魔法少女リリカルなのはStrikerS~道化の嘘~   作:燐禰

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第一話『雪に墜ちる日』

 ――新暦67年・辺境世界――

 

 

 仰向けに倒れている自分の体。ぼんやりとした視界には舞い降りる雪が見えた。

 ゆっくりと視線だけを動かすと……少し離れた場所に、数分前まで左肩の先にあったモノが、周囲の雪を赤く染めながら転がっている。

 痛みも感覚も殆どなく、ロクに動こうとしない体。俺は必死に顔だけを少し上げ、微かに重みを感じる場所へ向ける。

 庇う様に回された俺の右腕の中には、気を失っているのか目を閉じた茶髪の少女の姿があった。

 少女の白い服についている赤い染みは、俺のものか彼女のものかは分からなかったが……その小さな口から白い息が出ているのは確認できた。

 ――よかった。無事みたいだ。

 眠りに落ちる直前の様なぼんやりとした頭にそんな考えが浮かぶと同時に、力を失った俺の頭は地面に戻り、視界には再び雪の降る空が映る。

 そしてその空からは、まるでスローモーションの様にゆっくりと……見覚えのある赤い服を着た赤毛の少女がこちらに向かって飛んで来ていた。

 涙の浮かぶ目は大きく見開かれ、口元は必死に何かを叫んでいる様にも見えたが……何も聞こえない。

 まるで体から体温が直接流れ出る様な、雪によるものではない寒さを感じると同時に、俺の瞼は力を失って閉じ始める。

 次第に狭くなっていく視界に、黒い空と白い雪……そして赤い少女を映しながら、俺の意識はゆっくりと消えていった。

 

 

 ――可笑しいな? どうして、こんな事になったんだろう?

 

 

 ――難しい任務じゃなかった。順調に終わって、後は帰るだけだったはずだ。

 

 

 ――寒い世界での任務だったのに、戻ったらアイスが食べたいだなんて言い出すあの人の事を笑って……

 

 

 ――これでお別れだと、寂しそうな顔をするあの人を元気付けて……

 

 

 ――帰ったら三人でお茶でもしようって話して……

 

 

 ――なのはさん、ヴィータさん……ごめんなさい『約束』守れ……なく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――新暦66年・時空管理局本局――

 

 

 数多ある次元世界の平和を守る時空管理局。その本局の一室で、俺は落ち着く事が出来ずにウロウロと動き回りながら、ある人物達を待っていた。

 かつてこれほど緊張した事があっただろうか? 初陣の時でさえ、ここまでソワソワした気持ちになった覚えはない。

 今までの俺の人生は、ごくごく平凡なものだった。孤児として時空管理局の施設に拾われ、魔法の才能があった為、10歳の頃に魔導師として管理局に入って早五年。

 エースと呼ばれる程の才能があった訳でもなく、実力もAランクの真ん中程度。配属された部隊も次元航行部隊……通称「海」の下の下。辺境世界の調査が中心の小さな部隊。

 物珍しい出来事も無く、報道されるような大事件とも無縁の平坦な日々……しかし、それが今日大きく変わろうとしていた。

 

 初めは一体何の間違いかと思ったが、うちの部隊に期間限定ながらとんでもないビックネームが配属される事になっていた。

 僅か10歳にしてAAAの魔導師ランクを保有する掛け値なしの大天才……高町なのは。彗星の様に現れ、瞬く間に管理局の魔導師達の間で語り草になったスターともアイドルともいえる存在。

 別に俺はミーハーなつもりはなかったのだが、以前公開模擬戦の映像を見て一目で惚れ込んだ。そんな憧れの様な存在だった。

 

 本来俺の様な、掃いて捨てる程居る中堅魔導師がお近付きになれる存在ではない。しかし、どんな運命の悪戯か彼女は一年の期間付きでうちの部隊に配属され、しかもその期間中の上官に俺が抜擢されるという奇跡が起こった。

 ちなみにもう一人、ヴィータと言う子も配属されるらしいが……この子もまた物凄い。

 古代ベルカ式の希少技能を持った同じくAAAランクの魔導師らしく、何故なのは『さん』の様に噂になっていないのか不思議な位だった。

 希少技能の保持者の情報は、基本的に同部隊以外には特秘事項として扱われるという話を聞いた事があるが……その辺が関係しているのだろうか?

 

 ともかくそんなとんでもない二人が、期間限定とはいえ俺の下に就く。その事実に俺は……緊張しまくっていた。

 今日も集合時間の一時間前にこの場所に来て、今の今まで落ち着きなく部屋の中をウロウロしていた。

 

 緊張を落ち着かせる為に、何十回目か分からない深呼吸をした辺りでノックの音が聞こえてくる。

心臓が大きく脈打つのを感じながら、それでも出来るだけ冷静な声で言葉を発する。

 

「……どうぞ」

「失礼します」

 

 やや声が高くなるのを自覚しながら入室を促す言葉を発すると、幼いながらもしっかりとした返事と共に扉が開き二人の少女が入室してくる。

 両者とも俺より頭一つ以上低い小柄な身長で、一人は栗色の髪を左右で纏めた幼さの残る顔立ちながら芯の強そうな目が印象的な少女……見覚えのある天才魔導師、高町なのはさん。

 もう一人は赤みの強い橙色の髪を二本の三つ編みにしてた勝気な印象を受ける少女……こちらは恐らくヴィータさんと言う人だろう。

 正直驚いた。なのはさんの事は事前に知ってたが、ヴィータさんの方もどう見ても10歳前後みえる。

 ……若くても才能のある人ってのは、居る所には居るもんだな。

 そんな事を考えていると、小柄な二人は見た目からは想像も出来ない程綺麗な敬礼をして口を開く。

 

「本日付で配属になりました。高町なのは二等空士です」

「同じく、ヴィータ三等陸士です」

 

 二人の言葉を聞き、俺も一度頷いてから敬礼と言葉を返す。

 

「本局・1026調査隊、クオン・エルプス海曹長です」

 

 憧れの人物を前にして、声が震える様に感じながらした俺の自己紹介を聞き、俺が敬礼を解くのを確認してから二人も上げていた手を下す。

 そして穏やかに、はにかむ様な笑顔でなのはさんが俺に対し言葉を発してくる。

 

「これから一年間、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。なのはさんのご活躍は耳にしています。一緒に仕事が出来る事を、光栄に思います」

 

 俺も微笑みながら言葉を返すが、それを聞いたなのはさんはどこか困った様な表情で苦笑いを浮かべる。

 

「あ、あの……呼び捨てで大丈夫ですよ? 後、口調も敬語で無くても……エルプス曹長の方が、立場も階級も上ですから、どうか畏まらずに……」

「と、とんでもない!」

 

 なのはさんが発した言葉を聞き、俺は慌てて首を横に振る……呼び捨てにする? そんなの、出来るわけがない。

 

「俺は一魔導師として、貴女の事を深く尊敬しています。とても呼び捨てになんて出来ません。それに階級も、勤続年数の差で今は俺の方が上なだけで、なのはさんなら後1、2年もすれば追い越すでしょう。なのはさん達の方こそ、話しやすい口調で結構です」

「そ、そんなわけには……」

 

 そう、俺は目の前のこの子……自分より5つも年下の女の子に心から憧れていた。勿論変な意味では無く、魔導師として……比べるのも失礼だが、似た系統の魔導師として彼女の事は心から尊敬している。

 

「……まぁ、いいじゃねぇか? 構わないって言ってくれてるんだし、普段の口調で話せば」

「で、でも……」

 

 俺の勢いに押されてか、今まで事の成り行きを茫然と眺めていたヴィータさんが口を開き、なのはさんは困った様な表情でそちらを向く。

 

「大丈夫ですよ。うちの部隊は固いところでは無いので……どうか気楽に」

「……はい」

 

 ヴィータさんの言葉に続ける様に俺も言葉を発し、それを聞いたなのはさんは依然戸惑った表情ではあったが小さく頷いて了承する。

 その後二人に室内の席に着席を勧め、部隊説明等の連絡をする前に軽く雑談を交わす。

 

「そう言えば、お二人は陸の階級なんですね?」

「あ、はい。私は陸士訓練校で三ヶ月の速成訓練を受けたので……」

「あたしは、はや……家族が陸士を習得した流れで……かな?」

 

 時空管理局には階級の呼び名は提督等の特殊な物を除けば、陸士、空士、海士の三つに分けられる。

 この内、海の部隊に所属する者には海士。陸……時空管理局地上部隊に籍を置く者には、基本的に陸士か空士の階級が与えられる。

 事前に受け取った資料によると、二人は次元航行部隊の任務等を多く行っている様だったので海士だと思っていたが、それぞれ事情があって階級は陸のものみたいだった。

 話しながら二人の様子を見てみると、なのはさんはまだ少し緊張しているみたいだったが、ヴィータさんはもう慣れた様子で口調もおそらく素であろうものに近付いてるみたいだ。こちらとしてはその方が気楽で良い。

 

「なるほど……では、簡単にうちの部隊での任務等の流れについて説明しますね」

「あ、はい!」

「ああ」

 

 主に俺の緊張をほぐすための軽い雑談を切り上げ、俺は事前に預かっていた二人の資料に目を通しながら説明をしていく。

 

「お二人は常駐勤務では無く、なのはさんは緊急時と週二日。ヴィータさんは緊急時と週五日の勤務でしたね?」

「あ、はい……学校があるので……」

「あたしは基本的に毎日これるけど、保護観察官への報告とかもあるからな」

 

 保護観察? ヴィータさんの発した言葉を聞いて、俺は手元の資料に視線を落とす。するとヴィータさんの情報が書かれている資料には「現在保護観察処分中」との文字が記載されていた。

 元軽犯罪者なのかな? まぁ、別に珍しい事でもないか……どんな経緯があるかは知らないが、元犯罪者が管理局任務への従事と言う形で罪を償うのは良く聞く話だ。

 あれ? でもこれ……具体的な犯した罪の内容が書かれてない? 普通この手のものはどういう罪を犯したかも記載されてる筈だけど……

 まぁ、見た感じ悪い人ってわけでもなさそうだし……あまり触れない方が良いか……

 

「そう言えばお二人は、別世界から通ってるんでしたね」

 

 保護観察の話題に触れない様に、その一つ前のなのはさんの発言を拾いながら微笑む。

 それと同時に、手元の資料を軽く眺め……驚愕する。

 

「場所は……第97管理外世界……管理外世界!?」

 

 数多ある別世界の内、主に次元航行技術を保有する世界は管理世界。文明レベルが及ばず次元航行技術が無い世界を管理外世界と呼ぶのだが……目の前の二人は、その管理外世界から時空管理局に勤めているらしい。

 一体どういう経緯でそうなったんだ。普通管理外世界の住人が時空管理局と接触することなんてない筈なのに……しかもそれどころか、態々管理外世界からの通勤も認められてるなんて……さ、流石に規格外って言うか、俺の常識は通用しないみたいだ。

 

「あ、あの?」

「し、失礼しました……話を続けますね」

 

 茫然としていた俺は、なのはさんが心配そうに発した言葉で我に帰り、慌てて説明を再開する。

 任務の傾向や二人にしてもらう主な仕事など、二人がうちの部隊に来るにあたって必要な説明を続けていく。

 

 1時間ほど経過した辺りで必要な説明は全て終わり、俺は資料から目の前の二人に視線を戻して言葉を発する。

 

「長くなりましたが以上です。なにか、質問などはありますか?」

「大丈夫です」

 

 確認する為に発した俺の言葉を聞き、いくらか緊張が解けたらしいなのはさんが笑顔で答え、ヴィータさんもその言葉に同意する様に頷く。

 

「では、部隊へ向かいましょう。そこで隊員の紹介を終えた後、幾つか簡単な仕事をしてもらって本日は終了です」

「はい!」

「ああ」

 

 俺が席から立ち上がったのを確認して、二人も座っていた席から立ち上がり、そのまま部屋を後にして転送ポートのある場所へ向かう。

 その道中、廊下を歩いているとなのはさんが俺に向って可愛らしい笑顔で言葉を発してくる。

 

「クオンさん。改めてこれから一年間よろしくお願いします。是非、色々教えてください」

「教えるだなんて、とんでもない……」

 

 未だ固さは少々残っているものの、初対面の時に比べればいくらか打ち解けられたようで、なのはさんは柔らかくした口調で話しかけてくる。

 その言葉を聞いた俺は、頬を指でかきながら言葉を返す。

 

「俺も力不足ながら収束砲撃を得意とする砲撃魔導師で、教えるどころか……俺が貴女に色々とご教授を願いたいです」

「え? あと、えと……わ、私で教えられることならなんでも……」

「本当ですか!?」

「……あ、はい」

 

 公開模擬戦で一目見た瞬間に惚れ込んだ。圧倒的な魔力の収束技術と強大な砲撃魔法……目の前の少女は、正に俺の理想とする魔導師そのものだった。

 そんな憧れの存在から直接魔法を教わる事が出来る。そう考えただけで嬉しくなり、思わず大きな声を出すと、なのはさんは戸惑った様な表情で頷く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前方を歩く黒のセミロングヘアの青年の後姿を眺めながら、後ろに続いていたヴィータはなのはに念話を飛ばす。

 

(……なんか、変わったやつだよな?)

(う、うん……でも、良い人だとは思うよ)

(まぁ、確かに……偉ぶったりしない分、話しやすくはあるな)

(ヴィータちゃんは遠慮し無さ過ぎだよ! クオンさん、上官だよ!?)

 

 二人は未だ目の前を歩くクオンと言う人物の事を計りかねていた。

 明らかに年下のなのはに対しても非常に丁重に接し……それどころか魔導師として憧れていると口にする。自分より魔導師ランクが上のなのはに嫉妬する訳でもなく、逆に子供扱いするわけでもない。

 そんなクオンに対し、なのはは戸惑いながらも……悪い印象は抱いていなかった。

 

(本人が良いって言ってるんだし……まぁ、お前の言う通り良い奴だとは思うぞ、あたしが保護観察処分者だって聞いても嫌な顔一つしなかったしな)

(……うん)

 

 嬉しそうな顔を浮かべて話すヴィータの言葉を聞き、なのはも嬉しそうに微笑む。

 二人は目の前を歩く、少し変わった上官と過ごすこれからの一年間を思い。期待する様に微笑みながら廊下を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして始まったなのはさん、ヴィータさんとの同部隊での日々は順風満帆に流れていた。

 初めは固さがあったなのはさんとも、時間が経つにつれて打ち解け、彼女自身も自分の事を多く話してくれるようになっていった。

 以前までは退屈でしょうがなかった調査任務も、彼女達と三人でこなすとまた違った風に感じられた。

 別世界の物が珍しいのか、色々と興味を示す二人に俺が説明をしたり、二人の故郷である『地球』という場所の話を聞かせてもらったり、二人の友人や家族と知り合う機会があったり……

 変わり映えの無かった日々が色を得て、楽しく騒がしいものへと変わっていった。

 そして同時に……若き天才魔導師への憧れという感情から、高町なのはとヴィータという人物自体を好ましく感じる様に俺の心が変わるのにも、それほど多くの時間はかからなかった。

 なのはさん、ヴィータさんと過ごす日々はとても楽しくて……気が付けば、瞬く間に時間は過ぎ去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――新暦67年・時空管理局本局――

 

 

 時空管理局の本局にある訓練用のスペース……シミュレーションシステムによって表示された岩山に、緑色の閃光が当り轟音と共に巨大な穴をあける。

 

「……ほぅ」

 

 俺が目の前で起きた光景に自分の事ながら驚いていると、少し離れた場所に居たヴィータさんが感心した様な声を漏らす。

 そして少しして、白いバリアジャケットに身を包んだなのはさんが満面の笑みを浮かべて近付いてくる。

 

「クオンさん、凄いです! 完璧でした!! もう、収束砲に関しては……私に教えられる事はない位ですよ」

「じ、自分でも驚きました……こんなに強力な魔法が撃てるなんて……」

 

 興奮したように話すなのはさんの言葉を聞き、俺も構えていた杖型のデバイスを降ろしながら言葉を返す。

 なのはさんがうちの部隊に配属されてから、もうすぐ一年……短い期間ではあったが、その一年間が俺にもたらした変化はとても大きかった。

 彼女から魔法を教わる様になって、以前はAランクの中程度……AAランクなんて夢物語の様に思っていた俺が、今ではAAランク試験を一発合格できる程に成長していた。

 

「伸びるもんだよなぁ、実際……一年でここまで成長するとは、大したもんだよ」

「うんうん! これなら、AAAランクもそう遠くないよ!」

 

 ぶっきらぼうながらどこか優しさを感じる口調で話すヴィータさんの言葉を聞き、なのはさんはまるで自分の事の様に嬉しそうに答える。

 

「全部二人のおかげですよ……二人共教え方が凄く上手くて……教導官とか向いてるんじゃないですか?」

「……なに言ってんだか、あたしが教導官なんて柄か?」

「いやいや、ヴィータさんは優しくて面倒見がいいですし、良い教導官になりそうですよ」

「なっ!? 真顔で、ふざけた事言ってんじゃねぇよ!」

 

 俺の言葉を聞いて、ヴィータさんは何とも分かりやすい真っ赤な顔で叫ぶ。

 

「でも、私もヴィータちゃんに教導官は向いてると思うけどな~」

「なのは! お前まで何言ってんだ! ……大体向いてんのは、あたしよりお前の方だろ?」

「私?」

 

 なのはさんの言葉を聞き、ヴィータさんは真っ赤な顔のままで言葉を返す……するとなのはさんは、よく分からないと言いたげに首を傾げて聞き返す。

 

「ああ、クオンに教えてる時……随分生き生きしてたぜ」

「あ、それは俺も思いましたね」

「そう……かな?」

 

 ヴィータさんと俺の言葉を聞き、なのはさんは考える様に……ただどこか、まんざらでもない様な表情に変わる。

 そんななのはさんの様子を微笑ましく感じている自分が居る。

 何と言うのか、一年間一緒に仕事をして……俺はすっかり二人が好きになってしまったみたいだった。

 それが異性としてのものなのか、あるいは家族を持った経験が無かった故に、二人の事を妹の様に感じているのかは定かではないが……はっきりしているのは、人間的に好ましく思っている事だった。

 明るく前向きで、誰からも愛される様ななのはさん。ぶっきらぼうな所はあるが優しく、照れ屋なヴィータさん。

 もうすぐ二人の配属も終わりになると思うと、言い様のない寂しさを感じる程に……二人は俺にとってなにより大切な人になっていた。

 

 談笑する二人を眺めながらそんな事を考え、俺は展開していたデバイスを解除して言葉を発する。

 

「話の続きは食堂でしましょうか? そろそろ昼時ですしね」

「はい!」

「りょ~かい」

 

 俺の言葉を聞いた二人はそれぞれバリアジャケットを解除、俺に続いて訓練スペースを後にする。

 

 廊下を三人で食堂に向って歩いていると、ヴィータさんが俺の方を向きながら笑顔で話しかけてくる。

 

「なぁ、クオン。アイス買ってくれ」

「またですか? ホント好きですね……じゃあ、ヴィータさんにはアイスでなのはさんは……ケーキとかで良いですか?」

「えっ? わ、私は大丈夫です」

 

 聞き慣れたヴィータさんの要望に苦笑しながら答えた後、なのはさんの方を向いて話しかけると、なのはさんは驚いた様な表情で慌てて首を振る。

 

「こうして訓練に付き合って貰ってるんですし、それ位のお礼はさせて下さいよ」

「……あぅ……じゃ、じゃあ、お言葉に甘えます」

 

 出会ったばかりの頃は随分遠慮されていたが、一年で仲良くなれたおかげか……最近はなのはさんも、素直に甘えてくれるようになってきていた。

 

「しっかし、クオンは本当に上官っぽくないよなぁ……まぁ、そこが良い所なんだけどな」

「その辺についてはもう諦めてますよ。ええ、どうせ威厳とかありませんとも……」

「そ、そんな事無いですよ! クオンさんは……えと……その……や、優しいですし!」

 

 ……どうやら俺の上官らしくない有様は、なのはさんの力を持ってしてもフォロー不可能の様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂につき、二人のお姫様のためのデザートを買ってから三人で同じテーブルにつく。そしてそのまま他愛のない雑談をしながら食事を始める。

 

「そう言えば、なのはさん。毎週学校と仕事の繰り返しみたいで、自由な時間が殆どないみたいですけど……疲れたりしてませんか?」

「え? う~ん。大丈夫ですよ……何て言うか、私には頑張る事位しか出来ないですし、自分の力が誰かの為に役に立つ事が嬉しいんです」

 

 時々考える……この幼さの残る11歳の少女が、どうすればこれほどに強い心と信念を持てるのかと……

 まだ遊びたい盛りの筈なのに、大人と変わらない……いやそれ以上に厳しい世界に身を置いている。遠巻きに眺めていた頃には、単純に憧れたものだが……最近は時々それを不安に感じ始めていた。

 具体的に何がどう悪いという訳でもないのだが、どこかこの子には危うさとでも言うのだろうか? なにかがある様な気がしていた。

 

「相変わらずクオンは心配性だよな。コイツは誰もが認める無敵のエースだぜ? やわな体なんてしちゃいねぇよ」

「ヴィータちゃん……その言い方は、私の女の子としての尊厳が傷つくよ……」

 

 確かにヴィータさんの言う通りかもしれない。これだけ立派に仕事をこなしている彼女の事だ……いくら若くても体調管理は万全なんだろう。

 

「確かに、俺が心配し過ぎなのかもしれませんね。まぁ、でも……出来るだけ無理はしない様に、俺に出来る事は微小かもしれませんが、いつでも力になりますので」

「あ、ありがとうございます……微小なんて、そんな事無いです。クオンさんは本当に私達に優しくしてくれて……その、ホント言うと最初は凄く不安だったんです。経験の為に新しい部隊に配属されて、上手くやっていけるかなぁって……」

 

 なのはさんがうちの部隊に配属となった理由は、早い話が色々な経験を早期に積んで欲しいという上の判断だった。

 稀有な才能を持つ彼女に対して、上層部は大きな期待をしているみたいで、その為に多種多様な経験を積ませたいという感じだった。

 実力的には次元航行部隊の本隊に配属されてもおかしくないのだが、いきなり危険の大きい場に配属して何かあっても困るという事で、うちの様な部隊で経験と自信を付けされると言った意向らしい。

 ヴィータさんはなのはさんの事を心配して、自分で同じ部隊への配属を希望したとのことだ……本当に友達思いの子なんだと思う。

 

「でも、クオンさんは凄く優しく色々教えてくれて……一年間で、とても勉強になりました」

 

 彼女にかかる期待という名の重圧。それがどれ程のものかは、俺には分からないが……俺の存在が、僅かにでも彼女の助けになれているのなら嬉しい限りだ。

 

「あはは、教えた事より教わった事の方が多い気もします」

「それは、確かに」

「……否定はしてくれないんですね。ヴィータさん」

「ふふふ」

 

 穏やかで楽しい時間……しかしこれももうすぐ終わる。なのはさんとヴィータさんの配属期間は、残り二週間ほど……後何回こうして三人で過ごせる事か……

 寂しさを感じながらも、俺はそれを表には出さない様に二人に向き直って雑談を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――新暦67年・辺境世界――

 

 

 かつてあった文明の名残らしき廃墟の並ぶ辺境世界……雪の積もった道を部隊員達と並んで歩く。

 すぐ傍には雪を鬱陶しそうに踏みしめているヴィータさんと、寂しそうな表情で俯きながら歩くなのはさんの姿があった。

 

「あ~もうっ! 飛んでいけば一瞬なのに、面倒なもんだなぁ」

「まぁ、魔導師では無い隊員もいますから……しょうがないですよ」

「早く帰って、アイスが食いたいぜ」

「こんな寒い世界で、よくそんな言葉が出ますね」

 

 雪の降る中を歩いて居ながら、アイスが食べたいという発想が出るヴィータさんに、俺は苦笑しながら言葉を返した後、俯いたままのなのはさんに声をかける。

 

「なのはさん、どうかしましたか? 体調でも悪いんですか?」

「……あ、いえ……これが、最後の任務だと思うと……その、少し寂しくて」

 

 俺の言葉を聞いて、なのはさんは寂しそうな表情で俯いたままで言葉を返してくる。

 確かになのはさんの言う通り、今日が俺と二人が一緒に働く最後の任務……いや、最後の任務だった。

 二人の配属日数自体はまだ数日あるが、学校に通って居るなのはさんの事を考えると……三人一緒に仕事が出来るのは、今日が最後だった。

 任務自体は普段と変わらない、辺境世界の調査だったので既に終わり、後は本局に帰還して報告書を纏めるだけ……名残惜しさは、確かにある。

 

「だな……クオンと一緒に仕事できるのも、今日で終わりかぁ~」

「うん……せっかく、仲良くなれたのに……」

 

 どうやら二人も名残惜しく感じてくれているようで、発してくれる言葉がとても嬉しかった。

 

「別にこれが今生の別れでもないですよ……それに、もしかしたらいずれ又同じ部隊になれるかもしれませんよ?」

「「え?」」

 

 微笑みながら発した俺の言葉を聞き、二人は驚いた様な表情で俺の顔を見上げる。

 確かに俺は辺境の調査隊所属で、普通なら今後武装隊員として活躍していくであろう二人と同じ部隊で働く事はありえなかった……そう、俺がこの部隊に所属しているままだったら……

 

「実は、受理されるかは分かりませんが……少し前に次元航行部隊の本隊に転属希望を出したんですよ」

「そうなんですか!?」

 

 俺の言葉を聞き、なのはさんは可愛らしく目を輝かせて微笑みを浮かべる。

 

「ええ……なのはさんとヴィータさんと仕事をして、俺も貴女達みたいに……自分の力を、誰かの為に役に立てたいって、そう思ったんですよ」

 

 目を輝かすなのはさんに対し、俺は微笑みながら半分は本当の事を告げる。

 実際の所は、俺も二人と別れるのが寂しくて……出来れば又一緒に仕事を出来る機会を、という考えも少なからずあった。

 

「それはいいな……じゃあ、あたしがクオンより階級が上になったら、お前の事副官に希望指名してやるよ」

 

 ニヤニヤとからかう様な口調ながらも、そう告げるヴィータさんの表情は満面の笑顔で、見ているこっちまでついつい笑顔になってしまった。

 

「ずるいよヴィータちゃん!? わ、私も……」

「なんだ? なのはもクオンを副官にしたいのか?」

 

 ヴィータさんの言葉に反応したなのはさんが、慌てた様子で言葉を発し、ヴィータさんは楽しそうにそれに聞き返す。

 

「……どっちも『部下』にする事前提なんですね……」

「え? あ、ち、ちが……」

 

 まぁ実際、俺よりは二人の方がよっぽど昇進スピードは速いだろうし、俺自身二人の部下になるのも良いと思えるので傷ついてはいないが……慌てるなのはさんの反応が可愛らしくて、ついつい落ち込んだ振りをしてしまう。

 

「ご、ごめんなさい! クオンさん……あの、本当に違って……」

 

 目に見えて狼狽していくなのはさんを見て、俺は少し間を置いてから笑顔で言葉を返す。

 

「……なんてね。気にしてないですよ」

「ッ!? ひ、酷いですよ! からかったんですね!!」

 

 俺の落ち込んだ態度が冗談だった時が付いたなのはさんは、顔を真っ赤にして抗議してくる。

 その様子が可愛らしくて、なんだか自然と笑顔になりながら言葉を続ける。

 

「まぁともあれ……いつかまた、三人で一緒に仕事をしましょうね」

「……はい」

「ああ……約束だからな」

 

 俺の発した言葉を聞いて、なのはさんもヴィータさんも微笑みながら頷く……うん。俺も、もっと頑張ろう。ちゃんとこの子達との約束を果たせるように……

 

「さて、それじゃあさっさと帰って報告書かいて……三人でお茶でもするか?」

「そうだね。今日はクオンさんの奢りで!」

「あ、あれ? なのはさん……もしかして、さっきの事怒ってます?」

「怒ってないですよーっだ!」

 

 どうやら機嫌を損ねてしまったみたいで、なのはさんは頬を膨らませてふいっとそっぽを向く。

 俺の今回の悪ふざけの代償は、お茶+デザート+お姫様のご機嫌取り……思ったより高くついてしまいそうだった。

 そんななのはさんの様子に、俺が苦笑を浮かべた瞬間……部隊の進行方向に閃光が走り、爆音と共に雪が舞う。

 

「なっ!?」

 

 驚愕して足を止めるのと同時に、さらに複数本の光……レーザーの様な物が、部隊に向けて飛んでくる。

 敵襲? そんな馬鹿な……レーダーには何の反応も無かったのに……

 

「総員! 戦闘隊形!」

 

 部隊長の怒号が響くと同時に、俺達はデバイスを展開して戦闘の準備をする。

 なのはさんとヴィータさんを伴って空に上がり、レーザーの発射方向に目を向けるとそこにはこちらに向かって迫りくる見た事が無い機械の集団が居た。

 

「なんだあれ……自立機械?」

 

 やたら鋭角的なフォルムに、カマキリを思わせる様な刃状のアーム……目視できるのにレーダーの反応が無いという事は、高度なステルス性を持った機械? しかも無音飛行!? それがこんな辺境世界に、あんなに大量に?

 

「各員迎撃に当れ! 射撃魔導師は前衛の補助! 非戦闘員は後方に待機!」

 

 部隊長の指示を聞き、俺は混乱していた思考を一旦しまい込み、前衛が接近する補助の為に魔力弾を生成して謎の機械に向けて放つ。

 しかし、俺の放った魔力弾は対象に接近すると同時に小さくなり……着弾しても機体を僅かに揺らすにとどまった。

 何だあれ? 障壁? 魔法の威力を……弱めた!? 

 未知の出来事に混乱する俺の耳に、なのはさんの力強い声が聞こえる。

 

「火砲支援、いきます!」

 

 その言葉と共に、とんでもない魔力が込められた桃色の収束砲が放たれ……迫っていた機械の編隊の一部を、文字通り薙ぎ払う。

 

「クオンさん!」

「ッ!? ヴィータさんは前線に! なのはさんは俺と一緒に中距離支援! 敵編隊の両サイドから削っていく!」

「「了解!」」

 

 続けたなのはさんの言葉を聞いて我に帰り、なのはさんとヴィータさんに指示を飛ばす。

 あの機械は未知の物だが……先程の様子を見る限り、攻撃が効かない訳じゃない。この数ならなんとか……

 なのはさんと並び、収束砲を放ちながら戦局を見る。ヴィータさん達前線も順調に撃破してるみたいだし、数も確実に減ってきている。

 

「後方より更に同型の未確認体接近!」

 

 しかしそんな考えを打ち砕くように、悲鳴に近い叫び声が響く。前衛の大半は前方の敵だけで手一杯……なのにさらに、後方の空から大量の機影が迫ってきていた。

 

「クオンさん! 前方の支援はお願いします……後方の編隊は私が!」

「なのはさん!?」

「大丈夫です。あの位の数なら、私一人で何とかなります」

 

 確かに、なのはさんの実力ならあれだけの数でも対応できる。人員が足りない以上、それしか方法はない。

 

「……分かりました。お願いします」

「はい!」

 

 俺の言葉に力強く返事を返し、なのはさんは俺から離れて後方の敵編隊に向かって飛んでいく。

 ともかく今は……一刻も早く前方の敵を片付けて、なのはさんの補助に回らないと……魔力を節約している余裕なんてない。

 そう考え、本来周囲にある魔力素を収束させて利用することで、大量の魔力を消費しなくとも放てる収束砲を一秒でも早く発射する為に、周囲の魔力だけではなく自分の魔力も大量に注ぎ込みながら発射していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘開始から十数分が経過し、前方にいた敵編隊が片手で数える程に減った辺りで、俺は火砲支援を切り上げて後方を向く。

 

「……はぁ……はぁ……なのはさんは?」

 

 大量の魔力を消費したことで俺の体はかなり疲弊していたが、そんな事を気にしている余裕はない。なのはさんはあれだけの数を相手に一人で戦ってるんだ。

 額の汗を拭い、なのはさんが戦っているであろう空域に全速力で向う。

 少しして目に映ったのは、雪の大地に落ちた大量の機械の残骸と続けざまに放たれる桃色の閃光……なんて強さだ。もう殆ど倒してしまってる。

 

「なのはさん!」

「クオンさん……前方は?」

 

 空に浮かんでいるなのはさんに近付きながら呼びかけると、なのはさんはこちらを見て僅かに微笑むが……その額には大量の汗が流れていた。

 あのなのはさんがここまで疲労するなんて……もしかして、かなり無茶な戦い方をしたんじゃ……いや、俺も人の事をとやかく言える様な戦い方はしなかったけど……

 

「残り数機、すぐに片付くと思います。こちらは?」

「こっちも……後数機です」

 

 本当にとんでもない人だ。十数人で戦ってた前方と殆ど同じペースで撃墜してた。

 そのまま俺はなのはさんの近くに陣取り、周囲に残存する機体に攻撃を開始する。

 

「こちらを手伝います」

「ありがとうございます……じゃあ、一気に片付けましょう!」

 

 そのまま向かってくる機体に砲撃を放ち、俺の視界に映る機影を全て破壊し終えた辺りで……こちらに向かって飛んでくるヴィータさんの姿が見えた。

 

「前方は、終わったみたいですね」

「はい! こっちも後二機だけです」

 

 ヴィータさんの姿を確認してなのはさんの方に振り向くと、なのはさんは一機の機体を破壊し、後方から自分に向って迫る最後の一機を迎撃しようとしていた。

 

 ……心配なんてしていなかった。なのはさんの実力は良く知っている。既に迎撃用の術式は完成しているみたいだし、後は振り返って撃つだけ。最後の一機も数秒後には破壊されると……そう思っていた。

 

「っぅ!?」

 

 しかし、後方に振り向こうとしていたなのはさんの表情が歪み……その動きが停止する。

 

 何が起こっているのか分からなかった……分かったのは一つ……迎撃が間に合わない事だけ……

 

「なのはさん!?」

 

 状況を理解しようとするよりも先に体が動いた。しかし俺の力では瞬時に魔法を発動させて機体を迎撃する事など出来ず……出来たのは、迫る鋭利な刃となのはさんの間に自分の体を割り込ませるだけだった。

 景色がまるでスローモーションのように流れ、迫る刃は強固な防御力を誇るバリアジャケットと共に……俺の体を紙の様に貫き、その刃はなのはさんにまで届いた。

 

「くっ!?」

 

 痛みというより焼けるような熱さ……体に熱した鉄板を突き刺された様な感触がしたが、俺は吐血しながら右手に握っていた杖型のデバイスを叩きつける様に謎の機械に突き付け、ゼロ距離でありったけの魔力を込めた魔力弾を放つ。

 

 爆発が起こり、熱風と衝撃で俺の体は風に弄ばれる木の葉の様に吹き飛び、落下し始める。

 

 自分の体がまるで別の物の様な熱さを感じ、意識が薄れる中……俺の視界には、同様に落下する見知った少女の姿が見えた。

 白いバリアジャケットには赤い染みができ、爆発の衝撃で気を失ったのか目は閉じられていた。

 

 今にもブラックアウトしてしまいそうな意識の中、俺は必死に目の前の少女に向って手を伸ばす。

 

 左腕は感触が無く、残った右腕を必死に伸ばし、少女の体を自分の胸に抱き寄せる。

 

 魔力はもう既に残っておらず、浮遊魔法を発動させる事も出来ない。

 

 熱さと痛みで思考はぼやけ、ただ条件反射の様に少女を庇う為に自分の体で抱え込む。

 

 ロクに思考が回らなくとも一つだけ確かな事があった……この子を、死なせたくない。

 

「なのはぁ!! クオン!!」

 

 泣き叫ぶような悲痛な声……それが、俺が最後に聞いた音だった。

 

 少しして体に鈍い衝撃が走り、視界が暗く暗転する。

 

 消えかける意識の中、ぼやける視界に見えたのは……舞い降りる……白い……雪だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上、導入編その1でした。

導入編は基本的に主人公の一人称で、後数話続きます。

本編開始からは、三人称視点で進行していく予定です。

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