白銀の復讐者   作:炎狼

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第二十三話

 結果から述べると、タツミは失踪した翌日に自力でアジトまで戻ってきた。

 

 リヒトが暗殺任務をこなし、タツミ自身が失踪した翌日、彼はけろりとした顔で戻ってきたのだ。彼曰く、フェイクマウンテンの山頂に上ったところ、なんとエスデスが空から降ってきたのだという。

 

 大方飛竜の背中にでも乗ってやってきたのだろうが、相変わらず行動が読めない女である。そして山頂で出会った二人を待っていたかのように例の新型危険種が現れたらしいのだが……。

 

 タツミが逃げるまもなくエスデスに瞬殺され、タツミは彼女にロックされてしまったとのことだ。けれど、そんな二人のところにラバックが言っていた麓から一気に駆け上がってきた男がやって来て、男の持つ帝具らしきもので帝都から遙か南東の無人島に転移させられてしまった。

 

 そしてタツミはエスデスと共に新型危険種の巨大版、スタイリッシュのようなものと戦ったり、彼女に迫られたりしていたらしい。まったく人が精神的にダメージを負っていたと言うのにバカンスとはいいご身分である。

 

 しかしただ遊んでいたわけでもなく、タツミはエスデスから彼女の過去と帝具がどのようなものであるかを聞き出すことに成功したのだ。そこは評価に値する。

 

「でもなぁ、よくよく考えれば美女と南の島でイチャコラしてたんだろ? お前的にはどーよ、ラバック先生」

 

 風呂に入っているボスに出すコーヒーを淹れているラバックに聞くと、彼は小さく鼻で笑った。

 

「別にどうとも思わないよ。だって相手敵だし、できればそのまま置いて来ればよかったのにさ……いや、マジで気にしてないからね。ホントマジで」

 

 スプーンでカップに入ったコーヒーを良く混ぜながらいうラバックであるが、よく見ると彼は俯きながら涙を流していた。女好きであるのだから悔しいのだろう。というかさっさとナジェンダに告白すればいいのではないだろうか。

 

「あいつは昔からしぶといからな」

 

 声がしたほうを見るとバスルームからナジェンダが髪を拭きながらやってきた。黒のタンクトップは丈が短いもので見事なくびれが露になっている。こうしてみると顔はイケメンだが、体つきはエスデスに引けを取らないほどセクシーである。

 

「たとえタツミがエスデスを置いてきたとしても、ヤツなら自力で危険種でも手なずけて戻ってくるだろうさ。だったら最初から貸し借りなんて無しにして、敵として出会った時に全力で戦えるようにした方がいい」

 

 彼女の言葉を聞き、リヒトも軍で初めて会った時のエスデスの威圧感を思い出す。確かに彼女なら危険種を手なずけるなど簡単だろう。しかもタツミの話では彼女は北方の狩猟民族の出らしい。危険種を手なずける術を知っていてもおかしくはない。まぁ手なずけるという名の調教をするのだろうが。

 

 リヒトは彼女が危険種を調教している様を思い浮かべてゾッとしてしまった。

 

 ……きっとめっちゃ笑顔でやるんだろうなぁ。

 

 感慨深げに頷いていると、タツミが目の前を吹き飛ばされる形で通過していった。

 

「うん?」

 

 そちらに目をやると顔をパンパンに腫らしたタツミがプルプルと震えていた。一部始終を見ていなかったので疑問を浮かべるリヒトだが、チェルシーが耳打ちしてきた。

 

「タツミは今ボスのことを二十代半ばに見えないって言ったんだよ。意外すぎるってね」

 

「あぁなる……」

 

 さすがに女性の前で年齢を聞くのは失礼だ。それも実年齢を意外すぎるとかいったらぶっ飛ばされるのは当たり前だろう。

 

「食事後に大事なミーティングがある。皆あまり飲みすぎるなよ!」

 

 怒りを孕んだ彼女の言葉にオレ達は素直に頷いた。

 

 

 

 

 

 帝都近郊の森をセリューは相棒である帝具ヘカトンケイルこと、コロと共に歩いていた。見れば彼女の服には少々の血の点が見える。コロの口元にはそれ以上にべっとりを血がついている。

 

 つい先ほど帝都で悪事を働いた三人の盗人をコロに捕食させたばかりだ。恐らくその際に付着したのだろう。まぁそんなことはどうでもいい。所詮は悪だ。

 

「……」

 

 でもセリューには分からないことがあった。

 

 それは少し前に合流したウェイブの言動だ。彼はこう言った。

 

『盗賊を一方的に殺したな?』と。

 

 それには答えなかったが、彼はさらに言葉を続けた。

 

『いくらイェーガーズに特権があるとはいえ、個人ではやって良いことと悪いことがある』と彼は続けたのだ。

 

 セリューにはこの言葉がどうしても分からなかった。悪なのだから殺したほうがいいに決まっている。隊長の指示を仰ぐまでもない。

 

 悪は殺す、そして正義は勝つのだ。なんらおかしいことなんてない。恩人であるオーガやスタイリッシュだって言っていた。『悪いやつはみんな殺すべきだ』と。

 

「そうだよ。悪は殺さないといけないんだ。……パパを殺した悪はこの世から消滅させるんだ」

 

 そう呟いた彼女の瞳には光が灯っておらず、どこか虚ろだった。けれど瞳の奥にはどす黒く光る刃の矛先は、ただひとりの人物に向けられている。

 

「……待っていろリヒト、お前を私は認めない。絶対正義の名の下に貴様を断罪してやる……!」

 

 義手がギチリと軋む音が聞こえるほど握った彼女の口元は、ひどく歪な笑みを持っていた。

 

 

 

 

 

 食事を終えたリヒト達はナジェンダから次の案件を聞いていた。

 

 今回の案件はここ十年で一気に勢力を増やしてきた宗教勢力、『安寧道』の武装蜂起、つまり宗教反乱だ。革命軍はそれを利用し、西の異民族と共に帝都を陥落させる計画を立てている。

 

 民の犠牲は極力避けたいものだが、この国はすでに末期だ。民を苦しめ虐め過ぎたからこそ、今手を打たねば取り返しのつかないことになる。

 

 そこで安寧道の武装蜂起と同時に西の異民族が攻め入り、それに続いて革命軍が進撃を開始するのだ。既に革命軍本部から帝都までの関所や城の太守には内応を取り付けてあるため、無血開城で一気に帝都へ突き進むことが出来る。

 

 けれどそれでも帝国の大将軍、ブドーとその近衛兵が迎撃をしてくるだろう。しかしそれによって宮殿は手薄となり護衛のための兵士しか残っていない。そこをナイトレイドが叩き、大臣を暗殺するというのが帝都を切り崩すためのシナリオだ。

 

 ただし、それを行うにあたって邪魔な人物が安寧道の中に潜り込んでいるのだ。それが大臣が送り込んだスパイ、ボリック。彼は見事に安寧道に潜り込み、ボリック派と呼ばれる派閥まで作り上げているらしい。

 

 大臣が彼を送り込んだ理由はただ一つ。安寧道に武装蜂起をさせないことだ。もっと言ってしまえば、現教主を殺して本当の神に仕立て上げることで、自分自身が新たな教主となると考えているのだ。

 

 そんなことをさせないために今回のナイトレイドの任務は安寧道の本拠地に乗り込み、ボリックを討つことだ。それにボリックを暗殺するための情報は既に揃っている。

 

 彼は信者の女性達に薬を盛る事で中毒状態にし、忠実な人形に仕立て上げているとのことだ。

 

 それを聞いたリヒトは権力を手に入れたものは、本当に女を欲しがるものだと思った。

 

 ……そんなにいいかねぇ。まぁ優越感とか支配欲を満たしたいんだろうが。

 

 肩を竦めてナジェンダの話に耳を傾ける。

 

「では最後にイェーガーズについてだが……アイツ等は今、全力で私達を狩ろうとしている。このまま後手後手ではいつか捕まってしまうだろう」

 

「私の前の任務でも私の能力じゃなかったらやばかったしね」

 

 チェルシーは真面目な顔をしつつ言う。彼女は前回の任務で危うくイェーガーズに捕らえられる所だったのだ。そう言った状況にあったからこそ彼女の言葉は重い。

 

「ならば今回はアイツ等を帝都の外に誘き出し、そこで仕掛けようと思う」

 

 ナジェンダは鋭い視線で皆に告げた。ようはナイトレイドとイェーガーズ、双方で全面対決をするのだ。

 

 それを聞きリヒトは口元に手をあて、幼馴染である少女、セリューを思い浮かべる。帝国の腐敗、汚い大人たちによって純粋な心を捻じ曲げられてしまった哀れな少女。だが彼女のやっていることは到底見過ごせることではない。

 

「リヒト」

 

 ふとナジェンダに呼ばれた。見るとほかの皆も全員こちらを心配するようにうかがっている。

 

「なんだよ、皆して」

 

「いや、お前は先日も昔の上司を暗殺したばかりだし、イェーガーズには幼馴染もいるんだろう?」

 

「……ハッ! 心配すんなよボス。アイツは、セリューはオレの手で殺す。言っただろ、覚悟は出来てる。この前は少しばかり動揺しちまったけど、もう大丈夫だ。迷いはねぇさ」

 

 薄く笑みを浮かべながら言うと、皆納得がいったのか笑みを見せ、ナジェンダも「よし」と短く答えた。

 

「では、みんな決戦に向けて各自準備は怠るなよ」

 

 ナジェンダが告げミーティングは終了となったが、オレはふと誰かの視線に気が付きそちらに目をやった。

 

 見るとちょうどチェルシーと目が合った。しかし彼女はすぐに顔を伏せて視線を逸らしてしまう。やっぱり何かしただろうか。

 

 気になったリヒトは皆が会議室を出て行ったのを見計らって彼女に声をかけてみた。

 

「チェルシー」

 

「んー? なにー?」

 

 言いながら振り向いた彼女はいつもと変わらなかったが僅かに頬が赤い。

 

「お前最近ボーっとしてる事多いけど熱でもあんのか? 顔も赤いし」

 

「ふぇっ!? そ、そんなことないってばー。あー、ホラ! 任務帰りで少し疲れちゃったからじゃない?」

 

「それってやっぱり調子悪いんじゃねぇか。ちょっと来い」

 

 言うが早いかリヒトは乱雑にチェルシーの頭を引っ掴むと、間髪いれずに自分の額と彼女の額を合わせた。熱があるかチェックしているのである。

 

「んー、やっぱり少し熱いぞお前。薬飲んで早く寝たほうが……」

 

 リヒトがそういう内にもチェルシーの顔はどんどん赤くなり、茹蛸のようになってしまった。

 

「り、り、り、り……」

 

「り?」

 

 ずっと「り」を繰り返す彼女を不審に思ったリヒトは額を離すものの、次の瞬間凄まじい力で右頬を引っ叩かれた。

 

「リヒトのバカあああああ!!」

 

「へぶらぁッ!!!??」

 

 恐らく渾身の力で放たれたであろうビンタの威力は凄まじく、壁に激突させられてしまった。

 

「言っとくけど私に熱なんかないからね!」

 

 チェルシーはそれだけ言い残すとズンズンと部屋に戻っていってしまった。残されたリヒトは引っ叩かれた頬を摩る。

 

「かー……いてぇ。ビンタって割と威力あんなぁ。でも、あんだけ力が出せれば調子は悪くないか。うん? じゃあなんで顔が赤かったんだ?」

 

 妙な疑問を抱えたものの、リヒトはすぐに「まぁいいか」と考えるのをやめ、会議室を後にした。

 

 

 

 

 リヒトを盛大にビンタしたチェルシーは凄まじい速さで自室に戻ると、勢いよくドアを閉めた。そして全身の力を抜くように閉めたドアに寄りかかると、そのままズルズルと床にへたり込む。

 

「はぁ~……」

 

 大きくて長い溜息が漏れた。

 

 リヒトの顔を打った右手はジンジンとしており、かなり力を込めていたのがわかる。

 

 チェルシーは左手で自分の頬をさわってみた。

 

 やはりというべきか頬はとても熱くなっていた。それもこの前の比ではないほどに。

 

「もう、もうもうもう! なんでああいうことを平然と出来るのかなぁ! リヒトの精神状態が見てみたいよ……」

 

 膝を抱えこむ形で座るが、頭の中ではリヒトのことばかりを考えていた。

 

 というかここ数日の間ずっとそうだ。

 

 リヒトがいれば自然と彼を目で追ってしまうし、彼がレオーネやマイン、アカメと仲良くしていればなんだかモヤモヤしてしまう。酷い時などリヒトの姿がないだけでボスに何度も確認を取ってしまったこともある。

 

 その原因はやっぱりアレだろう。修行中にリヒトがチェルシーに言った、『好きだ』という言葉。

 

 心の中では分かっているのだ。あの「好き」は仲間として好きなのであって、恋愛対象ではないと。でもどうしても意識してしまう。

 

 最初は彼のことをそこそこ強くて頭の回転が速い子だなぁ程度にしか考えていなかった。でも一緒に任務をこなしていくうちに徐々に彼に惹かれて行った自分がいるのもまた事実。

 

 そして今、チェルシーは確信してしまった。自分の中で渦巻くこの感情が何であるのか。そうこれは――。

 

「恋……だよねぇ……」

 

 そう。チェルシーはリヒトに恋心を抱いていた。それも結構一方的な恋心だ。でもこれを判断するだけの材料はちゃんと揃っている。

 

「好きになっちゃったなぁ、リヒトのこと……」

 

 苦笑交じりに言うチェルシーだが、その顔はかつてないほどに綻んでいた。

 

 

 

 

 

 夜中。

 

 リヒトは眠ることが出来ずしばらく夜風に当たってこようと、アジトの上の岸壁にやってきた。

 

 しかし既に先客がいたようだ。

 

「珍しいな、ボス」

 

 先客はナジェンダだった。彼女は天上に浮かぶ月を見上げながら一人、酒を飲んでいたようだ。

 

「妙に眠れなくてな。お前もか?」

 

「まぁな。その酒って結構上手かったよな。貰えるか?」

 

 言うと同時にグラスを持ってきていないことに気付いたが、その瞬間、ナジェンダがグラスを放ってきた。

 

「持ってきてたのかよ」

 

「誰か来た時のためにな。まぁ座れ」

 

 ポンポンと横に来るように言われたのでそこに腰を下ろすと、ナジェンダは酒のボトルを傾けてグラスに注いできた。

 

 酒の色は透明な黄色と言った感じで所謂、白葡萄酒だ。一口それを含むとフルーティな甘みが広がるが、その次には強い酸味が襲ってくる。

 

「やっぱ上手いなこれ」

 

「それなりに上物だからな。ところでリヒト、奥の手はどうだ?」

 

「……部分展開だけなら多少の休息を取るだけでなんとかなる。ただ、完全展開は一週間の休息が必要なのはかわらねぇ」

 

「そうか。ならばイェーガーズとの対決では完全展開は使用しない方がいいな。お前に一週間も動けなくなってもらっては困る」

 

「あいよ。まぁ完全展開は本当にやばい時だけだな」

 

 苦笑気味に答えるとナジェンダも頷いて答える。そのまましばらく無言で月を眺めていると、ナジェンダがタバコを咥えて紫煙を燻らせた。

 

「そういやボス。その銘柄のタバコずっと吸ってるけど美味いのか?」

 

「別に美味いわけじゃないさ。ただ煙吸ってるだけだからな。吸ってみるか?」

 

「いんや、やめとく。癖になるのも嫌だし」

 

 肩を竦めて答えるとナジェンダはつまらなそうな表情をした。身体に入れた煙を吐き出す。

 

「それは残念だ。愛煙家が増えてくれるのもいいと思ったのだがな」

 

「ほどほどにしとけよ。タバコは健康に悪いって言うしな」

 

「フフ、気をつけておこう」

 

 小さく笑ったナジェンダは肩を竦めた。それを見つつ残った酒を一気に煽ったリヒトは再度グラスに酒を注いだ。

 

 その後一時間ほどした後、各々部屋に戻ると睡眠を取った。

 

 翌日、ナイトレイド一行は安寧道の本拠地があるキョロクへと向かった。

 

 

 

 それから凡そ数日、イェーガーズにもナイトレイドの目撃情報が入り、彼等もまたナイトレイドを狩るために帝都を後にした。

 

 

 

 

 

 ロマリー街道から南にある渓谷地帯の上にある、森林内の一本の樹木の枝にリヒトの姿があった。

 

 彼は今ここでイェーガーズのメンバーが来るのを待ち伏せているのである。

 

 キョロクに到着する前、ロマリー街道付近でアカメとマインの姿を民衆に晒すことで、イェーガーズが出てくると踏んでいたのだ。そしてつい先日帝都を監視している密偵からイェーガーズが出動したとの連絡が入ったのだ。

 

 だから昨日もアカメ達が街道に出ることで、イェーガーズにナイトレイドがいることを知らせたのだ。その後アカメとナジェンダが二手に分かれたように見せかけ、東には情報を送った野盗やら盗賊やらを配置しているため、容易にこちらと合流できはしないだろう。

 

 そして今ここでリヒトは待っているというわけだ。ほかのメンバーもそれぞれの配置についているし、マインはかなり離れた所で狙撃態勢を取っているだろう。

 

 しかしリヒトの視線の先には、自分の筋肉を見せ付けるような格好をした案山子が立っていた。アレはナイトレイドが用意したものだが、実はあの中にはスサノオがいる。ようは相手が不審がって近づいた時に奇襲をかけるというわけだ。

 

「つーか池面ってなんだし」

 

 案山子の胸の部分に書かれた文字を見ながら嘆息するが、リヒトはその後口元に手を当てて考え込む。

 

 ……まぁエスデスからすればボスを捕らえたいだろうから、恐らくこっちには来ないはず……となると、イェーガーズの数からして三人がこっちに来るか。

 

 思考を走らせる中でセリューの顔がちらつく。だがそんなことは関係ない。幼馴染だろうがなんだろうが、革命の邪魔となるのなら排除するのみだ。

 

「リヒトー」

 

 考えていると名前を呼ばれたのでそちらを見ると向かいの木の枝にチェルシーがいた。

 

「よう、チェルシー。そろそろ持ち場に着いた方がいいんじゃねぇか?」

 

「私遊撃手だからさ、特定の持ち場とかないわけ」

 

「そういやそうだったな。で? なんか用か?」

 

 小首をかしげて彼女に問うと、チェルシーは少しだけ顔を伏せながらも言ってきた。

 

「えっとね……あとで話があるからこの戦いは絶対に生き残ってね」

 

「後でって……今じゃダメなのかよ」

 

「だーめ。せっかちさんは嫌われるよん」

 

 ウインクしながら言うチェルシーはいつもの悪戯っぽい笑みを浮かべていた。リヒトは若干納得がいかなさそうにするものの、後で話してくれるならと思い頷いた。

 

「りょーかいだ。だったらお前もちゃんと生き残れよ?」

 

「私はホラ、直接戦闘はないし大丈夫だって。でも……うん、ちゃんと生き残るよ」

 

「ったりめーだ。言いたいことがあるって言って死なれたらこっちがモヤモヤしちまうからな」

 

「ハハッ、そうだね」

 

 そう笑みを浮かべる彼女の顔は今まで見たことがないほど可愛らしく、リヒトは自分の心臓が一際強く脈打ったのを感じた。

 

 しかし、それとほぼ同時に渓谷の方で馬の走る音が聞こえた。音からして三匹だ。

 

「来たな」

 

「うん。それじゃあリヒト、がんばってね」

 

「おう。お前もな」

 

 ハイタッチを交わして二人は別れ、リヒトは双眼鏡を覗き込む。

 

 視線の先には三人の人間の姿があった。一人はタツミと同じくらいの藍色髪の少年。もう一人は筋肉隆々で胸に傷のあるマスク姿の大男。そして二人に挟まれるようにして黒髪黒目の刀を持った少女がいる。

 

 タツミの情報から言って少年の方はウェイブ。大男はボルス。そして真ん中の少女はアカメの実の妹、クロメだろう。ウェイブは暗殺対象ではないが、クロメとボルスは革命軍の暗殺対象に入っている。

 

 ……似てるな。

 

 クロメの顔はアカメとよく似ていた。髪が長くてもう少し背が高ければ、目が赤いか黒いかでしか判別できないのではないだろうか。

 

 しかし彼女とアカメの根本から違うのは、その瞳の奥に宿った禍々しい光だ。同じ地を持っていながら、彼女達の瞳の光は違いすぎていた。クロメの光はどす黒くて、とても重い。

 

 帝国の暗殺部隊の話を聞けばあのようになってしまうのは仕方のないことなのだろうが、辛い過去があるからと言って見過ごすわけには行かないのだ。

 

 などと思っていると遙か後方からパンプキンの銃撃音が聞こえた。音は最小限に絞られていたので、谷にいるクロメ達には聞こえていないはずだ。暗殺対象的に考えて狙ったのはクロメだろうか。

 

 リヒトはマインの狙撃をクロメが避けられるとは思っておらず、確実に一人目をしとめたと思った。しかし、そんな考えは甘かった。

 

 双眼鏡の先でクロメの瞳が僅かに動いたかと思うと、彼女はその場から身を翻して回避運動を取ったのだ。それによりマインの放った弾丸は、空しく大地に着弾しただけだ。

 

 ……アレを避けるかよ。なんつー反応してやがる……。

 

 敵ながらあっぱれなその行動に舌を巻いてしまったが、今のであの三人に罠だと気がつかれてしまった。けれどその後のことはちゃんと準備はしてある。

 

 案山子が膨れたかと思うと、その中に隠れていたスサノオが一気にクロメに詰め寄り、彼女に向けて槌を降りぬいた。だが、その攻撃は彼女の隣にいたウェイブに防がれた。

 

 ウェイブはスサノオの力を相殺することが出来ず、彼方へ吹っ飛んでいった。ここまでで結果的に二人に削れた。

 

「でも、結構厄介そうな二人だな」

 

 言いつつ渓谷を見るとタツミ達も展開を始めた。ここで出て行くべきなのだろうが、ナジェンダからはしばらく出るなといわれているので今しばらくここで息を潜める。

 

 タツミ達の登場により、ボルスは火炎放射器型の帝具、ルビカンテを構えた。それに続いてクロメも刀を抜くかと思いきや、彼女はアカメに話しかけているようだった。

 

 その時、クロメはとても晴れやかな笑みを浮かべた。でも、リヒトはその笑みに心底おぞましいものを感じた。あの笑顔の下には黒くて暗くてとてつもなく重い物が隠されている。あれはセリューの狂笑の比ではない。

 

 やがてクロメは彼女が所持している刀型の帝具、八房を抜き放った。

 

 彼女はそれを天を突くように掲げる。すると、それと同時に彼女の周囲に黒い稲光のいようなものが発生し始めた。そして地面から人の手がボコリと出てきた。

 

 文献で読んだ彼女の帝具、八房の能力は切り捨てた死体を呪いによって骸人形にし、所有者の思うように動かすことが出来る帝具だ。となると出てくるのは八体の人間の骸人形だと思ったのだが――。

 

 瞬間、腕が出てきたところの少し後ろの地面が大きくひび割れ、地震のように大地が揺れた。するとバキバキと地面を破砕しながら巨大な手が現れる。

 

 手は人間のものではない。まぁそれは巨大さから普通に分かるが、それよりも気になったのはその腕が骨だったことだ。そして段々と現れてきた巨大な影にリヒトは思わず息を呑んだ。

 

 その影は渓谷からリヒトがいる木の近くまでの背丈を持ち、腰からは太い尻尾が生えているバケモノの骨だった。だがリヒトは以前この骨格を持った危険種を図鑑で見たことがある。確かコイツの名前は――。

 

「超級危険種、デスタグール……」

 

 超級危険種……帝具の素材にもなったほどの力を持つ存在。その強さは特級までとは段違いの存在そのものが災害並みの危険種だ。

 

 そしてデスタグールは一風変わったもので、全身が骨柄であり生存時もあの姿で生きているのだ。やはり危険種は帝具と同じで特殊なものも多いようだ。

 

「まさか超級まで手懐けるとはな。どんな精神力してんだか」

 

 呆れた声を漏らしているとアカメが地を蹴り、デスタグールの肩にいるクロメを接近した。だがリヒトはその行動が彼女らしくないと思った。少し熱くなっているのだろうか。

 

 できれば彼女を制止してやりたいが、それはできない。ここでリヒトの存在がばれてしまえば、奇襲が成功しない。

 

 だからこそ手伝いたい気持ちを抑えながら二人の戦いを見守る。しかし、クロメは彼女の骸人形といるようで、アカメの攻撃が入ることはない。そればかりかアカメは蹴りをもらい、デスタグールから落とされてしまった。

 

 あの程度の高さから落ちたとしてもアカメなら大丈夫だろうが、問題なのは下にいる人物だ。アカメの下を見ると、そこにはルビカンテを構えたボルスがいた。

 

 ルビカンテの放射口には炎が集束しており、次の瞬間には凝縮された火球がアカメに向かって放たれた。いくらアカメといえど空中では身動きが取れない。

 

「この際四の五のいってられねぇか……!」

 

 ヨルムンガンドを展開してアカメを救出しようとしたが、それよりも早くにタツミが火球が直撃する前に彼女を助け出した。それとほぼ同時にクロメと彼女の骸人形はリヒトとは対岸の岸壁に行く。

 

 クロメは岸壁からアカメ達を見下ろし、気に食わないといった表情を浮かべるとデスタグールに命じた。

 

 その声と共にデスタグールの口の辺りにエネルギーのようなものが集束し始めた。ある程度までそれが凝縮されると、デスタグールはエネルギー体を一気に放出し、衝撃波のようにして放つ。

 

 ゴウッ!! という凄まじい音が響き、谷にいたメンバーに向けて放たれた衝撃波だが、リヒトはその瞬間に実体のないヨルムンガンドを、空中にめいっぱい引き伸ばして上空へ躍り出た。

 

 地表を見てみると渓谷は地形が変わるほど歪んでいた。けれど動く影が見えたことから皆生き残ったようだ。まぁデスタグールが衝撃波を発射するまでかなりのインターバルがあったから回避運動を取るのも容易だったのだろう。

 

 リヒトはそれを確認しつつ対岸に移動したクロメを見やる。相変わらず彼女の隣には、槍のようでありながら片方しか刃のついていない武器を持った青年の姿をした骸人形が静かに控えている。東洋の方ではあのような武器があると聞いたことがあるが、原本までは思い出せない。

 

 この際だから名前などはどうでもいいが、リヒトはあの骸人形がかなりの使い手であることは分かった。恐らく自分とほぼ互角だろう。

 

 すると骸人形は槍のようなものの柄を対岸まで伸ばした。どうやらあれも特殊な武器のようだ。対岸の木の幹に突き刺さった槍にマインは反応して避けたようだが、柄を伝って行く影が一つ。

 

 どうやらあれも骸人形のようだ。そしてリヒトは改めて今現在展開している骸人形の数を確認する。

 

 まず、デスタグール。そしてボルスを警護しているのが一人。レオーネを止めたのが一人。マインを交戦しているのが一人。タツミと戦闘しているのが猿のような危険種とボロボロのマントを被った男が一人。そしてクロメを警護しているのが一人。

 

 今のところ合計で七体の骸人形が見える。

 

 ……あと一体。

 

「できれば八体全部出揃ったところで攻撃を仕掛けたいと思ってたけど、もう行くしかねぇか」

 

 言いながらクロメに目を向けたリヒトの視界にチカッとした光が差し込んだ。スコープで見るとナジェンダが鏡の切れ端で合図を送っていた。「行け」ということだろう。

 

 リヒトはニヒルな笑みを作るとヨルムンガンドを伸ばす。ある程度のところまで引き伸ばしたヨルムンガンドをアンカー代わりにして回収することで、急加速しながら落下するリヒトは片手剣を抜き放つ。

 

「できればこれで死んでほしいもんだが――」

 

 小さく呟き構えを取るとリヒトの瞳から光が消え失せ、暗殺者としての顔が覗く。

 

 だがクロメまであと少しと言ったところで、隣にいた青年の骸人形がリヒトに反応した。それと同時にクロメも反応する。

 

「――やっぱりそうは行かねぇよなぁッ!!!!」

 

 言いながら構えた片手剣を振りかぶって、落下の速度を乗せた斬撃を放つ。

 

 瞬間、リヒトの片手剣と骸人形の持つ槍の柄が激突し、目の前で激しい火花を散らせる。だが、彼の背後にいたクロメがニタリと三日月の笑みを浮かべた。

 

「単身で突っ込んでくるっていう勇気は認めるけどさ。それって馬鹿のやることだよね?」

 

 言いながら彼女は八房による突きを放ってくる。鉛色の凶刃がリヒトの眼球に迫ってくる。しかしリヒトはいたって冷静にヨルムンガンドを伸ばすと、突きを避けてクロメの背後に回る。

 

 すぐさま片手剣を構えて骸人形とクロメに向き直るが、こちらを向いたクロメは感心したような表情をしていた。

 

「へぇ……器用なんだねぇ。それにその帝具も面白い」

 

「お褒めにあずかり光栄だぜ、クロメちゃん」

 

「ハハ、結構余裕ありそうだね。()()()くん?」

 

「オレの名前を知ってるとは思わなかったぜ。手配書でも見たか」

 

「まぁね。でも君には結構興味湧いてたんだよね。隊長がタツミ以外に興味持ってたし」

 

 クスクスと笑う少女は端から見れば愛らしいが、彼女からはどす黒いものが見えた。

 

 すると彼女は「ナタラ」と告げる。それに答えるように隣の骸人形がクロメを守るように立つ。どうやらあの青年の骸人形はナタラという名前らしい。

 

「君、結構面白そうだからさお姉ちゃんと一緒に殺して私のコレクションに加えてあげるよ」

 

「流石に死んでまでこき使われたくないんだよなぁ。だから……」

 

 リヒトは言うと両腕を前に掲げる。すると、彼の腕にがっちりと巻きついていた実体のあるヨルムンガンドが彼の手を離れ、腕から少し離れた所に浮かぶ。それに続いてエネルギー体の鎖も出現して同じように浮かんだ。

 

 そして二本の鎖とリヒトの腕を繋ぐように銀色のオーラが走った。それは鎖にも纏わりつき、最終的にオーラが鎖全体を包み込むと、先端の龍のオブジェクトの瞳が金色に光った。

 

 同時にリヒトは体のなかで何かが接続されたような感覚を覚える。

 

 彼は真っ直ぐにクロメを見据えて言葉を繋ぐ。

 

「……負けるわけには、行かないよなぁ」




はい、今回は大急ぎで書いて出来が悪いかもしれませんが、なんとか書きましたデスタグール辺りまで!

そして次はいよいよ……アレです。
まぁもう結末はわかるような感じですがチェルシーのあのへんまでかければと思います。
長くなってしまうかもしれませんががんばります。

最後のほうでリヒトがなんか奥の手っぽいことしてますが、アレは修行の成果です。

えーでは、ここいらでヨルムンガンドがどうなっているかといいますと、普段実体のあるほうは戦闘時はリヒトの腕に巻きついている感じですな。戦闘以外はベルト辺りに吊ってあります。実体のない方は精神エネルギーで形成しているので空間からポンって出てくる感じですね。今回は両方を一気に展開してさらに腕から離れることで多少機動力が増す感じです。
因みに奥の手はね……出していいのか出さなくていいのか。でも一ついえることはとんでもなく疲れて、尚且つ使いすぎるとリヒトの命が危ない感じです。ようは勾玉みたいなもんです。

ではでは、感想などありましたらよろしくお願いします。




リヒトの顔でも描こうかしら……(錯乱)

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