完膚なきまで空転せよ!   作:のんべんだらり

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23.夢の夢

 

彼女が運ばれた病院は清潔感よりも冷徹に近くて、ノックもせずに入った僕は出鼻を挫かれた。

怪我の重傷度と、ちょっとした著名人ということで宛がわれたせっかくの個室も、やせ細った身体を起こしたり寝かせたりするだけで一日が終わる。これじゃ独房と変わらない。

 

「……なのは」

 

なのはの笑顔は、みんなの不安と彼女自身の不安を隠すためのものだった。

それに気づいたとき、彼女の身体は既にボロボロだった。気丈なふりがうまかったなのはの心はかろうじて琴線を保っていたけれど、それもいつまで持つのか。

 

「……冷えてきたね。窓、閉めようか?」

 

ベッドからぼんやりと夕陽を眺めている横顔に、そう長くはないと感じてしまった。

 

「ユーノ、くん……?」

「やぁ、昨日ぶり。今日のリハビリはどうだった?」

「……あんまり進まなかった、かな」

 

……にゃはは、と力なくいつもの笑いでいつもの仮面を被っていた。

 

公表された情報では任務先での墜落とだけ流されていたけれど、強力な魔法使用による過度な肉体疲労が原因となった事故は、彼女の下半身不随という結果をもたらした。

家族を呼ばないでと、彼女は医者を止めていた。心配かけたくないからだと。そして、そのことを聞きつけたフェイトにまで口止めした。

止められたのは医者とフェイトだ。僕ではない。だから、僕は仕事を脱け出してフェイトの泣き言を聞いたその日の内に海鳴に飛んだ。

(ケダモノ)のレッテルを貼られ、高町家出入禁止令が出ている僕にとってそこはまさしく死地。色々悶着はあったけど、割愛する。

とにかく……その後の展開は、高町なのはという少女の心の傷を見くびっていた僕の過失としか言えない。

 

「――なんで勝手なことするの!?ユーノくんには関係ない――ッ!!」

 

無事に高町一家を全員引き連れて病院に戻った僕を出迎えたのは、彼女の罵詈雑言だった。

いつものことなので僕は気に留めていなかったのだけど、一緒に病室を訪れていた桃子さんの堪忍袋の緒が切れた。なんと、無言でなのはに張り手をしたのだ。

そのあと、2人で抱きしめあってわんわん泣いていたから、雨降って地固まるの典型でめでたしめでたしでなにより。

なのはは僕とは違って人気者だ。見舞う客は多い。病室に行かなくても風の便りで、リハビリにも意欲的になり、笑顔も増えたと聞いた。

 

だから、顔も見たくないと言われた僕が、再び彼女に会ったのは、退院の日だった。

 

「……えっと、ね。私、また空を飛びたいんだ。――――ユーノくんと一緒に」

 

一応、彼女なりの謝罪と仲直りの意味だったらしい。

それ以降、怪我の後遺症を理由に僕を連れまわす回数が増えたなのはさん。さん付けで呼ぶようになったのもこの頃からだったと思う。

もう召使くらいにしか思われていないのかもと本気で泣きそうになった。いや、使い魔か。

 

ユーノ・スクライア、14歳。異性に興味をもちはじめた年頃。

シャマル先生、恋がしたいです。――いやシャマル先生とではないですから。その黒炭はゴミ箱に――え、手料理?脱臭剤の間違いじゃ――っ!?

 

 

 

「うげぇえええええ!?」

 

吐き気を催す悪夢に飛び起きた。

最悪な目覚めだ。強烈すぎて、味覚まで感じていた内容を一切思い出せない。なんとなく、安堵する気持ちがあるのはどうしてだろうか……。

 

「味が残る夢ってどんなんだよ……」

 

口内にこびりついた苦いようで辛いようで甘いようですっぱい何かを、備え付けの水道スペースで緑色のうがい薬を使って念入りに消毒。ようやくすっきりして鼻も通るようになった。

 

「それにしても、なんで生きてるんだろう」

 

鼻腔をくすぐるハーブの香りは、これが夢の続きでない限り、未亡人艦長に恋慕する医務スタッフのいるアースラの医務室のはず。

嫌な慣れ方をしてしまった白い天井を、ぼんやりと見上げる。

虚無空間というのは、子供をわざと怖がらせる迷信とかいうオチだったり?そうなれば魔法世界史における大発見だ、一生働かずに生きていける。そして大々的に発表され、虚無空間を通り抜けた貴重な生命体として身体を隅々まで解剖されそうな気もする。……うん、夢物語は白紙に戻そう。

一先ず、メディカル用の服から折りたたまれていた私服に袖を通した。

 

「げ、管理局の制服だ……」

 

サイズもぴったり子供用サイズ。

うん、身長的にもクロノの所有物に間違いない。用意した確信犯は、僕の行動を予測できてかつ執務官の着替えを手に入れられる人物――甘茶艦長しかいないね。

 

服の好き嫌いを直接本人にぶつけるためにも、誰もいないメディカルルームを後にする。

どうやら就寝サイクルのようで廊下に乗員の姿もなく、静かだった。

現場にいたクロノを捕まえるのが一番聞き出しやすいんだろうけど、寝ているかもしれないし。そもそも部屋もわからない。……艦長室に行けばいるのかな、アレでマザコンの気もあるし。

とりあえず、無難な医務官でも探すことにして廊下をぶらついていると、曲がり角で横から飛び出してきた歩行者とぶつかった。

 

「ご、ごめんなさいっ!」

「こっちこそすんません……って、なんだ高町か」

 

頭を下げた格好のままの放心顔も、なんだか久しぶりに見た気がする。ユーノの姿は見えないが、医務室にはいなかったし元気でいるんだろう。もしくは既にクロノに仕事を押し付けられていたりして……世界は違えどちょっとへこんだ。

お腹の底からどんより湿った空気を吐き出したところで、ようやく強張っていた高町の身体が一層固くなったことに気付いた。

 

「まだ海鳴に帰ってなかったんだな」

 

高町は民間協力なんだし、元震も収まれば転移装置使ってすぐに帰宅できるのに。事件の事後処理も関係ないだろうから許可が下りないってわけでもないだろうし。

――とまぁ、無言の重圧から逃れるためにつらつらと冷静な分析を並べてみたんだけど。

 

(……この気配は、往復ビンタか。それとも、強制模擬戦突入の前触れ?)

 

なにやら漂う雰囲気が、あっちの彼女がキレたときとそっくりだ。やっぱり「高町なのは」なんだな。

あっちの彼女は僕が迷惑をかけると制裁を下していた。最初のうちは訓練に付き合う程度だったが果ては全面戦争まで。冷静なフリして感情的になっているから力加減はMAXだし、訓練で鍛えている教官殿の腕力は半端ない。

そんなわけでボコボコになった覚えしかないが、今回はどれくらいで済むだろうか。

……明日の朝日を拝めるといいな。アハハハ。……はぁ、そろそろ腹をくくるとしよう。

 

「オーケー。話し合おうじゃないか、高ま、ち――」

 

そう決意した矢先、胸に軽い衝撃があたった。

 

「――え」

 

視界一面に、高町の頭があった。

一体何が起こったの。

事態を把握するために耳をそばだてると、なにやらぐずぐすと鼻を啜る音が聞こえてきた。

停止状態に近い脳は古いパソコンのようにガガッガガッと雑音混じりで、何か言おうとするたびに再起動されて考えがまとまりゃしない。

ありのままを表現すればつまるところ――――高町なのはが泣いていた。

 

 

…………。

 

 

………………。

 

 

………………………………………………。

 

 

…………ええええっ!?ちょ、本気で何起きたし!

咄嗟に身を引こうとして、僕の服を掴んでいる彼女の手に気づいた。その小さな手が、かすかに震えているのも。

ああ……僕、死刑決定。

こんなところを恭也さんに見られたら間違いなく、弁解の余地もない。

何をやっても変えられない泣かせてしまった事実に内なる僕が号泣した。夢ごこちの中で釘を刺されたのに目覚めて数分で破るってどういうことさ!?なにしてんの、僕!?

 

「……よかったよぉ……」

 

……ホントに、なにしてるんだよ。

静かにすすり泣くその背中を軽く叩いてやる。どうせ死ぬなら骨の髄までってやつだ。やけっぱちともいう。

触れる瞬間、怯えたように跳ねた肩は気付かなかったことにして――主に僕の豆腐メンタルのために――震える高町の子供体温を落ち着かせることにする。

 

「なぁ高町。そんなに鼻水をこすりつけなくたって俺はいなくならないって」

「……信じないもん。平介くん、ウソついたっ」

 

幼児返りしたような舌足らずな喋り方は不覚にも可愛いと思ってしまった。

泣かれた子供に甘くなってしまうのは、部落で年下の子供達と一緒に育ったせいだ。元気いっぱいで生意気なくせに、怖かったり痛かったりするとすぐ泣く。……ズルイなぁ。僕だって鬼じゃない。涙に濡れる顔を見れば、心の二重底にへそくりしておいた善意が疼く。

 

「いやまぁ、あのときはあーしないとフェイト助けられなかったし」

「私はッ、平介くんも助けるつもりだったの!」

「足つけてここにいるんだから、結果オーライだろ」

「よくないっ!」

「……俺にどうしろと?」

 

助かった方法は僕も知らないし、むしろ高町に聞きたいところなんですけどねー。

そもそも、借り物の制服に皺が寄るほど強く握り締めてくる高町の沸点がわからない。なんでこんなに怒られないといけないのさ。……いやま、僕が原因なのはわかるけど。

 

「――約束して。もう、ウソつかないって約束」

「ハードル高っ!せめて条件付けさせてもらえませんかねぇ」

「……なに」

 

そんなの約束した時点で破るようなもの、無闇にしたら僕の人生は終わったも同然だ。

仕方ないから聞いてやるよ、的な半眼の高町に前言撤回一歩手前の小心ものだって、交渉の権利はある。

 

「そうだな――お互いの命に関わる場面で俺はお前にウソをつかない。それでどう?」

「……わかった。なら、私もお互いの命に関わる場面で平介くんにウソつかない」

 

迷いもなく言い切った高町に既に涙はなかった。

清清しい晴れやかな顔にズキリと、胸の奥が痛む。でもきっと、この身体は僕じゃない平介のものだから。

 

「約束だよ?」

「……ああ」

 

僕は――また一つ、嘘を重ねた。

 

「えへへっ」

 

笑顔が戻ったところで、シリアス諸事情はその辺に放り出すことにして。

 

「――ところで、高町よ。その鼻水やらなんやらでひどい顔をどうにかすべきだと俺は進言する」

「へ?――にゃあああッ!?」

 

ようやく僕らの近さに高町が気付いてくれたようで、目にも留まらぬ速さで曲がり角の向こう側に消えた。

危うく僕の鼻がずるずるの鼻と衝突するところだったので、助かった。高町菌がうつりでもして、ワーカーホリックになったらどうしてくれる。そうさ、僕は平凡に過ごせればそれでいいんだ。今回の件で切実にそう思うね。

 

「ご、ごめんね……服、汚しちゃって」

 

ところどころ変色している制服の襟元を直していると、高町がおずおずと戻ってきた。

なんだ、顔でも洗ってきたのか。目元は腫れているもののさっぱりした顔つきになっている。

 

「気にするな。これくらい、すぐに乾くだろ」

 

だいたいこの服、僕のじゃないし。

それよりも。

 

「……俺、どうやって助けられたんだ?」

 

気になっていたことを聞いてみた。

 

「えっとね――」

 

一部始終見ていた高町が語った「高田平介救出劇」によると、ロッククライミングの要領で物理的な命綱を巻きつけ、崖を降りてきて恭也さんにすんでのところでキャッチされたらしい。

 

「平介くん、覚えてないの?」

「まったく。意識飛んでた」

 

高町もさながら超人のような身のこなしをする兄を初めて見たらしく、興奮気味だった。まるで、戦隊ヒーローのようだったと。……あながち間違いとは思えないので熱弁する高町に曖昧に頷いて聞き流す。

 

「もうホント、カッコよかったんだよ。……平介くんを助けてくれたんだもん」

「エエ、ソウデスネ」

 

でもね、お姫様抱っこで運ぶ必要はなかったと思うよ。せめて俵担ぎがよかった。助けられた身でも贅沢は言わせてもらうよ。

そんなイベント、男の僕にまで発動しなくていいじゃないか。くそぅ、恭也さんのイケメンスキルが裏目に出るなんてッ!

 

「そんなに気にしなくても……平介くん、軽いから全然平気ってお兄ちゃん言ってたよ?」

「嬉しくねぇよ!!」

「うにゃ!?」

 

その命の恩人の恭也さんは、デートがあるとかでアースラに着艦してすぐに帰宅したそうだ。去り際まであの人らしい。

……もうシスコンとか言えない、寧ろアニキと呼ばせてもらおう。

 

「えっと、その……元気出して」

 

だからどうか、運び方についてはやり直しをさせてください。

高町に慰められながら、戻らない過去を咽び泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、さめざめと泣いた僕は休憩帰りの医務スタッフに捕まり、高町と別れた。

 

逆戻りさせられた医務室の扉には、面会謝絶の札がかかっていた。いつの間に。

ロストロギアに触れた僕は明日の検査が終わるまで絶対安静らしい。それならどうして看護人が傍にいなかったんだ。出歩いていた僕が叱られるのは理不尽だと思う。

バツが悪くなったのか宿直の医務官は触診で異常がないとわかると、さっさと隣室の仮眠室へと消えていってしまった。見た目10歳前後の少年をボッチにするって大人としてどうよ……うん、まぁ、慣れるからいいけどね。一人が怖いって精神年齢でもないし。

 

「あー、ダメだ。寝付けない…」

 

けれど、こういうときに限って頭は冴えるんだよね。

寝るに寝れない中途半端な状態が入院生活には一番辛い。おまけに退室禁止をを言い渡されているから暇つぶしもできない。

これが話のわかる医療官だったら自由にできたのに。なんでも艦長に相談ごとがあるとかで、当番を代わってもらったらしい。未だに姿が見えないってことは十中八九、砂糖茶の犠牲になったのだろうけど。

 

「せっかくだし、セルフチェックでもしよ」

 

あちらでも昔はインドアだったのに、いつしか身体は頑丈になった。遺跡発掘して鍛えてたけど、あんまり筋肉がつかない身体だったんだよね。

それに比べてこの身体は、鍛えればそれなりに引き締まった身体になりそうだ。前がぽよ体型ってわけじゃないんだけど、やっぱり恭也アニキみたいな果てない理想に憧れるものだ。

――が、現実はホント思い通りにはいかないように出来ている。

 

「……うーん、参ったなぁ」

「何が?」

 

……うん?今、少女のような声が聞こえたような気がしたけど、まぁいいか。

ピリッと痺れた右手を握っては開くを繰り返してみる。

魔力の感触はあるけど、花火みたいに霧散してしまってはどうしようもない。

 

「使用直後の慢性的な痛み、収まるまで約……1分ってところか」

 

この分なら、全壊ってわけではないみたいだ。

 

「かといって、素直に検査を受けてもなぁ」

 

僕の存在がどんな影響を与えているかわからないし、適当に検査の結果を偽造したいのが本音。

でも魔力が回復しないことには隠蔽工作もできないんだよね。……明日の検査前に回復することを祈ろう。

ごろりと頭の後ろで腕を組んで、ベッドに足を投げ出して放棄したところで、

 

「もう!せっかく来てあげたのに、無視しないでってば」

 

ベッド脇に佇む金髪の少女が腰に手をあてて、不機嫌ですと表していた。

この軽い感じは、もう1人の方か。

 

「……枕元に立たないでよ、縁起でもない」

 

消灯後に浮き上がっている白い影に誰が好んで声をかけるかっての。

ただでさえ不幸続きなのに、半分幽霊みたいなもんが揃ったらホラーななにかが始まってしまいそうだ。

 

「それはそれで楽しそう」

「勘弁してよ……」

 

ベッドの上に身を乗り出してきたアリシアをとりあえず窘める。

テスタロッサ長女に半分を占拠された僕は、枕を抱いて壁に背中をぴったりつけて、できるだけ距離を取る。幽霊とわかっていても、思春期特有の気恥ずかしさはどうしようもない。

 

「それで、ご用件は?」

「……うん。お母さんとフェイトのこと伝えておこうと思って。気になって眠れなかったでしょ、ヘースケ」

 

そりゃあ、まぁ。

死にかけてまで助けた相手がどうなったかくらいは、気がかりだったけどさ。

 

「あれれー?顔赤いよー?」

「……いいから話してよ。じゃなきゃもう寝る」

 

大人びた微笑みを枕で防ぐが、アリシアは気にした様子もなく、ころころと笑い声をあげていた。

 

結局――事件の主犯であるプレシア・テスタロッサは逮捕され、そのまま本局に引き渡された。

アースラの収容室で軟禁されているフェイトとアルフは、順次、搬送される予定らしい。

時空庭園で確保できたジュエルシードも既に封印を施し、管理局の遺失物管理課に保管されるという。いくつかは虚数空間に落ちたものもあるようで、捜索は続けられているものの早々に切り上げられたそうだ。

 

「そんな上部クラスの情報まで、なんで知ってるのさ」

「ふふふっ、私に壁は存在しないのだよ」

 

盗み聞きとはやりたい放題だね、おい。

保管場所については信用できないけど僕に手が出せる問題じゃないし、深く考えるだけ無駄か。

 

「で、プレシアの容態は?」

「……そっか、キミは知ってたんだよね」

 

逮捕してから輸送する前にウィルスや武器を保持していないか一通りチェックされるから、放置ってことはないと思う。その辺、アースラ艦長はお茶も甘ければ人にも甘い。きっちり人権を守るタイプだ。

あちらの世界では、犯罪歴があるだけで奴隷のような扱いをする局員が多かった。質量兵器が禁止されてから、臓器に爆弾を埋め込む自爆テロリストも現れて苦労したのもわかるけど、最低限の人権は守られるべきだ。

だからこそ、砲撃一つで戦意を喪失させたり、電撃で失神させたりできる彼女達が重宝がられていたんだけど……魔法を過信さえしなければ、そういう悲劇にも遭わずに済む。

こちらの管理局はまだモラルが保たれているようで、プレシアが運ばれたのは収容所ではなく病院だ。

 

「……今はよく眠っているみたい。でも――」

 

睫毛を伏せたアリシアの表情を見なくとも、余命僅かだとわかる。

まぁ、歳も省みず、かなりはっちゃけたからねぇ。

研究者っていうのは好奇心が強くて、自分の身体は二の次にする人種だ。そこに『アリシア』という無茶をする理由があったのなら治療なんて足のつくことするはずがない、か。

 

「フェイトとアルフには管理局の子が話してたよ。……静かに聞いてた」

「……そっか」

 

結構追い込まれていたから取り乱すかと思った。高町とやりあって化学変化でも起こしたかな。

未解決の問題は山積みだけどもせいぜい、嫌でも日の当たるところまで引き摺っていく不屈に目を付けられた自身を恨むことだ。

それに、アリシアが傍にいる。フェイトには僕が通訳すれば、会話もできるだろうし。

だけど、そんな僕の考えを読んだように、アリシアは口を開いた。

 

「私ね。フェイトが生まれて、ずっと身体に一緒にいたんだ。お母さんもフェイトも気付かなかったけど」

「……うん?」

「それも、もうすぐ終わりにしないと」

「……どういう、意味だよ」

「フェイトの世界に死者の居場所はない方がいい。……私は、命日となったあの日に()らないと」

 

嫌な予感はしていた。虫の知らせってよく言うけど僕は寝られずにいた理由は、プレシアやフェイトよりも、アリシアが消えることを不安だったから――。

だって、実の母が行ったといっても、遺伝子情報を抜かれた実験体である身体は火葬される規則を、アリシアは最後まで説明しなかった。今、この時だって、口にはしない。

つまり、それが彼女の選択なんだ。

 

「――ッ」

 

喉が張り付いたようになって、身体が戦慄いた。掴むことのできない意識だけのようなアリシアを引き止めるには、言葉しかないのに。

 

「……そんなのッ、このままフェイトと一緒に世界を見ていけばいいじゃないか。そうすればいつかは――」

「別の身体に入って、二度目の人生を送れるかな。ヘースケみたいに」

 

それは――この世界に留められている理由がわからない僕じゃ、何も言えない。手段もない。

それに彼女は()と似た立場にいる存在で。そのときが来たらきっと――僕も同じ選択をするから。

 

「……というより、限界なんだ。もう、現世に留めておけないみたい」

 

そう言って柔らかい微笑みを湛えたアリシアは、自分の心臓がある位置に手をあてた。

逃げ場のない僕の視線が釘付けにさせられる。

 

「それにね――このままずっといたとしても、私はヘースケに触れられないし、好きな人と結ばれることもできないんだよ?……それは嫌なの。ただ見ているだけなのは、もう嫌なんだ」

「――――」

 

誰だ、これは。

僕以上の時間を少女の中で過ごした彼女は、まるで知らない大人の女性だった。

あまりにも深くて、残酷なほどに優しくて、僕には受け止められないほどの気持ちを精一杯表して怒って、泣いて、笑って。

 

「だって私はアリシア・テスタロッサだもん。もしまた会えるなら、アリシアとしてあなたと会いたいよ」

 

どうして彼女が(ユーノ)のことを知っていたの、とか、それって告白なの、とか聞きたいことはいっぱいあった。

どれも声にならない自分が嫌で、満足そうな顔を見れば見るほど苛々する。

そんでもって、僕の意思関係なく勝手に零れそうになっている涙が憎たらしいったらない。眉間に力を込めて抗っているせいで、今の僕はきっと人相が最悪だ。

 

「あなたはとても、強い。だから、私の代わりに大切な妹を見守ってくれたら嬉しいな。あなたが元の世界に帰るまででいいから…………ごめん。最後まで頼みごとばかりだね、私」

 

叱られた犬のようにしょんぼりするアリシア。それがまた神経を逆撫でしてくるので、歯切りする隙間から憎まれ口を叩いてやることにした。

 

「……謝るなら、家族にすればいいだろ」

「ふふっ、そうだね。ありがと」

 

変てこな奴だな、冷めた視線を送ってるってのに喜ぶなんて。マゾなの?

あーもう、それ以上、そのニマニマ顔を近づけるんじゃないっ。

 

「フェイトにはユーノのことは話してないから安心してね。それと――報酬は先払いしておくから」

「――へ?」

 

ふに、と頬に柔らかくて温かいものが押し付けられて、僅かに湿っぽいような息が耳たぶにあたった。まるで、本当に身体があるかのように、キス、された。いや待て、だいたいどうして――

 

「……魂に、感触がある……?」

「そりゃそうだよ、今はフェイトの身体使ってるもん」

 

つまり、フェイトからのほっぺにちゅー?いやアリシアか。でも身体はフェイトで、というかどうやってフェイトがここまで来たの脱獄したら余計心証悪くなるって知ってるのか僕は庇わないぞそれも含んで僕に面倒ごと擦り付けやがったなこのイタズラ長女報酬がわりにあわないだろコラどう収拾つけろっていうんだ――

 

「大丈夫?」

「うがkおうmはえうhッ!?」

 

目と鼻の先に現れた金髪美少女に、反射的行動に従って背筋を仰け反らせて、

 

「ヘースケ!?」

 

煙が出そうな頭を勢いよく、壁に打ち付けた。

 

(やば……)

 

ツンとした鼻の痛みのあと、なすすべもなく視界が白ボケていく。

ここで気を失ったら、アリシアとはもう会えないっていうのに――。こんなしまらない最後なんて。

 

 

――はぁ、キミってば肝心なところでこうなんだから。でも、そこがキミの魅力なのかな。

 

――またね、ユーノ。

 

 

そんな子守唄を最後に、ブツン、と糸が切れるように暗転した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

世界には続きがあった。

 

――……僕、どうなったんだ?そうだ、アリシアは……

 

そこでは、アリシアが生きていて、フェイトと仲良く遊んでいて。

あっちの世界でも、この世界でも生き返ることはなかった彼女はとても嬉しそうに妹に微笑みかけていた。

こうなってほしかった未来であって願望、だとしても彼女が幸せなら僕に出来ることはない。

 

――あ。

 

僕が見ていることに気付いたアリシアの顔がチェシャ猫のように笑っている。これはよくない傾向だ。撤退が僅かに間に合わなくて右腕をアリシアに、気を取られているうちに遅れてついてきたフェイトに左腕を取られていた。

 

――いてて、両方で引っ張らないでよ。逃げないからさ。

 

解放された腕を擦る。

不満をこぼす僕の前で、双子のような姉妹は、唐突にぐるぐると回り始めた。

どっちが私でしょうゲームだと言われた。目をくるくる回しながら聞かれてもご愁傷様としか言えないんだけどな。

 

――……こっちがアリシアで、そっちがフェイト?

 

どうやらハズレだったらしい。ブッブーと声を揃えてダメだしされてしまった。

腕でバッテンをつくったアリシアから、しゃがむ様に命令される。

 

――不正解は罰ゲーム?そんなの初耳なんだけど。

 

ささやかな抵抗でそっぽを向くけど、頬に伸ばされたアリシアの手に正面に戻された。

そして、突き出されてきたアリシアの唇に、頭が真っ白になってしまう。

息を肌に感じる距離までくっついて――

 

「――――」

 

ものの見事に覚醒した。

電光時計を確認してみるが、それほど時間は経っていない。天井を眺めているうちにほんの数分眠りこけてしまったみたいだ。

冷静に考えてみれば、害はないとはいえ実行犯のフェイトが収容室から一人で出てこられるわけがないじゃないか。きっと、アリシアだけがふらっと別れを言いに来たんだろう。夢という形ではあるが、彼女らしい別れだったと思う。

けど、それにしたってアレはないよ。

 

「僕、溜まってるのかな……」

 

無意識に唇をなぞる。仄かに残るあたたかさ。

 

「……はは、まさかね」

 

目眩がした。昼間から寝すぎたせいで夢と現実がごちゃ混ぜになっているだけだ。

そうさ。だからぴたりとくっつくように真横から伝わってくる確かな暖かさはきっと――きっと……なんだろう。くっ、想像力が貧困になるほどに混乱しているなんて僕らしくないっ!

 

「……ぅん」

 

瞬間、身体が硬直した。

恐る恐る首をまわしてみれば――隣ですやすやと眠る金髪少女がいた。

 

「ひぃぃぃいいいッ!?」

 

一晩、部屋の端でガタブルするハメになったことは余談だ。

 

 

 




予定ではあと一話。
収まりきるだろうか……。

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