心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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84話「とある少女の朝」

 ──8月16日、早朝。

 夏季休暇の特別許可書を提出したライは、日が昇り始めた時間にトリスタ駅へと向かい、そのままクロスベル行きへの旅客列車に乗り込んだ。

 

 人気のない車両の席にバッグを置いて隣に腰を下ろす。

 

 椅子を通して感じる列車の揺れ。

 耳元には線路を走る心地良い音が聞こえ、朝日が差し込む窓の外では、ケルディック周辺にある黄金の畑が美しい景色を形成していた。

 

(今の内に、クロスベルの情報を再確認しておくか……)

 

 目的地に着くまではまだまだ時間がかかるだろう。

 ほぼ初めての1人旅という事もあり、景色を楽しむという選択肢もあったが、ライはひとまず購入した本を読む事にする。

 

 バッグの中から取り出したのはクロスベルの紹介が書かれた雑誌。

 各地の案内を始めとして、簡単な歴史まで書かれていると本屋でお勧めされた逸品だ。

 足を組んで悠々と座るライは、片手で本を開いて中身を読み始める。

 

 ────

 

 ──クロスベル自治州。

 それは西ゼムリア大陸において丁度中心に位置する重要なエリアだ。

 ノルド高原と同様に、エレボニア帝国とカルバード共和国が領有権を主張しているものの、重要性はこちらの方が遥かに上。

 2国間の交通の要所であり、豊富な鉱脈資源まである為、昔から2大国の取り合いになって来たらしい。

 

 現在は自治州という名の通り、2大国を宗主国とする共同委託統治という形となった。

 要は両国の支配下として丁度中間の立場になった訳だ。

 

 そんな訳で国交の中継地点となったクロスベル自治州は、近年目覚ましい発展をとげているらしい。

 国際的な金融機関《IBC》や、その資本により建設された大型複合テーマパーク《保養地ミシュラム》を始めとして、歓楽街ではカジノや劇団《アルカンシェル》によるステージ演劇、中央には複合デパートやレストラン、南には新造されたクロスベル空港などなど、狭い土地にこれでもかと詰め込んだ場所になっているようだ。

 

(……近年は、市内中の導力端末をケーブルでつなぐ導力ネットワーク計画も進められている、と。インターネットまであるのか)

 

 本の内容を総括すると、クロスベルはかなり混沌とした技術革新の最中にあるようだ。

 その速度は帝都ヘイムダルを遥かに上回っていると言って良い。

 恐らくは、2大国がそれぞれクロスベルへの影響力を強める為、より積極的な技術投資を行っているのだろう。

 

 幾多の組織、資金、技術、思惑。

 それらを鍋に煮詰めるように詰め込んだその都市は、人呼んで《魔都クロスベル》。

 これから向かう場所は、西ゼムリア大陸の中でも1、2を争う程に厄介な場所のようだ。

 

「本で得られる情報はこれくらいか」

 

 パタンと本を閉じるライ。

 頭に叩き込んだこの情報さえあれば、現地に行っても迷う事はないだろう。

 

 窓の外、列車の進行方向には鋼鉄で覆われた巨大な要塞が見える。

 

 ──ガレリア要塞。

 クロスベル自治州がカルバード共和国に占領された場合に備え、境界線上に設置された要塞だ。

 士官学院で聞いた話によれば、あの要塞には《列車砲》なる超遠距離のカノン砲が常備されているらしい。

 

 住民への被害など度外視の殺戮兵器。

 その照準を常に向けられた魔都クロスベル。

 国という枠組みの業が形となった建造物を通り過ぎ、ライを乗せた旅客列車はクロスベルへと走っていった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ……

 …………

 

 

 視界を覆う程の砂塵が宙を舞う。

 

 空も地も砂に覆われた世界。

 砂漠に飲み込まれたビル群の中、砂を除き、動くものがたった1つ。

 

「…………ぇ?」

 

 それは幼い少女であった。

 彼女は今、自身の見ている光景を理解できないのか、呆然と辺りを見渡していた。

 

 辺りの砂漠は異様な光景だ。

 地表は昼間のように明るく照らされているというのに、空は真っ暗に塗りつぶされている。

 太陽はない。雲もなく、夜空かと思えば星々すらも見当たらない。

 空は真っ黒な”宇宙”に飲み込まれていたのだ。

 

 不可思議な景色を網膜に焼き付ける少女。

 ある時、彼女は砂の中にある”大事なもの”を目撃する。

 

「ぁ、ぁ……、ぁぁ…………」

 

 少女は狼狽え、短いスカートを穿いていることなど気にする余裕もなく、砂に埋もれた”それ”に向けて走り出す。

 

「ロイド──っ!!」

 

 それは少女が家族のように大切に思っている人物だった。

 砂に足を取られ、倒れこむようにして、ロイドと呼ばれた男性の元へと辿り着く少女。

 彼女は全身の力を使って、大きな彼の身体を何とかひっくり返す。

 

「ねぇ起きて! ロイド! ロイドっ!! キーアを置いてかないでっ!!」

 

 ロイドの身体を必死に揺らす少女、キーア。

 彼女の賢明な呼びかけにも関わらず、ロイドが目を覚ます様子はない。

 ……それはもう、ただの肉塊だ。

 

『──時は満ちた』

 

 その時、砂漠の世界を揺るがす神託が響き渡る。

 

 顔を上げたキーアは、真っ黒な宇宙の中にぽつんと、純白の何かが浮かんでいる事に気がついた。

 

 それは遥かな空。

 本来ならば捉える事すら難しい距離だったが、何故だかキーアは明確に視認できた。

 

 1つ目は円環状に浮かぶ4組の存在。

 まるでこの世の者とは思えない程に純白な、神としか形容できない異形。

 ……そしてもう1つ。神々の中央にて静止する1人の人間の存在を、月の瞳を携えた灰髪の青年の姿を、キーアはその目ではっきりと捉えた。

 

『汝が"秩序"の道を選んだ事を嬉しく思う。汝が献身により、人間、動物、植物、微生物、魔獣、聖獣、超越者……、生命と呼べるほぼ全ての存在はここに救済された…………』

 

 神々はその青年を高らかに讃えている。

 生命の救済という偉業はここに成しえたと。

 

 その言葉を聞いたキーアは、この惨状になった因果を理解する。

 

「どう、して……」

 

 キーアは無意識に声を出していた。

 喉は砂塵で痛めていたけれど、叫ばずにはいられなかった。

 

「どうしてなの!? せっかくみんなで乗り越えたのに! みんなで一緒に頑張ろうって約束したのに!! どうして……どうしてぇ…………!!」

 

 少女は涙を振りまきながら、この不条理を叫ぶ。

 けれど。

 

『さあ、救済者(ソーテール)よ。最後の役目を果たす時だ』

 

 彼女は既に舞台から零れ落ちた傍観者だ。

 いくら叫ぼうとも、舞台の役者に届く事はない。

 

「ねぇ!! 答えてよぉぉ!!!!」

 

 キーアの叫びは砂嵐に飲まれ、宇宙の青年は片手をかざす。

 

『──繋がれ──』

 

 青年の手から放たれた膨大な閃光。

 同時に、キーア自身の身体からも光が溢れ出し……。

 

 …………──……

 ……

 

 

 

 ──暗転。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 ──クロスベル市内、中央広場の階段を下りた先に建てられたビル。

 クロスベル警察特務支援課にあてがわれた建物の一室で、夢を見ていた少女キーアは目を覚ました。

 

 机に置かれている《みっしぃ》というマスコットキャラクターの人形。

 窓の外から降り注ぐあたたかな太陽の光。

 ほのかに甘い自室の香り。

 

 そのどれもが平和な日常の1ページだったが、目覚めたばかりのキーアには、今にも壊れてしまいそうな薄氷のように思えてならなかった。

 

「……はぁ、……はぁ…………」

 

 キーアはバクバクと脈打つ胸を両手でぎゅっと押さえる。

 ベッドの上で身を縮め、心臓が落ち着くのをただ待ち続けた。

 

「また、あの夢……」

 

 下を向いて、呆然自失の状態で少女は呟く。

 

 ベッドの上にぽたぽたと落ちる水滴。

 キーアはここに来て初めて、自分が泣いている事に気がついた。

 

「……かお、洗わなくっちゃ」

 

 重い体を引きずってベッドの端へと移動し、そのまま飛び降りるキーア。

 彼女はそのまま、ふらふらとした足取りで洗面台の方へと向かっていった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 特務支援課の洗面台にて。

 キーアはバシャバシャと顔を洗って、鏡で自身の姿を見る。

 大きな目の周りは赤く腫れあがっており、齢9歳の幼心から見ても、ひどいと言わざるを得ない顔だ。

 

「あれ? キーア、もう起きていたんですね」

 

 そんな時、入り口から長い青髪を揺らした少女が顔を見せる。

 

「あ、ティオ。おはよう」

「──って、どうしたんですか! ひどい顔ですよ!?」

「えへへ……。ちょっとわるい夢をみちゃって」

 

 キーアの顔を見てわたふたしている少女の名はティオ・プラトー。

 14歳と、まだ子供と呼べる年齢だが、彼女はれっきとした特務支援課の一員だ。

 エプスタイン財団という組織から出向する形で加わった経歴を持ち、膨大な情報を超高速演算する力を持っている。

 

 とまあ、経歴だけを見ると凄い天才のようだけれども。

 彼女自身はちょっと大人ぶっているだけの女の子だ。

 今だって、5歳年上のお姉さんとして、悪夢を見た妹分にどう対応したらいいか必死で考えていた。

 

「とりあえず、そこに座って下さい。顔を洗った時の水が髪についてますよ?」

「うん……」

 

 ティオに促されるまま椅子に座るキーア。

 その背後にタオルを持って歩いて来たティオは、キーアのくりくりとした髪を優しく拭き始めた。

 

 マッサージのように優しい感触。

 キーアは髪を包むタオルの温かさに身を任せる。

 

「こうしてキーアの髪を拭けるなら、早めに帰って来た甲斐があるかもですね」

「……うん。キーアも、ティオに会えて嬉しいよ」

 

 しんみりとした時間が流れる洗面台前。

 ティオにより綺麗に髪を拭われたキーアは、2人で1階の広間へと向かうのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──特務支援課ビル1階。

 来客の対応をするだけでなく、日々の食事も行うダイニングも兼ねた生活の中心だ。

 そのなじみ深い場所へと辿り着いたキーアとティオは、そこで香ばしい匂いが漂っている事に気づいた。

 

「あれ、この匂いは……」

 

 思わず声を漏らすティオ。

 すると、台所の方から1人の男性が姿を現した。

 

「お、2人とも早いじゃないか」

 

 それはエプロンを付けた特務支援課のリーダー、ロイド・バニングスだった。

 朝の眠気を感じさせない爽やかで整った顔立ち。

 彼の片手には料理を乗せた皿がある事から、彼が料理をしていたのは明白だ。

 

 ロイドさんが朝食当番でしたっけ?

 ティオはそう口にしようとしたのだが、その役目は、2人の後から階段を下りて来た3人目に奪われる事となる。

 

「お、こりゃあ美味そうな匂いだ!」

 

 眠そうにあくびを携えて登場したのは赤毛のランディ・オルランド。

 特務支援課の中では、所長を除き最年長の男だ。

 

「──って、作ったのはロイドか。今日の当番はお前だったっけか?」

「いや特に決まってなかったけど、皆帰って来たばかりで疲れてるかなって思ったんだよ」

「とか言って、本当は料理できる系男子をアピールしたかったんだろ? この弟ブルジョワジーめ。抜け目のないこったな」

「はぁ、そんな訳ないだろ……」

 

 肘をロイドの肩に置いてウザ絡みを始めるランディ。

 ちと過剰な絡み方だが、これには事情があった。

 

 そう、今の会話で出て来たとおり、特務支援課の面々は先日までバラバラだったのだ。

 ロイドはクロスベル警察捜査一課で研修を積み、

 ランディはクロスベル警備隊でかつての事件の後始末を行い、

 ティオは一時出向元のエプスタイン財団に戻り、

 そして、今この場にいないエリィは、祖父のヘンリー・マクダエルの手伝いをしながら政界について学んでいた。

 

「あれ? お嬢はまだ戻ってきてないのか?」

「エリィならさっき連絡があって、これからセルゲイ課長と一緒にこっちへ向かうってさ」

「ほほう、つー事は、これで特務支援課再結成って訳か」

 

 ランディが部屋の隅に寝そべる大きな狼、番犬ならぬ番狼のツァイトを見ながらそう言った。

 

 ロイド、エリィ、ティオ、ランディ、キーア、セルゲイ、ツァイト。

 この6人と1匹が、解散前の特務支援課メンバーだ。

 元は血の繋がりもない赤の他人だったのだが、今ではまるで家族のように固い絆で結ばれている。

 

 そんな家族とまた一緒に生活できる。

 そう思うと、キーアの顔に自然と笑顔が戻っていくのだった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 それから数十分後。

 到着したエリィやセルゲイと共に食卓を囲んだキーア達は、ロイドの作った朝食に舌つづみしていた。

 

「はは、キーア、美味しいか?」

「うん! おいしー!!」

 

 満開の笑顔で朝食を食べるキーア。

 親しみのある味だったのも確かだが、皆と食べる食事というのは何にも勝る調味料となる。

 ロイド達と何気ない会話をして、温かい料理を口にして、笑顔で笑いあう。

 そんな大切な時間は、やがて朝食の終わりという形でやってきた。

 

「──さて、と。朝食を終えたなら、情報共有とかした方が良いんじゃねーか?」

 

 くたびれた顔つきの中年男性セルゲイ・ロウが、スプーンを置いて提案する。

 彼の主義は現場判断優先の放任主義。悪く言えば面倒くさがり。

 故に会議の主導権もロイド達に任されていた。

 

「そうですね。お互い積もる話もありますし」

 

 セルゲイの提案をエリィは承諾する。

 次いで彼女は、隣に座るキーアに顔を向けた。

 

「それじゃあ、少し込み入った話もするでしょうし、キーアちゃんは一旦自室に戻ってくれるかしら?」

「みんなと会うの久しぶりだから、キーア、ここにいたい。ねぇ、ぜったい邪魔しないから、だめ?」

「……そうね。分かったわ」

 

 キーアのわがままを笑顔で受け入れるエリィ。

 こうして、再結成初の会議はフルメンバーで行う事となった。

 

 

 ……

 …………

 

 

「……さて、皆の話はこんなところかな?」

 

 まず最初に分散していた際の近況を一通り話しあうロイド達。

 

 学んだ技術の話。警備隊で行っていたリハビリの話。等々。

 過去の話を共有した彼らは、次の話題に移行する。

 

「なら次は、直近の話題についてでしょうか」

「だな。まーつっても、話題はもう決まってるようなもんだが……」

「2週間後に迫った《西ゼムリア通商会議》の事だな」

 

 クロスベルにおける一大イベント。

 過去初めてとなる多国間の通商会議は、当然特務支援課にとっても重要な出来事だ。

 

「お嬢。先月に対峙したっつー黒い魔物について、改めて聞いてもいいか?」

 

 ランディがエリィに対し問いかける。

 そも、今回全員が予定を早めて合流したのは、一重にエリィから齎されたこの情報が原因だった。

 彼女が共有した話はそれほどの厄ネタだったのだ。

 

「エレボニア帝国の夏至祭に招待された際の話ね。導力銃や導力魔法の効果はまるでなかったわ。ボディガードの攻撃もまるで効いてなかったし、今までも色々な魔獣や魔物と戦ったけど、そのどれとも違う感じだった」

「確か、その魔物が貸し切りの列車を暴走させたんだったよな。──セルゲイ課長、エレボニア帝国から何か返答はありましたか?」

「何回か事情を聞こうとアプローチしたんだがな。あちらさん、だんまりを決め込んでやがる」

「そうですか……」

「けどまあ、流石に情報統制できる規模じゃなかったみたいだ。夏至祭に行ったクロスベル市民経由で色々と話を聞けたぞ」

 

 そう前置きして、セルゲイは仕入れた情報をロイド達に共有した。

 

 1つ、夏至祭初日のテロリスト襲撃において、エリィが遭遇した黒い魔物が使われていた事。

 2つ、帝都憲兵隊の兵士たちは魔物の存在を認知している様子だった事。

 そして3つ、兵士たちに混ざって学生と思しき人間が魔物と戦っていた事。

 

「おおよそエリィさんが言っていた内容と一致してますね」

「専門家を自称する学生、と。なんか特別な武器かなんか持ってんのかね」

「それは分からないわ。あの時は私たちのいる車両ごと切り離されたから……」

 

 特務支援課の得られる情報は限られていた。

 けれど、それでも分かる事はあると、ロイドが推理する。

 

「専門家の意味はまだ分からないけど、危険な魔物がテロリストの戦力として使われているのは間違いないみたいだな。しかも、マクダエル議長が乗った列車を乗っ取ったって事は、通商会議の前に、エレボニア帝国の対外的な評価を下げる意図があったはずだ」

「だとしたら、テロリストの敵は帝国の現政府って事ですよね」

「ああ。そして、その政府のトップは、今回の通商会議の主役の1人でもある。という事は──」

「──俺達も他人事じゃいられねぇって事だな」

 

 帝国現政府を狙うテロリストの存在。

 クロスベルとしては完全に巻き込まれる形だが、治安にも関わるし、無視もできない状況だ。

 

「ロイドさん、私たちに出来る事ってないでしょうか」

「そうだな……。この件は正直警備隊や捜査一課の範疇だと思うけど、市内に怪しい痕跡がないか見て回る必要はあると思う」

 

 通商会議の2週間前。

 テロリストが既に入り込んでいる可能性はあるし、他の勢力が何らかの動きを見せている可能性もある。

 

「そう言えば、以前要請していた追加人員についての話はどうなりました?」

「あーその件については大体メンバーが決まったぞ。今手続きやら何やら進めてるから、後2、3日すりゃ進展を伝えられるだろうな」

「分かりました」

「その事務手続きで忙しいから何時もの支援要請も一旦停止してる状況だ。市内が気になるってんなら、適当に回ってくるといい」

 

 そう言い残し、セルゲイは1階にある仕事場へと戻っていった。

 特務支援課の仕事は各方面からの依頼や要請、つまりは《支援要請》と呼ばれる仕事が主だ。

 しかし、それが一時とはいえ停止している以上、治安維持機関としての役割に専念するべきだろう。

 

「よし。それじゃあ俺達も行こうか」

 

 ロイドの号令で立ち上がる特務支援課の面々。

 キーアはそんな彼らを不安そうな顔で見上げる。

 

「ロイドたち、街中に行くの?」

「う、うん、そのつもりだけど……」

「キーアもついてっていーい? ……だめ?」

 

 巡回についていこうと椅子から飛び降りるキーア。

 ロイドにすり寄る幼い少女を、ランディとティオは1歩離れた場所で眺めていた。

 

「なんか、何時になく寂しがりやになってねぇか? キー坊のやつ」

「今朝すごく怖い悪夢をみてしまったみたいですね」

「あー、な~るほど。そういう事ね」

 

 悪夢の内容をティオ達が知る事はできないが、離れたくない様子から察するに、そう言う内容だったのだろうと推測する。

 

「──分かったよ。なら一緒に行こう」

「やったー!!」

 

 喜び跳ねるキーア。

 一方で、てっきり断るかと思っていたエリィは驚いた。

 

「え!? いいの? ロイド」

「元々関係各所への挨拶も必要だったし、裏路地や旧市街の危険な場所は明日以降に回せばいいと思う。それに、俺もキーアと一緒にいたかったしな」

「……まあ、それもそうね」

 

 一時とはいえ、しばらくこの少女を課長に任せて離れていたのだ。

 出来る事ならばロイド達だって一緒の時を過ごしたいと思っている。

 

 まあ、そんな思いが後押しして、特務支援課は1名を追加した状態で巡回をしに出るのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──市内の巡回を始めて数時間後。

 ロイド達はクロスベルの中央広場を始めとして、西通り、住宅街、歓楽街、行政区、港湾区、東通りの関係各所に訪れ、また中央広場に戻ってきていた。

 一部のクロスベル住民から密かに《クロスベルマラソン》と称され親しまれている巡回ルート。

 そこを通って関係各所に再結成の挨拶を行い、ついでに黒い魔物に関する情報共有を行った。

 

「皆さん、お変わりない様子でしたね」

「うん! みんな元気そうだった!」

「警察本部と議会は大変そうだったけどな」

「まぁ、それは仕方ないかと。通商会議まで2週間あるとはいえ、必要な準備を考えるとあまり余裕はないでしょうし」

 

 ティオ、キーア、ロイドが挨拶した面々を思い返しながら会話する。

 歓楽街に本拠地を置くアルカンシェル。行政区の警察本部や自治州議会。東通りの遊撃士協会。

 その他にも西通りのパン屋や弁護士事務所、港湾区のクロスベル通信社などなど。

 

 地域に密着した特務支援課は、街を回るだけでも意外と重労働だ。

 

「一方で黒い魔物に関しちゃ、4月ごろから帝国内で発見例があったって事くらいしか分からんかったな」

「遊撃士協会は帝国から締め出されてるらしいし、ニュースを収集してただけでも流石と言うべきなんじゃないかしら」

「ま、それもそうか……」

 

 数歩後ろを歩きながら、深刻な話を交わすランディとエリィ。

 帝都ですら大被害を出したテロリストの手口だというのに情報が不足しすぎている。

 2人が感じている不安は最もなもので、故にロイドも振り返って会話に加わった。

 

「魔物の正体が何であれ、俺達は出来る事を精一杯やるしかない。今は僅かな痕跡や不審者を見逃さないよう気を引き締めていこう」

「だな」

「そうね」

 

 ロイドの掛け声で気を引き締めなおす特務支援課の面々。

 

 丁度その時、ロイド達からそこそこ近い場所にある屋台にて。

 色鮮やかな風船が1個、クロスベルに訪れた観光客らしき親子に売れていた。

 

「お買い上げありがとうございます。ささ、お坊ちゃん、これをどうぞ」

 

 屋台の販売員が括りつけていた風船を取り外し、子供の前にしゃがんで風船を手渡す。

 つたない手で受け取ろうとする少年。

 しかし、そこでトラブルが発生し、風船に付けられていた重石が取れてしまう。

 

「あっ、ふうせん!!」

 

 浮かび上がる風船に手を伸ばす少年。

 ロイド達の視線がそちらに向いた、その刹那。

 

 ──駅の方面から、深紅の影が飛んできた。

 

 それは1人の男だった。

 彼は片手からワイヤーらしきものを射出して近場のビルに固定。

 そのまま上空へと飛び上がり、見事、浮遊する風船をキャッチする。

 

「……いたな。不審者」

 

 明らかに一般人とは思えない身のこなしを見て呟くランディ。

 そして、ロイドの傍にいたキーアもまた、その人物を見て身構える。

 

 親に警戒されながらも子供に風船を手渡す10代と思しき青年。

 彼こそ、キーアが夢に見た、あの青年だったのだから……。

 

 

 


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