心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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5章 -交差する2つの軌跡-
82話「過去への手がかり」


 ──帝国解放戦線による帝都襲撃があった7月26日。

 帝都から遠く東の地、諸外国の交通の要所とも呼べるクロスベル自治州において、とある異変が発生していた。

 

「あっちゃあ、まただよ」

 

 多数の画面に囲まれた部屋の中で、1人の研究者がぼやく。

 ここはIBC《クロスベル国際銀行》の地下にある端末室。

 今はまだ研究段階だが、ゆくゆくは西ゼムリア大陸中の金銭情報が集まる事が期待されるここは、銀行の中でも最重要と言って良い場所だ。

 

 そんな場所を任されている彼が頭を悩ませるトラブル。

 同室にいた同僚も、コーヒー片手に同情的な声をかけて来た。

 

「また例の不具合?」

「そうそう、見てくれよ、これ」

「……あれま、稼働ログにぽっかり穴が空いてる」

「はぁ、原因は何なんだろ……」

 

 椅子に深く背を預け、技術者は深いため息を零す。

 目の前の稼働ログは最新情報処理システムの一時停止を示していた。

 原因は全くの不明。しかし、数日に1回と結構な頻度で起こっている為、担当者として無視もできない。

 

「ケーブルとか、ハード面の問題って可能性は?」

「一通りのチェックはしたんだけどね。念のため、もう一回最初からやってみるかな」

「今日も徹夜コース?」

「……ほぼ確定かな」

 

 再びのため息。もう数えるのも馬鹿らしくなる。

 目元の隈が取れない程に疲れ果てた研究者。

 そんな彼の元に、備え付けの通信機から音が鳴り始めた。

 

「はい、こちら地下5階端末室──、あ、マリアベルお嬢様? ……え、はい、分かりました。すぐ向かいます」

 

 通信の相手はIBC総帥の御息女マリアベル・クロイツだった。

 まだ10代と若い身でありながら、様々な事業に携わるやり手の事業家であり、研究者たちの上司に当たる人物でもある。

 

 ガチャリと戻される受話器。

 当然、同僚はその話が気になっている様子だ。

 

「お嬢様はなんて?」

「不具合が気になるから、今ある資料を全部持って来いってさ」

 

 いつまで経っても直らないから痺れを切らしたのかも知れない。

 研究者は気を重くしながらも、机の上に広げられた資料をかき集め、エレベーターの方へと向かった。

 

 特徴的な音を立てて自動的に開く扉。

 中に入り、マリアベルがいる上層の階を押した研究者は、そのまま側面の手すりに体重を預ける。

 

「はぁぁぁ…………」

 

 全面ガラス張りの豪華なエレベーター。

 地下から地上に出て、鮮やかな夕日の光景が目に入るものの、研究者の心は曇天のままだ。

 

 一体いつになったら不具合は直るのか。

 マリアベルに会ったら何を言われるのか。

 それらを乗り越えたとして、その後にも同じような日常が続くだけなんじゃないか。

 

「俺の未来、どうなるのかな……」

 

 未来への不安に押しつぶされそうになる研究者。

 そんな彼の眼前で、眩しい程に輝く夕日が地平線と重なった。

 

 

 ──

 ────

 

 

 一方、上層の階で仕事をしていたマリアベルは、一旦仕事を中断してエレベーターの前に来ていた。

 

「まったく、下の連中は何をしているのかしら」

 

 心の中に渦巻いているのは、研究者達の不甲斐なさへの憤り。

 しかし、資料を見なければ状況が掴めない為、それを表に出すかどうかは資料を見てからの判断になるだろう。場合によっては手助けの必要も出てくるかも知れない。

 

 地下5階の端末室から真っすぐ上がって来るエレベーター。

 その表示を黙々と待ち続けたマリアベルは、扉が開いた瞬間に中へと歩を進めた。

 

「ダビット。早く資料をこちらに──、──あら?」

 

 エレベーターに入ったマリアベルは目を丸くする。

 

 地面に散乱する資料。目的の階に到着した事を示す表示。

 先ほどまで人がいた痕跡を残し、研究者の姿は忽然と消えてしまっていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ──翌日7月27日。

 エレボニア帝国、帝都ヴェスタ通り。

 

 夏至祭初日の騒ぎが嘘のような平穏に満ち、小鳥のさえずりがコーラスを奏でる午前10時。

 ライは他のVII組と別れ、旧ギルド支部の椅子に腰かけていた。

 

 テーブルを挟んで向かい側に座るのはVII組顧問のサラ・バレスタイン。

 旧校舎のクレームを対処し、ようやくトリスタを離れる事ができた彼女に対し、ライは先日の報告を行っていたのだ。

 

「ありがとう。大体の状況は理解したわ」

 

 シャドウを利用する帝国解放戦線。

 その後に判明した鉄血宰相との関係。

 

 それらの事象を頭に叩き込んだサラは、やや下を向いて考えを巡らせる。

 

「……やっぱり、裏にいたのは宰相だったのね」

「事前に推測を?」

「そりゃまぁ、あんな白紙の経歴書を通せる人物なんて限られているもの。一応候補の1人ではあったわ」

 

 明らかに正規の手順ではない白紙の経歴書を受理させたとなると、無理を通せる程の地位を持つ人物か、学院内の重鎮とコネを持つ人物のどちらかだろう。

 該当する人物は何人もいたため特定には至らなかったが、オズボーンの名前もリストアップされていたらしい。

 

「オズボーン宰相は軍に在籍していた時ヴァンダイク学院長の部下だったらしいし、その伝手で無理やりねじ込んだってところかしら。……学院長に聞いたところで、はぐらかされるのがオチでしょうけど」

 

 サラは氷を入れた紅茶を揺らしながら入学の経緯を推測する。

 

「それで、宰相閣下から頂いたって封書の中身はなんだったの?」

「これです」

 

 ライは封の開いた封筒をサラに渡す。

 口で説明するよりも、この方が確実だ。

 

「なになに? トールズ士官学院の特別休暇許可書とクロスベルへの往復切符、それと……、何かの計測データ、かしら?」

 

 中に入っていたのは3種の紙であった。

 1枚目の特別休暇許可書はライを貴族生徒と同じ扱いにするものだ。

 どうやら士官学院では、領地運営を勉強するという名目で、貴族生徒の長期休暇が認められているらしい。

 

 そして、2枚目の往復切符。

 書かれている期間が"8月24日から31日の1週間"である事を踏まえると、これら2枚は、ライがクロスベルに行く為に用意されたものと見て間違いないだろう。

 

 問題は3つ目の計測データが書かれた紙の束。

 計測地と7種の数値、そして時刻が折れ線グラフとして綿密に纏められている。

 それを読み進めたサラは、次第に表情を硬くしていった。

 

「……ライ、これが宰相の言う”対価”と見て間違いないのよね?」

「今月に入ってからノルド高原の計測も追加されています。恐らく、鉄道憲兵隊を使って収集したものかと」

「そう」

 

 以前オリヴァルトから聞いた情報とも一致している以上、適当な場所から拝借したものではないだろう。

 わざわざ鉄道憲兵隊を動かしてまで計測を行った理由。

 恐らく、入学前のライが求めたであろう情報は、クロスベルと書かれた情報を見る事で推測できた。

 

「これって……」

 

 クロスベルの計測データを見たサラの目が止まる。

 他は微増減するだけだった折れ線グラフが、これだけは大きく異なっていたからだ。

 

「導力の数値が度々0になってます」

「それだけじゃないわ。異変は夕方の時間帯に限られてる。……これって、トリスタやブリオニア島と同じ…………」

 

 導力の喪失。ブリオニア島とは異なり時間はほんの一瞬だが、計測器は正確にその異変を捉えていた。

 

 ブリオニア島と同様の異変。

 だとすれば、原因もおのずと予測できる。

 

「トリスタも同様かは不明ですが、ブリオニア島の原因ははっきりしています」

「神を自称する存在ね。仮にクロスベルも同じなら、かつての貴方は神を探してたってことなのかしら」

「恐らくは」

 

 神を探してどうしたかったかは分からないけれど、記憶喪失前の行動を知れたのは大きい。

 かつてのライは宰相と何らかの取引を行い、宰相はデータの収集を、ライはトールズ士官学院に裏ルートで入学する形となった。

 まだ因果関係など不明な点も多いが、これだけ情報があれば調べる手段は格段に増えたと言えるだろう。

 

 手始めに用意された切符を用いてクロスベルに向かうべきか。

 その方針を伝えるライであったが、サラの反応はどうも芳しくない。

 

「サラ教官?」

「……悪いけど、その切符を使うのは反対よ」

 

 いつになく慎重なサラ。

 不思議がるライに向けて、彼女は指を1本立てる。

 

「理由は1つ。この件に関して宰相側の行動が信用ならないから」

「信用?」

「ちょっとは疑う事を考えなさい。このデータ収集が本当なら、宰相は入学式より前に情報を得ていた事になるじゃないの。それなのに、シャドウ事件の中心が正規軍に移った後も、その情報が降りて来た事は一度もなかった。──要するに、彼らは故意に隠していたのよ」

 

 ……確かに不自然だ。

 善意の協力と考えるのは早計。

 何らかの裏があると考えておいた方が良いだろう。

 

「それに、切符の日程も不自然ね。……ライ、復路の最終日とその前日にある出来事は覚えてる?」

 

 最終日とその前日、つまりは8月の30日から31日の2日間か。

 

「……西ゼムリア通商会議の事ですか?」

「そうよ。クロスベル自治州で開催予定の、大陸初の多国間国際会議。帰りの時間帯も夕方だし、日程は間違いなくこの会議に合わせて設定されてるわ」

 

 つまりライの目的とは関係なく、会議のある地区に留める為に切符を用意したという事になる。

 前向きに捉えるならば、会議にシャドウ関連の危機が迫った際の保険が欲しいと言ったところか。

 だが、そうならそうと言えば良いだけの話だ。わざわざ別の理由を被せる必要はないだろう。

 

(確かに、これは考える必要があるかも知れないな……)

「そういう事だから今は少し様子を見て、──って何かしら、この不安定な着信音は」

 

 支部内に響き渡るノイズ交じりの音。

 それは確かめるまでもなく、ライの懐にある壊れかけのARCUSから鳴っているものだ。

 

 ライはサラの許可を得て通信に応答する。

 短い言葉で会話を重ねて何事もなく通信を切ると、サラが興味深そうに聞いて来た。

 

「今の通信何だったの?」

「オリビエ殿下から、食事のお誘いを受けました」

「……今、なんて?」

 

 思わず聞き返すサラ。

 皇族からのお誘いと言うとんでもない状況を、さらりと答えるライであった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ──帝都中央付近に位置するレストラン。

 人払いが済まされた店内へと案内されたライは、そのままオリヴァルトが座るテーブルの反対側へと腰かける。

 

「フフッ、秘密の密会というのも、甘美な響きで心が躍るね♡」

「このような誘いは意中の女性にでもするべきでは?」

「そうでもないさ。ボクの愛は性別不問の普遍的かつ根源的な愛。キミとの逢瀬も苦労をかけるに値するものだよ」

 

 純白のテーブルを挟み、冗談を交わす2人。

 ここは早速本題に入るべきだろうか。

 

「今回は先日の件で?」

「まあまあ、今は食事を楽しもうじゃないか。話はそれからでも遅くはないさ」

 

 オリヴァルトは両手を広げ、眼前に広がる温かな食事を披露する。

 豪華な店内には似つかわしくない庶民派な食事の数々だ。

 恐らく、レストランの正規メニューではないのだろう。

 

「おや? もしかして豪華な方が良かったかな?」

「……いえ、こちらの方が口に合います」

「それは良かった。これは辺境の里アルスターでよく振舞われる料理でね。ボクも幼い頃からよく食べていたものさ」

 

 懐かしそうな顔で、スプーンを手に取るオリヴァルト。

 そのアルスターと言う地は彼にとって特別な場所なのだろうか。

 放蕩皇子と呼ばれる男の意外な側面を見たライは、彼に倣うようにしてスープに口をつけるのだった。

 

 

 ……

 …………

 

 

 そして、一通りの食事を済ませた頃。

 オリヴァルトはスプーンをカチャリと置いてライに問いかける。

 

「さて、まず最初に確認なんだけど、キミはボクと宰相の関係を知ってるかな?」

「聞いてはいませんが、良好でないのは察します」

 

 思い出すのは先日、オズボーンが現れた時にオリヴァルトが表に出した表情だ。

 一瞬ではあったが目を細めた真剣な表情。

 普段との落差を考えると、良好だとはとても思えない。

 

「……有体に言えばそうなるね。表立って対立はしていないけれども、ボクは宰相の企みに抗い続けている立場なんだ」

「企み、ですか」

「そんな折にキミと宰相の取引関係が判明した。だとすれば、ボクとしては改めて確認しない訳にはいかないだろう。──キミは今、どちら側に属しているのかな?」

 

 手を組んで真面目な顔で質問するオリヴァルト。

 下手なごまかしは不可能か。ライもまた、覚悟を決めて口を開いた。

 

「──分かりません」

「分からない、とは?」

「俺の行動原理は変わりません。派閥など関係なく、俺は俺の道を進むだけ。……ですが、裏に宰相が関わっていたとなると話は変わってきます」

「意図せずとも、革新派の立場になってるかも知れないと、そう言いたいんだね?」

 

 ライは静かに頷いた。

 そして、簡易ではあるが、宰相から渡された資料についても説明する。

 

「──ふむふむ、封書の中にそんなものが。……そうなると、かつてのキミが宰相と交わしたという契約をはっきりさせる必要がありそうだ」

 

 ライの主張を受けたオリヴァルトは、そう言って席を立つ。

 

「どちらへ?」

「バルフレイム宮さ。宮殿内の人なら、もしかしたら契約の話を耳にしてるかも知れないからね」

「なるほど、殿下なら宮殿も自由に動ける訳ですか」

「いいや。流石のボクでも、現政府の領域を我が物顔で歩き回るのは難しいよ?」

「──? なら、どうやって」

 

 矛盾したオリヴァルトの言動。

 疑問を覚えるライに向け、腰に手を当てた放蕩皇子はビシッ!と指を差す。

 そして──、

 

「なので、ここからはアウトローに行こうじゃないか! 頼りにしてるよ? 怪・盗・クン♪」

 

 悪戯好きな笑みを浮かべて、そう宣った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

『──こちら愛の狩人。首尾は順調かい?』

「ええ」

 

 オリヴァルトが何時になくウキウキした声で通信してくる。

 それに密かな声で返答するライ。彼が今いる場所は、バルフレイム宮内部の帝国政府が使っているエリア、更に言えば通路天井付近の物陰だった。

 

(見つかったらタダじゃ済まないだろうな……)

 

 ライはここに来た経緯を思い返す。

 オリヴァルトが立てた作戦とは即ち、現政府の中でもオリヴァルトに協力的な人物に接触し、入学式より前の出来事について聞いて回るというものだった。

 しかし、馬鹿正直に向かったところで警備につまみ出されるのがオチだろう。

 そこで役に立つのが、人目を盗んでの行動に慣れて来たライと言う訳だ。

 

(警備が移動したか。今がチャンスだ)

 

 ARCUS越しに合図を送る。

 すると、後方の曲がり角に隠れていたオリヴァルトがひょっこり現れ、差し足忍び足で目的地の部屋へと移動。扉を僅かに開けて内部を覗き見し始める。

 

 上から見るとまるでゲーム盤を眺めているようだ。

 安全を確認したオリヴァルトが、天井付近のライに向けてグッド!のサインを送る。

 何だか楽しくなってきたライもまた、親指を立てて答えるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「済みません殿下。その者や契約について心当たりは何も……」

「そうか。仕事を邪魔して悪かったね、貴婦人(レディ)

「いえ、めっそうも! 立場上明言は出来ませんが、影ながら応援しています」

 

 頭を下げる女性職員に感謝の言葉をかけつつ部屋を後にするオリヴァルト。

 侵入自体は上手く行っているが、肝心の情報収集は難航していた。

 

 次の協力者に接触しても返答は似たようなもの。

 

「春頃にそのような来客は……」

 

 ライという人物が訪れた痕跡はなく。

 宰相が来客を迎え入れたという記録もなく。

 

「殿下、それより近衛兵から苦情が来ているのですが……」

 

 オリヴァルトが挙げた人物は、全て接触してしまうのだった。

 

 

 ……

 …………

 

 

「こうまで目撃情報がないだなんて、キミ、もしかして以前から怪盗まがいの活動をしてたんじゃないかい?」

「そんな気がしてきました」

 

 契約を交わしたという入学前の春頃、オズボーンがバルフレイム宮からあまり外に出ていない事は調査済みだ。

 それなら契約もバルフレイム宮で行ったと想定していたが、どうやら当てが外れていたらしい。

 

 帝国政府のエリアを抜け出したライ達。

 何の成果も得られなかった2人は、人工の滝が流れる屋内の翡翠庭園にて途方に暮れていた。

 

「今回分かったのは、昔のキミが交わした契約が正規の流れじゃなかったってことくらいかな」

「隙を見て外部で密会したか、それとも人伝で接触してたかと言ったところですか」

「もしくは、かつてのキミがすっっっっごく人見知りだったとか。何にせよ、これ以上はミュラーの力も借りないといけなさそうだ」

 

 状況を見る限り、過去の自分は我ながら怪しいと言わざるを得ない。

 いったいどんな生活をしてたらここまで痕跡を消せるのだろうか。

 在りし日のライに苦情をぶつけたい衝動に襲われる2人。そんな彼らの背後で、庭園に近づく軽快な足音が1つ。

 

「ああっ! ここにいらっしゃったのね、兄様!」

 

 可憐な声を上げたのは、ふわふわに広がる金髪を揺らした少女。

 まるで太陽のように煌めく彼女は2日前の女学院で会った為、ライもその名を知っていた。

 アルフィン・ライゼ・アルノール。オリヴァルトの異母妹であり、正当なる皇位継承権を持つ皇女だ。

 

「おや、これは我が麗しの妹君じゃないか。どうしたんだい?」

「まったくもう! 父様がずっとお探ししてらっしゃったんですよ? それなのに兄様ときたら、ずっと通話中のままなんですもの」

「ああ──……、……そう言えばずっとライ君の戦術オーブメントと繋いだままだったね」

 

 目を泳がせ、後半を小声で呟くオリヴァルト。

 一方で頬を膨らませながら追求しようとするアルフィン。

 しかし、ライという第3者の存在に気づいた彼女は、慌てて余所行きの態度に改めた。

 

「お見苦しい所をお見せいたしました」

「いえ」

「ライ・アスガードさん、お会いするのもこれで3度目……でしたよね。本日はどのようなご用件で?」

 

 アルフィンはペルソナ使いの話を知らない為、2人の組み合わせが純粋に気になったのだろう。

 どう答えるかと顔を変えずに悩むライ。

 だがその途中で、アルフィンが口にした言葉の中に不自然な内容がある事に気づく。

 

「……3度目?」

「あれ? 違いましたか? ……考えてみれば、3月にお会いした際は言葉の交流をした訳ではなかったですし、2日前もお兄様とすぐ場所を移してしまいましたし、本当の意味でお話しするのは今回は初めてでしたものね」

 

 忘れられていたと思ったのか、両手を合わせて気まずそうにするアルフィン。

 

 顔を見合わせるライとオリヴァルトの2人。

 そう、ライ達が探し求めていた人物は意外と身近にいたのであった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「──なるほど。記憶喪失でいらっしゃったと」

 

 現状を手短に伝えると、アルフィンは素直に納得してくれた。

 

「ついでに付け足すと、彼は人に嫌われやすくなる呪いにかけられているんだ」

「呪い……ですか。込み入った状況だったのですね」

 

 呪いとは……。

 いやまあ、理不尽な現象を端的に表すとそうなるのか。

 アルフィンも呪いに関しては半信半疑だったが、自身の受ける印象にも関係している事は確かだろうと、理解を示した様子を見せる。

 

「……事情はおおむね把握しました。わたくし、少し言いにくい話もあったのですが、この際ですから包み隠さずお伝えしますね」

「お願いします」

「ええ、ええっ! あれは確か、同時爆発事件の翌日だったから3月12日のことです。あの日、女学院から──」

 

 かくして、アルフィンによる3月の回想が始まった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ──3月12日。

 聖アストライア女学院の授業を終えてバルフレイム宮に戻ったアルフィンは、普段とは異なり、人気のない西の離れ方向へと散歩に出ていた。

 

 その原因は先日11日に起こった同時爆発事件だ。

 夕刻に突如、何の前触れもなく帝都の各地で発生した爆発。

 昨年1月にあった爆発事件と同じように、現場に爆弾や火属性の導力魔法を使った痕跡はなく、犯行声明も特にないらしい。

 

 しかも、今回はバルフレイム宮の一部すら崩落してしまった。

 そのため宮殿内の人々は大混乱。張りつめた空気の中、アルフィンも手伝える事はないかと聞いたのだが、言外に余計な事はするなと言われてしまったのだ。

 

(わたくしはまだ子供ですものね……)

 

 無力感を感じながら歩いていたアルフィンが会ったのはオズボーン宰相だった。

 

 ──気分転換に外の空気でも吸うと良いでしょう。

 彼の勧めで邪魔になりにくい場所を紹介された彼女は、断る理由もなくその場所へと赴いた。

 

 その時である。

 

「……あれ? あの殿方は?」

 

 塔の影になっている場所を、見覚えのない灰髪の青年が歩いている光景を目撃した。

 特徴のない衣服を身に纏った10代後半と思しき男性。アルフィンが気になったのは、横から見えた鋼のように冷たい目だ。

 

(瞳が月色に光ってる?)

 

 認識した瞬間、ぞくりとした感覚が背筋を走る。

 本能的な嫌悪感とも呼べる感覚。

 けれど、アルフィンはそれよりも好奇心の方が勝り、その青年の方へと小走りで駆け寄っていった。

 

「ご、ごきげんよう」

「…………」

 

 笑顔で挨拶をするアルフィン。

 しかし、対する青年はというと、軽く頭を下げるだけで一言も喋ることなく塔の中へと消えていった。

 

 その対応にアルフィンは思わずむっとする。

 人とコミュニティを築こうと一切考えていないような対応だ。

 時代が時代なら、これだけで拘束されてもおかしくない程の行為と言えるだろう。

 

(……でも、喋れないとか、何か事情があるかも知れませんよね)

 

 会話すら成立していない段階で決めつけるのは早いとアルフィンは考え直す。

 良くも悪くも、扉の向こう側への興味を持たざるを得ない。

 無意識に扉の方へと歩いていくアルフィン。

 すると、木製の扉越しに微かな声が聞こえて来た。

 

『──帰ってきましたか』

『ただいま』

 

 聞こえて来たのは幼い女性の声と、冷静な男性の声。

 状況を見て男性の方は先ほどの青年のものだろう。喋れない訳ではなかったらしい。

 気がつくと、アルフィンの耳は扉にくっついていた。

 

『それで、入学の書類は提出したんですか?』

『ああ』

『……本当にあれを出したんですね。一般常識と照らし合わせて、驚愕に値するかと』

 

 声だけでも、ジトっとした目でしゃべる少女の姿が目に浮かぶ。

 

『彼らに相談すれば、偽の経歴書くらいは作ってもらえたんじゃないですか?』

『いや、あれでいい。警戒された方が好都合だ』

『……あまりこの世界の住民とは関わらない方がいい、という話ですか』

『ああ。できれば入学もしない方が良いが……』

『──! それなら、今のまま活動しても』

 

 声色を変える少女。

 しかし、青年の声はどことなく沈んでいた。

 

『……これは賭けだ。倒すべき残り3組の神、奴らがこの世界のエネルギーで傷を癒せると判明した以上、今までのやり方じゃ間に合わなくなる。彼らが信頼できるか分からないが、今は帝国全土を調べる為の人手が必要だ』

『そう、ですね…………』

 

 少し言葉を濁した少女は、その様子を青年に悟られたくなかったのか、すぐに話題を変える。

 

『そう言えば、あなたが入学する予定の学院に、今年度新しく特化クラスを設立する噂があるみたいです』

『特化クラス?』

『ええ。なんでも帝国各地で演習するカリキュラムを盛り込むのだとか。……もし、そのクラスに編入されたら、ライさんはどうしますか?』

『そうだな……』

 

 少女の問いに悩みこむライと呼ばれた青年。

 彼は数秒の間黙り込んだ後。

 

『……恐らく、辞退するだろうな』

 

 と、答えるのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「──その言葉を最後に、2人の会話は聞こえなくなったんです」

 

 アルフィンの回想はこうして終わりを告げた。

 話を聞く限り、青年は入学前のライ本人と見て間違いない。

 一方で会話していた少女に心当たりはない。が、それより今は、言わねばならない事があるだろう。

 

「アルフィン殿下、無礼を働いた事をお詫びします」

「いえ、いいんです。それよりも今の話は参考になりましたか?」

「ええ勿論」

「それは良かったです!」

 

 我が事のように喜ぶアルフィン。

 見ているだけで癒されるような笑顔だ。

 

「ふぅむ、ボクとしても非常に興味深い話だったね。──アルフィン、ちょっと彼と2人で話し合いたいから、先に父上の元へと戻ってくれるかい?」

「……分かりました。兄様のことですから大丈夫だとは思いますけど、終わったら必ず来てくださいね」

「はは、分かっているさ」

 

 オリヴァルトの提案を素直に受け取って、アルフィンは素直に戻っていった。

 その背中を見送ったライは、ふと、素朴な疑問を口にする。

 

「……彼女、何も聞きませんでしたね」

「アルフィンだって皇族の1人という事さ。それより丁度周囲に人影はないし、今の内に済ませてしまおうか」

「ええ」

 

 表情を変えて真剣モードに切り替わるオリヴァルト。

 何時人が来るか分からない以上、手短に済ませた方が良いだろう。

 

 議題はレストランの時と同じく《かつてのライはどの立場だったのか》という問題。

 4ヵ月前の情報故に細かい箇所は違うかも知れないが、その答えはアルフィンの回想の中にあった。

 

「昔のキミはどうやら1人の少女と行動を共にしていたらしいね。その目的は神という存在の討伐。これは、キミがブリオニア島で対峙したっていう神と考えて良いのかな?」

「可能性は高いかと。この世界のエネルギーで傷を癒す。これが導力エネルギー消失の原因だとすれば、説明がつきます」

「何らかの過程で満身創痍になった自称《神》達が、各地に潜んで傷を癒そうとしていたって事なのかな。そのままだと完全な状態で復活してしまう。だから、かつてのキミは信用していない相手でありながらも、宰相と協力して神の痕跡を探そうとした」

 

 会話を素直に捉えるならそれで間違いないだろう。

 

「けど不思議な事もあるんだね。契約を結んでまで倒そうとしていた相手の内1組と、偶然にもキミはブリオニア島にて遭遇する事になるなんて」

「……偶然かと言われると、少し怪しい所ですが」

 

 ブリオニア島の出来事は何者かに誘導されたような痕跡があった。

 誘導した黒幕は不明だ。しかし、今回の情報と合わせて考えてみると、あれは《かつてのライが掲げていた目的を果たさせる為》に行われた行為だったのかも知れない。

 

 しかし、これは証拠もない陰謀論だ。

 今は確定した話に移るべきだろう。

 

「次に入学の件ですが……」

「そうだね。話を聞いた感じじゃ、トールズ士官学院への入学はキミの本意ではなかったらしい。恐らくこれは宰相から出された交換条件だったんだろう」

「……それに一体何の利点が?」

「ふむ、残念ながら皆目見当もつかない。現にキミが入学した事で旧校舎の異変に対処できた訳だけど、それが判明したのは入学初日だ。未来予知でもしない限り、宰相が交換条件として出すとは思えない」

 

 住民との関りを避けていたライは、宰相の思惑でトールズ士官学院に入学した。

 何故そうなったかは不明。情報が明らかに不足している。

 

(そもそも、関りを避けるというのもおかしな話だ……)

 

 旧校舎の話が事実だとするならば、かつてのライも今と同じワイルドの力を持っていた筈だ。

 人との関り、絆が力へと変わる特殊な力。

 それなのに関りを断つなど、今のライからしてみれば考えられない行動だろう。

 

「──とりあえず、分かったのはそんなところかな?」

「ええ。少なくとも、かつての俺は革新派とは別の立場にあった。今ならば”どちらでもない”と確信を持って言えます」

「それは良かった」

 

 ライの返答を聞いたオリヴァルトは、ほっと安心した顔になる。

 まるで今の今まで心配していたかのような様子。

 そこで初めて、ライはオリヴァルトにとって重大な心配事だった事に気づく。

 

「そこまで、俺の立場が重要ですか?」

「いやぁ、キミは真正面からズバッと聞いてくるね。……答えはもちろんYESだよ。シャドウ事件における重要性、キミ自身の行動力を合わせて考えると、エレボニア帝国の情勢をひっくり返しかねない程の劇薬と言っていい存在なんだ」

「…………」

「そんなキミが、貴族派(ロウ)でも革新派(カオス)でもなく、中庸の道(ニュートラル)を選んでくれるというのなら、第三の道を模索しているボクとしてはありがたい事この上ないのさ」

 

 恐らく、先ほどのレストランもその為に用意されたものだったのだろう。

 政界の戦いとでも言うべきか。ユーシスも苦心していたが、この戦場はシャドウよりも厄介と言わざるを得ない。

 

「フフッ、もしかして幻滅したかい?」

「いえ」

「繕わなくたっていいさ。正直ボクもあまり好きじゃなくってね。今も自由気ままに街を歩いて、道行く人々に愛の歌を振舞って回りたいとずっと思ってる。……でも、あの鉄血宰相と渡り合うと決めた以上、ボクもこのステージに立つしかないんだ。どんなに複雑で、危険で、後ろ暗い思惑が絡んだものであっても、ここがボクの戦場なんだからね」

 

 自身の覚悟を確かめるように、オリヴァルトはゆっくりと言葉を噛みしめる。

 放蕩皇子とも呼ばれた男の真意は恐らくそこにあるのだろう。

 そう感じたライは、自然と1つの提案を口にしていた。

 

「……なら、俺達も契約を結びますか?」

 

 提案を受けたオリヴァルトの目が丸くなる。

 

「ボクとキミとでかい?」

「ええ、宰相と同じように契約を結ぶんです。噂の究明という丁度いい理由もありますし」

 

 ルーレの会議でオリヴァルトが宣言していた《噂》の究明について、正式にライと協力関係(COOP)を結ぶという提案だ。

 

 そうする事で、実質的にオリヴァルトの立場は鉄血宰相と同じになる。

 ライ自身まだオリヴァルトの勢力に入ると決めた訳ではないが、これで革新派に寄っていた立場を中間程度には持っていけるだろう。

 

「──ハハハッ、それは妙案だね! けどボクを彼らと一緒にしないでくれたまえ。ボクならばもっといい条件を提示できると断言できるよ。……例えば、より情熱的な愛の伝え方とかね♡」

 

 人差し指を上にあげて妖しく笑うオリヴァルト。

 条件はともかくとして、これで2人は協力者となった訳だ。

 

「今後ともよろしく頼むよ。ライ・アスガード君?」

「ええ、こちらこそ」

 

 オリヴァルトと握手を交わすライ。

 今回は形ばかりの契約ではあるものの、定期的な連絡を行う旨の取り決めを交わす。

 それで満足したのだろう。オリヴァルトは満面の笑みを浮かべて、手を振りながら庭園を後にして行った。

 

(……さて、後は今後の方針だが)

 

 1人になったライは、宰相から渡された封書へと視線を移す。

 アルフィンからの情報で、クロスベルにいるであろう脅威の存在がはっきりした。

 傷を癒そうとする《神》の存在。きっと、このまま放っておけば、間違いなく手遅れの状態になるだろう。

 

「行くしかないよな……」

 

 例え宰相の思惑が潜んでいるとしても、行かないという選択肢はなくなった。

 

 手元にあるのはクロスベル行きの特別切符。

 自らの道を見定めたライは、力強くそれを握りしめるのであった。

 

 

 

 “我は汝、汝は我……。汝、新たなる絆を見出したり。汝が心に芽生えしは悪魔のアルカナ。かの者のトリックスターが如き振る舞いが、汝に新たなる道をもたらすだろう……”

 

 

 




悪魔(オリヴァルト)
 そのアルカナが示すは欲望や誘惑。正位置では堕落や悪循環などの悪い意味を表すが、逆位置になる事で覚醒・新たな出会い・生真面目などの良い結果へと転ずる。絵柄ついては悪魔の解釈によって大きく意味合いを変えると言えるだろう。通常、悪魔は訳がわからないものの象徴とされるが、一方で予期せぬ奇跡を起こすトリックスターであるとも考えられるからだ。世を変えるのは、得てしてそういう人物なのかも知れない。


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