完膚なきまで空転せよ!   作:のんべんだらり

13 / 24
13.鬼門につき

「母さん、話があるんだけど――」

「んー?」

 

そうして食事の支度中である杏奈さんに、僕はここ最近の出来事をぽつりぽつり吐露した。

 

 

 

 

 

 

 

古傷を痛めたせいか、頭のネジも緩くなっていたのか。

 

自棄になっていたことは認めよう。

杏奈さんに恐怖体験――魔法に関しては適当に暈した――を話した挙句、たまたま半休だった雅信さんも巻き込んだことも認めよう。

ミミズの心臓で暴露した僕が拍子抜けするほど、2人が簡単に信じてくれたのもまあいい。

だが、今思えばそれは警告のサインだったのだ。言葉にならない声と決壊した涙腺でそれどころではなかったけど。

 

 

確かなことは、そのときの僕はこの世界で目が醒めて以来の最好調で迂闊で。

 

現在の僕が、高町家のリビングで正座するという絶体絶命のピンチに陥っているだけの話であった。

 

 

 

前方向から、突き刺すような視線――実際、皮膚がチリチリしてくるほどの殺気――を放つ男、高町恭也。

隣に控えるのはその妹、美由紀。彼女が出してくれたお茶は、手をつける気になれなかった。というか全身金縛り中である。

 

放課後付き合ってほしいと頼まれ、深く聞くことなく、ほいほいとついてきた一時間前。

なにがどうなれば、こうなるのか。謎だ。

なにをどうして、こうした人物はなにが楽しいのかニコニコしているのみ。

 

シスコンの前で下手なことを口走るわけにもいかず、黙秘をしていたがそれも限界だった。

この窮地を切り抜けなければ、僕の明日はないっ!

 

とはいえ、自由への扉がある玄関に向かうには高町を超えなければならない。そして彼女を突き飛ばすなどと強行した場合は瞬殺される。秒コンマ以下で。

隙が多いように見えて高町は巧妙な罠である。さすが高町ブラザーズ。包囲網おそるべし。

 

だが――それでもやらなければなるまい。でなければ、僕の明日はないのだからっ!……あ、ちょっと涙出た。

正面の主人公補正バリバリの人外戦闘狂への挑戦が始まる。

 

「あの、俺、そろそろお暇しようかな…と、思うの、です…が」

「まだいいじゃないか。美由紀が淹れたお茶も残っているし」

 

飲まない方が正解だけどな、と不穏な言葉が付属していた。

兄よ。黒い発言に眼鏡っこの妹が泣いているぞ。えこひいきはいかがなものかと思う。だからといって、同情はしないので、湯のみをさり気なく押し付けないように。

 

「買い物頼まれているんで、早く帰らないといけないんです」

「あれ?さっき平介くんのお母さんに遅くなりますって電話したら、よろしくお願いしますって言ってたよ?」

「なにしてくれさってんのっ!?」

 

さめざめと泣く姉を慰めていた高町からの会心の一撃に思わず仰け反った。

目が笑っていない恭也さんに射抜かれ、空笑いを返す。

しかし、そんなことくらいで僕の逃亡ソウルは根を上げてはいない。ここで逃げきらなければ、血の雨が降る。無論、それは僕の血だ。

 

故に、不屈にまだ燃える闘志を胸に秘め、立ち向かう。

毒をくらわばなんとやら。犠牲はやむなしとして拒絶を押さえ込む。

 

「そうは言ってもあんまり遅くなってはご迷惑になるでしょうから、ごちそうさまでした!」

 

ソレを手に取り――いざ!

 

美由紀茶を一気に飲み干すことで、眼光が緩んだシスコンの一瞬の隙に、一足飛びで高町越えをし、

玄関(栄光)へ続く扉を開け放った。その先には光り輝く――

 

「あれ、お客さんかい?」

「なのはのお友達?」

 

後光が差すほどに慈悲深い微笑みを浮かべた、仲睦ましい男女が聳え立っていた。

一見、青年に見える若々しさに騙されてはいけない。これでも三児の子持ち。

 

右手には、ミッドにおいて素手で銀行強盗を捕まえ、あまつさえ目立つことを控えようと、同行していた案内役という名の生贄とうい名目の僕の襟首を引き摺ってビルからビルへ跳躍して帰宅するという超人、高町士郎。

左手には、仏の顔も三度まで。けれど士郎さんならうふふとおかしいなこれ3倍速の声じゃねってくらい超音波で惚気るワイフ。一転、この人を怒らせたら魔神さえも黙るパレットナイフで捌けないものはない最強パティシエ、高町桃子。

 

美由紀さん印、特製渋茶が胃の中にある以上、こうしている間にも展開されている砂糖空間を突破するには圧倒的に足りなかった。イロイロと。

タイムオーバーでゲームオーバー。

コンティニューあるのかな、これ。と考えて、放棄した。あっても死にゲーにしかならないだろうから。

 

「お帰りなさい。お父さん、お母さん」

 

能天気な高町の声に、僕は何事もなかったかのように再びソファーに腰を沈めるのだった。

教訓、お茶にゴーヤをいれてはいけません。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「高町なのはさんは、魔道師の素質があります――」

 

語りだしはそんなところだったと思う。

 

「お父さん……」

 

魔法と出会った経緯を説明したなのは。

ここまで自分の意見を向けたことはないのだろう。高町の家族の驚きと喜びが混ざり合った視線が、彼女に集まる。

 

「やっと自分のやりたいことが見つかった気がするの。だからやり遂げたい」

 

強固な意志を燃やした瞳は誰が見てもわかった。それが家族なら尚更。

だから、なのはの決意ではなく、その前提に疑問を向けられた。

 

「魔法って、そんな……現実にあるの?」

「地球には存在しませんが、稀に魔力を秘めたなのは、さんや平介のようなケースもあるので。通常は開花することのなく成長される場合がほとんどですが」

「ふーん」

 

高町一家とご対面となり、高町の本来の目的をようやく察したのは、桃子さんが淹れなおしてくれたお茶に舌鼓した後だった。お茶請けとして出された翠屋お手製のショートケーキを頬張り、異様に渋い口と胃を中和しながら、ユーノの補足説明を聞き流していたのだが、それもだんだんと面倒になってきた。ケーキを食べ終えてしまったからというわけはない。

 

(……ま、戸惑いはあるよね)

 

歴戦練磨の超人一家であっても半信半疑といった表情は隠しきれないらしい。ま、いきなり魔法が使えますって言われての反応としては間違っていないのかもしれないが。

リンカーコアがない高町一家が使えるわけでもないし。だったら、論より証拠。

 

「説明してもわかりにくいと思うんで、実際に見てもらったほう早いですかね。ユーノ、ちょっと来て」

「?」

 

既に、ユーノが言語を理解し喋れることは高町から説明済みである。

それなら本来の姿に戻してみせても問題はないだろうと安易な気持ちだった。どうせ、本人も忘れているだろうし丁度いい。堅苦しい話が続いてあくびなんぞをしている高町を驚かせてやろうとイタズラ心もあった。

 

「――変化解除(リリース)

 

部屋が一瞬の光に包まれる。

 

「――え?」

 

そうして出てきたのは、すっぽんぽんの少女――dfがうh!?

高町に突き飛ばされ、視界を強制的に方向転換。

 

「だめ!平介くんは目を閉じてなの!」

 

高町の暴挙に目どころか心も閉じかけている。

 

「恭ちゃんも、なにぼーっとしてるの!?」

「え、ああ、すまん」

「――士郎さん?」

「ち、違うんだ、桃子――」

 

どたばたと駆け回る時間が続き、当事者であるはずのユーノだけが、ぽかんと眺めていた。

 

 

閑話休題。

 

 

予定外の騒動が起こってから半刻。

 

なのはの服を身に着けたユーノに睨みつけられていた。事態を頭に浸透させてからずっとこの調子だった。

いわずもがな顔は真っ赤で瞳に涙を滲ませ、上目づかいをしているユーノは、いくら中性的な顔とはいえ、美少女に部類されるだろう。ついでに、女性陣からの視線も厳しい。

ユーノからの抗議は受け止める責任はあるとはいえ、別の自分の姿だと思うと微妙な気分だった。

 

 

ていうか、なんでユーノ、服着てないわけ?変化解いて服が消えるなんて聞いたことがない。変化する前の姿に戻るだけなんだ、か…ら。って、お前、まさか――

至ったある仮説に、ユーノをじっと見つめると、フイと視線を逸らされた。

 

――やっぱりかーー!

 

念波に切り替えられたのは、ひとえに僕の強靭なほどに鍛えられた理不尽に対する耐久値の賜物だ。

 

――しょうがないでしょ、泥だらけでところどころ破れてたんだから!

――だからって服くらい着とけよ、この淫獣!

――いん…っ!?それは平介でしょ!!僕の裸見たくせにっ!

――ノォォォオオおおO!?

 

っつか、ペタペタ触ってたときって…考えるな、それは犯罪者への崖っぷちだ!と並行思考を強制終了。

 

「さて、いいかな」

 

場を取り直すように、家長が口火を切った。

鼻先で吃驚現象が起きたというのに、動揺せず、事態を把握する度量はさすがだった。

 

「魔法の存在はわかった。だが、子供達だけでは危険すぎないか」

 

真っ当な意見を述べる士郎さん。この人、娘に対してちょっとアレだけど、根は真面目なお人好しなのだ。

今さら、ユーノが実は人間でしたとわかったところで、放り出すことはしない。

 

「一応、時空管理局といった魔術師を取り締まったり、魔法世界を管理する機関が存在しています。今回のイレギュラーな事態にも対応する、まぁ、警察みたいなものと捉えてください」

 

そういった組織があるなら、どうして?そんな心配を含んだ厳しい視線。ああ、高町の目はこの人譲りなんだな。

そりゃ、頑固にもなるわ。

 

「そうですね、俺もそう思って通報するように指示しました。ユーノ」

 

うぅ、どうしてそんな普通に話せるの、平介……と恨みがましい念波を聞き流す。

まだ赤みが引かない少女は、割り切ったのか、頬を軽く叩いて、

 

「魔法のないこの地球は管理外世界に該当します。巡回している艦体がたどり着くには最短で1週間はかかると返答がありました」

 

至って真面目に報告した。

まぁ、その身体は桃子さんの膝の上で抱きかかえられているので、イマイチ切迫さに欠けていたが。ついでに金色の頭をぐりぐり撫でられている。

羨ましいとばかりに士郎さんの頬がだらけていた。子供相手に嫉妬するなんてこの人らしい。

 

それにしてもロストロギア関連だというのに待たせるとは、職務怠慢もいいところだ。仕事しろ、公務員め。

人材不足なのは認めるが、高給取りのくせに一度もおごってくれたことのない某艦長に胸中で唾を吐き捨てる。安月給で不眠不休で磨耗し、理不尽に反逆する立場として、文句を言わずにはいられない。

 

「じゅえるしーどが暴走する脅威はどうするんだ?先日の街の破損もそれのせいなのだろう?」

 

恭也さんの発言に、高町の肩を震えた。事情を知らない彼にしてみれば当然の疑問を口にしただけで、高町にしてみれば記憶に鮮明な惨状が疼いただけ。どちらにも罪はない。妹に嫌われる布石を打った兄をあざ笑うのみ。

 

「特別問題はありません。現時点で手元にある8個と海に沈殿した3個を除くと、海鳴には一つです。残りは異世界――地球の外に分布しているので、どちらにせよ管理局が到着しないと手が出せませんし」

 

ほっと桃子さんが胸を撫で下ろした。心なしかユーノを抱いていた腕も緩んだような。

安心させられるほどまだ本当のことは話していない。今の話だって内緒でやることやった事後報告に近い。だが、新米魔道師である高町にとって、これからの探索を続ける上では必要な通過儀礼である。

 

「艦体が到着後、管理局の元で捜索となるので高町さんに協力する意志がある場合、民間協力として扱われると思います。無所属のユーノや俺も同じですが」

「……本当に危険はないのか?」

「それは保障できません。魔法に関わる以上、一般人と比べて命を張る機会は増えますから、心配は尽きないでしょうね。ですがお嬢さんの意見を尊重するなら、必要なのは保障よりもリスクを承知で進む覚悟だと思いますけど?」

 

魔法があろうがなかろうが、事故はあるし、人を殺す事件だってある。

ただ、地球より発生率が高く、防止力もある世界で生きる価値観を受け入れられるかどうかだ。

だから、決めるのは彼らだと一線引いていた僕を見透かしたかのような、質問に詰まってしまったのは。

 

「それはそうだが……キミのこともある」

「……どういう意味ですか?」

「なのはの話ではキミは事故に遭って大怪我をしたのだろう?それもその魔法関係じゃないのかい」

 

僕の答えはイエスであるが、平介の答えはノー。

高町は表情を暗くし、ユーノは初めて聞く話に目をぱちくりしている。

ああ、そういうことか。

 

「……それは()の魔道師としての問題であり、ジュエルシードとは関係はありませんが…そうですね、俺としては1つだけ」

 

呼吸をあけて、喉を潤す。

士郎さんが聞いているのは、僕が信頼できる人物かどうかの見定めだ。

 

「――できないことはしません」

 

できないことはできないと人に任せるし、できることもできないといって任せるのが僕なのだ。

嘘でもなんでもない。聞く人が聞けばなんて無責任なと言うだろうが、自分の性能は僕が一番わかっている。

そこに過信もなければ、慢心もない。地獄絵が生温く感じるほどに数々の事件を乗り越え、今尚生きていることがその証明だと自負している。そうでも思わなければ、破天荒な()()たちとの付き合いは続かない。

……たまに浮き足だって痛い目はみるけど。僕、めげない。

 

「……そうか、信じよう」

 

数秒の応酬。

呟きを零したのは、士郎さんだった。

なにやら、戦友と昔話を懐かしんでいるような、忘却の彼方に置いてきたはずの高揚と後悔。

そんな届くことのない思い出は、瞬きと共に消えていた。

 

「だからといって自分たちだけで動かないように。魔法の練習は構わないが、管理局とやらから説明をきちんと聞くまで、封印作業はお休みしてほしい」

「わかりました」

 

所在のわかっている1つを回収したら、もとよりその予定だった。

部屋の張り詰めていた空気が弛緩していく。どうやら気づかないうちに僕は緊張していたようだ。空気が日常に戻りつつあったとき、ある一言により、此度、緊張は最高潮に達する。

 

「それなら、ご飯にしましょう。高田くんの口にあうといいんだけど」

 

張り切ってキッチンに入る桃子さんの残していった言葉に、反射的に腰が浮かす。

本能が叫んだ。ここは、虎の穴なのだと。そして両肩に乗せられた重み。

 

「それがいい、魔法以外にも聞きたいことがあるしな」

「え」

「たとえば、高田くんのこととかね」

「え」

 

前門のシスコン、後門の親バカ。

わかっていた。頭のどこかで理解はしていたのだ。高町家に踏み入れたが最期、こうなる結末なんて。

ちょっと見直した僕の感動を返せ。ルールルー…。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

情けないことに、管理局に連絡を取ることを考えついて真っ先に思い浮かべたのは、元の世界に戻ることだった。

 

もちろん、ジュエルシード事件を解決するまではこの世界でやりたい放題する気持ちに変わりはない。

だからといって、戻る方法を探すことは別問題だ。

 

そのために管理局との接触は、世界を飛び越える絶対不可欠な条件だ。

この世界に来た原因がロストロギアなら、管理局が所有する無限図書に資料がある可能性は高い。

とはいえ、気軽に閲覧できるものではないことは、司書であった僕が重々わかっていた。

 

事情を赤裸々に話すにしても、魔法のない世界の平介が行き成り話したからといって信じてはもらえないだろう。

信じるような真面目な局員は、信頼できる立場に確認をとる。()と繋がっている腐敗に無防備に放り込まれるようなものだ。よくて研究所送り。

 

まったくもって、初期から大盤狂わせの連続だ。ただの過去かと思ったら平行世界だし、退行したかと思えば別人の身体だし。

 

もっと自己防衛できるだけの力をつけ、いざというときのために管理局で地位ある人物との信頼関係を築く必要がある。

戻れる可能性よりも、戻れない可能性の方が高い以上――今は誰にも話すことはできないのだ。

 

「……それでも、約束したからな」

 

送るという意見を押し切って、転移してきた高田家の玄関前で、表情を引き締めたのだった。

 




道場への強制連行は免れました。
美由紀印のご利益。代償として腹を下しました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。