クロノが立てた作戦はこうだ。
まず、海中に沈んでいる3つのジュエルシードを暴走させ、魔力頼りの力技で封印する。
僕としては潜水せずに済むならなんだっていい。陽動も兼ねて派手に暴れてほしいとの注文なので、高町におあつらえ向き向きだ。
気になるのはフェイトたちだけど、沈静化させるまでは手を出してこないというのがクロノの見解。
とはいえ、封印直後を狙われるだろうからと三夜漬けの訓練で対策を練っていたらしく、隈ができていた。付き合っていたユーノにそう聞いた。目の下を黒くした半眼で睨まれながら。
そして次にクロノが高町に要求したのは対フェイト戦の勝利だ。
軍事訓練並みの特訓を受けた高町は、魔力量の多さもあって戦い方次第ではクロノ相手にいい勝負ができるまでになった。
それだけ聞けば、高町に軍配が上がるようだけど、問題は殺傷魔法だ。
報告を有耶無耶に誤魔化したため、正式にはアースラに知られていない。おそらく戦闘メンバーで明確に意識しているのは僕だけだろう。
殺傷魔法の可能性を示唆したクロノが睨んできたことなど記憶の外に殴り飛ばしてしたんで、おそらく、きっと。
(ま、バレてもいいんだけどさ……)
ただ管理局の書類に残されてしまえば、彼女が更生して嘱託として働くにもおそらく時間はかかるし、監視は厳しくなるというだけで。
万年人材不足とはいえ、危険行為を表立って許容するほど人事局とて腐ってはいないだろうから裏取引されて、得たいもしれない実験施設に連れて行かれるのが関の山だ。
彼女によく似た女性を知る身としては目覚めが悪い。そんな
サダコ化して祟られたら堪らないし。
きりきり舞いの胃を押さえて、茶色のぴょこぴょこツインテールに近づく。
「遅かったね、平介くん」
先に海上で待機していた高町はにこりと微笑むが、視線は渦巻く海面から逸らさない。
見慣れたエースオブエースの片鱗に、思わず爪を立ててその細い肩にへばりつく。
高所の空気抵抗でより一層吹荒れる風は、黒猫フォームの身分としてはちと辛いものがある。
「こちとら準備に時間がかかるんだよ」
「それ、女の子の台詞じゃないかな?」
くすくすと笑い声を転がす高町。自然な笑顔に思わず悪態をつく。
すぐ傍にある高町の顔は不安など微塵もない。自信と決意に溢れていた。なんとも、漢らしい。
高町に倣って魔力を通されたジュエルシードを見下ろす。海中の渦は空気を巻き上げ、竜巻へと進化していた。
翠色のチェーンバインドで誘導され、徐々に近づいてくる。
「お、ユーノのやつ、なかなか踏ん張っているじゃないか」
渦の中に禍々しく光る3つの蒼い眼。叩き起こされたジュエルシードはイイ感じにご機嫌を損ねているらしかった。
高町が杖を構える。僕に任されたのは高町のフォローだ。
文字通り、盾になる役目。……朝日を拝めるといいなぁ。
――なのは!
ユーノからの合図になのはが頷いたのを見て、動きを繋ぎとめていたバインドを全て消える。抑制のなくなった魔力圧に弾き飛ばされそうになるけれど、なんとか耐える。
風力計算したプロテクションを張りたい。僕の前だけでもいいから防壁が欲しい。
とはいえ、モニターしているだろうシスコン(未)執務官からどんな折檻を受けるかわからないので自重。
ジュエルシード以外の強い魔力はアースラも感知しているはずだ。
間違いなく、彼女たちはいる。
隠遁されてしまって正確な位置を掴めない。というか、吹き飛ばされそうになっている僕にそんな余裕はない。
「ぶふぉっ!?」
と思っていたら、茶色い尻尾に顔面強打された。まるで鞭のようにしなる一撃に離れそうになった前足から爪を出す。子猫の爪は小さい分鋭く、うまい具合に引っかかる。服に穴が空くなんて関係ないね!
文句があればバタバタとはためくリボンと一緒に風に靡いている現状を早く打破してくれ。
「Shooting mode.――Divine buste Stand by.」
高町を敵と定めたのか、一直線に速度を上げて向かっていく竜巻。
だけど、新米魔導師は焦りもなく、杖からシューティングモードに変形したレイジングハートを、突きつける。
想定外の事態が起きた場合の補佐役ユーノが射線上から外れたところで、切っ先から膨れ上がる桃色の魔力。
相手がロストロギアだからできる容赦のなさだと思う。
『ディバイン――バスター!!』
竜巻に桃色が撃ち抜く。
さぁて、ここからが本番だ。
◆◆◆
タイミングは最適。速度は全力。
その瞬間、私はバルディッシュを振り下ろした。
避けるしか防ぎようのない一閃は、空中で停止させられた。少女の全方位を球状となった淡い光が包囲している。スフィアプロテクションだ。
素人でまともに動けなかったのに、上位の防御魔法を使うなんて。それに――殺傷魔法に対応してきている。加護を受けたように防御が固い。
「フェイトッ!」
ハッとして身を引いた刹那、桃色の魔法弾が左腕を掠っていった。ビリビリと痺れる。
「あう……もうちょっとだったのに」
「――」
なんて子だろう。悔しがる素振りはありながら、余裕を浮かべている。
本当に、あのときの子なのだろうか。市街地で刃を交えたときはまるで別人だった。
「……アルフ」
「ああ、どうやら力を出し渋る必要はないようだね」
ジュエルシードは彼女の手に握られたままだ。
バルディッシュを握る腕に力がこもる。なんとしてもあの3つを奪わないと……。――そのための手段は選ばない。
「行こう、バルディッシュ」
デバイスフォームから、サイズフォームに切り替える。斧から鎌へ。
先端から魔力を発光させ、大きく振りかぶる。
「
圧縮魔力の光刃を発射。ブーメランのように飛行させ、彼女が慌てて軌道を追っている間に駆ける。杖とジュエルシードで手が塞がっているせいか、遅れた対処のラグ。
「アルフッ!」
「はいよ!」
左右から向かってくる私たちに気づいた少女は慌てて視線を戻すが、遅い。
光刃が背後からバリアを噛み砕いた。
爆発の中、近い距離で私は呟きを拾った。
「あうぅ、お話を聞いてもらう時間もないよ」
煙が晴れ――
「……うそだろ」
アルフの呆然とした表情。確かに、彼女の防御は消滅したはずだった。増してや改めて展開し直すことなど不可能だ。それなのにアルフの牙も私の刃も彼女には届いていない。
うす黄緑色した魔方陣――
「(どういう、こと……)」
再び、混乱へと落とされる。本気だった。手加減なんてしてない一撃をどうしてこんな、少女なんかに。
ぐぐぐ、と力押しでシールドに皹が入る。このまま押し切ろうとした瞬間、
「フェイト、後ろ!」
背後から伸びてきた翠の鎖から、私を庇ってアルフが爪を振るう。
「チッ――」
弾ききれなかったバインドに後ろ足をとられたアルフが離されてしまう。
硬直状態だった盾から鎌を翻し、チェーンへ断ち切ろうと方向を変えようとした私を阻む影――
「――私は高町なのは。あなたの名前を教えて」
高町なのはが立ちふさがっていた。
「……ジュエルシードを渡すなら、教えてもいい」
「え、ほんと?」
警戒を怠らずに、私は迷い始めた少女の話にわざと乗る。ジュエルシードは既にデバイスに収納されてしまった。強奪は難しい。
交渉をして、彼女自ら差し出させる必要がある。
「っの、バカ町!明らかに釣り合い取れてねぇだろが。金髪さんよ、ジュエルシードは一個につき一つのお願いごとだぜ?」
不敵に笑う黒猫が、少女の肩にいた。
◆◆◆
猫フォームの平介に気づかれる前に分断できるかが、最初の関門だったんだけどうまくいったようだ。
コンビが姿を現した途端に戦闘フィールドを広範囲結界が覆っている。作戦通りで今頃執務官はにんまりしているに違いない。
「やってくれるじゃないか、いたいけな少女に2人がかりなんて管理局もえげつないねぇ」
「……平介にあんな仕打ちしておいてよく言うよ。それにボクたちは民間協力だ」
街中での爆発のあと、なのはがどんな思いでいたか。からかうような使い魔にはわかりっこない。
平介を助けることを止めたボクは、只見ているしかできなかった。
巻き込んでしまったのはボクなのに。怪我をして傷つくのは、いつだってボク以外の誰か。
だから、どんなに力の差があろうとも、ボクはボクの仕事をきちんと果たしたい。
「投降してください。管理局に連行します」
「……震えているお嬢ちゃんが吼えるねぇ、アンタじゃ役不足さ!」
「っ、させない!」
素早い狼の動きよりも早く、転移し、行く手に身体を挟む。
進路を塞いでも勢いのままタックルに変えた獣をかわす。――ボクのいた位置に両手からのバインドを網のように編ませて。
「――チッ」
掴む前に方向転換した茜色の狼はそれでも主の少女へと向かう意思のまま、空を駆ける。
「逃がさないよ」
翠色の網はそれぞれが矢のように伸び、逃亡者を追走する。
背後からの対処にスピードを落としたその頭目掛けてボクは、首輪を投げる。
「くっ」
もうちょいのところで狼は身を引き、再び対峙する格好となる。
苛立ちを隠そうとせず、牙がぎりりと音を立てている相手の迫力は、たぶん殺気が混じってる。
物理攻撃で噛み切られたりしないよね?振り払うように震える身体に気合を入れる。
使い魔の相手としてボクに任されたのは、足止めだ。勝ちじゃない。
だけど、少しくらいは意地を見せてもいいと思うんだ。前回ではいいようにされてしまった分、今度はお返ししないと。
「ここから先は通すわけにはいかないよ」
「ふん、可愛い顔して生意気な口だね。なら、アンタを倒していくまでさ」
「――無理だよ」
背中に隠していた左腕を、向ける。訝って反応の遅れた隙を逃さずに握っていた掌を開く。
「なっ」
狼の四方八方を囲む見えない壁。気づいてときには、既に術の手中にいる。
進行正面、そして右左にほぼ同時に展開させ、矢継ぎ早に後方と埋めていく。空上に逃げようとした狼が
その瞬間に、
――このっ、出しやがれ!
くぐもった声が聞こえてきたと思ったら、ドシンと震動が空気を振るわせた。
「あ」
どうやら、突き破ろうと体当たりしたらしい。
自分に反動が返るし、その反動で背後の壁にぶつかりまた跳ね返りのループだから止めた方がいいと忠告する間もなかった。これ元は防御魔法の応用だから早々に破壊される強度じゃないのに。
新魔法を考え出した彼は、魔力の無駄遣いだと文句を言うボクに口元を歪めて説明してくれた。
「性格が悪いよ、平介も」
見事に目を回している狼を目の前に、ため息を吐き出した。
だまし討ちのようになってしまったことは、平介のせいにしておこう。
気絶している使い魔を拘束し、ボクは桃色と黄色のぶつかり合う空を眺めた。
◆◆◆
「
「
フェイトの攻撃は殺傷魔法ではあるものの、威力に以前のような勢いがない。これなら防ぎきれる。
ま、油断はしませんが。
「くっの、リフレクトプロテクション!」
ノーダメージとはいかないまでも、女の顔は命よりも重いらしいので、高町の傷になるような攻撃は全て跳ね返させてもらってる。
それでも少しは遠慮してほしいと思うのは我侭なのだろうか。術式計算が面倒くさすぎて頭はオーバーヒート気味だ。
あちらさんの気迫と攻撃の重さに高町も気づいたようで、徐々に動きに変化をつけていた。
適応能力の高さと戦士の勘に警戒したのだろうか、得意な近接攻撃の崩れていたリズムを取り戻すために思えたが、背中を見せるフェイト。一瞬、高町と一緒に呆けてしまった。
「って、待ってフェイトちゃん!」
高町がフェイトを追いかけ始める。
因みに本気でジュエルシードを渡して名前を聞き出していた高町はジャスティス。まぁ、正式な管理局員じゃないし、止めなかったからって責任問題にはならないよね。
フェイトもフェイトで名乗るし、変なところで子供だなと和んた僕は悪くないと思うんだ。
他2個についても勝負して勝ったらお友達、負けたら没収という高町ルール。
フェイトの友達権がロストロギア2個分と畏れるべきか、俺たちの命がロストロギア分と誇るべきか正直迷う。
元々の機動性の違いからぐんぐんと離れていくフェイトの背中。速いとは思っていたけど、姿がブレるとかどんな速度なんだと、眼を凝らし――それが、幻影と気づいた。
「おいっ!?高町――」
「きゃっ」
金色のリングに捕捉され、つんのめる高町。遅かった、と後悔するよりも早く、肩から頭に飛び乗り、
冷徹に染まった赤い眼と錯綜する。
だからなんて切羽詰った顔しやがってんだよ、あいつはさ――ッ
「貫け轟雷!」
「
稲光に視覚と聴覚を奪われた。
◆◆◆
空振り続きだった罠に、確かな手ごたえがあったのはさっきのこと。
私の魔法の中では、最も高い破壊力のある遠距離砲撃魔法を放った反動で腕の感覚が少し鈍い。でも、これでおしまい。
……非殺傷は解除してあった。避けられもしなければ、只では済まない一撃だった。慣れない遠距離砲撃だったけれど、止まった的を外すほど腕は鈍らせていないつもりだ。
「……」
焼け焦げた臭いと、黒い煙で包まれている一帯を一瞥する。
一度だけ目を瞑って、自分のしたことを脳裏に焼き付ける。
そして彼女のデバイスを回収しようとしたとき、
「っ!?」
桃色のバインドが足を縫い付けていた。
煙幕の中から射出された5発の誘導弾がそのまま、手足に絡みつく。
「そんな、どうして……」
晴れた視界には、ボロボロのバリアジャケットと少女と毛並みがボサボサになった一匹の猫がいた。
◆◆◆
「――よし、かかった!」
体中グルグル巻きにされたフェイトを前に、もはや遠慮はいらない。
少女虐待という文字がよぎったような気もしたが、されているのが僕じゃないならよしとしよう。
「いくよ、フェイトちゃん!」
縛られて身動きできないフェイトに向かって、手抜きなどする気のない清清しい高町の笑み。
ひくっと頬が引きつる。
「これが私の全力全開!」
っていうか、電気っ娘が病んだのってこれが原因なんじゃあ……
まさかの真実に指が触ったような心地は、スターライトブレイカーに玉砕された。ついでに、真正面から受けたフェイトも項垂れている。
「くっ……」
ディバインバスターバインド縛りを耐え抜くフェイトに、思わず涙を流して叫びたい衝動にかられた。フェイト、お前ってやつは……歴戦の英雄だ!
とはいえ、彼女は戦える状態じゃない。バリアジャケットはあちこちが破けて、白い肌を露出させている。強烈な打ち身をくらったせいか、痣も見て取れる。
「フェイトちゃん、もう止めようよ!?」
「や、める……?」
「そうだよ、そこまでしてジュエルシードを集める理由なんて――」
「黙れ!――――私はッ!どうしても負けられない想いがあるんだ!」
血が滲む決死の吐露は、高町の心を動揺させるには充分だった。
フェイトほどの覚悟を高町は持っていない。一つのことにここまで身体を張って求める貪欲さを、平和の中で生きてきた小学生が知らなくて当然なんだ。育った環境が違えば、学んできたものも違う。ただそれだけが、2人の差だった。
(そうか、それがキミの選択か……)
戦闘中の活き活きとした動作は消えうせ、友達を求めた少女は杖を降ろした。近くで見るフェイトの形相に、ただただ顔を歪めて唇を噛み締めている。
「フェイトちゃ、ん――」
気遣うように傷ついた身体へ手を伸ばした高町に、紫色の雷が落ちた。
少女2人を包んでいた球状スフィアが瞬く間に裂ける。何が起きたのか理解していない高町と、発動した人物に心当たりがあるフェイトの間抜け顔が笑える。
「こんなことだと思ったよ!」
「かあ、さん――?」
プレシアの攻撃も殺傷魔法とは、この世界の魔導師倫理はどうなってるんだ!!
っていうか、あの陰険科学者、高町だけじゃなくてフェイトにも向けるとは、性格に変わりはないようだね!
悪態をつきながら、第二波に備えて術式を書き換え――
「――ッ」
体よく避雷針となった僕は落雷した。
◆◆◆
ふと、雷撃が止んだ。
相手が何を求めているのか逸早く理解したレイジングハートのお陰だった。
シーリングモードから放出されたジュエルシードが空間に漂っているのを眺めながら、真っ黒に染まった空がぱっくりと割れた。
歪みに吸い込まれるように、ジュエルシードが流れ、自身を抱いたフェイトちゃんがそれに続いていく。
「待ってフェイトちゃん!」
追いかけようとした瞬間、私の足元に紫色した稲妻が走る。
(フェイトちゃんと同じ雷撃……?)
空間の裂け目に消える小さな背中に、無性に寂しくなる
どうして、そんなになってまでジュエルシードを集めるの?声にならない疑問はぐるぐると頭を回るけれど、それに答えてくれる相手はいなくなってしまった。
残されたのは、なんともいえない尾を引くもやもやとした気持ち。
『――なのは』
「クロノくん、ごめんなさい。ジュエルシード、持って行かれちゃった」
『……仕方がない。彼女の干渉を予想できなかった僕の責任だ。君が責任を感じる必要はない。それより、ユーノが捕らえた使い魔から詳しい話を聞くから、キミらも一度帰艦してくれ』
「……うん、わかった」
フェイトちゃんと話もできず、ジュエルシードも奪われてしまったけれど、これで終わりじゃない。
「よっし、まだまだ頑張ろう。ね、平介くん――?」
肩にいた重みはいつからなかった?紫の雷電があったときは、結界を張って助けてもらったのに――。
「……平介、くん?」
黒猫の姿はどこを探してもいなかった。