完膚なきまで空転せよ!   作:のんべんだらり

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15.ジュエルシード[シリアル14]再び

それは、弱弱しいまでの鼓動だった。

 

 

「ん?」

 

回復魔法の修練に明け暮れようとした野望を訪問者を知らせたチャイムにぶち壊され、引き摺られるようにしていつもの公園に行き、これまたいつもの面子で顔を突き合わせていた。

 

「なぁ、ユーノ。市街地、見落としたりしてないよな?」

「それはないよ。あれから何度か教わった広域探査をかけてみたけど位置は変わっていないし、個数もそのままだよ」

「だよなー」

 

それならば、これはなんなのか。手元のマップを睨みつけても、間隔疎らに反応するそれに変わりはない。

高町が鬼のように訓練に気合を入れる発端の出来事。海鳴樹木化現象。

同じ事態を起こしてはならない、というのは僕とて心得ている。

 

「もしも、ってこともあるし視察した方がいいかも。管理局も今日明日には到着するって連絡が来たし、最悪のときは増援を要請できるしね」

「なら、先にサーチャー飛ばして様子見するか。おーい、高町」

 

黙々と3つの魔弾を操り、空き缶を打ち上げ続けることに熱心に取り組んでいる高町を呼び戻す。

一際大きく鈍い音を響かせて、ゴミはゴミ箱へ。

 

「どうしたの?もう休憩の時間?」

 

まだまだ動き足りない、と爽やかに汗を拭う高町。すっかり体育会系のノリになっている。運動苦手のくせに。

 

「訓練は中止。街に散策に行くぞ」

「それって遊びに行くってこと?」

「建前は。本音は魔力反応の確認。士郎さんに殺されるから言うなよ」

「気をつける。あ、でも、一回家に寄ってもいいかな?」

 

なんで?遠回りじゃん。と訝る僕に、高町は唇を尖らせる。わけがわからない。

小声でごにょごにょ濁している理由はあるらしい。耳を近づけると、後ずさりされた。

 

「……なにかな?」

「なにかな?じゃねぇよ。ちゃんと理由があるなら聞いてやるから話せ」

 

僕だってそこまで器は小さくない。

そりゃあ、高町家は近づきたいない場所ナンバー2だが。相応の理由があるなら反対はしない。1人で行って来いくらいは言うかもしれないが。

 

「え、と…だから」

 

ようやく観念したのか、口を開いた高町の言葉に、僕は己が女性に好かれなかった理由の一端を掴んだ気がした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

シャワーを浴びて着替えを終え、なのははさっぱりした表情。

ボク1人では来られない賑やかな市街地に、ちょっぴり観光気分なのは内緒だ。

 

「……違う、俺のタイプは年上なんだ。ミステリアスダンディに引き合うような」

 

虚ろな平介はかろうじてついてきている。言いだしっぺが消極的なのはどうかと思う。

異変は彼が察知したのだし、ボクよりも探査は得意なんだから頼りにしているんだけど。

 

「大丈夫かな、平介」

「お姉ちゃんと何かあったのかも」

 

なのはを待っている間、断固として家に上がることを拒んだ平介は、ずっと門の前に立っていた。

丁度、帰宅してきた美由紀さんと立ち話してたみたいだけど、なのはの姿を見た途端ににやりと笑った彼女に平介はお代官様ァ、とか叫んでいた。テレビでやっていた時代劇ごっこかな。

 

そうして美由紀さんに見送られて来てみたはいいけれど――魔力反応はこつ然と消えていた。

昼間だから人通りも多くて、易々と魔法も使えない。

 

「あ、なら」

 

妙案を思いついたのか、なのはが声を上げた。

 

「お店を見てまわらない?ユーノちゃんも地球の色んなもの、興味あるよね?」

「本末転倒だろそれ」

「……わかってますぅ。言ってみただけだもん」

 

いつもより少しオシャレしたフリルのついたワンピースの裾をつまみ、なのはは頬を膨らませた。

ボクもその意見に賛成したいところ。歩き回っても反応がないのだ、誤作動って可能性もある。

もし発動したら危険が多い場所は、特に念入りに平介と手分けして探しているんだから。

 

「平介、ちょっとくらい平気じゃないかな。なのはは、服選ぶの悩むくらい楽しみなんだから」

「うにゃっにゃ!?」

「わざわざご苦労なことで。聖祥の制服なら楽だろうに」

 

言葉通り、平介は男子制服を着ている。お陰でさっきから目立ってるって気づいていないみたい。

 

「……平介くんはもっと周りに気を配った方がいいと思うな」

「失礼な。俺ほど気配に敏感な男はいるまいて」

 

自信たっぷりに胸を張る平介に、ボクはため息をはいた。だったら、もう少し女心を勉強するべきじゃないかなぁ。

ボク自身も痛い目をみてるし、他人事では済まされない。

これからしっかりと教育してあげようっと。なんか手のかかる弟ができたみたいで、ちょっぴり気分が弾む。

 

そんなささやかな昼下がり――。

そして、夢が覚めるような温度に下がった。

 

「――あれ、なんだか急に暗くなっちゃったけど」

 

空を見上げているなのはの呑気な様子に、ボクはようやく緊迫した状況を悟った。

 

「結界だ。誰か、別の魔道師が張ったみたいだな」

 

サーチャーも壊されたし、と平介の呟きが耳に入る。

 

「別のって、私たちの他にもいるの?管理局の人とか?」

「管理局だったら、わざわざ閉じ込めるようなことはしないよ」

 

これは――明らかに、敵対する意思表示だ。

 

「どうやら、俺らに用があるようだな。バリアジャケット展開しとけ」

「う、うん」

 

急な展開に追いついてこれないみたいで、なのはは平介の指示に言われるがままに杖を手にした。

場慣れしている対応の平介を振り返り、自分の間違いに気づいた。平介の顔は声とは違い、一切の余裕がなかった。

 

「ユーノ、ジュエルシードの反応は?」

「うん……この先の交差点の中央にある」

 

そんなわかりやすい位置なら、とっくに気づいていてもよかったはずなんだけど。

魔力を隠蔽されていたと仮定するならば――罠。

 

「どうする?平介」

「どうもこうも、行くしかないだろ。そこにジュエルシードがあるんだから」

「そうだね、放ってはおけないよ」

 

気合を入れるように拳を握ったなのは。ボクには奮い立たせているおまじないに見えた。

無理もない。なのはは敵意を持った魔道師と戦うのは初めてなのだ。

 

「ユーノ、高町のフォロー頼んだぞ」

「任せて」

 

自然な流れで、なのはより先に歩き始めた平介の真剣な目に使命感が高まったボクの心は、次の瞬間に凍りついた。

 

 

「――相談は済んだ?」

 

 

声の主を条件反射で探し、目を留める。

なのはと同じ歳くらいの少女が漆黒のマントを羽織り、信号機の上に立っていた。

 

「あなたは……?」

「……敵に答える必要はない」

「敵って――」

 

冷たい視線に、なのはの眉尻が下がった。

彼女の手には青く光る石が握られている。ジュエルシードだ。

 

「お願い、それを渡して。封印しないと危ないんだ」

 

つまらなそうに視線を僅かに横へと流す少女。

 

「そう。……ほしいなら、あげる」

 

ボクの言葉に表情1つ変えずに細い腕を差し出し、掌を開いた。重力に従って、落下するジュエルシード。

衝突した衝撃で発動しかねない!

 

「なのは!」

「掴まってて!」

 

なのはの肩にしがみつく。

低空飛行で速度を上げようとした途端、視界を覆うほどの電気を帯びた魔法弾が飛んできた。咄嗟に上空を選択して、なのはと避けた。

 

「おっと、ちゃんと前を見ないと危ないよ、お嬢ちゃん」

 

舞い上がった空で、オレンジ色の狼が待ち伏せていた。

意気の合った連携だ。……この子たち、強い。

 

 

街中での戦闘はこうして始まったのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

高町とユーノがアルフに掴まっていることを横目で確認し、赤い目の少女を見つめ返した。

 

「……」

 

なんか、凶暴性増してませんかね。この電気っ娘。顔も能面のように白いし、思いつめたように表情筋硬いし。

動きは雑なのに魔力だけは練り上げられているようで、漏電してバチバチと景気のいい音で弾けていた。

掠っただけで感電死するんじゃないかな。

 

これではまるで陰湿紫ババアが死んだ後の病み具合とそっくりだ。食事もせず、死んだような目でうわ言ばかり呟き、気配なく人の背後に立ち「ねえ、わたしだよ」なんて囁くストーキングされる日々が稲妻に打たれたように駆け抜けていく。

これはいけん。嫌な予感ビリビリのバリバリ。

 

――風を切り裂いて電撃一閃が、放たれる。

 

「っ――!」

 

結界を張り、紙一重で避けた。

触れていないはずの片腕の感覚が鈍い。まさかと疑い、そこまでかと悔やむ。

――殺傷魔法だ。

 

あいつは追い詰められると周りが見えなくなる傾向があった。同じようなメンタル構成だとしたら、ああいう目をしているという段階で結構かなり、苦しい状況にいるということだ。

 

考えられる原因は――先回りしすぎたこと。

もしかしたら彼女達が所持している個数は、5本指以内なのではないだろうか。現に椅子取りゲームのように、僕らの間に転がっている見覚えのあるローマ数字は僕から奪っていったもの。

だとすれば、折檻とプレッシャー。そして自責の念が彼女を追い詰め、凶暴化し容赦なくなったのだと推察する。

いやーん。

笑わせるどころか、怒らせてしまった場合、どうしたらよいのでしょうか。

 

瞬時に方針をかえ、ひっくり返った車の影に移動する。障害物など関係なく、放たれる稲妻の如く錯綜する弾丸が被弾する前にその場から飛びのく。爆風に押し流されるようにして地面を転がる。

衝撃は殺せても、電流は抑えられない。頭からつま先まで走り、そのまま地面へと流れ出ていった。

 

「ふっふっふ、これで麻痺は封じた!」

「……」

 

ドヤ顔で笑うが、少女はなんの突っ込みもない。これではタイヤを被った僕がただの道化ではないか。

ぐすん、とすすり泣き、ゴムの焼ける匂いが鼻についた。

慌てて確認すると、正面のどてっぱらに小さい穴が開いている。丁度ヘソの位置だ。ふしゅうぅ~とあまり人体によろしくない黒い煙も上がっていた。

どうやら、強烈なスパークによってゴムが焼かれた様子。そしてなにやら、腹の辺りがチリチリ熱を持っているような……?

 

「うわっち、焦げる!?」

 

慌てて、放り投げる。

煙を上げる黒ゴムはそのまま上空で佇んでいた少女に向かい、その鼻先で爆発した。

おそらく、彼女が放っている魔力に触れた瞬間に破裂したのだろう。目くらましになれば儲けものと踏んでいたので、嬉しい誤算だ。彼女はあの程度では死にはしないので、後悔はない。

 

今の隙に高町たちと合流しよう。僕には彼女の相手として荷が重過ぎる。

後ろを振り向き、僕は息をのんだ。

 

 

「……もうおしまい?」

 

 

それがいけなかった。

容赦なく近距離で放たれる電気ショック。その顔は、まるで人形。

 

「――づッ!?」

 

咄嗟に身体を捻るが、左半身にヒット。弾けとんだ勢いそのままに、地面を滑る。

額を切ったようで、生暖かい液体に片目を塞がれる。

痺れて動けない僕を見下ろす無表情を装う少女。……気に入らないな。

 

「……キミ、狙う相手間違ってないかな?」

 

ダブルベッドで眠るほどの友人関係を築き、恋人関係にはいつ発展をするんですかカウントダウン待ちの平行世界のお相手はあちらですが?

 

「……」

 

無視ですか、そうですか。

時間稼ぎも実らず、バインドで固定された。げ、これ麻痺機能がついてでぇ、し、ししびびびびびれぇてででっ!?

 

「平介くんっ!!」

 

そんな全身静電気状態で高町たちの前に晒された。慌てて地面に降り立つ高町とユーノ。

足止めの役目を終えたアルフはフェイトの横に控えた。

 

「この子を助けたければ、持っているジュエルシード、全部渡して」

「渡したら、平介くんを解放してくれる?」

「……そうだ」

「だだだだガガッま、まぢぢぢ!」

 

舌がうまく回らない。これ、後遺症残らないよね。

悩んでいる様子の高町に視線で訴える。

必死な僕の呼びかけをどう捉えたのか。沈黙した高町は、静かにレイジングハートに呼びかけた。

渋るように鈍い光を発し、8個のジュエルたちが物質化した。

うん、レイジングハートの気持ちは痛いようにわかる。渡しても僕は解放されないし、僕なら抜け出せるって言いたいんだよね。確かにバインド抜けは僕の十八番。半身麻痺さえ治れば、脱出できる。つまい、この場で取るべき作戦は時間稼ぎ。

だからお願い考え直してくれたまえ高町くん。このままじゃ明日から僕はレイハさんに魔弾サンドバック役に任命されちゃう。

 

「……これで全部だよ」

 

ふよふよと宙に漂う宝石が、高町の手から放たれようとしたとき、新たな乱入者が姿を現した。

 

「そこまでだ!」

 

14歳くらいだろうか、黒髪の少年が、高町の視界を遮るように割入った。

 

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。その取引、待ってもらおう」

「管理局……?」

「到着が遅くなって済まない。っと、その話はまた後で。キミ、その宝石を渡してはいけない」

「どうして?そうしないと平介くんが!」

 

突然現れたクロノと方針の違いにより、意見が分かれている模様。

急にしゃしゃり出て取り仕切るとはさすがクロノ。こちらの彼も仕事人間のようだ。

クロノに任せておけば安心、利益は骨の髄まで搾り取っていくハンターなのだ。ただ、早くしてくれないかな。こちとら、全身麻痺の真っ最中。労災請求するよ?

 

そんなこんなで揉めている成行きを見守っている僕の足元から、なにやら発光が始まった。

 

「?」

 

さっきフェイトがわざと落としたジュエルシードだった。どんどん光が強くなってるんですが、僕に巻きついているバインドに反応でもしたのかね。と思っていたら、網膜を焼く勢いで光が溢れ出した。

ジュエルさんのお怒りや!

 

「っ!?」

 

一番早く動いたのはフェイトだった。

 

ジュエルシードを展開させていたなのはの手元から、掻っ攫い、その場を離脱するフェイト。

暴発しそうな一つは無視。1を捨て8を取る。冷静な判断だった。そしてポツンと残された僕。

 

「――え?」

 

んな殺生な!

今も留まることを知らない、魔力による拘束。せめてバインドだけは解除していってほしかった。

力技だが、魔力を通して黄色のリングを砕く。

 

「はてさて、どうしたもんかな」

 

凝った首をまわし、周囲を見る。

 

暴れ狂う風が、街を瓦礫と変えていく。台風の目にいる僕だけは風圧が及ばないみたいだけど、高町たちは堪ったもんじゃないだろう。必死に高町のツインテールにしがみついているユーノが見えた。

立っているのもままならないであろうに、彼女は一歩足を踏み出す。

 

「近づくのは危険だ!」

「――でも平介くんが!」

「バカ町、こっちは平気だからさっさ逃げろ!」

 

クロノの制止を振り切るように近づく、高町を牽制。

小刻みに地面が揺れている。このままでは次元震が発生してしまう。

結界魔法を発動。

 

漏れでた魔力の渦が、周囲のコンクリートに亀裂が入れていく。

デバイスもないのにロストロギアの封印なんて――無茶振りもいいとこだ。

無駄だと囁く声を強引に封殺し、掴んだ手の中で小結界を幾重にも重ね上げていく。だが、張ったその瞬間に溶け出し、1つとして機能できる状態を保てない。

 

「ちくしょう、願いを叶える石ころなんだから、俺の願いを聞いてからにしろってんだ!」

 

たんぱく質が焼けるような悪臭。掌は当に皮が剥がれ、熱さえ感じなくなっていた。

ああ、これ死んだかな。死地に陥った場数があるだけに、死の予感は研ぎ澄まされている。

懐かしいような新鮮のような感覚。

 

 

――叶えたい願いは?

 

そう問われれば、答えがありすぎて答えられない。

 

優男を卒業してマッチョになりたいし、病みでも攻撃的でもトラブルメーカーでもない優しい普通の彼女がほしい。

攻撃魔法も使ってみたいし、働かなくても一生暮らせるお金もほしい。

そして脅かされることのない平穏な日常を暮らしたい。

 

ああ、ダメだ。これは全部、元の世界にいたときの(ユーノ)の願い。

今の平介(ぼく)が望んでも見当違いもいいところ。

 

それでも望んでしまう理由は、簡単だった。

 

今さら気づくなんて、僕らしいといえばそれまで。鈍感頓馬など散々言われてきたが、初めてストンと腹に落ちた。

なんて愚か。遅すぎた。

自分では気づかないほどに僕は――

 

「――――」

 

心の中の、爪の垢程度にこびりついていた願望を口にして、爆発と同時に吹っ飛ばされた。

 

 

 




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