心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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96話「魔都に住まう人々」

 アルティナと別れてから幾ばくかの時間が経過した頃。

 西通りの店で買ったパンを食べ終えた後に1つの用事を済ませたライは、本を片手に悠々とコーヒーブレイクを満喫していた。

 

 そんな彼の元に歩み寄って来たのは一時別れていた特務支援課の面々だ。

 その先頭を歩くリーダーのロイド。彼はさりげない仕草で片手を上げて声をかけて来る。

 

「ごめん。待たせたかな」

 

 ……何と言うか、妙にこなれた言い方だった。

 顔に似合わず意外とプレイボーイだったりするのだろうか。

 そんな推測を内に秘めつつ、ライは本をパタンと閉じてそれに答える。

 

「いえ、十分堪能させてもらいました」

「謙遜……じゃないな。どう見ても」

 

 優雅にコーヒーカップを構えるライを見てロイドは曖昧な笑みを浮かべる。

 表情こそ何時もと変わらないが、その優雅な佇まいから楽しめていたのは誰の目から見ても明らか。

 むしろ初めての場所でよくそこまでくつろげるなぁ。と言うのが、ロイドの笑みの内訳だった。

 

 一方ライはと言うと、ややコーヒーを惜しみつつも皿に置き、盗難事件に話題を戻す。

 

「それで、あの少女から有益な情報は得られましたか?」

 

 そもそもライが単独行動していたのは、聞き込みに悪影響を及ぼす懸念があったからだ。

 あのユウナという少女は何か心当たりがあった様子。

 ロイド達の表情に陰りが見えない事も踏まえ、恐らく何らかの収穫があったんじゃないかとライは推測していた。

 

「ま、そりゃ気になるわな。……結論から言うとビンゴだ。犯人は街を出て西に向かっていったと見て間違いねぇ」

「分かりました。なら早速向かいましょう。情報さえ集まったのなら心強い専門家がいますので」

 

 専門家?と不思議そうに眼を丸くするノエル他数名。

 一方で、未来の情報で知っていたのか、キーアはこくりと頷く。

 

 まあ、お互いの情報共有は移動しながらで問題ないだろう。

 ライは急ぎ食器をパン屋に返し、特務支援課と共にクロスベル西の門へと急行するのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──西クロスベル街道。

 この市外道はそのまま西へと向かえばエレボニア帝国へと続くベルガード門に、途中で南の森へと向かえば警察学校に辿り着くらしい。

 それぞれの要所はバスによる交通網で結ばれているとの事。

 もし仮に犯人たちがバスに乗っていた場合、今頃エレボニア帝国に逃げおおせているか、捜索が困難な森の中に潜まれているかも知れない。

 

「──いや、バスを使っている可能性は低いと思う」

 

 街道に到着時、ライの視線がバス停に向かっている事に気づいたのか、ロイドが懸念事項を否定する。

 

「あの少女から得た情報ですか?」

「まあ、そんなところかな。詳しくは探しながら話したいところだけど……それよりまずは、専門家について紹介して欲しい」

「ええ、既に話はつけてあります」

 

 ライはそう言って懐からARCUSを取り出した。

 アルティナがいなくなった後、空いた時間を使って協力を取り付けた専門家。

 それ即ち──、

 

《あ、早速来た。って事は出番が来たんだね?》

 

 帝都でも大活躍したアナライズの使い手エリオット・クレイグである。

 

《人をスキャンするなら他と区別できるくらいの特徴が必要なんだけど、それは手に入れられた?》

「犯人たちの経路が絞れる程度には。それより、そっちは今大丈夫か?」

《ああうん。丁度実技テストも終わったところだし、サラ教官も適当な感じで許可してくれたよ。リィンとかは「また厄介な事に巻き込まれてるな……」って呆れてたけどね》

 

 ……今よりもっと危険で長距離リンクも出来ない戦いがあったと言ったらどんな反応を示すだろうか。

 まあそれはともかく、いつの間にか士官学院では実技テストの時期になっていたらしい。

 ならば今頃特別実習の行き先でも明かされている頃だろう。ライ自身は今回参加できそうにないが、近いうちにお互いの状況を話し合った方が良いかも知れない。

 

 そんな刹那の思考を紡ぐライ。

 一方で、近くにいたティオ達はそんなライの事を奇異の目で見ていた。

 

「……戦術オーブメントを取り出したかと思ったら、独り言を始めましたね。キーア、これはいったい…………?」

「エレボニアにいる人のペルソナ能力だよ。遠く離れた人と話したり、周りのスキャンをしたりできるの」

「へぇ、ペルソナ能力にも色々とあるんですね」

 

 キーアを通してペルソナ能力への理解を深める特務支援課。

 そうこうしている内に、ライはエリオットとの短い対話を終える。

 

「皆さん、犯人の情報を。それを元に犯人を見つけます」

「あ、ああ。ユウナの話だと、警察学校からクロスベル市に来る途中で、徒歩で街道を歩く2人組の男性とすれ違ったらしいんだ。なんでもユウナを見た途端、彼らは避けるように慌てて背を向けたから印象に残ってたと言っていたよ」

「背を?」

「ここからは推測だけど、彼らはユウナが身に着けている警察学校の制服を見て慌てたんだと思う。警察学校の近くには警備隊の演習場もあるから、警備隊を騙ってる身からしたら接触は避けたい筈だ」

「バスを利用していないって話も同じ理由ね。この市外はもう警備隊の管轄下。今は警備体制を強化してる事もあって、バス停には警備隊の人員がいるから」

 

 警備隊の姿で犯罪を行ったと言う事実に加え、ユウナを見て身を隠した事。そして街道を歩いて移動していた事から、犯人たちの心理を推測したのだろう。

 各所に点在する警備隊の監視を避けているのなら、それほど移動ペースは速くないだろう。

 ライはロイドとエリィから聞いた情報を元にスキャンできないかと、エリオットに問いかける。

 

「どうだ? エリオット」

《うーん……。けっこう近いんだけど、もう少し犯人像をはっきりさせないとダメそう》

「犯人像を定める追加の情報が必要、か」

 

 それなら、アルティナが教えてくれたあの情報が役に立つかも知れない。

 

「なら情報を追加しよう。犯人は警備隊を扮している訳ではなく、れっきとした警備隊の一員だ」

「──おい、そいつはどういう意味だ」

 

 ライが呟いた内容にランディが反応する。

 もしかしたら彼は警備隊の関係者なのだろうか。

 それなら今の情報を疑うのも当然だが、ライは何故か、アルティナから提供された情報に間違いはないと言う確信を持っていた。

 

「パン屋で偶然、情報提供を受けまして」

「だがそれが正しいかどうかなんて……」

《──ヒットしたよ! それじゃあ早速ナビするね》

「見つかったみたいです」

「……マジかよ」

 

 信じがたい情報を前にしたランディは自身の頭を掻き、何とか飲み込もうとしている様子。

 

 正規の警備隊がなぜ仮面を盗むに至ったのか。

 その謎が紐解かれる時が今、目前に迫ってきていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 警察学校へと続くノックス森林道。

 主要な道はきちんと整備されているものの、1歩道を外れると深い木々に覆われた大自然へと変貌する。

 

 どこからともなく聞こえてくる鳥の鳴き声。

 草木の合間に出来た獣道には明らかに人でない足跡が多数。

 そんな人の領域とは言えない森の片隅にて、2人の男性が武器を片手に膝をついていた。

 

「はぁ……、はぁ、……こんな時に限って魔獣と遭遇するなんて、ついてないなぁ」

「ここには魔獣除けの街灯もないんだ。仕方ないだろう」

「そりゃ分かるけどさぁ。よりよってこんな大物……」

 

 疲労困憊の男性が見つめる先にあったのは巨大な魔獣の死骸だ。

 突然変異か、それとも今だ知られていない生態系があるのか。時折この様に巨大な魔獣が出現する事がある。

 普段は《手配魔獣の討伐依頼》として戦闘の心得がある者達に依頼し、相応の装備を持って対処するのが常だ。しかし、今回は偶然にも森の中でばったりと出くわしてしまい、そのまま逃げる隙もなく戦う羽目になってしまった。

 

 不運を呪っていた男は荒れた呼吸を整える。

 そして、疲れた足に力を入れると、武器を構えなおして何とか立ち上がった。

 

「ふぅ……」

「切り替えられたか?」

「ああ。こんな場所で足踏みをしている訳にはいかないもんな」

 

 2人はより深い森の奥地、人が寄り付かないであろう場所へと進もうとする。

 

 ……だが。

 その足はその直後、再び止められる事となった。

 

「──何処に向かうつもりですか?」

 

 背後の死角から、突然声が投げかけられる。

 びくっと跳ねて振り返る男性。

 彼らの視線の先には、クロスベル市民であれば知らぬ者はいないであろう集団の姿が見えた。

 

「と、特務支援課!? どうして此処に!?」

「ったく、そりゃこっちの台詞だぜ、先輩方。まだ薬の後遺症も抜けきってないのに何してんすか」

「ランディ、それは……」

「おっとリハビリの為に演習してたって言い訳はなしだぜ。ここは警備隊の演習エリアを外れてるし、何より俺達はアルカンシェルから来たんでね」

「…………」

 

 アルカンシェルとの言葉を聞いた瞬間、男達は顔をしかめて口を閉ざす。

 そう、彼らこそ仮面を盗んだ警備隊の2人だったのだ。

 

 特務支援課の厳しい視線が注がれる中、男達は返答と言わんばかりに銃口を向けた。

 

「悪いが、言ったところで納得はしないだろう」

「……そうかい。ならまずは拘束させて貰うぜ。行くぞ後輩!」

「はい! ランディ先輩!!」

 

 男達に相対するは、同じく警備隊出身のランディとノエル。

 ノエルは拘束用の電磁ネット射出装置を構え、ランディは閃光手榴弾をその手に取り出す。

 そして閃光手榴弾のピンを取り外したその瞬間、警備隊同士の戦いが始まるのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ……

 …………

 

 

 ……まあ、結局のところ、男性達はあっさりと捕まった。

 

 実力差以前に、大型魔獣と戦って疲弊していたと言うのも大きいだろう。

 ロイド達が力を貸す必要すらなく、2人は武器を落として地面に座り込む。

 

「やっぱり駄目、だったか……」

 

 男達は観念したのか脱力して俯いている。

 そんな彼らの元に歩み寄ったのは、捜査官の資格を持つロイドだ。

 

「貴方方は初めから勝てない事を分かっていた。なのに何故、そうまでしてアルカンシェルの仮面を盗んだんですか? 下手をしたら警備隊の信用にも響きかねない真似までして」

「それは…………」

 

 男は言いづらそうに言葉を濁らせているが、やがて観念したのか、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。

 

「……俺達は同じ夢を見たんだよ」

「夢?」

「妙にリアルな夢だ。いいや、本当に夢だったのかもわからない。凍り付いた劇場で感じた突き刺さるような冷たさも、喉を焦がすほどに熱い爆炎の海も、忘れたくても忘れられないんだ……」

 

 それから男は今に至る経緯を自供する。

 最初はただの夢と思おうとしてた。けれど、肌に感じた感覚を忘れる事は出来ず、意識すればするほど、頭の中は悲惨な夢の光景でいっぱいになっていく。

 そんな状況に陥っていたからか、彼は同僚に相談した。するとどうだろうか。驚いた事にその同僚も同じような経験をしていたと言うのだ。

 

 以降、彼らは夢の内容について何度も話し合った。

 その結果、劇場が凍結した原因に仮面が関係しているのではないか?という推測が立ったらしい。

 人は常に因果関係を考えてしまうものだ。恐ろしい夢。凍結する劇場。炎に呑まれるクロスベル。実際の原因がそうであるかは分からないが、全ての根底に仮面があると信じ、彼らは無謀とも呼べる行動に打って出た。

 

「はぁ、笑うなら笑え。きっと薬の影響がまだ残ってるんだ。だから……」

「笑いませんよ。実は俺達もとある情報筋からその仮面の危険性を聞いてるんです。少なくとも劇場凍結の件に関して言えば、あなた方の懸念は当たっています」

「……本当か?」

「情報筋については明かせませんが、間違いない情報です。──そこで1つ提案なのですが、あなた方が確保した仮面を俺達に渡してくれませんか? 俺達の方で悲劇が起こらないよう適切に対処しますので」

 

 ロイドは座り込む男達へと手を差し伸べる。

 理解を得られないと思っていた警備隊の2人は、想定外のアプローチに戸惑っている様子だ。

 しばらく黙り込んだ後、片方の男がバッグへと手を伸ばし、その中から氷の意匠がついた白い仮面をロイドへと渡した。

 

「……確かに受け取りました。それで、あなた方の今後についてですが」

「大人しく出頭しよう。軍法会議は避けられないだろうが、それはもう覚悟してる」

 

 仮面の件が解決する以上、彼らはもう逃げるつもりもないらしい。

 ならばこの事件は9割方終わったようなものだろう。

 雪の女王の仮面を手にしたロイドは、特務支援課の元へと戻って来る。

 

「お疲れ様ロイド。これで一件落着ね」

「だな。それよりキーア、彼らが見た夢についてなんだけど」

「キーアも、よくわかんないけど……、たぶん未来の経験を夢でみたんだとおもう」

 

 彼らは爆炎の未来を夢で見て、それを何とかしようと今回の事件を引き起こしたという流れだった訳だ。

 キーアが今まで経験していなかったのもこれで納得がいく。しかし……。

 

「偶発的に未来の記憶を思い出すような事があるのか?」

「何らかの因果があると見た方が良いかも知れないね。そう言えば彼らは”薬”と言ってたけど、もしかしてあの事件に関わってたのかい?」

「はい。最近は病院での治療も終えて、この近くの演習地でリハビリをしてたのですが……」

 

 事件?

 もしや彼らの身に何かあったのだろうか?

 

 そんな疑問を覚えるライの様子に気づいたのは、感応能力を持つというティオだった。

 

「もしかして教団事件を御存じないのですか?」

 

 その言葉で状況の共有が上手く行っていない事に気づいたのだろう。

 ランディが頭を掻いて補足の説明をしてくれる。

 

「まっ、流石にエレボニア帝国までは届いてないわな。簡単に説明すっとだ。5月に《D∴G教団⦆ってカルト教団が当時の議員議長らとつるんで厄介な騒動を起こしやがったんだよ。その際に警備隊も《グノーシス⦆っつー薬を飲まされて奴らの傀儡に「ランディさん」──ん? どうした、ティオすけ?」

「機密情報をぺらぺらしゃべり過ぎではないですか?」

「良いじゃねぇの。こいつはもう他人って訳でもねぇんだから」

「……、……まぁ、それもそうですね」

 

 どうやらランディは喋りにくい情報まで伝えてくれたらしい。

 まあ、ティオも納得している辺り、そこまで厳重なものでもないのだろう。

 

(D∴G教団、それにグノーシスか……)

 

 教団事件と言う名称だけでは結びつかなかったが、ライはこの事件について過去に1度聞いていた。

 

 中間試験の後夜祭にてサラから伝えられた情報だ。

 グノーシスを広めていた組織を特務支援課が摘発したと言っていたが、それが教団事件の事だったのだろう。

 D∴G教団と言う名には聞き覚えはないが、帝国解放戦線と名乗るテロリストと何か関係はあるのだろうか。ライは得られた情報を静かに考え込む。

 

 一方で、ロイド達は警備隊の記憶に関して考察を進めていた。

 

「そう言えばグノーシスには感応能力を高める作用があったわよね。人の記憶を覗いたり、他者と精神を共鳴したり、本当かは分からないけど未来や過去の記録を読み取ったような発言もあった。もしかしたら彼らも……」

「彼らの飲まされた薬はそこまで強力なものじゃなかった筈だ」

「けど、グノーシスはまだ未知な部分が多いですよね。例えば複数人の精神が共鳴してたりして、感応能力が強化されてたのなら、キーアちゃんの記憶を読み取って夢として見てしまったりとか」

「……ノエルの言う通りだな。この場でいくら考えたところで分かる話じゃない、か」

 

 机上の空論で話し合っても意味はないと言う結論に至るロイド達。

 しかし、聞いたところグノーシスは想像よりもやばい薬の様だ。

 精神の共鳴、まるでそれは集合的無意識のような──。

 

「それよりリーダー、その仮面はどうするつもりかな?」

「あ、ああ、そうだな」

 

 ロイドは手元の仮面へと視線を移す。

 ぱっと見ただけではただの白い仮面だが、内に潜む厄災を知ってる身としては、持ってるだけで気味が悪いものだろう。

 

「……このまま盗まれたままにするって訳にもいかないよなぁ」

「ふふ、それなら七耀教会に渡すってのはどうかな?」

「え、七耀教会?」

 

 ワジが口にした予想外の提案にロイドは驚く。

 

「七耀教会は危険な古代遺物(アーティファクト)の回収・管理をやってるんだ。その仮面も危険性で言えば似たようなものだし、話せば適切に処理してくれる筈だよ」

「でも、そう簡単に分かってくれるかな」

「大丈夫さ。僕にはちょっとした伝手があるからね」

 

 ロイドの手から氷の仮面をひょいと奪い取るワジ。

 中性的な姿の彼は、仮面の橋に口をつけて妖しげに笑うのだった。

 

 

 ……

 …………

 

 

 ──クロスベル北西の郊外。

 警備隊を引き渡したロイド達は、ワジの提案に従って住宅街の先にあるクロスベル大聖堂へと向かった。

 

 ワジが自信ありげに「伝手がある」と言ったのも嘘ではなかったらしい。

 彼は1人聖堂内へと入っていくと、それほど時間も経たずにシスターと帰還。

 すんなりと仮面の回収に応じてくれた上に、アルカンシェルへの説明も七耀協会の立場からしてくれるとの事だった。

 

 かくしてアルカンシェルの盗難事件を無事解決した特務支援課一行。

 彼らは大聖堂からの帰路の途中、大きく背伸びをしながら空を見上げた。

 

「っしゃ、一時はどうなるかと思ったが、何とか丸く収まったぜ」

「本来は観光する筈だったのよね。結局いつもの仕事みたいになっちゃったけど」

「まあ、結果として各地を渡り歩いたわけですし、万事解決ですね」

 

 事件の緊張が解けたこともあり、ランディ達の気分は晴れやかだ。

 夕焼けに染まりかけた空も雲1つなく。まるで皆の心情を映しているようだろう。

 

 ……だが、彼らは1つ見逃していた。

 

「? まだ終わっていませんが」

 

 後ろを歩くライの言葉を聞いた全員の足が止まる。

 

「えっと、まだ何かあったかな?」

「まだ5か所、行ってない場所があります」

「…………え?」

 

 そう。

 彼らはライの在り方を理解しきれていなかったのだ。

 

 ロイド達は再び空を仰ぎ見る。

 既に昼はとうに過ぎ、夕方に差し掛かった事は間違いない。

 元よりきつめな日程だったのだ。それなのに彼は、さも当然が如くそう宣った。

 

「おいおい小僧、流石に今からは無茶じゃ……」

「諦めるにはまだ早いです。まだ、時間は残っています」

 

 諫めようとするランディの言葉も全て無意味だ。

 既にブレーキなしの暴走列車は走行を始めてしまったのだから。

 

「やるからには全力です」

 

 戸惑うロイド達を背に、ライはクロスベル市内へと歩き出す。

 

 かくしてクロスベル観光は超特急の展開を始めるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──1ヵ所目、カジノ。

 再び賑わいのある歓楽街に戻って来たライ達は、そのままド派手な建物の内部へと足を踏み入れた。

 

 その建物とは歓楽街の目玉の1つであるカジノ。

 換金こそできないものの、スロットやポーカー、ルーレット等により、客は運の娯楽に身を委ねて時間を忘れる事ができる。

 いくつものゲームが立ち並ぶ中、ライが選んだのは運命の輪とも呼べるゲーム、ルーレットだった。

 

 眼前に広がるのは赤と黒、1から36の数字が書かれたボード。

 そして手元には積み重なったチップの山。

 

 まるで常連客が如く優雅に座るライの左右から、ランディとワジが熱心に声をかけてくる。

 

「ライ、上の列だ! ここまで上に偏ってるんだから次もここだろ!」

「確率の法則性なんてまやかしだよ。ディーラーの癖もまだ見えないし、この場面は2コラム2ダズンで様子を見るべきじゃないかな」

 

 悪い大人たちに囲まれる中、ライはチップを手に取る。

 そして堂々とテーブルの1点にそれを置いた。

 

「俺の選択は、これです」

「──なっ!? 数字にオールインだって!?」

 

 わいわいと楽しむ悪い人間3名。

 

「ティオ~? 前がみえないよぉ~?」

「見てはいけません。不健全です」

「ははは……」

 

 その後方では、ティオがキーアの目を塞いでいた。

 

 

 

 ──2ヵ所目、オーバルストア《ゲンテン》。

 ここは中央広場に位置する導力器の大型販売店だ。

 生活の質を高める最新の日用品を始めとして、ライ達にも馴染み深い戦術オーブメント、更には人々の注目を集める導力車の展示販売すら行っている。

 

 買い物というものは一種の娯楽と呼べるだろう。

 予め買うものを決めて商品を見るのも良いが、未知なるものとの出会いを求めて見て回るだけでも良いものだ。

 

 現に今、提案者のノエルは誰よりも目を輝かせ、導力車のエンジンにかじりついていた。

 

「見て下さい! これ!! ZCF社の最新式ですよ!!」

「何とビッグな……」

「高出力モデルですからね! これを積めば山地の荒道も難なく進める馬力があって、でも同時に静音性にも優れた新パーツがこの部分に──……」

「なるほど。シャドウを撥ねるのに使えそうですね」

 

 微妙に噛み合っていない会話をするノエルとライ。

 その後ろでは、

 

「ティオ~? なんでまた目を隠すの~?」

「キーアは見ないでください。変な道にすすんでしまいます」

「ははは、は……」

 

 またティオがキーアの目を塞いでいた。

 

 

 

 ──3ヵ所目、プールバー《トリニティ》。

 そこはワジが所属していたグループ《テスタメンツ》が経営するバーらしい。

 旧市街の階段を下った先に存在する、まさにアンダーグラウンドな店舗だ。

 薄暗い店内にはビリヤード台とカウンター席が並んでおり、大人な空間といった雰囲気を漂わせている。

 

「おすすめを1つ」

 

 暗い明かりの下、優雅にグラスを揺らす未成年、ライ・アスガード。

 顔には見せないがこの男、ノリノリである。

 

「警察官として聞くけど、ホントに初めてなんだよな?」

「ええ勿論」

「それなら良いんだけど……。それとワジ、彼が飲んでるカクテルって──」

「安心しなよ。ノンアルコールだから」

 

 ワジからノンアルコールとの確約を得てようやく安心するロイド。

 一方その隣では、

 

「ティオ~? またぁ~?」

「キーアにこの空間はまだ早いです」

「まぁ、そうよね……」

 

 またまたキーアの目が塞がれていた。

 

 

 

 ──4ヵ所目、アルモリカ村。

 クロスベルの東門を出て北東を目指した先にある農村地であり、エリィ曰くレンゲ畑と蜂蜜が有名な、自然あふれる場所らしい。

 普段は本数の少ないバスに乗って向かうらしいが、幸い特務支援課は最近導力車を手に入れたとの事。

 やや手狭ではあるものの、快適なドライブで緑に囲まれた街道を抜け、見晴らしの良い村へと到着する。

 

「ふぅ、ここの空気はいつ来ても美味しいですね~」

「そうね。レンゲ畑は暗くなったから少し見えにくいけど……これはこれで趣があるかも」

 

 運転を終えたノエルと提案者のエリィは白い柵に手を置いて、撫でるような風に身を委ねていた。

 

 柵の向こうに見えるのは、遥か遠くの山辺まで続く広大なレンゲの花畑だ。

 太陽も沈みかけた紫色の空の下。まるで1枚の絵画が如き光景が360度広がっている。

 今まで建物が密集した市内にいた事もあってか、この空間にいるだけでゆったりとした気分にさせられる場所だろう。

 

 それはライとて例外ではなく、柵を背にしながら村全体の風景を満喫していた。

 

(どことなくケルディックに似てるな……)

 

 思い出すのは初めて行った実習地ケルディックだ。

 あそこは金色の麦畑だったが、広大な畑という意味では似た感じかも知れない。

 そう言えばあの町で出会った商人マルコは今どうなっているのだろうか。と、ライは遠い地の知人について想いを馳せる。

 

「ティオ~? 目を……隠さないの?」

「やっと教育的な光景になりました……」

 

 因みにお姉さんなティオは別の意味でほっとしていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──最後の予定地、保養地ミシュラム。

 夜空の下、クロスベル市内の港湾区から出ている遊覧船に乗ったライ達は、そのまま湖の対岸にあるテーマパークへと足を踏み入れた。しかし……、

 

「到着したと思ったら閉園時間、か」

 

 ロイドがやや残念そうに口にしたように、もうテーマパークで遊ぶような時間は残されていなかった。

 元々このクロスベルをマラソンするような観光は、無理のある日程で進めてたのだ。閉園時間に間に合っただけでも健闘したと言えるだろう。

 

「それでも来た価値はありました」

 

 ライの視線が向かう先には、少女達の背中があった。

 

「キーア! みっしぃ、みっしぃです! 早くこっちへ!」

「うん!!」

 

 今まで後方にいたティオとキーアが率先して楽しむ姿。

 今までのティオは大人ぶった言動をしていたが、こうして見ると年相応の少女にしか見えないだろう。

 ……まあ最も、彼女らが駆け寄っている妙な猫型マスコット、「みしし」と変な鳴き声を発しているあのみっしぃとかいうキャラクターに思うところはあるのだが。

 

「まあ、確かに」

 

 それはロイドも同感だったらしい。

 

 彼はティオ達の姿を優しげな目で見た後、ライが経つ湖畔の一画に歩いて来る。

 ここはきちんと整備されており、周囲にはガス灯のような淡い導力灯、水面の向こう側にはクロスベルの明かりが見える穴場のようなスポットだ。

 それに他の面々はせめて何か買ってくると言って遊園地の奥へと消えている。

 この状況を加味すれば、彼の意図はおのずと読めてくるだろう。

 

「俺と話したい事でも?」

「ははっ、やっぱり鋭いな」

 

 元よりこのクロスベル観光はロイド達の発案だ。

 各地を回り終えたのなら、まあ当然話したい事もある筈だ。

 

「……ライはこのクロスベルを見てどう思った?」

「色々と詰め込まれてるな、と」

「あぁ……まぁそうなるよな」

 

 娯楽に満ちた歓楽街や最先端の中央もあれば、逆に取り残された危険な旧市街や自然の残るアルモリカ村も存在する。かと思えばパン屋のようにありふれた日常もある。

 最中に起きた事件等も加味すれば、こんな感想にもなると言うものだ。

 

「他にも北西には資源豊かなマインツ鉱山があったりするな」

「…………」

「2大国の緩衝地帯なだけあって厄介事も多いけど、それでもこれが俺達の住む街なんだ。劇団員として皆を楽しませたり、普通の店でパンを売ってたり、街を守る為に騒動を起こしてしまったり。今でこそ教団事件で少し有名になったけど、俺達特務支援課もそんな住人の1人、なんだと思う」

 

 ロイド達はそれぞれの立場こそあれど、クロスベルに住まう1市民としてこれまで戦ってきたのだろう。

 それこそ彼らの戦う意味。あの絶望的な未来にすら抗う理由だった。

 

(今回はそれを見せたかったと言う訳か……)

 

 故郷を持たないライとは異なる、自らの住まう土地を守りたいと願う者達。

 それをわざわざ見せてくれた以上、ライ自身も少しは身の内を明かすのが礼儀か。

 

 そう考えたライは懐からある物を取り出す。

 

「これを御存じですか」

 

 ライが取り出したのは月のように輝く1個の錠剤だ。

 

「──! その青い錠剤はグノーシス? なんでライが!?」

「エレボニア帝国でシャドウを用いるテロリストが用いたものです」

「テロリスト……」

 

 真剣な顔で考え込むロイド。

 そう、これは彼にとっても他人事ではない。

 

「シャドウを生み出すために使われているようです。詳細はまだ分かっていませんが、このクロスベルにいたというD∴G教団、もしくはその関係者が関わっている可能性があります」

 

 クロスベルで起きたという教団事件、そしてエレボニア帝国で以前として進行しているシャドウ事件は、必ずどこかに繋がりがある。

 

「……なるほど、俺達の敵はあの未来だけじゃなく一致してた訳か」

 

 2つの地域で起きている状況を把握したロイドは、落水防止の柵に両手を置いて満天の星空を仰ぎ見る。そして、とある単語をゆっくりと口にした。

 

「──例えこの関係が一時的なものであっても、感謝させて貰うよ」

 

 予め用意していたであろう文章。

 それを伝え終えたロイドは、改めてライへと顔を向ける。

 

「今日の案内が終わったらこう伝えるつもりだったんだ。……けど、事情が変わったな。共通の敵がいて、共に回避したい未来もある。今日でライの性格もある程度知れたし、これからも”仲良く”できたら良いなと思うんだけど、どうだろう?」

 

 ロイドはそう言って片手を差し伸べて来た。

 

 今までは神での共闘があったとは言え、ライの内が未知な事もあり、距離感を決めかねていたのだろう。

 けれど、今回の件でそれも解消された。

 対するライの返答については……まあ考えるまでもないだろう。

 

「ええ、今後ともよろしく」

 

 夜空の下、交わされる手と手。

 こうして通商会議が目前へと迫った8月下旬の遊園地にて、遠い地で織りなして来た2つの軌跡は固く結びつき、同じ方向を向く事となった。

 

 

 

 “我は汝、汝は我……。汝、新たなる絆を見出したり。汝が心に芽生えしは節制のアルカナ。調和を守りしその心こそ、汝が道を明らかなものとするだろう……”

 

 

 

 

 




節制(特務支援課)
 そのアルカナが示すは調整と管理。献身や自制、平等といった規則正しい意味を持つものの、逆位置となれば一転、不正や浪費といった乱れし内容となってしまう。混沌とした魔都クロスベルにて正しく貫き通せるのか。それは彼らの意思にかかっていると言えるだろう。他にも節制には象徴として錬金術が描かれているのだが、その因果が明らかになるのはもう少し先の話である。

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