心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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85話「特務支援課」

 1人エレボニア帝国を離れ、遥か東の地クロスベル自治州へと訪れたライ。

 駅を出て右手側、WELCOMEと書かれたゲートを潜ったところ、早々にトラブルと遭遇した。

 

「あっ、ふうせん!!」

 

 大きな鐘のモニュメントが中央に置かれた広場。

 その端っこの方から、子供の大きな声が聞こえて来たのだ。

 声の方向に視線を向けると、上空に手を伸ばす子供と、ふわりふわりと浮かび上がる風船。

 その2つを認識した瞬間、ライはそちらの方へと駆け出していた。

 

(これを試すのにも丁度いいか)

 

 風を切る中、ライは右手の袖下に仕込んだ機械を起動する。

 フィーから預かったワイヤー射出装置だ。

 狙いは風船の上方、すぐ近くにあるビルの屋上へと定め、黒いワイヤーを解き放つ。

 

 ──アンカーが固定される感触。

 それを腕に感じた次の瞬間、巻き取りのギミックを起動し、ライの身体は風が如く上空へと引き上げられた。

 

 迫りくるビルの外壁。

 その途中で風船の紐を手に取ったライは、壁面に足をつけ停止。

 直後、アンカーの固定を外して地上へと飛び降りた。

 

 人のいない路上にスタっと着地する。

 我ながら、中々いい動きができたんじゃないかと、子供に風船を渡しながらも内心満足げなライ。

 そんな彼を待っていたものとは……。

 

「済みません。クロスベル警察の者です。少し時間を貰えますか?」

「あ、はい」

 

 警察の職務質問だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──クロスベル、中央広場。

 通行人の邪魔にならない場所に移動したライと警察を名乗る青年。

 この青年は真面目な性格なのだろう。ライに対して警戒しつつも、警察として丁寧な対応に努めていた。

 

「俺はクロスベル警察特務支援課所属、ロイド・バニングスと言います。失礼ですがクロスベルに来た理由をお聞きしても?」

「……特務支援課」

「あの、なにか……?」

 

 思わず青年──ロイドの所属を反芻するライ。

 接触しようと考えていた組織の人間だったが故の反応なのだが、今のは少々まずかった。

 心なしか警戒を強めるロイド。自らも身分を名乗るべきかと口を開くライだったが、その寸前に他の特務支援課と思しき近づいてくる。

 

「あっ! あなたは!」

 

 その内の1人。

 銀髪の女性がライの姿を見て声を上げた。

 エリィ・マクダエル。確か、先月の列車内でそう名乗っていた筈だ。

 

「お久しぶりです」

 

 ライは表情を変えずに返答する。

 すると、エリィの隣にいた赤髪の男が驚いて横を向いた。

 

「へっ? お嬢、あのスタイリッシュ不審者とお知り合いなわけ?」

「朝に言ってたでしょ? 彼が列車で会った”あの”学生よ」

「おいおい、って事は何か? こいつが黒い魔物に対抗する専門家って事かよ」

 

 なんつー偶然だよ、とぼやく赤髪の男性。

 どうやら彼らの方も自身の事を探していたのだと、ライは彼らの反応を見て察する。

 

「……これは、なおさら話を聞く必要がありそうだ」

 

 状況を見て小さく呟くロイド。

 合致する2者の思惑により、職務質問はより本格的な話し合いへと段階を移すのだった。

 

 

 ……

 …………

 

 

 ──特務支援課ビル1階。

 近くに拠点があるからとそこに案内されたライは、入り口のすぐ傍にある来客用のソファに座った。

 微かに感じる食事の匂い。恐らくここは単なる事務所ではなく、生活の拠点でもあるのだろう。

 

「お待たせ」

 

 しばらく待機していると、ロイドがペンと紙を携えて戻って来た。

 恐らくそれは調書と呼ばれるものなのだろう。

 

「では早速、尋問でもしますか?」

 

 悠然とソファに座りながら尋ねるライ。

 それはあまりにも堂々とした態度だった。

 ロイドは少しやりずらそうにしながらも、真面目な顔でライの問いに返答する。

 

「いや、ここはまず、お互いに改めて自己紹介を交わすべきかな」

「自己紹介?」

「特務支援課の名前を聞いた時の反応。それと、協力的すぎる行動を踏まえると、君も俺達と接触したいと考えていたんじゃないかと思ったんだ」

 

 ロイドはライの仕草から目的を推理したらしい。

 まさかそれを打ち明ける前に知られるとは。ライは少々驚きつつも、改めて口を開いた。

 

「その通りです」

「やっぱりな。……だったら、お互いに腹を割って話し合った方が良いはずだ」

 

 つまりは、お互いに協力関係を結んだ方が良いとの事なのだろう。

 気づけばロイドの口調も砕けたものに変わっている。

 距離を近づける為の戦略か。……いや、恐らくは天性のコミュニケーション能力なのだろう。

 

「……分かりました。俺の名はライ・アスガード。エレボニア帝国トールズ士官学院の1年です」

「俺の名はロイド・バニングス。さっきも伝えた通り特務支援課所属で、リーダーをやらせて貰っている」

 

 ライとロイドの間で自己紹介を交わす。

 次いで、ロイドは後ろにいる仲間を紹介し始めた。

 

「それで、こちらが──」

「おっとロイド。自己紹介くらいは自分でさせてくれや」

 

 ロイドの声を遮って歩いて来たのは、2周りくらい年上と思しき赤髪の男性だ。

 

「俺はランディ・オルランド。気軽にランディって呼んでくれや。お前さんの腕についてる機械、ひょっとして猟兵の備品じゃねぇか?」

「ええ、友人に猟兵がいまして」

「……そりゃまぁ、難儀な友人関係だな」

 

 ワイヤー射出装置を一目見て猟兵の持ち物と見破るランディ。

 その後の言葉も加味して、猟兵と何らかの因果関係があるのだろうか。

 

 と、そんな推測をするライを他所に、自己紹介は残りの女性陣へと移っていった。

 

「私も伝えるのはこれで2回目ね。エリィ・マクダエル。エリィで良いわ」

「ティオ・プラトーです。よろしく」

「それでこっちの子が……」

 

 エリィはこの場にいる最後の人物を紹介しようと振り返る。

 薄い碧色で、ふわふわと広がった髪の幼い少女。

 彼女は階段横の壁にしがみつきながら、唸るような目でライを睨みつけていた。

 

「キーアちゃん?」

「ううぅ~~…………」

 

 心配して声をかけるエリィに反応する事もなく、唸り続けるキーアと呼ばれた少女。

 まるでライから目を逸らすまいと必死に監視しているみたいだ。

 

「珍しいわね。あの子があんなに人を嫌うなんて」

 

 不思議がるエリィのみならず、特務支援課の全員が目を丸くしている。

 その光景から察するに、キーアは普段、人を嫌うような子ではないのだろう。

 

 ならば原因は1つしかない。

 と、ライは特務支援課の面々に説明する。

 

「お気になさらず。何時もの事なので」

「いや、何時ものって……」

「人に嫌われやすい体質なんです。皆さんも心当たりがあるのでは?」

「…………」

 

 お互いに顔を見合わせるロイド達。

 しかし、誰1人としてライの言葉を否定しない事から、皆一様に嫌悪感に似た感覚を覚えている事実を把握したらしい。

 彼らは半信半疑ながらも、何らかの異常がある事だけは受け入れてくれた。

 

「……いや、なんつーか、大変なんだな。お前さんも」

「いえ、慣れました」

「にしても、誰からも嫌われる体質ねぇ。うちのキー坊とまるで正反対だな……」

「彼女と?」

 

 ライはこちらを睨む少女へと目を向ける。

 正反対とはどういう意味だろうか。

 

「今のあいつしか見てねぇライには分かんねぇだろうが、普段のキー坊はほんと元気で人懐っこくてな。クロスベル市でキー坊を嫌ってる奴はいないんじゃねぇか?」

 

 つまり彼女は天真爛漫な性格で、クロスベル市民全員の妹や娘と言った感じになっていると。

 自身の呪いじみた異変とは違うが、確かに正反対と言えるかも知れないなと、ライは静かに考えた。

 

(けど、もしそれが俺と同じ特異体質なら、呪いと呼べるか……?)

 

 皆から好かれる特異体質。

 一見有利なだけに見えるが、作為的な異変と認識した場合、全ての好意が偽物に見えてしまうかも知れない。

 

 ……まあ、仮定の話をこれ以上考える必要もないだろう。

 そう結論づけたライは、改めて対面に座るロイドへと向き直る。

 

「──さて、本題に移りますか」

「ああ。それじゃまずは俺達の状況について説明させてもらうよ」

 

 こうしてライとロイド達はお互いの距離を1歩縮め、それぞれの深刻な情報を共有し始めるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──情報共有に移り、時計の長針が1周回った頃。

 ライからの情報を受けた特務支援課は口数を減らして見上げていた。

 

「……シャドウ、それにペルソナ、ね」

「にわかに信じがたい話ですが……」

「こんな光景を見せられたら信じるしかねぇわな」

 

 ソファに座りながら自らのこめかみを撃ち抜いたライ。

 その後方には、大きく屈まなければ入りきらない程に巨大な影が、青い光を纏い佇んでいたのだ。

 

 それ即ちライのペルソナ、ヘイムダル。

 情報の真偽を証明するならこれが一番簡単だ。

 ライはそう思い、特務支援課の制止を受ける間もなく自身の頭をぶち抜いたのである。

 

「これが黒い魔物──シャドウへの対抗策って訳か」

 

 身の丈程もある巨大な槌をぺたぺたと触りながらランディが呟く。

 黒い魔物に対する対抗策の正体は、学生が持つ特殊能力だった訳だ。

 彼らからして見れば残念な結果だと言わざるを得ないだろう。

 

 しかし、ロイドは残念がっている場合ではないと、すぐに話題を切り替える。

 

「それよりも、今はクロスベルに潜んでいるかも知れないという、神を自称する怪物の話が気がかりだな」

 

「──!!」

 

 ロイドの《神》という言葉に反応するキーア。

 しかし、この場にいる誰も気づくことなく、話は進行していった。

 

「ティオ。この資料が間違いないか、念のため調べて見てくれないか?」

「分かりました、ロイドさん」

 

 ティオはライが持参した導力の数値データを持って、部屋隅に置かれた導力端末へと向かっていく。

 

 端末のキーボードを叩き始める10代前半の少女。

 すると、1分も経っていないにも関わらず、彼女は目的の情報を探り出した。

 

「──見つけました。資料と同じ時間帯に一瞬ですが、稼働ログに空白が発生しています」

「その時間に導力エネルギーが奪われたって事か?」

「はい。ネットワークに繋がった他の端末にもアクセスしてみましたが、皆同様のエラーが発生しています。誤作動の線は薄いかと」

 

 この僅かな時間でそこまで調べ上げたのか。

 恐ろしい程の情報処理速度だ。

 あの若さで特務支援課の1員と言うのは伊達ではないらしい。

 

「導力の奪取。水面下で何らかの異変が起こっているのは間違いない、か。……以前君が会ったという神についてもう少し聞かせてくれるかな? 特に現実の島で起こったという異変について詳細に」

「ええ。ブリオニア島では──」

 

 ライは特別実習で見聞きした情報についてロイド達に伝えた。

 現実側で起きていた出来事は大きく分けて3つ。導力の喪失。風景の変貌。そして住民の消失。

 

 この内、2つ目の異変である風景の変貌は起きていないと見ていいだろう。

 だが、1つ目の異変は起きている以上、3つ目の異変が発生していない保証はない。

 ロイドはクロスベルの地を守る身として、その懸念を深刻に受け取った。

 

「行方不明者の発生か……」

「ねぇロイド。私たちも戻って来て日は浅いし、警察本部に確認を取った方が良いんじゃないかしら?」

「そうだな」

 

 方針を定めたロイド達は、ティオのいる導力端末へと歩いていく。

 そして、導力ネットワークを通して警察本部の担当者フラン・シーカーに連絡を繋げるのだった。

 

 

 ──

 ────

 

 

 数分後。

 導力端末の前で待機していたロイド達の元に、折り返しの通信が届く。

 

『お待たせしました!』

「ありがとうフラン。それで、お願いした件はどうだった?」

『ロイドさんのおっしゃる通り、何件か行方不明者の届け出が届いていたみたいです。時間帯も全て夕方時ですね』

「いたって事は……」

『あ、はい。今は皆さん戻ってきているみたいです』

 

 懸念通り行方不明は発生していたものの、今は全員見つかっているとの事。

 ブリオニア島と異なり話題になっていないのはこの為か。

 一時的に行方不明となっていたものの、無事見つかった事で事件性はないと判断されたのだろう。

 

「フラン、念のため、その情報をこっちに回してもらえるかな?」

『分かりましたー! 今送りますので少々お待ちを!』

 

 それから少しの間を置き、導力端末の画面に3件の文章ファイルが表示された。

 

 書かれていたのは、一時行方不明となっていた人物のデータ。

 オルキスタワー建設の業務員、IBCの研究者、市の地下に広がるジオフロントのメンテナンス技師。

 それら3名の名前や経歴などの情報が事細かに纏められていた。

 

 その内容を警察手帳に書き写すロイド。

 3名の情報を手に入れた特務支援課は短く会話を交わし、ライのいるソファ近くへと戻って来た。

 

「これから俺達は行方不明になった人たちに話を聞きに行こうと思ってる。本件の情報提供者でもあるし、良ければライも同行してくれるかな?」

「荷物はとりあえずそこらへんにでも置いといてくれや」

「ええ」

 

 ソファを立ち上がり荷物を置きに動くライ。

 聞き込みに向け装備の確認をする特務支援課。

 いざ正面玄関から外に出ていこうとしたその時、最後尾に立つロイドの裾を小さな手がギュッと掴んだ。

 

「……キーア?」

「…………」

 

 ロイドを引き留めようと、幼い少女が両手でずっと掴み続けている。

 下を向いて、一言も喋ることなく、全身の身振りで不安を表して。

 そんなキーアに向け、ロイドはしゃがんで目線を合わせ、優しく頭に手を置いた。

 

「俺達は仕事に行ってくるから。キーアなら、ツァイトといっしょにちゃんとお留守番できるよな?」

「……うん」

 

 納得してくれたのか、手を放してくれるキーア。

 特務支援課の面々はキーアに向けて「行ってきます」と言い、ライを連れてビルを後にした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──クロスベル市、旧市街。

 提供された情報を元に、ライ達は市の南東に位置するこの区画へと訪れていた。

 

(この区画は他と比べて荒れているな……)

 

 特務支援課の数歩後ろを歩きながら、ライは周囲の街並みを確かめる。

 

 ここは一見して分かる程に古びた場所だ。

 地面の舗装は荒れていて、汚れた民家には割れた窓を塞ぐ為、木の板が打ち付けられている。

 長い間放置されている錆びたドラム缶。埃にまみれた木箱の山。

 

 こんな光景を見ればライにでも分かる。

 目まぐるしい発展を遂げるクロスベルの中で、ここだけは完全に見放された区画だった。

 

「この先にいるのは確か、オルキスタワー建設の従業員だったよな」

「ええ。資料によれば、建設の為に地方から移り住んで来たみたいね」

「ま、ここは家賃やすいもんなぁ」

 

 聞き込みの対象について会話を交わすランディとエリィ。

 

 彼らが口にしたオルキスタワーとは、クロスベル北側に建設中の超高層ビルだ。

 今月末の西ゼムリア通商会議の場となる予定であり、もうそろそろ完成する予定の大陸最大級の建造物。

 ある意味、この旧市街とは正反対の存在と言えるだろう。

 

「──ここだな」

 

 そんな旧市街の路地を何度か曲がり、ロイド達がたどり着いたのは、古い集合住宅の1部屋だった。

 錆びた手すりのある2階。呼び鈴の類すら見当たらない古い扉。ここに1度行方不明となった従業員が住んでいるらしい。

 

「ごめんください。クロスベル警察の者ですが、少しお話を聞かせて貰えませんか?」

 

 扉を軽く叩きながら室内へと呼びかけるロイド。

 しかし、いくら呼びかけても反応はない。

 

「……留守なのかしら?」

「いや待て。この嫌なニオイは──」

 

 その時、ランディの顔が険しく歪んだ。

 臭い。……そう言えば、扉の向こうから吐き気を催すような臭いが出てきているような。

 

「──ちっ、ロイド! ここを開けるぞ!」

「えっ?」

「緊急事態だ! 女性陣とライはここで待ってろ!」

 

 妙に慌てたランディの言葉を聞いたロイド達は臭いの正体を察する。

 

 ──腐乱臭。

 これは、人が死んで腐った時に出る臭いなのだと。

 

 急ぎドアノブに手をかけるロイド。

 鍵はかかっていない。

 扉を開け、ロイドとランディの2人は内部に突入する。

 

 明かりのない、カーテンが閉じられた室内。

 悪臭に満ちた空気の中で、彼らはある惨状を目撃した。

 

「こ、これは……!」

 

 "私は真実を知った"

 "未来を知った"

 "嫌だ"

 "消えたい"

 "あんな未来に行くくらいなら"

 "破滅だ"

 "希望なんてない"

 "嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ"

 

 部屋全体にびっしりと書き殴られた文字。

 地面に倒れた椅子。宙を飛び交う羽虫。

 

 ……そして、天井から伸びるロープ。

 

 狂ったとしか言いようのない部屋の真ん中で。

 1人の男性の、首つり死体を発見したのである。

 

 

 


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