心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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90話「未来の記録」

 残骸と氷柱が地面に乱立する滅茶苦茶な光景の中、熾天使セラフの光を浴びる特務支援課の面々は戸惑っていた。

 

「アルコーンとセラフ……、キーアが、ペルソナ使いだったなんて…………」

 

 親しい家族とも言える少女が召喚した2体のペルソナ。

 それはライが召喚したものと同類でありながら、より強い力の波動を放っている。

 

 キーアを守るべき対象と捉えていたが故に、ロイド達の動揺は中々に大きい様子。

 一方、それに比べてライは驚きこそしているものの、彼らより冷静に考える余地が残されていた。

 

(今は時間が必要か)

 

 キーアが立ち上がった今、彼女の意思と方針を聞く事が何より重要だ。

 その為には、神の干渉を一時とは言え遮断しておく必要がある。

 ペルソナでそれを可能にする手段はただ1つ。ワイルドたるライとキーアは視線だけ動かし、それを確認し合った。

 

「……ライ、わかってるよね?」

「壁だろ?」

「うん。それじゃあ、合わせていくよ!」

 

 召喚器と本。

 2人はそれぞれペルソナ召喚の体勢を取る。

 

「──チェンジ、バフォメット!」

「──降魔、ブラックライダー!」

 

 出現したのは黒山羊の悪魔と、天秤を掲げた黒い死神。

 2体のペルソナは即座に氷結魔法を辺りに解き放つ。

 

 まるで吹雪が如く巻き起こる氷の粒。

 ライ達の周囲、乱立する残骸をも巻き込んだ氷結魔法の予兆は即座に変質。

 巨大な氷柱が組み合わさったドーム状の壁は、先ほどまでいた建物にも劣らない強固な障壁となって皆を取り囲んだ。

 

「これでよし、だね」

 

 溶ける様子のない透明な壁をペタペタと触り、キーアは安全を確かめる。

 そんな彼女の元に歩いてきたのは、度重なる新情報を何とか受け止めたロイド達だった。

 

 キーアは彼らの存在に気づくと、気まずそうな顔で目を逸らす。

 

「……あ、あのね? これは、えっと」

 

 彼女からしてみれば、先の突撃でペルソナを使わなかった負い目があるのだろう。

 けれど、ロイド達は気にしないと言わんばかりに、顔を横に振った。

 

「いや、いいんだ。あの時は過去に負けた時と重なって見えていたんだろ? 始めから失敗が分かっていたなら全力になれないのも分かるし、俺達に言えなかった心情も理解できるし……。……でも、そうか。今の力を使っても勝つのは難しかったんだな」

「うん。前の世界から引きついだペルソナがあっても、防戦を維持するだけで精一杯だったとおもう」

 

 不利な状況をはっきりと口にするキーア。

 内容は前回と同じ悪い情報だったが、彼女の瞳には光が宿っている。

 この現状を理解したうえで、それを覆す道を諦めていない。そんな顔だ。

 

「だから、これからは──『我らは分別する。寒と暖。移り変わる熱の理を』……っ!」

 

 キーアの声を神言が遮る。

 先と同じ熱に関する理の書き換え。

 だが、氷の向こう側で発生した現象は前回と異なり、街を燃やす炎が勢いを増していた。

 

 うねり狂う炎が氷を融かさんと迫りくる。

 冷気を纏う氷との衝突。

 融解の速度から見て、恐らくは数分持つだろうと思われた。

 だが、しかし……。

 

『重ねて分別する。絶えず流動する大気の理を』

 

 神は更に疾風の理を書き換えた。

 

 熱に加え、大気の圧力が氷壁に集中する。

 表面が融かされていた為か、ヒビが入り始めるドーム状の氷。

 一度始まった崩壊は止まる事なく、遂には分厚い氷の壁が粉々に砕け散ってしまう。

 

「──降魔、マザーハーロット!」

 

 直後、ドームの中から現れたのは赤い獣に跨る骸骨顔の女性だった。

 

 キーアが召喚したこのペルソナは大淫婦マザーハーロット。

 穢れた聖杯を片手に掲げ、殺到する火炎と疾風を、あふれ出る呪怨の力で押しとどめる。

 

 その一瞬の隙をついて崩壊したドームを脱出するロイド達。

 彼らが全力疾走で向かう先は神ではなく、建物が密集している場所だ。

 ロイドの腕の中、抱えられたキーアはその体勢のまま、隣を走るライに語り掛ける。

 

「さっきの話なんだけど、キーアに、キーアとロイド達の事を信じてほしいって言ってくれたよね」

「ああ、信じられそうか?」

「がんばってみる。……けど、1つだけ訂正させて」

 

 建物内で残したライの言葉。その内容に1つ訂正をキーアは求めた。

 

「こんかいはライの事も信じてみる。まだ怖い……けど。それでも、それがきっと、可能性につながる気がするから……!」

 

 ライの顔を真正面から見つめるキーア。

 この協力関係こそが、次なる戦略の構図であった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──建物内に入ったライ達が行ったのは、隣り合う建物の壁をぶち抜いて突き進むという強引な手段だ。

 

 神の攻撃は遠方に限られている関係上、壁が多ければ多い程、ライ達の安全が確保される。

 しかし、神がいるオルキスタワー周辺には行政区の広場があるが故、この手は使えない。

 だからこそライ達が向かう先は神の元ではなく、クロスベルの北東方面であった。

 

「導力波はこのまま真っすぐ続いています! ライさんは道の作成を!」

「分かりました。──ぶち抜け、ヘイムダル」

 

 ティオの先導に従って、ライのヘイムダルが密集した建物の内部に豪快な道を作り上げる。

 こうなった理由は氷壁のドームが破壊される寸前にキーアが口にした言葉だ。

 ライは建物内を走りつつ、先の言葉を思い返していた。

 

 

 ──

 ────

 

 

『──前のライが、言い残した言葉だって?』

『うん。爆炎の未来でもライは味方じゃなかったけど、それでも神を討伐するために協力することがあったの。彼が別れるときにいった言葉があって、それは──』

 

 キーアは炎が壁を融かそうとしている中、手短に爆炎の世界で聞いたというライの言葉を伝えた。

 

 内容は至ってシンプルだった。

 自分は混沌の道を進むこと。そして、もし駄目だった場合には、今回の礼として”次への手助け”を残すと言っていたらしい。

 

『……次への手助け? ライさんも時を超えられるのですか?』

『ううん。時を遡ったのはキーアだけ、だとおもう。あの後は1度も会わなかったから、約束を果たせなかったとおもってたんだけど……』

 

 キーアの目がライを見上げる。

 唯一時を遡るキーアには届けられなかった約束の手助け。

 過去であり未来のライが残した言葉。その真意を理解できるのはただ1人。

 

『……心当たりなら、1つだけあります』

 

 疾風の理が書き換わる寸前、ライは確かにそう言った。

 

 

 ────

 ──

 

 

「……クッ、確かなんだろうな! その戦術オーブメントが”手助け”に繋がってるってのは!!」

 

 屋内に潜んでいたゾンビをハルバードで追い返しながら、ランディは問いかける。

 

「ええ。俺達の戦いはいつもARCUSが鍵になっていました。前の世界もそれが同じなら、これを道標にしている筈です」

 

 ライは何かと繋がっているARCUSを手に、そう伝えた。

 

 爆炎のライが約束したと言う”手助け”。

 過去にも遡れず、キーアにも届いてないのなら、言葉の意味はただ1つ。

 この爆炎の世界に何かを残したという可能性だけだ。

 

 それが何かは分からない。

 けれど、その場所を示す手段だけは、はっきりと分かっていた。

 

(この戦術リンクの先に、何かが……!)

 

 砂漠の未来では誰とも繋がらなかったが、この爆炎の世界ではたった1つだけ繋ぐ事が出来た。

 繋いだ相手は分からない。何の反応も示さない。

 けれど、繋がった事実だけは確かであり、導力波の流れを感じ取れるというティオの協力もあって、ライ達は迷うことなくリンクした方向へと突き進んでいたのだ。

 

 かくして爆炎の未来を突き進む特務支援課+2名。

 建物を跨ぐ彼らの元に、再び神々しい声が響き渡る。

 

『我らは分別する。広き宇宙を照らす波の粒子。即ち光の法則を』

「来るぞ! 皆、構えろ!」

 

 ロイドの掛け声を合図に防御の体勢を取る特務支援課。

 

「──降魔、ケムトレイル!!」

 

 その中心で、キーアは新たなペルソナを召喚する。

 3人の兵士が連なった煙のペルソナ、ケムトレイル。

 建物の隙間から迫りくる赤光の光線に対し、煙による拡散によって威力を拡散させる。

 

 地面や壁を焼く臭いが周囲を満たす。

 濃い煙に隠れたライ達は、お互いの無事を確認し、そのまま危険地帯を後にした。

 

「ねぇロイド、この先って……」

「ああ、目的地があそこだなんて、何だか不思議な気分だな」

 

 土地勘があるエリィとロイドは、このまま直進して行ったさきにある場所に心当たりがあった。

 クロスベル北東の端にある建造物。

 この異世界に突入する前にも訪れた、金融業における要所。

 

「……IBCビル、か」

 

 即ち、見るも無惨に崩壊したIBCビルの跡地こそが、ライ達の目的地だったのである。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 建物のトンネルをくぐり抜けてIBCのあった場所まで辿り着いたロイド達一行。

 昼間に見たガラス張りのビルは見る影もなく、地面に突き刺さる鉄骨と、割れたガラスが一面に散乱する廃墟が残るのみだ。

 

 ここに爆炎のライが残した何かが残されているのだろうか。

 ロイドはより詳細な場所を導く為、ティオに頼み込む。

 

「ティオ、詳細な分析をお願いできるか?」

「分かりました。──エイオンシステム、起動」

 

 ティオは導力杖を縦に構え、搭載された情報処理システムを起動する。

 これは彼女の特殊な感応能力と共鳴する事で、常人には不可能なレベルの超高速演算を可能にするものだ。

 この力によって、ライのARCUSから流れる導力の波を測定。ライの位置、微細な角度の変化を元に、繋がっている先の正確な位置を割り出す。

 

「……判明しました。導力波の移動先はこの位置から前方約18アージュ、下方約30アージュ。階に換算すると、地下5階の場所に対象物があると推察します」

 

 導き出した場所は地下5階。

 そこに戦術リンクを成立させた何かがあるらしい。

 

「地下5階って確か、でっかい導力端末があるフロアだったよな? エレベーターは……使える訳ねぇか」

「非常階段だったら使えるかも知れないわ。崩れてなければだけど」

「穴掘る訳にもいかねぇもんな。お嬢、大体の位置は分かるか?」

「……任せて。こんなに朽ちてしまったけど、ここは慣れ親しんだ場所だもの」

 

 エリィは悲しそうな顔を浮かべ、崩壊したビルの敷地内に入り込む。

 IBCビルの非常階段は建物の裏手側にあるらしい。

 迷う事なく歩いて行ったエリィは、やがて1枚の板で塞がった場所を指差した。

 

 煤だらけの板に手をかけるランディ。

 全身に力を込め、障害となっていた板をどかす。

 

「せい!っと、……階段は無事みてぇだな」

 

 板の向こう側は、下に続く薄暗い階段が続いていた。

 

 他の場所と比べて破損は少なく、導力灯もまだ機能している。

 まるで地下シェルターの入り口みたいだと、ライはそう思った。

 

「このまま目的の階まですんなり行けたら良いんですが……」

「ま、そう上手くは行かねぇわな」

 

 後ろを振り返ったランディが鬱陶しそうに武器を構える。

 1手遅れて振り返るロイド達。

 建物を貫いたのが原因か。はたまた神の差し金か。おびただしい数のゾンビがこちらに向けて迫って来ていた。

 

「あれの対処はキーアにまかせて!」

 

 ロイドの腕の中から飛び降りたキーアが、ペルソナ全書の中から1枚のカードを取り出す。

 多数のペルソナから選んだのは法王のアルカナ。それはキーアの手の中で燃え上がり、青い焔となって形を成す。

 

「降魔、だいそうじょう!!」

 

 召喚されたのは黄色の法衣を身に纏う即身仏の僧侶。

 既に骨のみとなったそのペルソナは、空洞の目で生ける屍たちを見定め、手元の鐘をからんと鳴らす。

 

 ──回転説法。

 正しき死が訪れない哀れな者達の周囲に、幾多の教えが浮かび上がる。

 それこそ死者をも救う祝福されし文言。

 衆生救済の為にその身を捧げた僧侶によって、ゾンビ達は文字通り浄化していった。

 

 迫りくる危機は脱した、そう思った次の瞬間、今度は肉体のない呪怨の津波が押し寄せて来る。

 これは間違いなく神の追撃だ。

 狙いはだいそうじょうを召喚したキーアか。

 最も早く動けたのは、前回津波を直接受けたライだった。

 

「皆、後ろへ! ──バフォメット!!」

 

 キーア達の前に躍り出たライは、呪怨無効となった自身の身体とバフォメットを盾にし、防波堤となって皆の身を守る。

 

 ようやく1つの波を乗り越えたライ達。

 だが、この襲撃で1つの問題が浮かび上がった。

 

「……このまま地下に向かっても良いのでしょうか」

 

 IBCの地下は行き止まりの袋小路だ。

 地下5階に向かった場合、必ず同じ道を帰って来なければならない。

 その際にゾンビが地上から入り込む可能性は高く、最悪の場合、飛来する建物によってそのまま生き埋めになる可能性すらあるだろう。

 

 ロイドは短い間で考えを巡らせる。

 この状況に至っては、危険性のない策などないだろう。

 ならばせめて、全員が最も無事でいられる道を考え、1つの方針を導き出す。

 

「ティオ、エリィ、ランディ。危険なのは承知だけど、3人で端末室まで行ってきてくれないか?」

「ロイドさんは?」

「キーアやライと共にここを守らせて貰うよ」

 

 ロイドはトンファーを構え、不安そうなティオに答える。

 神の攻撃に対処するには2人のペルソナ使いが必須なのは明らか

だ。

 加えて幼いキーア自身を守る為に、ボディガードが他に1名必要になる。

 

 地上を最小限の人数で守る場合、最適解は守りに特化したロイドを残し、地上で神やゾンビの攻勢を押し留める作戦が最適解。

 地上、地下、どちらも危険な作戦だが、これが今考え得るベターな作戦なのだと、エリィ達も理解した。

 

「分かったわ。キーア、ロイドをお願いね」

「うん!」

 

 エリィ達は地上に残る者達に声を残し、深い地の底へと向かっていく。

 

「──降魔、マタドール!」

 

 残された3人は入り口に背を向け、絶対死守の意志で武器を構える。

 あの神を相手に何時まで耐えられるかは分からない。

 かくしてキーア達は、1分1秒が生死を分ける、決死の戦いへと身を投じていった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ──IBCビル地下、非常階段。

 幸いな事に、非常階段の壁に埋め込まれた導力灯はまだ半数以上機能しており、薄暗いながらも歩く分には問題ない明るさが確保されていた。

 エリィ、ティオ、ランディの3名は、カツンカツンと鉄板の階段を急ぎ足で降りていく。

 その途中、彼女らは箱の周りに荒々しく散らばった、中身のない食料や水の数々を目撃した。

 

「……ここに、しばらく人がいたみたいね」

「地上はあんな有様だったんだ。おおかた、この地下で籠城していたんだろうぜ。…………だが、あの散乱具合は……」

 

 ランディは嫌な推測をし、口をつぐむ。

 あれは箱の中に食料や水がないかと、最後の望みをかけて漁ったものの荒れ方だ。

 つまり、ここに籠城した者達は飲み水にすら困ってたと言う事であり、その先に待っているものは……言うまでもないだろう。

 

 ランディは、エリィ達がこの真実に気づかない事を祈りつつ、人の気配がない階段を下りて行った。

 

 

 ……

 …………

 

 

 ──地下5階。端末室。

 途中、いくつか封鎖された階を通り過ぎたエリィ達は、ゾンビに出くわす事もなく目的の階まで到達した。

 

 IBCの地下に設置された大型導力コンピューター。

 ここはかつて、特務支援課もとある騒動で訪れた事のある場所だ。

 今後の金融業への活躍が期待され、研究が進められていた最新鋭のエリア……だったのだが。

 

「ここも一変してしまってますね……」

 

 もはや、未来への投資だなんだ言っていられない状況だったのだろう。

 端末室の中には、地上から慌てて持ってきたであろう荷物が雑多に置かれていた。

 

 寝巻として使ってたであろう汚れた毛布。

 蓋が空いた消毒液。そして、酸化した黒い血に染まった包帯。

 最新鋭の設備だった機械は、それら生活用品を置くための机に過ぎない。

 

「この端末室にキーアちゃんが言ってた”未来からの手助け”があるのよね?」

「ま、少なくともあの戦術オーブメントに繋がってるもんがある筈だ。手分けして探そうぜ」

 

 そんな会話を交わし、エリィとランディはそれぞれ左右の荷物を探し始める。

 残されたティオは中央へ。物悲しい雰囲気が漂う操作用端末の方へと歩いて行く。

 

 炎と動く屍から必死に逃げて来たのが見て取れる光景。

 平和とは言えないまでも、人々の活気に満ちたクロスベルがこんな惨状になってしまうなんて、ティオは今になっても半分信じられない心情だ。

 しかし、必死に平常心を保っていた彼女に、より辛い現実が待っているとは思ってもいなかった。

 

「…………え?」

 

 物陰に隠れていて気づかなかったが、導力端末の近くで成人男性の足のようなものが見えた。

 

 それは、ティオの良く知る人物だ。

 エプスタイン財団クロスベル支部の主任、やや気概に欠けるロバーツと言う名の男性。

 今日、現実でも会った知人が、木箱を背に座り込んでいた。

 

「しゅ、主任……?」

 

 ティオが恐る恐る声をかけるが、返事が返って来る事はない。

 ……いや、そんな事は初めから分かっていた。

 主任と呼ばれた男性の額から流れ落ちる血液。片手に握られた小さな導力銃。

 痩せこけた顔の彼は、既に自らの命を絶っていたのだから。

 

 既に手遅れと分かっていながらも、ティオは主任の脈を確認せずにはいられなかった。

 今までも数多くの死体を目撃したが、やはり身近な者の死は衝撃的すぎる。

 冷たくなった肌に触れ、気を落とすティオ。彼女はふらふらと後ずさりすると、偶然にも端末のキーボードに手を置いた。

 

 ──刹那、起動する導力端末。

 表示されるディスプレイを見て、ティオは目を丸くした。

 

『せめて後世に何か残せないかと思い、私、ロバーツはここに記録を記す』

「これ、は……」

 

 導力端末に残っていたのは、主任が残した未来の記録だった。

 恐らく、こんな状況になって不要になった導力端末を私的に使っていたのだろう。

 主任が残した声なき遺言。ティオは戸惑いながらも、その文章ファイルを読み進めていく。

 

『11月21日。数日前に大陸の西側から現れた炎と動く屍が、遂にクロスベルまで到達してしまった。もう既に多数の被害が出てしまっているらしい。市長の判断で、私たちはIBCの地下とジオフロントに移すことになった。ティオ君は特務支援課と共に、ジオフロントに避難した市民たちの方にいるらしい。心配だ』

 

 記録は主任がここに避難した日から始まっていた。

 彼はIBCのビルで働いていた為か、こちらに避難したらしい。

 爆炎の未来における特務支援課はジオフロント。きっと、キーアもそちらにいたのだろう。

 

『11月30日。避難生活が始まって10日が経過した。地上の炎はまだ消える事なく、様子を見に出ていった人も段々と戻らなくなって来ている。レマン自治州やカルバード共和国に避難していった部下たちが気がかりだ。最近、ここの導力端末でジオフロントの人と会話する事が唯一の楽しみになっている。機材のメンテナンスもしっかりしておかないと』

 

『12月4日。ジオフロントに逃げ込んできた人がおかしな話をしていたらしい。空に浮かぶ太陽が、まるで何かに食われたかのように無くなってしまい、炎のない場所は極寒の世界になってしまったと。以前からそんな噂は流れていたけれど、まさか本当になるなんて……』

 

『12月7日。今日も、悪い情報が伝わって来た。カルバード共和国が天変地異で海に沈んでしまったらしい。故郷のレマン自治州は無事なのだろうか』

 

 記録していた内容は、段々追い込まれていく状況が克明に書かれていた。

 地下の鬱々とした生活に加えて日々状況は悪くなっていく。

 そして、遂に地下生活にも変化が起きてしまったらしい。

 

『12月14日。警備隊所属で物資をかき集めてくれた人が帰って来なくなった。もうここに残されているのは怪我を負った人か無力な市民だけだ。私にはもう、ジオフロントに助けを求める事しかできない』

 

『12月18日。今日、ジオフロントとの連絡が取れなくなった。ケーブルが切れてしまったのかも知れない。いや、そうであって欲しい』

「主任……」

 

 そこから暫くは連絡の取れなくなったジオフロントを心配する言葉ばかりが書き連ねられていた。

 

 食事や水の補給もなく、ただ死を待つだけの状況。

 その現実から目を逸らしたかったのが分かり、ティオは読み進めるのも辛くなる。

 ……だが、その最後に1つ気になる記録が書かれていた。

 

『12月25日。驚くべき事が起きた。生きている人間がここを訪れたのだ。しかも、クロスベルタイムズでも見たあの有名人、ライ・アスガードである。彼は今では貴重になった水と食料を手に、滅亡したエレボニア帝国から歩いて来たらしい』

「え? ライさんが!?」

 

 崩壊したクロスベルに訪れていた1人のペルソナ使い。

 彼はキーアとの約束通り、クロスベルに訪れていたらしい。

 

『この青年は全ての物資を提供する代わりに、ある機械に細工をして欲しいと頼んできた。どうやら、遠い未来、これが誰かの助けになるらしい。真偽は確かじゃないが、久々に喜ばしい情報だ。未来に人が残っているのなら、もしかしたらこの記録も読んでくれるかも知れない』

 

 爆炎のライは主任に1つの頼み事をした。

 ある機械。それこそティオ達の探していた”手助け”だ。

 

『この記録を読んでくれる人よ。せめてもの助けに、彼と交わした最後の会話を記しておく。彼はこの滅亡した世界で、例え最後の人類になったとしても、抗い続けていくと言っていた。世界をこんな風にしてしまった元凶。彼から聞いたその名は──……、…………──……』

 

 肝心なところで破損した文章データ。

 それを見たティオの手は、いつの間にか握りしめられていた。

 未来の主任が残されていた悲痛な記録。これもまた、滅亡の未来から託されたもう1つの手助けだったのだ。

 

「──エリィさん! ランディさん! 手助けの詳細が分かりました!」

 

 ティオは振り返り、2人の仲間に情報を伝える。

 この行為こそ、命を絶った主任に対する弔いだったのだから。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ──その頃、地上にて。

 神やゾンビからIBC跡地を守るライ達の防衛線は、次第に神の方へと情勢が移り始めていた。

 

「お願い! マタドール!」

 

 キーアの叫びに応じ、赤い布を棚引かせた骸骨の闘牛士が空を舞う。

 迫りくるはもぎ取れた柱。かつてはクロスベル地下、ジオフロントの天井を支えていた大黒柱だ。

 マタドールはまるで闘牛を扱うが如く柱をいなし、敷地の外に落下させる。

 

 着弾し、吹き荒れる衝撃波。

 体が軽いキーアは、その衝撃で紙のように吹き飛ばされる。

 

「キーアぁぁ!!」

 

 そんな彼女を受け止めたのはロイドだった。

 続いて飛んでくる巨大な破片を片膝ついて防ぎ、そのまま後方へと衝撃を受け流す。

 

『我らは分別する。世界に満ちる磁気。即ち雷の力を』

「チェンジ、サンダーバード!」

 

 追撃の雷を、コンマ1秒で吸収するライ。

 状況は既に詰将棋と同じような形となっていた。

 最善手を繰り出し続ける事で、辛うじて維持されている戦線。

 ライ、キーア、ロイド。誰か1人でもミスをしたらその瞬間に全滅は免れない。

 

(後、何分持つ? 体力も、ペルソナの力も有限だ。手助けが何かも分からない状況で、考えられる手は……)

 

 ライは全力を持って神の試練をいなしつつ、思考をフル回転差させる。

 

 だが、相手は世界の理そのものを書き換える相手だ。

 状況を変える手はそう簡単に見つからない。

 剣を握る手にも力が籠る。その直後。

 

「──伏せて!」

 

 自身に向けて放たれた声に反応し、ライは即座に体を屈めた。

 

 頭を通り過ぎる銃弾。

 エリィの放った射撃が、雷に紛れて接近していたゾンビの頭を貫く。

 

 無事、エリィ達が地上に戻って来たのだ。

 それを見たロイドの顔に、安堵の笑みが浮かんだ。

 

「皆! 戻って来たのか!!」

「はい! 未来からの救援物資は確かに入手しました!」

「って訳だ。──ライ、こいつを受け取りな!!」

 

 ランディが、手に持っていたトランクケースをライへと放り投げた。

 

 爆炎の明かりを反射させ、中を舞う銀色の箱。

 その表面に、ライ自身の文字でこんな言葉が記されていた。

 

未来の記録(セーブデータ)を引き継ぎますか?》

 

 これはきっと、未来からの意思確認だ。

 この絶望的な未来を理解し、それでも戦い続ける事が出来るのか?

 

 ……答えは当然、ただ1つ。

 

「やってやる」

 

 ライは宙で開くトランクケースの中へと手を伸ばす。

 

 やっとの思いで掴んだ未来からの手助け。

 それは、片手に収まる程の戦術オーブメント。

 

 即ち、未来のライが使っていた、傷だらけのARCUSであった。

 

 

 




塔:ブラックライダー
耐性:氷結吸収、祝福・呪怨耐性、火炎弱点
スキル:マハブフダイン、マハムドオン、フラッシュボム、浮かない空
 ヨハネの黙示録に登場する4騎士の1つ。黒い馬に乗った姿をしており、3番目に現れて人々に飢饉をもたらすとされている。その手に持つ天秤は食料を厳しく制限する為のものである。


女帝:マザーハーロット
耐性:電撃反射、呪怨無効、祝福弱点
スキル:マハエイガオン、マハムドオン、呪怨ブースタ、呪怨ハイブースタ
 バビロンの大淫婦とも呼ばれる悪徳の魔人。穢れに満ちた黄金の杯を手にし、7つの頭と10本の角を持つ赤き獣に跨っている。ヨハネの黙示録において、数多くの民の上に君臨していたが、神の裁きによって滅ぼされてしまった。


死神:ケムトレイル
耐性:祝福・呪怨無効
スキル:フォッグブレス、溶解ブレス、エナジードレイン、ポイズンミスト
 空中に残る飛行機雲が有害な化学兵器であるという陰謀論。その目的として気象制御や人心操作、人口抑制などが挙げられており、信じる者にとっては死神そのものとも言える。


法王:だいそうじょう
耐性:祝福無効、物理耐性、呪怨弱点
スキル:回転説法、吸魔、メディアラハン、ハマ成功率UP
 病や飢饉に苦しむ衆生を救済する為、自らを即身仏へと変えた僧侶。生きたまま地中に埋まり、命尽きるまで瞑想と読経を続けた者である。死した後も決して朽ちる事なく、人々の為に祈りを捧げているとされる。


死神:マタドール
耐性:疾風無効、電撃弱点
スキル:冥界破、テトラジャ、マハスクカジャ、極・物理見切り
 荒れ狂う闘牛と赤い布1枚で渡り合う闘牛士。自らの命すら遊戯にし、1つのミスが死を招く状況すら観客を沸かせるスパイスとする。かつての剣闘士同様、死もまたエンターテイメントなのである。


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セーブデータを引き継ぎますか?

◆引継ぎ特典◆
・合体時のレベル制限の撤廃
・ペルソナ全書
・主人公のステータス
・ペルソナの可能所持数
・一部アイテム
・所持金

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