帝都から北へ十キロの山中。
その山中に流れる小川で白銀の髪の青年、リヒトは川のせせらぎを聞きながら寝息を立てていた。
しかし、それに近づく大きな影が一つ。
頭部から生えた湾曲した二対の角。そして左右にある目と、人間で言う額の部分には三つ目の目が備わった四肢を持つ生物。
二級危険種のジャックレオだ。
ジャックレオはそのまま喉をかすかに「グルル……」と鳴らしながらリヒトにゆっくりと近づいてくる。
だがリヒトはまだ目を覚まさず、穏やかな寝息を立てたままだ。
そして、ジャックレオはとうとうリヒトのすぐ近くまでやって来て、口をガバッと開いた。鋭い牙がリヒトに向かって突き立てられようとしたが、次の瞬間ジャックレオは一度大きく震えた。
かと思いきやジャックレオは口から大量の血を吐き出しながら横向きに倒れる。
「ったく……人が気持ちよく寝てるってぇのに水差すんじゃねぇよ」
言いながらムクリと起き上がったリヒトの傍らには、竜の顎を模したオブジェが取り付けられた鎖の帝具、ヨルムンガンドが彼の腕に少しだけ巻きつき、竜の部分が首をもたげるように浮いていた。
また、その部分には血がべっとりとこびり付いている。
「倒しちまったけど、どうすっかな。ジャックレオも食えるとは思うけど……んー、アカメやレオーネあたりなら食うか」
ジャックレオの屍骸をちょんちょんと突っついた後、片腕でそれをひょいっと持ち上げる。それなりに重量があるが日々、鍛えている身からすればそれほどでもない。
「やっぱ外で寝るもんじゃねーなぁ……レオーネが帰ってくる前にもう一眠りしとくか」
屍骸を運びながら呟き、アジトへ戻っていく。
しばらく歩いているとねずみ返しのようになった崖の下に大きな建造物が見えてきた。リヒトが所属する暗殺組織、ナイトレイドのアジトだ。
初めてやって来たのは二年前だったから今見ると多少汚れがついているようにも見える。
まぁそんなことは大して気にすることもないからどっちでも構いはしないのだが。
「リヒト」
ふと名前を呼ばれた。
そちらを見ると長い黒髪をストレートにした赤き瞳の美少女、アカメが物欲しげな視線をこちらに送っていた。
「ようアカメ、食うか?」
ジャックレオの屍骸を顎で差すと、アカメはコクコクと頷いた。
「んじゃ、ここで適当に捌くか……。アカメ、なんか敷くもの持ってきてくれ」
「わかった」
彼女はアジトへ向かったが、そんな彼女と入れ替わるように眼鏡を頭に乗せた女性が現れた。
「リヒト、私の眼鏡知りませんか? 顔を洗ったらなくなっていたんです」
「眼鏡なら頭の上に乗ってるぞシェーレ」
教えてやると、シェーレと呼ばれた女性はハッとした様子で頭に手をかけ、眼鏡をかけなおした。
彼女はリヒト達ナイトレイドが活動を開始してから数ヵ月後に革命軍の密偵がスカウトした女性だ。また、鋏型の帝具『万物両断・エクスタス』の所有者でもある。
「ありがとうございます、リヒト」
「礼を言われるほどじゃねぇよ」
「それはそうと……これってジャックレオですよね? 狩りにでも行って来たんですか?」
「いんや、外で昼寝してたら襲われかけたからヨルムンガンド使って殺しちまった」
肩を竦めつつ腰の鞘から片手剣を出す。それと同時にアカメがアジトから大きな布を持ってきた。
布を受け取りそれを広げた後、ジャックレオを布の上に乗せてから少年時代に父親から教わった解体術でテキパキと解体を開始する。
「なぁアカメ。ジャックレオってどの変がうまかったっけか?」
「基本的に肉は全般的に美味い」
「……あぁうん、わかった」
アカメが食いしん坊キャラということを加味していなかった質問にヤレヤレと思いつつ、ジャックレオを解体し終える。
「さてっと……とりあえずこれで夕飯が一品増えたわけだが」
「リヒトが外に出ると必ず危険種を狩って来るからおかずが増える。だからもっと外で昼寝をしてくればいいと思う」
「そんなキラキラした視線をオレに送るな。好きで狩ってる訳じゃねぇ、ただ異様に絡まれることが多いんだよ」
「危険種に絡まれるってそれはそれで稀有な才能だと思いますけど」
若干興奮気味のアカメとクスクスと笑っているシェーレに肩を竦めつつ、布にくるんだジャックレオの肉をアジトの厨房に運び入れ、冷蔵室に保管する。
「あら? 三人そろってなにやってるの?」
声がした方を見ると、桃色の髪をツインテールに纏め上げている、これまた美少女が立っていた。
「ジャックレオの解体が終わったからそれを冷蔵室に入れに来たんだ。で? お前の方こそどうしたマイン」
「私はちょっと小腹がすいたからおやつを探しにきたの」
「太っても知らんぞ?」
言った瞬間脛を蹴られた。それもかなり速く力のこもったものだった。
「イッテェッ!! 別にそこまで怒らんでもいいだろうに……」
「フン! レディに対して体重のことと年齢を聞くのは野暮ってもんでしょーが! そこんとこちゃんと考えなさいよね」
プンプンと怒りながらマインは近場の戸棚を探し始めた。
彼女はリヒト達がナイトレイドとして行動を起した半年後に、革命軍から推薦された少女だ。所持する帝具はナジェンダが将軍時代に使っていた『浪漫砲台・パンプキン』である。
歳は十七、八くらいだっただろうか。
「でもまた危険種を狩って来たわけ? リヒトってホント危険種をよく狩って来るわよねぇ」
「さっきこの二人に言ったことだがオレだって好きで狩ってる訳じゃねぇ。あっちからよって来るんだっつの」
「危険種から見たらアンタが美味しそうなんじゃないの?」
「あー……かもしれませんねぇ」
「だがそのおかげで食事が多くなるのはいいことだと思う」
マインの意見にシェーレとアカメが答えたものの、当のリヒトはというと微妙な表情を浮かべていた。
「お前等さ……オレに対しての心配は?」
「「「ない」」(ですねぇ)」
三人が見事なハモリを見せた。それに対して大きく溜息をつきながら「まぁわかってたけどサ」なんて呟いていると、今度は緑髪の少年、ラバックがやってきた。
「みんなここにいたか。レオ姐さんが帰ってきたから、いつもんとこ集合してくれない?」
ラバックの言葉を聞いた瞬間、その場にいた全員の空気が少しだけ鋭くなる。
「ウラが取れたか?」
「ああ、そうみたいだ。詳しい事はレオ姐さんから聞こうぜ」
彼に言われ、四人はいつも作戦が立てられる部屋へと向かった。
作戦会議室まで行くと、リーゼント頭のハンサム、ブラートと彼の向かい側に金髪でチューブトップから見事な胸の谷間が見えている女性、レオーネの姿があった。
レオーネもシェーレと同じように革命軍がスカウトした人物で、彼女もまた帝具を所持している。だがその手に入れ方がなんとも面白く、闇市で安く買ったベルトが帝具だったというのだ。
名称は『百獣王化・ライオネル』。所有者を獣化させ、身体能力と五感を上げることのできる帝具だ。
「お、来たな。んじゃサクッと会議始めるか」
ブラートが皆に気が付き、皆いつも自分が立つ位置に落ち着く。
それを確認したレオーネが口を開いた。
「前々から話に上がってた富裕層の一家だけど、ウラが取れた。間違いないな、血の匂いやら人が腐る匂いやらでいっぱいだ。しかも民衆にはばれないようになってやがる」
「確か地方出身者を親切を装って引き込んで、結局その地方出身者が出てこなかったんだっけか?」
「ああ。それで人の血の匂いがするとなれば……もう考えられる事は一つしかないだろ。それに目撃証言も十分だ、密偵からの連絡もあるしな」
リヒトの問いにレオーネが肩を竦めつつ答えると、アカメが凛とした声で告げた。
「標的がクロだとわかった以上、私たちがやる事は一つ……標的を葬るだけだ」
「だな。そんでどうする? ボスがいないから指示はお前に任せるぜ、ボス代行」
ブラートが言うと、アカメは頷き皆に告げてきた。
「夜襲を仕掛けるのは明日にしよう。今日はレオーネが帝都まで行ってきてくれたわけだからな」
「私は別にそこまで疲れてないけどなー」
「だろうな、それよりも随分と帝都で楽しんできたみたいにも見える」
レオーネの言葉にすぐさまリヒトが告げた。しかし、レオーネはというと一回ビクリと肩を震わせた。
「隠すなよレオーネ。酒の匂いが強いってことから大分飲んできたな?」
「な、なんのことやら?」
「おいおい。隠すなって言ってんだろ? それと、その腰からぶら下がってる袋はなんだ? ちょっとジャンプしてみろ」
リヒトはとてもイイ笑顔を浮かべながら問うものの、レオーネはソロリソロリと後ずさる。そして一瞬だけ近場の扉を見てからすぐさまそちらに身体を反転させる。
「三十六計逃げるに如かず!」
「逃がすか! ヨルムンガンド!!」
レオーネがドアノブに手をかけた瞬間、彼女の身体にヨルムンガンドが巻きついた。巻かれたレオーネは態勢を崩して倒れそうになるが、リヒトはヨルムンガンドを引いて彼女を引き寄せる。
「こんなことで帝具使うなよー!」
「何事にも全力がオレの性分でな」
「うわー、二年前から組んでる俺でも聞いたことないわー」
ラバックが何か言っていたがそれを無視してレオーネに問う。
「そんで? その腰からぶら下がってる袋には何が入っている? さっき引いたとき明らかにジャラって言ったから金だとは思うけど……地方出身者からくすねたってかんじか?」
どうやらその問いは図星だったようで頬をヒクつかせた。同時に額には若干汗が滲んでいるのが見て取れた。
「ったく……オレたちは正義の味方じゃないが、すこしはそういうの自嘲しろよ」
「いやーだってさー。アレじゃん? これを私に渡した少年もきっといい社会勉強になったって――」
瞬間、彼女の脳天に拳骨が叩き込まれた。
「いたぁッ!? 殴ることないじゃんかー!」
「あぁん? なぁにナメたこと言ってやがりますかこの女は。いいか、明日の仕事が終わったら絶対に返して来いよ」
「ちょ、ちょいまち! 返して来いって言ったって帝都とかかなりの広さが……」
「ライオネルをつかって嗅覚強化すれば簡単だろ。その袋には少年の匂いがついてるはずだし」
「私は犬か!?」
「まぁ今回はお前が悪いからな」
ヨルムンガンドを解きながら言うと、レオーネは「あうー」と落ち込みながらその場に仰向けに倒れこんだ。
だが、すぐさま近場にいたアカメの近くに行くと、彼女の足にヒシッとしがみ付いた。
「アカメー! リヒトが私のこといじめるー!」
「だめだぞリヒト、レオーネをいじめては」
「いじめてないっつの」
頭をガリガリと掻きながらため息をつくと、リヒトは踵を返して会議室を出て行こうとする。
「どっか行くのか?」
「メシの下ごしらえすんだよ。アカメ、行くぞー」
ブラートに答えながらアカメを呼ぶと、彼女は若干嬉しそうに笑みをうかべてから彼についていった。
二人が会議室から出て行き、マインが呟いた。
「それにしても、あの二人って仲いいわよね」
「まぁ二年前から組んでるからな。それに二人での任務も多かったし、まぁリヒトがヨルムンガンドで拘束してから、アカメが村正で斬るっていう手法も多かったからな」
「それ以上にアカメの場合リヒトのメシが好きだからってのもありそうだけどな」
ブラートの意見にレオーネが笑みを浮かべると、皆思うところがあるのか彼女と同じように笑った。
「今日は何を作るんだ、リヒト?」
「シチューでも作ろうと思ってる。あとは、ジャックレオの肉を使って肉焼きとサラダでいいんじゃね?」
「うん、おいしそうだ」
アカメは早速ヨダレを垂らしていたが、いつものことなのでリヒトはスルー。
因みに、リヒトとアカメがナイトレイドの炊事係となっている。
ふと隣を歩くアカメが親指をグッと立てて告げてきた。
「リヒトの料理は美味いから私は好きだぞ」
「そりゃどーも。でもオレの作るもんなんて基本的に誰でも作れるヤツだろ」
「そこがいい。庶民的なのがいいんだ」
「そーいうもんかね」
アカメの考えに肩を竦めつつも、リヒトは彼女と共に厨房へ向かった。
明くる日……。
太陽が西に沈み、既に夜が世界を包んでいた。だが、天高く上がる月は不気味なほど赤く染まっている。
「赤い月とか珍しいな」
「光りの加減でそう見えるってことは聞いたことあるけどな」
呟きに答えたのはインクルシオを展開したブラートだ。彼の後ろにはアカメや他のメンバーも集まっている。
また、それぞれの手には自身が手にする帝具があった。
「では標的の確認だ。今日の標的は帝都の富裕層の貴族一家と彼等を警護する警備兵全てだ」
村雨を腰に差し、黒いコートを羽織ったアカメが皆に言うと、皆それぞれ頷いた。
「屋敷に侵入するのはシェーレとレオーネだ。外の標的は私たちが葬る。ラバック、足場の構成を頼む」
「りょーかい」
「では、皆準備はいいか?」
彼女の問いにリヒトを含め全員が頷く。
それを確認したアカメは静かに頷いた後踵を返した。
「行くぞ」
今回はえらく飛んで一気に原作開始まで行きました。
まぁだらだらと過去編をやってもしょうがないですし、原作キャラが絡んできたほうが面白いですしね。
次回はタツミが出ますね。
今回もちょっとだけ影が出てますが……レオーネに金を奪われた少年A的な感じでw
では、感想などあればよろしくお願いします。