──8月15日、自由行動日。
帝都での待機期間も無事に終わり、士官学院から別途出された5日間の特別休暇も満喫したVII組は、普段の日常に戻っていた。
辺りは夏真っ盛り。
サンサンと照り付ける太陽が地上を焦がし、熱を帯びた空気を吸い込むだけで体力を奪われる。
心なしか風景が揺らめいで見える灼熱地獄の中、リィンは生徒会から受け取った手紙に従い、生徒会館2階のオカルト研究会へと訪れていた。
「ウフフ……、ようこそ”魔術師”の青年。今日はどんな占いをご所望かしら?」
「いや今回は生徒会の依頼で──」
「知ってるわ。七不思議の調査をしに来てくれたのでしょう? ……でも急ぐ必要はないわ。まずは、今日の行く末を占いましょう」
底知れぬ不気味な微笑みを続けているのは、1年III組でオカルト研究会部長のベリル。
今回、リィンがここに訪れたのは、彼女からの依頼を生徒会経由で請け負ったからだ。
しかし当の本人は我関せず。
テーブルの上にタロットカードを並べ、直近の未来を占い始めた。
「……、……そうなのね」
「えっと、何が分かったんだ?」
「これを持っていきなさい。きっと”彼”の役に立つわ……」
めくったカードを確認したベリルは、懐のポケットから別種のカードを取り出し、テーブル越しにリィンへと渡す。
「これは?」
「スキルカードよ。今は名前さえ知っていれば十分……。それじゃ、依頼に話を移しましょうか」
「あ、ああ……」
まるで何か別のものでも見えているかのように話を展開するベリル。
その独特なオーラに翻弄されっぱなしのリィンであったが、持ち前の寛容さによって、何とか彼女に合わせる事ができた。
「そうね、まずは認識の共有をしておきましょうか。リィン君は学院に流れている七不思議はご存じ?」
「いやまったく……。でも学院の七不思議ってことは、良くある七不思議と同じように7つの噂話が一纏めになってるって認識で良いんだよな?」
「ええ、その通り」
「なるほどな。もしかして昔からあるものなのか?」
「それは違うわ。話ができたのはごくごく最近。それも、女子生徒達のグループで共有され始めたばかりの小さな噂たちよ」
ベリルの話を聞く限り、噂は古くから伝わるものでも、シャドウ様のように何らかの思惑で作られたものでもないらしい。この暑い時期だからこそ冷ややかな体験をしてみたい。そんな、どこにでもある需要が生み出した噂のようだ。
「それじゃあ、今日はその詳細を知りたいって事で良いのか?」
「話が早くて助かるわ。私の方でもできる限り調べてみたから、このメモを手がかりにして噂の出どころを調べてくれるかしら」
そう言って、ベリルはリィンに1枚の紙を手渡した。
────────
《路地裏に潜む多眼の化物》
《川底の怪》
《窓から見下ろす悪魔》
《倉庫裏のしゃべる人形》
《無人の演奏会》
《花壇に埋められた子供の死体》
《魔の鏡》
────────
メモには丁寧な字で七不思議の一覧と、その詳細が書かれている。
大まかな場所に関する情報も十分だ。これさえあれば、噂を知らないリィンであっても調査できるだろう。
「……うん、これなら何とかなりそうだ」
「期待しているわ」
「ははは……。まあ、精一杯頑張ってみるから、期待せずに待っててくれると助かるよ」
噂という性質上、ベリルの期待に応えられるかは五分五分といったところ。
リィンはベリルの怪しげな眼差しを背中に受けながら、オカルト研究会の部室を後にするのだった。
◇◇◇
──トリスタ市内。
リィンはベリルから預かったメモを片手に、1つ目の七不思議の発生地へと赴いていた。
1つ目の噂は《路地裏に潜む多眼の化物》と言うものらしい。
その内容は以下の通りだ。
《……月の出ていない真夜中。人気のない路地裏から物音が聞こえたら気を付けて。そこには世にも恐ろしい多眼の怪物が牛耳る狩場。あなたもきっと食べられちゃうよ?》
噂の内容を読むに、時間帯は真夜中で、場所は市内の路地裏だろう。
ベリルの調査メモによると、本屋の店主が実際に目撃しており、そこから広まったらしいと書かれていた。
(多眼で牙をもつ怪物……。近くにそんな魔獣はいなかった、よな?)
路地裏前に到着したリィンは、念のため、学生手帳を開いて中身を確認する。
戦闘ノートと付箋が貼られた箇所には今まで遭遇した敵の情報が記録されているのだ。
細かく目を動かして確認するリィン。
その時、彼の耳元に子供の大きな声が聞こえて来た。
「いっけー兄ちゃん! これでコンプリートだ!!」
コンプリート?
何やら気になるワードを叫んでいた子供は、どうやら目的の路地裏方向にいるらしい。
噂の究明にも繋がるかもと思い、手帳を閉じて足を運ぶリィン。
建物の壁が邪魔になっていた場所で彼が見たものとは……。
……大量の猫を体に乗せたライと、何故か盛り上がっている男児の2人だった。
見たところ猫たちはライに懐いている様子。
足元にすり寄ったり、肩に乗ってにゃーにゃー鳴いていたり、頭の上を我が物顔で座ってたりしている。
一方ライはというと、そんな猫たちを苦に感じる様子もなく、新鮮な魚を片手に1匹の黒猫と対峙していた。
「後はお前だけだ、セリーヌ。大人しくこの魚を食べろ」
「ふしゃー!! ふしゃ──!!!!」
悪役っぽい言葉で黒猫に語り掛けるライ。
普段の優雅さはどこへやら、全力で威嚇している黒猫セリーヌ。
状況を整理しきれないリィンは、ふと我に返り、魚を持ったライへと問いかける。
「……な、何やってるんだ? ライ」
その声でリィンの存在に気づいたのだろう。
猫を身に纏ったライは平然とした様子で振り返った。
「リィンか。実は猫からの依頼で魚を与えていたら、いつの間にかこうなった」
……どういう事?
「…………えっと、済まない。聞き逃したみたいだ」
「猫からの依頼で魚を与えていたら、いつの間にかこうなった」
「はは、そっか、猫からの依頼で……」
どうしよう、何1つ理解できない。
何故猫から依頼を受けているのかとか。そこからどうして猫のアーマーを身に纏う事になったのだとか。セリーヌに対する言葉の説明になってないだとか。
頭を抱えたくなる衝動にかれれるリィンの元に、興奮した様子の子供が駆け寄って来た。
「すげーんだぜ! この兄ちゃんが猫に餌与えてたらどんどん増えてって、今じゃトリスタの猫界を牛耳る
「へ、へぇ、そうなのか。それは凄いな……」
本当に何やってるんだ、この男は。
熱狂する子供とは対照的に冷静さを取り戻すリィン。
腹を空かせた猫に魚を与えた後、とんとん拍子に事が進んでいって、終いにはこの子供というファンまで出来てしまったせいで止まれなくなったのだろう。
トリスタ中の猫を懐柔し、残されたのはそこで威嚇しているセリーヌのみ。
背水の陣にまで追い込まれた黒猫を哀れに思いつつも、リィンはとある事実に気がついた。
(ああ、なるほど。多眼の化物って──)
猫のアーマーを身に纏ったライの姿、それこそまさに噂の化物である事を。
噂の時間は真夜中だ。猫の瞳は明かりを反射する関係上、導力灯を当てると幾多の瞳が光って見えた事だろう。
偶然にも原因を突き止めたリィンは、手帳を開いてこの事実を書き留める。
「──原因は、ライ、と」
ぱたんと手帳を閉じるリィン。
すると、視線の先で自身の顔をじっと見つめるセリーヌの存在に気づく。
(何か言いたげな様子だな……)
まるで最後の望みを託すように、救いを求める目で見上げて来るセリーヌ。
何かをリィンに期待している様子だ。
彼女が一体何を求めているのか、リィンは少し考えこんだ後、ライに向けて1つの提言を行った。
「1つ言っておくけど、セリーヌは魚より牛乳の方が好きみたいだぞ」
「──! そうだったのか」
日ごろからセリーヌに牛乳を与えていた事から、リィンは提示した餌が悪かったのではないかと考えたのだ。
その言葉を聞いて絶望するセリーヌ。
実際の所、彼女はライを止めて欲しかったのだが、言葉によるコミュニケーションを行えなかった以上伝わる事はない。
1つ目の謎は、そんな悲しいすれ違いをもって幕を下ろすのだった。
◇◇◇
路地裏を後にしたリィンが次に向かったのは、トリスタ市内に流れる小川方面だ。
2つ目の七不思議は《川底の怪》と呼ばれるもの。
それが川の噂であるのなら、話を聞くのに丁度いい人物がいる事をリィンは知っていた。
「やあ、ケネス。やっぱりここで釣りしてたんだな」
「まあね〜。君の方はどうなんだい?」
「まぁ、ぼちぼちってところかな」
「真夏の釣りも乙なものだし、時間があったらやると良いよ。小川の近くって案外涼しいしね~」
リィンと緩い口調で会話をしながらも、のんびりと釣り糸を垂らしているこの男の名はケネス・レイクロード。
リィン達と同じく1年であり、釣具メーカーでもるレイクロード男爵家の次男、そして学生会館に部室を構える《釣皇倶楽部》の部長を務めている。
そんな彼は釣りの布教活動も行っているようで、釣り経験のあるリィンに対して釣り竿の提供や釣りの景品交換など、色々とお世話になっている相手でもあった。
「ところで、ケネスに少し聞きたい事があったんだけど、今は大丈夫か?」
「うん、なんでも聞いていいよ」
「ありがとう。実は小川にこんな噂があって──」
リィンはケネスに2番目の噂について説明する。
「──《川底の怪》ねぇ。川底っていうからには魚っぽい見た目なんだろうけど、あいにく僕は見たことないなぁ」
「そうか。だったら、最近なにか気になる事はなかったかな?」
「気になる事かぁ」
「ほんの些細な事でも良いんだけど」
「う~ん、そうだなぁ……。…………あっ」
何かに気づいたようにケネスが声をあげた。
噂のヒントになるかもしれない。リィンはケネスに対し、その説明を求めた。
「実はね。この前、ここの川に棲む”ヌシ”を見せてもらったんだ」
「ヌ、ヌシ……? この川ってそんなものまでいるのか?」
「そうそう。ソーディの変異種みたいなんだけど、丁度釣り上げるところに居合わせてね」
川のヌシ。
確かにそれなら噂になるかも知れない。と、リィンは考える。
「それで、釣り上げた人って言うのは?」
「君と同じVII組の生徒だよ~。ほら、最近いろんな人の依頼を受けてるっていう灰髪の人」
……今、なんて?
「先月だったかな? 彼が真剣に夜釣りをしてるところを見かけたんだ。珍しい魚影を見たから料理に使ってみたい!って依頼があったみたいでね。その為に道具一式を買い揃えたんだって」
釣りをする人間に悪い人はいないとでも言いたげに語るケネス。
その話の時期は恐らく先月の依頼怪盗が大暴れしていた時期だろう。
間違いない、ヌシを釣り上げたのはライだ。
(……そう言えば、ミリアムの話にも出てきてたっけ)
びちゃびちゃと跳ねる魚を寮へと持って帰って来たライの話。
ミリアムが怯えた深き水底から這い出て来たような姿を、もしかしたら他の誰かも目撃したのかも知れない。内容と時期、どちらも一致している。
──結論。噂の原因はライ。
そう手帳に記録するリィンであった。
◇◇◇
3番目の噂は《窓から見下ろす悪魔》。
これだけの情報だと何処の話か分からないが、そこはベリルが調べてくれていた。
場所は本校舎の東側、学生会館を出たあたりの場所だ。
会館1階の食堂を出たところ、向かいにある本校舎の窓から、世にもおぞましい何かが覗いていたらしい。
噂ではより怖くする為に色々とぼかした表現になっていたが、ベリルは自身の調査により、窓の位置が本校舎2階の美術室である事を突き止めていた。
「あ、悪魔、ですか?」
「そうなんだ。ここの窓から見下ろしてるところを見たって人がいるらしくてさ。リンデは何か知らないか?」
ベリルの情報を元に、リィンが会話している相手は美術部部員のリンデだ。
最初は部長のクララという女性に話を聞こうとしたのだが、彫刻の作成以外に興味がないようで、悪魔についての情報は特に得られなかった。
「……あれ、そんな噂になってたんですね」
しかし、リンデは何か心当たりがある様子。
戸惑いぎみな声を漏らすと、絵筆を置いて立ち上がった。
「少しお待ちください。今持ってきますので」
リンデは美術準備室の扉を開けると、中から1組の絵画と彫刻を運び出してくる。
「もしかしてそれが噂の悪魔なのか?」
「多分、ですけれど……」
彼女の言葉を受けて、リィンはその芸術作品をじっくり眺める。
絵画は不可思議な図形や線が組み合わされており、悪魔と言われても正直そうなのか分からない。
もう1つの彫刻に関しても同様だ。しかし、こちらは見方によっては鋭い爪が生えた腕のように見えなくもない。
本当にこれが噂の《窓から見下ろす悪魔》なのか?
「なぁリンデ、これって誰の作品なんだ?」
「5月初めに体験入部した方が作ったものなんです。技術自体はかなり荒いんですが、表現の独創性は評価できるという事で準備室の奥にしまっておりまして」
「5月初め……体験入部……」
季節外れの体験入部。
リィンの記憶に1つだけ、それに該当する出来事があった。
(それって、ライとミリアムが体験入部した時のもの、だよな……?)
かつて2人が士官学院中の部活を体験して回ったという出来事。
その痕跡が今、リィンの目の前に噂の元凶という形で姿を現したのだ。
「それで、この前準備室を整頓する機会があって、邪魔だからこれらの作品を窓際にどかしたんです。そしたら、気づいて、しまいまして……」
「気づいたって、何に?」
「この絵画、向きを変えると顔に見えてくるんです」
絵画の向きを変えるリンデ。
すると、絵画の図形が丁度目と口の位置となり、不気味な顔のようにも思える画へと変貌した。
良く心霊写真として話題になる《木の影が顔に見える》のと同じような現象だ。
「言われてみれば……」
「そう思ったら何だかこわくなっちゃって、思わず絵画を裏向きにしちゃったんです」
窓際に立てかけていた絵画を裏向きへ。
つまりは窓の外へと絵が向けられてしまった。
後はもうお分かりだろう。
その時外を歩いていた何者かが、運悪くライの絵画と、ついでに腕っぽいミリアムの彫刻を目撃してしまったと言う訳だ。
(要するに原因はライとミリアムって訳か)
己の行動が噂になってしまった事を恥ずかしがるリンデを他所に、リィンはこの噂をそう結論付けるのであった。
◇◇◇
──士官学院グラウンド横、倉庫前。
4番目の噂である《倉庫裏のしゃべる人形》を調査する為、リィンはグラウンド前の坂道を降りて倉庫へと向かっていた。
「この噂だけ何も分かってないんだよな。何か手がかりが残ってると良いんだけど……」
恐らく、人形の裏に人か動物が隠れていたり、導力ラジオが捨てられてたりしたのだろう。
リィンはそんな推測を重ねながらも倉庫裏へと辿り着く。
そこで彼は、ある怪異と遭遇した。
「
うわっ!?という声を辛うじて堪えるリィン。
彼が目撃したのは、倉庫裏の物陰に立ったまま延々と呟くライの姿だった。
何もない場所を見て、一切の身じろぎをする事もなく、機械のように〇と✕を繰り返しつづけるクラスメイト。
遂に気でも触れてしまったのか。
関わっていいのか迷いつつも、リィンは友人としてライの肩に手を伸ばす。
「お、おい……、大丈夫か?」
恐る恐る肩を掴むリィン。
すると、ライははっと我に帰ったかのように動き出し、そして──、
「理想の、スキル構成が……!!」
悲痛な声とともに、膝からがっくりと崩れ落ちた。
「ラ、ライ……?」
「…………せっかく揃ったのに、また、やり直しか……」
何やら悲しい出来事があった様子で、ライは両手をついて悲嘆に暮れている。
もしかして、余計な事をしてしまったのだろうか。
特殊な力を持つライの事だ。
例えば、この場所に見えない部屋か何かがあって、ライはそこで作業的な何かをしていたのかも知れない。
ライの反応からそう推測したリィンは、何故だか申し訳ない気持ちになって来た。
「な、なぁ……」
「……リィン? いたのか」
「ずっといたんだけどな。いや、それより、何か重要な事でもしていたのか?」
「大丈夫だ問題ない。また、やり直せば済む話だ……」
まるで大丈夫じゃない言葉で返答しつつ、片膝に手を置いて立ちあがろうとするライ。
リィンはその姿を見て、何かできる事はないものかと、自身の懐に手を入れる。
かさりとした紙の感触。
それを指で感じ取った瞬間、リィンは点と点が線で結ばれたような感覚に陥った。
(もしかして、そういう事なのか?)
取り出したのは、ベリルから受け取ったスキルカードだ。
彼女が言った《彼の役に立つ》という発言。そして、ライが口にした《スキル構成》という単語。
もしかしたらベリルはこの状況になるのを予測していたのかも知れない。
「なぁライ、中断させたお詫びと言っちゃなんだけど、これを受け取ってくれないか?」
リィンは己の直感に従って、手元のカードをライへと差し出した。
「それは?」
「詳しくは俺も知らないけどスキルカードって奴らしいんだ。もしかしたら、これが役に立つんじゃないかって思ってさ」
ライはスキルカードを受け取り、直後、目を僅かに見開いてカードを凝視する。
どうやら彼は、カードに込められた力を認識できたようで。
「……そうか。ランダムの時代は、もう終わったんだな」
空を仰ぎ見て、寂しげな言葉を呟くのであった。
◇◇◇
「……結局、4つ目の噂もライだったと」
ライからの感謝を受け取ったリィンは、彼と別れ、グラウンドの入り口で学生手帳を開いていた。
今までの4つ全てに関わる男の存在。
あまりにもあんまりな調査結果を見ていると、苦笑いを浮かべずにはいられない。
ここまで来たら残りの噂も同じなんじゃないか。
そう予感するリィンの推測は……結局、全て的中する事となった。
──5つ目の七不思議、無人の演奏会。
調査場所:本校舎2階音楽室。
聞き取り対象:1年II組、吹奏楽部のブリジット。
「ええ、その話なら良く知ってるわ」
何人かの聞き取りを経て、リィンは事情を知る者を発見する。
「あなたは22日に開催予定の演奏会をご存じかしら?」
「その話ならエリオットから聞いてるよ。確か、七耀教会でやるんだったよな?」
「そうよ。私はピアノ担当でもう少し練習をしたかったんだけど、授業とかの兼ね合いで中々時間が取れなくて。そこで、パトリックさんからの紹介で、噂の依頼怪盗に頼んでみたの」
「……」
「そうしたらムギっぽい針金で音楽室の鍵を開けてくれてね。あまり大きな声で言えないんだけど、少し前まで密かに特訓してたのよ」
「ピアノの特訓を、か」
「ただ、この前ハインリッヒ教頭に見つかりそうになって、どうしようって思った瞬間、天井間際の死角に運んでくれたの。音もない一瞬の出来事だったわ。怪盗というのも、あながち嘘じゃないのかも知れないわね」
「…………」
その結果が、無人の演奏会。
リィンは己の手帳にまた《ライ》の名前を書き込んだ。
──6つ目の七不思議、花壇に埋められた子供の死体。
調査場所:本校舎裏手の花壇。
聞き取り対象:2年II組、園芸部部長のエーデル。
「花壇に子供ですかぁ。それなら多分、この野菜を見間違えたのかもしれませんね」
そう言ってエーデルは花壇の隅に座り込み、そこに実った野菜を優しい手で持ち上げる。
見たところ紫色の野菜だ。
野菜の先は丁度4つに別れていて、確かに人と見えなくもない。
「それは?」
「分かりにくいですけどナスなんですよ~。これを植えたライ君は、呪いとかを受けてくれそうだって《ミガワリナス》と命名してました」
「…………」
リィンは手帳に植えた者の名を書き込んだ。
──7つ目の七不思議、魔の鏡。
調査場所:第1学生寮。
聞き取り対象:1年I組、ラクロス部のフェリス。
「その噂でしたら、きっとこの寮に飾られてる鏡の事ですわね。前の鏡が不慮の事故で割れてしまいまして、そこで──」
「……ライに依頼した、とか?」
「あら、ご存じでしたの?」
「いやまぁ、はははは、はは…………」
以下、省略。
……
…………
一通りの調査を終えたリィンは、再びオカルト研究会の部室へと足を運んでいた。
「…………はぁ……」
無事、全ての噂を調べ終えたというのに、何故だろうこの徒労感は。
「お疲れ様。調査の結果はどうだったかしら?」
「なんていうか、その、この世のすべてが馬鹿らしく思えてきたよ……」
いったいどんな生活を行っていたら、七不思議全てに関わるようなミラクルが発生するのだろうか。
級友のトラブルメーカーぶりを再確認させられたリィン。
彼は今、無我の境地に達しようとしていた。
◇◇◇
「……そう、噂の裏には”彼”の行動があった訳ね」
リィンは気落ちしながらも、調査結果をベリルに報告した。
「クラスメイトとして代わりに謝らせてくれ。せっかくの七不思議だったっていうのに、こんなしょうもない結果になってしまって……。オカルト研究会としては残念な結果だっただろ?」
「フフフ……。いえ、むしろ興味深いとすら思えたわ」
「そうなのか?」
「愚者のタロットに描かれているのは若き旅人。常識に縛られず、非凡とも呼べる才能を有し、どんな道にだって進みうる可能性の塊。……ね? 彼の行動は、まるでそれを体現しているように思えない?」
ベリルはタロットの山札から1枚を取り出して、テーブルの上へと乗せる。
置かれたのは《愚者》のカード。
数字の0が刻まれ、ライの在り方を示すアルカナでもあるものだ。
「ライからして見れば、出来るからやってるだけ、ってことなのか?」
「さあ? それは私にも分からないわ。単に日常を謳歌しているだけなのか。それとも、様々な体験を通して自身を磨こうとしているのか。……でも、そうね」
ベリルはリィンから受け取った調査結果を再度見直す。
そして、
「根拠はないのだけれど……。彼の行動は、どこか”定められた期日”への備えのように感じるわ」
と、口にした。
「備えって、何の?」
「私には計り知れぬ事よ。でも、身近にいるあなたなら、きっと分かるんじゃないかしら?」
ベリルの怪しげな視線がリィンを射抜く。
定められた期日。
その言葉が、リィンの中に棘として突き刺さった。
◆◆◆
──七不思議の調査を行った日の夜。
第三学生寮に戻ったリィンは、ベリルから言われた言葉が頭から離れず、授業の予習を中断して立ち上がる。
ライの部屋は丁度リィンの向かい側だ。
自室を出てそこに向かおうとしたリィンは、そこで偶然、ライの部屋前に立つ先客を目撃した。
「あれ、フィー? ライに用事でもあったのか?」
その先客とは夏服を着たフィーだった。
部屋に入ろうか迷っていた様子の彼女は、リィンの声によって振り返る。
「そういうリィンこそ」
「俺はライに聞きたい事があったんだ」
「……リィンも?」
「って事は、フィーも同じ目的だったのか?」
「ん、ライの行動、夏至祭が終わってからちょっと変だったから」
どうやらフィーもライの行動が気になっていたようだ。
空回る島で長い時を同じくしていた影響だろうか。
彼女はライの細かな機敏を察していたらしい。
それはともかく、2人の目的は同じ様子。
その事実を確認したリィンは、彼女に代わってライの扉をノックする。
「──誰だ?」
部屋の中から聞こえてくる声。
幸いな事に、彼は今室内にいるらしい。
「俺だよ。入ってもいいか?」
「オレオレ詐欺?」
「何だよその詐欺は。──リィンだ。後フィーもいる。少し聞きたい事があって来たんだ」
「分かった。入ってくれ」
かくして、ライの許可を得たリィン達2名は、扉を開けてライの部屋へと入っていった。
──
────
ライの部屋に招かれたリィン達。
2人の視界に入って来たのは、床に置かれた大きめのバッグと、机に並べられた道具の数々だった。
「……ひょっとして、どこかに行くのか?」
畳まれた衣服を見たリィンが問いかける。
この光景は明らかに遠出をする為の準備だ。
そんな予定は聞いていないと、リィンは内心少し驚いていた。
「ああ。明日の早朝、クロスベルに向かう事にした。サラ教官の許可も取ってある」
「明日!? 確か、貰った切符は24日だったんじゃなかったか!?」
「念のためだ」
荷物を鞄に入れつつ、ライは率直に説明する。
オズボーンから受け取った切符には何らかの思惑が見受けられる事。
その為、何があっても対処できるよう、サラと話し合って予定よりも早く現地に向かう事にしたのだと。
「幸い許可証に書かれているのは夏季の長期休暇についてだけ。細かな日時の指定はないからな」
「大丈夫なのか、それ。ライの立場が悪くなるんじゃ……」
「その可能性はある。けど、彼らが下手な介入をすれば、そこから裏を知る
「そ、そうか」
多少のリスクを負ってでも行動すべきという攻めの姿勢だ。
もし仮に思惑が本当の事だったとして、ライを制御するのは大変そうだなと、リィンは他人事のようにそう思った。
……一方、リィンの後ろで静かに耳を傾けていたフィー。
彼女はクロスベルに向かうというライの言葉を聞いて、ライの方へと近づいていく。
「クロスベルにも、あの”神”がいるって本当……?」
問いかけるフィーの声は不安げに揺れていた。
それは無理もない話だ。
彼女の記憶には、無残な死体と化したライの姿が鮮明に刻み込まれている。
内臓が飛び散る凄惨な状況だったのだ。島の特性によって《なかった事》にはなったが、次も同じという確証はない。
本音を言えば、フィーはそんな神のいる場所に行くのは反対だ。
戦術的な観点から言っても単身敵陣に飛び込むのはリスクが高すぎるし、何よりフィー個人の感情としてあんなのは二度と御免だった。
けれど……、
「ああ。その可能性は高いと思う」
揺るぎなく前を見ているライを前にしていると、どうしてもその言葉が出てこない。
行かないで。と言うだけなのに、ぱくぱくと動かした唇から声が出る事はなく。
結局フィーは諦めて「……そう」と短く返す。
「……だったら、これを持ってって」
代わりにフィーが取り出したのは、腕に着ける1つの機械だった。
「それは?」
「ワイヤー射出機。ここを押すとアンカー付きのワイヤーが出てくる仕組み」
フィーはそう言って実際に機械のスイッチを押す。
すると、ヒュンという風切り音とともにワイヤーが射出され、やや離れた位置にある椅子の背もたれに引っかかった。
「──で、こっちのボタンを押せば回収」
「そんな装備もあったのか」
「入学式のオリエンテーリングで使ったんだけど、サラに切られちゃって。でも、ワイヤーの強度は改良したから、次はそんな事させない」
そう、これはかつてフィーが使っていた猟兵の備品だった。
入学初日に切られて以降、修繕用のワイヤーが中々見つからずに放置されていた秘密道具。
この頃ようやく修理できたそれを、フィーは何の躊躇もなくライへと差し出す。
「……本当に借りても良いのか?」
「変わりに約束して。次は絶対死なないって」
ある意味、これはフィーから提示した取引だ。
クロスベルで待つものが何であろうと、自らの命を最優先にするという約束。
ライはその取引を交わしても良いのか考え込んでいる様子。
そこでリィンは、フィーに加勢する形でこう口にした。
「まあ、俺が言えた義理じゃないかも知れないけど、正直俺も同意見だな」
もしかしたら、クロスベルにいる《神》は放っておくと大被害を生み出す存在かも知れない。
だとしても、自らの命を優先して欲しいと思うのは、友人として当然の感情だ。
フィーとリィンの言葉を聞いたライは、真剣にそれを受け止め、フィーの機械に手を伸ばす。
「分かった。死なないよう最善を尽くす」
「ん、3人の約束」
ライの腕に装着される射出装置。
こうして3人の取引は成立し、その後は流れでライの準備を手伝う事となる。
机の上に置かれていたのは《8月16日クロスベル行き》の切符。
遥か東の地での物語は、もう目前へと迫ってきていた……。
人の顔に見える現象
人の脳は逆三角形型に配置された点等を顔として認識してしまう特性を持っている。これを専門用語でシミュラクラ現象という。
棒立ち(ペルソナ3、4、5)
ベルベットルームへの扉はワイルドの力を持つ者にしか見えない。彼らがベルベットルームに訪れている間、現実世界に残された肉体はその場で棒立ちの状態となっているようだ。傍から見て極めて怪しい状態である。
〇✕(ペルソナ3、4)
過去のペルソナ作品ではペルソナ合体時のスキル引継ぎがランダムであった。その為、理想的なスキル構成を目指すため、幾多のワイルド能力者が〇✕ボタンを繰り返し、合体結果画面とその前の画面を反復横跳びしていたとかいないとか。なお、現在は引き継ぐスキルが選択式になっており、スキルカードが実装された事も相まって、構成で苦労する事はなくなった。
ムギっぽい針金(ペルソナ4ザ・ゴールデン)
ムギである。
ミガワリナス(ペルソナ4ザ・ゴールデン)
八十稲羽市で栽培されている摩訶不思議な野菜の1つ。その名の通り、即死攻撃の身代わりとなってくれる。
────────
ペルソナ主人公の日常って、他者から見てみると不思議だよねと言うお話でした。