心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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75話「分断された帝都」

 バルフレイム宮に設立された臨時司令室は今、想定を超えた大規模襲撃に混迷を極めていた。

 

 帝都市内を分断するかの如く現れたシャドウの壁。

 その報告と指示を仰ぐ為の通信が、何重にも重なって司令室に鳴り響く。

 

『――こちらサンクト地区! 周囲をシャドウに囲まれ孤立しています! 指示を!!』

「全武器の使用を許可する。シャドウの進行を阻止しつつ、住民の安全確保を急げ!」

『ハッ!』

 

 帝都憲兵隊の司令が通信に対し指示を行っている。

 それに対しクレアは、自らの役目として大局に関する考察を急ぎ進めていた。

 

(帝都全域の分断。目的は間違いなく戦力の分散でしょう。なら、本命の攻撃が別に存在している筈……)

 

 次に来るであろう一手を推測するクレア。

 帝都各地に戦力の分散を行ったという事は、逆説的に最終目標がこのバルフレイム宮である事を示している。

 だとしたら、この場の戦力を削ぐのは悪手となる。しかし……。

 

「ク、クレア大尉! 僕たちも動かないとっ!」

 

(エリオットさんの言う通り、現状を打開できるのはペルソナ使いのみ。ならばここは……!)

 

 1手間違えれば致命傷となりかねない。

 そんな緊張感を胸に、クレアは決断を下した。

 

「外周部にて待機中のVII組の皆さん! 各自散開し、シャドウの掃討に当たって下さい! 非ペルソナ使いの方は避難誘導をお願いします!」

《はい!》

 

「エリオットさん、エマさんは皆さんのナビゲーションを。内部待機班のお2人は次なる襲撃に警戒しつつ、バルフレイム宮に向かうシャドウの対処をお願いします!」

「は、はい!」

《承知した》

 

 VII組への指示を行ったクレア。

 彼女は続いて帝都憲兵隊の司令に向けて指示を行う。

 

「憲兵隊はVII組のサポートを行ってください」

「承った」

 

 事前にペルソナ使いに関する概要を聞かされていた司令は、それを即座に承諾。

 急ぎ無線回線を全て開き、憲兵隊に対して指令を発する。

 

「――帝都憲兵隊全部隊に通告。現在市内を移動中の赤制服の学生、特化クラスVII組はシャドウに有効な攻撃手段を有している。総員、VII組の援護を行え! 繰り返す。総員VII組の援護を行え!」

 

 導力通信を介し、帝都全域に展開する憲兵隊へと指示が伝わる。

 

 かくして、分断された帝都を解放すべく、VII組と憲兵隊による共同戦線が構築されるのであった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ――オスト地区。

 帝都の東側に位置し、比較的貧しい人々が暮らすこの旧市街地にも、シャドウの脅威は迫っていた。

 

 四方八方を仮面のついた黒い壁に覆われ、訳も分からず逃げ惑う人々。

 憲兵隊の兵士たちが壁から離れたシャドウを銃で押し返しているが、倒せない以上いつまで持つか分からない。

 そんな兵士に守られている住人の中に、マキアス曰く腐れ縁の友人、赤髪をポニーテイルに纏めた少女パテュリーの姿もあった。

 

「チッ、なんなんだよ、こいつらはっ!」

 

 パテュリーは舎弟のカルゴを庇いつつ、見たこともない化物を見て叫ぶ。

 魔獣が突如大量に押し寄せて来るだけでも異常事態。戦う力を持たない一般住民にとっては命に関わる状況だ。

 だというのに、この化物は生物らしい質感を一切持たない、伝承の魔物としか思えない姿をしていて、しかも兵士の攻撃が全く効いていない。

 

 あるいは誰かの怨念でも宿っているのではと思う程に、強烈な憎悪を振りまく黒い怪物。

 もしかしてここで死んでしまうんじゃないかと、パテュリーは激しい銃撃音の中、自身の歯ががたがた震えている事に気つく。――その時であった。

 

「しまっ――」

 

 声を零す兵士。

 弾幕を掻い潜る1体の影。

 半流体の化物がその姿を変えながら迫りくるその刹那。

 

 幾多の銃弾が上から飛来し、化物を粉々に吹き飛ばした。

 

「……えっ?」

 

 直後、上空から1人の青年が片膝をついた状態で着地する。

 短く切り揃えられた緑髪。眼鏡をかけたその姿は、パテュリーがよく知るマキアスそのものだ。

 

 しかし、その在り方は彼女の知るマキアスを大きく逸脱していた。

 背筋が凍るほどの気迫が籠った表情。

 彼は即座にショットガンを構えると、常人離れした加速を持って、兵士たちが足止めしていた化物に突撃する。

 

 ――正面に1発。直後、左右に2発。

 流れるような動きで拡散弾を放ち、化物の集団を蹂躙するマキアス。

 そんな彼の元に、憲兵隊の兵士たちが駆け寄っていった。

 

「君が指示にあったVII組だな? 援護は我々に任せたまえ」

「お願いします」

 

 彼らが対するは帝都を分断する巨大な化物の壁だ。

 うごめく影に対し、兵士たちが一斉に掃射を始める。

 

 敵の注意を引く銃弾の雨。

 その中を、あろう事かマキアスは一切の躊躇なく駆け抜け始めたのだ。

 

「ば、馬鹿! マキアスっ!!」

 

 思わずパテュリーは叫んでいた。

 あの巨大な壁はさっきの有象無象とは規模が違う。

 どう考えても一個人が相手できる化物には見えなかったからだ。

 

 しかし、引き留めようとするパテュリーの瞳に、突如、マキアスを取り巻く光の暴風が映り込む。

 

「裁きを下せ。――フォルセティ!」

 

 マキアスの叫びと共に現れたのは、およそ人とは思えない程に巨大な裁判官。

 青き光を纏うその実体は、巨大な壁に向け、その手にある天秤を高らかにかざした。

 

 ――刹那、まるで神の祝福を思わせる光が壁の中心を包み込む。

 旋回する無数の札。光が強まったその瞬間、壁の核と思しき黒い化物は跡形もなく蒸発し、消えてしまった。

 

 残された壁の化物は散り散りに別れ、他の壁に向かって逃げていく。

 それを見たパテュリーは、呆けた顔で、思わずぺたんと座り込んでしまった。

 そんな彼女の元に、マキアスは武器を降ろして歩み寄ってくる。

 

「マキアス……? いま、でっかい人が出て、あれ、え?」

「まあ混乱するのも無理はないが、あいにく説明してる余裕はない。今は早く皆を集めて屋内に避難したまえ」

「お、おう。分かった」

 

 普段のパテュリーなら文句の1つでも言うところだが、混乱しきった彼女は素直に返答をしてしまう。

 一方、友人の無事を確認したマキアスは、小さく安堵の息を吐き、すぐ意識を切り替えた。

 

「エリオット、次はどこに向かえばいい?」

 

 通信機の類は見当たらないが、どうやら誰かと会話をしているらしい。

 

「――分かった。全速力でそちらに向かうよ」

 

 そう言って会話を終えるマキアス。

 彼は建物の天井を見上げ、僅かな苦笑いを浮かべた。

 

「まさか、僕までこのルートを使う羽目になるとはな」

 

 マキアスは超人めいた脚力で木箱を飛び移り、そのまま屋上に着地する。

 まるで物語の怪盗を思わせる身のこなし。パテュリーはまたしても我が目を疑う。

 

 呆然とした表情で、友人の背中を見送ったパテュリー。

 彼女は嵐のように過ぎ去った一連の出来後を思い出し、そして、

 

「なんだってんだよ。いったい……」

 

 ぽつりとそう呟いた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 以前から危惧していた事もあり、必死な様相で帝都の地区を開放していくマキアス。

 そんな彼と同じく、決死の表情で任務に当たっている者が、バルフレイム宮の臨時司令室にも1人いた。

 

「うん、そう。壁の中央にいるシャドウを狙って。そいつが周りのシャドウを召喚し続けてるから、全滅は出来なくても増殖は食い止められる筈だよ」

 

 色々な機材が置かれた長テーブルの前にて、必死にナビゲーションをするエリオット。

 彼もまた、自身の故郷が危機に瀕しているからと、何時になく無茶な頑張りを見せていたのだ。

 

 そんな彼を心配そうに見つめるエマ。

 彼女もまた、エリオットから送られてくる情報をもとに半数のナビゲーションを行っていたが、それでも負担は圧倒的に彼の方が大きい。

 エリオットの頬を流れる汗。その疲労はついに形となって現れる。

 

「……っ! はぁ、はぁ…………」

 

 精神的な疲労によって体制を崩すエリオット。

 エマは慌てて彼の体を支えた。

 

「エリオットさん! 大丈夫ですか!?」

「う、うん……大丈夫だから、気にしないで……」

「ですが! エリオットさんは昨日からずっと広範囲のスキャンをやってて……!」

 

 エマの腕を抜け出し、エリオットは再びスキャンを再開する。

 童顔な彼の眉にはきつく力が籠められており、息はいまだ荒々しい。

 それでもなお、エリオットは自身を鼓舞するが如く言葉を紡ぐ。

 

「今は、今だけはやらなきゃいけないんだ……。僕たち以外にやれる人がいないんだから、やらなきゃきっと後悔する……。だから、今だけは”全力”で……!!」

 

 ライの姿を間近で見て来た影響か、エリオットの瞳の中にも揺るぎない鋼の意志が宿り始めていた。

 

 こうなってはもうテコでも動かない。

 それに、やらなきゃという焦りは、エマの内側にだって存在している。

 視線を右往左往させるエマ。そして彼女もまた、覚悟を決めた表情でクレアに向き直った。

 

「クレア大尉! 紙の地図とペンを用意してください!」

「え、はい、分かりました! すぐ手配します!」

「お願いします!」

 

 地図とペンを受け取ったエマは、エリオットの前にある長テーブルの上にそれを広げる。

 

「……委員、長?」

「私だってVII組の一員です。だから――」

 

 ペンを片手にエリオットへと視線を向けるエマ。

 

「エリオットさんはスキャンと通信に集中してください。……ナビゲーションは全て、私がやります!」

 

 彼女もまた、自らの役目を全うする道を選んだのだ。

 エリオットから送られてくる情報を書き込み、俯瞰した視点から、各地に散らばったVII組のルート構築を開始した。

 

(そして、これも忘れずにやっておかないと……)

 

 エマはポケットから取り出した紙切れに視線を向ける。

 

 それは今朝ライから預かった1枚の紙。

 ”とある人々”がいるであろう地区が書かれており、もしもの事があったら考慮して欲しいと頼まれていた。

 全ては彼女の手にかかっている。エマもまた、己が戦いに身を置くのであった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ――帝都南西側にある石畳の車道にて、ライはARCUS片手に疾走していた。

 

 路上に停められた導力車を掻い潜り、鋭い回し蹴りで道中のシャドウを蹴散らしていくライ。

 それと同時にARCUSの導力通信を起動させ、戦闘を続けながらも通信の向こう側、ガイウスへと個人的な連絡を取っていた。

 

「……今言った通りだ。念のため、エマにトーマ達の居場所を伝えておいた。ガイウスはエマの指示に従って家族の元に向かってくれ」

 

 そう、通信の内容は疎開してきたというガイウスの家族についてだ。

 襲撃に巻き込まれないようバルフレイム宮から離してはいたが、もし戦火に巻き込まれた場合、ガイウス自身がその場に向かえるよう取り計らって欲しいとエマに伝えていた。

 

 しかし、当のガイウスはと言うと、ライの提案に対し難色を示す。

 

『配慮をしてくれた事には感謝する。だが、皆が帝都の為に死力を尽くしている中、俺だけ私情を挟む訳には……』

 

 ライ達VII組は今、総力を挙げてシャドウ襲撃に対応している。その中で1人だけ身内の元へと向かうというのは、どうしても気が引けてしまうのだろう。

 ガイウスの考えも分かるし、きっと逆の立場ならライだってそう感じていた筈だ。

 しかし、ライはそれでもガイウスに語り掛ける。

 

「ガイウス、これはお前だけの私情じゃない」

『……ライ?』

 

 ライはシャドウを足場に跳躍し、前方に向けて剣を投げ飛ばす。

 

「俺はお前がノルドの為に頑張っている姿を見て来たんだ。だからもう、他人事じゃない。これは俺の私情でもある。――だから」

 

 ガイウスへと言葉を紡ぎつつ、召喚器を腰のホルダーから取り出すライ。

 その眼が睨みつける先にあるのはシャドウの壁。

 剣が切り開いた道を前に、ライは静かな叫びを放つ。

 

「お前が背負っているものを、俺にも分けてくれ」

 

 “我は汝、汝は我……。汝、新たなる絆を見出したり。汝が心に芽生えしは刑死者のアルカナ。名は──”

 

 ――ヤツフサ!

 木霊する銃声音。ライの前方に8つの宝玉を従えた白き霊犬が出現する。

 

 1度大きな遠吠えを上げ、剣が通った細い道を駆け抜けるヤツフサ。

 シャドウの壁に接敵したその霊犬は、赤き衝撃波ヒートウェイブを放ち、コアとなるシャドウを消し飛ばす。

 

『……かたじけない』

 

 壁が崩れ行く中、ガイウスの短い返答が耳に入る。

 どうやら提案を受け入れてくれたようだ。

 ARCUSの通信を切るライ。そんな彼の元に、1人の足音が近づいてきた。

 

「どうやら話は終わったようだな」

 

 その足音の主とは、近くの区画で避難誘導を行っていたユーシスであった。

 ここまで走って来たらしく、やや肩で息をしている様子。

 

「ユーシス?」

「時間がない。悪いが、今度は俺に付き合ってもらうぞ」

 

 その手にあるのは彼自身のARCUS。

 ユーシスはライにそれを見せつけ、それを駆動する。

 

 ――リンク――

 

 彼の行動に対しライが聞き返す間もなく、2人の感覚が繋がるのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 …………

 

 ……気がつくと、ユーシスの周囲は真っ白な景色に変わっていた。

 

 ここでもう1人の自分を受け入れればペルソナを得る事ができる。

 それを理解したユーシスは、ARCUSを持っていた筈の片手に視線を向けた。

 

(現状を打破する為には、1人でもペルソナ使いを増やす必要がある)

 

 ユーシスの脳裏によぎるのは、以前マキアスが第三学生寮で叫んでいた言葉だ。

 

《――僕の父は帝都ヘイムダルの知事だ。僕は、帝都の為に心血を注ぐ父さんの姿をずっとそばで見てきた。……そんな僕が、帝都を危機に陥れかねない脅威を前にして、逃げる訳にはいかないだろ!!》

 

 マキアスは旧校舎のダメージが残っているにも関わらず、何回もの失敗を乗り越えて、最終的に宣言通りペルソナを手に入れた。

 知事の息子として、彼はその責任を見事に果たしたのだ。

 だとしたら、ユーシスも責任のある立場として負ける訳にはいかない。

 ユーシスは何も持っていない片手を強く握りしめる。

 

 次いで、彼は前方に広がる巨大な扉へと意識を向けた。

 あの向こう側に受け入れるべき”もう1人の自分”が存在する。

 覚悟を胸に1歩前に進むユーシス。そんな彼に応じるが如く、群青の扉がゆっくりと開いていく。

 

『あは、あはは!』

 

 扉の向こう側にいたのは、椅子に座る女性の膝に乗って遊ぶ1人の子供だ。

 女性に身を預け、何1つ淀みのない笑顔で、女性の顔を見上げるユーシス似の男児。

 そんな彼が全幅の信頼を寄せる女性について、ユーシスは心当たりがあった。

 

(母上……)

 

 8年前病気で亡くなったユーシスの母。

 平民の彼女がまだ生きていた頃は、まだ普通の子供として生きていけた。

 その事を懐かしく思いつつも、ユーシスはその上に座るもう1人の自分に話しかける。

 

「おい、そこのお前」

 

 しかし、もう1人のユーシスはそんな声など気にする様子もなく、物言わぬ母親に楽しく話しかけているばかり。

 

 これが自分だと言うのか。

 ユーシスは思うところがありつつも、用意していた言葉を口にしようとする。

 

「お前は――」

『――俺だ。なんて言えば良いとでも思ってるの?』

 

 だがそれは、ギョロリと目が見開いた子供の一言によって遮られてしまった。

 

『無駄だよ。無駄無駄無駄。捻くれた大人みたいに口先だけの言葉を紡いだって、誰にも届きゃしないよ』

 

 まるでユーシスを嘲笑うかのように、もう1人のユーシスはケタケタと声を出す。

 

『そんなどうでもいい事よりさぁ、今は母上と戯れようよ。その方がぜったい楽しいって』

 

 ユーシスの行動をどうでもいいと断じる子供。

 あまりに自分勝手。あまりに傍若無人。

 流石のユーシスもこれには苦言を言わざるを得ない。

 

「お前は自分が何を言ってるか分かっているのか?」

『分かってるし、知ってるよ。でもどうでも良いだろ? 帝都の人間がどうなったってさ』

「なっ――!?」

 

 帝都がどうなったって良いと無責任にのたまう子供。

 ユーシスは目の前にいるのが一体なんなのか、心の底から分からなくなる。

 

『むしろ死んでくれた方が清々するよ! こんな世の中を肯定する大人なんて、全員ばらばらになっちゃえばいいんだ!』

 

 これが自分?

 こんな、虫を潰すが如く、笑顔で虐殺を肯定するような人物が?

 

「それが、人の上に立つ者の言葉か?」

『ノブレス・オブリージュ? ああ、大人のしがらみって奴。ほんっと貴族って下らないなぁ』

「…………!!」

『あのマキアスって男もずるいよなぁ。あんなに堂々と貴族を批判できるんだもの。本当は僕が声高らかに叫びたかったのにさぁ』

 

 ユーシスの怒りにも興味を示さず。

 もう1人の彼は貴族つながりでマキアスの事を話し始める。

 

『だから苛立ってたんだよね? 本当に貴族を嫌っていて、潰したいほど憎んでたのは自分の方だって。ああ羨ましい羨ましい』

 

 もう1人のユーシスは、マキアスの事を心の底から羨ましがっていた。

 本当は自分が言いたかった事なんだと。

 なのに、なんで自分は言えないんだと。子供の苛立ちはその原因へと矛先を向ける。

 

『貴族なんてなくなってしまえばいいんだよ! 薄汚い大人の世界なんてまっぴら御免だ! さあ君も、そんな下らない大人の殻なんか取っ払って、全部めちゃくちゃにしてしまおうよ!! 帝都も、故郷のバリアハートも、アルバレア公爵家も! 何もかも! 僕にはその正当な権利がある! だろ? もう1人の僕ッ!!』

 

 どこまでも自己中心的な叫びがユーシスの体を揺さぶる。

 

 ……もう、我慢の限界だ。

 母親の庇護の下、好き勝手言いまくる子供に対し、ユーシスは怒りを露わにする。

 

「ふざけるな! 貴様、貴様など」

 

 心の底から湧き上がる言葉。

 それはもう、自分自身で止める事すらできず。

 

「――俺ではない!!」

 

 もう1人の自分を否定する言葉が、真っ白な世界に木霊した。

 

 刹那、世界が悲鳴を上げ、怪しげな風がもう1人のユーシスと母を包み込む。

 

『……ふふふ』

 

 周囲に轟く赤い雷。

 暗くなっていく視界の中。

 ユーシスは、不気味に笑う子供の顔を目撃する。

 

 

 

 ――暗転。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ――薄暗い帝都の地下道にて、ギデオンは語る。

 

「奴らが行う覚醒の儀式。これは我々が行うシャドウ様の儀式と、ほぼ同一の流れを持って行われている」

 

 彼はペルソナの覚醒とシャドウ様との関連性について、誰よりも深い理解を示していた。

 ここ数カ月の調査・検証、特にノルド高原での一幕はギデオンに多くの情報をもたらし、それらがほぼ同一の過程。――即ち、集合的無意識との接続と、シャドウとの対峙を経ているのだという推論に至った。

 

「しかし、彼らの場合、己がシャドウを拒絶したとしても、シャドウが顕現する事はなかった。――それは何故か?」

 

 そうなると、気になるのは最終的な結果の差異だ。

 彼らはペルソナの覚醒もしくは失敗で終わり、シャドウ様は1度のチャンスしかない為か、総じて拒絶によるシャドウの顕現で終わっている。

 

 その差異についても、ギデオンは既に解を見つけていた。

 

「答えはただ1つ。彼らの儀式にはセーフティが搭載されていたからだ。彼らが失敗した際、シャドウが現れるよりも早く精神的な同調が崩れ、ARCUSのリンクが途切れてしまう。その結果としてシャドウの顕現が無効化されていた」

 

 そう、戦術リンクの特性による偶然のセーフティ。

 これがあるからこそ、VII組の儀式ではシャドウが顕現される前に強制終了されていたのだ。

 

「――ならば、戦術リンクに補正データを仕込み、数秒でもリンクを継続させた場合どうなるか。実に興味深い議題と言えよう」

 

 調査、推論とくれば、後は実証実験を行うのが自然な流れ。

 ギデオンはその手に持ったリモコンを操作し、とある信号を帝都の導力回線に乗せる。

 

「奴らの逆転は常に覚醒をトリガーとしていた。……それを、今回は利用させて貰うぞ」

 

 即ちそれは宿敵たるペルソナ使いへの対策。

 また1つ策を実行に移したギデオンは、不敵な笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「――貴様など、俺ではない!」

 

 誰もいない車道の真ん中にて、ライはユーシスの叫びを耳にする。

 

 今まで何度も聞いた失敗の合図。

 残念ながら、今回はリンク失敗という結果で終わったらしい。

 そう思うライであったが、その時、僅かな違和感に気がついた。

 

(なんだ? この感覚は……?)

 

 ユーシスから送られてくる感覚に、突如として機械的な情報が混じったのだ。

 

 戦術リンクが途切れない。

 そうライが理解した次の瞬間、周囲に赤い雷が迸る。

 

(……赤い、光?)

 

 ライには見覚えがあった。

 セントアークで、グノーシスを服用した猟兵から放たれた光。

 それと同様のものが今、苦しむユーシスの体から止めどなく放たれている。

 

「ユーシス!!」

『そう! もう僕はお前じゃない! 僕は、僕自身だ!!』

 

 どこからともなく聞こえてくる、ユーシスとどこか似た子供の声。

 

 赤き雷が旋風となり、ユーシスの後方に集まりだす。

 ライは急ぎユーシスの手を取り離脱する。

 だが、光は一向に収まる気配はなく、やがて2つの像を結び、顕現した。

 

『我は影、真なる我……』

 

 現れたのは2体の巨大な人形だ。

 長い髪を垂れ流した、目が存在しない女性の人形と、その腕の中で大切そうに守られた子供の人形。

 どこかユーシスの面影がある子供の人形は、丸々とした目をギョロリと動かし、カラクリ仕掛けの口を動かす。

 

『見ててよ母上! 僕が、僕が全てぶっこわしてあげるからッ!!』

 

 人形のシャドウ。

 即ちユーシスの影と呼ぶべき存在が、高らかとその産声を上げる。

 

 帝都を渦巻く戦況は、今まさに混迷を極めていた。

 

 

 




刑死者:ヤツフサ
耐性:火炎吸収、疾風・祝福耐性
スキル:マハラギオン、ヒートウェイブ、素早さの心得
 江戸時代、曲亭馬琴によって書かれた読本《南総里見八犬伝》に登場する霊犬。里見家に怨みを抱く怨霊が宿る犬だったが、里見家の娘伏姫の読経によって浄化された。

皇帝:ユーシスの影
耐性:???
スキル:???
 青年は複雑な身の上であろうとも、良き貴族として在ろうと努力した。貴族の世界は熾烈であり、単なる親切心、疑いなき純真さは底のない悪意に平然と飲み込まれてしまう。故に彼は捨てねばならなかった。あの日、母と共に築きあげてきた穢れなき心を……。


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