心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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94話「盗難事件を追って」

 クロスベルに拠点を置く劇団アルカンシェル。

 そこで新たに公演する予定だった演目の貴重品が忽然と姿を消した。

 シュリ曰く盗難にあったとの事。その事実に一番驚いていたのは、意外な事に未来を知るキーアであった。

 

「え、うそ……」

 

 目を丸くして呆然とする幼い少女。

 ライは現場から視線を逸らす事なく、キーアに小声で問いかけた。

 

「今までこの事件は起きなかったのか?」

「……いっかいも」

「そうか」

 

 他の未来では1回も起きた事のない事件……。

 何気ない行動が変化をもたらすバタフライエフェクトか、それとも未知の事象が関係しているのか。

 何にせよ、単なる盗難事件と考えない方が良いかも知れないと、ライは気を引き締める。

 

 一方、警察であるロイドはリーシャ達の元へと向かい、簡易ながら現場検証を行っていた。

 

「箱の鍵がこじ開けられてるな……。イリアさん、他に盗まれたものはないですか?」

「う~ん、そうねぇ。これ見つける前に色々と見つけたけど、無くなったものと言われても……」

「例えば金目のものとかは?」

「売るだけならもっと貴重なものはいくらでもあったわ。それこそ劇で有名になってプレミアがついてるものとか、この部屋のあっちこっちに置かれてるんだし」

 

 仮面より貴重で目立つ品が盗まれていない。つまり、金銭目的の盗難ではないという事だ。

 しかも仮面はまだ一般に公開されていない演目の備品。

 ロイドはその線から犯人を絞り込めないかとも考えたが、まだまだ情報は不足していた。

 

 そんな彼の元に、リーシャがおずおずと話しかけて来る。

 

「あの、ロイドさん……」

「ん? どうしたんだ、リーシャ。もしかして他に何か無くなったものでも?」

「そうではないのですが、1つ気になってる事がありまして」

「気になる事?」

「はい。朝に着替えた時と微妙になのですが、室内の物の配置が微妙に変わってるみたいなんです。今改めて確認したのですが、ロッカー内にも動かされた痕跡がありました」

 

 リーシャの情報を聞いたロイドは途端に表情を変えた。

 

「……リーシャ。1つ確認したいんだけど、仮面の保管場所って劇団の皆は知ってるのか?」

「細かな場所は知らないでしょうけど、大まかに置かれてるエリアだったら皆知ってる筈です」

「そうか。ありがとう、おかげで糸口が見つかりそうだ」

「ロイド、何か分かったの?」

「犯人が分かった訳じゃないけどな。ともかく、まずはロビーに戻ろう」

 

 そう言って、ロイドは踵を返して歩き始める。

 

 どうやらロビーに行けば何らかの進展があるらしい。

 彼の背中を追うようにして、ライ達も衣裳部屋を後にするのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──アルカンシェル、ロビー。

 劇場唯一の出入口に戻って来たロイド達を出迎えたのは、先も会話した支配人の男性だった。

 

「おや、お早いお帰りですね。何か用事でもありましたか?」

「そうですね。1つお聞きしたい事がありまして。実は先ほど──」

 

 ロイドは支配人に盗難事件のあらましを説明する。

 次第に表情をしかめていく紳士服の男性。

 それもまあ当然だろう。いつの間にか自身の劇場内で物が盗まれていたと聞いたのだから。

 

「なんと、そんな事が……」

「そこで1つお聞きしたいのですが、今日の朝から今までの間に、俺たち以外で外部から来た者はいませんでしたか?」

「今朝から、ですか……、まさかその中に犯人が?」

「まだ、断定はできませんが、可能性は高いと思います」

 

 先ほどリーシャが教えてもらった情報により、ある程度犯人を絞り込む事が出来るようになった。

 1つ目は犯行時間。彼女の言葉が正しければ、盗まれたのは練習を始めてから戻るまでの間。つまりかなり直近の犯行だ。

 2つ目は犯人の人物像。内部の犯行ならば無関係なロッカーの中まで調べる筈もない。よって外部の犯行だ。

 

「そう、ですか……。まさか彼らが? いやでも……」

「その言葉、何か心当たりがあるみたいですね」

「……ですが」

「勿論その方が犯人と決まった訳ではありません。人の目を盗んで侵入した可能性もありますし、あくまで参考人の1人ですから」

 

 ロイドは躊躇する支配人に対して説得を試みる。

 その効果があったのか、しぶしぶながら支配人は口を割り始めた。

 

「……実は、皆様と入れ違いに出て行かれた一団がおりまして」

「その一団とは?」

「その……大変申し上げにくいのですが──」

 

 とても言いずらそうにする支配人。

 そうして彼の口から出た言葉。それは、

 

「──クロスベル警備隊、の者達です」

 

 クロスベル自治州にとってスキャンダルは逃れられない組織の名前だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──クロスベル、歓楽街。

 リーシャ達と分かれたロイド達は、劇場を出たところで先の情報について意見交換を始めた。

 

「……ランディ先輩。さっきの話、どう思いますか?」

「危険物が持ち込まれたとの報告を受けたんで、調査のために2人の警備隊が入ったって話だったよな。危険物があるのは何も間違ってねぇし、通商会議前でビリビリしてっから調査される事自体は自然なんだけど……、……う~ん、やっぱ違和感あんな」

「ですよね! 普通こういったタレコミは警察の管轄ですし、警備隊がそのまま調査まで行ったって言われても、なにか違うって言うか……」

 

 違和感を抱えるノエルとランディ。

 

「警備隊だった2人が言うならそうなんだろうな。念のため聞くけど、偽物の可能性はどれくらいあると思う?」

「むしろそっちの方が高いと思うぜ」

 

 ロイド達の推測によると、劇場に現れた警備隊は偽物の可能性が高いとの事。

 クロスベル警備隊は自治州外周の警備に当たっている関係上、本物とかち合う可能性も低いだろう。

 管理人を納得させる立場を偽装するにあたって都合が良かったのだ。

 

「……それに、例の後遺症がまだ残ってる奴もいるしな。なおさら警備隊に取り締まる余裕なんざねぇだろうさ」

「? 警備隊に何が?」

「ああいやこっちの話。──ともかくとして、だ。この劇場から出た警備隊を探すのが得策じゃねぇか?」

 

 露骨に話題逸らしされたが、まぁどの組織にも触れられたくない話題があるものだ。

 とりあえずライは追及をせず、事の流れを静かに見守る事にした。

 

「それが良いかな。皆、ひとまず分散して情報を集めよう」

「ええ、分かったわ」

「リーダーの仰せのままに」

 

 かくして、休日だった筈の特務支援課は、本格的な調査に乗り出す事となった。

 

 

 ……

 …………

 

 

 特務支援課が周辺の聞き込みを始めてから暫しの時間が経った頃。

 目立つ警備隊の格好をしていると言う事もあってか、目撃情報は案外すんなりと見つかった。

 

 怪しい一団を目撃したのは歓楽街の西側──住宅街から歩いて来た赤紫色の髪をした商人ハロルド。

 どうやら特務支援課と顔なじみらしい彼は、警備隊の服を着た者達をここに来る途中で目撃していたらしい。

 

「──それで、彼らは通りをそのまま南に歩いていきました」

「なるほど。……因みにその警備隊の人相や持ち物等は分かりますか?」

「遠目だったので人相などは……。お力になれず済みません」

「いえ、ご協力ありがとうございます」

 

 礼を述べるロイドにハロルドも会釈で返し、そのまま東の方へと歩き去っていった。

 そんな2人の会話を後方で待っていた残りの面々。

 ロイドの聞き込みが終えたのを見計らうと、彼らはロイドの元へと集合する。

 

「住宅街の南って事は、西通りに向かったのかも知れません。……それにしても」

 

 ティオは言葉の途中で何か思いついたのか、何気ない表情でライの顔を見上げる。

 

「目的地はロイドさんが提案していた西通り。図らずもクロスベル巡りすることになりそうですね」

 

 かくして、特務支援課+αの面々は、急ぎロイドが生まれ育ったと言う西通りへと向かうのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──クロスベル、西通り。

 ここはベッドタウンとして開発が進められた区画だ。

 幾多の集合住宅が立ち並び、限られた土地の中で数多くの世帯が暮らしている。

 

 人通りもそこそこで落ち着いた雰囲気の街並み。何処かから聞こえる子供たちの遊び声。

 歓楽街のような派手さこそないものの、居心地のよい空気が流れているとライは感じていた。

 

「……本当は昼頃に来るつもりだったんだけどな」

 

 ロイドは小さくそうぼやくと、再び情報収集の為に周囲の人々へと聞き込みを始める。

 情報を得るには足で探すしかないとでも言ったところだろうか。

 徒労となる可能性の高い作業の繰り返しだが、彼らは苦に感じる様子もなく道行く人々に声をかけ続けていた。

 

「ふむ、警備隊か……」

「イアン先生、見覚えはありませんか?」

「見たと言えば見たが、それは街の出入口を監視する正規の警備隊だね。君たちの探している者達ではないだろう」

「……そうですか。ご協力ありがとうございます」

 

 途中、ロイド達の知り合いで熊のように大きな体躯の弁護士イアンとも遭遇したが、成果は得られず。

 歓楽街の時とは異なり、中々目撃情報が集まらない状況が続く。

 

「おかしくねぇか? この人通りなら1人くらい目撃してても良い気がするんだが」

「時間が経ちすぎていたのかしら」

「あと、ここに来る途中のどこかで、服装を別のものに変えたって線も考えられますね」

 

 どちらにせよ《2人の警備隊》と言うワードだけで調査を進めるのは限界が来ているのかも知れない。

 

 もう少し特定する為の情報はないかと考え込むロイド達。

 そんな彼らの元に、ある時風を伝って食欲を誘う匂いが届く。

 

(……パンの香り?)

 

 西通りには美味しいパン屋がある、と言う話題があらかじめ出ていたからだろうか。

 皆の視線が自然と匂いの方へと向かう。

 

 パンの香りを漂わせていたのは、口の空いた紙製の袋。

 焼きたての蒸気が出ているが故に封をする事すら出来ないのだろう。

 それほどまでの作り立て。材料である麦の匂いが食欲をそそる。

 

 そして、袋を抱えていたのは、ピンク色の髪にヘアピンを留めた少女だ。

 年齢はティオより少し上くらいだろうか。

 どこかの制服を身に纏った彼女は、るんるんとした満面の笑みで1棟の集合住宅へと歩いていた。──のだが、ロイド達の存在を認識した瞬間、目を丸くして立ち止まった。

 

「あああっ! ロイドさん! それに特務支援課の方々も!!」

 

 まるでファンが推しに出会ったかの如き大げさな反応だ。

 困惑を隠せない特務支援課の面々。

 しかしただ1人、ロイドだけは全く別の反応を示していた。

 

「ははっ、久しぶりだな、ユウナ」

「……ロイド、知り合い?」

「ああ。彼女はユウナ・クロフォード。同じ集合住宅に住んでた縁で、彼女とは家族ぐるみの付き合いなんだ。ここ最近は再結成や例の騒動とかあって会う機会はなかったんだけど……」

 

 どうやらロイドの個人的な知り合いだったらしい。

 しかし、最近会っていなかった事もあってか、彼はユウナの近況に関しての情報が抜けていた。

 ロイドはユウナの着ている制服を見て、やや驚いたような声をあげる。

 

「あれ? その制服……もしかして警察学校に入学したのか?」

「あっはい、そうなんです! 5月にあった教団事件! あれに関する記事を読んだ時から皆さんの軌跡をずっと追ってまして、……それで私も皆さんのようになれればと思って、警察学校に…………」

「ははは、そりゃまぁ、光栄なこって」

「ええそうね。──って、あれ? そう言えば警察学校って……」

 

 曇りなき憧憬の眼を前にして気恥ずかしそうにするエリィだったが、その途中である事実に思い至る。

 

「警察学校って西クロスベル街道の先にあったわよね?」

「そうだけど……、……ああ、なるほどな」

 

 犯人たちが向かった先の可能性として、街の外、歩き続ければエレボニア帝国のガレリア要塞へと辿り着く西クロスベル街道があった。

 そこは市内と比べると人通りも少ない場所だ。

 彼らが人目を避けて最短距離で向かったのならば、この西通りでの痕跡がなかなか得られないのも頷ける。

 

「ユウナ。まず1つ確認なんだけど、ついさっきまで警察学校に居たんじゃないか? 今日は警察学校も休みの日だし、家族のみんなに会うついでにパンを買ったってところか」

「えっ? あ、合ってますけど、でもどうして……」

「”どうして分かったのか”という疑問の答えは、単純に君が制服を着たままだったからさ。次に、”どうしてそんな事を聞いたのか”と言う疑問に対してなんだけど、それは──」

 

 ロイドは現在調査している大まかな流れについて、話しても問題ない内容に絞って説明した。

 

「……な、なるほど。事情は分かりました。あたしも協力させていただく事もやぶさかではないのですが……、でも…………」

 

 ここで初めて、ユウナは余所者であるライの方へと視線を向けて身構える。

 まぁ、ただの余所者だったのなら彼女もそこまで気にしないかも知れないが、そこは安定と信頼の嫌われ体質。

 事態は最悪スキャンダルに繋がりかねないもの。それ故か、こんな怪しげな人物も聞いている状況で話して良いのか?と、警戒心ばりばりの状態だ。

 

(特務支援課に説明して貰えば説得は出来そうだ。けど……)

 

 無理に説得したところで、話しちゃ行けないんじゃないかと無意識なセーフティをかけてしまうかも知れない。今は少しでも情報が欲しい状況だ。なら、ここは──。

 

「──俺はパン屋に行ってます」

「ありがとう。一通り話を聞いたら合流するよ」

 

 ロイドはやや申し訳なさそうな表情を浮かべつつもライの言葉に賛同してくれる。

 かくして、少々予定外の流れにはなったものの、ライは美味しいと話題のパン屋へと1人向かう事になった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 西通りのメインストリートに立地するパン屋《モルジュ》。

 店先に置かれているのはパラソルを立てたオープンテラスだ。この店はパンを買うだけでなく、ゆっくりと飲食を楽しむカフェでもあるらしい。

 

(彼らが来るまでここで待ってるか)

 

 折角だからこの唐突に出来た余暇を楽しむ事にしよう。

 そんな予定を組みつつも、ライはガラス張りの扉へと手を伸ばす。

 

 開いた扉の隙間から漏れ出す焼きたてパンの香り。

 次いで柔らかそうな食パンやマフィン等が目に入り、そして最後に──、

 

「おっ、そのめっちゃ嫌~な雰囲気。もしやお前がロイドの言ってたライって奴か!?」

 

 顔を合わせて早々に失礼な事を口にする店員が会計に立っていた。

 

「おっと挨拶がまだだったな。俺はオスカー、ロイドの幼馴染をやってるぜ」

「どうも」

「ここにあるパンはどれも美味しいから、バンバン買ってってくれよなー」

 

 軽快な営業トークをしてから会計に戻るロイドの幼馴染オスカー。

 

 今日は何かと特務支援課の知人と出会う日だ。

 宿屋の看板娘を始めとして、アルカンシェルの3人、商人、弁護士、警察学校の新入生、そしてパン屋。

 ロイドが元々クロスベル出身という事もあるが、特務支援課と枠組みで考えても中々に広い人間関係と言えるだろう。

 

 

 ──と、まあ。

 そんな事を考えていたからだろうか。

 幾度となく特務支援課の繋がりを見て来たライは、ここに来て更に1人、意外な人物と出会う事になる。

 

「……それにしても、初日に続きまた事件か。警察と言うものは事件に巻き込まれる運命なのか?」

「それはあなたも似たようなものだと推測しますが?」

「確かに……、……ん?」

 

 パンをトレイに乗せつつ独り言を零していたライに、疑問を呈する誰かの声。

 何気なく同意しかけたライであったが、その途中で、いつの間にか人が増えていると言う異変に気がついた。

 

 表情の動かないライの目が隣、正確には斜め下の方向へと向く。

 その先にいたのは不可思議な黒いスーツを身に纏う銀髪の少女だ。

 兎っぽいフードを被る眠たげな瞳の女の子。その独特な風貌にライは見覚えがある。

 

「お久しぶりですね」

 

 かつて旧都セントアークにて出会った1人の少女、アルティナ・オライオン。

 エレボニア帝国から遠く離れたこの地にて、想定外の再会を果たすのであった。

 

 

 


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