心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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89話「叡智なる神」

 ……欠けた記憶の奥底。

 いつかの時間、月光館学園であった保健の授業が蘇る。

 

「アブラ・カ・タブラ……、それでは本日は、人々が追い求めて止まない《完全なる存在》について話していきましょう」

 

 授業を行うのは保険医の江戸川という男。

 彼は首元に手を当て、耳に鉛筆を乗せた変人だ。

 

 現に今も、保健体育の授業でありながら、全く関係ない宗教や哲学めいた話を展開していた。

 

「《完全》というものは、失敗や欠点のある人間にとって非常に魅力的な概念です。しかし、これが厄介なものでして、例えば1つの失敗もしない存在がいたとして、それは《失敗》という概念を持たない不完全な存在とみなす事も出来る訳です」

 

 完全ならば何事も完璧にできる筈なのに、そうすると不完全になってしまう。

 明らかに矛盾する話を聞いた生徒たちは混乱する。

 

「……難しい矛盾ですよね。全能のパラドックスにも通じるものがあるでしょう。この矛盾に対する解として、例えば哲学者カール・グスタフ・ユングは完全とは即ち《無》であると考えています。全ての概念がある完全なものであるのなら、未来であり過去である。光であり闇である。生であり死である、と。……要は全ての対立する要素がある訳ですから、結局打ち消し合って《無》に見えてしまう、と言う訳ですね」

 

 つまり、完全な存在とは無という事なのだろうか?

 

「ヒヒ、あくまで一例ですよ。完全性の象徴については、他にも男女同体にあるとされる事例も多々あります」

 

 そう言って、江戸川は話題を横に広げていった。

 

「錬金術における両性具有(アンドロギュノス)やグノーシス主義における至高存在(オグドアス)。他にもヒンドゥー教の創造神である《アルダナーリーシュヴァラ》も、シヴァとパールヴァティ―が融合した男女同体だと言われています。子を成すには男女双方が必要という事で、片方の性を欠けたものと考えたのでしょう」

 

 完全な存在について説明を続ける江戸川。

 その複雑な講義を耳にしていた頼城の耳元に、後ろに座る友原がつまらなそうに声をかけて来た。

 

「──なぁライ。完全だなんだ言ってっけどさ。正直よく分かんなくね?」

 

 友原からしてみれば、完全なる存在そのものがあまり理解できなかったらしい。

 まあ、確かに概念上あるだけで、この世に存在しえないものだ。

 いまいちピンと来なかったとしても無理はないだろう。

 

「ヒヒヒ、確かに言葉を並べたところで、想像しにくいかも知れませんね」

 

 江戸川が友原のひそひそ話に同意を示す。

 どうやら、今の会話を聞かれていたらしい。

 友原が若干恥ずかしそうに姿勢を正す中、江戸川は彼の為にビジュアル面に関する話に移っていった。

 

「紀元前の哲学者、プラトンが残した《饗宴》という話の中にこんなものがあります。──かつて、原始の人間は2体1身だった。身体は背中合わせでくっついた球体。2方向の頭、4本の腕、4本の足を持っていて、それが引き裂かれたからこそ、人々は半身を求めるのだと」

「……なんだそれ。完全にモンスターじゃん」

「完全な存在とは現代には存在しえないもの。案外その姿は、異形めいたモンスターだったのかも知れませんね」

 

 球体から四肢と頭が伸びるモンスターを想像してげんなりする友原。

 江戸川はヒヒヒと奇妙な笑いを零しながら、世にも奇妙な保健の授業を続けていくのであった。

 

 

 ──幕間、終了。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 クロスベル地下のジオフロントから未来の世界に飛ばされたライと特務支援課。

 彼らはそこで行方不明者たちが述べる希望なき未来の意味を知り、遂にクロスベルに潜む神への謁見に辿り着いた。

 

 魔都に潜みし神の名はヌース=アレーテイア。

 男女2つの顔を持ち、2冊の本を持つ4本の腕と4本の脚。そして宙に浮かぶ球体の身体。

 全長数十mはあろうかと思われるその異形は、元はオルキスタワーであった玉座に座り込み、悠然とライ達に語り掛ける。

 

『我らは伝える。我らが至上命題は滅びを宿命づけられた生命を救済し、永遠なる幸福の世界へ導く事である。しかし、我らが救済は、物質界を肯定する者にとって肯定しがたいものである事も把握している』

 

 真理を自称するだけあってか、この神はライ達の立場にも理解を示していた。

 ランディはその言葉を聞き、強大すぎる気配に冷や汗を流しつつも、神に意見をぶつける。

 

「だったら、大人しくしててくれても良いんじゃねぇか?」

『我らは否定する。救済を断った先に待つものは、巨悪が描いた破滅の未来だ。汝らに抗うだけの力がなければ、救済による結末こそ、物質界を肯定する者にとっての次善の道である』

「そうかい……」

 

 炎に包まれた混沌の未来を回避する為、秩序の未来へと導こうとする神。

 皮肉な事に、この終末めいた光景こそが、彼らの言葉に正当性を与えてしまっている状況だ。

 

 しかし、ライ達からしてみれば、神の言う救済もやらも正直大差ない。

 自分たちの世界をあの砂漠の未来に変えようと言うのなら、ライ達の選択肢はただ1つ。

 ライと特務支援課はそれぞれ武器を構え、即時戦闘の体勢をとる。

 

「キーア、今は少しでも情報が欲しいんだ。あの神について知っている事を教えてくれないか?」

 

 トンファーを構えたロイドが、神から目を逸らさず問いかけた。

 しかし、背中に隠れているキーアからの返答はなく、少しの間を置いて、か細い声がロイドの耳元に届く。

 

「……ヌース=アレーテイアがいった理法は、この世の(ことわり)のことだよ。あの本には理を定義し直す力があるの」

「理を、定義し直す? それって──」

 

 曖昧な表現だったが故、聞き返そうとするロイド。

 

 だが、そんな時間は残されていなかった。

 玉座に座り、静かに語り掛けて来ていた神が、遂に行動を開始したのだ。

 

『──我らは分別する。時空連続体を歪ませ、万物を引き合わせる力。その理は手の内に』

 

 ヌース=アレーテイアは建物のように大きな本のページをめくりあげる。

 すると、爆炎に包まれた街並みに無視できない異変が発生した。

 

 崩壊した建造物。

 地面から切り離された全ての残骸が、突如として浮かび始めたのだ。

 神を中心として浮遊する大小さまざまな残骸。

 その光景を見たティオは、先ほど神が口にした言葉の意味を理解する。

 

「万物を引き合わせる力……、それってもしかして万有引力の事ですか!?」

「ばんゆー……なんだって?」

「凄く大雑把にいうと重力の事です!」

「はぁ!?」

 

 そう、神はこの瞬間、重力を生む主要な法則である《万有引力》の理を書き換えたのだ。

 周囲の炎も重力圏とは異なる挙動を見せ始める。

 巨大な建造物すら上昇する異常事態を前に、困惑を隠せないランディ達。

 

 直後、浮遊した残骸が再度、異常な動きを見せ始める。

 

「お、おい、あのビルこっちに来てねぇか……?」

 

 根元から折れたビルの残骸が段々と大きくなって来ていた。

 見た目上はゆったりとした変化だが、それはビル自体が巨大だからに過ぎない。

 

 この屋上に到達するまで、恐らく10秒もないだろう。

 それを理解した瞬間、ライは召喚器を抜いて叫んだ。

 

「皆、こちらへ!」

 

 その声を聞いた特務支援課の面々は急いでライの元へと駆け寄る。

 と、同時に、ライは躊躇なくペルソナを召喚した。

 

「──ヘイムダル!!」

 

 現れた光の巨人は、即座に大槌を投げ捨てて特務支援課の4人を抱え込む。

 

 彼らはこの屋上から脱出する装備を持っていない。

 だからこそ、ヘイムダルで片腕2名ずつ抱きかかえ、そして残された1番小柄なキーアは──、

 

「悪いが我慢してくれ」

「……っ!」

 

 ライ自身が抱えて、ヘイムダルと共に百貨店の下へと飛び降りる。

 

 一瞬遅れ、飛来したビルが衝突する轟音。

 ビリビリと空気を震わす衝撃を肌で感じながら、ワイヤーにより落下速度を落としたライとキーアは、無事に地上の路面上へと着地する。

 

 次いでヘイムダルも同じく地上へと降り立つ。

 腕の中から解放されたロイド達も、どうやら皆怪我もないようだ。

 

「き、危機一髪だったわね……」

「だな。本当に助かったよ。ライ」

「お構いなく」

 

 ライ達は先ほどまで立っていた百貨店の屋上を見上げる。

 そこは既に建物の形状を留めておらず、2つの建造物が衝突した残骸が宙に漂っていた。

 巻き込まれていたら命はない。それだけは誰の目から見ても明らかだ。

 

「……こんな攻撃が可能だなんて。世界を滅亡させたってのも、納得させられるわ」

「でも、キーアの話じゃ、過去の私たちはあの神を討伐できた……んですよね? 何か、突破口があるんじゃないですか?」

「全部キー坊だよりってのも何だがな……」

 

 ランディの感想も最もだが、今は先ほどロイドが言った通り、少しでも情報が必要だ。

 

 5人の視線がキーアの元へと集中する。

 唯一未来の情報を知っている少女は、目を伏せながら説明を始めた。

 

「…………あの神の身体は、まだ傷が癒えていない依代だから不完全なんだよ」

「不完全? あれでか?」

「うん。不完全だから、神の力はキーアたちの周りまで影響しないの」

 

 神の書き換えはライ達の周囲まで影響しない。

 それは、ここにいる面々が地面に立てている現状から鑑みても確かだろう。

 ライは足元にあった小石を地面へと落とし、重力が働いている事実を確認する。

 

「それと、神はあの場所から動くこともできない」

「傷が癒えていないから、か。……なるほどな。それが付け入る隙って訳か」

 

 完全に見える力に隠された不完全性。

 そう言えば、空回る島の神も、距離の限界という不完全性があったとライは思い出す。

 

 あの時とはやや状況が異なるが、周囲の理を書き換えられないのならば、何とか接近すれば勝機が見えるかも知れない。

 

 キーアの情報により、道筋と言う名の希望を得た特務支援課。

 その勝機を現実のものへとする為、周囲を見渡していたロイドがある物を発見する。

 

「──あれ、もしかして使えるんじゃないか?」

 

 ロイドが指差したのは、重力を無視して浮かぶ1両の導力車だった。

 シルバーのボディは炎で煤けているが、がっしりとした車体の機構は無事に見える。

 

「でも、空中に浮いているわ」

「キーアの話が本当なら、俺達があそこに行けば重力が戻る筈だ。……ライ、悪いけど、また頼らせて貰えるかな?」

「ええ」

 

 ライはワイヤーを射出し、浮遊する導力車の元まで飛び上がる。

 車のボンネットに足を乗せると、書き換えの影響から抜け出したのか車は自由落下。

 ライと共に、ロイド達のすぐ傍へと墜落した。

 

 タイヤが若干跳ねた後、着地して制止する導力車。

 内部には3列の座席が並んでおり、おおよそ8人は乗車できる大きさだ。

 ロイドは急ぎ運転席へと乗り込んで導力エンジンを起動する。

 

「どうだ? 行けそうか?」

「ああ。これなら動かせそうだ」

 

 エンジン他、アクセルやブレーキ、シフトレバーなどを確かめながらロイドが答える。

 

 神がいるのは行政区より北に位置する元オルキスタワー。

 中央広場から辿り着くには、足では明らかに遅すぎるだろう。

 故に今、必要なのは全速力のエンジンだ。

 

「──いくぞ皆! この車を使ってあの神に接敵する!!」

 

 車両に乗り込むロイド達とキーア。

 ライはその上に乗って迎撃の役割を受け持つ。

 

 かくして、唸るエンジン音とともに、ロイド達を乗せた導力車は爆炎のクロスベルを走り始めた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「──ロイドさん! 残骸が落ちてきます! 右にハンドルを切って下さい!」

「分かった!」

 

 全力でハンドルを切って急旋回する導力車。

 それと同時に、寸前まで走っていたルート上に巨大な残骸が落ちて来た。

 

 衝撃で浮かび上がる車体の中、まるで嵐の中にいるかの如き揺れがランディ達を襲う。

 

「ちっ! く、そっ!! 周囲の影響がなくなるってのも考え物だな!! ──ライ! 振り落とされねぇよう気ぃつけろよ!!」

 

 ライ達が傍を通ると、浮かんでいた残骸は自重により落下をし始める。

 即ち、宙に浮かぶ残骸全てが、ライ達に牙を剥く質量兵器となっていた。

 これが神の言う試練だとでも言うのか。

 

 必死の顔でハンドルをさばくロイドの元に、再び神の神言が告げられる。

 

『我らは分別する。世界に満ちる磁気。即ち雷の力を』

 

 刹那、爆炎の世界に雷が溢れ出した。

 ライ達の周辺には影響がないが、電気エネルギーを生み出す理が変わったのだろう。

 雷鳴轟く世界へと変貌する中、納まりきらなくなったエネルギーがエリィ達へと殺到する。

 

「きゃっ!!?」

「吸収しろ! ──サンダーバード!!」

 

 急停止する導力車の上で、ライは雷の纏う鳥を召喚した。

 今回はライだけ電撃無効で守るだけでは駄目だ。

 この車にいるロイド達の身を守る為には、この雷自体を消し去る必要がある。

 

 だからこそ、ライは電撃吸収の特性を持つサンダーバードを召喚し、導力車の前方へと飛び立たせた。

 

 その様まさしく避雷針が如く。

 膨大な神の雷を吸収するサンダーバード。

 ライは全身全霊を持って、世界に満ちる雷を防ぎ続ける。

 

 ……故に見逃してしまった。

 空に浮いていた幾千もの残骸、その全てが地上に落ち始めると言う、決定的な予兆を。

 

『──重ねて分別する。幾千の時を経て零れし怨嗟。目に見えぬ呪怨の理を』

 

 雷を辛うじて吸収し続けるライの元に届く3つ目の神言。

 

 直後、雷の向こうから現れる赤黒い怨念の津波。

 即ち呪怨属性の膨大な攻撃が、無情にもライ達に襲い掛かる。

 

(しまっ──!?)

 

 気づいた時には全てが遅かった。

 

 とっさに両手で身を庇うロイド達。

 そんな抵抗もむなしく、導力車ごと膨大な呪怨のエネルギーに飲み込まれてしまった。

 

 

 

 ──暗転。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ……

 …………

 

 

 暗闇に落ちたライの意識が、ある時ゆっくりと覚醒し始める。

 

 全身に感じる痛み。

 精神に残る冷たい怨念の感触。

 そして、遠くから聞こえてくる、焦る男の声だ。

 

「……──ぃ! ぉぃ! しっかりしろ!!」

 

 どうやらランディが、目を覚まさないライの体を揺らしているらしい。

 ぼうっとする頭でその事を理解したライは、重たいまぶたをゆっくりと開ける。

 

 視界に入るのは赤髪を後ろで纏めた大きな男性の姿。

 ランディは目を開けたライを見て、ほっと体の力を抜いた。

 

「やれやれ、やっと目を覚ましたか」

「……ええ。…………っ」

 

 立とうとするライであったが、バランスを崩して再び倒れる。

 

(体に力が入らない……。サンダーバードの弱点を突かれた、のか)

 

 そう、神が繰り出した追撃は、正確にライが持つペルソナの弱点を突いて来ていた。

 まるでエリオットのアナライズをこちらがされたような気分だ。

 耐性が重要なペルソナの戦闘において、情報アドバンテージが何よりも重要なのだと、ライは改めて思い知らされる。

 

 まあ、それはさておき、今は現状の把握が重要か。

 

 ライは周囲を見渡す。

 恐らくどこかの屋内だろうか。それほど広くない空間で、ロイド達全員がすすけた姿で休憩を取っていた。

 

「ここは?」

「あの攻撃を食らった場所の近くにあった建物の中だ。この狭さなら室内全体が俺達の領域に出来るからな。ここなら少しは持つだろうって、キーアのお墨付きも受けてるぜ」

 

 どうやらランディ達は呪怨の津波を食らった後、車を乗り捨て。急ぎこの屋内まで退避したらしい。

 車が盾になってくれたからか、ライよりも比較的ダメージが少なかったようだ。

 

 恐らくその方針を示してくれたのも、神の特性を良く知るキーアなのだろう。

 

 ひとまず礼を言うべきか。

 そう思い、キーアの方へと意識を向けたライは、彼女の沈んだ顔を見て、ある可能性にふと気がついた。

 

「ライ?」

「済みません。少しだけ、彼女と話をさせて下さい」

「あ、ああ……」

 

 ライはふらつく体を無理やり起こして、隅に座り込むキーアの元へと歩いて行った。

 1歩1歩、室内を響かせながら近づいて行くも、キーアの顔は下を向いたまま。

 気づいていない訳じゃない。彼女はまだ、ライに対して敵意を持っているのだろう。

 

「キーア」

「──っ!」

 

 その証拠に、彼女の名前を呼ぶだけでキーアの体はびくんと跳ねた。

 

 だが、ライはそれでもなお語り掛ける。

 彼女の妙に消極的な態度。そして、神が持つマップ兵器に等しいあの力。

 それらから推測する可能性は、今確かめておかねばならない内容だったからだ。

 

「もしかして、以前の俺達は負けたんじゃないのか?」

 

 ライの推測を口にした瞬間、キーアの目が驚きで大きく見開いた。

 

「え? な、なんで……」

「キーアがずっと消極的だからだ。もし本当に勝機があるのなら、もっと積極的にその道筋を伝えていた筈だ」

 

 初めから神に勝つルートはなかった。

 そう考えれば、彼女の態度にも納得がいく。

 

「ちょ、ちょっと! いくら何でもその言い方は──!」

「いいの、エリィ。ほんとうの事だから」

「──えっ?」

 

 驚くエリィを他所に、キーアは前の戦いに関する真実を話し始めた。

 

「ライの言う通り、神を討伐したときのキーア達は、この戦いで1度敗走しているの」

「……そう、なのか」

「ロイド達が悪いんじゃないよ。単純に努力や運じゃ埋められない力の差があったってだけだから」

 

 かつてのライ達はヌース=アレーテイアの前に敗走した。

 全滅を前にして、ライが持つ鍵の力を用いて脱出。

 命からがら生き延びたライ達は、新たな戦力をかき集めて2度目の戦いに挑んだらしい。

 

「あの神がつかう本は2冊だけ。だから、多方面からの飽和攻撃を与え続ければ、本を使った書き換えを妨害できるの」

 

 申し訳なさそうに説明した内容は、今じゃ勝ち目がないと宣言するようなものだった。

 

 きっと、前回も可能な限り抗ったのだろう。

 それでも勝てなかった。勝つ道筋が見つけられなかった。

 

 だからこそキーアはこんなにも暗い顔をしているのだ。

 何とかなるかも知れないと僅かな希望を抱きつつも、それを塗りつぶす程の無力感が彼女を苛んでいる。

 

(脱出か。確かに現状、それが最善手だ……)

 

 狭い室内にまで追い込まれた状況だけ見るなら、鍵を使って現実世界への扉を開くのが確実な道だろう。

 この状況を説明し、遊撃士などの協力も貰ってリベンジを挑む。

 キーアの言う道筋は何も間違っていない。

 けれど……。

 

「……違う」

 

 ライはその道を否定していた。

 その根拠はただ1つ。神が口にしたあの言葉だ。

 

「えっ?」

「俺達の目的は神を倒す事だけじゃない。破滅の未来も回避しなければならない。これは、その可能性を示す試練なんだ」

 

 キーア曰く最も公平な神がそう言った。

 あれはきっと自身を正当化する為の詭弁などではなく、ただ真実を告げただけなのだろう。

 この程度の試練を乗り越えられなければ、破滅の未来は避けられない。

 神はそう言っていたのだ。

 

「確かに前回は負けたのかも知れない。けど、今は前とは異なる点が1つだけある」

 

 故にライは語り掛ける。

 折れかかった少女の心に。

 寄り添う者では言えないであろう、厳しい言葉を。

 

「キーア。可能性があるとしたらお前だけだ。失敗した世界の経験をしたお前だけが、前の世界を超えられる」

「…………!!」

 

 10歳にも満たない少女だけが、この窮地を脱する可能性である。

 我ながら情けない理論だと思いつつも、それをライは真正面から伝えた。

 ……その時だ。

 

『──我らは分別する。時空連続体を歪ませ、万物を引き合わせる。その力を』

 

 丈夫な造りの建物が揺れ、引力を書き換える神言が聞こえて来た。

 

 どうやらタイムリミットはすぐそこまで迫っているらしい。

 その事実を理解したライは、最後に1言キーアに伝える。

 

「俺の事が信じられないならそれで良い。けど、キーアはキーア自身を、何より寄り添ってくれる特務支援課を信じてくれないか? きっとそれが、可能性に繋がる筈だ」

 

 話すべき内容を伝え終えたライは、1人建物の入り口へと歩いていく。

 

「まさかアレを止めるつもりですか!?」

「そのまさかです」

「駄目です! それじゃあ死にに行くような……」

 

 死地に向かおうとする青年を止めようとするティオ達。

 けれど、ライは止まる気はなく、

 

「死にません。そう約束しましたので」

 

 不敵に笑って建物の外へと出ていった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 建物の外は、先ほども見た重力異常の世界になっていた。

 まるで紙切れのように空を舞う巨大な石や鉄の残骸。

 その中でも1際大きな塊が、何かの意志に支配されたかの如くこちらに向かってきていた。

 

 急接近する大型建造物。

 その陰にて相対するライは、怯える事なくペルソナを召喚する。

 

「──アラハバキ!!」

 

 選んだのは物理反射の特性を持つアラハバキだ。

 迫りくる質量兵器へと体当たりする古の土偶。

 膨大な余波が辺りの地形を破壊する中、反射するエネルギーによって一瞬の均衡が生まれる。

 

 直後、自壊する建造物。

 四散した瓦礫が花火のように舞う中、ライは次なる神の一手に備えようとしていた。

 

『重ねて分別する。寒と暖。移り変わる熱の理を』

(……次は火炎か? それとも氷結?)

 

 アラハバキの弱点は2つある。

 火炎と氷結。恐らく神の狙いはそのどちらか。

 

 瓦礫が落ちて開けた視界。

 その先に見えたのは──極寒の氷柱!

 

 ライは召喚器の指に力を籠める。

 氷柱が先か、ペルソナチェンジが先か。

 

 一瞬の時が生死を分かつ、その刹那。

 

 

「彼をまもって! ──アルコーン!!」

 

 

 後方より現れた白き神体が、ライの身を守った。

 

(──は?)

 

 突然の光景に、流石のライも思考を停止させる。

 氷柱からライを庇ったのは、人よりも遥かに大きな少女の現身。

 見間違う筈もない。

 これは、ペルソナだ。

 

 そして召喚者もまた、ライの後方に立っていた。

 

「キ、キーア、ちゃん? それって、まさか……」

 

 特務支援課が驚く中、1歩前に立っているキーアの周囲に青い炎が巻き起こっている。

 そうだ。彼女こそ、ライの身を守ったペルソナの持ち主。

 

「ごめんね。キーア、みんなにあれだけ言ってもらえてたのに、まだ本気になれてなかったみたい」

 

 キーアはキッと覚悟を決めた表情をしていた。

 もしかしたら、先ほどの言葉が伝わったのかも知れない。

 だが、それよりも今は、彼女を見た時に感じる胸の違和感にライは戸惑っていた。

 

(なんだ? この感覚は……、何かが、共鳴しているような)

 

 同じペルソナ使いであるリィン達には感じなかった謎の感覚。

 その意味を理解しきれていない状況の中、キーアは確かな足取りで前へと歩いていく。

 

「でも、これからはちがうよ。ロイド達がいるかぎり、キーアは諦めない。……だから、ライ。力を貸して」

 

 ライの隣に立つ碧髪の少女。

 彼女の手には、いつの間にか1冊の本が握られていた。

 青い装丁の分厚い本。それはライも知るあの本だ。

 

「──降魔(チェンジ)、セラフ!」

 

 ペルソナ全書。

 ベルベットルームで見た本を開いたキーアは、その中から”異なるペルソナ”を召喚する。

 

 現れたのは4つの顔を持つ熾天使セラフ。

 大きな6枚の羽根を持つその天使は、ライとロイド達へと眩い程の光を振りまく。

 ──メシアライザー。救世主の威光を浴びたライ達は、身体の傷が急速に癒えていくのを感じた。

 

 傷を癒す2体目のペルソナ。

 そう、彼女はただのペルソナ使いではなく──。

 

『我らは歓迎しよう。汝の意志が再び盤上へと戻った事を。──キーア・バニングス。幾重もの時を繰り返し、2人目の愚者()よ』

 

 ライと同じワイルドの能力者。

 0の数字を冠する愚者の使い手だったのだ。

 

 

 




星:サンダーバード
耐性:電撃吸収、呪怨弱点
スキル:マハジオンガ、タルカジャ、リベリオン、感電率UP
 インディアンの部族に伝わる神鳥。大きな鷲の姿をしており、自由に操る雷によって獲物を捕らえると言われている。

愚者:アルコーン
耐性:氷結耐性、祝福無効、呪怨弱点
スキル:マハコウガオン、マハラクカジャ、アサルトダイブ、祝福ハイブースタ、デクンダ
 ギリシア語で統治者を意味する言葉であり、グノーシス主義において物質世界を支配する「偽の神」を意味する名称でもある。その中でも最初のアルコーンは、世界の創造主。即ち、キリスト教の唯一神であると語られている。

正義:セラフ
耐性:火炎・祝福吸収、疾風・呪怨耐性、氷結弱点
スキル:神の審判、メシアライザー、マハラギダイン、大気功
 熾天使と呼ばれ、天使の階級において最上位に位置する天使の総称。神への愛によって常に体が燃えており、2枚の羽根により体を隠しているとされる。失楽園ではミカエルら4大天使も熾天使であるとされている。


愚者
 そのアルカナが意味するは夢想と愚行。あらゆる自由と可能性を持つ天才でありながら、逆位置になると軽率な落ちこぼれとなってしまう。アルカナに描かれているのは自由奔放な旅人。取り留めのない姿をしているようで、王冠を被っていると言う矛盾めいた描かれ方をしており、若さと可能性を表している。
 ペルソナにおいてこのアルカナを有しているのは、総じて可能性を持つものの0となってしまった人物だ。死を身に宿して心を0にされてしまった者。転校を繰り返して居場所を持たなかった者。冤罪によって全てを奪われた者……。本小説においてもそれは同様である。


────────────────

と、言う訳で、遂に碧の軌跡側の主人公が登場(?)です!



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