心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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77話「高貴なる者の義務」

 ──空を舞う複数台の導力車。

 石畳の車道にて荒れ狂うユーシスの影との戦闘は、依然として続いていた。

 

 母親人形は巨体であるにも関わらず操り人形のように不自然な挙動で動き回り、子供人形の指示に従って周囲のモノを無差別に吹き飛ばしている。

 それと対峙する気分は、まるでモンスターパニックものの映画に出演している様だ。

 嵐が如く車や露店が飛んでくる中、ライはARCUS片手にガイウスからかかって来た通信に応答する。

 

「どうした?」

『ライよ、1つ頼みがある』

 

 ガイウスからの頼みとは、戦術リンクを行いたいというものだった。

 この状況に陥った原因と思しきチップは取り除いたとは言え、まだ安全を確認した訳ではない。

 つまりは1度の戦術リンクで成功させる事が絶対条件。本当に大丈夫なのかと、ライはARCUS越しに問いかける。

 

『案ずるな。──俺は既に、答えを得た』

 

 しかし、ガイウスの返答は確信を得ているものだった。

 

 ならば後は信じるしかない。

 そうライが考えたその時、ユーシスの影がライに向け建物の外壁を投げつけて来た。

 

『僕の前で悠長に通信するとか、流石に失礼なんじゃないかなぁ!!』

 

 迫りくる煉瓦の壁。

 ライは咄嗟に後方へとジャンプし、衝突の威力を和らげる。

 

「それは、ごもっとも……!!」

 

 全身に衝撃を受けた瞬間、ライは更に壁を蹴って跳びあがる。

 地面と激突して砕け散る煉瓦の壁。

 ギリギリで巻き込まれる事を回避したライは、1回転しながらユーシスの隣へと着地した。

 

「阿呆か! 奴を無意味に刺激するな!」

「悪い」

 

 痛む身体。流石に強敵の前で通信は不味かった。

 しかし、エリオットに個別に対応する余裕がない以上、余裕がなくとも対応せざるを得ない事情もある。

 

 ガイウスとの戦術リンクは既に成立した。

 後は任せるしかない以上、ライは眼前で暴れているユーシスの影に注力すべきだろう。

 

「しかし、奴も滅茶苦茶にやってくれる」

 

 影から受けた傷を押さえつつ、ユーシスは人形の行動に苦言を呈す。

 

 影は周囲の物や建物を手当たり次第に破壊していた。

 その姿はまるで癇癪を起こした子供のようだが、被害は桁違いに大きい。

 このまま野放しにしていたら被害は広がる一方だろう。

 

 何としても止めねばならない。

 ユーシスは剣を構え、刃に青白い光を灯す。

 

「いい加減にしろッ!! 貴様の相手は俺達だ!」

 

 ──ルーンブレイド。

 魔力が込められし刃が振るわれ、民家を破壊しようとする髪の軌道を無理やり捻じ曲げた。

 地面に突き刺さる母親人形の長髪。

 狙いを外された影の目がユーシスを捉える。

 

『はぁ? なに子供の遊びを邪魔してるんだよ。これだから傲慢な大人は、空気が読めないんだから』

「……何だと?」

 

 影の周りに積み重なった残骸は、タイミング悪くここで乗り捨てられた一般人の導力車だ。

 人形が壊していた建物も一般住民の家。遊びと称して破壊するのは度が過ぎた行為だと言えよう。

 

『母上、あの不届きものをしばいてしまおうよ!』

 

 だが、子供に自省する様子はなく。

 母親人形へと命じて戦闘の姿勢を取った。

 

「上等だ。貴様のような危険なシャドウはここで食い止めてみせる」

 

 相手は大型のシャドウだ。

 それでもユーシスは物怖じせずに武器を握りしめる。

 

 このままだと、いずれ物だけでなく人にまで危害が及ぶだろう。

 責務をその胸に、ユーシスは1歩前に踏み出すのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 弾ける火花。

 巨大な人形の腕を剣の腹で受け止めるユーシス。

 後ずさる足元。ユーシスは剣の角度を斜めにずらし、腕の衝撃を上へと受け流す。

 

『なんで邪魔するんだよ!』

「当然だ! どんな理由があろうと、無辜の民の物を傷つけていい道理などない!」

 

 影の暴虐を止めるため、ユーシスは司令塔たる子供人形へと刺突を放つ。

 

『ひっ!』

 

 迫りくる刃を前に両手で顔を隠す影。

 しかし、その刃は母親人形の手によって防がれてしまう。

 直後、鞭のようにしなる長髪が、反撃としてユーシスの腹部に直撃する。

 

「かはっ……!!」

 

 吐き出される肺の空気。

 まるで紙屑のようにユーシスが弾き飛ばされる。

 

「受け止めろ! ──フォルネウス!」

 

 そんなユーシスを受け止めたのは、空を泳ぐエイのようなペルソナだった。

 

 母親人形から放たれる追撃の一撃。

 それに対しフォルネウスは全体氷結魔法(マハブフーラ)で応戦。

 球体関節の腕と共に、子供人形の半身を氷漬けにする。

 

『あ! ああぁっ!!』

 

 母親人形の腕はすぐに氷を突破するが、子供人形を巻き込んだのが結果として良かったのか、人形達は一旦ユーシス達から距離を取った。

 

 辛うじて手に入れた時間。フォルネウスはゆっくりと地上に降りていく。

 その上でせき込みながら酸素を取り込むユーシスの元に、召喚者であるライが駆け寄ってきた。

 

「無事か?」

「げほっ……く……、ああ、何とかな……」

 

 痛みを堪えつつ、上半身を起こすユーシス。

 一方、影の方はと言うと、母親人形の手に出現したスープを飲んで氷を融かしていた。

 

「チャウダーを飲んで回復しているのか……!」

 

 白いスープを口にした影の傷が、まるで時間が遡るが如く癒えていく。

 

 影が飲んでいたのはユーシスの母がユーシスの為に考案したキュアハーブのチャウダーだ。

 それを母親人形から手渡しで受け取って、美味しそうに食べるユーシスの影。

 正直なところ、大切な思い出を汚されたようで、見ていて心地よい光景ではない。

 

『ちくしょう、あの魚もどきめ! ぜったい消してやるっ!!』

 

 傷を治した影の声に応じ、母親人形の目が怪しげに光る。

 フォルネウスに向け放たれる呪怨に満ちた閃光。

 ペルソナに当たったとて消えるだけだが、その上にいるユーシスはそうはいかない。

 

 体勢を崩したまま両手で急所を守るユーシス。

 その前に、片手剣を構えたライが立ちふさがる。

 

「──ユーシス!」

 

 イービルアイの光線を剣で受けるライ。

 周囲に弾け飛ぶ光。攻撃を受け止められたと判断した母親人形の目に再び光が集まる。

 

「おい! 次弾が来るぞ!」

「それよりユーシス、1つだけ訂正しておきたい事がある。──ッ!」

 

 次なる光線もライは真正面から受けた。

 

 衝撃と熱。

 全身にダメージを受けながらも、ライは歯を噛みしめ会話を続ける。

 

「あそこにいるのは子供だ」

 

 今まさに命を奪おうとしている相手に対し、ライは子供と称した。

 危険なシャドウと考えていたユーシスは目を丸くする。

 

「子供、だと……?」

「ああ子供だ。敵だらけの環境に怯えて、最も近しい人間からも不要だからと忘れられた、ただの悲しい子供だ」

 

 2発目のイービルアイを受けきり、ふら付きながらも言葉を続けるライ。

 どうやら遠距離攻撃は効果が薄いと考えたらしく、母親人形は近接攻撃の構えを取る。

 それに対しライは召喚器片手に堂々と立ち向かう。

 

「ユーシス。高貴なる者として、お前ならどうする?」

 

 ライは正面を向いたままユーシスに問いかけ、巨大な影へと駆けて行くのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 母親人形と近接でやり合うライの戦闘は熾烈を極めていた。

 

 丸太が如き腕の横なぎを蹴り上げで逸らし、追撃の髪を紙一重の宙返りで回避。

 ライは攻撃の余波でできた出血を無視し、着地と同時にヘイムダルを召喚する。

 大気ごと母親人形の頭を潰さんとうなる大槌。しかし、その腕が髪で拘束されてしまい、寸前のところで不発に終わった。

 

『くっそ、うっざいんだよ! ペルソナ使い!』

 

 子供人形の苛立ちに合わせ、周囲に赤い電撃が迸る。

 

 ──全体電撃魔法(マハジオンガ)

 その予兆を察知したライは、電撃弱点であるヘイムダルを急ぎ変更する。

 

「チェンジ──ホクトセイクン!」

 

 代わりに現れたのは、体を透き通った結晶で構成されたペルソナ、ホクトセイクン。

 電撃無効の耐性を得たライは、地面を砕くほど強烈な電撃の嵐を無視して跳躍。

 子供を守る母親人形に向けて剣を叩きつけた。

 

(あのシャドウが、ただの子供……?)

 

 そんな戦闘を後方から傍観するユーシス。

 ようやく立てるようにはなったが、まだ戦えるような状況じゃない。ユーシスはその事を歯がゆく感じつつも、先ほどライが言っていた言葉を確かめるため、影の姿をその眼におさめていた。

 

『なんで、なんでなんで電撃が効かないの!? お前ホントに人間かよ!?』

「一応、な!」

 

 母親人形に振り払われ、宙を舞うライ。

 後ずさりしながら着地した彼は、即座にホクトセイクンを前方に展開。

 拳を振りかぶった人形に対し、防御の構えを取った。

 

『さっさとくたばってよ! くたばって! くたばれぇ!! 僕は、僕だけは早くこの世界をめちゃくちゃにしなきゃいけないんだから!!』

 

 ホクトセイクンに向けて拳の連撃を放つ影。

 1発1発が導力車をスクラップにする程の威力。それを躊躇なく振るう姿は先ほども見た危険なシャドウそのものだ。しかし、ライの話を聞いた今となっては、力しか解決手段をしらない幼子の叫びのようにも聞こえた。

 

「周囲の物を壊したところで、世界は変えられない」

『そんな大人の理屈で納得するわけないっての! 母上と僕は、妾とその子供ってだけでアルバレア家からいないも同然の扱いをうけてきたんだ! 母上が病気になったときだって言葉の1つすらなかったんだよ!? 大貴族の力さえあれば病気を治すことすらできたかも知れないのに!! しかも僕は、爵位の違いってだけで実の父親に頼みこむことすらできなかった! 周りの人たちだって肩書だけみて距離をとって、そうじゃないのは叔父や兄上くらいで、味方なんてほとんどいなかった!!』

 

 貯めこんでいた思いが、決壊したダムが如き叫びととなって溢れ出す。

 

(恨みか……)

 

 影の言葉を耳にしたユーシスは、かつての記憶を思い出していた。

 

 母を病気で亡くしたあの頃。

 ユーシスは感情を表に出すことなく受け入れていた。

 あの時はすでに自らを取り巻く環境や、貴族としての振舞い方を理解していたのだ。

 

 ……一体いつからだっただろうか。

 貴族として相応しくないからと、あんな風に感情を表に出さなくなったのは。

 もっと昔だ。もはや思い出せないほど幼い頃から、ユーシスは”子供”じゃいられなくなっていた。

 

『──そんなに建前が重要かよっ! そんなに肩書が怖いのかよっ! 何で誰も僕達を見てくれないんだよっっ!!』

 

 そんなユーシスの代わりに憎しみをぶつけるユーシスの影。

 連撃を受け続けるホクトセイクン。遂にその頑強な体にピシリと、一筋のヒビが走った。

 

『こんな、こんな間違った世界、僕がこの手で変えてやる!!!!』

 

 渾身の一撃がホクトセイクンに叩き込まれる。

 周りの地面が陥没し、青い光となって消えるペルソナ。

 しかし、その先に召喚者たるライの姿はなかった。

 

『いない!? ──って言うとでも思った?』

 

 母親人形に抱えられているが故に死角が多いユーシスの影。

 しかし、死角は本人が把握していれば死角足りえない。

 

 影は自身の死角へとイービルアイを放つ。

 高速で移動する物体を貫通する呪怨属性の光線。

 だが、その物体は人ではなく、投擲された残骸に括りつけられた赤い布であった。

 

『え、赤い、マント!?』

 

 ご丁寧に仮面までつけられたデコイ。

 それを見た影の思考に一瞬の空白が生まれる。

 

 その刹那、道にできた瓦礫の山、ユーシスの影自身が作り上げた残骸の中からライが現れた。

 剣先を子供人形へと向け、全速力での疾走。

 影が気づいた時にはもう手遅れ。

 

「悪いな」

 

 鋼のような目が影を捉える。

 瞬間、全体重を乗せた剣が子供人形の胸を深々と貫いた。

 

『あ゛あああああ゛ぁぁっっ!!!!』

 

 痛々しい悲鳴を上げるユーシスの影。

 母親人形は慌てて跳び引き、チャウダーの皿をその手に召喚する。

 

 ……だがしかし、その隙はあまりに致命的だった。

 

「叩き潰せ、ヘイムダル」

 

 ライの前方に現れる光の巨人。

 先ほどは防がれた大槌を振りかぶり、無情にも母親人形へと振り下ろす。

 轟音。我が子にスープを飲ませようとした人形は、哀れにも頭を砕かれ地に伏した。

 

 散らばる破片。異変に気付いた子供人形が、呆然と声を漏らす。

 

『…………えっ、はは、うえ……?』

 

 影は痛みも忘れ、四つん這いになって母親人形の元へと近づいていく。

 しかし、母親人形は既に物言わぬ躯と化していた。

 動かない躯体にしがみつき、子供人形はその体を震わせる。

 

『母上! 母上っ!! 母上ぇぇぇぇ!!!!』

 

 そこにいたのは、泣きじゃくる無力な子供だった。

 

 脇目も振らず母の名を呼び続けるユーシスの影。

 一方で母親人形を破壊したライは、静かにその姿を見下ろすのみ。

 止めを刺すのではなく、声をかけるのでもなく、感情のない青い目で影を姿を見続ける。

 

 ……まるで、彼に寄り添うのは自分の役目じゃないとでも言わんばかりに。

 

「ライ、もう十分だ」

 

 そんなライを片手で遮るユーシス。

 彼は1人影の元へとゆっくり歩み寄ると、地面の落ちていた皿をそっと拾い上げた。

 中に入っていたのは半分になったキュアハーブのチャウダーだ。高熱を出したユーシスの為に母が作り出したオリジナルの料理。その香りを懐かしく感じながらも静かにしゃがみこんで、子供人形へとそっと皿を差し出した。

 

「飲むがいい。好物なんだろう?」

『えぐ、ひぐ……、──え?』

 

 チャウダーを見て泣き止む影。

 その姿を見たユーシスは口角を僅かに緩め、子供をあやすような声色で語り掛ける。

 

「俺は四大名門の一端アルバレア家の子息だ。その肩書は今後も変わる事はないし、兄上から教わった貴族としての在り方を変えるつもりもない。今後も複雑なしがらみの中で、恨みも悲しみも飲み込んで生きていく事になるだろう」

 

 ユーシスは幼い頃から貴族として正しい在り方を志していた。

 アルバレア家で唯一接してくれた兄ルーファス・アルバレアから作法を教えてもらい、高貴なる者の義務(ノブレス・オブリージュ)という信念もまたそこで学んだ。

 だが、その教えは大人の社会で生きていく為のもの。代償として子供のような生き方は出来なくなり、それは貴族として生きる以上変わる事はないのだろう。

 

 この子供を表に出すことはできない。

 だから、ユーシスにできるのはたった1つ。

 

「……だがな。お前という人間が俺の内にいる事くらいは覚えておいてやる。子供1人くらい背負えなくて、いったい何が誇りある貴族だ」

 

 この子供の一番身近な個人として、子供としての自分も背負って生きていく。

 もう抑え込まれた心にはしない。ユーシスは小さな子に対し、しっかりとそう宣言した。

 

『……約束、だよ?』

「ああ、貴族としての誇りと、お前という子を育ててくれた母上に誓って、約束しよう」

 

 ユーシスの返事を聞いた影は納得した表情で頷いて、光の中、その姿を変えていく。

 

 優雅なマントを羽織り、堂々とした佇まいで長槍を握る統治者。

 気品ある帽子を被ったそのペルソナの名を皇帝《オーディン》。これこそ先ほどまでの子供であり、ユーシスの内に目覚めた新たな力である。

 

 淡い粒子となりユーシスの体へ戻っていくペルソナ。

 体の芯がほのかに熱くなるのを感じたユーシスは、青い粒子を大切そうに握りしめるのだった。

 

 

 ──自分自身と向き合える強い心が、"力"へと変わる…………。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 影が消えた事によって平穏を取り戻した帝都南西部の車道にて。

 自らの影を受け入れたユーシスの元に、武器を仕舞い込んだライが歩いていった。

 

「何とかなったな」

「ああ、お前には世話をかけた」

 

 罠であったにせよ、結果としてユーシスが撒いた種をライが対処する形となったのだ。

 

 その恩を感じていたユーシスはライに対し素直に礼を述べる。

 口調も僅かながら柔らかくなっており、どうやら認めてくれたようだとライは口角を緩める。

 

「……しかし、結局のところ奴らの思惑通りになってしまったな」

 

 遠方の空を見上げながらユーシスが呟く。

 視界の先に見えたのは、遥か上空を飛んでいる鳥のような影。

 地上からは鳥にしか見えないが、あれはシャドウを殲滅する為に移動するガイウスとマキアスだ。

 

 彼らがいれば、分断された帝都はいずれ解放される事だろう。

 しかし分断の意図は恐らく陽動だ。VII組全員がシャドウ襲撃に対処している現状、テロリストの筋書き通りに事態が進んでしまっていると言っても過言ではない。

 

「どうする? 今からテロリストを追いかけるか?」

「いや、その必要はない」

 

 だがしかし、ライは特に焦る様子もなく返答した。

 

「俺達には、まだとっておきの切り札が残っている」

 

 不敵な笑みを見せるライ。

 それを見たユーシスもまた、その理由に思い至り「そうだったな」と言葉を返すのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ──淀んだ空気が流れる帝都の地下道。

 何百年前に作られ、今は人々の記憶からも忘れ去られた石造りの通路の中、久方ぶりに何人もの足音が響き渡っていた。

 

「急げ! 憲兵隊に追いつかれる前に離脱するぞ!」

 

 様々な服装を来た人々の内、意識のない者を担いだ男が声を出す。

 そう、彼らこそ帝都を窮地に陥れたテロリスト達だ。地上の混乱に乗じ、グノーシスを飲んで意識を失った仲間を連れてこの地下道まで撤退して来たのだ。

 

 なまじ正規軍の脅威を知っている分、予定通りに進行しているとは言え、彼らの危機感は深刻なものだ。

 慌てた様子で移動するテロリスト達。

 そんな彼らを諫めるように、指揮していたギデオンが口を開く。

 

「狼狽するな。帝都憲兵隊は今地上の対処に追われている。出入口に残った同志からの連絡もない以上、追跡の心配は不要だ」

「そ、そうか」

 

 ギデオンの言葉で落ち着きを取り戻すテロリスト。

 彼らは志を同じくする同志たちではあるが、こうした荒事のプロという訳ではない。

 上に立つものとして、ギデオンは有象無象の同志をまとめ上げる義務があった。

 

「まもなく計画は第二段階に移行する。その前に我らは帝都を後にするぞ」

 

 ギデオンの指示に従ってテロリスト達は地下道の奥へ、帝都の外へと繋がる道を歩いていく。

 彼らの背中を一瞥したギデオンもその後に続こうとする。

 

 しかし、その直前、ギデオンの視界に赤い花びらが舞い落ちる。

 

(……バラの花びら、だと?)

 

 この地下道にある筈のない異変。

 それを目撃したギデオンは目を見開き、反射的に振り返る。

 

「おや、気になる話をしているね。その計画とやらについて、良ければ僕にも教えてくれないかな?」

 

 花びらが落ちて来た先、通路の壁にある段差の上には2人の人物が立っていた。

 1人は重厚な剛剣を携えた紫衣装の男性。

 そしてもう1人は、深紅のバラをその手に持った煌びやかな金髪の男だ。

 

 ギデオンはこの2人を知っていた。

 特に後者は、この帝国で知らない人間などほとんどいないと言っていい有名人。その姿を見たギデオンは驚きを隠せない。

 

「馬鹿な。何故、放蕩皇子がこの場所に……!?」

 

 彼が驚くのも無理はない話だろう。

 今、目の前にいる放蕩皇子ことオリヴァルト・ライゼ・アルノールは、本来ならば行事に参加している筈の人物だ。それが何故この場にいるのか。

 

 理解できないと混乱するテロリストに対し、オリヴァルトは悪戯っぽくほほ笑むのだった。

 

 

 




魔術師:フォルネウス
耐性:氷結無効、電撃弱点
スキル:マハブフーラ、タルカジャ、マハラクンダ、マリンカリン
 ソロモン王が使役した72体の魔神の1つ。堕天使の軍団を率いる大侯爵であり、召喚時には海の怪物を象るとされている。言語に関するあらゆる知識を持ち、召喚者に授ける事ができる。

法王:ホクトセイクン
耐性:電撃無効、物理耐性、火炎弱点
スキル:ジオンガ、電撃ガードキル、ナバスネビュラ、衰弱耐性
 道教において北斗七星が神格化されたもの。死や悪運を司るとされており、人々を地獄に送る際の判決を下す神でもある。死を司る関係上、寿命を操るとも言われており、転じて長生をもたらす神としても信仰されている。

皇帝:オーディン
耐性:電撃耐性、疾風弱点
スキル:ジオンガ、マハジオンガ、雷鳴斬、電撃ハイブースタ
 北欧神話における主神であり戦争と死の神。神々の国でアース神族を統べており、高座にて世界を見渡している。知識の探究者であり魔術師でもあった彼は、戦死した勇士達を自らの宮殿ヴァルハラへと集め、来たるべき終末に備えようとしていた。

皇帝(ユーシス)
 統治や同盟、頑固さ等を意味するとされるアルカナ。正位置の場合は支配や責任感の強さなどを表すが、逆位置になると未熟や身勝手を示すものとなってしまう。アルカナに描かれているのは先見的な立場で人々を導く理想の指導者。皇帝の番号である4もまた偉大かつ完全な数字とされており、総じて揺るぎない権力者である事を暗示している。


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