完膚なきまで空転せよ!   作:のんべんだらり

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16.彼女の見る世界

 

 

時空庭園。

家族以外、誰もいない。フェイトが帰りたいと願う唯一の場所。

周りには何もなくて、ただの城がポツンと建っているだけ。あたしが生まれて、フェイトに育てられた場所だけど、好きになれない。

過ごした思い出と、フェイトの母親がいるという理由があるだけ。

フェイトが喜ぶのはいいけれど、あたしはできることなら帰ってきたくない。

 

研究室へと繋がる大広間の扉を開けるフェイトに続き、待ち構えていた女に渋い気持ちになる。

 

「――頼んだものは用意できたのかしら?」

「……はい」

 

バルディッシュから物質化された青い宝石が、プレシアの手に渡る。表情1つ変えずに労いの言葉1つなく、フェイトの怪我など鼻から目に入っていない。

なんて女なんだ。それでも母親かい。そう思ったことは初めてではない。

 

「少ないわね。ジュエルシードは全部で21個あるのよ」

「……ごめんなさい」

「なにさ、自分はちっとも動きゃしないくせに。いっぺんに8つも手に入ったんだ、誉めるくらいしたらどうだい」

「…躾がなっていないわよ、フェイト」

 

初めて、プレシアの視線に感情が灯る。相変わらず冷たい女だ。

ウェーブがかった髪は艶をなくし、目の下の隈も濃くなっている。そんなにも無理を押して叶えたい願いはなんなのか、あたしたちは聞いてない。聞いたところで、教えてくれるわけもない。

 

「か、母さん。ごめんなさい、次も見つけてくるから」

「……そう、あなたには期待しているわ」

 

はっ、心にもない言葉をよくも言えたもんだよ。

プレシアの侮蔑しきった態度に歯切りをする。怒鳴ってやりたい衝動を懸命に抑える。

それもほっとしたフェイトの気持ちがラインを通じて流れ込んでくるからだ。この女がフェイトの母親だから、だ。

複雑な気分が胸を巡る中、一刻も早く、この女の目の届かない場所に移動したい。

 

「用は済んだんだから、もういいだろ。フェイト」

「う、うん」

 

退出を迷う主人の迷いを断ち切るような、プレシアのヒールが床を打ち鳴らした。

 

「……どこへ、行くのかしら」

 

ビクッと跳ねた心臓が不安に埋め尽くされていく。

 

「アンタが急かす探索に決まってるじゃないか」

「……そう。なら1人で行って頂戴。この子は、まだやることがあるの」

「馬鹿言うんじゃないよ!アンタにしてみれば足んないかもしれないが、成果は出したんだ。フェイトが責められることなんて――」

「使い魔風情に口答えを許可した覚えはないわ」

 

空気を裂くようなスパークが鼻先で散った。

次はないわよ、と気だるそうな目の奥に狂気を見て、拳を握り締める。一言でもたて突いた瞬間に、あたしは黒焦げにされる。

 

「……アルフ、大丈夫だから。先に行ってて」

 

おどおどとしていたフェイトが笑っていた。無理をしているのなんて、すぐわかる。

だというのに、あたしは主人を守ることができない。今だってフェイトに庇われている。主人に守られる使い魔なんて使い魔失格だ。

 

「出来の悪い使い魔の分、主人のアナタが受けなさい」

「……はい」

 

自分にできることは、この場を早く出て行くことだけだった。

フェイトは言った。大丈夫と。身体だけじゃない、心が痛いはずなのに。

 

「(――ちくしょう、ちくしょうッ!)」

 

背後で上がる肉を裂く音と悲鳴から逃げるように駆け出した。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

気づいたときには母さんはもういなかった。奥の研究施設の扉は固く閉ざされている。

 

――まだ、足りないんだ。母さんの期待に届いていない。

 

ぼやけている重い頭が揺れる。床に落ちていたマントを纏い、震える足腰に力を込めて、廊下に出た。

数日帰って来ないだけで、こんなにも広く感じるものだろうか。

引き摺って歩く足音が反響して、まるで後を付けられているようで、どことなく逸る。

 

「……あ」

 

部屋の前で、アルフが丸まっていた。耳も垂れ、尻尾も足の間にすっぽり挟まっている。

感覚伝達のラインは極力切っていたのだが、漏れて伝わってしまったらしい。

感じなくてもいい痛みをアルフにさせてしまって、申し訳にない気持ちでいっぱいになる。

 

「……ごめんね、アルフ」

 

眠っているのか、返事はない。一旦部屋に入り、持ってきた毛布をそっと身体にかける。今の私じゃ、アルフを運んだりできない。もう一度、心の中で謝って、扉を開けたままにして室内に戻る。

 

久しぶりだというのになんの感情もない自分の部屋。まるで他人の部屋みたいだ。

クローゼットから服を出し、姿見に私と瓜二つの顔が映っていた。

 

綺麗な髪と言ってもらえた金髪はボサボサ。母さんの髪の色とは違うから、父さんの、かな。

私が生まれたときから、会ったことも写真さえないから想像するしかない。母さんは、何一つ話してはくれないだろうから。

それもこれも、私がちゃんと頼まれたことをできていないから。母さんの仕事を満足に手伝えていないから。

もっとちゃんとしなくちゃ。もっと――

 

「っ」

 

出来たばかりの傷に触れてしまい、肩が跳ねた。

脱ぎかけだった服が手から滑り落ちる。お気に入りの服は、煤だらけで破けてしまっていた。

せめて綺麗にしてから捨てようと身を屈めた先に、赤くなった指先を見つけた。ヒリヒリとした他の傷とは違った痛み方に、火傷の症状と判断する。

どこで怪我したのだろう、そう逡巡して唐突に。触れ合った人の感覚を思い出した。

 

「――ッ」

 

空に逃げるとき、一瞬だけ目が合った。絶望に染まった顔。

ぎゅっと思わず目を瞑るが、脳裏に焼きついたソレは離れない。

 

私は正しいことをしている。母さんに言われる通りに、母さんが喜ぶ通りに。

なのにどうしてこんなに苦しいんだろう。

 

「……あの子、泣きそうだったな」

 

彼の友達なのだろうか。助けるなんて不可能だというのに、その手を掴もうとしていた。

管理局の人間に止められていたけど、あのまま近くにいっても弾き飛ばされるだけだ。怪我をするだけなのに。

 

その姿は、誰かを助けるために必死になっていた。

私と彼女はどこが違うんだろう。大事な母さんを助けたいと思っている私が、誰かの大切な人を犠牲にした。

 

――違う。幸せになるためには必要なことだったんだ。

 

そうだ。私と母さんが幸せになって何が悪いの。

 

――……ほんとうに?

 

私は決めたんだ。母さんの役に立つためには何でもするって。だから――助けられる人を見捨てた。

それは殺すことと同義。私が、彼を殺した。

少なくともその覚悟をして、非殺傷を解除して臨んだのだから。

 

カタカタと耳障りな音が聞こえ、俯いていた顔を上げる。

目の前に傷だらけの身体を抱きしめるようにして蹲った少女が歯を打ち鳴らしていた。

 

「ぁ」

 

切り離していた何かが、せり上がってくる予感に――呑まれる。

 

「――ああぁあァぁあぁっ!」

「――――ェイトッ!?」

 

だれかがわたしの名前を呼んでいた。

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさいっ、ごめん、なさいっ――」

 

 

――ねぇ、本当にこれで、お母さんとあなたは幸せになれるのかな。

 

私とよく似た少女の、悲しそうな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

白い天井、カーテン。地球とは違う、簡略的なベッド。

僕にとっては何度もお世話になった景色だった。

時空管理局アースラ艦体。懐かしい、といってよいのだろうか。なんともいえない気分だ。

 

僕はどれくらい眠っていたのか。

医療担当者に声をかけようと視線を横に向け、吹いた。

 

「目が覚めたようだな」

「……男の寝顔見て楽しいかよ」

 

仏頂面の少年がいた。

今はちんちくりんだが、成長すればツンデレシスコンになるのだ。できればお近づきにはなりたくない相手だった。

 

棒立ちの男に見下ろされ続けるのも気色悪いので、上半身を起こす。気だるさはあるが特に痛みはない。

傷跡は綺麗さっぱりなかった。さすが、管理局の医療スタッフ。

というか、どうして僕は生きてるの?あの流れで封印ができたとは思えないんですけど。

 

「それを聴取しに来ているんだ」

 

不機嫌な理由はそこかと納得する。

クロノという几帳面な人間は、自分の理解が及ばない事態に対してストレス負荷が高い。反面、責任感が強いことになるのだが、平均身長より低い彼ではそれは可愛らしいものだ。

そのギャップがいいとお姉さまたちには随分懇意にしてもらったようで、姐さん女房を娶るわ、自慢話をひけらかしてくるわ、うざいことこの上ないくらい嫌味な男になる。こっちの彼がそうならないように十字を切る。

 

「魔力の小規模爆発が起き、周囲の建物は半壊。相手の2人組は逃亡。暴走したジュエルシードは見つかっていない」

 

残ったのは瓦礫の山と、血みどろで倒れていた僕のみだったという。

 

「ちょっと待て。封印をかけられないほど暴走していた魔力の渦が、消えた?あり得ないだろ」

「あり得なければ、キミは生きていない。……僕とて痛いほど理解しているんだ。だが、現状で不可解な点を説明できる要素がない以上、有耶無耶にするつもりもない」

 

解明に向けて捜査は継続すると、執務官殿が口を尖らせた。

 

「ああそれと、キミの友人たちに怪我は無いから安心してくれ。もうすぐ帰ってくるはずだ」

「トイレにでも行ってるのか?」

 

クロノの返答よりも早く、慌しい声が聞こえてきた。

シュッと空気が抜けるような音の後、ぴょこんとしたツインテールが跳ねた。

 

「平介くん!」

 

意識を失う前の服装の高町と、その肩にいるユーノはフェレットモード。

すっかり定着している。運動不足でそのうちメタボるぞ、ユーノ。

 

「よお。お疲れ」

「お、お疲れ様――じゃないよ!身体は平気なの!?」

「寝すぎて目が冴えわたってるぞ。今なら高町のおやつがシュークリームとわかる」

「ええッ!?」

「……いつも通りだね、平介」

 

見事的中したようだ。高町は、大慌てで口の周りにありもしないクリームを拭っている。うん、落ち着いた。

 

「なのはとユーノには既に民間協力としてジュエルシード回収に参加してもらっている。元々、我々が到着したらそのように考えていたというから、こちらとしては有難い」

 

ユーノから連絡をもらった後、クロノたちは地球近郊に来るまでの道中で5つ集めていたらしい。

 

「どうりで遅いわけだな。職務怠慢じゃなかったのか」

「キミは管理局をなんだと思っているんだ。だが、到着が遅れてしまったことに変わりはない。改めて謝罪する。すまない」

「ま、謝罪は受け取っとく。だが頭が高い」

「そうですよ。頭を上げてくださいって、あれ?」

 

几帳面な謝罪を受け、うろたえていたユーノと高町が、ようやく発言の意味を掴んだらしい。青い顔をして、クロノと僕を見ていた。

実際、海鳴市を危険に晒していた時間は帳消しにはできない。ここはけじめをつけるべきところだ。

そもそもこれくらいで執務官殿は機嫌を損ねるほど、子供じゃあるまい?現にクロノは、呆れてはいるものの気にした様子はない。

 

「まったく、聞いていた通りの男だな、キミは」

 

誰から、何を聞いたのか。グギギとぎこちなく首を曲げ、口笛に失敗している少女を視界におさめる。

まあいい。後で、特訓メニューをレイハさんに改竄してもらおう。

 

「ともかく、海に沈んでる3つを除いた残りを管理局と協力して集めるってことだな」

「あと2つだよ」

 

と、ユーノが二つ青い宝石を覗かせる。

僕が寝ている間に回収したらしい。アースラのバックアップがあれば、素人同然の高町でも充分なんだろうけど。

フェレットユーノとハイタッチをしている高町。呆れ顔だが、憧れに似た色を滲ませて彼女を見つめるクロノ。

……なんか、除け者にされる気分。

 

不愉快な脳内を払うように振っていると、高町が近づいてきた。

 

「ねえ、平介くん。……あの女の子、どう思う?」

 

どうやら、高町はフェイトのことが気になる様子。さすが、未来の嫁。

 

「私、あの子のこともっと知りたい。あの子、すごく寂しそうな目をしてた」

「……わかってる」

 

危うく殺されかかった身としては複雑だが、高町の言いたいことはわかる。

殺傷魔法が使われることは、管理局内でも緊急時以外あり得ない。事情があるにせよ、局員であればよくて降格処分だし、犯罪者であるならば終身刑になる。

罪状がどうたらの知識がない高町が、なんとかしてあげたい、と想う気持ちはわからなくもない。

彼女の年齢で残りの人生を棒にするには急ぎすぎると僕でさえ思うくらいだ。おそらく、このシスターコンプレックスを抱えた黒髪少年も。

 

「彼女の身柄拘束については、こちらも考えている。そのためにも、提案があるのだが……まず、キミの意志を確認したい。高田平介」

 

フルネーム呼びとは、仰々しい。まだ、自己紹介してないと気にしているのは僕だけなのか。

ユーノも高町も名前呼び出しね、このチンチクリン。

 

「キミにも民間協力として手伝ってもらいたい。魔法にも慣れていて、知識も申し分ない。管理外世界の住人としては不可解なほどに」

「高町のような魔力の塊もいるんだから、俺みたいな奴がいても不思議はないだろ?」

「……そうしておこう。それで、返事はどうだ」

 

引っかかる言い方のクロノに空笑い。

侮れないね。人の内面は身長では計れないことを改めて確認。

下手なボロを出さないように、今後は付き合い方に注意をしなければ。

なかなか返答をしない僕を不安に思ってか、高町が眉を下げていた。なんで、キミがしょげた顔するのか。

 

「……協力するさ。乗りかかった船だ、最後まで責任は持つ」

 

だから、なんでそんなに嬉しそうにするかな、高町。これは将来子悪魔になるぞ。スターライトでハートブレイカーなんて笑えない。男の屍しかできない。

視線の意味など露知らず、高町はこてんと、首を傾げる。未来の純情少年たちの叫び声が聞こえたが封殺。

 

「では、これからの作戦を伝える」

 

硬い表情に戻ったクロノから伝えられた内容に、三者三様の反応をする未来はもう少し後のこと。

 

 

 


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