白銀の復讐者   作:炎狼

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第五話

 危険種討伐部隊に配属されてから早半年。

 

 リヒトは樹海を駆けていた。

 

「ったく、なんだってこんなとこまで来て討伐なんか!」

 

「文句を言うなリヒト。このジフノラ樹海は危険種が特に多い。帝都近郊にも毎年何匹か流れてくるから定期的にこうやって数を減らさなくてはならないんだ」

 

 傍らで注意するのは同じ危険種討伐部隊の副隊長である、リューインだ。彼の手には長槍が握られている。

 

「ハハハ! でもなんやかんやいってリヒトはちゃんと任務を達成するよねー」

 

 笑いながらリヒト達の上にある木の枝から枝へ飛び移っているのは、紅色の髪を右側でサイドアップにしたレンだ。

 

 彼女はかなり身軽な格好で、恐らく危険種から一撃でももらおうものなら、確実に死に至る格好だ。

 

 すると、跳んでいた彼女が二人に向かって「止まって!」と言いつけた。

 

「前方約百メートルにジフノラトッグの群れ発見! 数凡そ五十! 進行方向には街道あり」

 

「なんだ、三級かよ」

 

「三級だろうとなんだろうと街道にでられたら迷惑だ。狩るぞ! リヒト、レン!」

 

「へいへい」

 

「りょうかーい」

 

 リューインの指示に従い、二人はジフノラトッグの群れを駆逐しに向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザクッ! という音と共にジフノラトッグの頭に剣を突き刺して、リヒトはその亡骸の上に腰を下ろす。

 

「やっぱ三級だと手ごたえねぇのな」

 

「まぁ一級とか特級とかと比べるとね。でも、そんな三級であっても一般市民には脅威だから、駆逐できる時に駆逐しておかないと」

 

「そうだな。さて、今日はもう夕暮れだ。この近くで野営しよう」

 

 リューインの指示にリヒトとは頷き、レンは顔をヒクつかせた。

 

「マジで? こんな樹海の中で野営すんの!?」

 

「今から樹海を抜けようとしたら夜になってしまう。夜は危険種の動きが活発になるし、何より周囲が暗いために戦闘には不向きだ」

 

「だな、オレも副隊長の意見に賛成だ。夜はあんまり動かない方がいい。お前だってわかってんだろレン」

 

「うー、それはそうだけどさぁ、お風呂は入れないし。何より男二人が私に欲情しないとも――」

 

「「それはない」」

 

 レンの意見をばっさりと切り捨てると、彼女を尻目にジフノラトッグを解体して食料の調達を開始した。すると、むくれていたレンも溜息をつきつつ食料調達を始めた。

 

 

 

 

 三十分後、三人分の食料を調達し終えた三人は野営が張れる開けた場所へ到着した。

 

「これだけ広ければなんか来ても気がつくだろ」

 

「ああ、しかし一応索敵用のトラップも仕掛けておくか。リヒト、レンお前達はテントを張っておいてくれ」

 

 二人はそれに頷き、リュックからテントを取り出す。

 

「張るテントは二つだな、交代制で見張りをする」

 

「えー、二人でやってよー」

 

「アホか。明日もあるんだぞ? お前だけのうのうと眠らせてやるわけねぇだろっての」

 

 ブーブーと文句をたれるレンを一蹴して手馴れた様子でテントを張り始める。背後ではレンもなんやかんやいいながらテントを張り始めた。自分の寝床を作るのだから当たり前といえば当たり前なのだが。

 

 レンよりも先にテントを張り終えると、そのまま焚き火の準備に取り掛かる。適当な大きさの石を運び、円形に並べてから薪を拾いに行こうとしたが、そこでリューインが戻ってきた。

 

「トラップははり終わった。あと、薪も拾ってきたぞ」

 

「あぁ、あんがと。レン、火を起すから適当な紙ねぇか?」

 

「ちょっと待ってて羊皮紙があった気がする」

 

 彼女は言いつつ、リュックをまさぐる。少しだけ探っているとすぐに「あった」という声が聞こえてきた。

 

「ほい、これでいい?」

 

「ああ」

 

 羊皮紙を受け取ると、持って来たマッチで火をつけ、それを乾燥した薪にくべた。すぐに薪に日が乗り移り、一気に焚き火が出来上がった。

 

 その周囲に先ほどとったジフノラトッグの肉を串に刺して、焚き火の周囲に並べていく。

 

「前々から思ってたけど、リヒトってこういうの手馴れてるけどなんで?」

 

「親父から教わったんだ。子供の頃から危険種とか狩ってたから、その日中に帰れないなんてこともざらだったからな」

 

「なるほどねぇ、でも最初の任務でも一級危険種の土竜相手に一人で勝ててたもんね。危険種を狩ってたって言うのも納得かも」

 

「土竜なんてただの雑魚だろ。動きは単調だし、観察眼さえ養えば誰だってできる。っと、焼けたぞ」

 

 肉の刺さった串をレンに手渡して、焚き火を挟んだ合い向かい側に居るリューインにも肉を渡した。

 

 その後、三人で適当に夕食を済ませた後、それぞれ武装の手入れをしてから交代で仮眠を取ることとなった。

 

 

 

 リューインとレンがテントで眠り始め、リヒトが見張りの番になったとき、彼は目の前で揺らめく炎を見やりながら呟いた。

 

「ルークのヤツ元気でやってかな、あとは……セリューも」

 

 ふと見上げた空には流れ星が一つ、キラリと輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝都の下町にある自身の家で、ルークは働かせてもらっている政務官の書類を纏めていた。

 

「さてっと、とりあえずこれで一通り纏めたかな?」

 

 ため息をつきつつ書類を封筒に納めようとした。けれど、空だと思っていた封筒の中から一枚の羊皮紙が零れ落ちた。

 

「なんだろこれ」

 

 落ちた羊皮紙を拾い上げてそれを見ると、ルークの顔が強張った。

 

「これは……」

 

 羊皮紙にはこう書かれていた。

 

『地方出身の女五人納品完了。代金はいつもの場所で』

 

 と。

 

 思わずルークは生唾を飲み込んだ。同時に、口元を押さえて息を詰まらせる。

 

「……まさか、人身売買? でも……そんな、あのターヘイン先生が?」

 

 ルークが師事してもらっている政務官、ターヘインは汚職などない良識派として通っているはずだった。しかし、この封筒はその本人から手渡されているのだ、となればこの紙に書かれている事は事実だとしか言いようがない。

 

「いや、でも確かに思い返してみればおかしな行動もあったにはあった……まさか、その時に……すぐにリヒトに――!」

 

 部屋から出てすぐにリヒトの元へ行って相談しようと思ったが、彼は足を止めた。

 

「いいや、リヒトも軍でがんばっているんだ。それにもしここで僕が迷惑をかけたりなんかしたら、リヒトの軍での立場が危うくなるかもしれない」

 

 口元に手を当てながら考えたルークは小さく頷いたあと、拳を握り締めながらひとりごちた。

 

「これは僕が見きわめないと」

 

 紙を握り締めて言うルークだが、彼はまだこのときは気が付いていなかった。

 

 これが自分の運命を決める分かれ道だと言うことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さらに半年後、リヒトが危険種討伐隊に配属されてから一年がたった。

 

 すでに部隊の全員とも打ち解け、それぞれが毎日を平穏無事に過ごしていた。

 

 ちょうど今の時間はパトロールが終わって全員でくつろいでいる時間帯だ。けれどその中に隊長であるユルゲンスの姿が見えない。

 

「隊長はどうしたんだ?」

 

「なんか宮殿に呼び出されたっぽいよー。さっき出てった」

 

「宮殿に? 何かあったのか?」

 

「隊長は普段大雑把にも見えるが基本的に仕事が出来る人だからな。大臣達のように邪なことはしていないし」

 

 リューインが言うとそれに皆「確かに」と声をそろえて言うと、互いに笑い合う。

 

 配属されて気が付いたことだが、ここの部隊は全体的に良識派の連中が揃っている。皆今の帝国が正常とは思っていないし、大臣達をよしともしていない。

 

「だが最近は警備隊の中にも非道なものが増えたな」

 

 口を開いたのは禿頭の大男、ゴウだ。それに対し、レンの双子の姉であるリンが険しい顔をしたまま頷いた。

 

「あれでしょ? 確か鬼のオーガってやつ。昔はそれほどでもなかったけど最近になってかなり過激なことをやってるって噂だよね」

 

「ああ、賄賂をもらう事は勿論、無実の者にあらぬ罪を着せて処刑するなどしているらしい。しかも自身は安全なところにいるという徹底振りだ。市民を守るはずの警備隊が聞いて呆れるよまったく」

 

 お茶を飲みながらため息をついたのは、部隊の中でのムードメーカーポジションのトーマだ。

 

 ふと、彼は思い出したようにリヒトに問うてきた。

 

「そういや、リヒトの友達も警備隊にいるんだろ? 大丈夫なのか?」

 

「その辺はわからねぇ。最後に会ったのは十ヶ月くらい前だったからな。まぁ何とかなるだろ」

 

「少しは心配してやれよ」

 

「ああ、わかってるけどさ。……それよりもオレが気になってんのは幼馴染の方なんだ」

 

「それって政務官の付き人をしてるって言う?」

 

 レンの質問に頷くと、リヒトは指を組みながら真剣な表情になる。

 

「休暇の時に会って来たんだけど……なんつーか妙に気負ってる感じがしたって言うかさ」

 

「なんか聞いたりしてないの?」

 

「聞いたさ。でも、『なんでもないよ』って言われちまって煙に巻かれちまう感じで、なんも教えてくれなかった」

 

「多分リヒトに心配をかけたくないんだろう。何かあったら向こうから声をかけてくるんじゃないか?」

 

 リューインの言葉に頷いておくが、リヒトは未だに腑に落ちないことが多いのか険しい表情をしていた。

 

 その後も皆それぞれ話をしていたが、やがてユルゲンスが帝都から戻り、皆の前で帝国からの伝令を告げた。

 

「やれやれ、こんな老い耄れを未だにこき使うとは帝国もやめてほしい限りだよ。とりあえず、今日聞いてきた話を皆に伝えておくぞ。

 まず最初に将軍の中で何人かが、革命軍に移ったらしい。見つけた場合は即時殺せとのことだ」

 

「この情勢じゃ反乱軍に入りたくなるのもわかりますがね」

 

「そういうのはこの中だけにしておけよ。バレでもしたら即時処刑だぞ」

 

 ゴウに注意をしつつ、ユルゲンスは続ける。

 

「あとは危険種についてだな。ここではないが南に特級危険種のエビルバードが目撃されたらしい。しかも群れでな。まぁ帝都の上空は常に危険種が警備をしているから問題はないとのことだが、こちらも見つけ次第殺せと言う命令だ。何か質問はあるか?」

 

 ユルゲンスの問いに対し、皆はそれに対し無言で答える。

 

「何もないみたいだな。ではちょうど夕方のパトロールの時間だ。それぞれ武装して向かうように、エビルバードも確認されている銃火器も忘れるなよ」

 

 皆は返事をしながら敬礼をするとそれぞれ準備に取り掛かる。リヒトもまた同じように準備を始めたが、ユルゲンスに呼び止められた。

 

「リヒト、お前に渡すものがある。ルークというお前の幼馴染の少年から預かった。今日中に読んでおいて欲しいとのことだ」

 

「ルークから?」

 

 手渡されたものは手紙だ。

 

 怪訝に思いつつも、手紙を懐にしまった後、リヒトは皆と共にパトロールへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。夕食を終えて風呂に入る前、リヒトはユルゲンスから受け取ったルークの手紙を広げていた。

 

 手紙にはこう書かれていた。

 

『ルーク、忙しいところに突然手紙を出してごめん。でも、どうしても君に伝えたいことがあるんだ。明日のお昼に僕の家に来てほしい。突然で本当にすまないけれど、よろしく頼む』

 

 随分と短いものだったが、彼が何かに悩んでいると言うのは理解が出来た。

 

「よし、隊長に言ってちょっとばかし休みをもらうか」

 

 ルークとの約束を遂げるためにリヒトはユルゲンスの元に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の昼前、リヒトはユルゲンスに休みをもらって帝都へと向かった。本当は二、三時間休みがもらえればよかったのだが、ユルゲンスは「親御さんに顔見せて来い」と、休みを翌日の昼まで許してくれた。

 

「あの人、この国の状態でよく部隊長やってるよなぁ」

 

 などとぼやきながらリヒトは馬を駆ってルークの家を目指す――。

 

 

 そして約束の時間の十分前にリヒトはルークの家に到着した。

 

「ルーク! リヒトだ! 開けてくれー」

 

 扉をノックしながら言ってみるものの、しばらくしても返事はない。「おかしいな」などとぼやいていると、後ろから声をかけられた。

 

「リヒト!」

 

 そちらを振り向くと、母のセシルが心配げな面持ちでこちらを見ていた。

 

「母さん、どうしたんだそんなに血相変えて。なんかあったのか?」

 

「来なさい!」

 

「え? うぉっ!? ちょ、母さん!」

 

 間髪いれずにセシルは腕をつかんできてリヒトはそのまま家まで連行された。

 

 半ば乱暴に家に入れられたリヒトはセシルに問うた。

 

「いきなりなんだよ、母さん。オレはルークと約束があって帰ってきたんだぞ」

 

「……」

 

 けれどセシルは答えなかった。すると、玄関の扉が開いてクレイルが入ってきた。

 

「リヒト……」

 

 名をよんでくるもののいつもの彼の人のよさげな笑みは見られない。

 

「父さん。なんだよそんな落ち込んだ顔して……あ、市場で売れるものがなかったのか?」

 

 若干お茶らけたふうに言ってみるが、クレイルは何も答えなかった。そして、彼はそのままリヒトの肩に両手を置いて、真剣な様子で告げた。

 

「いいかリヒト……よく聞け、絶対に取り乱すんじゃないぞ」

 

「なんだよ、そんなにやばい話でもあるのか?」

 

 苦笑しつつ聞いてみるものの、次の言葉を聞いた瞬間、リヒトの顔は絶望に染まこととなった。

 

「……ルークと、彼の母親が……国家反逆罪として処刑された」

 

「……………は?」

 

 沈黙が流れた。

 

 しかし、リヒトはすぐに被りを振ってクレイルの手を払う。

 

「やめろよ父さん。流石にそれは笑えない冗談だぜ。なんでルークとルークのおふくろさんが処刑なんか……しかも反逆罪なんて」

 

 そこまで言ったところで椅子に座っていたセシルがすすり泣く声が聞こえた。また、クレイルも目頭を押さえながら涙を流しているのが見える。

 

 それを目撃したリヒトは弾かれるように外に飛び出した。

 

「待て! リヒト!」

 

 後ろからクレイルの呼び止める声が聞こえてきたが、そんなことは無視してリヒトはがむしゃらに帝都を走る。

 

 十分ほど走っていると、大広場で人だかりを見つけた。そしてそんな彼等の視線の先には十字架のようなものまである。

 

 ――嘘だ。

 

 思いながら震える足で一歩を踏み出す。

 

 ――そんなことあるわけがない。

 

 まるで理性が「行くな!」と警鐘を鳴らしているかのように、足が思うように動かない。

 

 ――アイツが処刑されるなんて。

 

 段々と足が動くようになり、堰を切ったように走り出す。

 

 ――絶対にあるわけがない。

 

 最後まで父の言葉を認めてはいなかった。いいや、認めたくなかった。子供の頃から兄弟のように育ったかけがえのない親友が殺されるなんてあるわけがないと。

 

 しかし、十字架の前で顔を上げた瞬間、そんな思いはバラバラに打ち砕かれることとなる。

 

 綺麗に切り揃えられた金髪の髪は固まった血で淀み、片腕と片足は欠損している。腹には何発も殴られた痕があり、紫色にはれ上がっている箇所も見えた。

 

 その隣に立てられた十字架にも、彼とどこか雰囲気が似ている女性が磔にされている。

 

 見間違いようがなかった。

 

 磔にされているのは幼馴染であり、親友、兄弟ともいえるほど仲の良かったルーク。そして、いつも二人で遊んでいる時に優しく、時には厳しく声をかけてくれた彼の母親だった。

 

「……うそ……だ」

 

 かすれた声が出た。しかし、その声に答える者はいない。話しかければ答えてくれた親友は目の前で磔にされているのだから。




大分話をはしょって書きましたが、とりあえずはこんな感じで。
リヒトがすごした時間は別の話でちょいちょいやっていきましょうかね。

ルークが殺されてしまいました。
そして、いよいよ次の話から作品にあるように復讐劇が始まります。

では感想などありましたらよろしくお願いします。

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