心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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98話「定められたレール」

 ──テロリスト襲撃の数刻前、西ゼムリア通商会議の休憩時間。

 前半の話し合いを終えた各国首脳に待っているのはメディア向けの写真撮影だった。

 クロスベル市街を一望する壁一面の窓を背に、主催のディーター市長やオズボーン宰相など、参加者全員が並んでカメラのフラッシュを浴びていく。

 

 そんな密度のスケジュールで会議が動いているのだから、随行団として参加していたトワも大忙しだ。

 

「ハーシェルさん。こちらの書類をクロスベルの警備に渡してきてください」

「は、はい!」

 

 当日新たに必要となった書類の数々。

 広報への対応やクロスベルや諸外国の各種関係者との調整。

 表舞台には上がらない裏方ではあるものの、やらなければならない仕事は山積みだ。

 

 ただ、そんな慌ただしい時間にも区切りはあるもので。

 撮影の時間が終わり、各国代表がそれぞれの控室に戻った頃、随行団にも本来の意味での休憩時間が訪れた。

 

(そろそろアンちゃんに連絡取ろっかなぁ……)

 

 トワは随行団用に用意された控室のソファに座り、暖かな飲み物を飲みながら一息ついている。

 けれども、彼女の休憩は思わぬ声によって中断させられる事となった。

 

「休憩中すみません。少々お時間よろしいでしょうか」

「あっ、はい。大丈夫です」

 

 それは随行団でトワに指示を与えていた女性だ。

 彼女はトワがティーカップを置くのを待つと、眉1つ動かさない態度でトワに告げる。

 

「実はこの度、休憩時間を使って貴女とお話がしたいという方がおりまして。お手数ですがご同行お願いいたします」

「──えぇと、この時間に、って事は、通商会議の関係者……なんですよね? いったいどなたがわたしなんかを……」

「オズボーン宰相閣下です」

 

 何気なく聞いた呼び出しの相手。

 

「…………え?」

 

 その名前を理解するまで、トワは暫しの時間を要した。

 

 

 ……

 …………

 

 

 ──オルキスタワー、オズボーン宰相待合室前。

 随行団の女性に連れられ、トワは厳つい帝国軍人が警備する部屋の前まで連れてこられる。

 

「ご要望の人物を連れて参りました」

 

 女性の言葉を聞いた警備兵は後ろにいるトワへと視線を向ける。

 その眼つきは友好とはとても言えず、トワの身なりを疑いの眼差しで確認していた。

 トワは警備兵の威圧的な態度に身を縮めながらも、はっきりとした口調で言葉を紡ぐ。

 

「えと、トワ・ハーシェルです」

「……わかった。宰相閣下がお待ちだ。くれぐれも粗相のないように」

 

 そう言って警備兵は扉の前から移動する。

 トワは彼らに促されるまま、恐る恐るオズボーン宰相が休憩する一室の扉を開けた。

 

(…………)

 

 扉の向こう側は青空を見渡せる角部屋。

 中にいるのは堂々とソファに腰掛け、机のチェスボードを眺めるオズボーンただ1人だ。

 

 護衛もいなければ、手伝いをする秘書などもいない。宰相お抱えの《鉄血の子供達》が潜んでいると言う可能性も……恐らくはないだろう。

 国のトップと言って差し支えない人物と1対1の対話を行うと言う状況。

 いくら士官学院の生徒会長を担っているとはいえ、未成年の少女が緊張もなく相対するなど無理な話だろう。

 

「──何時までもそこに立つ理由もあるまい。好きな場所に座りたまえ」

 

 そんなトワの緊張を見透かしてか、オズボーンは視線すら動かす事なくそう告げる。

 

「は、はい!」

 

 びくりと身を跳ねさせたトワは短く返事をすると、備え付けられたソファの隅に腰を下ろした。

 あまりに静かすぎる空間。鉄血宰相は悠然と座っているだけなのに、室内全体を押し潰しかねない程の重圧が漂っているようにトワの肌は感じていた。

 

「……この貴重な休憩時間の中、よくぞ呼び出しに応じてくれた」

 

 チェスの駒を1つ動かしてオズボーンは口を開く。

 

「本来ならば、噂に名高い特務支援課を招待する予定だったのだが、生憎彼らは手が離せん様子。代わりが欲しかったものでな」

「いえ、そんな……」

 

 どうやら、この休憩時間で話そうとしていた相手の都合が悪かったらしい。

 

 だが、本当にそれだけなのだろうか。

 気圧されているトワであったが、彼女の冷静な部分が違和感を訴える。

 

「……あの、それなら何で私なんかを?」

「フム……、私も元は士官学院で勉学に励んだ身。母校たるトールズ士官学院の生徒会長を見事に努め、先の帝都襲撃でも最適な避難誘導を行った将来有望な若人に興味が沸いた。それが理由では不満か?」

「そうじゃない……ですけど。今のお話にしたって、随行団の推薦にしたって、私よりも相応しい人がいるんじゃないかって思うんです」

 

 トワの中にあった疑問。

 それは奇しくもライが抱いたものと同じものだった。

 

「先月の襲撃で現れたあの黒い魔物のこと、勿論ご存知ですよね?」

「当然だとも」

「それなら、保険としても、私なんかより対処できる人を連れて来た方が良かったんじゃないかなって。ライ君は経歴上難しかったとしても、リィン君とか、マキアス君とか、随行団に入れても大丈夫な子はいた筈ですし……」

 

 帝都を襲撃するような過激なテロリストが、国際会議だからと躊躇するとは限らない。

 早くからシャドウ事件を認知していた帝国政府が、どうしてそんな分かりやすい危険性に対する対処をしていないのか。

 帝都襲撃の功勲としてはむしろリィン達の方が高いと言っていいので、随行させる理由付けなら幾らでも出来ただろう。

 それなのに、実際声がかかったのは避難誘導をしていたトワだった。

 

 彼女はライ自身も考えていたこの疑問を問いかける。

 けれど、オズボーンは答える事はなく、代わりに次の駒へと手を伸ばした。

 

「……時に、汝はチェスは嗜むだろうか」

「え? チェス、ですか?」

 

 突然の話題転換に戸惑うトワ。

 

歩兵(ポーン)騎士(ナイト)戦車(ルーク)……。簡易ながらも複数の才を使い分け、盤外から盤上を動かさんとするこの行為は、指揮を取るものの技量を問う遊戯だと言えよう」

 

 オズボーンは相手側の駒を1手進める。

 それなら次は、自陣の駒を1つ動かすのがチェスで定められた決まりだ。

 

「だが、現実はそうもいかぬものだ」

 

 少し間を置き、彼は胸ポケットから1つの駒を取りだす。

 

 その駒は何処かの民芸品か何かだろうか。

 チェスの意匠をあえて無視したような奇抜な造形であり、どの駒であるか推測すら難しい。

 

「因果もなき盤外から新たなルールを持ち込み、我が物顔でかき乱す。次がどちらの手順かも無視する者がいては、遊戯など成り立つ筈もない」

 

 オズボーンは盤外の駒をチェス盤のど真ん中に、マス目の境界すら無視した場所に置いた。

 

「……さて、この混沌とした盤面。栄えある生徒会長ならばどう対処する?」

「え、えと……」

 

 不自然な謎掛けを仕掛けてくる鉄血宰相。

 

(でも、話の流れをふまえるなら、これってライ君たちの事だよね)

 

 トワは駒を後輩に見立てて考える。

 一見無秩序に思える盤面であっても、彼らの行動ならばそこに何らかの意味がある筈。

 

「……わたしなら、まずルールを知るところから始めると思います」

「フッ、相互理解による調和を目指す、か。平時であれば、それもまた1つの解と言えよう」

 

 少女の考えを、オズボーンはまるで想定内と言わんばかりに受け止めた。

 

「この激動の時代において悠長な策は総じて手遅れになるものだ。悪意ある業火に焼かれるか、潤いなき砂漠の1粒となるか……。調和する相手すら失う策に、いったいどれ程の価値があるものか」

「…………」

「不服かね?」

 

 鉄血宰相の見定めるような視線がトワを貫く。

 そんな事はない……と当たり障りのない返答をする事は簡単だ。

 けれど、ここは多分踏み込むべきところだ。と、トワは口にむっと力を込めた。

 

「……それなら、宰相ならばどうしますか?」

 

 質問に質問で返すトワ。

 暫しの沈黙の後、オズボーンはやや愉快そうに答えた。

 

「確かに、他者の意見を否定するからには、代案を示すのが道理と言えよう」

 

 そう言って、オズボーンは盤上に幾つかの道具を置き始めた。

 

「相手が身勝手なルールを持ち出すならば、こちらは場を整え、その行く末を定めれば良い。──例えば、相手の視線を向けうる餌を用意する」

 

 まるで餌のように置かれた標的の駒を1つ。

 

「例えば、餌の前に障害を設け、歩みの速度を制限する」

 

 標的の前に壁を1つ。 

 

「……例えば、相手が餌を諦めぬよう、相応の理由を与える」

 

 人質のように置かれた小さな駒を1つ。

 結果として、身勝手に振舞おうとしていた駒は、障害を越えて標的に向かうと言う分かりやすい動きを取らざるを得なくなる。

 

「こうして設けるのだ。小手先の企み等では変えられぬ、運命と言う名のレールを……」

 

 その盤面を俯瞰する鉄血宰相の冷たい視線が、何故だかトワの目に焼きついて離れなかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ……それから数時間後。

 通商会議が再開され、トワも随行団の一員として慌ただしくバックヤードの仕事をこなしていた。

 

 けれどある時、クロスベルの警備員が慌てて廊下へと移動するのを見た次の直後。

 スピーカーで増幅された声が屋外から響き渡った。

 

『──我々は帝国解放戦線、そして反移民政策主義の一派である』

 

 そう、テロリスト達によるオルキスタワーの襲撃だ。

 

(……帝国解放戦線っ! やっぱり来たんだ)

 

 トワは抱えていた書類を急いで机に置き、用意していた拳銃サイズの導力銃を両手で構える。

 今、この控え室にいるのは、ほぼ武器を握った事もない非戦闘員ばかりだ。

 仮にも士官学院に在籍している身として彼らを守らないと! トワはそう思い、こくりと唾を飲んで扉の影へと向かう。

 

 直後、窓の外から聞こえてくる轟々しい銃声音と振動。

 随行団の人の悲鳴とともに、トワは僅かな無線音を耳にした。

 

『──飛行艇の掃射による被害はなし! 対象は屋上に向かいました!』

(これって、警備員の通信?)

 

 丁度、扉の向こうで、警備員が防衛線を築いたらしい。トワは現状を把握するためにも耳を澄ませる。

 

『分かった。待機班は至急屋上への移動を──、──なっ、隔壁が!?』

『セキュリティシステムに異常発生!! 屋上までのルートを除く隔壁が閉鎖されました!』

 

 隔壁の遮断。

 恐らくテロリスト達による事前の仕込みだ。

 

『エレベーターも全機停止! 我々はどうしたら!?』

『慌てるな。屋上には特務支援課がいる。待機班はセキュリティ解除後の突撃に備え戦闘準備を、警備班は各フロアの防衛に注力しろ!』

『『「はっ!!」』』

 

 その通話を最後に、オルキスタワー内は静寂に包まれる。

 ただし、その静けさは張り詰めた緊張を伴ったもの。いつ戦場になっても不思議じゃない。己の呼吸音すら意識してしまう、重い空気が漂う寸刻。

 

 そんな無音を打ち破ったのは、またもや警備員の無線だった。

 

『──緊急事態!! テロリストの一団が突如会議場にしゅ、出現しました!!』

 

 大量の発砲音。

 混乱した警備員の声。

 

『どうした!?』

『……、……ぁ──、…………』

『おい! いったい何があった!! 早く報告を──』

 

 その直後、タワー全体がビリビリと揺れた。

 

(この揺れって、もしかして爆弾……!?)

 

 トワの頬を伝う冷たい汗。

 突発的な揺れが収まった少し後、応答を求める無線に応答が入る。

 

『…………ら、……こちら、会議場、聞こえますか!?』

『聞こえている! いったい何があった!?』

『何らかの奇術により出現した一団はA級遊撃士アリオス・マクレインらにより制圧。しかし、その直後、数人が隠し持っていた爆弾により自爆しました!』

『じ、自爆だと!?』

『幸い直前に察知したアリオス氏により爆弾の一部は斬り飛ばされましたが、会議場の出入り口を含めた一帯が崩落。テロリスト達は見当たりませんが、恐らく、爆発により生じた大穴や瓦礫に飲み込まれたものと────……』

 

 通信はそこで途切れた。

 

 壁1枚を挟んだ爆音。

 閉じられていた扉は衝撃でひしゃげ、トワの体が吹き飛ばされる。

 

「っぁ……!?」

 

 床に倒れ込む小柄な少女。

 視界に火花が散ったような衝撃を受け、体の 力が抜ける。

 けれど、この場で戦えるのは自分だけだと、トワは全身に意識を巡らせて前を向く。

 

 扉の向こう側にいたのは黒い液体状の繭だった。

 警備員の四肢が散らばる廊下。ドロリとした膜が地面へと広がり、中から焦燥した1人の兵士が姿を現す。

 

「死角……それも、至近距離からの奇襲だぞ? A級、遊撃士が……あそこまで化け物だったとは…………」

 

 中にいたのはテロリストと思しき人物だった。

 トワは目の前にいる男と先ほどの通信を照らし合わせ、1つの仮説を組み立てる。

 

(あの人を包んでたのは……シャドウ? もしかしてあれで爆風と滑落から身を守って……)

 

 自爆による下階層への滑落。

 本来ならば大怪我は免れない状況だが、シャドウを身に纏っていたのなら無事だとしても不思議じゃない。

 

「目的は潰えた。我らに生き延びる道もない……。なら、ならばせめて、後に遺す爪痕を……、……!!」

 

 失意の中にいたテロリストは半ばやぶれかぶれになっていた。

 乱暴に向けられた軍用導力銃。このままだと室内にいる人達が危ない。

 トワは倒れたまま落とした導力銃を探す。けれど、どうしても間に合わない。

 

『……──地上班より報告! 1名の布を被った人物が煙に紛れ警備網を突破! エレベーターの扉と天井を破壊し、そ、そのまま上昇していきました!』

 

 けれどその時、廊下に落ちていた無線から、馬鹿げた報告が飛んできた。

 

「…………ぁ?」

 

 不自然な報告に気を取られる兵士。

 その一瞬の間が、彼が認識する最後の時間となった。

 

 真横に飛んできた鋼板。

 いや、エレベーターの扉。

 

 理解すら追いつかない速度で飛んできた板がテロリストを廊下の奥へと弾き飛ばし、周囲のシャドウごと彼の意識を刈り取る。

 

 突如、脅威が消え去った控え室。

 隅で身を固めていた随行団の人々ですら呆然とし、扉のなくなった入口を見つめた。

 近づいてくる規則的な足音。部屋の前に現れたのは鈍色の布で体を隠した1人の青年だ。

 彼は地面に転がる警備員だったものを見て僅かに目を細める。けれど、すぐに元の無表情に戻ると、まるで日常のような冷静さでトワの方へと顔を向ける。

 

「無事ですか?」

 

 それは本来オルキスタワーに入る事のできなかった人物。ライ本人だった。

 今回の襲撃に備えていたのか、スモークグレネード等を布の下に括り付けており、先の通信で語られた人物が彼である事は間違いない。

 

 ……だが、

 

(これって、宰相の言ってた…………)

 

 彼がこんな形でタワーに来たのは、果たして彼の自由意志だったのだろうか。

 

 タワーに直接乗り込んできたテロリスト達、という名の餌。

 関係者以外立ち入りすら困難という障害。

 そして、トワ自身という人質。

 

 これら全てが、先ほど見たオズボーンの盤上と一致している。

 

 定められたレールを進むように戦場へと突入してきた後輩の姿。

 トワはその顔を見て、鉄血宰相の言葉と重ねずにはいられなかった。

 

 

 


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