完膚なきまで空転せよ!   作:のんべんだらり

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11.ジュエルシード[シリアル11][シリアル20]

擬態とは、生物がその色彩や形または行動によって周囲の環境と容易に見分けがつかないような効果を上げることをいう。

とどのつまり、高町の腕から飛び降りて一目散に逃げた黒い毛玉は暗がりの視界では見つかりにくいはずなのだ。

 

だというのに、絶賛追いかけられているのは僕だった。勿論、鬼は動く人体模型。リアルホラーだ。

 

 

眼球には暗視センサーでもついているのか。

そうでなければ、数十センチの体躯の黒猫がロックオンされるわけがない。ご丁寧に唸り声のBGM付きで。

 

水音交じりの足音――もはやびちゃびちゃと耳障りな騒音でしかない――を頼りに距離を測り、全速力で逃げる。

 

「うー、飛行訓練しておけばよかったよぉ」

「No problem.」

 

背後で緊張感のない高町の声が響いてくる。弱った蚊のような微弱な浮遊魔法で、ぬめぬめした水を避けるよう飛んでいた。

逃げ出すときはさんざん悲鳴を上げていたが、自分が追われていないとわかってからは追いかける方にまわったようで僕←人体模型←高町の図式が出来上がった。

これで僕の前にユーノという名の鼠がいたらもう少し速度が上がるのに。

というか、あいつどこいった。

 

「真面目にやれよ、タコ町!こちとら命かかってんだぞ!」

「やってるもん!これでも走るより早いんだから」

 

足で追いつくことを諦めたらしい高町。そういえば運動苦手だったっけ。

だが、そんな言い訳は通用しない。なぜなら既に僕はヤツの手の中だからだ。

 

「いいからさっさと封印してくれよッ尻尾掴むな舐めるな持ち上げるなああああっ」

 

ねっとりとした液体が毛に絡みつき、黒い穴に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……新たなトラウマメモリーが刻まれてしまった」

 

涎まみれとなった全身が重い。記憶は早急に封印指定しよう。

 

「にゃははは……えっと、わたし、先にプールの様子を見てくるね」

「ああ。こっち済ませたら合流するから」

 

牛乳のCMに出てくるような一気飲みのポーズで静止した人体模型を実験室に戻した僕と高町は、もう1つのジュエルシードの反応地点であるプールまで移動した。

幸い廊下に撒き散らされた赤いドロドロや黄色いドロドロは、ジュエルシードを封印すると瞬時に消滅したので掃除せずにすんだ。

とはいえ、唾液でべた付く身体はどうにも変わらなかった。不公平だった。

それでも、すっぱい臭い漂う隣の毛玉よりはマシだと思う。

 

「丸呑みこわい丸呑みこわい丸呑みこわい」

 

因みにユーノは模型を運んでいた拍子に人形の胃から転げ落ちてきた。

流石に胃酸まみれの毛玉を高町に押し付けるわけにもいかなかったので、首根っこをくわえてつれてきたのだが。

あまがみで済ませたというのに、口の中が苦い。うがいをして臭いは飛んだものの、胃袋にいたユーノはそうもいくまい。

プールサイドに備え付けの水道まで運んでから、ずっとこの調子であるのをいいことに石鹸をゴリゴリとなすりつける。これで消えなかったら、あとは知らん。

構わず、蛇口を捻る。

 

「うぎゃーーー」

 

深夜近くの水は冷たかった。

頭上からの滝のような噴射が功を奏したのか、ユーノを正気に戻すことに成功した。修行僧顔負けの苦行である。

 

「あれ、ボク、確か真っ暗な穴に――っくしゅん」

「深く考えるな。今は、するべきことをするんだ!」

「――う、うん。わかった!」

 

丁度いい具合に記憶の空白がある上に、単純で助かった。

目に光が戻ったユーノは一度身を震わせて水分を飛ばすと、プールの水面を覗き込んでいる高町の方へ駆け出していった。

9歳にしてこの働きぶり。その背中にまだ泡が残っているには目をつぶった。

 

「…………よし」

 

気を取り直して、自分も身を清めるべく、蛇口から滝のように流れる水に前足を突っ込み――そっと蛇口を閉めた。

うん、無理。だって猫は水が嫌いだから。

 

「平介君?だめだよ、きれいにしなくちゃ」

「なぜ、高町の幻聴が聞こえるし」

 

それほどまでに疲労しているのか。これは早急に帰ってお風呂に浸かって寝よう。そうしよう。

 

――だが、平介はうごけない。

 

高町に首ねっこを抑えられていた。

にっこりとした悪魔の微笑み。本来なら可愛らしい手の平が、裁きの鎚――という名の銀色のレバーを求めて伸びていく。

 

「早くしないと、におい落ちなくなっちゃうよ。耳に入らないように手伝ってあげる」

 

僕に触れると貴女の手にも臭いが移りますわよ、おやめになって――アッ――

 

 

 

 

 

 

 

なんという羞恥プレイ。野外で少女に、あんなところやそんなところを全て洗われるなんて…。

 

ブルブルと全身を震わせ、毛に染み付いた水分を弾き飛ばし、丹念に舐め取る。

まったくひどい目にあった。子猫の姿してても平介だって失念してるんじゃないだろうな。この子はまったく。

 

そんな高町の膝の上にいることは気にしない。撫でてくる高町の手も気にしない。今の僕は猫だった。

高町の愛撫が心地いいからとか、いつもの元気全開の彼女と打って変って大人びた手つきだったからではない。

 

「ね、平介くん。なのは、役に立った?」

「……ああ、それはもう」

 

変な癖を呼び覚ますような経験は一人じゃできないだろうよ。ロリコンに目覚めたらどうするんだ。

だが、安心するといい。高町が「高町なのは」である限り、それはない。と全力で否定させて頂くので日本刀を下ろせシスコン(電波)め。世界を超えて人の意識をジャックするほど強力な想いは、もっと他に向けたまえ。

 

そんなことだから、安心したように妹が浮かべる微笑み(かなしみ)を見逃すのだ。ざまあ。

 

「だからと言って、素直に感謝すると思ったか。帰りが遅くなればなるほど母さんにバレたときの倍率が上がる一方だ」

「あはは、カレー事件はクラスで有名だもんね」

 

知っているかな。辛さっていうのは香りだけでも人は涙を流せるのだ。

五時間目の担当教師が、クラス中の真っ赤な目に見つめられて恐怖していたのは記憶に新しい。その中のひとりは唇も腫らしてしたのだが。

 

ふと、なのはの笑い声が途切れる。しん、と一瞬、2人の間に沈黙が時を刻んだ。

そして、僕は高町を見ていた感想を口にする。

 

 

「――高町。魔法のことを家族に話すべきだ」

 

 

するべきでない助言。これは、間違いなく過度な介入に該当する。

警報を鳴らす一方で、手が止まった高町に苦笑する。

猫は人の機微を感じとり、癒すことが仕事の1つだ。仕方ないじゃないか、今の僕は喋る猫なんだから。

 

「ど、どうして…?平介くんも内緒にしているんでしょ?」

「俺も話すさ。子供が夜に出歩いているんだ、親ならとっくに気づいてるだろ」

「でも、何も――っ」

「……思い当たることはあるみたいだな」

 

弾かれたように顔を上げた高町は、口を噤んだ。言葉にするよりも先に理解したようだ。

聡明な判断だ。

だからこそ、高町は魔法を明かして認めてもらう必要がある。

高町の膝からプールサイドに降りる。正面から見上げた、行き場のない感情をどう表現していいのかわからず、やるせない顔。笑うことに失敗したのか、かすかに眉尻を下げさせた。

 

「本気で魔法に関わるつもりなら、説得してしてみせろよ。それとも、親に反対されたら諦めるくらいの覚悟か?」

「……」

「心配や迷惑かけずに生きるなんて不可能なんだよ。そんなことできるヤツは人間を辞めた人形だ」

 

僕の世界の彼女も、家族に必要以上の心配をかけまいとして独立自尊、自助努力の鑑だった。

それは彼女と()()()()()()他人から見たらワーカーホリックや、エースオブエースと賞賛される素質なのかもしれないが、所詮そんなものはただの壊れかけた機械を必死に修繕しているに過ぎない。

不幸なことにあちらでの僕は、僅かながらも彼女の家族と暮らし、家族の中での位置を彼女側から見せられた。

そして彼女は魔法世界で活動するようになってからの彼女しか知らない人間に、覚らせるほど優しくなかった。

 

 

「お前は迷惑をかける人間でいろ。迷惑をかけられた人たちが、お前のために協力したくなるお前でいろ」

 

 

聞くまでもなく、高町の家族は該当する。親とはそういうものだ、と杏奈さんを見ていて学んだ。

だからこれは、高田平介である元ユーノから送る。

 

「高町なのは、お前は強くなる。――自信を持て」

 

ぽかんと口を開いたまま固まった高町の間抜け顔を眺めること数秒、かぁっと頬は熱くなり、背筋はむずむずしてきた。柄にもないことを口走った恥ずかしさが遅ればせながら、全身に浸透していた。

 

(な、なにか言ってくれぇ…)

 

俯き加減の高町の表情は窺い知れない。たとえ見えたとしても、見たくないでござる。

ごめん被る。

 

(僕、どうなっちゃうんだろう?偉そうなこと言いやがって毛玉の分際でグシャア!とか叩き潰すか握りつぶすか迷ってる時間なんじゃないよね、ね?)

 

己の軽率さを懺悔し、祈りを捧げていると、小さく吹き出す声が降ってきた。疑問に確かめる暇もなく、次いで高町が動く気配に、ついに審判のときかと身構え、目を瞑る。

 

「……?」

 

おそるおそる目を開けると、白が一面に広がった。見慣れた制服の、リボンが顔にあたってくすぐったい。

とくとくと、振動を奏でる心音が心地よい。徐々に重くなっていく目蓋を、これ以上ないってくらい押し上げた。

 

「む、むむっ!?」

 

まな板にすこし隆起がついたような場所に、顔を押し付けていた。否、押し付けられていた。

違います、僕は冤罪です。誓ってロのつく趣向は――

 

「……えへへ」

 

そんな僕の脳内などお構いなしの、高町の嬉しそうな声に、カチンときた。

せめて警戒心ゼロの男心を弄ぶ魔性の女に、文句の1つを言ってやらねば30手前の紳士としての精神(プライド)が砕ける。

 

そして、満面の笑みと鉢合わせした。

 

(ったく、子供は現金なもんだ)

 

男は女っていう生き物にとことん弱い。それも女の涙と心からの笑顔には、どんな怒りも悩みも敵いはしないのだ。

たとえ、それが別の世界で自分に砲撃100連発をかましてきた少女と瓜二つの高町であっても。

 

「じゃあ、お母さんたちにお話しするときは平介くんにもお願いするね」

「……おい、それとこれとは話が別だ」

「聞こえませーん。お兄ちゃんも平介くんを一度連れてきなさいって言ってたし」

 

聞き捨てならぬ死亡フラグが飛び出た。

高町は気さくな口ぶりだけど、それ、絶対意味違うよね。お兄ちゃん、お友達に会ってみたいなーなんて軽いノリじゃなくて、妹に手を出す害虫駆除の方だよね。何気に高町と僕がよく会ってるって確信的じゃないかよ、おふ。

 

「あのな、初めて会う子供の言うことを信じてもらえると思うのか?」

 

あのオシドリ夫婦なら、二つ返事で信じるだろうけど。それは僕も重々身をもって知ってますけど!

痛む頭を前足で抑える。

 

「そこは大丈夫。なのはが説明するし、平介くんなら問題ないと思うな」

「どーいう意味だ、それ」

 

笑って誤魔化す高町にじとっと湿らせた視線を送る。僕の勘が、有耶無耶にしてはならないと警告している。問いただそうとした息を吸った僕に被って、なのはにユーノから呼び出しがかかる。ジュエルシードを見つけたらしい。

しおらしく黙っていた姿は見る影もなく、飛び起きるようにして立ち上がった高町は、それに――と言葉を続けた。

 

「魔法は私よりも平介くんの方が詳しいし、私じゃわからないことを助けてくれると嬉しいな」

「あのな――おい待て!」

 

制止もむなしく、高町に言い逃げされた。意見を聞かずして突っ走るとは、猪魔道師め。

彼女からの頼みごとはお門違いだ。そもそも――

 

「……それはユーノの役目だろ」

 

胸中に渦巻いていた靄が誰に聞かれるでもなく、こぼれた。

 

この世界で彼女の歪みに気づく人間は()()いない。

僕だから、たまたま目に留まっただけ。とてもよく似た彼女(なのは)を知っているから、気づけた偶然。

将来彼女が成長していく中で、もっと奥深くへしまわれてしまえば、僕であっても見過ごしてしまうものだ。

おそらく、きっと。

 

だから、それを、彼女の心を見つけてくれる相手ができるまで。

無論、代わりが現れたときは手放しで譲り渡すに限る。それはそれは小躍りして。立候補はお早めに。

そうでなければ誰が好き好んで砲撃娘の面倒を見るかっての。頭のネジがぶっ飛んだヤツか、彼女にお熱の物好きか。はたまた同属人種に任せて、ダンディなおじさんは隠居する――。うん、それでいこう。

 

思考を整理してもやもやが消え去った僕は、杖を構える高町を清清しい気分で見守る。

その後、レイハさんの要望により、苔だらけのジュエルシードを洗う嵌めになったのは余談だ。

 

 

ジュエルシード封印、残り――16。

 




――そうして平介のトラウマが増えていく。

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