完膚なきまで空転せよ!   作:のんべんだらり

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2.前輪

□■□

 

ねぇ、家族ってなんだろうね。

 

『某ヤンデレ執務官の盗聴記録』より抜粋。

 

□■□

 

 

 

僕がいるこの世界は新暦65年の地球らしい。

 

それから察するに、僕が触れたキューブは時空を遡らせる効果があったようだ。

どうせなら僕自身の身体に戻せよなんて文句は言わない。わざわざ虐げられた過去の自分に戻されたくはない。

 

過去に戻り、魂を憑依させるなんて荒行を可能にしたのは、あのキューブがロストロギアの一つだから。

ロストロギア――過去に何らかの要因で消失した世界、ないしは滅んだ古代文明で造られた遺産の総称。

警戒するほど強力な魔力は感じなかったし、仕事柄扱いに慣れていたため、考古学魂を発揮させたのが仇となるとは。とんだブービーとラップだ。

触ったときは何ともなかった。ひんやりとして気持ちいいと感じたくらいだ。

おそらくその後、極限まで収束された魔力に反応したんだろう。こんなことなら触れるだけで、ネコババするんじゃなかった。

時空を操るようなタイプは一時的な効用が多いのが救いだ。

あのとき吸収した魔力が切れるか、それと同じ状況、即ち高密度魔力をこの身で受ければ、元に戻る。

……かもしれない。

 

(アレの再現とか悪夢すぎる。僕はともかく平介、トラウマになるんじゃないかな)

 

受け手の問題はともかく、誰にその魔力を放出してもらうかだ。

この時代では訓練施設を廃墟にする砲撃魔もまだ年端のいかない少女なわけで。

僕から近づかない限り、干渉はないと考えていい。

 

(となると、時期から考えて――PT事件)

 

それは僕の世界では20年前に起きた出来事。

首謀者はプレシア・テスタロッサ。仕事も娘も自分も見失い、異世界アルハザードへ渡るために起こした事件。

そのとき使用されたのが『ジュエルシード』。

ロストロギアの一種で、碧眼の瞳を思わせる色と形状をした宝石。

全部で21個存在し、それぞれシリアルナンバーとしてローマ数字がふられている。

一つ一つが強大な魔力の結晶体である。

内在するそれを使えば、同等以上のエネルギーを得られるはずだ。それを受け止める側の保障はしないが。

 

(あとはその膨大な魔力をコントロールできるかどうかだけど、わざわざ痛い思いするのもなぁ…)

 

実行するのは僕とはいえ、身体は平介。もし成功して僕がいなくなったら、残された平介の状態を確認できない。

大怪我してようと、命を失っていようと知る術がない。だめだ。目覚めが悪すぎる。

 

(やっぱり、自然に効果が消えるのを待つのが一番だよね)

 

世界に魔法がなくても僕が魔法を使えるのに変わりはない。

何かあれば対応できるようにしておけば、さして問題はない。

ある程度元の世界で使っていた魔法を習得すれば、ロストロギアの魔力残量から『元に戻る日』の逆算ができる。

事故を起こしたこの身体で、周囲には隠れて動き回るのは気が引けるが、平介が元に戻るためでもある。

 

 

(にしても、20年も前の地球、それもジュエルシードとはね。これも因果かな)

 

 

昔――少年と呼べる歳の頃、初めて第97管理外世界『地球』にやって来た。

元はと言えば、ジュエルシードを発掘したのは僕が原因だった。

輸送中、周囲の生物が抱いた願望を叶える特性を確かめようと、封印をちょろまかし、蓋を開けたのがいけなかった。大きく旋回した輸送船に倣って僕の身体も傾き、一緒に落ちてしまった。

 

そして、出会ったのだ――桃色砲撃弾と。

 

というか、管理外世界に魔道師がいるなんて話は聞いたことがない。しかもAAAクラス級。

素質さえあれば年齢関係なく魔法は扱えるが、それも限界があるし、何より危険度が違う。管理世界であっても油断をすれば、魔力暴発など事故は起こる。

それを管理外世界で、独自に魔法練習をするほど危ないことはない。ましてや空に砲撃打ち上げるなんて人が落ちてきたら大怪我では済まない。

 

(――普通だったらそんな心配いらないんだけどね)

 

今思い返せば、迎撃かと思って張った防御魔法は次弾にいとも容易く打ち破られたのもいい思い出だ。

 

 

そんなこんなで、自分のいる世界について思い違いをしていた僕は、めでたく記憶障害設定を手に入れた。

魔法だとか大真面目に言ったあたりが、決定打になったらしい。

結局、骨折とか諸々あったはずのものは全て有耶無耶にされ、実際に完治したからいいだろう、というやけっぱちのような発言を高田父がしていた。医学の敗北だとかなんとか。まったく医者っていう職業はどうしてこうも疑り深いのか。こればっかりはどの世界でも共通なのだろうか。

 

医師である彼は揉み消すことに苦渋の決断を強いられただろうが、僕の気分は上々。

定期的に通院することを義務付けられ、本日退院となる。

 

(さよなら、病院のみなさん)

 

見送りは誰もいなかった。悲しい。

新米の中谷さんはお喋りさんだったらしい。瞬く間に僕の噂は広がり、気味悪がる人や奇異の目やら、散々だった。

そんな日々とも今日でお別れ――なのだが。

 

病院を抜け出せない高田父に代わって来る迎えが遅れていた。高田父もつい今しがた、急患があり慌しく中へ戻ってしまった。病院の入り口でポツンと立ってから、30分が経過している。

 

(高田父は高田母が来ると言っていたけど――)

 

言葉尻を濁さない彼が妙に言い迷っていたのが気にかかった。

 

目を覚ましたと連絡が入った翌日、高田母が見舞いに現れた。顔は覚えている。ほわんとした綺麗な人だった。

記憶喪失と事前に聞いていたのか、取り乱すことなく平介少年の頭をずっと撫でるだけだった。ちょっと涙が出たのは内緒だ。

 

大通りを行き交う車の中からタクシーを探す。

高田家に車は一台。高田父が通勤に使っていて、主人とお揃いの白いボディがトレードマーク。

残念ながら今日は出番がない。高田父がキーを手放そうとしないのだ。高田母からブーイングをされていたが、妻より車を取ったらしい。同じ男として判断に不服を唱えたいところだ。

 

(あ…あれかな)

 

病院の敷地内に入り、徐行運転する黒いタクシー。ゆっくりと近づいてくる。

着替えが入ったリュックを背負い、柱の影から身を乗り出したそのとき――タイヤが擦り切れるような音が鳴り響いた。

 

「――え?」

 

タクシーの後方。姿を現した、オートバイ。漆黒のその体躯は黒豹を連想させる。

ドライバーも黒いスーツに身を包み、まさしく主従一体。赤のラインがアクセントとなり、そのほっそりとした身体を浮き上がらせていた。

危なげないハンドル捌きで一瞬にしてタクシーを抜き去った女豹は、僕の前でドリフトをかまして停止した。

 

「お待たせー、平ちゃん」

 

ヘルメットの下の顔はまさしく、高田杏奈――病室で会った平介の母親だった。

うそだ。京都弁混じりの優しく、見舞い品の林檎を剥いてくれた高田母が、スピード狂と同類だと…!

ウェーブがかった髪は、かの女と同じくらい長い。だがこれはない、あんまりだ。

確かに休暇のために息子の身体を使わせてもらう身であるし、原因が判明してからもあわよくばとか思ったりしたけどさ!

ようやく、抜かされたタクシーが蚊の止まる動きで横付けされる。

 

「あれー。遅れたからってむくれちゃったのかな、この子ってば」

 

ぷにぷにと頬をつついてくる指は無視。柔いわーとか言う感想も無視。

タクシーから降りてきた妙齢の女性は、高田母を避けるようにして病院内に走っていった。正常な判断だ。僕もそうしたい。いや、そうする。閉じかけられたタクシーのドアを咄嗟に掴む。

 

「待ってください、運転手さん。乗ります、乗せてください」

「ちょっとちょっと。平ちゃんはこっち。お金持ってきてないんだから」

「病院に逆戻りさせるつもりかよ!?そういう絶叫系は安全を考慮されたテーマパークで乗るものなのッ!」

「えー…計算されたスピードなんて楽しみ半減やん」

「速度表記無視する気満々っ!?」

 

全身全霊の突っ込み。そのせいで、ドアから手が離れてしまった。

これ幸いと、タイミングを計っていたかのように、無常にも閉まるドア。走り去るタクシー。来たときの徐行運転はどうしたドライバー!

 

(おわた…)

 

こっちの世界で、こういう事態になるとは世も末だ。ハッピーライフ気分を倍にして返してほしい。

 

「ほら、元気出して、平ちゃん」

 

根源に慰められた。

家までの道のりが近いことを祈り、子供用のヘルメットを被る。

 

これから宇宙に旅立つパイロット、そんな心地だった。

 

「ぎにゃあああああっ!足、足っ、地面に擦ってるってあっつ!?摩擦で焼けてるーー!?」

 

訂正――死地に挑む戦士の心地だった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

命があることは、感謝してもしきれないものだ。

 

そんな至福の瞬間を数え切れないほど体験してきた僕は、幸せなのかもしれない。

そもそも、同じ回数死にそうになったわけだが。……目頭が熱くなった。

 

帰宅するなり、走り足りないと高田母は再度県内一周に向かった。

残された僕は高田平介の部屋のベッドに倒れこみ、『生』のあたたかさを満喫していた。

初対面したときのお淑やかさはなりを潜め、平介が記憶喪失だということを聞いていないんじゃないかと疑いたくなるほどのマイペースぶりだ。どう接していいか迷っていた僕がバカバカしく見えるほどに。

 

(……そんなわけないか)

 

昔も乗せて全国まわったとか、あるときから後ろに乗ることを拒否されるようになったなど、昔の話が多かった。

わざと遠回りしたのも、街の景色を見せて何か思い出すか期待しての行動なのだろう。

――爽やかな笑い声を上げてメーターを振り切る姿が浮かんだ。

 

わざと遠回りしたのも、街の景色を見せて何か思い出すか期待しての行動なのかもしれない。たぶんきっと。

そういうことにしておいた。主に僕の精神上の都合で。

 

といっても、ぶっちゃけて言えば、何を見ても同じにしか見えなかった。どこを走っていたかも覚えていない。

道中、なんど震える腕から力が抜けそうになったことか。

なかなか辿りつかない自宅までの距離を尋ねると返ってきたのは「ドライブって気持ちいいわー」なんて、呑気な声。

速度違反はいい。いやよくはないが、どっかの羞恥よりも速度を重視する女のお陰で、それ以上のスピードを経験している。耐性はある。

 

(バイクの後席で凍え死にそうになるとか、あり得ない)

 

バリアジャケットもない、ダイレクトに風と冷気が伝わる。ライダースーツを着込んで、かっ飛ばす高田母がどうであるかは知らないが、知りたくもないが、さすがに9歳の身体には堪える。

かじかむ手から感覚は失われ、高田母にしがみついた両腕が徐々に離れていく恐怖。

命綱を無くす。それ即ち落下を意味する。血の気が引いた。というか、一度落ちた。

背負っていたリュックサックが衝撃を吸収してくれたお陰で、大事には至らなかったが、魔法を使おうか本気で考えてしまうぐらい恐ろしいの出来事だった。

 

だが、そんな戦々恐々の事態からは解放された。

 

「生きててよかったぁ……」

 

高田父には先に言ってほしかった。避けられなかったとしても、一言くらいあってほしかった。

だが、そんな彼が一切譲らなかった車のハンドルを高田母が持ったら、一体どうなるのか。

……考えてはいけない領域のようだった。

 

深呼吸をして、改めて部屋を見まわす。ようやく、周囲を気にする余裕が出たことを喜ぶべきか。

9歳にしてシンプルなデザインの家具が多い。医者である父の影響だろうか、遊具の類はない。

唯一子供らしいと言えるのは、サッカーボールだろうか。使い込んだとまではいかないが、それなりに使用頻度はあるようだ。

対照的に勉強机に広げられたままのチェス盤はピカピカと光っていた。なるほど。気が合いそうだ。

 

さらに視線を上げる。綺麗な青空だった。

まるで、ホンモノの空のような一枚の絵が飾ってあった。

平介が魔法を使えて、飛べると知ったら、きっとその青空を追いかけていたかもしれない。

 

(あれ?下にもう一枚重なってる……)

 

――胸に針が刺さる。

父親と母親を描いた、拙い絵。

描きかけなのか、途中までしか着色はされていない。平介にしか描けないもの。

 

 

僕には両親がいない。

生まれてすぐ、赤ん坊のときに遺跡探索をする移動部族に拾われたから。

だから、父や母といった人種は友人たちの家族を見て得た感覚しかない。

勿論、部族にも親代わりのように接してくれた人たちはいた。

だが部族は基本的に働かざるもの食うべからずの精神で、一人でも生きていく術を教わったという感覚が近い。

 

目が覚めてから消えない胸の痛み。リンカーコアが原因ではない。

高田平介という少年を、息子を奪ってしまったという罪悪感。僕がここにいる限り消えないものだ。

 

(……できるだけ、早く戻してあげられたらいいな)

 

魔法からできるだけ離れ、平穏な生活を送ろうと改めて決意する。

只でさえ、息子として偽っているのだ。これ以上、 身体(平介)を傷つけて、2人を悲しませることだけはさせたくない。

医者である父親は泣きそうだった。

母親は存在を確かめるように震えた手で頬を包み、微笑んだ。

 

自分にないもの、手に入れることは不可能であるだからこそ。人は大切にしたいと願う。

平介の周りの人を大切にする。それが、 身体(へいすけ)を借りる必要条件だ。

 

(それでいいね、平介)

 

返事はない。ただ、身体が少し軽くなっただけ。それでいい。

立てた誓いを守って元に戻る方法を探す。――それが、この世界の 存在意義(ぼく)

(ユーノ・スクライア)が、高田平介となった瞬間だった。

 


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