完膚なきまで空転せよ!   作:のんべんだらり

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20.衝突 上

作戦開始中のアースラのブリッジは、ピリピリしていた。

発掘の最中に魔物と戦うことはあるけれど、軍事的の戦闘は初めてだ。場違いな気がして、知り合いを探してキョロキョロしていると、

 

「ったく、落ち着きがない子だね。もっとシャンとしてな」

 

幾分か険呑な雰囲気がなくなった数時間前の戦闘相手が、いるかと思ったらオレンジの髪を腰まで伸ばしたお姉さんがいた。

なのはたちに連れて行ってもらった温泉旅行で見かけたような気もするけど、どうしてあの人がここに?

 

「声でわかりそうなもんだろうけど、人間って奴は視覚に頼りすぎじゃないかね」

「もしかして……さっきの使い魔の狼?」

 

にやりと口元を吊り上げながら、見下ろしてくる。確か――アルフとか呼ばれていた彼女は負けた割りには無駄に偉そうにしてる。

協力してくれるって聞いたとき、ボクは耳を疑った。魔力制限もなく、参加させることにも反対した。

お礼参りにガブリと噛み付かれないか不安だったのもあるけれど、殺傷魔法まで使ってくる相手を信じられるわけないよ。

 

――今も、平介は見つかっていないのに。

 

からかうような意地悪い笑みに敵意は感じられない。けれど、気持ちがどうしても治まってくれない。

この事件が解決したら、MIA扱いにされてしまうって聞いた。

捜索を優先したいのは山々だけど……ロストロギアを放置できません、と艦長さん直々に説明されて、ボクは何もいえなかった。

 

「団体行動ってのは好かないんだがね。アンタも、緊張してんのかい?」

「別に。貴女こそ、もっと気を引き締めた方がいいですよ」

 

逃げるように視線を逸らし、武装隊が先行している中継映像に集中するフリをした。

流石にあからさまな態度かと思ったけど彼女は気にした風もなく、涼しい顔をして、映像に茶々を入れている。

現場でどう動くか、ボクがキチンと見張っていないと――。

 

「あ、アルフさん!」

 

打ち合わせをしていたなのはが、嬉しそうに駆け寄ってくる。

クロノはアルフの姿を視界に収めると、小さく頷いてすぐに補佐官の人と話を再開した。管理局の制服ではなく、黒を基調としたバリアジャケットを纏って、慌しく指示を出している。アルフについて聞く時間はなさそうだった。

ため息を吐きたい気分のボクの隣で、警戒心など全くないなのはが元気よくアルフに話しかける。

 

「私、頑張りますから。絶対にフェイトちゃんを助けましょうね!」

「勘違いしないどくれ、アタシはまだアンタらを信用しちゃいない。アタシがアンタにくっ付いていくのはアンタの言葉に嘘がないか確かめるためさ。――せいぜい背中から齧られないようにやるんだね、なのは」

「――っ、はい!よろしくお願いします」

 

捻くれたアルフに対しても純粋な笑顔になれるなのはに、ボクの心は黒く塗りつぶされる思いだった。

どうして、なのはは平介を殺そうとした相手に、そこまで一生懸命になれるんだろう。ボクには理解ができないよ。

なのはは、平介のことなんてどうでもいいの?なんて場違いな質問。

 

(……しっかりするんだ、ボク!今は目の前のことに集中しよう)

 

そうして、画面に釘付けになった。

お城のような建物の外観や、侵入経路と思われる薄暗い通路ばかりだった画面は、いつの間にか場面が映り変わっていた。

 

武装隊のいた薄暗さとは違って機械的な暗さを感じる広間。無機質で人が住む温かさがなかった。

研究フロアなのかな、それにしては物が何もない空間だ。

到達した武装隊員の人たちの戸惑うような音声を通信が拾う。

 

「いけないッ!!すぐに帰還転移を――」

 

何かに気づいたらしい、艦長さんが席を立つと同時に、

 

『ぐあああぁ!!』

 

悲鳴と赤で埋め尽くされた。

……自分の身に起こったことを、わかった人は少なかったと思う。

 

「エイミィ」

「……ダメ。間に合わなかった」

 

そんな小さいやり取りが聞こえたけど、ボクは耳を塞いだ。わかってしまったら、きっと全身が竦んで何もできなくなってしまう。

止まっていたブリッジの時が、映像の()()によってようやく流れ始めた。

 

「――ようこそ時の庭へ、管理局の皆さん」

 

記録用スフィアの主導権を奪われた証のノイズが走った後、映し出されたのは長く伸びた前髪で片目を隠す女性。不健康そうな青白い顔色だが、どこか狂的な気配を漂わせてる。

 

「プレシア・テスタロッサ……」

 

誰かが、その名を呟いた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

黒髪の妙齢の女性、プレシア女史。その後ろに控えているのは、金髪に赤い目をした少女。

写真で見たアリシア・テスタロッサと瓜二つのフェイト・テスタロッサさん。

 

「フェイトッ!!」

 

現状は協力関係となった茜色の狼――クロノの報告によるとアルフさん――が、主人に向けて懇願するように叫ぶ。

けれど、フェイトさんには音声も映像も届いていないようで、プレシア女史の凍らせるような視線がアルフさんに返されるだけ。

 

「まだ生きてたの?管理局はゴミの処理が遅いのね……」

「プレシア・テスタロッサ――第一級ロストロギア『ジュエルシード』の強奪、並びに輸送車の襲撃および公務執行妨害、そして殺傷目的の魔法使用を併せた罪状があります。大人しく降伏してください」

「冗談でしょう?私は誰にも止められないわ」

 

冷静さを言い聞かせているのでしょうけれど、顔までは繕えないクロノはやっぱりまだまだ大人になりきれない。執務官になってから拍車をかけて可愛げがなくなった反応ばかりだけど、この分ならこの子は大丈夫。

ジュエルシードを半数所有している分、脅しを歯牙にもかけない彼女の態度はある程度、想定のうち。

問題は――今だ明確に見えない彼女の目的。

 

「……代わりに後ろの子を犠牲にして、か?」

「人形をどう扱おうが、私の勝手でしょう。指図される覚えはないわ」

「ッ、アンタは――ッ」

「アリシア・テスタロッサに似せてまで求めた娘じゃないのか?」

 

掴みかからんばかりのアルフさんを遮り、クロノが核心を尋ねると、

 

「管理局の犬風情がアリシアの名前を呼ばないでちょうだいッ!!」

 

形相を憎しみに変えて、画面越しだというのに殺気が充満した。

 

「私の娘はアリシアただ1人よッ!!紛い物に興味はないわ!」

 

場が凍りついたのを感じる。

私やクロノならともかく、現場で憎悪を向けられる機会の少ないクルーにはキツい。中には紫色の唇を震わせている子もいた。

 

(ここまで、ね)

 

この調子でプロジェクトのことを示唆しても、プレシアさんを逆撫でするだけだろう。

全貌を説明する許可を視線で求めてくるクロノに首を横に振る。プライベートな内容だもの、知る人物は限られた人数の方がいい。

それよりも、火がついてしまった彼女たちが黙ってはいない。

 

「プレシアッ――アンタをぶっ飛ばしてやる!」

「アルフさんっ!!」

「こら、勝手な行動は――」

 

怒りに身を任せて転送装置に走り出すアルフさんに続いて、高町さんも独断先行する。

慌ててクロノが押し留めようとするけれど、2人ともそれで止まるタイプじゃないもの。無理だわ。

もともと、武装隊とは別編成の精鋭として組んだメンバーだから、クロノとユーノさんが追いかければ丸く収まる。大変なのは準備時間を削られたバックアップするエイミィね。

 

「艦長!」

 

出だしの遅れたユーノさんを捕らえ、こちらを振り返るクロノ。

指揮官の辛さを大いに噛み締めている顔だわ。

 

「僕も出ます!」

「任せました、クロノ執務官」

 

戸惑いが抜けないユーノさんを引き摺り、慌しく出動していった息子であり頼もしい部下。

慎重にことを運ぶクロノとしては不満はあるだろうけど、これも彼にとっていい経験となることだろう。

 

(ごめんなさいね、クロノ)

 

私としては止めるつもりはなかったの。

――こちらの声は届いていなくとも、プレシアさんの言葉を少女は聞いている。これ以上、彼女にとって辛い言葉が向けられるのは同じ母親として我慢できないもの。

意図せず、引き出してしまったクロノには後で反省してもらうことにしましょう。

そこまで考えて、落ち着きを取り戻したプレシアさんが不敵に笑う声が耳に入った。

 

「――追えるものなら追ってきなさい。話はアルハザードで聞いてあげるわ」

 

アルハザード……?それはまさか――

 

「それではさようなら」

 

それっきり暗転して、ザーと耳障りな嵐と化した映像を遮断する。

 

「艦長……」

 

長い付き合いのエイミィが、不安げな顔をしていた。彼女も私と同じく、後味の悪い気持ちを抱いているのでしょうね。優しい子だもの。

安心させるように微笑みを一度だけ残す。

 

「交渉は決裂。当初の予定通りにいきましょう」

 

私は艦長としての務めを。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

通信を切った後、お母さんはフェイトに汚い者でも見るかの冷たい目を向けた。

流石に私もムスッとした顔で抗議する。見えないとわかっていても、フェイトを庇うように前に出る。

 

執務官の男の子からの一言に刺激されるのも無理ないけど、矛先をフェイトにぶつけることはないでしょ。大人げないよ、お母さん。

といっても、ずっと前から深く深く、お母さんの胸に刻まれている茨は根深い。

近くにいるのに、何もしてあげられないで過ぎた十数年がずっともどかしかった。

 

(ねぇ知ってる、お母さん。自分でもわかっているから、人に指摘されると痛いんだよ?)

 

私を生き返らせるためにはフェイトが、フェイトと生きるためには私が、どっちかがお母さんの中で消えてしまうって不安に思っているんだよね。

フェイトもお母さんも優しいところはそっくりなんだから。

 

フェイトの中にいる私は、絶望するほどの傷を受けて、それでも与えられた仕事をこなそうと必死で、悲しみと戦っている気持ちが伝わってくる。ほんと、我慢強い妹だよ。

フェイトと異なる私は、狂おしいほど娘を求めて悲しみの連鎖から抜け出せずに、愛せば傷つけてしまう道を選んでしまったお母さんをずっと見てきた。ほんと、どんだけ私のこと好きなんだろうって感じ。

私を通り抜けて睨みつけていたお母さんがやっと視線を外す。

 

「人形なら人形らしく役目を果たすことね」

「……」

 

はき捨てるようにお母さんは、フェイトを放りだす。まるで、わざとフェイトの存在を視界に収めないようにしているみたいで。フロアに残って、ジュエルシードの魔力を充填し始める。

 

言葉も感情もショートしてしまった今のフェイトは、ただ黙って従う人形だった。

一方的な命令だけで、配置についていく。そんな不器用な親子関係にいつもなら文句の一つも言ってるところだけど、グッと我慢する。

おそらくフェイトは、アルフやフェイトのために怒ってくれた女の子――なのはちゃんと戦闘になる。

フェイトにとっては避けられないし、フェイトがフェイトになるためには必要な通過儀礼だ。辛くても応援するのがお姉ちゃんだよね。

 

(――きっと、大丈夫)

 

転移装置の前で別れたヘースケとの約束を反芻する。

彼は娘として話す場を用意すると言った。きっと私が考える以上の結末に、運命を転じてくれる。

というか、あそこまで女の子に啖呵切ったんだから責任取ってほしいよね。

侵入経路として必ず通らなければならない広間にトボトボと移動していくフェイトについていく、私の中に今まで渦巻いて消えなかった悲壮感はない。ふふ、悲劇のヒロインは卒業だね。

たった一人の男の子――いや、男の人かな。彼に私は変えられてしまったんだろうな。

 

フェイトが足を止める。

動力炉に行くにも、お母さんの研究室に行くにも通らなければならないホール。私がまだ生きていてたくさんの人が出入していた頃、研究が終わった皆と食事をしたところだった。

子供には理解できない専門用語をポンポン出して、自分の研究内容を誇らしげに、楽しげにお母さんが話を咲かせていた場所――そして、私が妹がほしいってお願いしたあの日もここだった。

 

(この場所はね、フェイト――夢を語っって、未来を願う場所なんだよ)

 

立ち止まったままのフェイトに囁くように、想いを馳せる。

聞こえていないだろうけど、話しかけずにはいられなかった。

 

近くで小規模の爆発が起きたようで、床に散らかっていた食器の破片がカタカタと音を立てる。

フェイトは表情一つ動かさず、虚ろな瞳を彷徨わせていた。

今までの私だったら、自分の無力さにうちひしがれているだけだったと思う。だけど今は、信じられる想いがあるんだ。

 

(きっと大丈夫――だって、どんなときだって)

 

「フェイトちゃんッ!!」

 

あなたの名前を呼んでくれる人がいるんだから。

煙が晴れて現れた女の子は砂埃まみれで、笑いが零れる。というか、ここまで必死になってくれる子を放っていたら、お姉ちゃんはいけないと思います。

 

だからね、フェイト。素直になっていいんだよ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

飛び出したアルフさんを追って転送されると、地面から生えたゴーレムさんがたくさんいました。

なのはの倍はある全長の割りに、小さな円らな黒い目がちょっぴり可愛い。

少し離れたところでボロボロに崩れた土の塊が山になっていた。私が追いつく前にアルフさんが数体ほど倒したみたいだった。

それでも、アルフさんがここにいるということは、

 

「わぁっ!?再生した!」

「手厚い歓迎だよ、こりゃあ」

 

土は再び人の造形となっていた。

数は三桁を超えた辺りで、目が回りそうになったのでやめた。

 

「まさか、こいつらまで魔法を使うなんて言わないでほしいものだ」

「これだけの数だもの、1体分の魔力を逆算すれば使ってもCランクってところじゃないかな」

 

遅れてクロノくんとユーノちゃんが目の当たりにしてげんなりしていた。

 

「それよりも、キミ達。気持ちはわからないでもないが、今後は独断行動を控えてくれよ。チームの命に関わる」

「ごめんなさいなの」

「アルフもいいな?」

「……悪かったよ」

 

ふぅ、とため息をついているクロノくん。

結局、ゴーレムに足止めをされたからよかったものの、あのまま分断していたら作戦が根底から失敗だと注意されれば、その通りですとしか言えない。

 

「まぁまぁ、クロノ。それよりも、先に進む方法を考えようよ」

「情報はないのか、アルフ」

「……こいつらは侵入者対策で発動するゴーレムさ。防御力は大したことないよ。その代わり復元力が厄介だね」

「ならば、再生するよりも早く一掃するだけだ。アルフがフロント。僕とユーノで中遠距離をカバーしよう」

 

よっしゃ、と拳を鳴らして気合を入れているアルフさん。グローブの具合を確かめている。

 

「私は?」

「キミは魔力を温存してくれ。ユーノの傍で移動、危険がない限りは攻撃は参加しなくていい」

「えー……」

「フェイト・テスタロッサと遭遇した場合を想定して、できるだけ万全の状態を保持すること」

「……わかったの」

 

せっかくみんなで協力できるのに、ちょっぴり残念。

これでも、コンビネーションは一番訓練しただけあって自信あるのに。オールラウンダーのクロノくんとの相性は剛と柔の攻め同士でばっちりだとエイミィさんのお墨付き。

因みに平介くんとは、私が剛の攻で彼が柔の守だから正反対。最悪の相性らしい。むー。

 

隊列を組んで、アルフさんクロノくん、私、ユーノちゃんの順番に並ぶ。

 

「準備はいいかい?しっかりついておいでよ!」

 

先頭を走るアルフさんを境に左右に崩れ落ちていくゴーレムの大群。まるで映画のフィルムのように、土に戻るまでが流れて過ぎていく。

拳に弾かれずに済んだ第二層はというと、

 

「スティンガースナイプ!」

 

ピタリと影を重ねるように追走するクロノくんの魔力光弾によって、殲滅させられていた。

空中に螺旋を描いて魔力を再チャージさせては、後続の傀儡兵を粉々に打ち砕く。

模擬戦で何度か見たことがあるけれど、実戦となると威力もスピードも段違いだ。

 

(わぁ……)

 

思わず感心していたら、運よく攻撃を逃れたゴーレムの接近を許してしまった。

真横から伸ばされた罅割れた腕をかわそうとするけれど、魔力の補助で最大限に低空飛行している私の反射神経では間に合わな――っ

 

「ラウンドシールドッ!」

 

瞬間、ひしゃげるように土でできた手が潰れた。淡い緑が役目を終えて消える。

 

「ありがとう、ユーノちゃん!」

 

全体のフォローは最後尾のユーノちゃんによって守護されている。今のなのはたちは暴走列車の如く、独走しているのかもしれない。電光石火ってこういうことを言うのかな。

そのお陰で私は一度も魔法を使うことなく、辺りはただの地面に戻った。

活躍した三人は軽く整えるくらいで、息が上がっているのはなのはだけ。ちょっと悔しいな。

 

「よし、綺麗になったな。あれが入り口か」

 

クロノくんの言葉通り、静かになった周りを見渡すと教会のように重そうな扉があった。今まではどの方向にも視界を塞ぐゴーレムさんたちが埋め尽くしていたので気付かなかったの。

 

「間違いない……この扉の先にフェイトがいるよ」

 

使い魔としての(パス)を通じてお互いのことがわかるアルフさんは、苦しそうだった。

 

「フェイト……なんて、気持ちで――。アタシはいったいどうしてやれば……」

 

目尻に涙を浮かべて、縋るようにアルフさんは拳を押し付けて蹲る。

辺りを警戒していたクロノくんとユーノちゃんもアルフさんの異変に気付いて、かける言葉を捜している様子だった。

 

「大丈夫です、アルフさん。一緒にフェイトちゃんを止めたら、お話して仲直りしましょう!」

 

悪いことは悪いって止めてあげるのが友達。もしそのときは友達じゃなくても、きっとその後、最高の仲良しになれるって私は信じてる。

 

(そうだよね?アリサちゃん、すずかちゃん)

 

敵対していたって、終わりじゃない。フェイトちゃんがそこにいる限り、私は諦めないんだから。

だから、平介くんだって絶対に生きているって信じて、私は前に進むよ――。

 

「アルフさん、離れていてください」

「あ、ああ……」

「おい、なのは。何を――」

 

よろめきながら身体を動かしたアルフさんに交代して、扉に近づく。

外側は木のようだけど、豪邸だけあって中には金属が入っているみたいで結構分厚い。

シーリングモードに形態したレイジングハートをピタリとくっつける。

なんのこれしき、平介くんの結界に比べればなんでもないんだから。

 

――ちょ、ボクを盾にしないでよ!?

――補助魔法はお前の得意分野なんだから適材適所だ!

――だからって女の子を矢面にするってどうなの!?

――いい加減、腹くくっちまいな。

――あなたまで!補助魔法仕える使い魔のくせに!!

 

背後で焦ったような声が聞こえたけど、今はフェイトちゃんと会うことが先なの。

というか、皆、私の後ろに避難するのは失礼じゃないかなぁ。これでもコントロールには自信があるんだよ?……破片は飛び散るかもしれないけれど。にゃはは。

 

「いくよ!ディバインシューター・フルパワー!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

まったく、とんでもない無茶をするものだ。

呆れ半分、白い魔導師の背中に肩越しにフェイト・テスタロッサを眺める。

 

「いこう、なのは」

「はい!」

 

フェイト・テスタロッサを仮想敵として訓練してきたなのはは油断がない限り、拮抗するはず。

ならば先の戦闘でも確認した殺傷魔法を使われないように、2人がかりで短期に終わらせたい。

 

中距離の砲撃魔導師を追い越して、金色の刃に向かってS2Uを振り下ろす。ガチッとぶつかり合う圧力を跳ね返すと、

 

「まだだ――ッ」

 

押し返されたエネルギーを利用して空へと上がり、スピードを上げていく彼女。もともと機動性を重視したスタイルだ、勝負できるものではない。対空権は素直に譲り、こちらは後方に抜かれないことだけを考える。

そうすれば――

 

――クロノくん、離れて!

 

「Divine Shooter!」

「ッ!」

 

右方に肉迫していた影が、身を翻す。跳ね回るように桜の弾丸が計5発。

なかなか訓練された動きになってきている。

 

「もう一段上げていくよ!レイジングハート!!」

「All right!」

 

グン、とアップテンポへ。誘われたフェイト・テスタロッサの無表情に、僅かに焦りを見て取った。

だが、なのはの動きにばかり捉われるのは、減点だな。といっても、他を気にする暇を与えないほど高町なのはの攻めに隙がないのだが――

誘い込まれたと知らずに、フェイト・テスタロッサが射程空間に入る。その瞬間、彼女は急曲折を見せた。違う。

 

「しまった――ペースは計算のウチか!」

「ああっ、待って待って!!クロノくん、よけて!!」

「くっ」

 

慌てて操作を呼び戻そうとしているなのはだが、コントロールが離れているようだ。

真っ直ぐに僕へと向かってくる。方向はバラバラだが、時間差がある。身のこなしで潜り抜ける。

バリア貫通の能力があるので、当たるわけにはいかない。

 

同士討ちを狙われた。回避して追撃に構える。

電気エネルギーを干渉させて自動追尾を外し、制御を一時的に奪う高等技術。

そんな戦闘能力の高さを証明したフェイト・テスタロッサは、何を思ったのか、上階へと飛んでいく。

……不自然だ。

彼女の優位だったはず。討ち取るまではともかく致命的な一撃を与えられるときに、彼女は背中を向けた。わざわざ、見せつけてまで――

 

「フェイトッ、待っとくれ――」

 

使い魔の制止にも動揺なく。

調子がまだ戻っていない様子のアルフ裂けた地面が阻む。

ふるっと身震いした地面。その奥に顔出したのは黒い霧のようにうねった淀み――虚数空間。

 

「――そういうことか」

 

突如現れたぽっかりとした空間の穴を覗き込んでいたなのは。その後ろではユーノがハラハラして見ている。怖いもの知らずだな、この子は。

 

「うわぁ、真っ暗。なんかウネウネ動いてるし、気持ち悪い」

「な、なのはぁ、あんまり近寄らない方がいいんじゃないかな?」

「フェレットもどきの言う通りだ。魔法が全てキャンセルされるぞ。落ちたら二度と上がってくることはできない」

「うにゃにゃ!?」

「もどきじゃ――うわっ!?」

 

後退したなのはがユーノに思い切りぶつかったようだ。二人してひっくり返っていた。

流石に、緊張感のない様子に我慢ができなくなったのか、アルフが喚く。

 

「遊んでる場合じゃないだろッ!フェイトを、早く追いかけないと――」

『待って』

 

アースラからの通信を開く。ノーイメージで音声だけが繋がっている状態だ。

予想を確信に変える。先ほどの揺れに関する情報が声の主、エイミィから説明される。

 

『武装隊の報告によると、そこから奥に続く階段と地下に向かう二通りがあるみたい。建物の構造をスキャンしたところ、巨大な魔力反応は二つ。たぶん、動力炉かプレシアさんのいる場所だと思う』

「ならば、おそらく、フェイト・テスタロッサが向かったのが動力炉だろう」

 

彼女は、母親のいる場所から敵を離すための囮だ。そのための攻撃をしかけた上での離脱。テスタロッサ氏の態度から察するに、捨て駒とされている。

アルフはそれに気付いているだろう。そわそらと身体を揺らしているなのはとは違って、目を瞑り己を自制している姿からも見て取れる。

 

『動力源として使われているのはロストロギアみたい。同時に二つの種類のロストロギアが作動していて、時空震の進行が早い。今は艦長が抑えてくれているけれど、いつまでもつかわからない状況です』

「わかった。ここで二手に別れよう」

「え……」

 

零れんばかりにユーノが目を見開いていた。そんなに驚くようなことを言ったつもりはないのだが。

なのはの頭突きが鼻に当たり、若干涙目なのは災難だと思う。

 

「なのはとアルフは動力炉の封印を、僕とユーノでプレシア・テスタロッサの確保に向かう」

「そんな、ボクもなのはたちの方に行くよ!」

『ごめんね、ユーノちゃん。ここから先、アースラからバックアップはキャンセルされる。そうなると、ジュエルシードの知識があるユーノちゃんには、クロノくんのフォローをお願いしたいの』

「だけど……!」

 

これほどに拘る理由はおそらく、この場にいない三人組の残りの少年。

ユーノが艦長に捜索の続行を意見していたことは僕もエイミィも知っている。

敵対していた相手を信頼できずに苦悩しているのは充分承知しているが、ここはユーノに納得してもらうしかない。

 

「ほら行くぞ。フェレットもどき」

「んなっ、だからボクはもどきじゃない――」

 

まだごねているユーノの腕を強引に取る。エイミィに誘導に従い、地下へと続く階段を降りていく。

すれ違いざまに意味深な視線を送るとアルフは、なのはを促す。

 

「アタシらも行くよ。だいぶ時間を消費しちまったからね」

 

バックアップはないが、信じるしかないだろう。

姿が見えなくなると途端に、憑き物が落ちたように静かになった年下の背中を励ますように一度叩いた。

 

 




同タイトルで上中下に分けます。
それに伴い、予定より2話分伸びることが確定しました……。

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