白銀の復讐者   作:炎狼

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第十五話

 帝都の宮殿内にある謁見の間でエスデスは帽子を取り、それを胸に当てた状態で跪いていた。彼女の前には数段の階段と、その上の豪奢な彫刻が施された椅子に腰掛けている少年と、彼の傍らで何かを貪っている大臣の姿がある。

 

 謁見の間の最上段にいることから、少年の正体が現皇帝であることは明白であろう。しかし、エスデスにとってはそんなものは瑣末な問題だ。すると、皇帝がエスデスにはっきりとした口調で呼んで来た。

 

「エスデス将軍」

 

「はっ」

 

「北の制圧、見事であった。褒美として黄金一万用意してあるぞ」

 

「ありがとうございます。陛下から与えられた褒美、北に残してきた兵たちに贈ります。さぞ喜びましょう」

 

 閉じていた瞳を開け、宝石のような双眸を皇帝に向けると、彼は一度頷いてから告げてくる。

 

「うむ、しかし戻ったばかりですまないが、仕事がある。帝都周辺でナイトレイドはじめ、凶悪な輩がはびこっている。奴らを将軍の力で掃討して欲しいのだ」

 

 『ナイトレイド』、確か帝具持ちがいる殺し屋組織だったか。記憶を思い出しつつ、エスデスは再度目を閉じてから皇帝の言葉に答える。

 

「……分かりました。ですが、一つだけお願いがございます」

 

「兵士か? できるだけ多く用意はするつもりだが」

 

「いえ、聞くところによると賊の中には帝具使いも多いとのこと。帝具には帝具が有効です。六人の帝具使いを集めてください。兵はそれで十分、帝具使いのみの治安維持部隊を結成します」

 

 その言葉に、皇帝は驚いていた。確かに六人もの帝具使いを集めるとなると、難しいものだろう。

 

「将軍には三獣士という帝具使いの部下がいたはずだが……さらに六人もか?」

 

「陛下」

 

 皇帝の質問に答えるように今まで黙っていた大臣がスッと話しに入ってきた。

 

「エスデス将軍にならば安心して兵を預けられますぞ」

 

「……そうか。お前が言うのなら安心だが、集められそうか?」

 

「もちろんでございます。すぐに手配いたしましょう」

 

 ニコリと人のよさげな笑みを見せた大臣だが、皇帝は彼の真意を見抜く事は出来ないだろう。だからこそ彼はいまほっと胸を撫で下ろしているのだから。しかし、エスデスは大臣の瞳に黒い炎を浮かんでいるのが見えた。

 

 ……また悪巧みか、よくやるものだ。

 

 内心で嘆息していると、問いを投げかけられた。

 

「だが苦労をかける将軍には別の褒美を与えたいな。将軍は何か欲しいものはないか? 例えば爵位とか領地とか」

 

 問いに対し、少しだけ考え込む。けれどふと思い出す、産まれてこの方闘争と殺戮程度しか興味がわかなかった自分が最近になってふと産まれた感情を。

 

「あえて言えば……恋を、したいと思っております」

 

 その言葉に皇帝はおろか、大臣でさえも表情が固まった。エスデスからこのような言葉が飛び出すとは思っていなかったのだろう。

 

 数秒間の沈黙の後、皇帝はポンと手を叩いて固まっていた口を開いた。

 

「そ、そうであったか! それはそうであるよな、将軍も年頃なのに独り身であるし」

 

「しかし、将軍の周囲には慕っている者達が多くおりますでしょう? その中から選べばよいのでは」

 

「アレはペットです」

 

 嘘はついていない。実際問題エスデスにしてみれば部下達に多少は気をかけてやるものの、恋愛対象とかにはなりえない。彼女の物言いに若干戸惑いつつも、皇帝は大臣のほうに手を向けて言う。

 

「で、では誰かを斡旋しよう。そうだ、この大臣などはどうだ? いい男だぞ!」

 

「ちょ、陛下!」

 

「お言葉ですが、大臣殿は高血圧で明日をも知れぬ命」

 

「これでも健康です失礼な」

 

 もぐもぐといつも食べ物にがっつき、そんな体型で言われても説得力のかけらもない。本当に大臣の胃袋というのはどうなっているのだろうか。

 

「では、将軍はどのような人物がお好みで?」

 

「ここに私の好み書き連ねた紙をご用意しました。該当者がいれば知らせてください」

 

「う、うむ。承知した」

 

 懐から出した紙を皇帝と大臣に見せつつ言うと、二人は戸惑いながらも頷いた。

 

 

 

 

 

 エスデスは謁見の間から出て、宮殿の中庭通路を大臣と歩きながら話をしていた。

 

「しかし妙なことだ。殺戮と闘争以外に興味の向かなかった私が恋などと」

 

「あぁ、けれど生物として異性を欲するのは至極当然のことでしょう。将軍はその気になるのが遅すぎるくらいです」

 

「ようはこれも本能ということか。まぁいい、今は賊狩りを楽しむとしよう」

 

「それなのですが……」

 

 大臣が言いつつこちらを見据えてきた。怒っているとかそういうのではなく、呆れているという風が打倒の表情をしている。

 

「将軍といえど、帝具使い六人はドS過ぎます」

 

「しかし大臣の力を持ってすれば備えられる範疇だろう?」

 

 笑みを浮かべながら言うと、大臣も肩を竦めながらやれやれと頷いた。しかし、大臣はすぐに腕を組みながら嘆息した。

 

「もし彼がまだ軍にいてくれれば、賊の掃討は彼に任せたのですがねぇ」

 

「彼?」

 

 大臣が言った意味ありげな言葉に反応して聞き返すと、大臣は静かに頷いてから告げてきた。

 

「エスデス将軍が知らないのも無理はないですな。いたのですよ、二十数年前に現在のブドー大将軍と双璧を成すと謳われた英傑が」

 

「ほう……。今で言う私のポジションか?」

 

「そうですな。十代のうちに将軍になり、二十代に入ってからも辺境の地へ赴いては異民族を掃討、戦争の総指揮、上げた戦果は数知れず……」

 

「そこまでの将軍がどうして軍を抜けた?」

 

「彼はとある戦場で自身の部下を守って大怪我を負ったのです。そして彼は満足に戦うことが出来なくなり、自ら将軍の座を退いたと聞きます」

 

 聞きますという言葉からして大臣も細かいことまでは知りえていないのだろう。しかし、エスデスはその男に若干の興味がわいた。もちろん恋愛対象とかそういうのではなく、闘争対象といったものだが。

 

「その元将軍の名は?」

 

「クレイルと言う名だったかと。まぁ軍部を抜けてからぱったりと消息がなくなっていましたが……噂に聞くと、帝都の下町に住んでいたとか何とか。私が知って得をすることでもないので干渉はしませんでしたが。

 とまぁそんな昔話はさておき、さっきの六人の帝具使いの件で、揃えるかわりと言ってはなんですが……私、消えて欲しい人たちがいるんですよねぇ」

 

「フ、また悪巧みか」

 

 クールな笑みを見せてエスデスは言うが、その心には先ほどのクレイルという男がどれほどの男なのか戦ってみたいという感情が渦巻いていた。

 

 ……ブドー大将軍と並ぶほどの英傑……おもしろそうな男じゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アジトから少しだけ離れた森の中でリヒトとタツミは籠を背負って食材採取をしていた。なぜ二人がこんなことをしているかというと、今回はリヒトがタツミの教育係だからだ。本当はもっと遅かったのだが、ボス命令で「やれ」とのことだった。

 

「教育係っていったって炊事はアカメが教えたからなぁ……何を教えたもんか。タツミー、お前オレに何か教えて欲しいことあんの?」

 

「いやそれはリヒトが考えることじゃん! 教育係なんだからさ!」

 

「えーやだー。めんどーい」

 

 などとぶつくさ文句を言いながらもリヒトは食用のキノコや、草を取っていく。しかし、そこでふと感じ慣れた感覚が襲ってくる。

 

「あ、タツミ」

 

「うん?」

 

 タツミがそう答えた瞬間、片手剣を抜き放つとそれをタツミの背後に向かって投擲。タツミは顔のすぐそばを擦過していった片手剣に驚いていたが、すぐに自身の後ろに何かを感じたのか振り返った。

 

 そこには合計八本の足を生やした蜘蛛がいた。しかし、ただの蜘蛛ではない。体躯は巨大すぎであるし、口元は金属を思わせるほど硬そうだ。けれど頭を見るとリヒトが投げた片手剣が突き刺さっている。

 

「ビノシスパイダー……二級危険種だが、気配を消す事は大得意で動物や人間の背後に近づいてから、ケツの毒針で神経を動かなくさせてからゆっくり養分を吸い取る、いやーな危険種」

 

 言いながら突き刺した片手剣をヨルムンガンドで回収したリヒトは、タツミに教えてやる。

 

「因みに言っておくとソイツ、クソ不味いからな。一回喰ったけど吐いた」

 

「まぁ虫系だしな……。つか、攻撃するなら言ってくれよ」

 

「言ったじゃん、「タツミ」って」

 

「名前呼んだだけだろ!?」

 

「え、でもアカメなら一発で分かるぞ?」

 

「アカメと一緒にしないでくれない!? オレアイツよりも弱いし!」

 

 なんとも必死な訴えであったが、リヒトは自身の体質というか、一種の特技を思い出す。

 

「あぁボスがお前につけって言ったのはそういうことか……」

 

「え?」

 

「タツミには言ってなかったから知らねぇよな。オレはさ、何でかわかんねぇけど妙に危険種に絡まれる体質でさ。まぁその体質のせいで食材調達もする炊事係になってるんだが」

 

「危険種に絡まれるって、そんな体質あんのか?」

 

「さぁ? でも現にオレがそうなんだしあるんじゃね。っと言っている間に出てきた出てきた」

 

 話していると、周囲に先ほどのビノシスパイダーと思われる危険種や、そのほかの危険種が集まりつつあった。アジトからそう離れていないのに何処から出てきたのか。

 

「なんでこんな出てくんだよ!?」

 

「まぁオレがいるからだろーな。どういうことかねぇ、アジトとか建物の中にいれば問題はないんだが、外に出るとこうなんだよな。とまぁ中には喰えるのもいるから殲滅するぞー」

 

「お、おう!」

 

 タツミも戸惑ってはいたが剣を抜き放って応戦態勢をとる。それを確認すると、リヒトもニヤリと笑みを浮かべると、危険種の掃討に向かう。

 

 

 

 

 

 数分後、危険種の骸の中心にリヒトとタツミが背中合わせで立っていた。彼等のもつ剣の刃や衣服、顔には危険種の血が飛び散っていた。

 

「疲れた……」

 

「はい、お疲れさん。お前はそこで休んでろ、オレはちっとばかし解体するわ」

 

「ああ」

 

 リヒトに言われタツミはその場に座り込むが、ふと何かを思ったのかこちらに声をかけてきた。

 

「なぁリヒト、アカメから聞いた話なんだけどさ。兄貴のインクルシオは普通の人間が装備すると死ぬって言われてるらしいけど、リヒトのヨルムンガンドもそれぐらい危険なのか?」

 

「どーだろうな、でも危険といえば危険なのかもな」

 

「どういう意味だ?」

 

「んー、まぁ言っても特に問題ないから言うけど。オレのヨルムンガンドはさ、適合した時は良かったんだ。でもその後がきつかった。

 ヨルムンガンドを装備してからしばらくの間、悪夢を見たんだ。オレ自身が鎖に絞め付けられる悪夢、オレの親や死んだ親友が苦しめられる悪夢、そしてオレ自身がでっかい蛇みたいなやつに飲み込まれる悪夢……あげていったらキリがねぇ。昼間はそういうのがなかったから気を保ててたけど、じっさいアレが昼間も続いてたら気が狂ってたな」

 

 笑いながら言っているものの、実際は笑っていられるような状態ではなかった。昼間は皆に心配をかけまいと平静を装っていたのだが、それでも辛いものは辛かった。まぁ結局アカメには見事に見破られたのだが。

 

「けど一ヶ月くらい耐えてたらその日からパッタリ見なくなってな。今は何とかこういう風にいられるってわけだ。本当に面倒な帝具だよ、コイツは」

 

 言いながらヨルムンガンドをジャラッと伸ばすリヒトだが、タツミは随分と驚いているようだった。大方悪夢を見続けるというのを想像してしまったのだろう。

 

 そんな彼を見やりつつ、リヒトは残った危険種の解体を急いだ。

 

 

 

 危険種を解体し、そのほかの食材も集め終えた夕暮れ。リヒトとタツミはアジトへの帰路につく。しばらく会話がなかったものの、タツミがポツリと漏らす。

 

「シェーレはどうするんだろうな」

 

 恐らく腕を失った彼女の今後の動向を気にしているのだろう。しかしリヒトは肩を竦めただけで振り向かずに答える。

 

「それはオレ達が口を出す問題じゃない。これからどうするかはアイツ自身が決めることだ。でも、カタギに戻ることが出来ないことぐらいはシェーレも割り切ってるだろ」

 

「じゃあもし、ナイトレイドを抜けるってなったら?」

 

「そんときゃそん時だ。それにナイトレイドを抜けたってシェーレは革命軍の本部に戻るだけだ。会いに行きたくなればいつでも会いにいける。革命が終われば皆笑っていられるさ。

 つーか、そんな辛気臭ぇ顔してたらまたマインにどやされるぞ」

 

 振り向かずに言うリヒトだが、その顔は面白げに笑みを浮かべているものだった。すると、タツミも「そうだな」と短く答え、二人は今日の夕飯を作るためにアジトへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「話ってなんだよ、ボス」

 

 深夜。リヒトはナジェンダに呼び出されて作戦会議室に顔を出していた。ナジェンダはいつもの椅子に据わった状態で紫煙を燻らせている。

 

「リヒト、シェーレが革命軍の本部に一旦戻ることになった。今のままでは戦えないからな」

 

「戦えない、か……シェーレ本人が言ったのか?」

 

「ああ。それで、本部に戻る道中お前に警護を頼みたい。馬は明日の夕方に別のチームが準備する手はずになっている」

 

「了解だ、ボス。でも馬だとどれぐらいかかったっけか?」

 

「滞在しなければ行き帰りで一週間程だろう。荷物は明日中に纏めておいてくれ、急ですまんな」

 

 ナジェンダはそう言っては来るが、リヒトは軽く肩を竦める。そしてニヒルな笑みも見せる。

 

「気にしないでいいさ。それにオレからすれば久々の野営も楽しめそうだからな」

 

「そうか。しかし、警戒は怠るなよ」

 

「おう、そんぐらいは心得てるさ。そんじゃおやすみ。ボスも早く寝ないとお肌が荒れちまうぜ?」

 

 最後にそれだけ言い残し、そのまま踵を返すとリヒトは会議室を後にして自身の部屋に戻ってから本部へ戻るための準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 革命軍の別のチームから用意された馬二頭に食料とテント、飲み水を積んでリヒトとシェーレはそれぞれ馬に跨った。シェーレが多少難儀していたが、リヒトが尻を押してやったらわりとすんなり乗れたようだ。

 

 しかし、その際にマインに思い切り蹴りつけられたのはなぜだろう。

 

「んじゃ、行って来るわ。タツミ、教育係が短く終わっちまってわるかったな」

 

「気にすんなって。オレはレオ姐さんの下でまた色々教えてもらうから」

 

 タツミは笑みを浮かべながらリヒトに答える。すると、そんな彼にレオーネが抱きつき、なにやら話を始めた。

 

 そんな彼等を見ながら苦笑を浮かべていると、マインが上着を引っ張ってくる。

 

「あんだよ」

 

「ちゃんとシェーレを守りなさいよね。片腕がないからエクスタスだって満足に使えないんだから。あと! さっきみたいにデリカシーのない事はしないこと、わかった!?」

 

「へーい……安心しろ、シェーレには傷一つ負わせやしないさ。そんじゃ行くか、準備はいいな」

 

「はい、道中お願いしますね。リヒト」

 

「あいよ」

 

 返答を聞いてから馬の腹を蹴ってリヒトとシェーレはアジトを出発した。天上に浮かぶ月は強い光を放っており、街道を進んでいれば迷う事はないだろう。

 

「頼んだぞーリヒトー!」

 

 背後からの声はブラートだろうか、それに振り向かずに腕だけを上げて答え、リヒトは後ろに続くシェーレに告げる。

 

「シェーレ、早めに街道に出るために少しだけ急ぐけど大丈夫か?」

 

「ええ。全然耐えられます」

 

「上等。ハッ」

 

 少しだけ馬の腹を強めに蹴ってリヒトは加速し、シェーレもそれについて行く。

 

 目指すは革命軍の本部、長いようで短い旅の始まりだ。




はい、今回はクレイルさんのちょっとした種明かしというかネタ明かし? しましたw
最初の方は原作どおりでつまらなかったかもしれませんね、その点においては誠に申し訳ない。

中盤から後半はリヒトとタツミがちょっと行動しただけですが、まぁこれぐらいでいいでしょう(なにがだ)

シェーレを革命軍に送るのならエアマンタ使えばよかったんじゃね? とか
危険種に良く絡まれるリヒトじゃ護衛にならなくね? 逆に危険じゃね? とか思ってはいけない……w

まぁそんな事はさておき、原作組みは原作どおりに動きますが、リヒトはシェーレを送る為にまったくの別行動、即ち原作に絡みません。
三獣士とも戦わないし、エスデスにも再会しない……ようはそういうことです

では感想などありましたらよろしくお願いします。

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