しとしとと昨晩から降り続いていた雨は、午後になってようやく上がったようだった。
といっても、死角のないように映像スフィアが配備された病室に、窓がないから定かではないけれど。予報ではあがると来る途中で聞いた。
テーブルの上の病院食は運ばれてきたままで残されている。その横に骨が浮き出るくらいに弱くなった白い手が置かれていて、母さんはずっと虚ろな瞳で眺めているだけ。
……眺めるという意思さえなかったかもしれない。
だから余計に、私は元気よく振舞わなくちゃならない。
「
「……お腹、すいていないのよ」
テーブルの上から取り上げた食事の代わりに、持ってきた紙袋からオレンジを一つ取り出す。
犯罪を犯した人間を収容する特別な病棟にはバルディッシュはもちろん、厳重な検査が通った物しか持ち込めない。ナイフの所持は許されていないから、そのまま食べられる差し入れの数は限られる。
「拗ねてないでこれでも食べて。皮剥いてあげる」
「……悪いわね――
運ばれてから、一年分の睡眠を取っているんじゃないかって思うくらい眠り続けていた母さんは、目が覚めたら壊れていた。身体もそうだけど、なにより心が。
零れそうになった弱音をなんとか持ち直して、一粒に割いた果実を渡す。
「はい、ちょっと酸っぱいけどおいしいよ」
一週間くらい半狂乱になって、鎮静剤を打たれて。その繰り返し。
事件の聴取もできない状態に捜査は難航すると思われた翌日、母さんは20年分の記憶を失った。
幼いアリシア・テスタロッサが生きていた過去で、母さんは止まっている。……私のことは勿論覚えているはずがない。
管理局に逮捕されて一ヶ月。私は、アリシア・テスタロッサを演じていた。
フェイトがお見舞いに通うようになって、1週間が経った。
プレシア・テスタロッサの病変は裁判の初公判の前日に起きた。証人として参加することになった僕もたまたま居合わせて一緒に病院につれていかれたけど、はっきり言ってプレシアさんは人の目をしていなかった。
現にフェイトの献身的な世話の甲斐もむなしく、プレシアさんの体調は下降を辿っている。それでも、
フェイトをアリシアと呼び、アリシアとして接するプレシアに対して、思うところがないといえば嘘になる。滑稽だと嗤ってやることは簡単だった。……もうアリシアは逝ってしまったのだから。
最後の見送り人となった僕が黙って見ているのは、別にアリシアに頼まれたからじゃなかった。
「なんで、女って頑固なのかねぇ……」
傷つきながらもフェイトは、母親に会うことを辞めなかった。そればかりか、クロノに無理を言って、毎日見舞う許可まで頼み込む始末。
結局、クロノの気遣いによって我侭はまかり通った形になったけれど、誤算だったのは僕だ。どういうわけか、フェイトの送迎係りに任命されてしまった。
別に監視をつけなくても、母親を放って彼女は逃げないだろうし、暴れることもないだろうに。クロノの論理的思考は本当、理解に苦しむ。
気を遣わずに先入観のないまま付き添える人がいないだなんて、よっぽど血の気が多い集団なんだね管理局は。おかげで、こちとら小学生の身で保父さんの気分だ。
学校終わりにちょっと管理局まで迎えに行くというタイトなスケジュールを、僕だけフェイトと会うなんてずるいと妬む高町に譲ってやりたい。
「……ほんと、余計なお世話だっての」
フェイトの態度が僕に対してあからさまに余所余所しいのは、裁判の証人として顔合わせをした日に判明した。
確かに精神状態がアレだったときの彼女の行動は褒められたことではないし、仕返しする気は衰えちゃいない。返り討にならずに済む今しか、狙える機会はこないだろうし。
とはいっても、肝心の相手に避けられていては待ち伏せも不発に終わるだけだった。
殺傷魔法のことを気に病んでいるんだろうが、被害者第一号の僕はすっとぼけて報告したし、二号の高町もそれとなく口裏を合わせている。クロノもわかった上で弁護をしているから情状酌量の余地はあるのに。
問題は、フェイト自身の気持ちの整理だ。
ただでさえ、出生の秘密やら痴呆状態の母親の面倒、これから先の判決でいっぱいいっぱいなところ。9歳でこの体験なんだから早熟にもなるよね。
とにもかくにも、こっちのクロノも堅物の生真面目くんだとわかってきた今、その思惑は手に取るようにわかる。顔を合わせる機会を強制的につくってやったから関係を改善しろというのがむっつり執務官の目論みといったところだ。相変わらずの荒療治。
とはいっても、この1週間なんの進展もないのは僕としても頭痛の種だった。
「あ……」
病室から出てきたフェイトが、廊下に置かれたソファーで暇を持て余していた僕に気付いた。
「よう、お疲れ」
「……」
片手をあげたままの僕からきっかり大人2人分離れた位置で、フェイトは足を止めた。視線は足元に落ちていて、僕の方なんか見向きもしない。
いつもならここでさっさと帰路につくところだけど。
「まだ時間あるよな。軽食コーナーに行こうぜ」
「え……」
目が合った彼女は、顔をあげた速度より素早く俯いた。
伏せられた赤い目が忙しなく泳いでいるのを前髪で隠しきれてない。この子のことだ、色々言い訳を考えているのだろうけど、僕相手だから下手に会話を躊躇しているんだろうな。ふん、それこそ計算どおりだ。
「クロノは待たせておけばいい。別に、門限があるわけでもないだろ」
「…………」
「それともなに、育ち盛りの俺に戻るまで断食しろと?」
ふるふると力なく、フェイトの頭が動いた。
視線をあわせないことだけに注意している、油断だらけの手をむんずと掴む。
今日という今日は、思惑にあやかってやる。だから多少報告が遅延するくらいで文句は受け付けない。
「なら、決まりだな」
「――っ」
強く断る様子がないことをいいことに、そのまま彼女を引っ張って歩く。
管理局と連携している病院であっても、一般診察は受け付けている。
外来用の待合室もあれば、見舞い品の花や飲食物を販売しているお店もある。この辺りは、地球と似たようなもので、コンビニのようなチェーン店そのものが病院内に設置されていた。
最近は入院生活の長い患者向けに服や娯楽の店まで開店しているようだ。
「はい、カプチーノ。砂糖が足りなければ、セルフで」
どっさりと掴んできた砂糖袋を机に広げて置く。その中の一本を自分のカップに注ぎ、かき混ぜる。
手をつけようとしないフェイトに、構うことなく、一緒に買って来た菓子パンを頬張る。ふかふかした生地はなんとも腑抜けた食感だ。味は地球に比べて劣ってるのは、魔法による簡略化が進んでこうった食物製作が人の手から離れたことも起因している。翠屋を知る僕にしてみれば、あまり手を出したくはない。
ふと、向かい合った金髪がもじもじしていた。
「……お金」
「付き合ってもらう礼だ。冷めないうちにまあ飲めや」
それを言うなら、僕だってクラナガンのお金をもっていない。
渡されていた身分証明のカードからIDを引き出して、クロノのツケで買えたからいいけど。いやぁ、売店のお姉さんがクロノのファンだなんて奇遇だったなぁ。
「…………」
ようやく、湯気の上がる紙コップにおそるおそると手が伸びた。
捕って食われるわけじゃないんだから、もっと堂々としていればいいのに。高町やクロノと話すときはもう少しマシな反応だったと思うんだけど……妙に警戒していたユーノとももう少しまともに話しているようだし。要は僕が避けられているだけの話だった。自分で言っててちょっとショック……。
「あの……一つ、聞いてもいい、ですか?」
意外なことに、無言の突破口は彼女からだった。
「敬語抜きなら構わないぜ」
「…………あなたも……私が、母さんに会うの、反対?」
こりゃあ、クロノ――なわけないか。渋い顔はしても、肉親との別れに思うところがある男だ。直接言葉にはしない。まぁ、この他人の感情に敏感なこの子相手だから、隠せはしないと思うけど。
しょぼくれ具合から言って、院内の噂を耳にしたって線が濃厚だね。僕も何度か聞いたけど、どれもフェイトに同情する意見が多かった。日に日にその声の数は増えていることも、こうして同行している僕に隠せるわけもなく。
……ったく、あの噂好きの医療看護士め。こうなるから注意したってのに。数日前の僕の心労を無碍にしてくれちゃてさぁ。
どんな親だろうと、子供にとっては親だ。意見を言うのは自由だけど、子供に聞かれるヘマはするべきじゃないと思う。
親の悪口を聞けば気分は悪いし、面会をするフェイトを疎ましく言うってのは、それこそ他人が口を挟む問題じゃない。余計なお世話ってもんだ。でもまぁ、病室を出るときの物寂しげに
「それは、姉のふりして会ってることか?」
「…………」
こくり、とほんの数センチほどに上下した頭を見る。金糸のような髪が、滝のように肩から流れて顔を隠してしまった。
賛成も反対もない。僕は頼まれたから待ってる送迎人なんだから。
それに、誰がなんと言おうと、こいつは『アリシア』としてプレシアと会い続ける。プレシアが求めるているのは、
「っていうか、お前こそ、どうしてそうしてまで会いたいって思ってるわけ?」
「…………」
「今となっちゃ、
いつだって、病室の扉を開ければ、「あら、久しぶりねアリシア」から始まる挨拶。昨日も今日も明日も、プレシアにとっては同じなんだ。
「……それでもいい。きっと母さんは長く生きられない。だったらせめて、幸せな思い出の中で生きて最期を迎えてほしい」
意志が灯った瞳が、途端に心細くなった。
「そう思うのは、いけないことかな。……私、悪い子なのかな」
人の助けになれない自分を責めて、罵って、独りになっていく少女を僕はよく知っている。
普段は抜けていて、のんびりしているように見えたあいつも、傷つきやすくて、人を思いすぎる余りに甘くなって、自分のことは二の次で、その実寂しがり屋で。よく似ている。
――なのはが、墜ちたって……意識がなくてっ……わ、たし……
おかげで……嫌な
振り払うつもりで出したため息は、思いのほか冷たかった。
一度過ぎた時間のやり直しなんか、できやしない。目の前の彼女は、
「……お前がしたいならやれば?」
だから、僕が抱く後悔も、願いも、贖罪も、彼女と無関係であるべきだ。
勝手にすればいい。誰も文句は言わないだろうし止めもしない。いや、意外とセンチメンタルな執務官とお節介なド根性娘がいたっけ。
「俺はいい加減、お前のメソメソした顔を迎えるのも飽きた。もういない死者をただ待つ役目は真っ平ごめんだ」
「……そう、だよね」
でも、手が届くなら。僕は、
ユーノ・スクライアは伸ばした先の諦めを知っている。やめた方がいい。きっと、何もできない。不安定な存在が、触れていい少女じゃない。
高田平介は掴んだ先の喜びを知りたがってる。異国どころか異星の少女と友達になりたいから。たとえ生まれた環境や世界が違ったとしても理解し合えるその手を掴む必要があった。
――だから、平介である僕は、伸ばしかけた手を金色に置く。
「お前が曲げないんだったら、俺もやりたいようにさせてもらうぜ。アリシア、だっけ?そう呼ばれたのと同じだけ、フェイトって名前を呼んでやる。覚悟しておけ」
「え――」
「お前が嫌がろうと、プレシアが聞き入れなかろうと関係ない。フェイトとして傷ついた分、アリシアとして隠した分、俺がお前を笑わせてやる」
――精々勝手にしたらいいんだ。
僕も平介も、フェイトも。その先に、待っている未来を信じて甘受するしかないんだから。
◆ ◆ ◆
彼と話をした翌日。
それまでとは違って、私は心なしか身体が軽くなったような気分で病室にいた。
ずっと気がかりだった彼と話せて、少しだけわだかまりが取れたおかげだ。それでも、私が彼にしたことは償わなければならないから。まずは彼の負担になるような態度は辞めるところから始めよう。
とはいっても、彼は両親に帰りが遅くなる事情を話していなかったらしく、到着が遅れるらしい。連絡すればクロノかエイミィさんが迎えに来てくれる。それともボクが待っていようかと、送ってくれたユーノの誘いは……少し、残念だけど断った。
遅れてでも彼は来るだろうから。
裁判の公判や打ち合わせ日以外は、面会時間ギリギリまで付き添っていたせいか、担当医とも顔見知りになっていた。迎えが遅くなるなら少しの融通はきいてもらえる。
できるなら彼が来るまでは待っていたい、と不思議と信頼している自分がいた。
――お前を笑わせてやる。
昨日、言われた言葉を思い出して、つい、笑みが漏れてしまう。早速、私は笑わされてることに気付いて、それがまたおかしくなる。
それを見ていた母さんにも笑われていた。
「ふふふ、落ち込んだり嬉しそうにしたり、表情豊かね」
「そ、そんなにわかりやすいかな、わたし」
アリシアとして振舞っているときならともかく、アルフにはもっと笑った方がいいとか、感情表現が控えめだとか言われているのに。
「ええ、幼い頃の私にそっくりだもの」
……母さんだからわかるのかな。そうだと、嬉しい。
幸せって、こういう空気なのかもしれない。だとしたら、私は今、至福の時間の中にいる。母さんにとっては『アリシア』だけど、それでもこの空気感じているのは私だ。
『アリシア』の存在を疎んだときもあるけれど、彼女がいたからこそ私がいるんだから、今の私なら素直にお姉ちゃんって言える気がする。
「……今日は随分暖かいわね」
身体の調子がいいのか、母さんの表情は柔らかい。
「心地良くて、眠くなってしまうわ」
「いいよ眠っても。私はここにいるから」
「……それなら、安心ね。言葉に甘えさせてもらおうかしら」
暇を潰すものは何もなかったけれど、母さんといられる時間はいつもあっという間に過ぎてしまう。
だからそのときも、いつものように母さんの方まで布団をかけて、寝入る母さんの邪魔にならない位置まで椅子を下げようと背中を向けた。
「――――ありがとう、フェイト」
普段と変わらない、静かな寝顔があった。けれど――
「………………母、さん?」
いつまでも寝息が聞こえてこなかった。
◆ ◆ ◆
PT事件解決から2ヵ月後。
初夏の始まりの日にプレシア・テスタロッサは娘に看取られ、静かに息を引き取った。
プレシアの精神状態は初期に比べて、落ち着いていた。だが、記憶が戻っているかどうかは定かではないと医師は言っていた。
それでも、死に逝く間際、彼女が娘の名前を口にしたのは――。……やめよう。その心中がわかる人間はもうこの世にはいないんだから。
罪を犯した彼女の葬式は、実に事務的に終わった。
フェイトもまだ身柄を管理局に委ねている状態で、『弔う』儀式通念が希薄なクラナガンでは、仕方がないのかもしれないけど釈然としない。親族である娘が立ち会えないのには、納得できない。
釈然としない気持ちをぶつけるために裁判の打ち合わせを口実にして、クロノを訪れて来たのだけど。
「なんでいないかな」
監査付きの条件で、ある程度の行動範囲が広がったフェイトもいないし。同じく、保護観察中のアルフはエイミィの元で助手をしていた。
手が離せない彼女たちからフェイトの部屋に向かったと聞いて来てみたところで、留守だった。
必要最低限の家具しかないとはいっても、一応は女性の私室。あんまり長居するのも気まずい。ただでさえ、いくらか解消されつつあるも気まずさを残すフェイトとの仲だ。
八つ当たりする愚痴が増えていくぞ、早く出て来いクロノめ。
もういっそ面倒だし、魔力探査でもしてしまえ。
「あ、やばっ」
構えた腕が勢い余って、机に積まれていた書類をぶちまけた。どれも裁判資料で、今度の証言台に立つフェイトの準備書面だ。混ざったら七面倒な文字列の仲に、丸っこい手書きの書類が一枚出てきた。
「……手紙?」
机には宛名のない封筒が広げてあった。
文通する相手といったら高町くらいしか思いつかない。けど、やり取りはビデオレターだったはず……。だとしたら、相手は一体――まさか、高町が知らないだけでこの時期からフェイトと交流がある女子がいたとは。僕の知らないところで、彼女達は三角関係だったのだろうか?
悪いとは思ったけど、好奇心に負けて僕は手にしたままの文をそっと覗き込む。
書き出しは――なになに。
――どう伝えたらいいか、わからなかったから。こういう形で、私の気持ちを伝えたいと思う。
あのね、母さんがフェイトって、私の名前を呼んでくれたよ。
……これでよかったんだ。母さんの顔、すごく優しかった。私もとても嬉しい。
だから、キミはそんなに自分を責めないで。
キミは、優しいから。
母さんを助けて私が傷つく結果になったんじゃないかって悩んでるってわかった。
最初に付き添ってくれたとき、私と母さんが話しているのを寂しそうな目で見てたの、気付いてた。
私がアリシアとして過ごすこと、ずっと気にしてくれてたんだよね。……私もすごく苦しかった。やっぱり私はアリシアのクローンで、存在しちゃいけないのかなって。
このまま、アリシアとして母さんの傍にいた方がいいのかなって、すごく悲しかった。
でもね。
いつも私が病室から出るとフェイトって呼んでくれたから。
フェイトとしてのわたしを、ずっと待っていてくれた。
そうやって支えてくれたからほんの一瞬だけど、最期にフェイトとして母さんを送り出せたんだと思う。
後悔しない私でいられたんだ。
キミがいてくれてよかった。
ヘースケと会えてよかった。だから――ありがとう。
文面を目で追っているうちにだんだん握る手に力がこもったせいで、手紙がくしゃりと音を立てた。
「なんだよ、これ。あいつまで、まさか――」
考えるより早く、魔力反応をサーチ――――いた。なんで技術者でもないのに動力炉なんかに。
艦内の魔法使用が制限されていないのをいいことに、その場で転移方陣を展開して、
「フェイトッ――!!」
魔力源である高圧電流に触れようとしていたフェイトにとびかかる。
いくら魔力に雷が付加されていても、生身のまま接触したら黒焦げになるだけだ。勢い余って、押し倒すようにフェイトの動きを封じる形になったけど、そうでもしないと間に合わなかった。
「どこにもいくなッ……キミまでいなくなったら――」
「ヘー、スケ…?」
ぽたぽた、と小さな雨が、フェイトの顔に痕を残していた。
僕の顔を見上げる赤い瞳が、静かに問いかけていた。……なんで泣いてるの?と。
そんなの、僕が知りたいよ。どんなに固い砲撃を受けたって、電気椅子のような拷問にあったって、鉄のように圧し掛かる重力に潰されそうになったって、枯れたように涙が出てくることはなかったのに。
ぐい、と乱暴に拭ったところで、
「――あー、取り込んでいるところ申し訳ないんだが」
なにやら気まずそうな、ここのところ馴染みの声が聞こえてきた。
更には、それに対して「そこは空気読もうよ」やら「チビ執務官は短気だねぇ」やら老婆心の野次が飛んでいた。可哀相に、彼も被害者だ。
「あの……そろそろ、どいてほしい」
極めつけは、身体の下から聞こえるか細い控えめな忠言。
外野がうるさくなってきたところで、冷静になった僕は早合点を呪った。
部屋から握り締めたままだった手紙がひらりと、床に落ちる。
『お、なにか落ちたよ?』
すかさず、モニターが出現し、内容を確認し始めたエイミィさん。
『ふむふむ……なるほど。高田くん、キミは盛大なる勘違いをしているね?』
探偵よろしく、ぴょこんと跳ねたアホ毛を撫でるしたり顔がむかつく。改めて言われなくても痛いほどの空気で充分身にしみてるさ。そんでもって爆笑してる狼、後でシメる。
『フェイトちゃんがどうなっちゃうと思ったのかなぁん?』
「黙秘権を行使します」
だいたいさ、こんな置き手紙読んだら、心配するでしょ普通!読んだエイミィさんなら僕の気持ちわかるよね……ああ、わかった上でからかってやがるな、このアホ毛補佐官。この場に僕の味方はいない。
「……それ、まだ途中なのに」
音読されていくうちに、亀のように首を引っ込めてしまったフェイトの恨みがましい視線は無視する。
「そもそもなんで部屋にいないんだよ。ってか、あんたら、知ってて俺を使ったな?」
『いえいえ、クロノくんがフェイトちゃんを呼びに行ったのは事実だよん』
白々しい。せめて、にんまりとしたイタズラの成功を喜ぶ憎たらしい顔を隠してから言ってほしいよ。
聞けば、電気回路の不具合チェックをしていただけだったらしい。よく見れてみると、動力は電源が落ちている。……不覚だった。
フェイトは電気変換した魔力を流すよう言われ、原因場所で待機していただけだったんだ。うん、勘違い解消。ほんと、しょうもない……。
『まぁ、悪かったよ。けどさぁ、フェイトがアンタからどう思われてるのか気にしてたからさ』
「ア、アルフッ!」
なるほどなるほど。それで、エイミィさんが手紙を書くことを勧めて、水面下でドッキリ準備をしていたわけだ。そして、見事に僕が嵌った。
『だって、あれから高田くんちっとも連絡してくれなかったしね。なのはちゃんも心配してたよ』
「へぇへぇ、俺が悪うございましたよ」
なんとなく、話の流れは掴めた。呆れているクロノはともかく艦長も一枚噛んでいるに違いない。
今もどこかでお茶でもすすりながら覗いているんじゃないだろうか。
事件捜査中からフェイトの境遇に対して母性を働かせていたが、こうも行動が早いとは。もう実は、この頃から養子について裏を回しているんじゃないか。
「……ん?」
くいっ、と引っ張られるように顔を向けると、フェイトが袖を摘んでいた。見舞いに付き添っていた頃に比べて随分、打ち解けた方だと思う。あっちの彼女を思えばまだ完全じゃないんだろうけど、これくらいの方が僕の精神は和む。
「……さっきの続き……いいの?」
――天然侮りがたし。せっかく有耶無耶にして忘れさせようとしたのに、まさかの伏兵からの攻撃だ。というか、色々誤解が生じるのでその言い回しは禁止ね。
それ聞いても、黄色い声やら噴出者が増えるだけから。それと、クロノ汚い。近寄らないで。
だいたいここでフェイトにアリシアとの約束が守れないから、なんて答えられるわけない。また化けて出てこられたらどうする。祟られるのはご免だ。つまり、こういうときは――
「戦略的撤退!」
逃げるに限る。
『うんうん、青春だねぇ』
とっくに終わった甘酸っぱさに追いかけられ、僕は転移装置目指して全力で駆けていった。
アリシア、プレシアさん――今日もフェイトは元気です。
無印編の御読了、ありがとうございました。
次は、
新たなトラウマへさぁ行くぞA`s突入か、
その前に小出しにトラウマつくろうぜ小話か、
むしろトラウマ全開示せよユーノ時代の無印か。
終わった気になるのはまだ早い無印の加筆/修正か。
いずれにせよ、次回もお付き合い頂けると嬉しいです。