完膚なきまで空転せよ!   作:のんべんだらり

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3.漕ぎ出し

□■□

 

彼女に目を付けられて、逃げられた訓練生はいない。

 

『教導隊の日誌』より抜粋。

 

□■□

 

 

 

平介のためを考え、必要なものだけ使えるようになればいい。

魔法と関わりを持つことは最低限にしよう。

 

 

 

そう思っていた頃が僕にもありました。

 

平介としての情報をインプットする作業と、ちょっとした理由を付けて抜け出しては魔法の勘を取り戻す日々が終わる。

幸い、雅信さん――平介として暮らす以上、呼び方を変えた――は仕事柄、家にいることは少ないし、杏奈さんは放任主義のようだった。それでも最初の内は、隠れてついてきていたが、それも公園で遊んだり、図書館に行ったりするのを見て安心したようだ。

 

(勿論、彼女がいなくなったことを確認して魔力展開するわけだけど)

 

ここまで真剣に魔法と向き合ったのは初めての気がする。

 

そして春休みが明け、小学4年生へと進級した。

 

もやもやした違和感は平介の部屋にかけられた制服を見たときからあった。

高田母から聞いた学校の名前も聞いたことがあるような気がしたし、よく似た女子用の制服を見たことがあるような既視感。

……認めよう。僕は現実を拒否していた。

 

私立聖祥大学付属小学校。それが、今日から通う学校の名前だった。

 

(…まだ望みを捨てるのは早い)

 

杏奈さんに見せてもらったアルバムには、彼女の姿はなかった。ということは同じクラスではない。

同じ学年であったとしても、一学年四クラスにわかれる大規模な学校だ。別のクラスであればよくてすれ違う程度。

これから全速力で魔法の世界に突撃する彼女と、わざわざ接触する愚行は犯さない。

あれほどでかい魔力なんだ、出会い頭にこんにちはなんて展開も簡単に回避可能だ。そのために探査魔法は最初に習得したのだから。

危険予測が早ければ早いほど、巻き込まれる可能性は低く、逃げ切る確立は上がる。

 

「ふ、ふふふふっ……」

 

追い越していく女子生徒に、軽蔑の眼差しを向けられた。

死と隣り合わせの生活から抜け出せるのだ、僕は気にしない。

 

そうして自分のクラスに足を踏み入れ――

 

「高町、なのはだとッ――!」

「え?」

 

ツインテールを見つけてしまった。

名前を呼ばれ、ヤツが振り向きかける。教室の扉を閉めた。

 

(どどどどどどどっ、どうして同じクラスにいるんだよ!)

 

部屋にあったクラス名簿にも名前は乗っていなかったのに。

蹲るようにして頭を抱えていると、僕の知らない記憶が浮かんだ。

 

(えーと…なになに)

 

平介の身体に同居してからしばらくして、僕ではない情報が唐突に頭に浮かぶときがあった。

身体が覚えていることなのか、僕はそれを平介の意思として聞き入れるようにしていた。共存の秘訣だ。

 

(『新学期はクラス替え』…?)

 

地球の学校は、学期が変わると友好を入れ替えが行われるらしい。進学校である聖祥は友好目的というより、ただ単純に学力レベルに応じて編成が行われる、と。

優秀な魔道師として後に名を轟かせる彼女のことだ、常にトップクラスだったのだろう。

ということは、繰上げになったのは――

 

(――平介頑張りすぎっ!)

 

医者の息子なら素質はあったのか。魔力構築の設計にも9歳ながらに脳が働くから感心したけどさ!

 

「大丈夫?高田君。気分が悪いのかな?」

「いえ、頑張りすぎた自分を叱っていたところです」

「え、えっと、それならホームルーム始めるから、中に入ってもらえる?」

 

そこにいられると入れないんだよね、と担任の教師に促される。押しに弱そうな女性だ。きっと彼氏はいない。

意を決して扉を開け放つ。

僕の後ろに教師の姿を見ると、騒いでいた生徒たちは自分の席に移動する。

渋々、僕も自分の席につく。

 

だが、ヤツと同じ空間にいると思うと動悸がする。

 

(落ち着け、クールになれ僕!)

 

僕の姿を見られてはいないはず。

同じクラスなのは今さら仕方がない。クラスが同じであっても話かけなければいいんだ。

平介は地味なタイプ、学園の美少女にランクインする彼女とその取り巻きには目を付けられていない。それは平介の記憶にもないので安心できる。

だから慎ましく一般ピーポーとしての静かにヤツの目に入らないようにしていれば問題はない。

問題は――

 

(……大有りだよ、こんちくしょうッ)

 

今の僕は高田平介。高田――即ち高町の前の席だった。

針のむしろだ。一年なんて無理。振り返ればヤツがいる。考えただけで身の毛がよだつ。胃が痛む。

 

(なにか、打開策は……)

 

ふと、隣の少年の視線に気づいた。僕ではなく、視線の先は僕の後ろ高町なのはへ向いていた。

どうやら、好意を抱いているらしい。一つ違いで隣になれなかったことを悔しがっているようだ。なぜか睨まれた。

八つ当たりだ。そんな子供の感情に付き合っている暇はない。平介の知識もフル活動して考え始め、閃いた。

 

「先生!席替えをしましょう!!」

 

そして彼女と離してください。僕の手に平穏を!

 

「ええっ?初日で、新しい子もいるし、まだ早いんじゃないかしら」

「いいえ、先生!席替えといったら一大イベント!初日だからこそ、燃える!ファーストインパクトが勝負なんです!」

「でもねぇ」

 

死活問題だ。引くわけにはいかない。

気になるあの子と、とかフレーズは平介から引っ張り出した知識だが、とにかく熱く語ればなんとかなる。

それが伝わったのか、男子生徒がどよめいた。中には同意する者も出てきていた。

クラスの見たところ、担任は押しに弱そうだ。あと一言二言足せば、陥落するはずだ。

 

「お願いします!先生!俺たちの未来を応援すると思って!」

「……わかったわ。では、クジを準備するから番号順に引きに来て」

 

男子生徒たちの歓声が上がる。

ありがとう、ありがとう。目的のためとはいえ、強引な要望に協力してくれて感謝する。

 

 

 

 

 

厳正なるクジ引きの結果。

僕は窓側の最後列。特等席だ。

 

そして隣には高町なのは。僕は呪われている。

 

茶色い髪。二つに束ねる白いリボン。

くりっとした大きな瞳に、人懐こそうな笑顔。間違いなく高町なのは、その人だった。

 

(天に見放された……)

 

逃げ場がなかった。

このまま僕は彼女のストレス発散口として砲撃の的とされ、身を削りながら生きていくことになるのだろう。

 

「これから、よろしくね」

「あー…うん。お手柔らかに」

 

当然のことながら、返事の意味に思い当たる節がない彼女は首を傾げた。ぷっくりとしたほっぺた、小動物のように瞬きをして、彼女は板書に戻った。

間近で見ると美少女であることが改めてわかる。

魔法に出会ってると知らない人が見れば、このような普通の生活にいる彼女も可愛くみえないこともない。

その裏では、大の男を一発で伸したりできるのだから、世の中わからないものだ。

 

(…魔法?)

 

ボタンをかけ違えているようなチグハグ感に、僕は思考をまき戻す。

 

この世界に魔法はない。

この世界の住人である彼女にも魔力はあるが、それはユーノ・スクライアに出会わなければ将来の道として選ばれなかったもの。

もし2人が出会わなければ、内に秘めた魔法は公に活躍することなく日常を送ったのかもしれない。

 

この世界の僕が来なければ、彼女は普通の少女を装ったまま。一般人と結婚し、家庭を持ち、魔道師として誰にも知られずに一生を終えるのではないか。僕も安全でいられるのではないか。

 

(僕が諸悪の根源みたいでそれはそれでイヤだな…)

 

だが、ここが過去である以上、ユーノ・スクライアはやってくる。

現に昨夜、この地球には高魔力反応があった。それがジュエルシードがばら撒かれた合図だとしたら。

この数日のうちに、接触がある。魔法練習をする高町なのはの魔力に目をつけた僕が彼女に協力を要請するはずだ。

それにしても、この頃の彼女はこれほど魔力素が荒かっただろうか。これでは素人に毛が生えたレベルではないか。

 

(って、どうして僕が心配しなくちゃいけないんだっての。首突っ込むなんてごめんだよ)

 

かといって、授業を真面目に受ける気もない。

29歳の僕にとって、小学校の問題は退屈だ。平介の教材をパラパラ捲って確認済み。

一日の半数を過ごすスクールライフは自由に使える時間になりそうだ。転移魔法の術式でも計算しようかと思っていたのだが、隣が高町なのはである以上、表立って動くとボロが出そうだ。

同時思考訓練でもして平介の成績向上に貢献でもしようか。脳を鍛えれば戻った後にも影響が残るし、苦手な理科でのケアレスミスも減るに違いない。

 

念のため気づかれないよう、ダミーの消魔力効果のある結界を張る。

細心の注意を払いに払って、魔法が使えることを知られないようにしなければ。

過去なんて気にしない。僕は普通の生活を満喫するのだ。目指せ、オール満点!平介、僕はキミをトップにしてみせる!

 

 

◆◆◆

 

 

突然、席替えをしたいと立ち上がった前席の少年は、なのはの隣の席になった。

高田平介くん。黒板に書かれた名前は、聞いたことがない。

あまり変わり映えのないクラスメートの顔ぶれの中で、知らない彼がとても新鮮に映った。

 

たかが席替えで、ってみんなは言っていたけど、必死に何かを成そうとしているその姿はわたしには眩しく見えた。

アリサちゃんたちは心配してくれているみたいだけど、わたしは逆に安心していた。

 

どこか、周りの子達とは異質。言葉では言い表せない微妙な違い。

 

(お兄ちゃんに似ているような、そんな雰囲気なの)

 

今だって、欠伸をしながらペンを回している。国語の先生は進むのが早くて、授業をきちんと聞いていないと板書が間に合わない。文系が苦手なわたしはもちろん、始めてのAクラスで授業する彼にとってそれほど余裕はないはずなのに。

くせっ毛なのか、短い黒髪が窓から入ってくる風zに揺れている。いつ眠ってもおかしくないような垂れ目。

授業などそっちのけで、欠伸をかくさない。まるで陽だまりにいる猫のようだった。

飽きたのか、彼は両手回しに挑戦し始めた。

 

(…あ、落ちた)

 

思わず笑ってしまった。

横目で見た彼は気にした素振りもなく、筆箱から次のペンを出している。

変わりに拾ってあげようかと思ったけど、彼の前席の子の椅子の下にあった。わたしの位置からでは届かない。

 

(友達になれたらいいな)

 

つい最近事故にあって、記憶喪失らしい。

机を運ぼうとしたとき、痛ましそうな笑みを浮かべた先生に「面倒みてあげてね、高町さん」とお願いされた。

 

お隣さんは不思議な雰囲気の男の子。何かが始まりそうな予感がした。

 

 

 


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