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覚えておいてください。
もし再びあなたの手に触れることがあれば、私の名前をキチンと呼んで下さい。
……それで、許します。
『某gでpいrwhgた―解析不能―』より抜粋。
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目的の場所に辿りついたわたしの胸は、不謹慎ながらも高鳴っていた。
息も絶え絶え、汗もかいている。それでも気分は晴れ晴れとしている。
翠色の光が何か模様を描いて、獣の爪を防ぐ。小さい影がムササビのように飛び回り、鎖のようなものが何本も頭に向かって伸びていく。映画やテレビでしか見たこともない光景が、目の前にあった。
魔法は本当にあったのだ。
獣が雄叫びを上げた。首を大きく振り乱し、巻きついた鎖が大きく弧を描く。
「うわぁっ!」
操っていたフェレットが引き摺られるように飛ばされた。
咄嗟にその方向を追いかけ、わたしは固まった。
「っ!」
獣の二つの目がこちらを見つめていた。ぞくっと体中を駆け回る悪寒。
先に動いた方が狩られる。汗が頬を伝う。恐怖で震える足が意識とは別に、一歩後ずさった。
獣の躯が収縮し、地面を蹴った。
(――食べられるっ)
ぎゅっと堅く目を瞑る。
だが、いつまで経っても痛みはない。
恐る恐る瞼を上げると、さっきと変わらない林の中だった。少し、木の配置だ違うような気もする。
後ろの方から遠吠えが聞こえ、思わず身を縮める。無事であることは喜ばしいが、なんとも不思議な感覚だ。
「大丈夫ですか?」
フェレットが喋べった。昼間見たときは綺麗だった毛並みが土であちこち汚れていた。
(違う、土じゃない。これは血…?)
わたしの視線に気づいたのか、フェレットさんは自身の身体に視線を向けて頷いた。
「これは犬さんのです。ボクではありません」
イヌサン?獣の正体だろうか。
あんなにでかい犬は見たことがない。未知の生物と言われた方がよほど信用できる。
現に、先日アリサちゃんたちとやったゲームに出てきたゾンビ犬とそっくりだった。大きさは比べ物にならないけれど。
「現地の魔道師の方ですね。すみません、事情は後で説明するので今は――」
「って、ちょっと待ってなの!魔道師って何?わたしはただ声が聞こえたから来ただけなの」
「声…ああ、ボクの念波ですね。でも、それが聞こえるってことは……魔力も相当高いようだし…」
呟くように独りごちて後半は聞こえなくなってしまった。魔力とか、なんとか。
もしかして、わたしも魔法を使えたりするのかな。
「これを持ってもらえますか。今からボクが言う言葉を――っ」
「どうしたの、フェレットさん!?」
赤い石を受け取ると、フェレットさんが倒れた。慌てて、腕に抱える。
「この周辺に張っていた結界が破られたようです。早く、逃げてっ」
「う、うん」
もつれそうになる足を必死に動かして、草木を掻き分けていく。
走るのは苦手だけど、障害物競走は一番を取ったことがある。背後の気配はない。逃げ切れる――そう確信した瞬間、真横の唸り声に気づいた。
「ラウンドシールド!」
わたしとゾンビ犬の間に翠の光が迸り、爆発した。横顔からの風圧に吹き飛ばされる。
茂みがクッションになったようで、痛みはあるが動けないほどじゃない。両手に乗っていた温かさがなかった。
「フェレットさんッ!?」
数メートル離れたところにクリーム色を見つけ、駆け寄る。
苦しそうな息遣い。さっきよりも、黒い部分が濃くなっている気がする。
「ねぇ、やっぱり怪我しているんじゃ――」
「今は時間がない――、それより言葉を」
「…わかった」
いつ襲ってくるかわからない状況は変わっていない。
それなら、その言葉を信じる。
受け取った赤い石、を胸に握り締める。
「我、使命を受けし者なり。契約のもと、その力を解き放て」
「我、使命を受けし者なり。契約のもと、その力を解き放て――」
周囲に風が集まる。
一字一句、間違えないように、確かめるようにわたしは紡ぐ。
「風は空に、星は天に、そして不屈の魂はこの胸に。この手に魔法を。レイジングハート、セットアップ!」
林の中に叫び声が空しく木霊する。
夜なのにカラスが鳴いた。
「……なんにも起きないね」
「そんなっ、詠唱も魔力も十分なのに、どうしてっ!?」
こっちが聞きたいよ。
かなり自信満々に宣言してしまった。知っている人に聞かれなかっただけが救いだ。今になって顔が熱くなってきた。
頭を抱えてしまったフェレットさんにならい、わたしも肩を落とし――水音に、再び顔をあげる。
「グルルルルゥ…」
居場所がわかった歓喜か。口元を涎まみれにしたゾンビ犬がいた。
「くっ、レイジングハートッ!」
遅れて気配を察知したフェレットくんが叫ぶが、赤い石はうんともすんとも言わない。
これ、ただの石ってことはないよね。
「…やっぱりボクでは発動しない。これ以上あなたを巻き込むわけにも」
悔しそうな呟きに気を取られていて、わたしはゾンビ犬から目を離してしまった。初動を見逃した。
「……っ!?」
視界がまわり、思わずへたり込む。瞬間移動されたようだ。
さっきまで立っていたらしき場所でフェレットさんが宙に浮かんでいた。
――ボクが引きつけます。声は出さずに、あなたは逃げてください。
これが彼の言う念波だろうか、とぼんやりと考えながら、わたしは彼の意見に首を振った。
フェレットさんを見捨てて逃げることはできない。わたしは自分で選択して、ここに来たのだ。
何もできない自分はもうイヤだった。
(わたしは――)
不穏な音に振り返る。
「あ……」
鼻先に大きく尖った爪が迫っていた。
◆◆◆
一望できるポイントを確保したときには、既に戦闘が始まっていた。
「おー、やってるやってる」
安全確保の結界に消音と、ついでにステルスもつけておく。これで声は漏れないし、外から僕の姿は見えない。
スーパーで買い物したとき、お駄賃で購入したおつまみの袋を開ける。
イカはいい。噛めば噛むほど味が出る。渋い男のようだ。堂々と家で食べるわけにもいかず、こうして隠れて食べているわけだが。
干されたそれを一本、口に入れ、目下の戦闘中継を眺める。傍観する気マンマン準備万端。
アップ画用に接近させたスフィアに高町なのはが映る。
「高町さん合流ー。普通に歩いてくるとか半端ないっす」
バリアジャケットくらいつけてないと、生身の身体じゃ流石の彼女も危ないのではないだろうか。
それも作戦のうちか。
ユーノに転移させられ、今は2人は打ち合わせしている。
あの戸惑っている表情が演技だというのだから、まさに女優になれる。
そういえば、彼女は管理局の広告モデルとしてポスターになっていた。張るたびに持ち逃げされて、時空ネットオークションでとんでもない値段になったとか。僕のところにはなぜか全部種類、額付きで送られてきた。
捨てるにも捨てられず置く場所に困って、圧縮魔法をかけて本棚の奥にしまってある。
誰だか知らないが、売り飛ばす度に同じものを送ってこられても困る。それ以前に、どうして僕が売ったとわかるのか。そちらを問いただしたいところだ。
「お、ついに始動だね。こっちも準備しないと」
魔力が収束し、風が舞い上がる。
そして桃色の光があたり一面を――照らす気配はない。
(…?)
どこかおかしい。こんなシーンは知らない。"過去"とは違う。
なぜ、レイジングハートは呼びかけに反応しない。
なぜ、高町なのはは一度も魔法を使わない。デバイスがなくたって、彼女は自力で魔法を使えた。
「ちょっと待って、そもそもどうして――」
ユーノ・スクライアの手にデバイスがあったのだ?
僕は地球に来てすぐ高町なのはに打ち落とされて、魔力素が馴染まない僕の代わりに攻撃魔法を補助すると言った
高町なのはとすっかり意気投合したレイハさんは、不甲斐ない僕が面倒をかけるお礼にと魔法の教師役を買って出たのだ。勿論その中に僕を含んでのことと後に知ったが――その後、僕の手に戻ることはなかった。
動物病院で触れたときに気づくべきだった。
ここは僕の過去とは違う。それでも同じ名前、同じ姿をした彼女たちがいるのは――
「平行世界の過去か……っ!あーもう、紛らわしいな!」
平行世界であると認識を改めた今、ただの過去以上に僕が干渉することは望ましくない。
軽はずみな選択が僕の知りえなかった『高田平介』の人生を大きく左右する。もしかしたらもう既に。
――ボクが引きつけます。声は出さずに、あなたは逃げてください。
事態は芳しくなかった。
強がっているがユーノには2人分を転移させる魔力も体力も残っていない。
増してや、ジュエルシードを封印するなんて無謀だ。
(フェレット、死ぬ気かよっ!)
ユーノがいなくなったら、あの犬コロは高町なのはを追いかける。もう彼女の匂いは覚えているはず。
逃げても何も変わらない。
ここで2人とも助かる方法は一つ。
(……どうしたんだよ)
相変わらず、赤い宝石が沈黙を貫いていた。ユーノが、なのはが危険な状態にあるにも関わらず。
息を殺している犬コロは弱った獲物には見向きもしない。狙いは高町なのは。
(口がたって、主人をぼろくそに言い負かす生意気なデバイスだったが、どんな窮地だろうと守ることは止めなかったキミがなぜ、彼女に応えない)
結界を解除する。
立ち上がった拍子に、封が開いたままの袋が木の下へ落ちる。構うものか。
(わかってるんだろ、キミの主人になる人の魔力くらい。スリープモードだろうとキミともあろうデバイスが、わからないなんて言わせない!だってキミは完璧にして最高のインテリジェントデバイス――)
なのはに攻撃が迫る。
「レイジングハァーートッ――――!!」
[――protection]
彼女の身体が、桃色の光に包まれた。
◆◆◆
少女と離れた位置に転移させ、ボクは走っていた。
もはや、飛行にまわす魔力も惜しいくらいに消耗している。封印まで、できるかどうか。
血の臭いを撒き散らすように走っていたが、悲鳴のような息をのむ声が聞こえた。
(まさか――っ)
そう思ったときには既に遅く、少女の背後に大きい躯が影をつくっていた。
最悪の想像が過ぎり、喉が張り付いたように一瞬呼吸が止まった。
そして――レイジングハートを呼ぶ声が降り注いだ。
彼女の近くまで引き戻る。
青と桃色の盾に守られ、突然の出来事に目を白黒させている彼女がいた。
いきなり変わった服装に戸惑っているが、怪我はないようだ。
彼女の無事を確認したのか、役目は終わったとばかりに青い盾は消えていく。
(…よかった)
その場にへたり込みそうになった。
「フェレットッ!気を抜くんじゃない!」
「は、はい――」
見えない声に叱られ、安堵に緩んだ気持ちを引き締める。心を読まれたようなタイミングに小さな心臓が跳ねた。
その意味するところをすぐに理解する。弾かれたお犬さんが体制を立て直していた。
最後の力を振り絞り、拘束魔法で犬さんの四肢を地面に縛り付ける。すごい力だ。今の身体では踏ん張りがきかない。
「お願いします、封印を!」
「え、ええっ!?封印ってどうすればいいの!?」
「
「――わかった!」
だが、彼女の詠唱までボクがもたなかった。バインドが引きちぎられる。
その刹那――
「チェストォーーーーー!」
お犬さんの横っ面から飛び出てきた少年が、お犬さんを巻き込んでとごろごろと縺れ合いながら転がっていった。
「――え、えええええええっ!?」
むくりと起きあがり様に泥まみれの彼は「これでも食ってろ!」リュックから取り出した何かを投げつけた。
辛うじて見えたパッケージには、10本足の三角の形をした生き物のイラストが描いてあった。
ふんふんと鼻を鳴らして袋ごと食べるお犬さん。暴走が止まったらお腹壊さないかな。
「さ、今のうちだ」
「た、高田くん…?」
「ちっがーう!俺の名は――スルメン!」
口に咥えた乾物をはみはみしていた。緊張感のない人だ。
「魔法少女よ、封印をするのだ!リリカルマジ狩る、それが合言葉さ」
「え、えっと……リリカルまじかる――封印!」
[sealing.]
戸惑いながらも発した少女に反応して、レイジングハートにジュエルシードが収納される。
お犬さんも元のサイズに戻って、ようやく一息つける。
そういえば遠くから怒鳴っていた人がいたけれど、スルメンさんだったのだろうか。
尋ねようと思って振り向く。影も形もなかった。……逃げられた。
少女もそれに気づいたのか、わなわなと肩を震わせている。
あしたお話聞かせてもらうの…、と彼女の呟きが耳に入った。彼の名前を呼んでいたし、知り合いなのかもしれない。
「あの、ご協力ありがとございました。えっと―」
「なのは。高町なのはだよ」
「ボクはユーノ・スクライア。改めて、タカマチさん、あなたのお陰で助かりました」
「ううん。私こそ。助けてくれてありがとう、ユーノくん」
ボクは何もしていない。封印も彼女にしてもらったし、レイジングハートを発動させたのもなのはだ。
でも、一度詠唱したのに発動しなかったのはなんでなんだろう。今度調べてみようかな。
「あ、そうだ。この子、レイジングハートだっけ。返さないと…」
紅い石に戻ったレイジングハートを差し出すタカマチさんの手を、ボクは押し戻した。
「あなたに預けておきます。レイジングハートもあなたを気に入ったみたいだから」
「でも、わたし、うまく扱えないし」
「…タカマチさんさえよければ、使い方を教えますけど」
「ほんとう!?あ、でも今日はすぐに帰らないと。家族に黙って出てきちゃったの」
彼女がここに着てから結構な時間が経っている。
ボクも勝手に抜け出したから一旦、動物病院に戻らないと。
そういう事情だったら、説明はまた明日にしよう。
そう伝えると、彼女は顔を綻ばせた。
「あのね、ユーノくん…家に来ない?」
「え…?」
「お父さんたちに許可もらってきたんだ。飼ってもいいって」
ボクが寝過ごしている間にそんな話になってたんだ。
明日病院に迎えに行くからね。そう笑う彼女に、ボクは途端に心細くなった。
「どうしてそこまでしてくれるの?…会ったばかりのボクに」
「だってユーノくん、困ってるんだよね。それでわたしはキミの助けになれる。そうでしょ?」
否定できない。彼女と――彼がいなかったら、ボクは生きてここにいなかった。
「だからだよ。困ったときはお互いさまなのっ」
強い言葉だと思った。
彼女の背中が見えなくなるまで見送って、ボクは動物病院に歩き出した。
転移する魔力はないが、疲労した身体を動かすくらいはまだできる。
とはいえ、怪我した身体で倒れて、保健所に保護されては敵わない。速度はゆっくりだ。
「……あれ?」
細長い身体を見回す。腰を捻る。飛び跳ねる。なんともない。
傷が治っていた。
彼女の魔力に回復効果でもあったのだろうか。
お礼することがまた一つ増えてしまった。
(でもその重みが心地よく感じる)
回収したのは2つ。あと19個。
集めきるまで道のりは長い。まだ、始まったばかりだった。