「ふはははは、海鳴よ、私は帰ってきた!」
一気に公園で注目の的になった。だが、ハイテンションの僕には心地よい。
今日は高町が休みのため、久しぶりの単独行動である。
なんでも高町の父、士郎さんのサッカーチームを応援に行くとか。高町家に居候中のユーノも、抜け出そうとしたところを捕獲されたらしい。南無。
そうして、休日の過ごし方に心を弾ませ、気づいたら海鳴から離れた他県や外国に分布したジュエルを収集し終えていた。いい仕事をした後のラムネが実にうまい。
僕のようなあぶれ者は主に雑用全般を担当だ。危険でないポジションのはずが、一番身体を張っているような気がしたが黙殺。
そして、休みに日に働くとか本末転倒であると我に返り、こうして公園で逃避する現状に落ち着いた。
「あー…雲って結構早いんだなー」
正直に言おう。僕は時間を持て余していた。
簡易的な封印を施してあるだけのそれ。レイハさんに届けるにこしたことはない。ないのだが、僕の中にある意地が拒絶していた。
記憶を失ったという建前上、平介の友達と連絡は取り合っていない。
平介の殻を被った僕に昔話は存在しないし、そもそも同情を隠せるほど彼らは大人ではない。当たり障りのない関係が一番気が楽だ。
そうしてクールに物事を考えていくうちに恐ろしい事実に気づいた。
――友達は高町オンリー。
衝撃の事実に行動を放棄した結果が今である。
家に帰れば、バイクスーツを着込んだ杏奈さんがヘルメットを片手に手を拱いているのだろうが――退院したあの日の
「全く、人の事いえないな…」
自分も話すと大口を叩いておきながら、未だその口が開くことはない。
所詮、勇気なんて、宇宙の彼方に離れた新星くらい縁のないものなのだ。空を見上げ、過去の輝きを追いかける姿は親近感を覚えるが、求めて手に入れられる人間は一握り。
「今頃なにしてんのかね、あいつは……」
そんな奇跡に近い瞬きを、捉えようと必死になっていた人間を思い浮かべ、かき消す。
見上げる先は、彼女がいる空とは異なる青とわかっていながら――。
◆◆◆
それは、今朝のことだった。
いつものように朝練で、むきになって平介くんの結界に魔法弾を放って体力が切れた頃――ここで魔力といかないのが恐ろしいと平介くんの呟きと同時に――携帯が鳴った。
電話の相手はお母さんだった。
サッカーの試合に行くため、早めに切り上げて来てという連絡だった。通話を終えようとしたわたしの指がとまる。
お母さんからの希望で、平介くんに代わってほしいとのことだった。
まだ魔法のことを告げられずにいる私だけど、朝と夜に修行をしていることは家族にお話した。
あんまり遅くならないことと携帯を必ず持ち歩くことを条件に、許可をもらえたので杖を握る腕にも自然と力がこもるというもの。
そのときに一緒に修行している平介くんのことを説明したら、お父さんはずっと笑顔だった。
それが嬉しくて、平介君に報告したら頭を叩かれた。理由を聞いても、フラグとか鬼門とか呟くだけで答えの変わりに再びチョップをされた。むー、理不尽なの。
そんなわけで、我が家ではみんな知っている平介くんに携帯を差し出す。
疑うような気まずいような顔で、じっと数十秒睨みつけて、観念したように肩を落とした。
えー、あー、はい。と平介くんの気のない返事を聞きながら、身支度を整える。
タオルとドリンクを詰めたリュックサックを背負ったところで、携帯を投げ返された。
内容は気になったけれど、死んだ魚のような目をした平介くんに聞くのもなんだか可哀相になったので、そのまま別れたのが、数時間前のことだった。
ふと、ボールを追いかけて走り回る同年代の男の子たちを見回す。そんな彼らの姿と彼を思い比べる。
うーん、似合わないなぁ…。
平介くんはいつも意地悪で大人びた態度しか印象にない。学校では寝てるか一人で空を眺めていることが多いし。
といっても、話しかければ応えてくれるし、男の子たちと騒いでいることもある。女子の中でも評判はいい。
けれど近寄りがたい雰囲気があるのよねとアリサちゃんは言っていた。それには私も同じ意見。
「……なによ?人の顔、じっと見て」
「ううん、アリサちゃんはすごいなーって思って」
「誉めてくれるのは嬉しいけどね、アンタ目的忘れてない?」
呆れたようなため息の直後、ホイッスルが甲高く鳴った。グラウンドに散らばっていた少年たちが、一斉に中央へ集まってくる。試合終了のようだ。翠屋JFCとロゴ入りユニフォームを着た少年達が笑い合っている。
そうだ、お父さんのチームの応援に来ていたのだった。ジュエルシード探しで、なかなか遊ぶ時間が取れなかったアリサちゃんとすずかちゃんを誘って。
「この調子じゃ、キーパーの好セーブを見逃したわね」
「え、え?」
「うんうん。あれがなかったら、危なかったよね」
「え、えー?」
盛り上がるアリサちゃんとすずかちゃんの話についていけない。楽しそうな2人が笑い出すまで私はからかわれ続けるのだった。
チームの片付けが終わったお父さんから集合がかかる。このあとは翠屋を貸切にして、お疲れ様会が行われる予定だ。
ふと、キーパーの男の子が鞄を探っている。なんだろう、とそちらに意識を向け、かすかな魔力を感じた。
レイジングハートならわかるのだろうけれど、生憎お休みだからと高町家でお留守番。
(気のせい、だよね)
アリサちゃんの手の中で目を回しているユーノちゃんは気づいていないようだし。
なんとなく胸元で手の平を握り、遠くからのアリサちゃんの呼ぶ声に、わたしは駆け出した。
◆◆◆
「そろそろ帰るとするかね」
賑やかだった公園には、僕を残して人影はない。
お年寄りや子供の恨みがましい視線を無視すること約半日、占拠していたベンチに別れを告げる。尻の痛みは勝利者の特権と思うことにした。
そして、転移魔方陣を展開。よくよく調べてみれば、公園から自宅までバスで3駅分ほど距離がある。
精神的にも体力的にも、歩いて帰る選択肢はない。
魔力の無駄遣いなんて言わせん。そもそも無駄にするほどの魔力はない。必要経費というものだ。
開き直り、マップを座標を入力しようと指を上げたところで、
「……どういうこっちゃ」
マップ上に点滅するポイントに気づいた。ここから直線距離にしておよそ3キロ。
明滅色に思わず頬が引きつる。
桃色なら高町、翠ならユーノと設定してある。進めという信号である青が示すのは――
「――3個目入りましたー」
発動していないことが救いだ。このまま放置しても誰かに拾われる可能性が高い。
被害が出る前にさっさと回収させてもらおう。サーチャーでマークして、ヒョイとすれば完了だ。
意気揚々としているとなにやら、マップが不穏な瞬きをしていた。
映像が婉曲し、乱れる。まるで古いブラウン管テレビのように。
疲れているのだろうか。目を擦って、もう一度見る。誤作動を調べた末、辿りついた結論に頬が引きつった。
――魔力不足。もって残り3分。
「うそ!?」
世界中に転移を重ねたツケがまわってきたようだった。
冗談じゃない。ここで逃したら、戦闘回数が増える。戦闘が増えれば桃色ブレイカーを受ける確立が上がる。
一気に余裕を投げ捨て、点滅場所を目指して駆け抜ける。
だが、子供の足では距離がある。
残りのなけなし魔力で
同時にピコンピコンと点滅も加速した。
「僕は3分ヒーローかっ!」
与えられた猶予は同じだけどさ!
だが、運は僕を味方してくれているようだ。
あと1つ、角を曲がればそこは見晴らしのいい道だ。魔力もギリギリ間に合う。ほぼ蜃気楼のようにしか映し出さなくなったマップを睨みつけ、移動速度を想定、接触場所を算出する。
そうして、全速力のままターンした僕は、障害物に正面から突っ込んだ。
「いてて…キミ、大丈夫か?…あれ、高田?」
「ふがっ……?」
鼻を抑えて顔を上げると、爽やかな少年が手を差し伸べていた。その横には心配そうにしている少年と同じくらいの少女。
2人ともロゴ入りのユニフォームを着ている。翠屋JFC?はて、聞いたことがあるような名称だ。
僕は初対面だが――平介の記憶では、同じ学校の上級生だという。小さい頃、遊んでもらったようでサッカーチームに勧誘されている、らしい。
有難く、手をかりて身体を起こす。
「大丈夫?結構派手に転んだみたいだけど」
「平気です。先輩たちこそ、怪我ないすか?」
「はは、俺は毎日これで鍛えてるからね」
「とか言って、試合で肩を痛めたのはどこの誰かしら」
脇に抱えたサッカーボールに視線を配った少年は少女からの叱責に小さく謝罪を返した。
「すみません、痛みますか?」
「大丈夫だよ。マネージャーの処置が適切だったしな」
今度は照れてそっぽを向く少女に、笑いかける少年。
なんだこの、甘酸っぱい香りは。いちゃいちゃしてんじゃねぇぞ、このリア充。
心の中で雑言を浴びせられているとは露にも思っていないだろう少年から一瞬意味深な視線を向けられ、首を捻る。
「高田も元気が余ってるなら、サッカーやらないか?」
「いや、もうすぐ卒業する先輩が勧誘しても説得力ないっす」
「そ、そうか」
どこか歯に詰まったような違和感に眉をしかめ、少年の困ったように泳ぐ視線の意味を理解した。
彼は平介に記憶がないことを知っているのだ。いや、以前の平介を知っていると言うべきか。
僕にとっては普通の距離間だが、平介にとっては他人行儀。言いようのない虚無感が胸を彷徨う。
「っと、ごめんね。引き止めちゃって。急いでたんでしょ?」
「ええ、探し物をしてたもんで……」
「珍しいな。お前が不注意に飛び出すほど慌てるのも。俺も手伝うよ」
「いや、いいっす。今日は諦めて帰ります」
少年に先に見つけられた途端、発動!なんて困るし。
ぶつかった拍子に、道に投げ出されたジュエルシード(簡易封印済み)を拾い上げる。ついでに、ラムネの容器も。
今月の街づくり標語は、『ゴミはゴミ箱に捨てよう』なのだ。近所のおばちゃんにポイ捨てを目撃された日には、井戸端会議のさらし首の刑になってしまう。
「その青い石……」
「ああ、なんでも『願いを叶える石』らしいですよ」
「……願いを、叶える……」
「へぇ、綺麗ね」
あんまり見つめるなよ、照れるぜ。――と、ジュエル15の代弁をしてみた。
押し黙ってしまった先輩は、なにか叶えたい願望でもあるのだろうか。十中八九、隣の気になる彼女さんとの進展だろうけど。
念のため、釘を刺しておこう。ここは伝家の宝刀の出番。
「眉唾もんだとは思いますけど。俺にとっては記憶を戻す願掛けですから」
「あ…」
「そんなわけなんで、先輩も見つけたら教えてくれると助かります――ま、願いを叶えるのは結局、自分の意志次第なんすけど」
「え……?」
痛ましい顔に変わった上級生たちを会話に置き去り、聞き返される前に会話を終える。
魔力は空っぽ。寝て回復させないと見つけたところで封印もできない。
気がかりではあるが、明日一番でユーノにでも回収させることにする。
そうと決まれば、これ以上この場にいる理由もない。
「それじゃ、さようなら」
馬に蹴られる前に退散した。
――そう。このときの僕は魔法に頼りきりで、自分の甘さに気づいていなかった。
◆◆◆
「うー、さんざんな目にあったよぉ……」
「お疲れ様、なのは」
「ユーノちゃんもお疲れー」
疲れ尽きたようにベッドに寝転ぶ。
ベッドヘッドにいるレイジングハートに労ってもらいながら、枕に顔を埋める。
翠屋でお母さんが平介君とのことを話しだしたときは、焦った。目の色を変えたアリサちゃんの質問攻めは、迎えの車を20分遅らせるまで終わらなかったし、ただでさえユーノちゃんが普通のフェレットと違う疑惑を誤魔化すのに苦労した後だったから余計に。
でも、帰るときのアリサちゃんの顔は諦めているようにはとても見えなかった。明日は覚悟しないと。
平介くんにも伝えた方がいいかな、と悩み、チョップの痛みが蘇えった。そういえば朝は結局、結界を破ることはできなかった。こっちは真剣にやっているのに平介くんが余裕なのは、さすがにわたしもムッとするものがある。
平介くんの魔力の量はわたしよりも少ないって言っていたから、力押しで攻めていたのだけど、彼の思う壺なのかもしれない。けれど、圧倒的な火力勝負にならば、突破できるとも思う。
「うーん……」
もっと強力な砲撃魔法か、それとも結界の解除魔法を覚えるか。
ここは魔法の師匠に助言を求めようと、口を開いたときだった。
「ねぇ、ユーノちゃ――…っ」
キーンと金属が響くような音が頭を抑える。ここ数日は全くなく、でも覚えのある感覚。
「ジュエルシード!?」
遅れて、切羽詰ったようなユーノちゃんの叫びが響く。
「発動場所は――海鳴市内の公園の近く。たぶん、ここからも見えるはず」
その言葉に窓をあけたわたしの目に飛び込んできたのは、街を覆いつくさんばかりの大樹だった。
すぐさまバリアジャケットを纏い、空に上がる。
現場近くに行けばいくほど、抉れた地面や、建物に食い込んだ根など、侵食度合いが酷くなっていた。
直線距離にある樹木を見据えるビルの屋上に降り立つ。これ以上は、未だに根による拡大が続いていて、近づけない。
掴んだフェンスが、ギシッと小さく軋んだ。
「ダメだ、平介と連絡がつかない。こんなときなのに」
念波を飛ばしても反応がなく、更には魔力反応もない。ユーノちゃんは珍しく、顔を顰めている。
平介くんに文句を言うのは可哀相だと思う。
あのときキチンと探知できていれば――。
見逃した結果が、コレなのだから。
事態を察知して、駆けつけてくれることを信じるしかない。
今は、目の前の事態にできることをしなくちゃ。できるのは、ここにいるわたしたち。
「こういうときはどうしたらいいの?」
「強い思いを持った人間が発動させた時、ジュエルシードは一番強い力を発揮するんだ。今は治まっているみたいだけど、無限に拡大していくと思う」
「だから、なんだ――」
心の痛みを慰めるように、レイジングハートが反応を返してくれる。
大丈夫。
「封印するためには元となる部分、核を探す必要がある。でもここまで広範囲だとどう探していいのか、平介の探索魔法ならなんとかなるのに――」
その言葉が、引き金だった。
「レイジングハート」
「Area Search」
「探して、災厄の根源を」
迷うことなく声を発し、そんなわたしに答えてくれるレイジングハートに小さく微笑む。
平介くんの発動は一度見ている。イメージ通りに展開するだけ。あとは、時間だけが勝負。
「見つけた!すぐに封印を――って、ええ!?」
反応はすぐに見つかった。けれど――
「……ジュエルシード、3つあるみたい」
「そんな!」
愕然としていたユーノちゃんは、気を取り直すようにしてかぶりを振る。
数のせいか、ジュエルシードの魔力阻害の影響で、どれが核かまでは見つけることができない。
「場所がわかっているなら、手分けして1つ1つ封印するしかない。けど、もっと近づかないと――」
「大丈夫!ここからでも、封印できるよ!」
そうしなければ、これ以上被害を大きくなる。
いつも誰かに頼っていた自分は、卒業する。今度は、わたしがみんなを守る。
「そうだよね、レイジングハート」
「Shooting Mode」
呼びかけに応えて、杖が伸び、射撃形態が変わる。
「Set up」
準備は整った。あとは、どこから撃ち抜くか。それと魔力量。
探索で感じたのは思った以上に大樹の魔力が大きい。出し惜しみしていたら、核を撃ち抜けない。魔力の消費量は気になるけど、毎日平介くん相手に特訓しているのだ。ちょっとくらい無理をするのには慣れている。
一回で当たって――そんな願いを込めて、照準したなのはの脳裏に、念波が届く。
――無駄撃ちはやめとけ、タコ町
「平介くんっ!?」
◆◆◆
時は少しだけ巻き戻る。
「……っ」
ぼやけている視界を、数度の瞬きでクリアにする。薄暗い。
いつの間にか、寝てしまったのか。杏奈さんも起こしてくれればいいのに。まさか、夕飯抜きなんてことはないよね…
一抹の不安を覚え、身体を起こし、ようやく脳が覚醒した。
「――ん?」
一面、野太い根によって埋め尽くされていた。頭を上に向けると、ビル10階分はあるだろうか、登るのはかなりの根気が必要な高さだ。
これが落とし穴とか、マンホールの中なら笑い話になるのだが、不運なことにジュエルシードの発動に巻き込まれたらしい。
とりあえず、被害がいかないように回復した魔力で、結界を張る。これだけ派手に暴れていれば、高町たちが既に動いているだろう。
内部にいる僕にやることはないし、魔力もなければ援護もできない。精々、できても念波くらい。
「ここは大人しく傍観してますかね」
他人事のように、丸投げすることにした。とはいえ、待つしかないというのはなかなかに退屈だ。
今日は暇つぶししてばかりだ、とポケットの中のオモチャを求めて手が動く。はて、自分は何を探しているだっけ。
手を突っ込んだまま、そのまま停止。逡巡に数秒を要して、勢いよく引き抜く。びろーんと布耳が垂れただけで何も出てこなかった。
ジュエルシード仮封印×2、絶賛行方不明。
一応簡易封印しているから発動はないが、いつもの3倍の魔力を内包しちゃってるわけで。
核も見つけにくいわけで、手間も3倍なわけで。
ちょっと、いやかなり、分が悪いのではないかと冷や汗が流れてくる。
「やはり、一番身体張っているのは気のせいではない――夢くらい見させてくれよ、もう!」
しょっぱい水が流れそうになった眼の蛇口をしっかり捻り、聳え立つ樹の根を掴む。せめて、外の状況がわかる高さまでいかなくては。
目的地は、上を見上げたときに見えた枝の張り巡らされた繭。おそらく、核になる。
「っし、ぜぇ、はぁ」
何度か足場を失い、肝を冷やし、ようやく上りきった自分を誉めた。全力で。そして咽た。
根と根の隙間に身体を転がし、息を整える。核となった繭の中で少年少女は、眠るように抱き合っている。
こんなスペシャルな体験、思春期の少年は発狂ものだろうと、考えて、反射的に中指を立てた。
妬みなんてないんだ。だって僕はダンディな中年の精神のはずだから。
「――ふう。これから体験することを思うと心底アンタが羨ましいよ、先輩」
惚れた少女を腕にしながら逝けるんだから。
嫉妬の表情が抜け落ちた、純粋な微笑みを浮かべ、僕は外にいる少女に視線を向ける。
桃色の瞬きは、ここ最近馴染み深い。回線をオープンにして、向き直る。
――無駄撃ちはやめとけ、タコ町
――平介くんっ!?
――おう、みんなの平介くんだ、なんか文句あるかこのヤロー
あ、制御ミスったな。砲撃効率が少し落ちたのが見て取れる。
――どこにいるの、平介!?こっちは今大変なんだよ!?
――その大変な中心部にいるっつの。まぁ、お前らの位置からじゃ、もじゃもじゃしてて見えねーか。
僕も隙間からようやく光が見える程度だし。あっちにしてみれば、樹の巣みたいなもの。
――ともかく、お前ら核を探してるんだろ。大雑把な方角は伝えるからぶっ放せ。
――ここまで大きくなってる以上、正確な位置を狙わないと封印は……
――こっちで誘導する。高町は全力で撃て。
専売特許だろ。そう軽口を叩く。
――うん。わかった。
――なのは!?あーもう、僕は結界魔法を強化しておくから!
時間がないのはお互い理解している。今も、じわじわと外界への隙間は狭まってきている。一発勝負だ。
繭を背にして、桃色の魔力を確認する。
「おうおう、これまたでかい魔力で」
これなら、視界を失っても悪寒だけで気取ることができる。実に悲しい経験則だが。
――行って、捕まえて!
おいおい、捕まえる程度で済む威力じゃないだろ、詐欺だ、という突っ込みは全力で殺した。誘導に全神経を集中して、微調整を加える。
そして、馬鹿でかい魔砲弾が放たれた。まっすぐにこちらへ向かってくる。視界は桃色で埋め尽くされるに違いない。
「
精確に砲撃口を核に向けさせるためには、正面に鎮座する必要があった。
まぁ、死にはしないだろう。死んだほうがマシなくらいの体験だが。
平介のトラウマにならないといい。なんて優等生発言すると思ったら大間違いだ。道連れは多い方がいい。赤信号、みんなで渡れば怖くない。
後ろには少年少女もいる。僕以外、意識がないのが実に遺憾だが。
そもそもジュエルシードの魔力で守られているから、封印が解ければ元通り。
まぁそれはいい、想定内だ。
ただ、1つ誤算があるとすれば――
「下手な怪我はしたくないよなー…」
意識を飛ばした後、この位置から落下することになる未来。
痛いのは嫌だし、高町の泣きっ面なんて見たくない。なんて後が恐ろしい。
ともかく、落ちどころがいいことを祈って意識を手放した。
◆◆◆
ジュエルシードを無事に封印し、散らばっていた他の2つも回収した僕らは、未だその場で佇んでいた。
膝を抱えて、なのはは街の様子を眺めている。その横顔は憂いに染まっていた。
彼女の秘めた魔法の才能にはしゃいでいた自分が恥ずかしい。
「……なのはのせいじゃないよ。もともとは、僕が巻き込んだことなんだから」
だからなのはが責任を負うことなんてない。そう告げた僕の言葉に、なのはは大きく首を振った。
「違うの。わたし、気づいていたんだ。もっとしっかりしていれば防げたはずなの、誰も傷つかなくて済んだんだよ」
「なのは……」
割れた地面。壊れかけた街の中。樹木が覆っていた街は夕焼けで染まっている。
そんな中をマネージャーの少女の肩を借りて歩いているキーパーの少年がいた。
顔を埋めて窺い知ることのできなくなったなのはの顔色。僕はかける言葉がなくなってしまう。
元々は、僕が原因で始まっている。そんな僕が、彼女を励ますことができるのか。
「おうおう……随分、湿気てんな」
「平介!?大丈夫なの、その足」
背後に、片足を引き摺った平介がいた。服もボロボロで、髪の毛もボサボサ。大きな怪我はないように見えるけれど、顔は擦り傷だらけ。
「大した怪我じゃない。足首を捻っただけ」
その声を聞いて、なのはの肩がぴくりと動いた。でも顔をあげる気配はない。どう説明したものか、悩んでいるうちに平介は片足で器用に歩いていく。
そして、落ち込んでいますとありありと書かれている背中に向かって、平介は全体重をかけてもたれ掛った。
腕まで上げて伸びをして、容赦ない振る舞いを僕は見守ることにした。
「あー、疲れた……」
「重いよ、平介くん」
「うるせー、これは人の重さだ。悔しかったら、お前も凭れれば?」
軽い言い方が気に触ったのか、なのはも膝を伸ばし、背中に体重をかけ始めた。間に挟まれた位置からでは、まだなのはの方が窮屈そうだけど、それも拮抗してきた。
「ほれみろ、背中を預ければ楽になるもんなんだよ」
それが何を指しているのか、僕にはわからない。だって、平介は僕となのはの会話を聞いていないのだから。
本当に疲れて、身体を休めているだけにも見える。
「……わたし、ずっと言い訳してた」
ぽつりとなのはがくぐもった声で呟いた。彼女の顔を見てはいけないような気がして、平介の頭に駆け上がる。
「ユーノちゃんの手伝いとか、平介くんの役に立ちたいとか」
「僕は気にしてない。むしろ、迷惑をかけているのは僕の方だよ」
「そうだ、ユーノはわかる。だがなぜそこで俺が出てくるのか謎すぎる」
嫌そうに平介の顔が歪んだ。大して、なのははわかっていたかのように。
「友達だもん。仲良くしたいって思ったんだもん」
もんもん言うな、サルになるぞ、という平介の言葉になのはは沈黙した。
からかってばかりだと嫌われるよ、という意味をこめて平介の額を叩くが、彼に反省の色はない。
どうしよう、なのはは黙ったままだし。振り向こうか、どうか、迷っていると、視界がぐりんと一回転した。
習性に従ってバランスを整え、着地。
ゴチンと痛そうな音とともに、平介が倒れている。実際、痛いのだろう。後頭部を抱えてのた打ち回っている平介に同情する。フェレットでよかった。
「こっの、急に動くなよ!」
涙目で抗議する平介は、発端のなのはを睨みつける。なのははその視線を真っ直ぐに受け止めた。
「これから先、わたしは意志を曲げない。自分なりの精一杯はやめる。本当の全力で、ジュエルシードを集める」
夕陽に照らされた顔は凛々しく、
「だから、一緒に手伝ってくれる?」
「――それは僕の台詞だよ、なのは」
とても大人びた表情に見えて、ようやく笑ってくれたことが嬉しくて、僕は飛びつくように彼女の肩に乗る。
「平介くんはどう、かな?」
未だに地に寝転んだままの平介に、語りかけるなのは。断られることはない、と自身に満ちた顔。だけど彼女に触れているからわかる。本当は、不安と恐怖を必死に隠しているってこと。そうじゃなければ、小刻みに揺れる
「あー、うー、まぁ、なんだ、その」
「平介くん?」
なのはに釘付けだった視線に気づいたのか、頭をかきむしり、平介は打ち付けた痛みに顔を顰めている。
そんなわかりやすい平介の照れ隠しだが、なのはには言い渋っているように見えたみたいだ。
「元々そのつもりだし?……この事件は責任持つ約束だからな」
「それじゃあ」
花が咲くように笑うなのは。震えはもう止まっていた。
「但し!」
指をびしっと突き立てた平介。どうやら僕に対してらしい。
「条件が1つ。管理局に連絡をすること」
「それは……」
「連絡方法ならある。デバイスの救難信号、レイハさんにも積んであるんだろ」
「It is a fact」
肯定はレイジングハートから。
寝耳に水だった。普段、僕はデバイスを使わないから思いつかなかった。レイジングハートも教えてくれればよかったのに、と不満を感じるも、それほど信頼関係を築く前になのはに渡したことを思い出した。
管理局にとりはかってもらえという平介の主張は正しい。
子供たちだけでは対処が難しいのは以前、指摘されたことでもあるし、今回のようなこともある。
ただ――自分の責任なのに、よいのだろうかと罪悪感があるだけで。
「あんまり、カッコつけないこった」
「っ!?」
「本気でなんでもするってヤツは、メンツには拘らない。自分のプライドを折ろうとも、自分で決めた道に必要なら惨めに這い蹲う覚悟で進んでいくもんだ」
……人から聞いた話だけどな、と言った本人はおどけているが、僕は頭を殴られたかのようだった。
胸にあったわだかまりを言い当てられたような、不思議な感覚。
「ともかく、管理局に連絡。被害が大きくなる前にな」
「うん、改めてよろしくね、2人とも」
機嫌のいいなのはと、ため息をはく平介と。茜色に染まった雲を眺めた。
この2人となら、そんな期待に胸を躍らせて。
文字の分量を間違えている今回。なぜこうなった。