白銀の復讐者   作:炎狼

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第三十四話

 帝都で新たな脅威が動こうとしていた時、ナイトレイド一行は帝都から南に離れること二百五十キロメートルの地点でキャンプを張っていた。

 

 本当ならばすぐにでもアジトへ帰還したいところだったが、帰還時にイェーガーズが待ち受けている可能性を加味し、大きく迂回するルートを選んだのだ。

 

 全員無事に任務を達成することは出来たがダメージがないわけではないので利口な判断といえるだろう。

 

「傷の具合はどうだ、アカメ」

 

 スサノオの奥の手、禍玉顕現の副作用から回復していないナジェンダが問うと、半裸状態のアカメが軽く肩を回す。

 

「良くはなっているが、全治にはあと数週間はかかりそうだな」

 

「私はもう殆ど回復してるぞ!」

 

「信じられない」

 

 アカメは元気に答えたレオーネに若干いぶかしむような視線を送るが、それも無理はないだろう。

 

 それなりに重傷者は出た今回の戦いだが、傷の度合いで言えばレオーネが一番酷かった。

 

 しかし、実際に彼女の体にはもう傷が殆どない。

 

 恐らくはライオネルの自然治癒能力の活性化の影響だろう。

 

「だが、こうして皆生き延びられたのはお前が来てくれたおかげだよ。シェーレ」

 

 体を起すことが困難なナジェンダは頭を焚火の向かい側、アカメの隣にいるシェーレに告げる。

 

「いえ、私一人の力じゃありませんよ。ですが、本当に間に合ってよかったです」

 

「ホント、ナイスタイミングだったよなー! 正直あそこでシェーレが間に合わなかったらゾッとするし」

 

「ああ。無理をして出てきてくれたことには感謝しかない」

 

 アカメとレオーネに言われ、シェーレは眼鏡を整えつつ少しだけ赤くなる。

 

 が、やはりナジェンダの視線は彼女の片腕に向けられる。

 

 数ヶ月前、ヘカトンケイルによって喰いちぎられた彼女の腕は、今は義手となっている。

 

 ナジェンダのものよりは少しだけ華奢な外見だが、シェーレもまた完全復帰というわけではないのだ。

 

 今はある程度動けるようになった状態にすぎない。

 

 革命軍の連絡部隊に聞いた話では、無理をすることはできないとのこと。

 

 ……本当に感謝する。

 

 レオーネとじゃれているシェーレを見つつ、ナジェンダは内心で呟くが、その瞬間テントの入り口が開かれた。

 

「ちなみにナジェンダさん! 俺なら後一ヶ月くらいでいけま――」

 

「――いいから大人しく寝ていろ。それと女子テントに入ってくるな!」

 

 入ってこようとしたのはラバックだったが、彼はテント内を見る前にレオーネによって目を潰され、そのまま自分のテントへと放り込まれる。

 

 ナジェンダは大きく溜息をつきながら仰向けになる。

 

 ……ボリック暗殺での殉職者はなし。エスデスと精鋭揃いのイェーガーズを相手にこの戦果ならば大成功と言えるだろう。だが、アカメとラバックは骨を折られ、完全回復にはまだかかる。シェーレも万全な状態とは言えないし、私も禍玉顕現の副作用が出ている。

 

 ナジェンダは義手を掲げてグッと握りこむ。

 

 スサノオの奥の手、禍玉顕現は強力だがその分、ナジェンダの命を吸い上げてしまう。

 

 死ぬことはなかったが、その副作用はそれなりに深刻だ。

 

 ……だがまぁ、スサノオも生き残り私も生きることが出来た。革命の日まではこの命、もたせることができるかもしれないな。

 

 実際のところ、今回の任務でナジェンダは自身とスサノオが死ぬと思っていた。

 

 が、こうして命を拾うことができた。

 

 心配事はあるが、少しだけ希望が見えてきた。

 

「……生きてやるさ」

 

「大丈夫だ」

 

 殆ど聞こえないように漏らした呟きにアカメが反応し、ナジェンダは視線を向ける。

 

「ナジェンダからは天性のしぶとさを感じる。まだ生きるぞ」

 

「……ハハハ、そうか。そういえば食料調達の前にスサノオもそんなことを言っていたな。お前にも言われるとは、心強いよ」

 

「とりあえずはエネルギーを補給して、動けるようにならないといけないぞ」

 

「けどまだ調達班戻って来ないなぁ。なんかあったかな遅いけど……」

 

「まぁ、あちらにはリヒトがいますから……」

 

 シェーレが苦笑交じりに言うと、三人はそれぞれ顔を見合わせて「あー……」と頷いた。

 

 

 

 

 

 その頃、リヒト達の姿はテントからやや離れた場所にあった。

 

 周囲を森に囲まれた中でリヒトは雪を掻き分けながら、山菜や薬草、香草の類を採集している。

 

 近くにはチェルシーとスサノオの姿も見受けられるが、タツミとマインの姿は見られない。

 

「どっちかーてーと。肉の調達は俺が適任じゃねぇかな」

 

「まぁ確かにリヒトの特技は危険種寄せだもんね」

 

「特技じゃねぇわ。体質だっつの」

 

「そんな体質もないと思うが。これに関しては仕方ない。ジャンケンで決まったわけだからな」

 

 篭に山菜を入れていくスサノオに言われ、リヒトは少しだけ溜息をつく。

 

 動ける五人ということでリヒト達は食料調達に出たのだが、手分けをした方が早いということでジャンケンで分かれることになったのだ。

 

 結果、タツミとマインが肉の調達で、リヒト、チェルシー、スサノオが山菜集めということになった。

 

「だけど二人は大丈夫かなー」

 

「その辺は大丈夫だろ。迷うほどの山でもねぇし、この辺の危険種はせいぜいが三級だしな」

 

「ああ、あの二人なら問題はないはずだ」

 

「そういうんじゃなくてさー! 私は二人の関係のこと言ってんの!」

 

「関係?」

 

 リヒトは集めた山菜をスサノオに預けながらチェルシーを見やる。

 

 彼女はどこか興奮した様子で拳を握り締める。

 

「二人とも気付いてなかったの? タツミを見つめるマインの眼! どう見てもあれは恋する乙女の目だったでしょうが!」

 

「そうだったのか?」

 

「いや俺に聞かれてもな。チェルシーと付き合ってっけど、その前の段階まではさすがに……」

 

「私の彼氏なのになんて情けない! いーい? せっかく二人っきりになれる絶好のタイミングをマインが逃すわけないわ。私の勘だとキャンプに戻ったら確実に付き合ってるわよあの二人!」

 

 フンス、と鼻息荒いチェルシー。

 

 どうやら女子というのは他人の色恋沙汰にも目ざといらしい。

 

「ふぅん。じゃあラバックの胃が心配だなー。これ以上カップルが増えると、ストレスがやばいんじゃねぇか?」

 

「そうだな。あれ以上のストレスは胃に穴が開く可能性がある。整腸作用のある薬草を集めておこう」

 

「問題そっち!?」

 

「別にあいつ等が付き合うことになったらなったでいいじゃねぇか。守るもんが出来た人間ってのはと強くなるからな。俺みたいに」

 

 リヒトはチェルシーに思わせぶりな笑みを向ける。

 

 途端、チェルシーの顔は一気に赤くなり「やだもー! なに恥ずかしいこといってんのよー!」と腰をくねらせる。

 

 愛する者が出来ると本当に人は強くなれる。

 

 チェルシーの言ったようにタツミとマインが付き合うことになるのなら、それはそれで戦力増強にも繋がるだろう。

 

 ……まぁその分、二人をしっかり守ってやらねぇとな。

 

 若い二人の命を革命の日まで繋げることを考えながら、リヒトは山菜取りへ戻るものの、不意に茂みを掻き分けた時、思わず「おぉ!」と声を漏らす。

 

「どしたの?」

 

「いや、珍しいもん見っけてよ。スサノオ! ちょっと来てくれ!」

 

 瞳を輝かせたリヒトに呼ばれ、スサノオがやってくると彼も「これは……!」と驚いた表情をしていた。

 

 三人の視線の先にあったのは、木の根の付近に隠れるようにして生えている、鎌のような形をした真っ赤な実だった。

 

「これは珍しいな。冬山に自生しているとは聞いていたが、俺もこの状態で見るのは初めてだ」

 

「俺もだ。しかも一つだけじゃねぇ。結構あるみたいだぜ」

 

「二人だけで興奮してないで教えてってば! この実がなんなの?」

 

 興奮している二人に置いてけぼりをくらったチェルシーがリヒトの腕を抱くように問うと、彼は「あぁ、わるい」と短く謝りながら告げる。

 

「コイツはな、デッドエンド・リーパーっていう超辛い唐辛子だ。普段俺達が使ってる唐辛子なんて比じゃないほどのな。扱いには細心の注意が必要で、手袋は最低でも二枚重ね、ゴーグルマスクは絶対必須。植物の危険種なんて呼ばれてもいる」

 

「……それ食べ物なの?」

 

「当然だ。辛い料理にはなるが、うまさもしっかりとある。暖を取るには最適な食材だ。今日はこれを少し使った鍋にしよう」

 

「いいねぇ。それじゃさっそく取りますか」

 

 リヒトは手袋を重ねると唐辛子の実をナイフで切り取り、手早く袋にしまっていく。

 

「そこから注意すんの!?」

 

「当たり前だ。あと口閉じとけよ風向き的に多分そっちに行くから」

 

「え、何が……って辛ぁ!!?? なにこれ!? 空気が辛いんだけど!!」

 

 チェルシーは咳き込みながらリヒト風向きとは別方向に立つ。

 

「切り取った瞬間に少量ではあるが、辛味成分が放出されるんだ。一度取ってしまえば問題はないがな」

 

「スーさんは平気そうだね……」

 

「俺は帝具人間だからな。最初から俺がやるべきだったかもしれん。リヒト、俺が変わろう」

 

「あー、じゃあ頼むわ」

 

 スサノオにナイフを渡したリヒトはチェルシーと共に風上へと避難する。

 

「とりあえず俺等はもうちょい薬草とか探してみるわ」

 

「了解した。全て取り終えたらそちらに向かう」

 

 返事をしつつもスサノオは辛さなど意に介さず唐辛子を採取していく。

 

「こりゃ夕飯が楽しみだな」

 

「……明日絶対お尻痛くなる……」

 

 楽しげなリヒトとは裏腹にチェルシーはどこか呆れ混じりといった様子だ。

 

 すると、前を歩いていたリヒトが急に立ち止まり、チェルシーは「むぎゅ」とくぐもった声を漏らす。

 

「急に止まんないで……ってどしたの?」

 

「いや、あそこにいるのってタツミとマインじゃね?」

 

 リヒトが指差すほうを見ると、森の中にある開けた場所に危険種らしき獲物を担いだタツミと、彼に何か言っているマインの姿があった。

 

 喧嘩をしているようにも見えるが、そこまで険悪な雰囲気でもない。

 

 が、気になった二人はその場に屈んで双眼鏡で二人の様子を観察する。

 

「こういうのってなんか異国の言葉であったよな。デバガメ?」

 

「なんか意味違う気がする。それよりも、マインどう出るかなー」

 

「楽しそうだな」

 

「もち!!」

 

 双眼鏡を覗くチェルシーは鼻息が荒い。

 

 女子というよりはチェルシー自身がこういったコイバナ系が好きなのかもしれない。

 

 子供のようにはしゃぐチェルシーに苦笑しながらも、リヒトが双眼鏡に視線を戻すと、視線の先で動きがおきた。

 

 マインがタツミの胸倉を掴んで一気に引き寄せたのだ。

 

 そのまま二人の姿は重なり、唇が触れ合った。

 

「うわっ! やった!! マインったらだいたーん!! キャー!」

 

 チェルシーは興奮のあまり双眼鏡を手放してリヒトに抱きつくとそのままぎゅううっと彼を抱きしめる。

 

「ち、チェルシーさん……! 絞まってる! いろんなところが絞まってる……!!」

 

 肉弾戦特化でないとは言えチェルシーも暗殺者。

 

 それなりの力はあるため全力に近い状態で抱きしめられると結構苦しい。

 

 一応その間もリヒトは二人の様子を観察していたが、なにやら軽くじゃれた後、二人は手を繋いだ。

 

 二人の姿に素直に笑顔を向けたいリヒトだったが、チェルシーの締めが尋常ではなくなってきた。

 

「手なんてつないじゃって! あー、もう初々しい!! ああいうのもいいなぁ……。リヒト! 今度私達もああいうのやろう!!」

 

「わかった、わかったから落ち着け! 意識が遠のいてきた……!!」

 

 いつの間にかチェルシーの腕はリヒトの首に回っており、リヒトは青い顔になってきていた。

 

「あ、ごめん」

 

「いや、いい……。じゃあ、あっちも肉取ったみたいだし、スサノオと合流して集合地点に戻るか――っ!?」

 

 屈んだ状態から立ち上がろうとするものの、今度はリヒトが胸倉をつかまれて強引に唇を重ねられた。

 

 急な行動に驚きつつも、リヒトは慌てることなくチェルシーの肩に手を置いて彼女を離す。

 

 顔を覗き込んでみると、チェルシーは僅かに頬を染めて「えへへー……」と小悪魔っぽく笑っている。

 

「急にどうしたよ」

 

「んー、二人のを見てたら触発されちゃって。嫌だった?」

 

「まさか。こんな美少女とキスできてうれしい限りだ。もう一回しとくか?」

 

 微笑ながら両手を軽く広げたリヒトに、チェルシーは一瞬驚くものの、すぐに彼の胸に飛び込むと、二人は再びキスをするのだった。

 

 

 

「……む!? なんか近くでカップルがイチャついてる気配がする……!!」

 

 テントで休むラバックは何かを感じ取っていた。

 

 

 

「も、戻ったらボスに伝えるつもりだったんだけど、先にアンタ達に言っとくわね! アタシ達、付き合うことになったから!」

 

 合流するとほぼ同時に、開口一番マインがリヒト達三人に告げた。

 

 タツミは恥ずかしげにしているものの、二人の手は固く結ばれている。

 

 しかし、一部始終を見ていたリヒト達が驚くはずはなく。

 

「うん、知ってる」

 

「そうよね。さすがにアンタ達でも驚くわよね、アタシとタツミが付き合うなんて――え、知ってる?」

 

「うん」

 

 チェルシーは凄まじくイイ笑顔を浮かべている。

 

 少しだけ馬鹿にしているようにみ見えるが、それはまぁご愛嬌だろう。

 

「し、知ってるってどういうことよ!?」

 

「まさか、見られてた……?」

 

 二人はそれぞれ顔を真っ赤にしてリヒトとチェルシーを見やる。

 

 リヒトは特にこれといって表情にも行動にも出さなかったが、チェルシーは相変わらず笑顔を浮かべ何度も頷いていた。

 

「いやー、いいもの見せてもらったよー。特にマイン! タツミを引き寄せて無理やりキスするなんてやるねー。もう少し奥手かなーなんて思ったけど、大胆すぎるよー」

 

 顔を真っ赤に染めて俯くマインをあおるようにチェルシーは彼女を肘で小突く。

 

 が、リヒトはマインの指がパンプキンのトリガーにかかったところを見逃さず、スサノオの背後に隠れる。

 

「見せ付けてくれるよねー。隅におけないぞーコノコノ!」

 

 いまだあおり続けるチェルシーであるが、ついにマインが我慢の限界を迎えたようで、弾けた。

 

「うがああああああ!!!! うっさいのよ、チェルシー!! やっぱアンタは黙らせないとダメだわ!!」

 

「きゃー、マインがキレたー! こわーい!」

 

「待ちなさい、こんの盗み見女あああ!!!!」

 

 完全に棒読みの悲鳴を上げながらチェルシーはマインから逃げていく。

 

 マインはというと彼女のあとを追いながらパンプキンを乱射しているが、興奮状態のためかまるで当たる気配がない。

 

 彼女二人が追いかけっこをしている様子を彼氏二人は見守りながら溜息をつく。

 

「まっ。お前もこれで彼女持ちだ。大変だぞ、いろいろと。なぁ、スサノオ」

 

「俺は真っ当な人間ではないから色恋沙汰は良く分からんが、まぁお似合いの二人だとは思っている」

 

「ありがと、スーさん。けど俺もこれで簡単には死ねないな」

 

「ちなみに言っとくと、ラバックあたりがすげぇ嫉妬してくるから気をつけとけよ」

 

「それはリヒトとチェルシー見てたら分かるよ」

 

「それもそうか――うぉ!?」

 

 二人は肩を竦めて笑うものの、突然飛来した光線にリヒトは体を仰け反らせる。

 

 少しだけ髪を掠めたようでチリチリしてしまった。

 

 すぐさま体を起して視線を戻すと、パンプキンを構えたマインが鬼の形相でこちらを睨んでいた。

 

 すでにチェルシーの姿は無い。恐らくガイアファンデーションで上手く逃げたのだろう。

 

「あ、危ねぇなマイン!! いきなり何しやがる!!??」

 

「うっさい! アンタあの女の彼氏ならもう少し手綱握っときなさいよ!!」

 

「俺が悪いのかよ!?」

 

「そうよ! あいつの行動を止められなかったアンタも同罪!! 大人しく私に撃ち抜かれなさい!!」

 

 言うと、マインは再びパンプキンを連射する。

 

 しかし今度は正確にリヒトの体を射抜こうとしている軌道だ。

 

 どうやら一度上った血が下がって落ち着いた分、狙撃に正確さが出ているようだ。

 

「どわああああ!? 待て待て待て!! せっかく生き残ったってのに仲間を殺すつもりか!」

 

「ふん! 二、三発当たったところでアンタなら死なないでしょ!!」

 

「ぎゃああああ!! 今、顔掠ったぞ!? おい、タツミ、スサノオ! さっさと止めてくれ!!」

 

「お、おう!」

 

「了解した」

 

 タツミとスサノオが動き、結果としてマインは取り押さえられたものの、完全に終わるまでにはそれなりの時間を要した。

 

 ちなみに、そんなことをしていたためテントに戻ったらアカメが空腹で倒れていたのは言うまでも無い。

 

 また、途中で取ったデッドエンド・リーパーを使った鍋はスサノオの完璧な調理で辛すぎない程度に抑えられた鍋に仕上がっていた。

 

 タツミとマインが付き合うことになり、しかも全員無事のナイトレイド一行に流れる時間は平和そのものであった。

 

 

 

 

 

 だが、帝都ではエスデスの留守をいいことに、シュラ率いる新組織、『秘密警察ワイルドハント』が暴虐の限りを尽くしていた。

 

 取調べと称して行われるのは、シュラたちの快楽を満たすための行為。

 

 しかし、誰も逆らうことが出来なかった。

 

 それは彼らが帝具を持っていることだけが理由ではない。

 

 もっとも大きいのはシュラの父、オネスト大臣の存在だ。

 

 逆らおうにもあの悪の権化のような男の息子に逆らえば、どんな報復があるかも分からない。

 

 自分ひとりで済むかもしれないところを、家族、親戚、友人すらも危険に晒す危険性がある。

 

 ゆえに、誰も彼らには逆らえなかった。

 

「やっぱ遊ぶには帝都だよなぁ。おぉ、しまるしまる。やっぱ取調べっつたらこれよなー」

 

 残忍な笑みを浮かべるシュラの前には、裸に剥かれたまだ少女がいる。

 

 彼女は首を絞められ、声を出せずにいる。なんとか抵抗を試みてはいるが、武術にも傾倒しているシュラにそんなものが通用するはずもない。

 

 やがて少女は涙を流しながら事切れた。

 

 すると、シュラは途端に興味をなくしたようで、大きく溜息をついた。

 

「あーもう壊れちまったかー。やっぱもうちょい楽しむには、それなりに鍛えてるヤツを捕まえるしかねーか」

 

 肩を竦めたシュラは少女の遺体をモノのように蹴り飛ばす。

 

「親父に言われてる、ナイトレイドも出てくる気配はねぇし。もう少し楽しませてもうかね。ハハハハ!」

 

 残虐さを体現するかのような笑い声が帝都に木霊する。

 

 新たな悪が生まれた帝都は残虐と暴力の坩堝と化す――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮殿内部。

 

 夜の帝都が見渡せる一室では、とある男性が眼下に広がる街明りを見やっていた。

 

 黒い鎧に纏うのは、厳格かつ豪胆な雰囲気とエスデスと同等かそれ以上の威圧感を放つ彼こそが帝国軍の最上位に位置する。

 

 名をブドー。

 

 肩書きは大将軍。

 

 つまりはエスデスよりも上に位置する男である。

 

 彼は静かに椅子に腰を下ろすと、机の引き出しからあるものを取り出す。

 

 それは古びた短刀だった。

 

 鞘から抜くと、まだ刃には輝きがある。

 

 同時に思い出されるのは、まだ彼が若かった頃の記憶。

 

『じゃあな、ブドー。いつかまた、どこかで会おう』

 

 そう言って彼は軍部から去っていった。

 

 かつて自身と対等とすら言われていた一人の男。

 

 ブドー自身が終生のライバルとして認め、恐らく唯一無二の友人。

 

「……今のこの帝都を見て、お前はどう思うのだろうな」

 

 月光を反射する短刀を介してブドーの脳裏によぎるのは、長剣をふるって単身敵軍に乗り込み大立ち回りを演じていたかつての戦友の姿。

 

「……クレイルよ……」




読んで頂き、ありがとうございます。

すこしリハビリに時間がかかりました。
実際ワイルドハントにオリキャラでもぶちこまない限りシュラ側のオリジナル描写って難しいんですよね……(言い訳)

最後のほうはちょっとかっこつけました!

ブドーとクレイルの関係は後々明かしますが、まぁ凡そこんな感じです。
ブドー大将軍って厳格な描写しかされてなくて扱いが難しそうだったんですが、こういった人間臭い部分があってもいいと思うんです。
一人だけのときくらいすこし気を抜いたっていいじゃない……。
ブリーチの白哉みたいに若い頃は今よりも砕けた性格だったけど、年を重ねるにつれてーみたいな。
そういうの私大好きなのです。
ちなみにブドーとクレイルってそんな年近いの? って思うかもしれませんが、大将軍あれで40代らしいです。クレイルもそんなもんです。

次もしっかり更新できるようにしたいと思いますので、よろしくお願いします。

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