完膚なきまで空転せよ!   作:のんべんだらり

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14.ジュエルシード[シリアル14]

月村家の朝は早い。

とある事情が絡んでいるのだけれど、それはまた別の機会に。

 

 

小鳥の囀りに私は寝惚けたままの意識を向けた。

白いカーテン越しに差し込む光。少し迷って、外の空気を招き入れる。

いつもはファリンの仕事なのだが、なんとなく。

今日は待ちに待ったアリサちゃんやなのはちゃんとの旅行だから、気分がいいのかもしれない。

 

ぐっと背伸びをし、大きく深呼吸。

荷物はファリンや忍姉さんがはりきっていたから問題はない。時間まで読書でもしようかな。

 

そうして、部屋の本棚に向き直ろうとしたとき、庭で猫たちの集会を見つけた。

いつもなら屋敷の中でご飯を待っているか、テラスで丸くなっているのに珍しい。

自然とほんわかした気持ちになる。

 

「……あれ?」

 

見間違い?ううん、そんなはずはない。朝とはいえ私の視力で、見えない距離じゃない。

確かめるべく、着替えを済ませ階段を下りる。

 

「すずか様、おはようございます」

「おはよう」

 

メイドたちに挨拶を返しながら、急ぎ足で庭にでる。

わたしに気づいて鳴き声をあげる猫たち。円陣のように集まっている中央に、見かけない子猫がいた。

キリリと吊りあがった眼はとても挑戦的で、健康そのもの。漆黒に金色が映えている。

 

飼い猫たちに囲まれてチョコンとお座りしている、その小さな身体を掬い上げる。

触れた瞬間にピクリと耳が動いた。

 

「あなた、迷い込んでしまったの?」

 

鳴き声1つあげないなんて、人なれしている。どこかの飼い猫なのかもしれない。

()()()のついた首輪を確認しようとした私の手から、逃れるように子猫が飛び降りる。

それまで大人しかった様子が演技だったかのように、一目散に外へ駆け抜けていく。

 

「ニャアーッ!」

 

咄嗟の動きに反応して追いかけていった猫たちの鬼ごっこを、私は微笑ましく見送った。

 

そんな、朝の出会い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天気は晴天。

 

今日は前から計画されていた高町家、月村家、バニングス家合同の温泉旅行の日。

月村家とバニングス家はご両親ともに仕事の都合で来られないらしい。「いつものことよ」ってちょっぴり寂しそうに横を向いたアリサちゃん。実は車に乗り込むまで落ち込んでいた。

 

それを払拭したのは遅れて現れた1人の少年だった。正確にはその登場の仕方に。

……タイヤから煙を上げて走るバイクをわたしは初めてみました。

なんでも寝坊したらしく、送りに来た平介くんのお母さんから意識がない平介くんの身体をお父さんが受け取ると、よろしゅうたのみますと綺麗にお辞儀をして杏奈さんは颯爽と帰っていった。なんというか、平介くんのお母さんって感じ。うん、納得。

 

彼を誘ったのはわたしだけれど、絶対に嫌と言い張った平介くんを説得したのは、お父さんだった。

 

お父さんから出された条件に、休日はしっかりと身体を休み、疲れを癒しなさいとの項目が加えられたのだ。

正論を言われてわたしはもちろん、返答を窮した平介くん。それ以前にちゃっかりとお母さんが平介くんのご家族の許可を得ていたのだけれど。

お母さんは杏奈さんとすっかり意気投合したみたいで、以来、電話で話し込んでいる姿をよく見るようになったのは余談。

 

「あいつも一緒って聞いたときは驚いたけど、さっきの衝撃はそれ以上だったわ……」

「でも杏奈さん格好よかったよね」

「関西の出身なのかな。声も綺麗だったー」

 

揺られる車の中で、ずっと持ちきりの話題となった。

車内には運転手のノエルさんとすずかちゃんのお姉さんの忍さん。そして、すずかちゃんとアリサちゃんにわたし。

ノエルさんはメイドだというのに、運転技術は高いと忍さんが自分のことのように誉めていた。

もう一台には、わたし以外の高町家と平介くんが乗っている。ユーノちゃんはお姉ちゃんに捕られちゃった。

 

「1つ聞きたいんだけど――」

 

助手席に座っているすずかちゃんのお姉さん、忍さんがふと、悪戯が思いついたように、口角を上げて振り返った。

 

「あの少年は、あなたたちにとってどういう存在なのかしら?」

「忍様」

 

そして、ノエルさんから注意されて視線を前に戻した。なによ、ちょっとくらいいいじゃないの、恭也もいないしと、月村家のメイドさんであるファリンさんに文句を言っている。

恋人であるお兄ちゃんと一緒の車に乗れなかったせいか、ちょっぴりヘソを曲げている様子。

 

「どいういうもなにも、クラスで会うくらいだもの」

「話すときは大抵なのはちゃんがいるし、一番仲がいいのはなのはちゃんだよね」

「そうね、席も隣だし」

 

はてさて、困ってしまった。

実は同じ質問をクラスの女の子からされたばかり。

「高町さん、高田君と付き合っているの?」なんて想像していない質問に吹き出しそうになって、真剣な乙女の目に気づいた。そういえば、彼と話しているときの周りの視線も増えた気がする。そのときの答えは確か――

 

「平介くんはただの友達、だよ?」

 

嬉しそうなその子とはそのまま別れたのだけど、置いてきぼりにされたような。

 

「その割には、一緒にいるところを見かけたってクラスで噂になってるわよ」

「この間はなのはちゃんの家にも遊びに行ったんでしょ?」

「う、うん。まぁ、色々とありまして。にゃははは……」

「恭也たちとも面識があって、なのはちゃんが旅行に誘うくらいだもの。ただの、はないんじゃない?」

「し、忍さん!?」

 

伏兵の出現に、そういえばこの人が発端だったと思い出す。

ピンチでも知恵を出してくれるユーノちゃんもいなければ、平介くんほどの説得力ある話術もない。

魔法のことはさすがに話せないし。

 

「それは……」

 

どうなんだろう。考えたこともなかった。

毎日のように一緒に行動していたから、旅行の誘いも当たり前のように声をかけていたし。

 

続かない言葉に口を閉じる。

狙ったかのように、車が停車した。

 

「皆さん、到着しましたよ」

「あちゃー、もうちょっとだったのに残念ね」

 

ドアに一番近いことが救いだった。一番乗りで車から降りたわたしの背中から、楽しそうな忍さんの声が聞こえた。

そんなお姉さんを諌めるすずかちゃんの声も。

 

前の車は既にみんな降りていた。

 

移動中ずっと眠っていたのか、平介くんが手持ち無沙汰の様子で車に寄りかかっていた。その頭ではユーノちゃんが彼の寝癖を直している。

 

――……なに?

――ううん、なんでもない。

 

視線は変わらず、飛んできた念波に小さく笑みがこみ上げる。

 

ひんやりとした山の空気が、火照った頬に心地よかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

なにか忘れている気がする。

 

どこか見覚えのある旅館に着いてから、ずっと引っかかっていた。

目が覚めたら高町一家に囲まれていたのはなんの悪夢かと思ったが、それはいい。桃子さんから電話があった時点で諦めた。

老舗のような独特な貫禄がある旅館の外観を眺めていたときも、荷物を部屋に置きに行ったときにも、小骨のように張り付いている。

もっとこう、ピリッと来るような悪寒に近いのだが――思い出せないなら大したことではないか。

 

 

それよりも今は風呂だ。

浮き足立つ心を抑え、暖簾をくぐる。

これと言った趣味を楽しむ時間さえもままならない僕だったが、地球で湯ぶねに遣うという習慣を学んでから、湯浴みが唯一のリラックスできる空間だった。

無限書庫で働いていたときも、自宅に檜の浴槽を設置するほど徹底ぶり。その噂を嗅ぎ付けた幼馴染たちが家族連れで入浴しに訪問するという暴挙に出たのは誤算だったが。滅多に帰ることがない僕よりも使用頻度が多いとかどうなのさ、合鍵作った覚えないんですけどッ!?

 

だが、あいつらはいない。なんせ、こちらは男性専用の山の湯。心おきなく堪能させてもらう。

スリッパを脱ぎ、浴衣を脱ぎ、タオルのみを持って突貫。脱衣所から露天風呂に続く戸を開け――。

 

「おや。遅かったな、高田くん」

 

これか!と古い記憶がフラッシュバックした。

湯に浸かっている士郎と恭也。長時間の運転の疲れを癒しに来たのだろう。息子はその付き合いか。

しかし、なんでこんなところまで来て逞しい身体と並ばなければならないのだ。貧弱と言われた僕に対する挑戦と受け取った。

 

「早いっすね、お2人とも」

 

幾分か砕けた口調で話しかける。

 

「ああ。やはり温泉に来たからには、まずはこれだろう?」

 

同感だった。

僕だと爺くさいと顰蹙の嵐だった発言も、彼が言うとなぜか渋く見える。やはり傷跡か。それとマッスル。

……僕の負けは確定しているじゃないか。

積まれている桶を1つ取り、肩にかけていたタオルを浸す。ボディーソープをつけ、身体を擦る。

 

「どうした、入らないのか?」

「……ええ。ぬるま湯でないと入れない体質でして」

「それは勿体ないな」

「ええ、全く」

 

心苦しい言い訳に、ふむと恭也さんは頷いた。いや、士郎さんか?

肩から上しか出ていない今や、兄弟と言っても通るほどにそっくりなのだ。どっちでもいいや。

温泉を諦めざるを得なくなった今や興味もない。それもこれも導因は、僕の頭で弾けたトラウマの実。

 

そう、その名も――湯煙事件~ファイル①~。

 

フェレットとして戦々恐々としながら、魔法と戦っていたあの日――僕は、高飛車女に掴まれ、女湯に連れ去られた。

目を盗んで抜け出そうとしたところを眼鏡を外したいきおくれ娘に石鹸と間違われてわっしと捕獲され、タオルにじょりじょりされるわ、スポンジ代わりにむぎゅむぎゅされるわ、そればかりかあっぷあっぷしていたトドメに桶でお湯を被せられ危うく溺死。

それだけならまだよかった。

次の瞬間、絶命寸前の防衛本能が働いてあろうことか変化魔法が解けたのだ。名誉のために付足すと、僕は発掘用の服を着ていたのであしからず。

阿鼻叫喚となった浴場から逃げ出した暖簾のところで悲鳴を聞きつけた夜叉と出会い、正体バレて今まで娘と一緒に風呂に入っていたこととか同衾していたこととか審問を一晩中受けて結局一回も風呂に入れないまま帰ったというなんのための慰安旅行。

リフレッシュどころか、精神すり減らした週末だったという――黒歴史。

 

それを思い出したからには、彼らと湯に浸かる気にはなれなかった。

寝る前に絶対、湯に浸かってやることを決意し、泣く泣く、脱衣所へ戻る。

別人だとわかっていても、リラックスできない風呂は風呂じゃないやい。

 

ああ、魔法を明かしてからも、こっちの方が燃費がいいとフェレットのままのユーノが狂おしいほどに妬ましい。

なぜ僕だけが般若に追われる運命なのか。

 

気分だけは湯上りで、とぼとぼと浴衣の裾を引き摺って歩いていると、廊下でなにやら高町たちが長身の女性と話し込んでいた。

見知らぬ人と打ち解ける余裕がない僕は、遠回りをして部屋に戻ろうとして、その女性と目が合った。

 

「――ッ!」

 

一見コスプレと疑うオレンジ頭に犬耳。

やや肌蹴て浴衣を着こなす、ないすばでぃな女性。アルフだった。

 

あ、そっか。あのときの僕は修行マニアたちに沈められていたから、彼女達の存在は戦闘になるまで知りようがなかったんだった。

あれ、でも聞いていたよりも剣呑な空気じゃないような……。

アルフも高町に敵意を剥き出しではなく、一緒に来た少女のことを自慢している。

 

「アンタたちと同じくらいの歳なんだ、会ったら仲良くして――ん?」

 

微笑ましく思っていたら、雲行きが怪しくなってきた。元が狼の使い魔だけあって、やたら鼻が利くからな。

愛犬家のバニングスから仲間の臭いでも嗅ぎ取ったのか、さすが犬。そう笑う気満々だったというのに、彼女の目は高町に固定された。……高町のヤツ、魔力駄々漏れじゃないか。

 

「アンタ、もしかして――」

 

アルフの柳眉が顰められる。

あれは魔力がバレたな。でも、ちょっと素質あるな?くらいで許してもらえないか。だめだろうな。

ご丁寧に浴衣の合わせ目から覗くレイジングハートに気づいたみたいだし。

アルフの背後で、魔方陣が浮き上がった。公共の場で浚う気のようだ。正気を疑うぞ、こら。

 

「チッ――」

 

今にもアルフの手が高町に伸びる。そんな2人の横に、僕は身体を割り込ませ――

 

「おおっと、手が滑った」

「うぎゃあああああっ」

 

車内でくすねた美由紀さんの香水を吹きかけた。

鼻を抑えて仰け反っている隙に、ポカンとして警戒心ゼロの高町たちとは逆の方向に逃げる。

 

「このぎゃき、なんでことずるんだいッ!!」

 

鼻声でめっちゃ怒られた。

拳骨用に振り下ろされた腕を、さっと避ける。その次も、その次の次も。

 

「はっ、悔しかったら捕まえてみな」

「うがーーっ!待てクソガキーー!!」

 

まんまと犬が釣れた。っていうか、速っ!?

風を切るように足が飛んできた。

 

「ちょ、子供相手にマジになるなんて大人気ないぞ!」

「アタシには関係ないね!」

 

そういえば、外見はともかくアルフは生まれてから数年しか経っていないと聞いたことがあった。

なんだ、こいつも精神年齢は子供なのか。寧ろ僕の方が大人?

ならばここは、大人らしく華麗にドロンしようではないか。廊下の曲がり角を目指して全力で走る。

そしてアルフの視界から消えた瞬間、転移した。

 

 

 

 

「あーあ、あんなに警戒しちゃって。これじゃ、近寄れないな」

 

うろうろと廊下を行ったり来たりと玄関も徘徊するアルフのマジ切れ態度に嘆息。狩りは彼女の得意分野だ。

途中で黒猫姿に変化したから、もし見つかっても問題はないだろうが。

 

高町たちへの説明がめんどくさい。ほとぼりが冷めるまで散歩がてら時間を潰そう。

どうせ戻ってもイチャイチャカップル及びイチャイチャ夫婦の餌食になるだけだ。

 

旅館の裏手にある林に足を伸ばす。

僕の世界では結局温泉と部屋以外、缶詰だったからまともに庭を見ることもできなかった。

森林浴はリラックス効果もあるのだ。荒んだこの心を癒すとしよう。

 

そうして早くも後悔した。子猫の足取りではなかなか遠いものがあったし、何故か、野犬に遭遇したし。

 

「グルルルルッ」

 

おいしそうな肉、と垂れた涎が臭い。

 

「――こんなことだろうと思ったよっ!!」

 

逃げた。とにかく逃げた。草むらに頭から突っ込み、その先の下り坂を文字通り滑り落ち、べちゃっと不様に着地。

背後からは吼える声が追いかけてくる。立たなければ、一口でぺろりされてしまう運命。

逃げることで頭が一杯だった、僕は気づかなかった。

 

「バルディッシュ」

 

そこにいる――先客に。

 

僕に向けて飛びかかって来た犬が、黄色の魔方陣に衝突。悲鳴を上げて逃げていった。

……なんで魔法を使わなかった僕。アルフのときより動揺していたとか、赤面もの。

しかも彼女の主人に助けてもらうとか……。ごめんよ、アルフ。僕が悪かった。

 

フェイト・テスタロッサ。

長い金色の髪を左右で結わい、漆黒の服に染まった少女。

JS事件の実行犯であり、被害者。

この世界の彼女もジュエルシードを追いかけているのだろうか。

 

腹ばいに四肢を伸ばしたままの僕に歩み寄ってくる少女。

今の僕は魔力隠遁してる。よっぽど疑い深くない限り、魔法関係者とはわからない。

彼女の情報も集めておいた方がいい。お互いの未来のためにも。だがしかし、下手に接触をしてトラウマ再現率が上がったらどうするんだ。電気関係だけでも二桁はあるっていうのに。

 

ぐるぐると思考を巡らせているうちに、目の前に二本足があった。

年下の少女に抱き上げられた。見えた白は不可抗力。

いやまぁ、高町にもされているからいいんだけどね。ただ、その、肌の温度とか、感触とか、諸事情があるのだ。

 

「……」

「……」

 

双方ともに無言。

僕の知る彼女であれば、ふふふ、黒猫なんて不吉な私にはぴったりだよああ温かいこれをぐちゃっとしてみたい腸が飛び散ったらどうなると思う?ねぇ私と一緒に死のう、なんて病みまくった自己完結をしちゃうんだろうけど。果たして、この子はどんなもんだろうか。

腹を握りつぶされかねない恐怖に、身を固める。そして、ぶら下っていたままだった僕の足は柔らかい布の上に着地させられた。

フェイトの膝の上だった。

 

「……あなたもひとりなの?」

 

赤い瞳が、僅かに見開かれた。

しまった。すずか邸宅で朝一番で回収したジュエルシードが猫型のいま、首輪代わりにぶら下げられている。

彼女は既に気づいたはず。朝のような例もあるし、取り外されないように注意しないと。

 

気を引き締めた僕の隙をついて少女の手に背中を撫でられていた。

ふ、ふん!こんなことくらいで、靡く僕じゃないんだからな!

というつつも眠気が。車でも寝てきたのに、育ち盛りには足りなかったようだ。寝る子は育つ。――じゃなくてっ!

睡眠魔法をかけられた。僕の純情を弄びやがって!なんて小悪魔。

 

「……ごめんね」

 

呟きと泣きそうな顔を最後に、僕は睡魔に呑み込まれた。

 

 

 

もし、あのときの自分に力があったなら――()()()の願いは三つあった。

1つ、砲撃から全力回避すること。

2つ、楽してジュエルシードを回収すること。

 

――3つ。フェイト・テスタロッサを笑わせること。

 

 

 

そう希望に燃えていた若かりし頃――。

 

 

 

 

夕陽の眩しさに、思わず目を開ける。

 

柔らかかった地面は硬くなっていた。

寂しくなった首元。予想通り、石は外されている。

 

「……やーらーれーたー」

 

温もりの消えた腰掛石の上でだらしなく伸びた。

ユーノと高町になんて説明しよう。月村邸で回収したとはまだ言ってないし、そこで戦闘の末奪われたことにしよう、そうしよう。

 

さすがに主人が帰ればアルフも諦めているはず。

高をくくって人型になって部屋へ戻った僕は、高町たちにこっ酷く叱られる結末となった。

少女との現場を見られていたのか、なんてエスパー!?と平謝りする。

だって、レイアさんがご立腹の様子なんだもの。いつも以上にチカチカ自己主張して。

そんな無言の尋問に、自供した僕はさらに怒られた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「どうだった、フェイト」

 

旅館の部屋に戻ると浴衣を着こなしたアルフが、ぐったりした様子で牛乳を片手に顔を仰いでいた。

宿泊客に悪戯をされたらしく、ひどく憤慨していたけれど、だいぶ落ち着いたようだ。

もう一度お風呂に行ったらしく、髪の毛が少し濡れている。

 

「うん、間違いじゃなかったよ。猫の首輪に付けられていたから、そっと外してきた」

 

あのまま発動したら、間違いなくあの子猫は巻き込まれてしまう。未然に防げたことは幸いだったと思う。

 

「僅かな反応を追って、こんな辺鄙なところまで来た甲斐があったね」

「……そうだね」

 

ジュエルシードの多くがこの惑星に流れ落ちたことは間違いなかった。襲撃をしたのは私たちなのだから。

それがどうだろう。

準備を整えて赴いた異世界で、その反応がことごとく消えていた。

別の勢力がいることは明白。それもかなり腕が立つ魔道師。

 

「それにしても、知らないとはいえ物騒なもんだね」

 

アルフの憤慨したような言い方に、沈んでいた思考から我に返った。

慌てて封印せずに掌に握ってきた青い宝石の感触を確かめる。

ようやくだ。ようやく、1つ、手に入った。

乾ききっていた胸の内に、初めて染み入るなにか。

それが何なのかまではわからないけれど、あたたかい。それだけでよかった。それ以外は、必要ないから。

 

そう、胸には既に三角の黄色いデバイス。わたしの相棒がいるのだから――。

 

「バルディッシュ」

「Sealing..」

 

名残を惜しむように、確かな重みが増したバルディッシュに手を添える。

僅かに瞑目し、頭を切り替える。

 

「……お風呂、行って来る」

「ああ、ゆっくりしておいで」

 

与えられた時間は少ない。たとえ、相手が誰であろうと、どんな手段になろうと願いを叶えてみせる――

 

閉じられていく襖の向こうでアルフがもの思わしげな顔をしていることなど気づかないまま、わたしは前を見据えた。

 

 

 




……平介、風当りは強くなる一方。

※一部修正(6/18)

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