎に右手を当て、斜め45度に視線を傾けながら真剣な表情で答える。
「……カッコイイから!」
「……聞いた私が、馬鹿だった……」
どこか誇らしげなクラウンの表情を見て、シグナムはガックリと肩を落として呆れた様子で呟く。
そんな『思惑通り』のシグナムの反応を眺めつつ、クラウンは再び仮面を付けて最初の話題に話を戻す。
『で、どこに行くの?』
「……あ、ああ……まだどこと決まった訳ではないが、夜間に少数のガジェットが出現する事が多くてな。反応があればすぐ出られるように、見回りも兼ねて隊舎内を回っていただけだ」
『じゃあ、今は待機……ってあれ? 今まで夜間に出動かかった事無いけど?』
「ああ、調査目的なのか本当に少数だからな……基本的に私、ヴィータ、シャマル、ザフィーラの四名で対応に当っている。今日は私の番というだけだ」
クラウンの質問に対し、シグナムは落ち着いた様子で言葉を返す。
つまりシグナムを含めたはやての守護騎士が当直の様な仕事を行っているらしく、夜間に少数のガジェットが出現した場合は対処していると言う事だった。
まだ少数での任務には出せない新人四名と、教導を担当しているなのは、執務官としての仕事が忙しいフェイトは除外されている。
そんなシグナムの説明を聞いて、クラウンは感心した様な声で言葉を返す。
『へぇ……仕事熱心だね~』
「まぁ、新人やなのは隊長は昼の訓練で疲れているだろうしな。規模の大きなものはしょうがないにしても、少数の対応位は手の空いている私達が動けばいい」
当り前の様に語るシグナムだが、当然ながら彼女も昼に仕事をしていない訳ではない。
交替部隊のリーダーも兼任し、むしろ忙しいとすら言える職務内容だったが、彼女にとって夜に働く事も苦では無い様子だった。
交替部隊の面々に戦闘能力が高い魔導師が少なく、機動六課自体が少数精鋭という部隊形態であるが故、訓練に参加していない自分がそれを補うのは当然と言いたげだった。
そんなシグナムの答えを聞いて何度か頷いた後、クラウンは明るい様子で言葉を発する。
『ん~じゃあ、夜の散歩にお供はいかがかな?』
「……お前も大概仕事熱心だな」
茶化す様な口調で発せられたクラウンの言葉を聞き、その意図を読みとったシグナムは微笑みを浮かべて呟く。
言い方は妙ではあったが、クラウンは自分も訓練には現段階で参加していないので、シグナムの当直を手伝うと告げていた。
「ならば、申し出に甘えるとしよう。お前の戦い方も見てみたい所だしな」
『あんま期待されても困るんだけどね~』
まだガジェットが出現すると決まった訳ではないが、シグナムは未だハッキリとしないクラウンの実力を知りたいと微笑み、クラウンは困った様に首を振って答える。
そのまま二人は待機を兼ねて、屋外施設である訓練スペース等を見回る為に隊舎の外で出る。
訓練スペースまでの道を歩きながら、シグナムはふと思いついた様にクラウンに質問を投げかける。
「クラウン……お前の目には、新人四人はどう映る?」
『う~ん。皆才能もあるし、素直でいい子だと思うよ』
突発的なその質問に、クラウンはシグナムと並んで歩きながら言葉を返す。
その言葉を聞いたシグナムは少々考える様な表情になり、それを見たクラウンが尋ねる。
『……なにか、気になるの?』
「いや、私の気にし過ぎかもしれないし、誰とは言わないが……少々力を付ける事を急いでいる様に見えてな」
『成程ね』
「あの位の年齢だと、力を求めるのはおかしなことではないんだがな」
特定の誰かを思い浮かべる様に語るシグナムを見て、クラウンも何かに納得した様に頷く。
二人の間に少しの沈黙が流れた後、クラウンは夜空を見上げながらぼんやりと呟く。
『……その子が本当に欲しがってるのは、量れないものなのかもしれないね』
「……量れないもの?」
『なんていうか『力』じゃなくて『強さ』かな?』
「興味深いな、続けてくれ」
クラウンが語り始めた言葉を聞いて、シグナムも何かを考える様な表情で続きを促す。
その言葉に頷いてから、クラウンは穏やかな口調のままで言葉を続けていく。
『力を戦うための武器とするなら、強さは勝利を掴む為の何か……それは目に見える様なものじゃないけど、力の差を覆す可能性を秘めたものだと思う』
「いわば、戦いに臨む信念や守るべき意思の様なものか……」
『そうだね。目に見えないし、魔導師ランクなんかの数値じゃ推し量れないそれは……持っている人が近くに居れば、持ってない人は強く感じるものなんだと思う』
「成程な……こうすれば手に入ると言うものでもないからこそ、焦りが生まれると言う訳か」
言葉を交わしながら二人は、奇しくも同じ人物を頭に思い描いていた。
才能や魔力だけでは推し量れない、強い想いで微かな可能性を掴み取り続けてきた少女の姿を……
クラウンは仮面の下でどこか優しげに微笑み、そのまま言葉を締めくくるように話す。
『まぁ、良いんじゃないかな? 別に急ぐ事が悪い訳でも、間違う事が駄目な訳でもないよ。完璧な人間なんていないんだから、色々手探りで進む事も必要だよ……それが無茶に繋がりそうな時だけ、周りが止めてあげればいいんだよ』
「そうだな……答えを急ぐ必要がないのは、周りで見る私達も同じだな」
クラウンが告げた言葉を聞き、シグナムは納得した様に頷く。
そして少し間を空け、隣を歩く奇妙な道化師に微笑みながら言葉を発する。
「……ふふ、そういう話をしていると、お前も上官らしく見えるな」
『あれ? なんか、普段は上官っぽく見えないって言われてる気がする』
「そう言っているつもりだ」
微笑みながら話すシグナムの言葉を聞き、クラウンは軽く髪をかきながら呟く。
どうやら先程の会話でクラウンに対する信頼が少し強くなった様子で、シグナムは穏やかな表情で微笑みを浮かべていた。
『むぅ、威厳とかオーラとか出した方が良いかな?』
「無理だ。止めておけ」
『ひ、酷い……』
「ふふふ」
そのまま二人が打ち解けた様子で雑談をしながら訓練スペースに到着すると、まるで見計らったかの様なタイミングでシグナムの端末に通信が入る。
通信の邪魔にならない様に、クラウンが少し離れて聞き耳を立てていると、通信の内容は予想通りガジェット出現に関するものだった。
「……ああ、了解した。それと、今回はクラウン副隊長補佐も同行してくれるらしい。そちらにも位置情報の転送を頼む」
『了解しました』
シグナムの言葉を聞き、モニターに映っていた交替部隊の通信オペレーターが頷き、すぐにクラウンの端末にも情報が転送されてくる。
モニターを表示して位置情報を確認したクラウンは、素早くデバイスを展開してシグナムに話しかける。
『北部だね』
「ああ、転送できるか?」
『現地は狭いから無理だけど、少し離れた場所なら大丈夫』
クラウンはそう答えながら手に持った大鎌を、自分とシグナムの間の地面に当てる。
すると二人を包む様に緑色の魔法陣が広がり、クラウンはそのまま転送魔法の準備を行う。
その間にシグナムも片刃剣型のデバイス……レヴァンティンを展開し、静かにクラウンの準備が整うのを待つ。
1分程かかり転送魔法の準備は完了したらしく、クラウンは顔を上げて茶化す様な口調で言葉を発する。
『それじゃ、深夜のデートと洒落込みますか』
「ああ、お手並み拝見させてもらうぞ」
『だから、あんま期待されてもね~』
シグナムが頷くのを見てから、クラウンが右手に持った大鎌を強く地面に当てると、魔法陣が一際強い光を放ち二人の体を転送させる。
――ミッドチルダ北部・路地――
夜の闇に染まったあまり広いとは言えない路地……管制から送られてきたその現場に到着したクラウンとシグナムの前には、複数のガジェットの姿があった。
『……多くない?』
「確かに、ここ最近では一番の数かもしれんな」
二人の視線の先には調査というには少々多い数が居て、その中には先日エリオとキャロが交戦したⅢ型と呼ばれるガジェットの姿もあった。
クラウンがその光景を見ながら、これもレリックが本格的に動き出した故かと考えていると、剣を構えたシグナムが言葉を発する。
「半分任せても、大丈夫だな?」
『どこで俺の株はそこまで上がったのかな……まぁ、了解』
クラウンとシグナムが簡単な会話を交わすとほぼ同時に、二人の存在を感知したガジェットが一斉に迎撃の体勢に入る。
それを見たシグナムは即座に地を蹴って加速し、一瞬で抜刀して先頭のガジェットを両断する。
「一機残らず撃破するぞ!」
『了解!』
シグナムのその言葉と切られたガジェットの爆発音を合図として、広いとは言えない路地での戦闘が幕を開けた。
自信に向けて放たれるレーザーを軽やかな動きで回避しながら、Ⅲ型ガジェットに肉迫したシグナムは、構えたレヴァンティンに巨大な炎を宿して振り抜く。
「紫電、一閃!」
炎熱変換資質と呼ばれる、魔力を術式を介さずに別のエネルギーに変換する力を使い放たれたその一撃は、エリオとキャロが苦戦した大型ガジェットの装甲を紙の様に切り裂いて両断する。
そのままシグナムは倒したガジェットには目もくれず、返す刃で自身に迫っていたもう一機のガジェットを切り、少し遅れて二つの爆発が起こる。
『おぉ~さっすが、強いね』
「……ッ!? おいっ! 後ろだ!」
その光景を見ていたクラウンが感嘆する様な言葉を漏らし、それを聞いたシグナムが視線を僅かにクラウンの方に向けると、クラウンの後方から彼の頭目掛けてⅢ型の巨大なアームが振り下ろされているのが見えた。
慌てて叫ぶシグナムだが、クラウンは反応出来ず、アームに押しつぶされる様に飲みこまれる。
「ちぃっ!?」
その光景を見たシグナムは、即座に救援に向かおうとするが……直後、Ⅲ型ガジェットの体から、緑色の魔力で出来た針が複数本現れるのが見える。
生えた魔力の針……正しくは後方から押し当てられた大鎌から発生した針状の魔力刃により、Ⅲ型ガジェットは数か所を貫通されて火花を散らし爆発する。
その様子に驚くシグナムの耳に、破壊されたⅢ型ガジェットの後ろからクラウンの声が聞こえてくる。
『いや~機械は素直で良いよね。同じ手に何回でも引っ掛かってくれるし、人間よりもよっぽど騙しやすいよ』
爆煙の中から現れたクラウンは軽い口調で話し、そのまま自分に向けて迫るガジェット達に視線を動かし跳躍する。
あまり速いと言う訳ではなく、むしろフワリと浮く様な跳躍で迫るクラウンに向け、ガジェット達は一斉にレーザーを放つ。
しかしそれはクラウンに当る事は無く、まるで見当違いの方向にバラバラに飛んでいく。
『レーダーパターンも前と変化無しだね』
そう呟きながらクラウンがロキを振るい、それがガジェットに当ると同時に、大鎌の刃部分からさらに複数本の細い魔力の針が出てガジェットを串刺しにする。
クラウンはそのまま体の動きを止めることなく、ロキから発せられる魔力のブーストを推進力に体をひねり、魔力の針だらけになっている大鎌を大きな動作で振るう。
≪スプラッシュニードル≫
その動作に合わせてロキが術式を発動させ、魔力の針がまるで散弾の様に前方に高速で放たれる。
放たれた魔力の針に誘導性は無い様だったが、それでも数が多く広範囲に飛ばされたそれは、複数のガジェットを貫いて破壊する。
その戦闘を見て自分の心配が杞憂だったと悟ったシグナムは、すぐさま体を返して自分に向かうガジェット達に刃を振るう。
想定したよりは数が多かったとはいえ、それでも少数と言えるガジェットの集団は、シグナムとクラウンの二人の手により瞬く間に殲滅されていった。
ものの数分で目的となるガジェットを殲滅し終えた二人は、油断せず周囲に残存戦力が居ないかを確認してから管制に報告を行う。
シグナムが報告と事後処理の引き継ぎを行う間、クラウンはぼんやりと空に浮かぶ二つの月を眺めていた。
しばらくして通信が終わった様で、シグナムは端末を閉じてクラウンに話しかける。
「周囲に残存反応は無し、引き継ぎも完了した」
『はいはい。お疲れ様』
「お前もな……見事な戦いだったぞ」
『そう?』
先程のガジェットとの戦い……初めて見るクラウンの戦闘能力は、シグナムにとって満足のいくものだったらしく、シグナムは微笑みを浮かべてクラウンを称賛する。
「ああ、特に魔法刃の展開速度と、それをそのまま射出する魔法は素晴らしかった」
『魔力が少なくてね。高火力で誘導性のある射撃魔法は燃費が悪いからね。スピードと貫通性で補ってるんだよ』
クラウンの魔力はBランク魔導師程度と低く、AMFを貫通できる威力の射撃魔法を多用するのは厳しかった。
その為クラウンは魔力刃をそのまま弾にする事で魔力消費を、細く貫通性の高い弾を高速で射出する事で低い火力を、それぞれ補って戦闘していた。
攻撃範囲は普通の射撃魔法よりも狭いが、魔力を高密度に圧縮するその射撃は、低魔力での対AMF戦闘のお手本と言っても良いものだった。
「それに、あの体捌きは自己流か? 特殊ではあったが実戦向けに洗練されていたな」
『まぁ、片腕での戦闘技術なんてあんまりないからね』
実際クラウンの近接戦闘術は、近接戦闘の達人であるクイントが彼の為に組み上げたものではあったが、まさかそんな事を言う訳にもいかないので自己流という事にしておく。
そんなクラウンの返答を聞き、シグナムは心底感心した様に数度頷いた後、嬉しそうな笑みを浮かべて呟く。
「今度、是非一度手合わせを……」
『嫌!』
「むぅ……」
高揚する様な笑みを浮かべて話すシグナムの言葉を遮り、クラウンは大きく首を振る。
近接に特化した古代ベルカの騎士……実際にその目で見るシグナムの戦いは、公開模擬戦の映像で見るより凄まじく、クラウンにしてみれば遠慮したい相手だった。
あるいは過去の鍛錬で毎回のように、ベルカ式の近接魔導師に叩きのめされていたのが、軽いトラウマとなっての返答だったかもしれない。
不満そうな表情を浮かべるシグナムを見て軽くため息をついてから、クラウンは転送魔法の魔法陣を出現させ機動六課隊舎へと戻る。
――機動六課・隊舎――
隊舎に戻ってきたシグナムとクラウンは、並んで廊下を歩きながら言葉を交わす。
『シグナム副隊長。これからは俺も、当直のローテーションに加えといてよ』
「確かにあれだけの戦闘力があれば、十分こなせるとは思うが……構わないのか?」
シグナム達四人が交替で行っている当直に、自分も参加することを提案するクラウンの言葉を聞き、シグナムは少し申し訳なさそうな表情で尋ねる。
確かに当直を担当する人数が増えるのはありがたいが、昼にくわえて夜間にも仕事を増やしてしまう事に少し抵抗がある様だった。
そんなシグナムの言葉に対し、クラウンは明るい口調で言葉を返す。
『休憩が必要なのはシグナム副隊長達も一緒でしょ? 俺だってまだ教導には参加してないんだし、その位はいくらでも手伝うよ』
「……そうか、助かる」
クラウンの告げた言葉を聞き、シグナムは微笑みながらその厚意を受ける事にする。
穏やかに微笑んで廊下を歩くシグナムを見て、クラウンは仮面の下で微笑み、それと同時にロキが念話を送ってくる。
(初めからこの展開を狙ってたでしょ? いつもはあんな派手な戦闘しない癖に……)
(……これで、夜間に外出する大義名分が手に入ったな)
呆れた様なロキの念話に対し、クラウンは自身の思惑通りに事が進んでいるのに満足しながら言葉を返す。
ロキが告げた通り、クラウンはシグナムの話を聞いた瞬間からこの展開に持っていきたいと考えていた。
オーリスと連絡を行ったり、色々裏で動くには機動六課内では周囲にかなり気を使わなければいけない。
しかし夜間の当直……見回りや単独出動する機会を得れば、それだけでクラウンはかなり動きやすくなる。
その為に幻術魔法の多用は避けて、普段はあまり行わない自分の戦闘力を誇示するかの様な戦い方をし、シグナムの信頼を勝ち取る事に成功した。
(マスター、絶対今悪い顔してますよ)
(あはは、自覚はあるけど躊躇する訳にはいかないよ……もしアレが当りなら、ここから数ヶ月が勝負だ)
オーリスに調査を頼んだ情報……それがクラウンの望んでいる相手に繋がった場合、彼の目的の一つは大きく躍進する事になる。
迫るその事態に備える様に……機動六課の面々の信頼を得つつ、クラウンは裏で動く為の準備を着々と進めていた。
全ては追い続けてきた管理局最大の闇……最高評議会を、その刃の射程内に捕らえる為に……
アニメ本編では教導に参加してなかったり、アグスタと最終決戦以外戦闘参加していなかったりのシグナムですが、当小説内では交替部隊の件といい、かなりガッツリ働いています。
現時点では機動六課の面々では、リインに次いで登場場面が多いですね。
うん……クーデレは素晴らしいものだと思います。
今回は完全オリジナルでしたが、次回はサウンドステージ01を舞台とした地球編……勿論クラウンの行動がメインになるので、実際のサウンドステージとは多々違います。
寧ろサウンドステージの場面は殆ど無く、クラウンの行動ばかりになるかも?