白銀の復讐者   作:炎狼

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第三十八話

「待てい!!!!」

 

 睨み合うウェイブとシュラを諌める厳粛な声が宮殿の廊下に響く。

 

 その場にいた全員が反射的に声の主を探すと、彼らの視線の先に黒い鎧を纏った巌のような表情を浮べた男、ブドーが歩み寄ってくるところだった。

 

 ガチャリと鎧を鳴らしながら歩み寄ってくるブドーの威圧感にボルスの妻子は数歩後ずさるほどだった。

 

「妙な殺気を感じて来てみれば、貴様ら私の警護する宮殿で暴れるつもりか?」

 

 ギロリと両者を睨みつける鋭い視線。

 

「仮にそうであるとすれば、私は貴様らを許さん。帝具を使おうものなら私自らが貴様らを処刑してやろう。私のアドラメレクでな」

 

 反論することすら許可しないという風な圧倒的な凄み。

 

 ウェイブはまだ彼と直接であったことはなかったが、彼が纏っている雰囲気だけで大将軍であることはすぐに理解できた。

 

 故に昂ぶった感情が一度静まり、逆らうべきではないと本能的に理解する。

 

 ただ一人、シュラだけを除いては。

 

 彼はブドーを忌々しげに見据えた後、何かを思いついたのかわざとらしく提案する。

 

「いやいや大将軍、残念ながら男として引けないとこまで来てんだわ今。だからまぁ、解決案としてよ。宮殿に危害を加えない素手勝負ならどうだい? どっちが勝っても今後の遺恨は一切なしだ」

 

「……!」

 

 ウェイブはシュラの持ち掛けた提案に警戒を強めた。

 

 どうやらなにがなんでもウェイブと決着を着けたいらしい。

 

「お前はどうだ?」

 

 ブドーもシュラが持ち掛けてきた提案を承諾したのか、ウェイブに視線が向く。

 

 だが、ウェイブにとってその問いは無駄なものだった。

 

 ウェイブは一度、後ろで事態のいきさつを窺っているボルスの妻子に視線を向ける。

 

 同時に脳裏では昼間出会ったリヒトの声が反復される。

 

『ああいう手合いは一度獲物と決めたヤツを決して諦めねぇ』

 

 彼の言うとおりだ。

 

 シュラはここで退いたとしても彼女らを諦めはしないだろう。

 

 どこまでも追っていってその毒牙にかけ、嬲り、貪り、汚し尽くすはずだ。

 

 そんなことはさせない。

 

 だからここで決着をつけてやる。

 

 遺恨を残すことなくシュラを狩れるとわかった時点で、ウェイブの決意は固まっていた。

 

「……ああ、素手でいいぜ」

 

 抜きかけたグランシャリオを剣帯に納めながらウェイブはシュラを睨みつけた。

 

「ならば私が立会いをしてやろう。中庭までついてこい」

 

 ブドーは踵を返して中庭へ向けて歩きだしたが、ウェイブは自分が返答した時シュラの表情が愉悦に歪んだのを確かに見た。

 

 ……遺恨なしなら俺がここで死んだとしても、隊長だって何も言えねぇってことか。

 

 シュラがこれまで直接的に邪魔なイェーガーズに手を出してこなかったのは、エスデスという抑止力があったからだ。

 

 だが、エスデスと対等と言われるブドー大将軍が立会い、両者共に遺恨は残さないという承諾した以上、エスデスが後から手を出すことはできない。

 

 性格の悪いシュラが考えつきそうな手だ。

 

 とはいえウェイブとしも都合がいい。

 

 シュラがよからぬことを考えていようがいまいが、もはや関係ないのだ。

 

 今まで罪のない人々を虐げてきた報いを受けさせる絶好の機会、無駄にしてなるものか。

 

「ウェイブ、あいつ――」

 

 先を行くブドーとシュラについて行こうとした時、クロメがウェイブの袖を引っ張った。

 

「――わかってる。あいつは相当の使い手だ。だけど、安心してくれ。今度こそ俺の強いとこ見せてやっから。クロメはボルスさんの奥さんと娘さんを見ててやってくれ」

 

「わかった……でもそこまで言うんだから絶対に勝ってよね」

 

「おう。二人も安心してください。アイツは必ず俺が倒して見せますから」

 

 にこやかに笑ったウェイブは前を行くシュラの背中を見据えた。

 

 

 

 中庭まで到着すると、ウェイブ、シュラの二人は互いにある程度の感覚をあけて向かい合う。

 

 どちらも帝具は手放しており、暗器の類も持ち合わせていない。

 

「よし、始めるがいい」

 

 近くの腰掛に腰掛ながらブドーが告げると、体を慣らしていたシュラが指で誘う。

 

「そら、俺のことがムカついてんだろ? さっさとかかって来いよ、腰抜けくん」

 

「……その前に聞きてぇんだけどよ」

 

「あん?」

 

「テメェ、なんでそんなに臭ぇんだよ。廊下で会った時からマジで鼻が曲がりそうだぜ」

 

「……!!」

 

 ウェイブの声にシュラの表情が一気に怒りのそれへ変化した。

 

 眉間やら額やらに血管を浮だたせているその様子からして相当な屈辱を味わっていたらしい。

 

「そういや墓地でボルスさんの妻子を狙ったお前らが負けたって聞いたな。相手は、外套を被った男だったっけな」

 

「テメェ……どこでそれを!!」

 

「さぁな。けど、正直それを聞いたときはスッとしたぜ。どこの誰だかは知らねぇけどな」

 

 実際は嘘だ。

 

 シュラ達を追い払ったのがリヒトであることは知っている。

 

 だが、シュラの性格上少しあおってやれば確実にボロが出る。

 

 そこが狙い目でもあるのだ。

 

「ハッ! 腰抜けが随分でかい口きくじゃねぇか。上等だ……こっちから叩きのめしてやらぁ!!!!」

 

 ダン、と地面を蹴ったシュラが肉薄してくる。

 

 低い姿勢から放たれたのは唸りながら迫るアッパーカット。

 

 普通ならばここで回避するなり、防御するなりが当然だろう。

 

 しかし、ウェイブはそれをしなかった。

 

 動けなかったのではない。

 

 あえて動かなかったのだ。

 

 次の瞬間、快音と共にウェイブの顔面に拳が叩き込まれる。

 

「馬鹿が!! 余裕ぶっこいてる状況か――!」

 

 嘲笑を浮かべたシュラが腕を引こうとしたがウェイブはそれは許さない。

 

「――勘違いしてんじゃねぇよ。これはさっきテメェに一発ぶち込んだ分だ」

 

 ギン、とウェイブの双眸に強い光が灯る。

 

 瞬間的にシュラは危険だと判断したのか、腕を払おうとしたがもはや遅い。

 

 顔面に繰り出された拳を掴み取った状態で思い切り彼を引っ張る。

 

「今受けてみてわかったぜ。テメェの拳は――」

 

 シュラは引っ張られながらもウェイブに貫手を放ったが、それは虚しく空をえぐっただけだった。

 

「く……!?」

 

 防御も回避も間に合うことはない。

 

 故に叩き込む。

 

 人を嘲るその顔面に全力の拳を。

 

「――軽ぃんだよ」

 

 鼻っ柱にめり込んだウェイブの拳によって、ほぼ空中に浮いていた上体のシュラは大きく後ろへ吹き飛んだ。

 

 ……まだだ。

 

 グン、と態勢を低くしてウェイブは追撃するために殴り飛ばしたシュラを追う。

 

 

 

 

 

「ほう、あの若造。あそこまで強いとはな」

 

 二人の決闘を見やっていたブドーはウェイブの動きに感心を現していた。

 

 すると、彼の口振りに少しだけカチンと来たのかクロメが軽く咳払いをする。

 

「……ウェイブが勝ちます」

 

「……随分と若造を信頼しているようだが、そう簡単にはいかんだろうな。見てみろ」

 

 ブドーに言われ、クロメは追撃を喰らったあとに立ち上がったシュラを見やる。

 

 同時に彼女は眉をひそめる。

 

 シュラの雰囲気が変わったのだ。

 

 先程までは嘲るような笑みや、苛立ちを浮かべていたシュラの口元から一切の感情が排斥された。

 

 瞳はウェイブを見据えている。

 

「シュラの小僧から慢心が消えた。先程までのようにうまくは勝負を運ぶことはできんだろう」

 

「だとしても、ウェイブは負けません。あんなやつには絶対に……」

 

「なるほど。よい信頼関係だ……しかし、なぜシュラはあそこまで異臭を放っている?」

 

 意外なことにブドーは顔をしかめながらシュラの体から放たれる悪臭について問うた。

 

「細かいことは知りませんけど、墓地で彼女達を襲おうとしたら割って入ってきたヤツに邪魔されたみたいです。あの臭いは多分その時に使われたっていう煙幕の影響だと……」

 

「ふむ、臭いの感じからして動物の排泄物に、腐った血液……あとは香辛料か……催涙煙幕の類だな」

 

「どうしてそこまでわかるんですか?」

 

「なに、似たようなものを使っていた男がいてな。まぁ、シュラの小僧が出会ったのはその男ではないだろうが」

 

 ブドーはどこか懐かしそうに夜空を見やったが、ふと骨の軋むような音が中庭に響き渡った。

 

 見ると、シュラの足がウェイブの背中に直撃していた。

 

「伊達に世界を旅してきたわけではないようだな。各国の武術の長所だけを取り入れ、独自の格闘術へ昇華させている」

 

 感心したように頷いたブドーの視線の先では、背中を直撃した蹴りによって態勢を崩したウェイブの胸に掌底を放ったシュラの姿があった。

 

 その衝撃は凄まじく、ウェイブの背後を衝撃波が抜けていったのが目視できるほどだった。

 

 喀血したウェイブはそのまま膝をつき地面に倒れ付した。

 

「あの若さで強さは完成へ向かっていると言っていい」

 

 ブドーの眼には勝負がついたように見えたのか、視線は倒れたウェイブへと注がれている。

 

 しかし、それを否定するようにクロメが笑ってみせた。

 

「それならウェイブの方が上です」

 

「何?」

 

 自信ありげなクロメに視線を向けたとき、ブドーの視界の端ではゆらりとウェイブが立ち上がるのが見えた。

 

 同時にブドーはゆっくりとウェイブに歩み寄っていくシュラに再び慢心が出たのを見逃さなかった。

 

 先程まで張り詰めていた緊張の糸のようなものは完全になくなってしまっている。

 

 ……愚かな。

 

 嘆息したブドーには既にこの勝負の決着が見えた。

 

 立ち上がったウェイブに対し、シュラは乱雑な拳を見舞ったが、それは直前で回避されあたることはない。

 

「シュラが完成に向かっているのなら、ウェイブは既に完成された強さだって、隊長からも太鼓判を押してもらってますから」

 

 誇らしげに言うクロメに対し、ブドーは「だろうな」と言うようにうなずいて決闘の終わりを見届ける。

 

 撃ち出された拳を回避されたシュラの鳩尾に容赦のない拳が叩き込まれる。

 

「ぐ、が……!?」

 

 苦しげにうめいたが、まだウェイブは止まらない。

 

 既にシュラの動きを完全に把握したのか、回避行動をとったシュラに容赦なく連打を叩き込んでいく。

 

「ふ、ふざけんなよ! 俺がこんなカスにっ!!!!」

 

 敗北が近いことを悟ったのか、否定の絶叫を上げるもののそれすらも隙になる。

 

「オオオオオォオォオォォッ!!!!」

 

 絶叫はウェイブの雄叫びによってかき消され、その顎先に全力の拳が叩き込まれた。

 

 捻りを加え、抉り穿つように放たれた拳の直撃を受けたシュラはそのまま中庭を転がり、二度と起き上がることはなかった。

 

「テメェみたいなヤツには、絶対に負けねぇよ」

 

 鼻血を拭ったウェイブは気絶したシュラを見やっている。

 

「……勝負ありだな。お前の勝ちだ、ウェイブ」

 

「……」

 

 ブドーが勝利を宣言したが、ウェイブは伸びているシュラをしばらく睨みつけていた。

 

 表情にはまだ納得がいかないと言いたげだった。

 

 しかし、大きく深呼吸したあと、彼は上着を拾ってクロメと合流する。

 

「……ほう。殺しに行くかと思ったが、存外冷静なものだな」

 

「本当ははらわた煮えくり返ってますよ。そんなヤツ今すぐにでもい殺したいくらいだ」

 

 腕は微かに震えており、瞳に浮かぶ光には冷たい殺意がはっきりとあった。

 

「だけどここでコイツを殺せば、仲間に迷惑がかかる。隊長にだって……」

 

「賢明だな。まだやろうとしていたなら、私がお前を殴り飛ばしていたところだ。手当てをして休むがいい。シュラはこちらでなんとかしよう。……いい腕だった。その力、反乱軍討伐に役立てることだな」

 

 ブドーが指を鳴らすと、どこからともなく現れた近衛兵が現れ、シュラを搬送していった。

 

「あぁそれと、そこにいる民間人はどういうことだ?」

 

「……この人達は俺達の仲間だったボルスの妻子です。街中で気絶していたのを発見したのでここまで運んできました。夜も遅いので今夜はイェーガーズに割り当てられた部屋へ泊ってもらおうと思っています」

 

「なるほど……」

 

 ブドーは妻子を一瞥する。

 

 ビクリと体を震わせた妻子だが、ブドーはすぐに踵を返した。

 

「本来ならば民間人を宮殿内に宿泊させることなど許可はしないが、帝国軍に従事した者の縁者ならば特例としてよしとしよう。下手に動き回らないのであれば、好きにするがいい」

 

 そのまま彼は中庭を後にする。

 

 シュラのことはあとで部下がオネストに報告に行くだろう。

 

 負けたことに激昂はするだろうが、自分から提案した以上、もう表立ってウェイブたちに手を出すことはしないはずだ。

 

「それにしても……」

 

 宮殿の廊下を歩くブドーは夜空に浮かんでいる月を見上げた。

 

「催涙煙幕……まさかな……」

 

 脳裏をよぎった一人の男を思い浮かべるが、すぐにそれを振り払う。

 

 けれどその口元には普段の彼は決して見せないどこか柔らかい笑みがあった。

 

 

 

 

 

 ウェイブとシュラの決着がついた頃、リヒトはアジトへと戻ってきていた。

 

 最初はどこへ行っていたのかと詰め寄られると思っていたのだが、そんなことはなく、今は出迎えたチェルシーと共に会議室へ向かっているところだ。

 

「会議室に集まるってことは本部からの指令か?」

 

「うん。帝国が新設した組織、秘密警察ワイルドハント。その暴虐を止めてくれって」

 

「……そりゃそうだろうな」

 

「なんか事情知ってそうだね」

 

「ちっとばっか噂を小耳に挟んだだけだよ。帝都には今ヤベーのがいるってな」

 

 帝都に行ったことはあえて濁しておいた。

 

 任務前に余計な心配をさせないためだ。

 

 すると、先を歩いていたチェルシーが急に立ち止まり、ボフッとリヒトの胸板へ顔を埋めた。

 

 その行動は理解することは出来なかったが、なんとなく彼女が求めていることはわかったので頭に手を乗せる。

 

「どした?」

 

「……彼女としてさ、ある程度リヒトのことは理解してるつもりだよ。出来るだけリヒトがやりたいようにやらせてあげるつもり。けど、心配してないってわけじゃないからね」

 

「ああ、わーってる」

 

「だから、一人で勝手に何かしたり何処かに行ったりっていうのはやめて。そこでリヒトが死んだりしたら、私絶対に立ち直れないから」

 

「……あいよ」

 

 どうやら見抜かれていたらしい。

 

 女の勘は鋭いとは父親が言っていたことだが、こうして直に体験してみるとよくわかる。

 

 しばし顔を埋めていたチェルシーであるが、一度強く抱き着いてきた後、満足げに離れていく。

 

「よし! リヒト成分充填完了! これで明日のお昼まで持つよ!」

 

「次の補充はいつだ?」

 

「んー、とりあえずリヒトが私から離れたらその都度?」

 

「充填スパン短すぎだろ。ラバックが見たら胃に穴が開くぞ」

 

「もう開いてるわこのバカップルがーッ!!!!」

 

 目の前の暗闇から血涙を流したラバックが跳び蹴りの姿勢のままかっとんで来た。

 

 それを余裕で回避すると、ラバックはすぐさま反転して詰め寄ってきた。

 

「なに、なんなのお前ら!? チェルシーちゃん遅いなーって思ったらなに廊下でイチャついてんの!? お盛んなの!? ここは既に二人の愛の巣ですってか!! すっげぇなおい!!」

 

「おー、すっかり回復したじゃねぇかよかったよかった」

 

「よかねぇよ! 怪我から回復してもアジトにはアベックが二組も!! いろんな意味で俺はもう満身創痍デス!!!!」

 

「いいじゃねぇか毎日がきっと刺激的だぜ!」

 

 グッとサムズアップしてみるものの、ラバックはフガフガと鼻息荒くしている。

 

 どうやら相当ストレスが溜まっているようだ。

 

「二人ともー、遊んでないで行くよー」

 

「おう。行くぞ、ラバック」

 

「ハァン!? もとはといえばお前がどっか出かけてて遅いからって、髪引っ張るな! 禿げる禿げる!!」

 

 そのままラバックをズルズルと引き摺りながらリヒトは会議室へ向かう。

 

 

 

 会議室にやってくるとナジェンダを除いた全員が揃っていた。

 

 マインが「遅いわよ!」と言いたげだったが、悶着を起していては話が前に進まないためか視線だけにとどめている。

 

「全員揃ったな。では、ついさっき届いた革命軍からの指令を伝える」

 

 ナジェンダ不在のため、指示は全てアカメが出す。

 

 騒いでいたラバックもこの時だけは声を潜めて耳を傾けている。

 

「標的は帝都にて悪逆非道の限りを作る新組織、秘密警察ワイルドハント。首魁は大臣の息子であるシュラ。オネスト大臣という巨大な後ろ盾があるおかげで市民達はその横暴に逆らえずにいる。それゆえ、民達からも私たちに依頼が来ている」

 

「確か過去最大件数の暗殺依頼だっけ? 凶暴性がはっきり出てんね」

 

「ああ。革命軍からの指令としては、このワイルドハントの撃滅。及び、可能であれば奴らが所持している帝具の奪取だ。異論ある者は?」

 

 アカメの問いに皆無言だった。

 

 ただ瞳には冷たい光が灯っており、それだけで合意という意図は理解できる。

 

「……では、すぐにでも帝都へ向かうぞ。向こうもこちらを狙っているはず。基本は暗殺だが、会敵した場合は即座に戦闘に入る。それとリヒト、予定より帰還が遅かった理由はなんだ?」

 

「ありゃ、このまま聞かれないかと思ったぜ」

 

「ナジェンダからは大まかなことは聞いていた。知人の墓参りに行ったらすぐに戻ってくるというはずではなかったか?」

 

「ああ。まぁそうなんだけどよ。墓参りの途中でそのワイルドハントに会っちまってな。少しばかり闘った」

 

「そういうのはさっさと言いなさいよアンタ!」

 

「それに関しちゃわるかった。とりあえず話を進めると、闘ったのは三人だ。リーダーのシュラ、あとおかっぱ頭のエンシンって細身の男、そしてピエロの格好をしたロリコンデブ……名前は確かチャンプって言ったっけか」

 

「エンシンにチャンプ……どちらもワイルドハントのメンバーに入っているな。主な行為は強姦、殺人、児童に対する性的暴行等、上げていけばキリがないな」

 

「女子供を見境なしに狙うなんて……イカれてるぜ」

 

 タツミは理解に苦しむといった様子で表情を硬くした。

 

 それに関してはリヒトも同意見であり、ワイルドハントには不快感しか感じなかった。

 

「連中を見てるとイェーガーズがかなりまともに見えるからな。エスデスは除いてだが」

 

「行動理念がおかしいのだろう。己の欲望を満たすためだけに行動する。まるで野獣のそれだ」

 

「野獣のほうがまだかわいげがあるけどな。ちなみにエンシンってヤツの帝具は曲刀で真空刃を出す。チャンプってヤツのほうは属性の球みたいなのを投げると、それに対応した効果が現れるみたいだった」

 

「属性の球……快投乱麻ダイリーガーだな。知識としては知っているが、相対したことはない帝具だ」

 

 どうやらチャンプの帝具はスサノオの知識の中に入っていたらしい。

 

「属性はなにがあるんだ?」

 

「焔、雷、氷、嵐、腐食、爆発だな。リヒトの言った様に投げるとその球に対応した効果が現れる。直撃は避けたい帝具だ」

 

「エンシンという男の帝具もこの本に似たものがありました。月光麗舞シャムシール、リヒトの言うとおり真空刃を飛ばす能力のようですね」

 

 帝具の名前や能力の情報が記された古文書を開いたシェーレが言うと、マインがそれを覗き込む。

 

「月齢で威力が変化するみたいね。って、今日満月じゃない?」

 

「最高出力ってわけだな。ビビッたのか? マイン」

 

「んなわけないでしょ。寧ろ好都合よ。威力がでかい分、私がピンチになってパンプキンの威力だって上がるんだから!」

 

「だけど無理はするなよ、マイン。お前が傷つくのはその……見たくないから、さ」

 

「わ、わかってるわよ!」

 

 タツミがやや心配げに言うと、マインは頬を赤らめた。

 

 なんとも初々しくてほほえましい光景である。

 

 ただ一人、ラバックだけは完全に瞳孔が開いたカサカサの眼をしていたが。

 

 一見すると戦闘前に気が抜けているような雰囲気だが、下手に緊張しているよりは遥かにいい。

 

 だが、これだけリラックスしていられるのはボリック暗殺の際に誰一人として欠けることがなかったのも起因しているのだろう。

 

「さて、仲良くするのは結構だが、そろそろ出撃だ。ただ、シェーレは義手がまだ本調子でないことも含めてここで待機だ。それとスサノオ、チェルシーも残ってくれるか?」

 

「了解した」

 

「私も?」

 

「ああ。アジトの場所がばれていないとはいえ、完全に手薄にしてしまうのは避けたい。スタイリッシュの件もあるからな」

 

 アカメの判断は正しいと言えるだろう。

 

 戦力的に見ればスサノオは連れて行くべきかもしれないが、シェーレはまだ本調子ではないし、チェルシーも白兵戦向きではない。

 

 そんな時に襲撃でもあればいささか面倒だ。

 

「それでいいか? チェルシー」

 

「んー、そだね。ワイルドハントの感じからして私の帝具向きじゃなさそうだし、今回はここでみんなの帰りを待ってるよ」

 

「アジトは任せてください。皆は標的の抹殺を」

 

「うまい夕食を作って待っている。いって来い」

 

「ああ。では、出撃だ」

 

 アカメの号令に三人を除いたメンバーが駆け出し、そのまま外へ飛び出した。

 

 夜の森を駆けながら帝都を目指すリヒト達。

 

 その中心でアカメは今一度皆に告げる。

 

「皆わかっているな。標的は非道の限りをつくすワイルドハント一味。これ以上虐げられる民が増えないよう、私たちの手で必ず葬るぞ!」

 

「おう!」

 

 ナイトレイドは満月が浮かぶ夜を駆けて行く。

 

 民を虐げ、暴虐の限りを尽くす警察とは名ばかりの悪辣集団、ワイルドハントを始末するために。

 

 

 

 

 

 ランは宮殿を出てワイルドハントの詰所へと向かっていた。

 

 その双眸には明確な殺意とかすかな怒気が見える。

 

「どこへ行くの、ラン」

 

 不意に駆けられた声に振り返ると、八房を携えたクロメがたっていた。

 

 周囲にはそれなりに警戒をしいていたはずだが、気配を遮断したクロメに気付くことはできなかった。

 

「さすがですね、クロメさん。この距離に近づかれるまでわからなかった」

 

「茶化すのはやめてよ。ねぇ、もしかして今から行こうとしてるのって、ワイルドハントの詰所?」

 

「……」

 

 ランは彼女の問いには答えなかった。

 

 けれどクロメにはその沈黙がなにを意味するのかわかったようで、真剣な眼差しで彼を見やる。

 

「さっき宮殿で私たちにしてくれた話。アレには続きがあるんでしょ」

 

 話というのは彼の過去の話だ。

 

 同時に、なぜ彼がイェーガーズに所属したのか、そして何を行おうとしているのかも話した。

 

「ワイルドハントの中にいるんじゃない? ランが勉強を教えてた子供達を殺した犯人が。だからランは表立たないようにワイルドハントに喧嘩を売ろうとしている」

 

「……そこまで推察されているとは、やはりさすがですね。クロメさん」

 

「顔に出てたよ。暗殺部隊をやってるとそういうの磨かれるんだ。ウェイブは気付いてなかったと思うけど」

 

「いいんですよ。ウェイブはもう十分やってくれました。それに私のようなやり方は彼には似合いませんから」

 

「知ってる。まぁだから声をかけなかったんだけどね」

 

 クスっと笑ったクロメの表情からしてウェイブはイェーガーズの詰所にある自室で眠っていることだろう。

 

 今からやろうとしていることを彼に話せばきっと協力してくれるだろうが、それは彼には似合わない。

 

「私が協力するよ。あいつ等のやってることはこの国のためにならない。それに今日だって任務でもないのにボルスさんの奥さんと娘さんを狙った。それは絶対に許したくない」

 

 ランは彼女の瞳を見て本気であることを確信する。

 

 同時に、心強い味方が出来たと薄く笑みを浮かべた。

 

「……ありがとうございます、クロメさん。では、珍しい組み合わせとなりますが、よろしくお願いします」

 

「うん!」

 

 ランはクロメと共に再び歩き出す。

 

 ただ胸の奥底にはクロメを巻き込んでしまった自責の念があった。

 

 しかし、それでもやり遂げるのだ。

 

 あの日あの男に無惨に殺害された教え子達の魂を弔うために。

 

 

 

 

 

 ナイトレイド、イェーガーズ、そしてワイルドハント。

 

 満月が浮かぶ夜。

 

 三つ巴の戦いが始まろうとしていた。




……はい、申し訳ありません。

前回更新からはや三ヶ月経ってしまいました。

二月更新を予定していたのですが、体調崩したり職場でいろいろあったりした結果こんなことに……。

時折、感想やメッセージなどをかいていただき、待ってくださっている方のためにかかねば! と思い、今回更新いたしました。
次回もなるべく早い更新を心がけます……()

今回の内容ですが、前半はウェイブ対シュラですね。
ちょっとシュラが臭かったりしましたが、基本は原作どおりウェイブが勝利しました。
そのあとは少し代えてみましたがね。
ボルスさんの奥さんと娘さんが殺されていないため少し落ち着いていた感じでしょうか。

後半は原作になかったナイトレイド側の描写でしたね。
バカップルってこんな感じでしょうか(わからん)

ランの話は次回の冒頭を使いたいと思います。
原作沿いしすぎるとなぞってるだけなのでやりたくないのですが、こればかりはどうにも……。
イェーガーズ側にもオリキャラがいればよかったんですがね。

では、次回もよろしくお願いします。

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