完膚なきまで空転せよ!   作:のんべんだらり

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9.早朝見学

魔鳥との戦闘の反省を踏まえて、訓練がレイハさんから言い渡された明朝5時。

鶏が起きるよりも早くに、ねぼけ眼をこすりながら家を出た。

 

杏奈スペシャルを回避するため、リビングにランニングしてくるとメモを残そうとしたところ、たまたま早くに目が覚めた杏奈さんと鉢合わせてしまった。

交渉の末、納得はしてくれたが、朝ごはんのふりかけは覚悟しておいた方が良さそうだ。激辛カレーに味を占めたのか罰ゲームのノリで迫られるのが最近の悩みだ。

 

そうして神経をすり減らし、律儀にも時間通りに公園までやってきたはいいが、既に訓練が始まっていたとは気づかず、高町のコントロールを逃れたこぼれ弾が額に命中したときは、頭が割れたと本気で思った。

 

(なんであんな元気なんだよ、タコマチめ)

 

高町経由でトレーニング命令が来たとき、僕は既に夢の世界の住人だった。

追跡機能付き魔法弾に延々と追い掛け回されるという悪夢から救われたことに安堵したのも束の間、高町の呼びかけに悲鳴を上げたのは不可抗力だった。

 

そんな現実でも夢でも桜色のスフィアが目の前で、生き物のように動き回っていた。

僕よりも後に寝て、僕よりも早く起きただろう高町は杖を振り回し、空き缶をアクセルシューターでリフティングしている。無慈悲に魔弾を操っていた夢の中の少女と面影が重なり、全力で見ないフリをした。

 

訓練の結界はユーノが張っているため、手持ち無沙汰だった。これならあと15分は寝られた。朝の睡眠はその日一日の活動意欲を左右するほどの死活問題だというのに。

 

(果たして僕がいる意味があるだろうか…いやない)

 

ベンチに疲労が残った身体を預ける。

ぼんやりする頭が疑問を持ち始めた頃、横から声がかかった。

 

「おはよう、平介。おでこが赤くなってるよ」

「赤くなる程度で済んでいることが奇跡としか言えない」

「あはは…なのは、昨日のこと悔しかったみたいだから」

 

一通りレクチャーを終えたユーノにつられるようにして、ユーノが巻き込んでしまったと自負する少女を眺める。

 

高町はレイジングハートを奪われて何も出来なかった、と落ち込んでいたらしい。レイハさんが僕の知る通りの性格ならば、レイハさん自身も簡単に連れ去られた不甲斐なさを猛省している。そうでなければ、訓練の提案はしない。

似たもの主従コンビが熱くなるのも頷けた。

真剣に取り組む横顔は、学校でへにゃへにゃした笑みを浮かべるクラスメートのそれから、魔道師の顔に近づいている。

才能も手伝って、やる気がある彼女の成長は早い。

それが"なのは"にとって幸せなことだったのか、僕はまだ図りかねていた。

 

「それで、次の回収場所は?」

 

話題を変えた僕に、ユーノは変な顔一つせず魔法マップを映し出した。

僕の探査データを基にして、一夜で作り上げたそうだ。急こしらえだから海鳴周辺までしかカバーできていないんだと眉尻を下げる小動物の頭をたたき潰す。リアルもぐら叩き。

押し潰れた塊から肌触りのいい感触と、ほどよい暖かさが伝わってきた。癖になりそうだ。

 

「なな、なにするの!?」

「いや、いい枕になるかと思って」

「殺す気ですか!?」

「ははっ、なかなかの耐久性と弾力だな」

 

感想いらないし!と歯をむき出しにして威嚇された。

僕の手が届かないところまで離れ、ユーノは改めてマップを確認する。

擬似海鳴市の街中で点滅する4箇所。郊外近くに1つ、中心街に1つ、東区の住宅地に2つ。

 

(ったく、贅沢な悩み抱えちゃってさ…)

 

付け焼刃で、そこまでカバーできれば優秀な部類だというのに。

力のない者から見れば、ユーノの態度は謙虚を通り越して卑屈になる。僕には縁のない苦悩だが。

 

「……まずは東の2つにしよう。いっぺんに回収できそうだし」

「ここって隣町の学校だろ?動くのは夜だな」

「結界を張れば見られることはないけど、その方が安全だね」

 

ふと、擬似情報も座軸もない空間に目を留める。

見やすい位置に身体を寄せようとして、ユーノに警戒された。仕方がないので、その場で目を凝らす。

数は3つ。疎らに散っているようだが、見た限り一つのオブジェクト上に存在しているようだ。

マップの調整作業に取り掛かっていたユーノに素直に疑問を口にすると。

 

「そこは海。範囲が広くて、1日がかりになるだろうから後回しにしたんだ」

 

海。海中。ユーノの解説がだんだんと遠ざかり、身体が小刻みに震え出す。

 

(――おもい、だした……っ)

 

6月下旬。気温が上がりはじめたとはいえ海水は10度未満。まだまだ海水浴の季節には早い。

そんな中、バインドを習い始めた魔法少女によって桜色の鎖を胴体に繋がれ、僕は海洋深淵に向けて放り投げられた。

体毛が水を含んで重いし寒しで、浮上すればまた深海へ逆戻りという強制サルベージ。

全身がかじかんでガタブルするなか、恐怖に突き動かされるままに海中をさ迷い、僕は丸三日寝込んだ。しかも丸坊主。その後、雷女と砲撃女のバトルであっさりと降伏したジュエルたち。僕の苦労を返せ。

 

後日、僕が高熱で意識朦朧としている間、海鳴にウミヘビの新種現る!?と街中でもちきりになっていたと聞き、病み上がりの僕の青白い顔は血の気が引いて真っ白になった。

そんな危険な海に同時期潜っていたなんて、新海洋生物と遭遇しなくて本当によかったと涙をこぼす隣で、懸賞金を逃したと舌打ちをした彼女に逆らうのは金輪際辞めようと誓ったあの日――

 

「――ハッ!?」

 

いけないいけない。この世界はあのときとは違う。見ている限り高町の性格は彼女と同じ行動をする兆候さえないし、今の僕にはユーノ・スクライア♀というスケープゴートもいる。あのときの僕ではないのだ。

暴れている心臓に言い聞かせる。

 

それにしても、こんなトラウマを忘れていたなんて。これほど強烈な記憶は忘れたくても忘れられるものではない。

あまりの傷の深さに記憶の奥底に凍結していたのかもしれない。確かに地球に来てからの僕の過去は思い出さない方が幸せといえるものばかりだが。

 

(…忘れたジュエルシードの数だけ、トラウマが隠れている、とか?)

 

わーい宝探し気分だーなんて浮かれてみるが、嬉しくない。全然嬉しくない。

なんてろくでもないことに気づいてしまったのか。

 

「地球には他に2つ、残りは異世界かな。半数近くが”外”にあるなんて……って、話聞いてる?平介」

「ああ、思い通りにならない人間の神秘の尊さを体感しろってことだろ?」

「全然違うよ!」

 

頬を膨らますユーノを尻目に、欠伸をかみ殺す。色々考えて吹き飛んでいた眠気がぶり返してきた。

忘れているものは思い出せない。そう開き直ることにした。

下手に刺激して、思い出さなくていいものまで飛び出ても困る。それなら現状維持がベスト。

 

「冗談だって。ともかくこの7個キープしてから考えようぜ。どっちにしろ実践積まなきゃ高町を連れて転移できないし」

「そうだけど……」

 

どんなに頑張って集めたとしても地球に落ちたジュエルシードは12個。1つ回収したので残り11個。

異世界に落ちた分を回収するには、時空転移クラスの設備がないと不可能だ。それはユーノも熟知しているのだろう、言葉が続かないのがその証拠だった。

 

「他の管理世界はともかく、距離が離れてる2つは座標を特定して逆転移で集めておくからさ」

「まったく、キミって人は…独学でどこまでの魔法を使えるの?」

「企業秘密。俺はミステリアスな男を目指してるんでな」

 

管理世界なら未だしも子供が独学で魔法を使えるようになるためには何らかの説明が必要だった。

その不自然さは同じく独学で魔法を習得してきたユーノに隠せるものではない。

 

「…わかった。そういうことにしておくよ」

「話が纏まったところで俺は寝る」

 

隠せないが話せない。そのスタンスを見せると、聡い彼女は深く干渉してこなかった。

そのまま身体をベンチに横たえる。

 

「ぐぇ!?」

 

後頭部が弾力に支えられた直後、硬い感触に変わる。枕に逃げ出された。

じんじんと痛みが広がるが、既に睡眠欲が痛覚よりも勝っていた。

なのは目掛けて駆け出していくユーノの後ろ姿をまどろむ意識で捉え、僕はまぶたを落とした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「これで、おしまいっと。どうだった?レイジングハート」

[Don't mind, my master.]

 

ユーノちゃんの説明後、ずっと維持していた発射台――ディバインスフィアというらしい――を消す。

今日の訓練メニューは誘導魔法と飛行魔法。

レイジングハートも感触は悪くないって言ってくれているし、コツはきちんと掴めたと思う。バリアジャケットの装着も違和感なくなってきたし、わたしも2人の役に立てるくらいには頑張りたい。

 

「っとと…ふぅ」

 

時計を確認しようと踏み出した足がもつれた。バランスを整えて、ゆっくりと歩き出す。

足だけでなく身体全体が重かった。背中も汗でびっしょりになっている。

事前の説明で、魔力を使いすぎると体力も落ちるって平介くんの例を挙げてユーノちゃんから注意を受けていた。

気をつけようと思っていたのに、いつの間にかセーブする意識が薄くなっていたみたい。

 

「お疲れさま。すごい集中力だったよ」

 

タオルを差し出してくれたユーノちゃんにお礼を言って、汗を拭く。

家に帰ったら一回シャワーを浴びて、それから学校の準備をするとなると丁度いい時間かもしれない。

そこまで考えて、わたしの家と正反対の方角に住んでいる平介くんの存在を思い起こす。

わたしがギリギリだと彼は遅刻確定。鞄は見当たらなかったから自宅に戻るつもりなんだと思う。

結局、頭が痛むと言って見学していたようだけど、大丈夫だろうか。

 

「そうそう聞いてよ、なのは。平介ってば、ボクを枕代わりにしようとしたんだよ!?」

 

2回も潰されかかったとか、興奮した調子で話すユーノちゃん。初対面のときから平介くんに苦手意識があるみたい。だけど、話を聞く限り、2人の仲のよさが伝わってほのぼのする。

でもね、ぐぇっていう叫び声は女の子としてどうかと思うの。指摘してもユーノちゃんは首を傾げるだけだった。

 

(ユーノちゃん枕かぁ)

 

もふもふしているし、お姉ちゃんとお母さんが毎日代わりばんこにお風呂に入れているからクリーム色の身体には艶があるし、なによりあったかい。

 

「……まさか、なのは。気持ち良さそうとか思ってないよね?」

「うん、さすがに枕にはしないよ?」

 

湯たんぽ代わりにお姉ちゃんに連れ去られていくときと同じ顔をしたユーノちゃん。それもいいかも、とよぎった本心は隠すことにした。

しくしく泣き出したユーノちゃんにはとてもじゃないが言えない。なので、代わりに平介くんを起こすことにした。

話している内に、近づいてきたベンチに寝転ぶ人影に声をかける。

 

「平介くん、一旦家に帰らないと――」

 

そこまで言って、わたしはなにかに弾かれるような衝撃を受けた。

一瞬、何が起きたのかわからなかった。全身万遍ない疲労で、無防備だった身体はそのまま重力に引かれて地面に座りこんでいた。

 

「えっと…」

 

混乱で考えが纏まらない頭がじんじんと痛む。膝を叩かれ、緩慢な動きで首を動かすとユーノちゃんが肩を撫で下ろしていた。思っている以上の時間、わたしは呆けていたみたい。

 

「落ち着いて、なのは。キミがぶつかったのは結界。平介が安眠妨害対策に張ったみたい」

 

ユーノちゃんの伸ばした手がある場所までいくとぴたりと止まった。彼女がノックするとこんこんと音が鳴る。

そこに不可視の壁があった。わたしはそれに正面から衝突したらしい。

ユーノちゃんから同情の視線を向けられるも、レイジングハートが慰めるように明滅するも。痛いものは痛い。

 

数歩先のベンチでは、平介くんが口を開けて気持ち良さそうに寝ている。

その緩んだ顔の額から赤みは消えていた。

意識が逸れた瞬間に一個だけ制御を失った魔法弾が、丁度公園に到着した平介くんにクリーンヒットしてしまった痕。奇しくも今わたしも同じ場所をぶつけたわけだけど…。

 

謝るわたしに平介くんはタンコブが出来たくらいだと聞くと怒る様子もなく、中断していた訓練の再会を促した。

回復魔法をかけようとしたユーノちゃんがすごい石頭だって感心していたくらいなんでもなかったことが不思議だけど、わたしのの注意不足に変わりはない。昨日もそれで迷惑をかけてしまったのに。

 

(わたし、成長してないのかな…)

 

半分寝た状態で歩いていた平介くんにも責任はあるとユーノちゃんは言っていたけど、彼を昨日と同じ目に遭わせてしまったことに変わりはない。

 

(ううん、そんなことない)

 

たとえそうであっても、もっともっと頑張ればいいんだ。

めげそうになった弱い自分を奮い立たせる。それよりも、平介くんを起こさないと揃って遅刻してしまう。

わたしは立ち上がり、スカートについた土を払う。そして、腕を構え、

 

「レイジングハート、スタンバイ」

「な、なのは…?」

「シュート!」

 

訓練のなかでも最速記録の展開にユーノちゃんが驚いているみたいだけど、今は目の前のことに集中する。

本気で平介くんを狙うわけじゃない。結界を壊すだけ。

昨日までとは違ってちゃんと威力のセーブもしている。コントロール方法も手に馴染んだ感覚を伝えている。万が一、結界を破って彼に接触したとしても怪我はさせない、はず。

 

だけど、そんな心配は杞憂だった。真っ直ぐに向けた魔法弾は不可視の壁を貫くことなく弾かれた。

逸れた軌道を立て直し、再度ぶつけても衝撃音だけで、強固な壁は依然と立ちはだかったままだ。

そればかりか、騒ぎを前にして平介に目覚める気配は微塵もない。

 

「あ、これ、消音効果あるみたい」

 

結界を分析していたユーノちゃんの言葉に、わたしの中の何かに火がついた。

 

「保温効果もある。うーん、戦闘向きというよりは生活感ある結界だなぁ」

「ユーノちゃん」

「なに、なのは――」

「結界魔法って外から穴を開ければ自然に解除されるんだよね?」

「う、うん」

 

そう。それならば、やることは1つ。

倒れないように最低限のラインは保って、残りの魔力を全て集める。

 

「福音たる輝き、この手に来たれ。導きのもと鳴り響け。ディバインシューター、シュート!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ふぁーあ…」

 

身体を起こし、腕を空に向かって伸ばす。

木の板の上で寝ていたためか背中は痛むが、意識はシャッキリしている。

 

(っと、結界を解いてっと)

 

流れ弾に当たっちゃ溜まらんといつもより強固に組んで正解だった。高町に関しては警戒して損はない。

お陰で途中で起こされることもなくばっちり眠れた。

 

「…ん?」

 

凝り固まっていた筋肉がほどよく解れたところで、地面にしゃがみこんでいる高町が目に入った。

息を切らして魔力も相当消耗している。あり大抵に言えば、へばっていた。

 

「おいおい、初日からシゴキ過ぎだろ。ペース配分は考えた方がいいぞ?」

「ごめん、平介。それ以上は言わないであげて」

 

遠い目をしたフェレットが、シュールだった。

そして何故か歩くのが困難なほど疲れきった高町を背負って、高町家まで送り届ける破目になったのだった。

 

 


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