完膚なきまで空転せよ!   作:のんべんだらり

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4.彼と彼女の歯車

□■□

 

 

助けた理由?

助けたいと思ったから助けた。それじゃ、不満か?

 

『某5番さんに助けられた一般人からの投稿』より抜粋。

 

 

□■□

 

 

 

 

お風呂に入り、歯を磨いた。トイレにも行った。

窓から訪問してくる教導官も玄関の鍵を壊し侵入してくる執務官もここにはいない。

追われる心配も呼び出し通信もない。安心して眠れる夜。

あっちではベッドで眠るなんて数えるほどしかなかった。それが毎日。まさにアバンチュール。

 

「さぁ、今日もいい夢見るぞー」

 

子供の就寝は早い。平介になってから身体に引き摺られるように、感覚も幼くなっている気がする。

不安なく朝日を迎えられるのならこのまま子供でもいいな、と半分本気で思いつつ目を瞑った。

そんなときだ、声が聞こえたのは。

 

 

だれか、助け――

 

 

頭の中にダイレクトに響く。念波状態が悪いのか、途切れてしまった。

第三者として聞いた僕の声は意外に高かった。

 

夜の練習として、街中に飛ばしている探索スフィアを魔力反応のあった場所へ向かわせる。

街の中心から少し外れた林。丁度、学校を挟んでここと反対方向だ。

どうやらジュエルシードの封印に失敗したらしい。

結構粘ったみたいで、力尽きている。命に別状はなさそうだ。

 

(ジュエルシードは…あれ、こっちも止まってる)

 

林の中から動いていない。確か、このときは野良犬の願望が発動条件になったんだっけ。

今のところ人目につく心配はないようだが、念のため座標を入力しスフィアを固定する。

 

(林から出たらアラームが鳴るように設定してっと)

 

状況は確認した。さぁ、寝よう。

自分を放置しておくのは大変忍びないが、それも高町なのはが来るまでの話だ。

高町なのはは強い。いるのかいないのかわからない僕より、よっぽど頼りになる。任せて安心高町なのは。

 

「『助けたい』…?なんで?高町なのはがいるから問題ないよ」

 

魔法の手ほどきはしたけど、コツを掴んでしまえば彼女はどんどん一人で上に行ってしまった。魔法世界では天の人だ。僕のように好き好んで稼ぎにならない遺跡巡りをしていたはみ出し者とは違う。助ける?そんなおこがましい。むしろ、彼女に近寄ることの方が危険だ。本来、僕が逆立ちしても関わることのない大事件に巻き込まれる。

議論の余地はない。だというのに、息苦しい。

なんとも割り切れない気持ちが胸を締め付ける。

 

「…あーもうっ、わかったよ!明日、学校帰りに見に行く。それ以上は受け付けないからね」

 

すっと胸の閊えが取れる。呼吸も楽になる。

声を聞きつけた杏奈さんにおやすみを言って、かけ布団を頭まで被る。

 

(ようやく眠れる…)

 

夢に落ちる瞬間、この身体はやはり平介のものなのだと頭の隅で何かが囁いた。

 

 

 

 

 

 

翌日。

平介との約束どおり、僕は昨夜の現場に来ていた。

スフィアに異常はない。まだジュエルシードも林の中だ。

もうすぐ日が暮れる。暗くならないうちに帰らないと杏奈さんが心配する。

 

「…約束は約束だしね」

 

その約束だが、実はうっかり忘れてそのまま自宅に帰ろうとした僕は、その途中でどういうわけか気持ち悪くなって歩けなくなってしまった。

まさかと思い進路を変えた途端、気分はよくなったが、魂と身体の意見が一致することの大切さを思い知らされた瞬間だった。平介、恐ろしい子っ。

 

スフィアで見た映像と同じくして、案の定、フェレットが倒れていた。首輪のように巻きついている革紐に赤い宝石が下げらている。

地面についた血はユーノのものだろうか。毛についたものは固まって黒くなっていた。念のため治癒魔法をかける。いまいち、力加減がわからなくて丁度いい実験体を探していたところなのだ。治りは相変わらず遅い。

この身体は回復魔法と相性はあまりよろしくないらしい。

 

(結界魔法はいい線までいってるんだけどなぁ)

 

時間はかかったが傷は治した。このままでも死にはしない。

 

(うっ……病院まで連れて行くから心配しないでよ)

 

途端に、嘔吐感が引く。

そういえば猫を庇って車に轢かれるような少年だった。そんな彼が動物を捨て置くことを良しとするわけがない。

しかし、平介の意志とコミュニケーションが取れるのはいいことだが、別の方法はないものか。

抗議される度に胃を逆流されては堪ったもんじゃない。一度だけとことん逆らってみたのだが、胃が空っぽになっても気持ち悪さは取れなかった。

雅信さんにも聞いてみたけど、心身症だと言われた。こころの問題の関与による身体疾患である。

この場合のこころ、それは僕ではなく平介を指すのだろう。

ユーノ・スクライアであっても捨て置こうとする僕なんかとは違って、平介の方がこころがある。

 

鬱になりそうな思考を断ち切り、僕はぐったりとしたフェレットを抱え、近くの動物病院へ向かった。

 

 

 

 

 

「はい、これでもう大丈夫よ。衰弱しているけど怪我はないみたいだし、しばらく休ませてあげれば目を覚ますわ」

 

毛に付着していた血も拭き取ってもらって、ふかふかの枕の上で丸くなっているフェレット。

パイプ椅子に座って、診察台を見守っていた僕は、ほっと息を吐いた。

 

「そういえばあなたの名前は?飼い主さんが来たら伝えてあげたいのだけど」

「結構です。名乗るほどの者ではないですから」

 

冗談じゃない。この後、ユーノとなのはが接触するのなら、名前なんか言った日には命の恩人として探されるに決まってる。僕は律儀な性格なのだ。

 

「遠慮することないわ。あなたの行動は誉められることだもの」

「でも、誉められたくてやったわけじゃないですから」

 

むしろ放置しようと思ってましたから。

可愛げのない子ね、と呆れが混ざったような表情で獣医は背中を椅子に預ける。油が切れているのか、背もたれから悲鳴が上がった。

 

「あの――」

 

戸惑ったような声が獣医を呼ぶ。僕たちの押し問答を前に、タイミングを計りかねていたようだ。受付の女性が申し訳なさそうにしていた。

電話が入っていると伝えられると一言断って、獣医は席を外す。奥の部屋で電話を取るらしい。

これ幸いと僕は彼女が扉を閉めたのを確認してから立ち上がる。

 

やることはやった。この場から一刻も早くオサラバするに限る。

あとは草場の影からこっそり見守っているぞ。こちらのユーノよ。

別れの挨拶代わりにクリーム色の毛並みを撫でようとして、バチッと火花が散るような音に弾かれた。

遅れて痺れが指先を通りすぎる。

 

(そっか、地球の魔力素と馴染まなくて苦労したっけ)

 

ここまで来たついでだ。他人の魔力をどこまで変換できるかどうかの実験しておこう。何かあってもどーせ自分なんだし、対処できるはず。

近づけていた手をそのままに、僕は目を瞑った。

イメージは、水。青い空のような水。たぷたぷとした水を練り上げる。

右に左に揺れる青は次第にうねりとなり、龍の如く動き回る。青から翠へ、龍の身体が色を変えていく。そして翠の渦に。

 

「ふぅ…」

 

ぶっつけ本番にしては、うまくいった。拒絶反応も出ていない。

早ければ1時間くらいで意識も戻るし、1日もすれば人間モードでも動けるようになるはずだ。

 

(こっちのユーノをよろしく頼むよ)

 

挨拶代わりに赤い宝石を小突く。

後は、ユーノの声に導かれた彼女が解決してくれる。

診察室を出るとき、背後で身じろいだ毛玉に僕は苦笑した。

 

(……強く生きるんだよ)

 

もう一人の自分の歩む運命を、このときばかりは祝福をした。

そして、年寄りくさい哀愁に悶えたのは家に帰ってからだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「ねぇ、なのは。ホントにここなの?」

「えっと…たぶん」

 

昨晩、わたしの耳に届いた声とイメージ。

フェレットが血を流して倒れている姿。

 

わたし自身、半信半疑だった。その場所がいつもバスで通る見覚えある道だったから。

まさかという思いと、もしかしたらという思いがぶつかりあってここに来た。

でもこれだけ探してもいないってことは、ただの夢だったのかもしれない。

 

「アリサちゃん、なのはちゃんが言ってることは本当だと思う」

「すずかまで」

「だって、ほらここ」

 

動物が怪我をして動けない夢を見た、そう伝えるとついて来てくれたわたしの友達。

紫色の髪を揺らし、すずかちゃんが指す場所にしゃがむ。

 

「これって血じゃないかな。もしかしたら私たちの前に見つけた人がいるのかも」

「なら安心じゃない。助かったんでしょ」

「…うん」

 

気分をよくしたアリサちゃんは時間を確認して、遅刻しなくて済みそうだと携帯を取り出した。

 

「もしもし鮫島?森嶋公園の裏の林にいるんだけど――ええ、すずかも一緒よ。それで――」

 

移動するアリサちゃんの声を聞きながら、わたしはじっとフェレットがいたであろう場所を見つめた。

2人には話していないことがあった。

フェレットは、赤く丸い石からレーザーのようなものを出して、巨大な獣と戦っていた。

お喋りができるフェレットは、数倍も大きい相手にも怖気づくことなく、何かを唱え、勇敢に立ち向かっていた。まるで、映画に出てくる魔法使いのように。

 

(……もし……もしも、そんな世界があったら)

 

――魔法があるとしたら。

 

「―っ、――の――なのはぁあああ!」

「っにゃ!?」

 

耳をつんざくような大音量に、全身が跳ねた。呆れ眼のアリサちゃんと苦笑いしているすずかちゃん。

はて。迎えを呼んで塾に向かった2人がどうしてまだここにいるんだろう。車に乗るなら大通りに出た方が便利なのに。

 

「あんたね…考え込むと周りが見えなくなる癖、いい加減直しなさいよ」

「アリサちゃん塾に行くんじゃないの?」

「う、うるさいわねっ。今日は休みよ、文句ある!?」

 

そっぽを向き、ずんずん歩いていくアリサちゃんの後を、慌てて追いかける。

隣を歩くすずかちゃんがその後姿を盗み見ながらわたしに身を寄せる。

 

「この先に動物病院があるんだ。もしかしたらそこに運ばれたかもしれないってアリサちゃんが思いついて」

「さすが、アリサちゃん」

「アリサちゃんもこの辺りで迷い犬を保護したことがあって、そこの獣医さんと顔見知りなんだって」

 

それで塾を休んでまで、一緒に行ってくれることになったそうだ。

なのはちゃんには聞こえてなかったみたいだけど、と微笑まれ、わたしは恥ずかしくなった。

魔法だなんだと考えている間に、彼女たちはしっかりと動いてくれていた。

こんなことだから、将来の夢も考えあぐねてしまうのだ。

 

 

 

 

 

「ほら、ここよ」

 

アリサちゃんの後ろをついて、10分くらいだろうか歩いた先にいぬとねこが可愛らしく描かれた看板があった。

鮫島さんとはここで待ち合わせにした、と歩いている途中でアリサちゃんから聞かされた。

 

「すみませーん」

「あら、バニングスさん。今日はどのワンちゃんの検診かしら?」

 

理科の実験で着る白衣姿の女性が出迎えてくれた。

視線が待合室を一巡りして、肩を落としていた。誰か探していたのだろうか。

 

「いえ、聞きたいことがありまして。最近ここに運ばれたフェレットはいませんか?」

「え、ええ。バニングスさん家の子?」

「私ではなく、友達のなんです。ほら、なのは」

 

ええ!?わたしのペットでもないよ!?

誤解を解こうとしたとき、アリサちゃんが振り向く。口が動いた。

 

("いいから、あわせなさい"?)

 

特長を話せと視線に促されるままに、見たイメージを脳内で再現させる。

 

「えっと、クリーム色の毛色で、赤い宝石があったような……」

「間違いなさそうね。どうぞ、こっちへ」

 

案内されるままに隣の部屋へ移動する。銀色の台の上に、小さいバスケットが置かれている。

その中に、イメージそのままのフェレットがすやすやと眠っていた。首にチョコンとついている赤い石を抱えるように丸まっている。

 

「夢じゃなかったんだ…」

「先生、この子の容態はどうなんですか」

「怪我はないから安心して。明日にも退院できるわよ」

 

記憶との違いにわたしは顔をあげる。怪我がない?

だって、獣の爪に飛ばされて血が出ていた。地面に残っていた証拠もある。

顔に出ていたのか、獣医さんはわたしの方を見て優しく微笑んだ。

 

「運ばれてきたときは血も付着していたから心配したけれど。不思議なくらいに傷口は見当たらなかったのよね。あの子は全然驚かないし――そうそう、この子を運んでくれた子もあなたたちと同じくらいの少年だったんだけどね」

 

名前も聞けずに逃げられたわ。そう言って少し悔しそうに、獣医さんが顔を顰めた。

 

「同じ学校の子かな?」

「通学路が一緒ならそうかもしれないね」

「案外、その子もなのはと同じ夢でも見たんじゃないの?」

 

三者三様の感想を述べ、わたしたちは笑いあう。

同じ夢を見たのだったら、話をしてみたい。だって、その男の子も夢で見た魔法に惹かれたのかもしれないから。

男の子といえば、高田くんとは今日も話ができなかった。彼はいつもわたしよりも一足早く帰ってしまう。運動の苦手なわたしが単純に遅いだけかもしれないけど。

 

(明日、高田くんに話してみようかな)

 

夢から始まった不思議な体験のことを。

彼は笑わずに話を聞いてくれる気がする。

 

その後、獣医さんから引き取るときの注意点をいくつか説明された。

そうだった。わたしのペットという前提で話が進んでいたのだった。今さら断れる雰囲気ではない。

言い出したアリサちゃんは、顔を背けて口笛を吹いてるし。

 

結局、明日また来ることを約束して、わたしたたちは病院を後にした。

フェレットさんとお話できなかったのは残念だけど、それは次の楽しみにすることにした。

 

(まずは、帰ってペットを飼う許可をもらわなくちゃ)

 

胸の前で両腕に力を込める。なのは、がんばります。

 


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