「なぁ、ユーノや。俺たちの苦労ってなんだったんだろうな」
「なにを今更」
最後の封印を終えた高町の帰還を、一足先にアースラへと戻ってきたユーノとだべりながら待っていた。
病室での会合の翌日になんなく、ジュエルシードを回収し終えた件について。
昔に比べて、なんて恵まれているのだろうか。嬉しさと悔しさが交じり合った涙が流れた。
それも初めての異世界ということで、テンション高めの高町に比例するかのように彼女の魔力値が上昇。大暴れする桃色魔力を前にジュエルシードは発動する暇なく消沈させられた。
犠牲となった先住の生き物たちよ。ありがとう。僕の身代わりになってくれた恩は決して忘れはしない。
たった数日で高町は変わった。
家族容認のせいか、一日の体験を話し合っているようだし、高町の不安を受け止める大人がいるせいか、学校でもバニングスたちを気遣わせるような暗さはない。
「いいこと、なんだよな」
「まぁね。なのはの経験を積むいい機会になるんだし、ね」
ユーノに適当に相槌を返し、ごろりとソファーに寝転がる。談話室だけあって、柔らかい弾力を堪能する。
高田家では、魔法について話し合いをしていない。
昨日の一件は、なぜか高町家にお泊りしたことにされていたため、別の意味で杏奈さんから追求されることになっていた。
桃子さんたちの配慮に感謝はしている。だが、高町と同じ部屋で寝たことになっているのは異議を唱えたい。いくら口実とは言え、止めようよ男性陣。
母とは言え、30代前半の女性である杏奈さんはやはり色恋を好物とするらしく、苦労するったらない。どうやって根掘り葉掘り聞いてくる期待に満ちた瞳をかわしたものか。
「平介は寂しくないの?」
「あ?」
突然、おっしゃるユーノさん。
「なんだかんだいって3人でやって来たんだよ?方針とはいえ、なのはだけ戦わせてばかりで納得できないよ」
「あー、それね」
ちんまりと小さい身体を更に縮めるユーノに、ぼんやりとクロノの提案がよみがえってくる。
――高町とフェイト・テスタロッサを正面から戦闘させて捕捉する。
主張としてはまともだと思う。
管理局所属のクロノでは警戒されるだけで、僕やユーノは戦力外。AAA相当の魔道師である彼女の相手として、高町が適任だ。
ユーノの言い分は差し置いて、組織機関であるだけ理路整然としている。最後は高町の意志に委ねるとはいえ、当人はやる気に燃えている。金髪少女を引き合いに出されれば、何を言おうとも高町が退かない。それほどの興味を既に持っている。
つまり、提案と言いながらクロノたちの、命令に近いと僕は見ていた。大人たちに囲まれて生きてきたユーノも、その辺りの微妙なニュアンスを感じ取ったのだろうね。
無論、いくら同じ年頃で魔力
クロノの指導が始まって3日目にして、魔術師として頭角を表し始めている現状にユーノはこうして不満を僕にぶつけるしかないのだ。
「……だからといって、ボクがなのはみたいに戦えるわけではないし」
この後だって、最新とは言えないものの訓練プログラム相手に、スコアを着々と更新する時間が待っている。
因みに僕は初手でリタイア。攻撃魔法が使えない以上、時間がかかって仕方ない。
高町の片鱗は前からあったとユーノは言うが、キミも相当なスペックだと思うんだけどね。
「あんなバカ魔力に追いつこうだなんて考えるだけ無駄だぞ」
「それは、わかってる……」
「わかってても諦めきれないってか。――戦えないなら戦わずして歩む道を探すだけだろ」
例えば、支えるとか。
あちらの彼女を電気っ娘が支えていたように、こちらの彼女を。
攻撃は魔法の花形だ。それはきっと、どの世界でも大差はない。強さの象徴であるし、一艦隊をS級魔道師に潰されたなんて話はざらにある。だが、それだけでないと思うのだ。
目を閉じれば数々の
「高町の一番の理解者になって、心は常に高町と一緒に戦うことはできる」
このユーノにはそれだけの力と精神力があると、別世界のユーノとして太鼓判を押してあげよう。
そして2人で危険を乗り越え、僕のところに厄介ごとは持ってきませんように。
「……平介は、大人だね」
「当たり前だ。お前らとは生きている密度が違う」
「なにそれ」
ころころと笑うユーノは本気にしていない様子。
目の周りが思わず強張ってしまったが、気づかれてはいないようで一安心。
どこの世界でもユーノはユーノなんだなぁ。
それが無性におかしくて、ユーノの頭を撫でくり回した。
◆◆◆
机に広げられたフェイトという少女と使い魔についての調書。項目欄の一部に、目を留める。
殺傷魔法設定における報告について、と書かれた几帳面な文字は何度も見返しているせいか浮き上がって見える。
疲れているせいもあるのだろう。目を揉むと少し、楽になった。
記載内容は危険性を仄めかす程度であり、事実確認は取れていないと記されている。
それもこれも、平介が惚けた態度を徹底しているからだ。治療にあたった医療スタッフは、あれは電気による火傷だとカルテにも記してあるが、当の本人が否定しているのだから一筋縄でいかない。
「まったく、困ったものだよ」
「その割にクロノくん、ご機嫌だよね。じゃなきゃ、提出期限の過ぎた報告書を持ってるわけないもんね」
「うるさいな」
茶化すようなエイミィを小突く。ふふふん、と意味深に笑う彼女の操作するモニターには、訓練する少年少女が映っている。
反省の色は見えない同僚に嘆息を禁じえない。
「わぁお、平介くん、なのはちゃんの魔法弾全部弾いてるよ」
一つ一つの魔力値はAクラスもの。撃てる方もアレだが、その守備力は喉から手が出るほどに欲しい人材だといえる。
それを伝えたところ、彼の返答は簡潔だった。
曰く、「買い被ってもらっちゃ困る。補助魔法だ。攻撃特化型の魔術師相手に作戦もなしに勝てる見込みなんてない」だとか。
考え方としては親近感がわく。それは、努力をした人間が掴んだ視点であり、指揮官に求められる素質でもあるからだ。
だが、彼を冷静に見る自分を無視するわけにもいかない。
「なのはちゃんの豪快さや、ユーノちゃんのコンビネーションに隠れがちだけど、なかなか。あ、被弾した」
「……僕には彼が戦局の中心のように見えるよ」
「えー?そうかなぁ。今だってさっきの一発を皮切りに、撃たれまくってるよ。うわ、痛そー……」
空にいる少女に何か発言をしたらしく、必死に逃げる少年に魔弾の雨あられが降り注ぐ。
ユーノやなのはから、彼のことは事前に聞いていた。
会話から人柄や年齢にそぐわない思考力、更には使用する魔法など聞けば聞くほど警戒したのは事実。直接対面してからも、心のどこかでは疑っている。
エイミィのように距離を近づけられない何かがあるのだ。これは、若輩でありながらも執務官として仕事をしてきた直感に頼るものではあるが。
その反面、嘘の報告をする彼を庇うように、報告書の提出を遅らせている自分もいる。
――我ながら矛盾しているな。
執務官としては、すぐに書類を提出すべきである。それも、独自で魔法を習得したという彼の身辺調査の申請書を添付して。
個人としては、理解できないこともない。最大限の配慮をしたいとらしくもなく、寛容になっている。
「なんだよ、エイミィ」
「ううん、クロノくんは可愛いなーって思って」
「年下扱いしないでくれ。これでもキミの上司なんだが?」
「はいはい、わかってますよー執務官殿」
民間協力である今は、それほど問題にもならない。
なるとしたら、自分よりも指揮権のある艦長が問題視するときか、彼が管理局入りするときだ。とはいえ、人材不足で悩まされる管理局にとって審査は緩く、よっぽどの犯罪歴がない限り、実力があれば容易に同僚となることだろう。
組織の考えに不満は残るが、自分の立場では変えようがない。
そのときは納得いく答えを見つけるまで、自分が動けばいい。
……そうあってはほしくないものだが。
泣きそうになりながら、へっぴり腰で逃げ回っている少年を見て、失笑を漏らす。
先の可能性を考慮して、動く。そうしなければ、守れないのだから。
「それで、頼んでいたものは?」
少女達が逃げる際、転移先を追跡してもらっていた。エイミィは腕の確かなオペレータである。
丸坊主ということはないと思うが……。
つむじから跳ねているアホ毛が心持ち、元気がない。
「あー、ダメだった。座標を特定する前に見失っちゃった。あーあ、横入りしたに次元間航行物体さえなければ捉まえられたのにー」
ぶーぶーと唇を尖らせる友人の姿に、肩の力が抜ける。怒る気にもなれない。
「それで?その妨害をしてきた相手を突き止めているんだろ」
「当然!まぁ、次元移動する庭園だから、今はどこにいるかわからないけど。文献では所有者はプレシア・テスタロッサ。『大魔導師』たるプレシア女史が妨害者ってなると尻込みしちゃって」
「……執務官補佐が先入観を捨てずにどうする」
わかっちゃいるんだけどねー、とクセ毛を梳く。基本的に明るく明け透けな彼女のことだ。
周りに気を遣って、そうしていることも長い付き合いで知っているが、情に負けては手遅れになる場合だってあるんだ。少なくとも、僕はそう教えられた。
「まぁいい。職務妨害として事情を聞く前に、まずは人物から調べておこう」
「さっすが、執務官。頼りになるぅ。仇とってね」
訓練が終了したらしい彼らからメイン画面を切り替える。
科学者としての実績や、実験について膨大な情報量の経歴がスクロールされる。目が滑りそうな文字の羅列が過ぎていく中で、気になる点があった。
「おかしいな。出産記録はあっても娘がいた資料は一切ない。エイミィ、テスタロッサ氏が関わってた実験について、全て出してくれ」
「おっけー」
再び、ウィンドウを埋め尽くす記号や文字を睨みつける。
予想が正しければ、おそらくその中に綻びがあるはずだ。
「ストップ!」
「……なになに、実験施設の爆破事故?確か、これを最後にプレシア女史が表舞台から姿を消した事件だよね。彼女も被害者の1人だったんだ」
「それより問題は死亡者の欄だ、エイミー」
アリシア・テスタロッサ。当時、5歳。
プレシアが当時、技術局長を務めていた実験の失敗により、巻き込まれて死亡。
「そっか、娘さん亡くしているんだ……あ、ちょっと待って、写真が一枚残っているみたい」
その残された幼い笑顔を見て、僕たちは固まることになる。
まだ気づいていない事件の闇を、垣間見ただけに過ぎないことを知って。
◆◆◆
受け損なった衝撃に、痛む背中を堪え、医務室に向かう。
手が届きそうで届かない位置のため、自分で治癒魔法を使えないのが歯がゆい。
高町、また魔力が上がったんじゃないか。
そればかりか、力押しだけだった今までに比べて、戦術的な動きを感じる。頭カチコチの執務官が助言すれば意地悪くもなるか。
まぁ、それでも僕からしてみればまだ隙が多い。人間、命の危険に晒され続ければ、無情になれる。
そういった意味では実戦経験の少ない高町は甘い。一言二言、感情を揺さぶれば本来の力押しの短絡パターンに戻るのだ。……回避できるかどうかは別として。
――それも、これからの体験ですぐに追い越されてしまうのだろうけど。
メンタルも僕よりもよっぽど男らしいのだ。いらぬ心配より、傷の治療を考えよう。
そう思って既に二日連続でお世話になる、医務室の扉を開け放った。
「すんませーん、手当てをお願いしたいんです、が……?」
「あら、あなたは……」
皺の1つもない制服に身を包む女性がいた。ライムグリーンの長い髪を、頭の上で束ね、爽やかなカモミールの香りが漂う。って、ハーブティーの匂いじゃん。
この部屋の主は、地球で言うハーブに嵌り、輸入店からわざわざ取り寄せるほどの凝り性らしい。
だが、なぜだろう。テーブルの上には白い粒がたくさん入った器が見える。そして、その器を避けるように突っ伏している白衣の男。ぴくりとも動かない。つまり状況から考えるに――
「……毒殺?」
「違います!」
顔を真っ赤にして否定するリンディ・ハラオウン。
ただの屍となった艦医は放置し、艦長である女性と向き合う。なんだかんだで、彼女と直接話すのは今回は初めてになる。
高町たちは乗艦したそのときに艦長室に呼ばれたらしく、微妙な顔をしていた。理由はわかっている。
医療に長けた者であっても逃れられない猛毒――目の前に置かれたこのビンだ。
「だから違います。これはただの砂糖よ」
知ってます。それはただの砂糖ではあるけど、混入量が致死量なだけで。
昨日、雑談していた白衣の男の中に艦長に対する憧憬があったから、いつかはと予期したが、まさか次の日とは。
しかも、その現場を目撃するとは正しくとばっちりだった。
とはいえ、最高責任者を前におもてなしをしないというのも居心地が悪い。
「っと、淹れ直しますけど、どうします?」
「……頂こうかしら」
半分ほど飲みかけのカップと、艦長のカップを流し台に置く。
残っていた中身を捨てる際、液体にしてはどろどろとしたとろみがあったのはご愛嬌。カップの底にのっぺりと張り付いた白い塊を水で流し取る。もはや無我の境地。慣れたものだった。
というか、カップから零れそうになるほど砂糖入れるとか飲みづらいったらありゃしないってのに、なら初めから注ぐ量を半分にしたらいいじゃない?なんて可愛らしく言っても中年だしもうそれ飲み物じゃないしむしろ砂糖を先に入れた方が楽じゃねと疑問を持ったまま固まった砂糖に意地になって傾けていたらボトッと喉塞ぐ勢いで落ちるとか窒息死一歩手前――。
アースラ乗艦してから糖尿の気があるなんて健康診断の結果に目を疑った若き10代の春。
使用されたカップは僕に回ってこないように棚の一番奥に記憶と共にしまうことにした。
そうして淹れ直したポッドとカップを二つ持って戻ると、いつも何を考えているかわからない不敵な微笑みが崩れていた。これはレアだ。
「どうしました?」
「随分手馴れているのね。どこに何があるのかわかるようだったから」
「備え付けのシンクに大した差はないと思いますけど?」
「そう、ね。…そうよね」
内心、冷や汗が吹き出ていた。
これも、外回りの仕事ばかりで、キッチンに立つ頻度が少ないリンディさんだからこそ通じる言い訳だ。これが桃子さんや杏奈さんだったら、看破されているに違いない。
気心知れた、医務室だから気が緩んでしまったらしい。ハラオウン親子の前では、つい、は命取りになりそうだ。以後気をつけよう。
考え込むようにしていた、リンディさんがカップに口をつける。
「あら、おいしい」
「……どーも」
綻ぶような笑顔を向けられるも素直に喜べない。
言わずもがな、僕との間にあったビンの中身は5分の1ほど減っている。もはや茶葉に関係なく、味は統一されているのではないだろうか。
当然の如く、甘党布教者にソレを勧められたが丁重にお断りさせて頂いた。
室内に香るリンゴのような甘い香りだけで糖分は足りている。
「……」
「……」
優雅な時間が流れる。
(というか、なんでこの人がここにいるの?)
僕が来るまでダウンした男の前で、1人でティータイムする図が浮かぶ。
それほど、彼が淹れたお茶が美味だったということにしておこう、おそろしい。
ただただ、時間のみが過ぎていく。
これならお前は怪しいと質問攻めにされる方がマシだった。
目の前の甘党艦長は、静かにカップを傾けるだけ。時折、おかわりを注ぎ、砂糖ビンに手が伸びる。純粋にお茶を楽しんでいた。
(だから、なんでさ)
結局これといった会話もなく、ポッドが空になった頃、リンディさんは腰を上げた。
「ごちそうさま。今度は、私が日本茶をご馳走するわね」
「あ、はい」
そうして、残された僕とどこか幸せそうな屍。
前の世界でも掴みどころなさ満載だと思ってはいたが、こちらの方が一枚上手のようだ。
なにがなんだからさっぱりだ。
一先ず、食器を片付け、死者の目覚めを遂行することにした。
そうして半刻も経たないうちに、艦内をアラートが鳴り響いたのだった。
無印編の目処がついてきました。
最短で残り5話ほどです。