白銀の復讐者   作:炎狼

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第二十八話

 朝。独特の肌寒さと、窓の外から聞こえる鳥のさえずりが聞こえ、リヒトは重たい瞼を開けた。視界はぼんやりとしていたが、何回か瞼を瞬くことにより、段々と鮮明になってくる。

 

「ふぁ……。朝か」

 

 呟きながら上体を起こし、大きく伸びをする。変な格好で寝ていたのか、伸びた背骨がパキパキと小気味よい音を立てた。

 

 そのまま腕を布団の上に下ろすが、その時右手に柔らかいものが当たった。例えるなら、『ムニュ』や『プニ』が正しいだろう。

 

 なんだと思い、何度かその柔らかい物体を何回か揉みしだいてみる。

 

 何回か揉むと、布団の中から「んぁっ」や、「あふっ」と言った妙に艶のある声が聞こえてきた。それに触っていると、なにやら掌の中心辺りに少しだけ硬さのあるものが……。

 

「……」

 

 リヒトは無言で手を離し、恐る恐る布団を捲ってみる。

 

 一言で言うと、そこには何故かレオーネが仰向けで寝転がっていた。なぜ別室のはずのレオーネが自分の部屋で眠っているのか、悪戯にしては過激すぎるというかなんと言うか……。

 

「まぁ確かにチェルシーにしてはでかいと思ったけどさ」

 

 手に残っている感触を思い出す。チェルシーはレオーネほどではないにしろ大きい部類に入る。だが、レオーネの場合はそれの上を行く。

 

「何を食ったらこんな風になるんだか……。つか、酒臭っ! コイツ、夜中にへべれけになるまで飲んだな。それで部屋を間違えたってとこか……」

 

 やれやれと頭を抱えながら溜息をつくと、間が悪いことに部屋のドアが軽くノックされた。

 

「リヒトー、起きてるー? 朝御飯だってー」

 

 しかもノックした主はチェルシーと来た。

 

 室内には半裸のリヒトと、ほぼ全裸のレオーネしかいない。この状況からしてそういうことをしていた風にしか見えないだろう。

 

 チェルシーと付き合うようになって分かったことだが、彼女は少々独占欲が強いようで、アカメと話していたり、ナジェンダと話していたりすると、確実と言っていいほど話に飛び込んでくるのだ。

 

 その後は決まってベタベタとくっ付いてくる。その光景をみてラバックがキレる。これが一連の流れとなっている。

 

 今回はラバックのことは放っておいてもいいが、問題なのはこの状況を見たチェルシーの反応だ。

 

 絶対に勘違いをするはずだ。なのでなんとしても彼女の侵入を防がなければ。

 

「お、おう、起きてる。先に行っててくれ、チェルシー」

 

 若干緊張していたが為か声が上ずった気がしたが、それほど気にすることでもないはずだ。

 

「わかった。あ、速く来ないとアカメに全部食べられちゃうからねー」

 

 チェルシーは上ずった声に疑問を抱かなかったようで、足音が遠くなっていった。山場を越えて一息ついたリヒトは、レオーネを放っておき、手早く着替えに入った。

 

 一ヶ月前に行ったセリュー戦において少なからず傷を負ったため、まだ包帯が取れていない。

 

 包帯に気をつけながら上着を羽織ろうとした時だった。

 

 遠くなっていったはずのチェルシーの足音が迫ってきているではないか。

 

「まずっ!?」

 

 急いで廊下に出ようと思ったが、包帯が邪魔なせいで動きがぎこちなくなってしまった。瞬間、部屋のドアが勢いよく開け放たれた。

 

「なんてねっ! いなくなったとリヒトに思わせて油断させる作戦なのでしたー! というわけでリヒトー、着替え手伝うよー!」

 

 満面の笑みを浮かべ、少しだけ気恥ずかしそうにしたチェルシーが声高だかに言い放った。

 

 が、すぐさま彼女の顔面からは笑みが消え、身体からはなにやら黒いオーラのようなものが見え始めた。

 

 その時、リヒトの全身に悪寒が奔り、ぞわぞわと鳥肌が立つ。そしてチェルシーは身体をゆらりと揺らした。

 

「……リヒト、なんでベッドにほぼ全裸のレオーネがいるのかな?」

 

「いや、待て待て待て待てチェルシー。一旦落ち着こう。話せば分かるから、その針をしまおう。なっ!?」

 

「落ち着く? やだなぁ、リヒト。私はすっごく落ち着いてるよぉ?」

 

 ゆっくりと近寄るチェルシーから発せられる殺気にも似たオーラはどんどん強くなる。

 

 彼女の瞳には光が灯っていなかった。アカメが標的を殺す時はこんな目をしていたなと、思い出してみるが、いまはそんなことを考えている場合ではない。

 

「ご、誤解だって。決してレオーネとやましいことはしていない! これは、あれだ、レオーネが酔っ払って俺の部屋に入ってきただけなんだ!」

 

「酔っ払って? ……そういえば昨日は遅くまで飲んでたような……」

 

 思い当たる節があるのか、チェルシーは口元に手を当てた。同時に黒いオーラもなりを潜め、瞳にも光が戻り始めた。

 

 それにほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。眠っていたレオーネがとんでもない寝言を放った。

 

「ん~……。リヒトー、お姉さんのおっぱいが柔らかいからって……そんなに揉んじゃだめだぞ~……むにゃむにゃ……」

 

 ……なんてことを言ってくれやがる!

 

 確かに胸をもんだことは事実だが、アレは不可抗力と言うかそういうのであって、断じてわざとではない。

 

 しかし、そんな言葉を聞いてチェルシーが黙っているはずもなく、消えかけていた黒いオーラが再び噴出した。今度はさらに規模が大きくなって。

 

「リヒト、レオーネ、オッパイ、モンダ?」

 

「落ち着こうチェルシーさんッ!! 片言になってる! なんか違う国の人みたいになってる!!」

 

 後ずさりながら声をかけてみるものの、チェルシーはまったく止まる様子を見せない。それどころか口元には笑みすら浮かんで見える。

 

 光のない瞳に、三日月のように吊り上げられた口元……。凄まじい恐怖感だ。

 

 ごくりと生唾を飲みこんだリヒトは、ベッドで眠るレオーネの肩を揺さぶる。

 

「おい、起きろレオーネ! お前からも説明してくれ!! これ以上行くと俺の命が危ない!」

 

 がくんがくんと揺さぶると、レオーネは薄目を開けた。

 

「起きたか、レオーネ! じゃあ早くチェルシーに説明を――」

 

 そこまで言ったところで、レオーネの腕か首に回され、そのまま彼女の豊満な胸の谷間に引き込まれた。

 

「ちょ、おま!?」

 

「なんだよ、リヒトー。そんなにお姉さんにハグしてもらいたいのか~?」

 

 リヒトはそのままレオーネの胸でもみくちゃにされた。柔らかい感触がいやおうなく襲ってきて、思わず反応してしまいそうになった。

 

 やがて強烈なハグから解放されたものの、背後の殺気は相当危険なものに進化していた。

 

 そのまま動けずにいると、肩にポンと手を置かれ、耳元で囁かれた。

 

「それじゃあ、リヒト。少し私と楽しいオハナシしようか……?」

 

 底冷えするような絶対零度の声音に思わずいろんなところが縮み上がってしまう。が、リヒトも覚悟を決めたのか、ギギギギッと音がなりそうなほどゆっくりと首を動かし、背後のチェルシーを見やる。

 

「う、うす……。お手柔らかにお願いします……」

 

「うん♪」

 

 頷いた彼女はとても爽やかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 数分後、リヒトの悲鳴が拠点に響いたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

「いやー、参った参った。まさか酒に呑まれてリヒトの部屋で寝ちまうとなー」

 

 笑みを浮かびながら言うレオーネは、会議室兼食卓の椅子の背もたれに寄りかかった。

 

 彼女の隣にはバツが悪そうなチェルシーが座り、その隣には両頬が真っ赤に腫れたリヒトがいた。

 

「参ったのは俺だっての……。走馬灯が見えかけたぜ」

 

 俯きがちに言うリヒトに対し、タツミが苦笑いを浮かべた。マインは「何やってんだか」と呆れ、アカメは食べることに集中し、スサノオとナジェンダは小さな笑みを浮かべている。

 

 が、この手の話には一番反応しそうなラバックだけは、額をテーブルに押し当てていて、表情をうかがうことができなかった。

 

「どうした、ラバ? いつもならこういうネタには一番反応するだろ?」

 

 不審に思ったのか、タツミが問う。

 

「……いや、まぁ、確かにさ。勘違いしたチェルシーちゃんにボッコボコにされてザマァとか、いい気になってるから報いだバーカとか、色々馬鹿にしたい気分ではあるんだけどさ」

 

「オウ、いい根性してんなコノヤロウ」

 

 ラバックの物言いにリヒトは額に血管を浮き立たせた。

 

 けれど、ラバックは勢いよく跳ね起きると、悔しげな表情を見せながらリヒトに飛び掛ってきた。

 

「それはそれで羨ましかったりするんだよッ!! 彼女が嫉妬したり勘違いしたりするとか、カップルの醍醐味じゃん!! それでアレだろ!? 最終的に仲直りして更に甘い空気を醸しだすんだろ!? なんだよそれ、超羨ましい! 俺にもやらせろ!」

 

「お前めんどくせぇな! 何でもかんでも反応すんなし!」

 

「うるせぇ! 幸せオーラ出しやがって、独り身の気持ちにもなれクルァ!!」

 

 悔しさから鬼気迫る表情に変わったラバックだが、リヒトは頬を引き攣らせている。

 

 二人は互いの掌をガッチリと握り、いがみ合うが、それを見ていたナジェンダがスサノオに目配せをして、ラバックが摘み上げられた。

 

「リヒトとチェルシーのカップル問題は二人で解決してもらうとして、今日の予定を確認するぞ、お前達」

 

「つっても予定なんてトンネル掘るくらいしかないじゃん」

 

 レオーネの言うとおりである。今現在、ナイトレイドの面々が行っていることといえば、主にレオーネとスサノオが大聖堂へのトンネルを掘っていることぐらいである。

 

 そのほかは街の見回りなどが主軸となっている。が、これもあまり動けていない。

 

 以前のリヒトとセリューの一戦から、大聖堂付近の警備はさらに厳重になっていて、変装での視察も困難を極めている。

 

 であれば、ここで出てくるのはチェルシーの帝具、ガイアファンデーションなのだが、これもいまいち効果的ではなかった。

 

 一般の信者に化けて情報を仕入れるという手段は、行ったことには行った。けれども、変な風に接触すれば怪しまれる確立が高くなるので、あまり有意義な情報は仕入れられなかった。それに、イェーガーズがボリックの護衛任務の詳細を一信者に話すわけもない。

 

 ボリックは基本的に聖堂の奥に引っ込んで出てこないし、周辺はエスデスやらクロメがガチガチに固めている。そんな中にチェルシーを一人で送り込むのは、危険が大きすぎる。それに、もとより教会内部には協力者がいるので、それで事は足りている。

 

 それゆえ今現在はトンネルが開通するまで待つしか方法がないのだ。

 

「ま、まぁそれはそうだが、一応こういうのは形としてな」

 

 的確なことを言われ、ナジェンダは小さく咳払いをしたあと、皆に向かって告げた。

 

「やれることは限られるが、各自決戦に備えてしっかりと準備をしておくようにな。では、解散」

 

 ナジェンダの言葉に全員が頷き、朝食兼会議は終了となった。

 

 皆それぞれの部屋や、仕事に戻る中、リヒトとチェルシーは肩を並べて歩いていた。

 

「ゴメンね、リヒト。あの時は色々落ち着けなかったというか、テンパったというか……それでちょっと周りが見えなくて……ホント、ゴメン!」

 

 ふかぶかと頭を下げたチェルシーだが、リヒトは沈黙した後、大きなため息をついた。

 

「あの場じゃ確かにそういう勘違いするのも分かるけど、色々痛かったなぁ……。だから……」

 

 彼はチェルシーに頭を上げさせると、その額に向けて自身の額をコツンと押し当てた。頭突きなどと言う野蛮なものではない、もっと優しく温かみのあるものだ。

 

「これで今朝のことは水に流そう。お前もずっと気にしてんじゃねぇぞ」

 

「……うん、わかった!」

 

 額を押し当て合った状態で笑い合う二人は、心底幸せそうであり、チェルシーに至っては完全に頬が緩みきっていた。

 

 やがて額を離した二人は、軽く街中を偵察しに出かけた。腕を組んだ状態で。

 

 

 

 そんな二人から離れること数メートル。

 

 ラバックは一人、血の涙を流さんばかりの勢いで涙を流し、アジトの柱にかじりついていた。

 

 が、すぐさまナジェンダに「柱を喰うな!」と義手で拳骨を落とされたらしい。

 

 一部始終を見ていたスサノオによると、その際彼は幸せそうな表情を浮かべていたという。

 

 

 

 

 

 

 夕方、リヒトは一人で出かけていた。今いるのはセリューと戦った場所である。

 

 彼の手には白い花の花束があり、表情にはどこか悲哀が漂っている。

 

 眼下には彼女の自爆で形成された巨大なクレーターが広がり、大地がその場だけ削り取られたようになっている。

 

 その中心に向けて、持っていた花束を放る。

 

「ホラよ、セリュー。一応手向けとして受け取れや」

 

 放られた花束は風に乗り、花弁を散らしながら地面に落ちた。

 

 今日、リヒトは自身が殺したセリューに向けた供養をしにきたのだ。

 

「……つっても、オレからの手向けなんていらねぇか。最後まで憎まれてばっかだったもんな」

 

 苦笑いを浮かべ、肩を竦めるリヒトは持ってきたバッグから一本の酒を取り出して栓を開ける。

 

 コルクの抜ける小気味よい音が鳴る。抜いたコルクは吐き出し、彼はそのまま酒を煽る。

 

 グビリと二、三回喉が鳴り、リヒトは酒を飲む。この酒はリヒトが好んで呑む果実酒だ。芳醇な果実の香りが癖になるらしい。

 

「オレからの手向け、パート2だ。結構上物の酒だから残さず飲めよ」

 

 口から酒瓶を離し、果実酒を地面に向かってかける。

 

 酒瓶の半分ほどがなくなったところで、リヒトは酒をかけるのをやめ、その場に座り込む。

 

「いよいよもってオレだけになっちまったなぁ。短い間だったけど、ガキの頃は三人で楽しく遊んでたのにな」

 

 語りかけるようにしていうものの、返答が返ってくるわけでもない。返ってくるのは夕方の冷たい風だけだ。

 

 ふとリヒトの右目から涙が零れ落ちた。

 

 リヒトは自分のこういうところが弱いと思っている。殺し屋だというのに、自分の関係者を殺したとなれば、感情が抑えられない。

 

 人間としては当たり前の反応で、正解か不正解かで問われれば、間違いなく正解の反応だ。しかし、殺し屋としては不正解もいいところだ。

 

 以前、リューインを殺した時もアカメの胸を貸してもらって情けなく泣いたこともあった。あの頃から比べれば、号泣しない分まだマシだろうが、根本的に成長は見られない。

 

「……弱いなぁ、オレ」

 

 頬を伝った涙を拭い、苦笑を浮かべる。そして夕焼けに染まる空を見上げた。

 

 その時だった。

 

「そこのお方」

 

 誰かから声をかけられた。これだけ近づかれたというのに気付けなかったというのはアレだが、声音と気配からして敵意は感じられない。

 

 首だけを動かして背後を見やると、そこには長髪の男性がいた。

 

 一見すると女性にも見えるが、声の質からして男性であることは間違いない。男性は黒いローブのようなものを身に纏い、その下には白い装束に金属製の装飾品を身につけており、頭には髪飾りのようなものもつけている。目尻から三本のラインが伸びているのも特徴的だ。

 

 彼の背後には、白装束で顔を隠した男女がいる。雰囲気からして護衛のようだ。

 

「アンタ、安寧道の教主様か?」

 

 立ち上がって尻についた土を払いながら問うと、彼は胸に手を当てて静かに頷いた。

 

「はい。私を見たことが?」

 

「いんや、知り合いが会ったらしくて、その時にアンタの格好とか色々話しててな。それで聞いてみた」

 

「そうでしたか。では、そのお知り合いの方にはよろしくお伝えください」

 

 教主は人の良さげな笑みを浮かべる。この様子からも分かるが、本当にこの男性は心底優しい。それでいて、人を寄せ付けるカリスマも持ち合わせている。

 

 また、彼には特殊な能力も備わっていると聞く。だからこそ人が集まってくるのだろう。まぁ、それを抜きにしても彼の元には自然と人間が集まりそうであるが。

 

「あぁ、伝えとくよ。そんで、教主様がこんなトコでなにやってんの?」

 

「時々こうして街の周辺を見回っているのですよ。今日は少し遠出しました。……どうやらここで激しい戦いもあったようなので」

 

「まぁこんだけでけぇクレーターできてるしな。それで、どうしてオレに声をかけたんだ?」

 

「貴方と少しお話がしたくなったのです。お手間は取らせませんのでいかがですか? 護衛の者達は下がらせますので」

 

 彼は小首をかしげながら笑顔を見せてきた。雰囲気からしてなにかを狙ってるとか、そういうのはない。本心からの言葉であることはすぐに分かった。

 

 時間も気になったが、さほど長く話すこともないだろうと思ったので、リヒトはそれに頷く。

 

「ああ。わかった」

 

「ありがとうございます。では、あちらでお話しましょう。あなた方はこちらでお待ちを」

 

 護衛に一言添え、教主は歩いていった。リヒトもそれに続き、まだ半分余っている酒瓶を持って歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 マインとの見回りから帰って来たタツミはアジトの一室でナジェンダと話していた。

 

 今日の昼頃、タツミはマインと街の偵察でた。本当はラバックといく予定だったのだが、マインが無理やりにラバックと変わったのだ。

 

 ある程度見回りが終わったあと、昼食をとっていると、再び安寧道の教主と出会った。なので、タツミはそこで思い切って聞いてみることにした。

 

 安寧道に潜む闇のことを。

 

 教主はそのことに対して答えないかと思ったが、彼はそれに答えてくれた。彼自身、教団の幹部に闇を持っている人物がいることは、把握できているようであった。

 

 結局のところ彼は底抜けに善人であった。たとえ闇を持つ幹部がいようとも、彼は「信じる」と言っていた。そしてタツミは、改めて彼のような人間を死なせてはいけないと思えたのだ。

 

 また、彼は帰り際、こうも言っていた。

 

『お二人は以前よりも仲良くなったように見えます。赤い糸がより濃くなっていますよ』と。

 

 とは言われたものの、アレからマインとの進展は特にない。が、以前会った時に言われたことで、なんとなく意識してしまうのは分かる。

 

 確かにマインは時々かわいいとは思う。これは事実だ。が、恋愛対象と言われれば、悩むところだ。そもそもマインは、ことあるごとに突っかかってきていたので、そのあたりは薄いのではないだろうか。

 

 が、マインもチェルシーにたきつけられているのか、最近よりいっそうちょっかいを出してくるようになった。今日もスサノオに作ってもらったデザートランナーのから揚げを食べているのにたいし、向こうからよこしてきたくせに、食べ方が子供っぽいと笑われた。

 

 まぁとりあえず、マインとの赤い糸のことは置いておいてだ。今はボリックの暗殺を成功させなければならない。

 

 が、その前に立ちはだかるのは帝国最強の女、エスデスだ。だから、タツミは改めてナジェンダに聞いた。

 

「あの、ボス。前々から聞いてみたかったんですけど」

 

「なんだ?」

 

「エスデスを倒すのに、どれくらいの力が必要だと見ているんですか?」

 

「……」

 

 その問いにナジェンダは持っていたタバコを灰皿において注げた。

 

「五万の精兵と、アカメ、リヒトを含んだ帝具使い十名以上」

 

 愕然とした。

 

 アカメは勿論入ると思っていたが、彼女に加えてリヒト、さらに十名以上の帝具使い、そして五万の精兵……。途方もない戦力だ。弱い国ならこれだけで陥落させられるのではないだろうか。

 

「そんなに……!?」

 

「あいつとブドー大将軍だけは別格だ。私をこんな体にしたのもエスデスだからな」

 

 ナジェンダは右腕の義手を持ち上げる。

 

「丁度いい。話してやろう。あいつと私の因縁を」

 

 

 

 

 

 

「なるほど……。貴方も旅のお方でしたか」

 

「貴方も?」

 

 教主と話していたリヒトは首をかしげた。

 

「あぁ失礼。ここに来る前、二人の少年少女と出会いましてね。一人は茶髪の少年で、もう一人は桃色の髪の少女でした」

 

 外見から言ってタツミとマインで相違ないだろう。どうやら二度目の遭遇を果たしたらしい。

 

 リヒトは自分の身の上をただの旅人だと話した。そして今日ここに来たのは、古くからの友人が先日起きた爆発で死んだのでその供養をしにきたと伝えた。

 

 多少無理があるいいわけであったが、教主は詮索せずにそれを聞いた。

 

「しかし、ご友人をなくされたとは……お辛いでしょう」

 

「まぁ辛くないって言えば嘘になるけど、昔喧嘩別れしたからな。それほどでもねぇよ」

 

「嘘はいけませんよ。少なくとも、貴方の心は悲しんでいる」

 

 目を閉じた状態で教主は言ってくる。どうやら件の特殊能力は本物らしい。

 

「参ったな。あんたの能力の前じゃ嘘はつけないと見えた」

 

「ははは、今のは能力ではありませんよ。単純に貴方の声色や、しゃべり方、表情をうかがった結果です」

 

「……さすが、アレだけの教団を纏め上げるだけはある」

 

 見透かされてしまったことに、リヒトは肩を竦め素直に驚いた。

 

「ははは、そんなすごいことでもありませんよ。私一人では、教団もここまで大きくはできなかった。全ては皆さんの助力のおかげです。……ですが、闇を感じることもあります」

 

「闇?」

 

「ええ。茶髪の少年にも聞かれましたが、一部の幹部からは深い闇を感じます。けれど、私は信じることにしているのです。例え闇を抱えていても、彼等がいなければ、安寧道もここまで大きくすることは出来なかった。それに、人間ならば誰でも闇は持っていますからね」

 

 胸に手を当てながら彼は真っ直ぐな瞳をこちらに向けてきた。その瞳のなかには一切の迷いがなく、澄み切っていた。

 

「信じる……ね。アンタ、早死にするタイプだな。あまっちょろい考えの理想主義者だ」

 

「よく言われます。護衛の者達にもたまに叱られてしまいますね」

 

 微笑を浮かべた教主に後悔の念は見られなかった。彼はたとえ幹部に裏切られて殺されたとしても、決して彼等を恨みはしないだろう。それだけ彼は優しいのだ。

 

「まぁでもアンタみたいな考え、オレは好きだぜ」

 

「ありがとうございます。では、私からも貴方に助言というかアドバイスをさせていただきます」

 

 ふたたび目を閉じた教主はそのまま告げてきた。

 

「貴方は自分が弱いと思っていますね。ですが、そんなことはありません。貴方は強い。身体も、精神も。貴方が弱いと思っているのは、すぐに涙を流し、感情を抑えられないことでしょう。

 それは弱さではありません。強さです。感情を殺すというのは、自分の思っていることに表に出すことが出来ない、弱さであると私は考えています。感情は抑えるものではありません。外にさらけ出すものです。だから貴方は自分の感情にしたがって生きなさい。感情を出せるということはそれだけで素晴しいことなのですよ」

 

「……」

 

 教主の言葉はリヒトの胸を打った。

 

 いつかの夜。アカメにも似たようなことを言われた。泣きたい時には泣けばいいと。感情を殺しては心が死んでしまうと。

 

 その時は彼女の言葉を分かった気でいた。だが、根本的には理解が出来ていなかったのだ。

 

 感情を表に出すのは弱さではなく、強さ。アカメもきっと同じことを言おうとしたのだろう。

 

「……そっか、やっぱオレって馬鹿だな」

 

「いいえ。貴方もゆくゆくは気付いたでしょう。しかし、今回は私が後押しをさせていただいただけです。余計なお世話でしたかね?」

 

「いや。ありがとな、教主様。おかげで色々吹っ切れたわ」

 

「それはよかった。では、その報酬と言ってはなんですが、そのお酒、頂いてもよろしいですか?」

 

 教主はリヒトの足元にある酒瓶を指差して首をかしげた。

 

「別にいいけど、なんだアンタも酒好きなのか?」

 

「ええ、まぁ。教団内にいるときは余り飲めないので……。それに、そのお酒は私も大好きなものなんですよ」

 

「へぇ、意外だな。酒なんて飲まないもんかと思ったぜ」

 

「私とて人間ですからね。好物くらいはありますよ」

 

「ははは。ちがいねぇ、ホラよ。全部飲んで構わないぜ」

 

 教主に酒瓶を渡すと、彼は一度頭をさげて祈りを捧げた後酒瓶に口をつけて酒を煽った。中々いい飲みっぷりである。

 

 何度か喉が鳴るが、リヒトはそこで「うん?」と首をかしげる。教主はグビグビと喉を鳴らし、酒を飲み下していく。だが、あの酒はそれなりにアルコールの度数は高い。半分残っているなら何回かに分けて飲むのが普通なのだが……。

 

「お、おい。そんな一気飲みして大丈夫か……?」

 

 さすがにここで倒れられては色々とまずい。場合によっては護衛たちに殺されかねない。

 

 だがそんな心配は何処吹く風。教主は酒を飲み続け、最終的に全部飲み干してしまった。そして彼は深く息をついて一言。

 

「……ふむ、やはりここの果実酒は美味しいですね。久方ぶりに飲んだので、抑えが利きませんでした。もう一本持ってません?」

 

「ねぇよ! つか、アンタ見かけによらず酒豪か? 結構度数たけぇよなアレ」

 

「昔からお酒には強いのですよ」

 

 けろりとした表情の教主の顔には少しの火照りも見えず、呼吸も非常に落ち着いている。

 

「教主様の意外な顔を見られたな。いつかアンタとは飲み交わしたい気分だ。いい酒が飲めそうだ」

 

「では、ご都合が合うときにいらしてください。私も忙しくなければ、お相手しましょう。あぁ、お名前は?」

 

「うーん、事情的に教えられないから。髪の色からとって、銀色さんで」

 

「ではギンさんとお呼びします。では、今日はこれで。お話できて楽しかったですよ。ギンさん」

 

「オレもアンタと話が出来て、色々わかったよ。教主様、さんきゅーな」

 

 軽く手を振ると、教主もそれに答え、護衛たちの下に戻っていった。

 

 その途中、彼はこちらに振り向いて大きめの声で言ってきた。

 

「あと、彼女さんは大事になさってくださいね。あなた方はきっと結婚までこぎつけると思われますよ」

 

「そうかい、そりゃありがとよ」

 

 改めて手を上げると、教主も満足げに手を振ってきた。

 

 彼の姿が見えなくなるまで見た後、リヒトは大きく伸びをして晴れ晴れとした表情を浮かべた。

 

「よし、帰るか。はやくしねぇと夕飯に遅れる」

 

 リヒトはヨルムンガンドを伸ばして空中に躍り出た。

 

 

 

 

 

 

 

「というのが、私とエスデスとの因縁だ。結局のところ私は生き残り、今ここにいる。だから最終的には私が勝利し、この呪縛解いてくれる」

 

 鋭い眼光を見せながら言うナジェンダに、タツミはゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

 ……さすがボス。スゲェイケメン!

 

 驚く方向性は間違っているような気がしたが、それはさて置いてだ。タツミはもう一つ気になったことを問うた。

 

「あのさ、ボス。リヒトの帝具、ヨルムンガンドの奥の手って本当になんなんだ?前聞いたときは疲れるって言ってたけど……」

 

「ヨルムンガンドは……いや、この話はあいつから口止めされているからな。本人から聞け」

 

 返答はなんとなく予想が出来ていたが、やはり、リヒトとアカメの奥の手は秘匿が絶対らしい。

 

「ただ、一ついえることは、ヨルムンガンドの奥の手は破壊に特化したものだ。その気になれば、街一つを一瞬で葬ることぐらい簡単だろう。うまくいけば、エスデスとブドー両方を一気に消し去ることも可能なはずだ」

 

「マジかよ!?」

 

「あくまで推察の域を出ないがな。しかし、それだけあの帝具は強力なんだ。ゆえに……」

 

「そうか……リヒトに対するダメージも……」

 

 ナジェンダは静かにうなずいた。

 

 強大すぎる力には危険が伴うというのはセオリーだ。帝具も勿論そうだ。インクルシオも装備するには相当の危険を孕んでいる。

 

 ヨルムンガンドも本当に使いこなすまでには、発狂しそうなほどの悪夢を見るというし、奥の手もそれだけ危険なのだろう。

 

「じゃあ、展開して一週間近く動けなくなるって言うのは、症状が軽いほうなんだな」

 

「だろうな。アレを見る限り、最大出力での展開は命に関わるはずだ。だからできればリヒトには負担をかけてやりたくない。チェルシーもいることだしな」

 

「そうですね。だったら、リヒトが無理しないように、俺もがんばらないと!」

 

「フッ、その意気だ。タツミ、期待しているぞ」

 

 ナジェンダは小さく笑みを見せた。

 

 タツミも拳を握り、決意に満ちた顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。

 

 大聖堂近くの森林地帯に、穴が開いた。

 

 中を覗くと、やりきった表情のレオーネとスサノオがいた。

 

「よし、開通したぞ……」

 

 スサノオは武器である槌を肩に担ぎ、標的を見据えた鋭い眼光を大聖堂に向ける。

 

「ついに攻め込めるな」




はい、お待たせいたしました。
前回の投稿からもう四ヶ月近くも放置してましたね。申し訳ない。

今回はバトルなしでこんな感じで。
教主様はこういうアドバイスキャラがいいと思ってます。
あとぜったい酒強そうですもんw
飲んでいいのか知りませんけど!
教主様って結構恋愛ごとに口出すの好きですよねw

次回は攻め込むあたりまでかければとおもいます。
今度はそれほどお待たせせずに、書きたいと思います。
がんばりますです。
では、感想などありましたらよろしくおねがいします。

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