キョロクにあるナイトレイドのアジトの、食堂兼会議室にはメンバー全員が集まっていた。彼等の視線の先には、異様な雰囲気を出しているスサノオがいる。
「今日の俺は本気も本気。覚悟はいいな、お前たち」
スサノオの言葉にメンバー全員が「おおおー」と反応する。スサノオの両手には湯気を放つどんぶりやら、大皿があり、先ほどから美味しそうな香りが漂っている。
「まずはナジェンダのリクエスト。塩ラーメン麺固め。鳥の旨みと味のキレに自信ありだ!」
置かれたのは、黄金色に透き通るスープが美しいラーメンだ。鼻腔をくすぐる香ばしいかおりが食欲を引き立てる。
「マインにはストロベリーパフェ。隠し味も入っている!」
マインの前には、新鮮なイチゴがふんだんに使われた、甘い香りを放つパフェが置かれる。生クリームに加え、アイスクリームもスサノオのお手製だ。
「ラバックには鮮度の高いボッカイ海老の造り!」
ラバックへ用意されたのは、ボッカイ海老だ。ボッカイ海老は、海老の中でも非常に美味とされ、高級食材としても知られている。その身は、弾力と柔らかさがちょうど良いバランスで融合しており、甘く芳醇な味も素晴しい魚介だ。
「レオーネにはおでんと評価の高い地酒の冷酒!」
レオーネの前へ置かれたのは、東方の国から伝わったと言う、『おでん』という料理だ。味付けされ出汁に、大根や卵、コンニャクなどのおでん種と言われる食材を入れて、煮込む料理だ。非常に酒に合うとされ、伝わった当初から、焼き鳥と同じくらい酒飲みに好まれている料理である。
「アカメにはあらんかぎりの肉料理だ。俺秘伝のタレで煮込んでいる!」
そう言って置かれたのは、巨大な皿に、「これでもか!」盛られた肉の数々だ。ここまで来ると逆に見ただけで胃が拒否反応を示しそうだが、甘辛い香りが食欲をさらにプッシュし、拒否反応を吹き飛ばしてしまう。その証拠にアカメはかなり嬉しそうだ。
「チェルシーにはペスカトーレスパゲティだ。今朝取れたばかりのトマトをソースにして、魚介を混ぜ合わせた一品だ!」
チェルシーの前には小奇麗に盛られたトマトソースのパスタが置かれた。最近では、ペスカトーレはトマトを使ったパスタというイメージがあるが、本来は魚介を使っていれば全てペスカトーレと呼ぶことが出来る。けれどそんなことは瑣末な問題だろう。
魚介の香りに混じり、ニンニクが入ったトマトソースの芳しい香りが漂う。さらに、パスタの上には大振りのいエビと、貝が乗せられていて、とても食べ応えがありそうだ。
「リヒトにはモナルカイモのフライドポテトに、ヘルツォークバイソンのパティを俺が焼いたバンズで挟んだハンバーガーだ。パティは三段重ねでボリュームをアップしている!」
ドンッと置かれたのは、よい焼け目がついたハンバーガーとフライドポテトのセットだ。ハンバーガーには肉の他にトマトやレタスが挟まれており、さらにチーズもトロリと溶け出し、必然的に唾液が分泌される。
「タツミはなんでもいいと言ったので、特製スサノオランチだ」
最後、タツミの前に置かれたのは所謂お子様ランチを髣髴とさせる、プレート料理だった。さすがにこれはタツミも思ったのか、
「これって、お子様ランチじゃあ……」
と呟いた。彼の隣に座っていたマインもその声が聞こえたようで、小さく噴出していた。
「各々の大好物をスサノオに作ってもらった。存分に食べて鋭気を養って……って、言う前から食べてるなお前たち。まぁ元気で結構」
ナジェンダが言葉に対し、全員が耳を貸さずに目の前に置かれた好物を存分にかっ食らっていた。
無論、リヒトやチェルシーも例外ではなく、
「うぉッ!? うまいなこのパテ! 肉汁が閉じ込められてて噛んだ瞬間溢れてきたぞ!」
「私のパスタも美味しいよー。さっすがスサノオだねぇ。その辺の料理人じゃ相手になんないよ」
「フッ、満足したようで何よりだ」
スサノオも褒められたことが満更でもないのか、小さく口角を上げ、満足そうな笑みを浮かべた。
それぞれが好物を楽しみながら食べていると、チェルシーの前に座っていたマインが、隣のタツミに声をかける。
「ねぇ、タツミ。このパフェ美味しいから、アンタも――」
「ターツミィ! お姉さんの盃が空いてたらどうすんだっけー?」
しかし、言葉の途中でレオーネがタツミに絡み、マインの声は阻まれて、タツミに届かなかった。
「ハイハイ、注ぎますよー」
「よーしよし、えらいぞータツミー」
レオーネはタツミの肩に手をまわし、自身の胸に引き寄せるようにしている。タツミも抜け出すことはせずに、素直に彼女に従っている。
そんな光景を見たマインは、少しだけ不服そうに頬を膨らませる。
勿論そんな面白そうな光景をチェルシーが見逃すはずもなく、
「おやおやぁん? 随分と不満そうですなぁ、マインちゃーん?」
「ふ、不満なんてないわよ! ていうか、あんた達も少しは自重しなさいよ。こんな時まで腕組まなくたっていいじゃない」
「愛し合う二人が腕を組んでてなにが悪いのかにゃー? 悔しかったらマインも誰かと付き合っちゃえばいいのにー。誰かとは言わないけどねー」
ニヤニヤと面白そうな笑みを浮かべるチェルシーに対し、マインは悔しげにスプーンを握り締めていた。
が、リヒトとチェルシーがいちゃつくことによって苛立つ人物がもう一人。
「なぁチェルシー。一旦離れよう」
「え、なんで?」
「アカメの向こう側から凄まじい怨念と殺気を感じる」
言いながらリヒトは横目でアカメの向こう側を見やる。
視線を追うと、その先にいたのは、もう定番と言うか、決まりきっているというか……目を血走らせているラバックであった。
ボッカイ海老の造りを食べながらこちらを凝視する彼の後ろには黒いオーラが見える。けれど、もう見飽きた光景のせいで、誰も反応しない。
「ラバックなんて放っておけばいいじゃん。いつもあんな感じだし」
「それもそうなんだけど、アイツお笑い担当だから、反応しねぇと後からうるさいんだっての」
「俺お笑い担当じゃないって言ってんじゃん! つか、真面目に迷惑そうな顔すんの止めてくんない!? 割とメンタルごっそり持ってかれるから!」
「じゃあこっち睨むなよ」
「しょーがねぇじゃん! なんかラブオーラが出てるとこう、必然的にそっちを見ちまうんだよ! だから俺は悪くねぇ! 悪いのはラブオーラを出すお前らが悪い!」
「うるさいぞラバック! 立ち上がるな、ほこりが立つ!」
「すみませんナジェンダさん!」
即座にラバックは席について食べることに戻った。やはり、ナジェンダに言われるのが一番聞くようだ。
そのままギャーギャーと騒ぎながら食卓を囲み、好物を堪能したあと、少ししてから会議が始まった。
「さて、レオーネとスサノオの働きのおかげでトンネルが大聖堂の隣まで貫通した。いよいよボリック暗殺ミッションだ」
ボリック暗殺という単語を聞き、食後の余韻に浸っていた空気が引き締まる。
「屋敷じゃなくてあえて大聖堂にいるところを狙うんですね」
「この数ヶ月でボリックの屋敷は罠が満載になったって話だからね。そこよりはましじゃない?」
タツミに対し、マインがお茶を啜りながら告げる。
ボリック側もナイトレイドが狙っていることなど当の昔から分かっている。だからこそ、屋敷には大量の罠を仕掛けたのだろう。まぁ元々何個かは仕掛けて置いたのだろうが。
「見取り図を見ると、屋敷に比べて大聖堂は身を隠せる遮蔽物が多いからな。俺たち向けのステージだぜ」
「その分敵さんの警戒も強くなるけどな。アッチもわかってんだろ、んなことは」
「確かにそのとおりだが、ねらい目も存在する。内部の協力者の情報では、標的は一ヶ月に一度、夜通し祈りを捧げる日があるという。明後日だ」
「密偵の報告とも一致しているから、その日の夜、決行と言うわけだな」
「けど、本当に祈りを捧げてるのか……?」
タツミが疑問に思ったのか、口元に手を当てる。それを聞いていたラバックは呆れたような表情で背もたれに寄りかかる。
「んなのアピールだろ。ぜってー女といちゃついているね。そこにいる銀髪くんみたいに」
ラバックの視線の先を見ると、チェルシーと手を絡めているリヒトがいた。けれど、ラバックの嫌味にはもう飽きたのか、リヒトは特に反応を示さずにナジェンダに問う。
「けどよ、地中からの侵攻はやっこさん側も読んでるんじゃない?」
「マジかよ!?」
「当たり前じゃん、タツミ。攻め込む手段の常套手段の一つだし」
「だろうな。待ち構えている可能性も高いだろう」
確かに向こう側もこれは考えていることだろう。だから、こちら側もそれ相応の対応をしなければならない。
「その意見は最もだ。だから、ここはチームを二つに分ける。一つは地底からの陽動チーム。突入して騒ぎを大きくしつつ、敵の目をひきつける。ここは私、スサノオ、リヒト、レオーネ、チェルシーであたる。チェルシーには後で詳細を教えておく」
「被弾覚悟だけあって回復力とか防御力が高いチームだな。あとは隠密性か」
「イェーガーズが出てくるだろうが相手にするな。引っ掻き回して生き残る。そして時間差で残りのメンバーはエアマンタを使い空から大聖堂に突入。騒ぎに乗じてボリックを討つ!」
「エアマンタってあれか! 秘境に言った時のアレ!?」
「本部から貸してもらったからな。今夜中にも来るはずだ」
「よし、また乗れるんだな!」
どうやらタツミはエアマンタに乗って空を飛ぶことがお気に入りらしく、非常に喜んでいた。マインはそれを見て「ガキねー」と呆れていた。
「まぁタツミのテンションが上がるのに越したことはない。というわけで、アカメ、マイン、ラバック、タツミ。頼んだぞ」
「了解! 標的はあくまでもボリックのみってわけね」
「ああ。標的をヤツ一人に絞れば、今の戦力でもエスデスとは戦える」
「こうなるといままで戦力を削ってきたのは大きいな」
「ああ。幸いなことにこっちは一人も欠けてないからな」
「注意する人物もグンと減ったしね」
リヒトとタツミは笑みを浮かべる。確かに、今まで羅刹四鬼やイェーガーズのセリュー、ボルスを消したのは大きいだろう。まだボルスかセリューが残っていたことを想像すると、暗殺は難しいかもしれない。
「護衛もエスデスは得意ではないはずだ。アイツを使うとすれば、それは殆どが攻撃、や殲滅戦だからな」
「そこにつけいる隙があるかもしれないね」
ナジェンダの言うことは最もだ。エスデスの圧倒的な戦力は、確かに強大で凶悪だ。しかし、護衛任務に就くというのは、エスデス自身余り経験がないことだろう。だから、レオーネの言うとおり、隙が生まれるかもしれない。
「ボリック……必ず葬る」
皆が口々にもらしたあと、アカメが最後に拳を握りながら言った。
この時、一同は理解していた。
今回の突入は教主暗殺という時間制限を前にした強攻策であるということを。
これまでのようにガードが固くとも、もうやるしかない。
革命の要となるこの作戦の成功を目指し……。
それぞれが覚悟を決めたのであった。
会議を終えた後、アジトの浴場には、ナジェンダ、マイン、チェルシー、三人の姿があった。
「いいお湯加減だねぇ……」
目を閉じながらほっこりとした口調でチェルシーが呟くと、二人もそれに頷いて同意した。
「出張先でもアジトに風呂があるっていいよな」
「決戦に向けて体を休められるからちょうどいいわ」
「湯船に浸かるのとシャワーだけだと、結構体に差が出るよね。というかさ、マイン。決戦前なんだし、いい加減タツミとくっ付けばぁ?」
「は、ハァッ!? なにそれ!」
「それは私も言おうと思っていたことなんだ。マイン、心残りはない様にした方がいいぞ」
「だ、だから、二人してなに言ってんのよ!!」
ザバッ! と立ち上がったマインは、徐々に顔を赤らめながら抗議して来る。けれど、ナジェンダとチェルシーは止まらない。
「私ほどの人間になると部下の心情が分かってきてな。教主に赤い糸がどーの言われて以来、タツミと行動を共にすることが多くなっただろう」
「今日だってタツミの隣に座ってたしねぇ。パフェだって上げようとしてたし。もう見てるこっちが恥ずかしかったわ」
「タツミとは、そんなんじゃないんだってば! ただ、最近ちょっとは頼もしくなってきたから認めてあげてるだけで、好きとかそういうのはないのよ!」
強がった様子で言うが、チェルシーは恋愛の先駆者としてさらに捲くし立てる。
「うっそだー。じゃあなんでレオーネとタツミが絡んでるとあんなに不満そうなの? 意識してるからでしょー?」
「チェルシーのときもリヒトがレオーネと絡んでいたりすると、不満そうだったしな」
「あ、やっぱりばれてました?」
「モロバレだ」
「いやーん、恥ずかしいなぁ。結構隠してたつもりなんですけど」
頬に手をあてて「いやんいやん」とのろけ始めるチェルシー。その表情には幸せさと恥ずかしさが入り混じっていた。それだけリヒトとくっつけたということが嬉しいということか。
「まぁ最終的にどうするかはお前次第だからな。だが、早くしないとレオーネあたりにぶわっ」
そこまで言ったところでナジェンダの顔にお湯がかけられた。見ると、マインが風呂桶を放り、ズンズンと脱衣所に向かっている。
「もう上がるわ! アンタ等の話を聞いてたらのぼせちゃうもの!」
「あぁ、待て待てマイン。もう一つ言わなければならないことがあったんだ。出て行く前に聞け」
ナジェンダはマインが脱衣所の扉に手をかけた所で彼女を呼びとめた。マインは若干怪訝な表情を見せながら彼女を見やる。
「……なによ」
「お前には一番に伝えておくべきだと思ってな。皆の前では言わなかったが、近いうちに、シェーレが戻ってくるぞ」
「ホントッ!?」
「ああ。ホントもホントだ。リハビリをがんばっているらしくてな。医師の話では凄まじい回復力だそうだ。本人も前線に戻るのを望んでいるらしいぞ」
「やった! さっそく皆にも伝えてくるわね!」
「うむ。だからマイン、シェーレが帰って来たときにアイツをビックリさせるためにタツミとくっ付けばおぶ」
再びナジェンダの顔面にお湯が引っ掛けられた。
「だからなんでそっちに話が転換すんのよ! まったく!!」
彼女は脱衣所の扉をピシャン! と勢い閉じて出て行った。
残されたナジェンダとチェルシーは、面白げに笑みを見せながら、
「フッ、若いな。マイン」
「ですね。もっと素直になってもいいのに」
「まぁ無理に囃し立てても仕方ないからな。あとはマインがどうにかするだろうさ。それでだ、チェルシー。決戦の際の役割を説明しておくが、いいか?」
「はい。どうぞ」
チェルシーとナジェンダは向かい合った状態で座る。
「チェルシーは私たちと同時に潜入した後、ガイアファンデーションで変身してもらう。お前はほかのメンバーと比べると、パワー系ではないからな。変身しつつ、ボリック敵の数を減らしていってくれ。もっと言えば、ボリックの暗殺も頼むかもしれん」
「了解です」
「ただ、ボリックの近くにはエスデス以外にも、最低一人護衛がつくと考えていいだろう。その際は無理はせずに、殺気を消して小動物にでも変身して好機を待て。決して無理はするな」
「その辺は大丈夫ですよ。ボス。リヒトにも言われてますからね、もう無茶なことはすんなよって」
「そうか。やはり、愛する者が出来たのは大きいな」
「勿論ですよ。リヒトを一人残して死ねませんからね。必ず生き残ります」
チェルシーはそう明言すると、「じゃあ私もそろそろ上がりますね」と浴場から出て行った。
一人残ったナジェンダは右の肩口を抑えながら思う。
……誰一人、死なせたくはない。スサノオの勾玉顕現二回目、使わざるを得んだろうな。
スサノオの奥の手、勾玉顕現。一回目はクロメが召喚したデスタグールを撃滅するために使用した。ただ、あれは使用者の命を削るものだ。だから、多用すればナジェンダも死に至る可能性があるだろう。
しかし、死を覚悟しなければ、革命など夢のまた夢になってしまう。
「……使ってやるさ。この命を捨ててでもな」
女子連中が風呂に入っている間、リヒトはアジトの屋上に上がり、酒瓶を傍らに置いて月見をしていた。口元にはタバコが見える。
彼はタバコを灰皿のふちにおいてから、酒をグラスに注いでそれを煽る。
「……決戦は明後日か。いよいよここまで来たって感じだな」
空になったグラスに再び酒を注ぎながら彼は呟く。リヒト自身、今回のミッションが危険だというのは充分に理解している。しかし、やり遂げなければ、革命に大きな支障をきたしてしまう。だからやらなければならないのだ。
「チェルシーを一人にさせないためにも、しっかりと生き残らないとな」
グッと拳を握ったリヒトだが、それに呼応するようにヨルムンガンドがふわりと浮き上がる。
「お前には、もっと働いてもらうぜ。相棒」
そう言うと、ヨルムンガンドは頷くように反応した後、腰のホルダーに戻っていった。
しばらく月見酒を楽しんでいると、屋上へ誰かがやって来た。そちらを見ると、スサノオがいた。
「よう、スサノオ。お前も月見か?」
「いや。お前に用があったんだ、リヒト」
彼は答えると、リヒトの隣に座った。スサノオは、リヒトがタバコをくわえていることに気付いたようで、
「うん? タバコを吸うようになったのか?」
「あぁこれか、まぁボス程ヘビーには吸ってないけどな。嗜み程度だよ。あんまり吸いすぎるとチェルシーに臭いっていわれるからな。健康にも悪いし」
「それもそうだな。ナジェンダにもやめてもらいたいものだが、アレは死ぬまで直らんだろう」
「違いねぇ。そんで、話ってなんだよ。スサノオ」
一応誰か来たときのためにと持ってきていたもう一つのグラスに酒を注ぎ、それをスサノオに渡しながら問う。
スサノオはグラスを受け取りつつ、懐から何回かに分けて折られた羊皮紙の束を取り出し、リヒトに渡した。
「これは?」
「俺が作れる料理のレシピだ。お前に受け取ってもらいたくてな」
「おいおい、なんで急にそんなもん……」
「今回の任務は危険なものだからな。もしかすると俺が死ぬかもしれん。そんな時、俺の料理を残せればと思ったんだ。ナイトレイドで一番料理が出来るのはお前だからな」
「そんな後ろ向きでどう済んだよ。死ぬことなんて考えんな」
「無論俺とて死ぬつもりは毛頭ない。だが、もしも、と言うことはあるだろう? だから、な」
スサノオはグラスを傾けながら言ってくる。彼の瞳を見るに、諦めとかそういった色の光は見えない。非常に前向きで、覚悟の込められた闘志がみなぎっていた。
だからリヒトは羊皮紙の束を受け取り、小さく笑みを零した。
「わーったよ。つか、考えてみればお前が一番死ななさそうだけどな」
「ハハ、それはお前もだろう。リヒト。一回は死の淵からよみがえったことだしな」
「それもそうか。けどよ、お互い生き残って革命の日を迎えようぜ。そしたら二人で料亭でも開くか?」
「それはいいな。料亭『大鴉』という名前がいい」
「じゃあその店名で開くか」
「ああ。お前とならいい料理を提供できそうだからな。その時はよろしくな。リヒト」
「おう。こっちもな」
二人はグラスを軽くチンッと鳴らし、同時に酒を煽った。
屋上から降りたあと、リヒトとスサノオは、食堂の入り口あたりでなにやら室内の様子をうかがっているラバックを見つけた。
首をかしげながらも、二人はゆっくりと彼の背後に接近する。
「何してんだお前」
「おげるんばッ!?」
「どういう悲鳴だ」
気配を断って近寄ったためか、必要以上に驚かせてしまったようだ。
「な、なんだ。リヒトにスーさんかよ。脅かしやがって」
「それは悪かったな。で、お前は何をしていたんだ?」
問いに対し、ラバックが顎をしゃくって食堂を指す。
室内を見ると、そこにはマインとタツミがいた。加えて、なんとなくふんわりとした雰囲気を感じさせる。
なんとなくその空気に思い当たる節があったリヒトの顔には笑みが浮かんだ。
「なるほどねぇ……」
「あんな甘酸っぱい空気出しやがって。これ以上アベックが増えてたまるか! ぶち壊してくる!」
「黙ってろ。スサノオ、抑えとけ」
「わかった」
飛び出していきそうになるラバックの頭を掴んで押し返し、スサノオにパスする。スサノオもラバックの口元を手で押さえて声が漏れないようにした。
「んーんー!」と騒ぐラバックを尻目に、リヒトとスサノオは二人の様子を見ながら満足げな微笑を浮かべた。
「リラックスしてるみたいだな」
「ああ。変に緊張していなくてよかった。コンディションとしては最適だろう」
「あとは、全力を尽くして標的を討つだけだな」
深夜。
リヒトの部屋のベッドの上には、リヒトの腕枕に頭を乗せているチェルシーがいた。
「そうか、お前も結構ヤバイ役目だな。チェルシー」
「うん。でも、実際のところ主に戦うのは、リヒト達だから、皆に比べるとわりかし安全かも。やばくなったら小動物にでも化けて逃げちゃうしね」
「ガイアファンデーション様様だな」
皮肉っぽく言うと、チェルシーもそう思っていたのか、「だねー」とチェルシーも笑みを零した。
しばらく二人の間には沈黙が流れる。
「ねぇ、リヒト」
最初に口を開いたのはチェルシーだった。
「約束してくれる? 絶対に私を一人にしないって」
声はどこか力がこもっていた。同時に、不安も入り混じっている。
リヒトもそれを感じ取り、はっきりと約束をするかと思いきや、
「チェルシー。ミッションの生死において、俺は絶対なんて約束はしない」
「……」
「けど、善処はする。生き残るための努力はする」
「……うん。よかった。リヒトっぽい返事が聞けて」
満足げな笑みを浮かべるチェルシー。その声からも、不安さはなくなっていた。
「だから私も約束はしないよ。努力する。帰ってくるためのね」
「ああ。そうだな。お互いがんばろうぜ」
深夜一時――。
安寧道の大聖堂近くでは、警備の兵士、二人が夜警をしていた。
「なんだか今日はいつもよりも不気味だな」
「なんだ? まさかお前幽霊が怖いとでも言うのか?」
相方の発言をからかうが、それに対して先ほど不気味と言った兵士は首を振る。
「違う。エスデス将軍も言っていたろう。今夜あたり賊が攻め込んでくるやもしれんと。だから不気味だと言ったんだ」
「ボリック様も警戒しすぎだとは思うがな。なにせこっちには、あのエスデス将軍がついているんだぞ? たとえ帝具持ちの賊と言っても勝ち目はないさ」
「そういえばお前はエスデス将軍推しだったか」
「ああ。あのドSな性格がたまらない」
夜警の最中だというのになんとも気が抜けているが、こうでもしないと緊張感が解れないのだろう。
「で、実際のところエスデス将軍に何をしてもらいたいんだ?」
「無論、せめて欲しいに決まっている。あのヒールで踏んでもらったり――」
突然声が聞こえなくなった。
不自然に思い、相方を確認すると、そこには喉を掻っ切られ、膝から崩れ落ちる相方がいた。
「てっ――!?」
『敵襲だ!』と叫ぼうとした時、兵士は自分の喉に何かが突き刺さったのを感じた。
……しまった。喉をッ!?
兵士は、自分の喉に突き刺さっているものを見る。
喉からは黒い鎖が伸びていた。その鎖を辿って行くと、先ほど倒れた相方の背後で闇夜に光る金色の双眸が見えた。やがて月明かりに照らされると、闇の中からは銀髪の青年が出てきた。
この瞬間、兵士は青年の正体を確信した。彼は殺し屋集団、ナイトレイドに所属し、指名手配中の男、リヒトであるということを。
が、確信しても、もうどうしようもない。
……だれか、たすけ――。
思った瞬間、兵士の視界は夜の闇ではなく、死と言う名の暗黒に呑まれて行った。
夜警の兵士二人の始末を終えたリヒトは、トンネルで待っているナジェンダたちに合図を送る。
トンネルから出てきた四人と共に、大聖堂の壁まで行くと、ヨルムンガンドを伸ばして壁に打ち込む。
よく固定されたことを確認すると、全員がリヒトの身体に掴まった。
「こういうときにヨルムンガンドは便利だな」
「まぁ、実際のところはかなり便利だと思ってる。でもよ、ボス。なんでタツミじゃなくて俺が陽動なんだ? インクルシオの透明化ならもっと上手くできそうなもんだぜ?」
「それはそうだが、今回はより確実性を重視したんだ。お前ならタツミよりも場数を踏んでいる。それに、インクルシオの透明化はボリックを奇襲するのにも使えるからな」
「なるほどね。じゃあ、俺たちは俺たちの仕事をこなしますか」
五人は屋根に上ると、中庭を見下ろす。既に多くの兵士達が警備に当たっていて、まさに厳重警戒と言った感じだ。
「私はここから単独行動だから、後でね」
チェルシーは軽く手を上げて屋根を伝ってボリックがいるであろう建物に潜入して行った。
「私たちも行くぞ」
ナジェンダに言われ、大聖堂の屋根から中庭に降り立つと、周囲の兵士達は一瞬度肝を抜かれたような表情を浮かべた。
まぁ前触れもなく侵入者が現れれば当たり前か。
「では始めるぞお前たち。騒ぎを起してエスデスを引っ張り出す」
「「「おう!」」」
号令に答え、戦闘態勢に入る兵士達に向かって駆け出した。
大聖堂の天井に近い屋根組みの柱の上に、チェルシーの姿があった。いや、正確にはねずみの姿に化けたチェルシーであるが。
……この姿便利なんだけどビジュアル的にいやなんだよねぇ。
内心で自身の姿を想像して溜息をつくチェルシー。
まぁ無理もないだろう。女の子にとってねずみは余り好きな動物ではないはずだ。ハムスターなら別だが。
チェルシーは柱の上を伝いながら下を見る。
大聖堂には数人の人物がいた。
一人は言わずもがな、暗殺対象のボリック。それを警護するエスデス、さらにクロメの姿もあった。もう一人いるが、あれはボリックの女だろう。襲撃の時まで女をはべらせるとは、肝っ玉が据わっているのやらいないのやら。
……クロメはまだ本調子じゃないと見ていいかな。あの毒から蘇ったと言っても、後遺症はバッチリ残ってるだろうし。
その証拠に、クロメの首下には包帯が巻かれている。それに骸人形の数も一人と少ない。警戒するのならもっと多く展開していてもおかしくないだろう。
けれど、チェルシーはクロメよりも、エスデスから発せられる殺気の濃さに気圧されそうになっていた。
……なんて殺気。こんなの人間が出していい範疇を越えてるって。いるだけで気分悪くなりそう。
クロメの殺気も凄まじいが、エスデスの場合はそれがかわいく思えてくる。正直言うと、あんなのとは一分でも一緒の空間にはいたくない。
……ボリックの方は相変わらずクロメがガッチリマークしてるし、隙を見つけるのは至難かなぁ。
思いながら見ていると、大聖堂の扉が勢いよく開けられ、焦燥気味の兵士が駆け込んできた。
「た、大変です! 賊が数名突然中庭に現れて……!」
「やはり今晩を狙って来たか、ナイトレイド。読みどおりだ」
「な、中庭!? すぐそこではないか!!」
兵士の言葉にそれぞれ対照的な反応をみせるエスデスとボリック。やはり、ボリックは肝っ玉が据わっていたのではなさそうだ。大方ナイトレイドがここに来る前に全滅するとでも思っていたのだろう。
エスデスはと言うと、にやりと不適な笑みを浮かべている。
「クロメはボリックを徹底マーク。離れるなよ」
「了解!」
……うーん、私的には離れて欲しいんだけどなぁ。やっぱりそうはいかないよねぇ。
やれやれと思いながらも、チェルシーは監視を続ける。
「しょ、将軍! 将軍が直に守ってください!」
……それも嫌なんだけどなぁ。
「普段顔を立ててやっている分デンとしてろ。みっともない。心配せずとも大聖堂から出たりせん」
エスデスは足にしがみ付いてきたボリックを払うと、彼の顔面にヒールのかかとを押し込む。メシリという音がこちらにまで聞こえてきた。
……そのまま踏み抜いてくれてもいいんだけど。というか、アンタは中庭に出て行ってよ。
やり取りを見ながらチェルシーは溜息をつく。
が、一瞬緩んだ緊張感はすぐに引き戻された。
エスデスから発せられる殺気がより強いものとなったのだ。
……ちょっとちょっと、まだ殺気が上がるって冗談でしょ!?
ビリビリと伝わってくる殺気に全身の毛が逆立つのを感じながら、チェルシーは中庭で戦っている四人と、エアマンタでこちらに向かっている四人を思い浮かべる。
……みんな、本当に気をつけて。
エスデスは大聖堂でナイトレイドの面々を待ちながら笑みを浮かべていた。
……来いナイトレイド。どんなに騒ぎを大きくしても、結局のところお前たちはボリックを殺せなければ負けだ。
ニィっと口元が吊りあがり、凶悪な表情が濃くなっていく。
「さぁ、早く来い」
はい、今回は突入まで持って来れました。
チーム編成は原作とは違う感じになりましたが、これもこれでありでしょう。多分。
次回はアカメ達の方を書いて、大聖堂のなかでの戦いですかね。スピーディに書くことが出来ればと思います。
そしてリヒトのリア充加減とキザ加減がさらに上がっていく(ピキピキ)
では、感想などありましたらよろしくお願いします。