「フェイト!」
アルフさんの悲痛な叫びに、フェイトちゃんの無機質な赤い目が向く。まるでお人形のような綺麗な瞳は、とても悲しそうに見えて。
「もうやめよう。プレシアの本当の目的は、死んだ娘を生き返らせることだよ!そんなことフェイトが手伝う必要なんかないじゃないか」
「……母さんが求めてる。それだけわかれば十分な理由だよ」
「だけど!そうしちまったらフェイトは――」
直接言葉にするのも憚られるほどに辛い、と歯ぎしりするアルフさん。
来る途中、アルフさんからとても悲しい親子の話を聞いた。もしこのままプレシアさんの言う通りに動いても、フェイトちゃんの居場所はなくなってしまう。けれど――
「……知ってる」
だからどうしたの、とフェイトちゃんは首を傾けた。
「……話はそれだけ?なら、アルフも敵だ」
「アルフさん、下がって――ッ」
固まっているアルフさんの前に出て、展開できるだけのアクセルシューターをぶつける。
金色の刃を相殺した爆発の煙で視界は塞がれてしまうけれど、アルフさんの安否は背後から聞こえる息遣いで確認できた。
「――ッ、レイジングハート!」
ほっと息を付く間もなく、爆煙を切り裂いて現れたフェイトちゃんの斬撃を防ぐ。盾に噛みつかれたのは一瞬で、再び金色は煙の中に紛れてしまった。追いかけるように爆発を逃れた魔力弾で、煙幕を吹き飛ばす。
こちらを見下ろすフェイトちゃんには見透かされていたみたい。上空にいる彼女を見上げ、わたしは心が躍った。
背中で死角をついたと思ったのに、やっぱりフェイトちゃんは強い。
「……フェイト……」
茫然として腰をつけているアルフさん。今の戦意喪失している状態じゃ、身を守れるかもわからない。
けれど、高速移動の近接タイプのフェイトちゃんから余所見できるほど、なのははまだ器用じゃないから。
「全力で私と勝負だよ、フェイトちゃん!」
斧で切られた肩の打ち身に耐えて、空に上がる。
すべてをぶつけ合って、それから理解が始まるんだ。
とは言ったものの、フェイトちゃんの動きは以前よりも速い。アルフさんとの連携はない分、スピードに魔力を注いでいるみたいだ。
高速飛行は身体に負担があるはずなのに、振り切れたように縦横無尽に空を駆け回っている。
数と強固さで対抗してもその動きを止められない。
「――プロテクション」
それでも、フェイトちゃんだって疲れはある。
気持ちに身体がついていかない隙を待つ。
スフィアを掻い潜って接近されては、防ぎきれない衝撃に全身が投げ出されそうになるのを踏ん張り、その瞬間がやってきた。
――ここだ。
何度目かになる斬り込みを向けてきた金色の斧を、スフィアで撃ち止める。逃れようとする刃をもう別の桃色が弾く。
朝練習の空き缶と同じ。物体が静から動に慣れてしまえば原理は一緒だった。
「くっ」
力技で反動を逸らす大振りが一回りしてわたしの影をなぎ払った。
でもそれはフェイトちゃんの持つスピードの中では遅いレベル。
手足をバインドでぐるぐる巻きにして、その後方から動かずにいた私はようやく放つ瞬間を得る。
――背後に忍び寄っていたフェイトちゃんに気付かずに。
「――終わりだ」
幻影魔法。
前にいるフェイトちゃんが、にこりと微笑む。
ひやりとした感覚が駆け巡る。今まで彼女が使っていた魔法は、ひどくて打撲で直接傷をつけられていなかった。
だから、その魔法に
「……あ」
諦めたわけでもなく、避けられない決定打。
神速の刃が迫る瞬間、こんな思いから守るためにいてくれた誰かを思い出した。
――バカ町
いないはずの誰かの声が聞こえた。
× × ×
――嘘つき。
なのはの相手に余裕のないフェイトは喋っちゃいない。ただ、伝わってくる主の心を言葉で表現するとしたらそうなるとあたしが解釈しただけだ。
「……なんでこうなっちまったんだろうね」
使い魔として求められたフェイトの願いは「ずっと傍にいる」って約束だ。
今のあたしにそれが果たせているのか、正直自信がない。
でもさ、この先にフェイトの心に寄り添える気がするんだよ。だから、あたしは――
「え――」
「アルフ、さん……?」
フェイト……心が離れたことなんてないよ。
だけど最後のわがままだけは見逃しておくれ。罪状をこれ以上、深くしないようにこの子の命を守るあたしを許しておくれ。
この子が傍にいれば、きっとまた、やり直せるからさ。
× × ×
「アル、フ……?」
前のめりに倒れこんで動かないアルフさんを前に、呆然と立ちすくんでいたフェイトちゃんのだらりと垂れた腕からデバイスが落ちた。けど、今はまだ手放すときじゃない。
「フェイトちゃん!手伝って」
あんまり得意じゃない回復魔法を唱える。蒼白になった顔でフェイトちゃんが油の切れた機械のように動いてくれるけれど、傷が塞がるよりも流れていく血の方が早い気がする。
こんなときにユーノちゃんがいたらと思う。何度も治癒のお世話になっていても、わたしでは見様見真似にやっている程度でしかない。それでも2人分の魔力を空っぽ同然でアルフさんの傷はなんとか塞がった。
「どう、レイジングハート?」
「
意識は戻らないけど命の心配はないってレイジングハートに教わって、胸をなでおろす。
アルフさんの手を握って離さないフェイトちゃんはまだ安心できないとばかりに、震えていた。それまでの無理するような固さは既になかった。
「ねぇ、フェイトちゃん。アルフさんのこと、お願いしてもいい?」
「……できない。だって私は――」
戦う意思は今のフェイトちゃんにはない。残っている魔力もアルフさんの治療にあてたいというのが、本音だと思う。さっきまでとは別人のように、口ほどに物を言うようになった目が物語っている。
「私はフェイトちゃんを信じるよ!」
フェイトちゃんが辛いなら、私が受け止めてみせる。だから、そんなに辛い顔しないで。美人さんな顔が台無しだよ?
フェイトちゃんは一人じゃないんだから。
それがどれだけ元気づけられる想いか、最近実感させられた私がどれだけ気持ちを伝えられるかわからないけれど、真っ直ぐにフェイトちゃんを見つめる。
「……なんで、キミが泣いてるの?」
「あれれ?おかしいな……にゃは、止まらないよ」
意識していないのにどんどん流れてくる涙を両手で擦る。
「……痛いの?」
「ううん。――嬉しいんだ」
生きてフェイトちゃんとこうしてお話しできることが。フェイトちゃんと向き合えたことが。
そう説明すると、フェイトちゃんは俯いた。
「……ごめんなさい」
凍っていた表情が、崩れる。
フェイトちゃんと一緒に泣いてしまいたい衝動と、こみ上げる嗚咽とぐいと拭って、両腕に力を入れる。仕事はまだ終わっていない。
「それじゃ、私、行くね。フェイトちゃんはこのままアルフさんと避難して」
アースラに行けば、アルフさんの手当てを本格的にできる。
わたしは地下に向かったクロノくんたちを追いかけないと。魔力はあんまりないけれど、思いつめていたユーノちゃんを放っておけない。
プレシアさんはフェイトちゃんのお母さんだけあってすごい優秀な魔導士だし、何もないといいけれど。
それに――念波の主を探さないといけないよね。きっとここにいるなんて、確信めいた願いは間違いじゃない。
「――待って」
呼び止めたフェイトちゃんは視線を下げる。
横たわっていたアルフさんの体が光を帯びて、消えてしまった。
「アルフさん!」
「心配ない。エントランスに転移させただけ」
「そっか……あそこならエイミィさんがモニターしてるもんね」
アルフさんと顔通ししているし、すぐに医務室に運んでくれる。
ここで、そわそわして気が気じゃないフェイトちゃんも一緒に行けばよかったのになんて聞くのは野暮だよね。
「……わたしも母さんに会いに行かないといけないから」
「うん、一緒に話をしにいこう!」
今は、繋げる手と共に立ち向かう時だから。
◆◆◆
なのはたちと別れて、隙あれば抜け落ちる無限空間に注意しながら最深部を目指していると、クロノが呆れたように呟いた。
「いい加減に割り切れ。遊びじゃないんだぞ」
「それくらいわかってるよ」
こちとら、発掘部族出身。幼少の頃から前線で仕事をしてきたんだから。
安全な仕事と思われがちだけど、一瞬の油断が事故に繋がるなんてことは日常茶飯事で、部族長から口がすっぱくなるほど言われてきた。
「……ほどほどにしないと、いざってときに困る」
「それもわかってる」
もう魔法を使える範囲外になる。きっと、ボクにできる最後の探索。
けれど幾度も確認したように、平介の反応はない。どこにいるんだよ、平介。
「ユーノ」
警戒を孕んだ硬い声を発して、クロノが足を止めた。
気付けば階段は終わり、終着点である岩肌の中に不釣合いな金属の扉があった。
「キミが集中できないなら1人で行く」
「……平気だよ」
嘘だ。本当は未練があるくせに。
自分自身を揶揄《やゆ》しなければ、ボクはクロノの優しさに甘えてしまう。だから、ここからはクロノの補佐だけを考えるユーノ・スクライアになる。
静かに頷いたクロノが、扉を操作する。以外にもロックは解除されていたようで、呆気なくボクらは迎え入れられた。
何にもない空間は、まるで儀式を行う祭壇のようだ。
中央で背中を向ける形のプレシアさんの周囲に、青い光がきらめいている。
ジュエルーシードを発動しようと操っていた痩せこけた腕が、何かを感じ取ったのか、その手を止めた。プレシアさんの虚ろな視線がこちらに向いた。
「……鼠が二匹。最後まで役に立たない人形ね」
「なっ――」
気付いたときには遅かった。
床から出現した魔力を感じさせない鉄格子にボクらは成すすべもなく隔離されていた。
構えていたクロノのSU2は、格子に触れた途端、待機モードに逆戻りされる。
「これ、アンチマジックの特殊な石でできてる。物理的に持ち上げない限り、出られない」
「まさか魔道師が機械仕掛けの罠を使うなんてな、クソッ」
悔しそうに格子を睨みつけるクロノにボクは何もいえなくなる。嫌味や皮肉を言うことはあっても感情をあからさまに表現した彼を見なかったから。それほどまでに、切羽詰った状況なんだと他人事のように把握する。
「ふふふ、今行くわ。わたしたちの新しい世界《アルハザード》……」
壊れた人間というのは、こうまで冷酷な笑みを浮かべられるものだろうか。
産み親を知らないボクに親の気持ちはわからないけれど、少なくとも与えられる家族の愛情は知っている。
「……身勝手だ。自分の責任を子供に押し付けるなんて」
「やめておけ、ユーノ」
言ったところで、プレシアに声は届いていないのはわかっていた。ボクとクロノに見向きもしていないで、できるものならと余裕の背中を見せ、歪んだ笑い声を響かせる。
ここから抜け出せないことには、彼女の興味をひくことさえできない。
「ったく、フェレットもどきと心中なんてごめんだぞ」
「そんなのボクだって――ん?」
なにかが、引っかかった。
格子を見て、自分の中性的な姿を見る。もう少しで何か閃きそうな気もするんだけど、ものは試しに変身魔法を使ってみる。
「……なんだ、本気にしたのか?」
「ちょっと黙ってて」
よかった、キャンセルされなかった。
フェレットになったボクに、クロノは気まずそうに眉を顰めていたけど気にしない。
格子の隙間はギリギリ毛先が触れるかどうか。けれど、通り抜けようと近寄った瞬時に魔法は解けてしまった。
「うん、やっぱり。せいぜい半径十センチが影響する限界線だ」
「確かにフェレットなら通り抜けられなくもないが、近づけないならどうしようもない」
「そりゃそうだよ」
それがわかれば充分なんだ。まだわかっていないクロノのために、勿体つけてボクは再びフェレットになる。これを機に覚えておいてよね。
「フェレットは穴掘りが大好きなんだ」
罅の入った床の割れ目から、柔らかい地盤が覗いていた。
ご無沙汰してます。
次話は早めにお届けできますように、PCと睨み合い続けます……。