心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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86話「事件を追って」

 クロスベル旧市街にて首つり死体を発見したロイド達は至急警察本部に連絡。

 簡易な現場検証を済まし、担当の者がここに来るまで、現場保持の為に全員入り口前で待機していた。

 

「ロイド、私たちも捜査の協力を──」

「……いや、止めた方が良いと思う。死んでから日が経っていたのか、酷い有様だったから」

「ああ、可能なら見ねぇ方が良いだろうぜ。見たらぜってぇ夢に出るぞ」

「虫が湧いてましたね」

「そうそう虫が──、……っておい」

 

 ランディが補足説明したライを睨む。

 しかしライは気にする様子もなく、1枚の紙をランディに手渡した。

 

「これ、俺の靴跡です」

「あ、ご丁寧にどうも。──じゃねぇよ。いつの間に侵入してやがった」

「お2人の後ろから」

「ったく、油断ならねぇ野郎だな……」

 

 普段の彼らならライの存在に気づいていたのかも知れないが、今回は現場の異様な光景を目にして後ろを見る余裕がなかったのだろう。

 

 それほどまでに恐ろしげな光景だった。

 腐敗した首つり死体もそうだが、異様なのは壁一面に書かれた文字だ。

 未来を知った。消えたい。その他無数に埋め尽くされた暗い言葉の数々。どんな心境で書いていたか想像する事すらはばかられる。

 

「……それで、現場はどうでしたか? 首を吊ってたみたいですが、他殺の可能性もあるのでは?」

「入り口も開いていたし断定はできない。……けど、あの部屋の状況を見るに、きっと、自殺……だと思う」

「そう、ですか……」

 

 ロイドから死亡状況を聞き表情を暗くするティオ。

 彼の言う通り、あの部屋の状況を見る限りは自殺と見て良いだろう。

 

「腐敗具合から見て、自殺したのは失踪から戻ってすぐ、って事なのかね」

「ああ。因果関係の証明は出来ないけど、タイミングから見てほぼ間違いないかな」

 

 ロイドが手帳を開きながらそう答える。

 送られて来た情報に書かれた日付と腐敗具合がおおよそ一致しているらしい。

 壁に書かれている文章が妄想の類でないのなら、行方不明中に何らかの情報を知ってしまい、それが自殺のきっかけになったと見るべきか。

 

 その結果、オルキスタワーの建設に従事していた男は自らの命を絶ち、今日まで発見されずに……、……いや待て。

 

「……何故、彼は今日まで発見されずに?」

「なぜって、そりゃこの周辺は人も住んでないからじゃねぇか? 独身者の場合、周りに人がいねぇと死体発見が遅れがちになるからな」

「いや、確かに不自然だ」

 

 ライの疑問にロイドが同調する。

 

「資料によると、彼は建設現場で行方不明になったみたいなんだ」

「……現場だと?」

「ああ。彼は行方不明になるまで仕事を続けていた。一時とは言え捜索願いが出ていたくらいだし、自宅で腐敗するまで放置されていたのは変じゃないか?」

 

 そう、孤独死するにしては、彼は社会との繋がりがあった。

 発見されてから自殺までの間隔が短いのなら、連絡がなくなった事で職場が疑問に思い、もっと早くに死体を発見した筈だ。

 だと言うのに今日まで死体は見つからなかった。それは何故か。

 

「……もしかしたら建設現場で何か起きてるのかも知れないわね」

 

 彼が勤めていた職場に何かあったのではないか。

 そう考えるのは自然な流れだった。

 

「だったら次はIBCに向かうべきかな」

「ディータ―市長に確認するのね? 午前の顔見せで会った時は、午後IBCの方に向かうと言っていたし」

「それにIBCのビル内でも1件行方不明事件が発生しているし、合わせて確認しよう」

「分かりました」

「あいよ」

 

 今後の捜査に関する方針を固める特務支援課。

 こうして自らの足で各地に赴くのが彼らのやり方なのだろう。

 

 そして、担当の者が到着して引継ぎを終えた後、ロイド達は北にあるIBCのビルへと向かうのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 カルバード共和国の東洋文化が色濃く反映された東通りを通り過ぎ、広大な湖に面した港湾区へ。

 ここは《クロスベル通信社》と呼ばれる新聞社や《黒月貿易公司》と書かれた東方の貿易会社などが立ち並ぶビジネス街だ。

 

 IBC、クロスベル国際銀行はこの区画において最も北側の一等地に位置し、この街において2番目に高い本社ビルを構えている。

 ライはそこに向かう坂道を登りながら、これから会うディーター市長について特務支援課に聞いていた。

 

「おじさま──ディーター・クロイス市長は元々IBCの総裁を務めていた人物よ」

「元々はエリィとこのじーさまが市長だったんだけどよ。今年の5月にごたごたがあって、空いた議長席に座らざるを得なくなっちまったんだわ。で、代わりの市長を選ぶ選挙で当選したのが、これから会うオッサンってわけ」

 

 あん時は大変だったなぁと、腕を頭の後ろで組みながらランディが感想を漏らす。

 

「そんな経歴もあって、おじさまは経済に関してとても明るいわ。だから今回も関係各国に働きかけて、初の多国間通商会議を開く事にもなった訳だし」

「はは、実際すごいバイタリティだよな」

「そうでなければIBCの総裁は務まらないかと。オルキスタワーの建造にも出資してますし、導力ネットワークも──、っと、済みません」

 

 ティオが話を途中で止め、小走りでビルの方向へと走っていく。

 その先にいたのは初老の男性だ。彼はティオの姿を見て慌てて歩いて来ていた。

 

「や、やぁ、ティオ君……。本部から戻ってきてたんだね」

「はい。お久しぶりです。主任」

「少し支部を空けてた時に戻って来るなんて、びっくりしちゃったよ~。……あ、ごめんね? 別に連絡が欲しかったとか、そういう訳じゃ……」

 

 挙動不審な対応を取る男性と、うっとおしそうにしながらも会話を交わすティオ。

 初老の男は見たところ技術者っぽい姿をしているが、何者なのだろうか。

 

「あの人は?」

「IBC内にあるエプスタイン財団支部の主任。同財団から出向してるティオの現場監督だな」

「なるほど」

 

 つまり、彼はティオの上司に当たる人物なのだろう。

 やけにティオの機嫌を気にしている様だが、見たところ、子供へのかかわり方が分からないと言った感じだ。ロイド達が傍観している以上気にする事でもあるまい。

 

 そうして、短い時間が経った頃。

 会話を切り上げたティオがロイド達の元へと戻って来た。

 

「──お待たせしました」

「話はもう良いのか?」

「まぁ別に問題ないかと。それよりIBCの行方不明者について情報を得ました。どうやら、捜索願を提出したのはマリアベルさんだったようですね」

「えっ? ベルが!?」

 

 驚きの声を上げるエリィ。

 その後、ライが置いてきぼりになっている事に気づいた彼女は、すぐ補足説明をしてくれた。

 

「あ、ごめんなさい。マリアベルはおじさまの娘さんで私の幼馴染なの。彼女なら詳しく話を聞いて貰えるはずよ」

 

 総裁で市長であるディーターの娘。

 話を聞くべき相手が1人増えた特務支援課は、改めて大きな前面ガラス張りのビルへと歩いていくのだった。

 

 

 ……

 …………

 

 

 ──IBCビル16階。

 事前のアポイントメントがなかったにも関わらず、ロイド達はすんなりと総裁のいる最上階へと通された。

 

 ガラス張りのエレベーターを降りた先は、周囲を一望できる展望エリアだ。

 青く霞がかった雄大な湖。その向こう側に見える遊園地と白い砂浜は、噂の《保養地ミシュラム》なのだろうか。

 そんな素晴らしい景色に背を向けて、特務支援課+1名は総裁室へと入室する。

 

「ハハハッ、今日はよく会うね!」

「エリィにまた会えるなんて、ふふっ、今日は本当に素晴らしい日ですわね!」

 

 煌めく歯が眩しいやり手事業家のディーターと、お嬢様然とした態度のマリアベル。

 突然の訪問にも関わらず歓迎ムードなのは、総裁一家と親睦のあるエリィ。そして、特務支援課が築き上げて来た繋がりの結果なのだろう。

 

「それで、話ってのは何なんだい?」

「先ほど遭遇したのですが──」

 

 ロイドが自殺の件についてディーターに説明する。

 

「そうか。建設現場の従業員が……。市長として情報提供に感謝するよ。こちらでも状況を確認次第、謹んで追悼の対応をさせて貰おう」

 

 訃報を受け取ったディーターは真剣な声で答えた。

 末端の人物を顧みないタイプの人物、と言う訳でもないらしい。

 それならば、と、ロイドは話の続きを口にする。

 

「実はその従業員、以前に一度、建設現場で行方不明になった方なんですよ」

「……なんだって?」

「お亡くなりになったのも見つかってすぐのタイミングです。大変失礼なのですが、建設現場で何か不測の事態が発生しているのではないでしょうか」

「ふむ……」

 

 ディーターは腕を組んで深く考え込む。

 建設現場で起きた不測の事態。ロイドが指摘した事柄について過去の記憶を精査し、

 

「……1つ、心当たりがある」

 

 と、返答した。

 

「良ければ、お答えできる範囲で構いませんので、その心当たりについて教えていただけませんか?」

「もちろんだとも。心当たりと言うのはね。近頃増えている現場従業員の精神状況なのだよ」

「精神状況、ですか……」

 

 物理的な異変ではなく精神的な異常。

 ディーターが切り出した話題は、ややロイド達の予想と異なるものだった。

 

「明日に待っているのは破滅だけ。頑張ったところで何の意味もない。じき世界は終わるのだから。──人によって言い方はそれぞれだが、おおよそ似たような破滅論的思想が広まっている」

 

 世界が終わる。希望はない。

 どこか、あの部屋に書き殴られた文字と連想させる思想だ。

 

「私達もメンタリストを雇ったり職場環境を見直したりして対策に取り組んではいるのだがね。思想を抱える従業員はその原因を明かさず、その数は増えていくばかり……。オルキスタワー建設の人事担当もその対応で手いっぱいの状況らしい」

「その結果、現場に出てきていない者の確認まで、手が回らなかったという事でしょうか……」

「君の話と統合するとそうなんだろうね」

 

 自殺者の発見が遅れたのはそういう事なのだろう。

 ロイド達もお互いに視線を交わし、因果関係に問題がない事を確認する。

 ならば、話題は次に移すべきか。ディーターもそれは理解していた。

 

「さてと、なら次はIBC内で発生した行方不明の話だろう? マリアベル、彼らに説明してあげなさい」

「ベル、お願いよ」

「……エリィに頼まれたんじゃ断れませんわね」

 

 ディーターの隣でつまらなそうに話を聞いていたマリアベル。

 彼女は幼馴染であるエリィの懇願を受け、ツインドリルの髪を揺らして1歩前に出る。

 

「わが社の研究者が行方不明になったのは先月の26日ですわ。時間は、そうですわね……丁度夕日が地平線と重なったタイミングでしたわね」

「それって間違いないの? ベル」

「あの時わたくしは資料を受け取るためにエレベーターの前に赴いてましたの。その時目視で確認してましたから間違いありませんわ」

「そう……」

 

 失踪の時間帯は今まで《夕方》と曖昧な情報だったが、正確には《夕日が地平線と重なった時》だったらしい。

 

「研究者はそのエレベーターに乗っていたのよね?」

「地下5階の端末室から直通で上がって来ているのは確認したのですが、いざ到着したエレベーターの中はもぬけの空。研究者が持っていた紙の資料が床に散らばってましたわ」

「それで、行方不明の失踪届を提出したって事かしら。発見したのは?」

「夕刻に失踪してから1時間くらい経った頃、同じエレベーター内で発見されましたわ」

「──えっ? 1時間後?」

「ホント、はた迷惑な話ですわよね~。失踪していた間、どこで何をしていたのか聞いては見たのですが、彼は何も話してくれませんでしたし」

 

 届を出したものの、研究者は少し経って同じ場所で見つかった。

 それがIBCでの顛末。上位属性もなしに消失(バニッシュ)していたのは事実だが、ブリオニア島とは異なり失踪したままの人物は存在しない。

 

 一体どういう事なのか。

 考え込むロイド達に対し、ディーターは1つの提案をする。

 

「気になるのならオルキスタワーで聞き込みでもしてくるといい。通商会議前に第三者を入れる事は難しいが、私が特別に許可を出しておこう」

「ありがとうございます」

「クロスベル市民として当然の行動さ! ……ただ、代わりと言っては何だが、1つだけ約束をして欲しい」

「え? ええ、分かりました。俺達に出来るものなら」

 

 ロイドの返答を聞いたディーターは腕を組み、カリスマに満ちた顔でこう演説する。

 

「未来に不安を抱くと言うのは自然な感情だ。前の見えぬ状態で歩き続けるのは実に恐ろしい。そんな民に”正義”という名の道標を示すのが我々の役割であり、彼らがその不安に押しつぶされたのなら、それは一重に私の力不足が原因と言えよう。……故に、彼らの責任を問う事は止めて貰いたいのだ」

 

 彼の主義主張が混ざっていたが、要するに破滅的思考の者にも配慮をして欲しいとの事。

 

 ロイド達は当然だとして快く承諾。

 ディーター達に礼を述べ、IBCを後にするのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──それから数時間。

 青いシートで覆われたオルキスタワーに訪れた特務支援課は、そこで屋内装飾の設置作業を行っていた従業員達に聞き取りを行った。

 

 聞いた内容は2つ。

 オルキスタワーで失踪した従業員の話。

 それと、現場で広まっているという思想についてだ。

 

 その内前者については人の流動が多すぎると言う事で大した情報は得られず、後者に関しても……。

 

「現場で広まってる思想っすか。そーいや良く聞くっすね」

「その原因とかに心当たりはありませんか?」

「いや、ねーっすわ。……けどまぁ、そう思っちまう心境は何となく分かりますけどね。今はオルキスタワー建設で仕事はありますけど、この先どうなるかって考えると、しょーじき憂鬱っすよ」

 

 と言った感じで、特にこれと言った情報は見つからなかった。

 

 

 ……

 …………

 

 

 聞き取り調査後、円形に広がる中央広場にて。

 一通りの区切りを終えた特務支援課は一旦の休憩につく。

 

「何かが起こってるのは確実なのに……。手がかりが見つからないなんて、ちょっと歯がゆいわね」

 

 購入した紅茶を膝の上に置いて、エリィがぼんやりと呟く。

 オルキスタワーの中に神が潜んでいる可能性や、一時消失(バニッシュ)の原因となる上位属性が働いている可能性も考えたが、特にこれと言った痕跡は見つけられなかった。

 唯一分かったのは従業員達が抱える漠然とした悩みだけ。それも、特段異常と呼べるものではない。

 

「……未来への不安、か」

「みんな多かれ少なかれ抱えていますよね」

「ま、特にクロスベルは深刻だわな。仮に帝国か共和国のどっちかが何らかの理由で攻めてきたら、ここは戦場になっちまう。そうした際に今まで通りの生活ができるのか、生活資金は稼げるのか、そもそも生きてられるのか。……ここに住む誰しも、心のどっかで考えちまうはずだ」

 

 エレボニア帝国とカルバード共和国という2大国に挟まれた弱者と言う立場。

 帝国に住むライには分かりにくい事だが、左右から武器を突きつけられたクロスベル市民の心には、どうしても影が出来てしまうのだろう。

 

 そう考えると、オルキスタワーの思想も特に異変とは呼べないかも知れない。

 

 コミュニティの中で自然発生した破滅的思想。

 そう結論付けようとしたエリィ達の隣で、考え込んでいたロイドが唐突に立ち上がった。

 

「──そうか。エレベーターだ!」

 

 何かに気づいたようなはっきりした声。

 エリィ達は疑問符を浮かべた顔でロイドを見上げる。

 

「ど、どうしたの? ロイド」

「やっと分かったんだ。今回の事件で共通する重要な要素が」

「それがエレベーターって事か? わりぃ、順序立てて説明してくれ」

「そうだな。まず最初に、ブリオニア島で発生した事件との相違点なんだけど──」

 

 そう言ってロイドは警察手帳に書かれた内容をエリィ達に見せる。

 

 1、夕刻時に発生する導力の喪失と、風景の変貌

 2、住民の消失

 

「クロスベルでは風景の変貌は発生していない。けれど、夕刻時の消失自体は確かに起こってる。これら2点から考えると、恐らく今回の事件は”極めて局所的”に発生しているんだ」

 

 相違点から考えられる可能性。

 ロイドは次に、その条件について説明する。

 

「行方不明が発生したのは、オルキスタワー、IBC、ジオフロントの3箇所。理由は分からないけど、これらの場所に共通した設備が1つだけある」

「研究者が消えたというエレベーターね」

 

 納得した様子のエリィ達。

 しかし、クロスベルに疎いライは1つの疑問が生まれた。

 

「……ジオフロントと言う施設にもエレベーターが?」

「あそこには移動する為の昇降機があるんだよ。きっと、”上下する地面”って要素がキーなんじゃねぇか?」

「それと”夕日が地平線と重なるタイミング”が重要なんだと思う。その2つの要素が重なった時に、行方不明事件は発生するんだ。それは、人の移動が頻繁なオルキスタワーで異変が多くなっている事からも推測できる」

「ん? どういうこった? オルキスタワーの行方不明も1件だろ?」

 

 ロイドの推理に疑問を感じたランディが問いかける。

 

「失踪自体は他にも起きてたんだよ。人の流動が多い環境の中、一時的に人がいなくなったくらいじゃ、どこか別の場所に行ったと思うケースの方が多い筈だ。時間帯も重なったタイミングだとすれば頻度もまばらだっただろうし」

「他の奴らは失踪してる事すら気づかれず、いつの間にか戻って来てたって訳か。思想と行方不明が繋がってんなら筋は通ってるかもな……」

 

 今のところ状況証拠のみだが、ロイドの推論はあながち間違ってはなさそうだ。

 だとすれば、今後も2つの条件が重なれば失踪事件は発生し、最悪の場合自殺にまで発展してしまう。

 クロスベルに潜む危機。それを把握した以上、特務支援課の行動は決まっていた。

 

「──夕日が重なる時間はまもなくですね」

 

 空を見上げて条件の時間を確認するティオ。

 その言葉を聞いたロイドは、皆に向けて号令を放つ。

 

「ここから一番近い場所はジオフロントだ。これより特務支援課と協力者1名は条件に該当する場所に赴き、その原因を取り除く。皆もそれでいいか?」

「ええ!」

「んじゃ、行くとしますか!」

 

 立ち上がるエリィ達。

 ライもまた、自身の目的を果たすためにそれに続くのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──クロスベル地下、ジオフロント。

 特務支援課が向かったのは駅前通りの外れに存在する階段だった。

 外周部に築かれた巨大な壁を下って行った先にあったのは厳重な鉄の扉。

 ロイドは1本の鍵を取り出し、固い施錠をガチャリと開く。

 

 内部は円柱状に掘りぬかれた巨大な地下道だ。

 滑り止めの凹凸が彫り込まれた鉄板の道が設置され、多数のケーブルが奥へと続いている。

 爆撃すら防ぎそうな円形のゲート。ライは未知の領域としか言いようのない地下施設を見渡していると、ティオが補足の説明をしてくれた。

 

「ジオフロントは上下水道やごみ処理施設など、市のインフラ関係を纏める為に建造された場所です」

「なるほど……」

「まあ、今は見ての通り導力ケーブルを増設したり、実用化された導力車の為に地下駐車場を建造中だったりと、無造作な増設によって複雑怪奇な迷宮になってますが……。魔獣も出ますので、当然一般人は立ち入り禁止ですね」

 

 立ち入り禁止。……まあ、それもそうだろう。

 危険な魔獣が出る地下迷宮。ライ達みたいに戦闘訓練を受けていない者がいたら最悪生死に関わるのだから。

 

 そんな危険地帯を歩き、ロイド達は昇降機のある場所まで向かう。

 

 通路に響く鉄板の反響音。

 その最中、行く手の先に成人男性の背中が見えた。

 

「──あれ? あれは人か?」

「今日は工事やメンテナンスの予定はなかった筈よ。また誰か迷い込んだのかしら」

「だとしたら危険だな。確か近くに地上への梯子があった筈だし、時間はないけど案内しよう」

 

 ロイドは一足先に男性の元へと歩いていく。

 だが、しかし、

 

「……え?」

 

 男の顔を見たロイドは、呆然と立ち止まってしまった。

 

 その反応に違和感を感じて駆け寄る残りの面々。

 1足遅れて男の元へと到着した彼らは、ロイドが驚いた理由を嫌が応でも理解してしまう。

 

「……………嘘、だろ……? こいつは、確かに……死んだはずじゃ……!?」

 

 その男の顔を、ライ達は知っていた。

 導力端末で1度見ていた。

 

 ……ロイドとランディ、ライの3名は、腐敗してはいたけれど、本人と会っていた。

 

『嫌だ。嫌だ、いや、だ……』

 

 それは旧市街で自殺した男性だった。

 男はロイド達の接近にも反応せず、まるで亡霊のようにぶつぶつと独り言を繰り返している。

 

「みんな! 周囲を見て!!」

 

 直後、エリィの叫びがジオフロント内に響き渡った。

 明らかに動揺が隠せない声だ。

 ロイド達も急ぎ、周囲を確認する。

 

『明日も同じように暮らせるのか? いつかは来ると皆言うけど、いったいいつ離別が訪れるんだ』

『怖い。怖い……』

『女神は何も教えてくれない』

 

 周りにはいつの間にか、何人もの人間が佇んでいて、その全員がロイド達の方向を向いていた。

 

「チッ! なんだこいつら! 何時の間に現れやがった!!」

 

 反射的に武器のスタンハルバードを構えるランディ。

 しかし、人影たちは一切怯える様子もなく、独り言を続けていく。

 

『──だが、あの方は我らに教えてくれた』

『未来の真実を教えてくれた』

『明日に救いがない事を教えてくれた』

 

 1歩、また1歩と近づいていく人影たち。

 ロイド達は反対に少しずつ後ずさりを余儀なくされる。

 そもそも相手は、明らかに様子はおかしいが一般人の姿をしているのだ。

 反撃して良いのかすら分からない。

 武器を構えたまま、手すりの近くまで追い込まれる特務支援課。

 

 その時。ジオフロントの入り口方面から小さな第3者が突入して来た。

 

「ロイドぉぉ──!!!!」

 

 ロイドの身体に飛び込む小さな影。

 碧の長髪と振り乱したその姿は、特務支援課のビルで別れたあの少女だ。

 

「キ、キーア!?」

 

 自身の身体にぎゅっと抱きつく少女を見てロイドが目を丸くする。

 

「こんな所にたった1人で来るなんて危ないじゃないか! キーア、どうしてここに?」

「だって……! だって……!!」

 

 窘めようとするロイドだったが、キーアは服を握りしめる手に力を入れるばかり。

 どうして言いつけを破ってこの場に来たのか。

 残念ながら、それを問う余裕はこの場になかった。

 

「おいロイド! 今は話を聞いてる時間はねぇ! 早くこの場を離脱すっぞ!」

「幸い昇降機までの道は空いています! ロイドさんも早く!」

「ロイドっ!!」

 

 この人影たちに捕まったらどうなるか分からない。

 そう思ったロイドは、腰に抱き着いたキーアを抱えてそのまま走り出す。

 

 その最後尾、召喚器を取り出したライが途中で振り返り、人影たちを前にして立ち止まった。

 

 “我は汝、汝は我……。汝、新たなる絆を見出したり。汝が心に芽生えしは悪魔のアルカナ。名は──”

 

「足止めだ、──バフォメット!」

 

 現れたのは黒山羊の頭をした悪魔。

 カラスの翼を広げたバフォメットは、人影との間にある通路に上級氷結魔法(ブフダイン)を放つ。

 通路の上、道を塞ぐようにして出現した氷の柱。

 

 足止めの成功を確認したライは、先に行った特務支援課の後を追うのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 退路を塞がれ、前進を余儀なくされた特務支援課とライ、キーアの合計6名。

 結果として予定通りの時間、即ち《夕日が地上と重なる時間》に、《上下する足場》への到達に成功した。

 

 今、目の前にあるのは、2つの車輪で駆動する大型の昇降機だ。

 成り行きでキーアを連れてきてしまった事は気がかりだが、いつまた人影が出現するか分からない為、ここに置いておく訳にもいかない。

 仕方なくロイド達はキーアも連れて昇降機へと乗り込んだ。

 

 昇降機奥の操作パネルを操作するランディ。

 直後、車輪が火花を散らしながら駆動し始め、ライ達の身体は下の階層へと運んでいく。

 

「これで条件は──、──うぉ!?」

 

 移動の中ほどに達した際、昇降機がガクンと揺れた。

 

 停止する車輪。

 バランスを崩したエリィは、膝をついた状態で周囲を見渡す。

 

「止まった、の……?」

「いえ、エリィさん! 昇降機の表示を見てください!」

 

 異変に気づいたティオが操作パネルを指し示す。

 先ほどまで上層と下層の表示さがされていた筈の場所。

 そこに書かれていたのは全く別の言葉だった。

 

《──七耀歴1204年8月16日──》

《ようこそ》

 

 今日の日付。そして、誰かがライ達に向けた歓迎の言葉。

 それを認識した次の瞬間、昇降機が車輪が再び稼働し始めた。

 

「きゃっ!?」

「うおっ!?」

 

 全身にかかる強大なG。

 昇降機の地面に倒れ伏したライ達は、昇降機が逆の動きを始めた事を理解する。

 

(──上昇し始めた!?)

 

 とても立つ事など不可能な揺れ。

 とんでもない速度で上昇を始めた昇降機。

 何とか体勢を整えようとするロイド達の眼前で、操作パネルの表示が次々と変化した。

 

《ようこそ。叡智なる世界へ》

《ようこそ。真実なる世界へ》

 

《我らは教える。汝らが抱える不安への解を》

《我らは伝える。汝らの旅路に待ち受ける試練を》

《我らは救済する。肉の檻に捕らわれし生命という存在を》

 

 とっくに元の階層があったと思しき高さは超えている。

 体感では既に地上を超え、地上数十階に達していそうな程の上昇。

 

 パネルはその階数の代わりに、日付の数字が恐ろしい勢いで変動していく。

 

《──9月13日──》

《──10月18日──》

《──11月24日──》

 

 そして。

 

《──七耀歴1204年12月31日──》

《ようこそ。我らは、汝らの来訪を歓迎する》

 

 数値は12月31日になった段階で停止した。

 

(今年の……12月!?)

 

 白い光に飲み込まれる視界。

 ライは最後にその日付を目に焼き付け、ぷっつりと糸が切れるようにして意識を失うのであった。

 

 

 

 ──暗転。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 ……それから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 ゆっくりと意識を取り戻したライは、重いまぶたをゆっくりと開けた。

 

「……──…………」

 

 視界は深い砂塵に覆われている。

 体の前面に感じる砂の感触。恐らく今、自分の身体は砂の上に倒れ伏しているのだろう。

 

 ライは両手に力を籠め、砂を握りしめた。

 

 体は何とか動く。

 ふらつく体に意識を集中し、ライはゆっくりと体を起こす。

 

「ここ、は……?」

 

 周囲の景色は一変していた。

 さっきまでいた筈の昇降機はなく、ロイド達の姿も見えない。

 代わりにあったのは地獄めいた光景だ。

 

 ……深い砂漠が延々と広がる黄色一色の景色。

 砂に埋まった廃墟と思しき朽ちた建築物。

 地上は明るいにも関わらず、真っ黒に染まった空。

 

 何1つとして生命が見当たらない、終末めいた世界が眼前に広がっていた。

 

 

 




悪魔:バフォメット
耐性:呪怨無効、祝福弱点
スキル:アギダイン、ブフダイン、炎上率UP、凍結率UP
 キリスト教において異端の者や魔女が崇拝するとされた悪魔。黒山羊の頭とカラスの黒い羽を持つ。この姿は19世紀に描かれた絵画が元となっており、現代における悪魔像の代表例とも呼べる存在となっている。


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推理に成功したのでDPが加算されます。

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