心が織りなす仮面の軌跡(閃の軌跡×ペルソナ)   作:十束

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74話「嵐の前の静けさ」

 帝都近郊に存在する深い森の中。

 辺りには背高い草が生い茂り、周囲の目を都合よく隠してくれる一画にて、数人の男が集まっていた。

 

 彼らの内、皆の視線を集めているのは眼鏡をかけた怪しげな男だ。

 かつてノルド高原で暗躍したギデオンと言う名の元教師。彼は周囲に立っていた男達に紙を渡し、その内容について的確な説明を行っていた。

 

「今後の計画に関しては以上だ。内容について他の面々に共有したら、書類は忘れず焼却処分しておけ」

「承知した」

 

 ギデオンの指示を受けた男達は、各自別方向に散開する。

 

 後は彼らがそれぞれのメンバーに伝え、明日の用意は万全となる。

 一仕事終えたギデオンは誰もいない森の中で作戦の再確認をしていると、背後から黒い影が歩いてきた。

 

「――同志《G》。計画は順調に進んでいるようだな」

 

 黒い影からくぐもった機械音が聞こえてくる。

 その姿を横目でちらりと見たギデオンは、すぐ視線を戻して返答した。

 

「同志《C》か。子細は予定通り進んでいるが、何か心配事でも?」

「例のペルソナ使いが帝都庁に協力していると聞いた」

「ああその話か。それならば私の耳にも入っている」

 

 ギデオンは分かり切っていた話だと言い切った。

 

「確かにペルソナ使いはシャドウの天敵となり得る存在ではあるが、何ヵ月も前から分かっていた事だ。今更語るまでもない」

「奴らを学生と甘く見ないことだ。並みの感覚でいると足元を救われるぞ」

「問題ない。奴らに対する対応策は既に打ってある」

 

 そう、ギデオンは初めからペルソナ使いの参戦を考慮して作戦を組んでいた。

 開示されてきた情報を考えれば、こちらの目的が伝わるのは時間の問題だろう。ならば、正規軍とも繋がりのある士官学院のVII組が動員されるのは当然の流れ。むしろ宿敵の情報収集能力を測るうえで良い判断材料になったとギデオンは考えていた。

 

「念のため、当日はVII組全体の所在を確認するよう指示し、奴らの顧問《紫電(エクレール)》についてもスポンサーを通して足止めしておいた。万が一など起こるまい」

「……警告はした」

 

 そんなギデオンの返答を聞いた黒い影は、最後に言葉を残し、薄暗い森を後にする。

 

 残されたのは暗い灰色の装束を身にまとったギデオンただ1人。

 彼は今後の行く末を計算し、そして静かに呟いた。

 

「フッ、何も問題はない。全てのピースは既に揃っているのだからな」

 

 ギデオンの独り言は誰にも届くことはなく、深い森の中に消えていく。

 彼の歪んだ目には、自身の計画に対する自信と、底のない憎悪の炎が宿っていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ……一方その頃。

 ライ達VII組はと言うと、クレアからの連絡を受けてサンクト地区にある聖アストライア女学院に訪れていた。

 

 昼間の捜索では結局シャドウの反応は1つも発見できず。

 やや徒労感もあるが、元よりこう言った状況は守り側が圧倒的に不利なのだ。事前工作の恐れがなくなっただけでも素直に喜ぶべき事だろう。

 

「しかし、女学院の中を歩くというのは……、なんというか、落ち着かないな」

 

 女学院の敷地内を移動する中、周囲の視線を感じたマキアスが居心地悪そうに感想を漏らす。

 

「ん? そんなに気になる?」

「そりゃフィー君のように女性なら気にならないだろうが、僕ら男性が乙女の花園に足を踏み入れるというのは、その……」

「気にしすぎ」

「ふふ、そうですね」

 

 挙動不審なマキアスをからかうフィーとエマ。

 そんな彼の前を歩いているライの元に、リィンがそっと近づき小声で話しかけてくる。

 

「……ライ、教えてもらった場所だが、確かに何ヶ所か人が通った形跡を見つけた」

「推測通りか」

 

 リィンの報告を受けたライは、納得した様子で言葉を返す。

 

「それで昼間に話していた最後のピースについてだけど、候補は見つかったのか?」

「いや、まだだ」

「サラ教官とか適任なんじゃないか?」

「一応確認したが、どうやら旧校舎の件でクレームが入ったらしく、その対応に追われてるらしい」

「……はは、それはまた大変だな」

 

 旧校舎の件、つまりはパトリック達が巻き込まれた事件の後始末に追われるサラを想像し、リィンは小さく苦笑いした。

 

 ――とまあ、そんな会話を歩きながら交わすライとリィンだったのだが。

 2人の後頭部にこつんと拳骨がぶつけられ、途中で中断させられた。

 

「はいそこ、この場所でそんな辛気臭い話はしないの。妹さんも困ってるでしょ?」

 

 中断させたアリサが、ジトっとした目で前方を指差す。

 そこにいたのはVII組の案内役となったエリゼの姿。彼女はリィンと似たような苦笑いを浮かべており、血は繋がっていないものの、確かに兄妹なのだと感じられた。

 

(まあ、アリサの意見も当然か……)

 

 ライ達を招待した、聖アストライア女学院にいると言う人物。

 今はその人の事に集中しておかねば失礼と言うものだろう。

 

 ライとリィンの2人はテロリストの話を一旦止め、エリゼの先導についていくのだった。

 

 

 ……

 …………

 

 

 女学院の校舎を迂回して奥地へと進むVII組の11人。

 普段、余所者が入ってこない場所だからか、進むごとに周囲の女子生徒から好奇の目が突き刺さってくる。

 しかしライに関してだけは、当然の事ながら真逆の視線が注がれていた。

 

「お隠れくださいミルディーヌ様! 他の方はまだしも、あの先頭にいる灰髪の殿方! あのお方と目が合ったりでもしたら何される事か!」

「……ふむ、左様でございますね」

 

 緑色の少女を庇うように決死の覚悟で前に出る女子生徒。

 本人はナイト役のつもりなのだろうが、相対してしまう側としては悲しい限りである。

 

「やっぱりライは距離置かれるみたいだねー」

「何時もの事だ」

「あはは、ドンマイ」

 

 ミリアムに背中をぱんぱんと叩かれながら慰められるライ。

 

 そうこうしている内に校舎を離れ、薔薇園と書かれた建物の前へとたどり着く。

 ライ達を招待した主がこの屋内庭園にいるとの事だが、いったいどんなビッグネームが待ち受けているのだろうか。

 身構えるVII組を他所に、エリゼは上品に扉を叩いて中の人物に呼びかける。

 

「――姫様、殿下、皆様をお連れしました」

 

 エリゼの言葉を聞いたVII組の誰かが「えっ」と驚きの声を漏らす。

 無理もない。姫様や殿下という言葉で呼称される人物は、帝国内でも限られているからだ。

 

 まさか……という予感を抱きながら薔薇園の中に入るライ達。

 その予感は、室内に入った瞬間に確信へと変わる。

 VII組を出迎えたのは舞い散る無数の花びら。その中心で、演劇の主役がごとく佇む少女と男が1人ずつ。

 

「ようこそお越しくださいました。トールズ士官学院VII組の皆さん」

「忙しい中、招待に応じていただき感謝するよ。これはお礼に1曲披露した方がいいかもしれないね」

 

 彼女らこそエレボニア帝国の皇女アルフィン・ライゼ・アルノール。

 そして、リュートを両手で抱えたオリヴァルト・ライゼ・アルノール。

 

 予期せぬ大物の登場と、ついでに大げさな演出を受けたVII組一同は目を丸くする。

 それはライとて例外ではなく、やや目を見開いてオリヴァルトの顔を見つめていた。

 

「おや、ライ君、流石のキミもこれには驚いたかな?」

 

 オリヴァルトはしたり顔でライに問いかける。

 

 確かに驚愕したのは事実だが、残念ながら理由はオリヴァルトの求めるものとは違った。

 ライが驚いたのは、彼の姿を見て”ある可能性”に気がついたからだ。まだそれが実現可能かどうか、了承されるかは分からない。けれど、その可能性に至ったライは不敵にほほ笑み、

 

「……ピースは、全て揃った」

 

 と、小さく呟いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ――7月26日。夏至祭初日の11時半頃。

 一夜明け、テロリストの襲撃が来るというXデーになった為、ライ達VII組は予定通り別れ、それぞれ割り当てられた場所に移動していた。

 

「苦……」

《ライ、大丈夫?》

「……ああ」

 

 ライの担当は南西部の市街地だ。

 バルフレイム宮とは湖と見紛うばかりの大きな堀を挟んで反対側に位置しており、堀の向こう側を見てみると帝都憲兵隊の戦車が待機しているのを確認できる。

 ライはその堀を背にするように足を止める。それと同時に、脳内に透き通った声が聞こえてきた。

 

《――VII組の皆さん聞こえていますか? 鉄道憲兵隊のクレアです。本日は帝都憲兵隊との合同任務となりますので、総合司令部兼仲介役として、私が担当させていただく事となりました。本日はよろしくお願いいたします》

 

 声の主はクレア・ リーヴェルト大尉だ。

 今はブレイン役を務めているエリオット、エマとともにバルフレイム宮の臨時司令室で待機しており、こうしてブラギを通して連絡を取って来たらしい。

 

 ラウラ・アリサの内部待機班。並びにライ達外部待機班の返事を聞いたクレアは、真剣な口調で説明を続けた。

 

《平時はその場で待機し、周辺の監視をお願いします。皆さんは外部協力者という立場上強制はできませんが、有事の際は、私の指示に従っていただけると幸いです》

《承知しました。現在の状況を教えていただけますか?》

《まもなく皇族の方々を乗せたリムジンが発車する予定です。護衛隊も併せて移動しますので、行事が終了する夕方頃までバルフレイム宮は手薄になります》

 

 つまり、夕方まで守りきる事ができればライ達の勝利と言う訳だ。

 リィンの質問に答え終えたクレアに対し、ライは追加の問いを投げかける。

 

「リーヴェルト大尉、リムジンの内訳は?」

《1両目に皇帝陛下ご夫妻、2両目にセドリック皇太子とオリヴァルト皇子、そして3両目にアルフィン皇女の予定です。先日少し変更があったようですが……なぜこの情報を?》

「いえ、テロリストの狙いが違った場合を懸念したもので」

《……そうですね。その場合は逐一応援を指示します》

「…………」

 

 クレアとの連絡を終え、ライは再び周囲に意識を張り巡らせる。

 

 ここからは長丁場だ。

 気を引き締め、警備任務を開始するのであった。

 

 

 ……

 …………

 

 

 ――午後2時過ぎ。

VII組が警備を始めてから2時間以上経過した頃、ライは当初と変わらず警備を続けていた。

 

 周りは紙吹雪が舞い散る文字通りのお祭り騒ぎだ。

 老若男女さまざまな人間が楽しそうに食事をしたり、浮かれた様子で歓談したりしており、テロリスト襲撃の気配など何処にもない。

 

 しかし、監視している側からすると、こんな日常の風景ですら疑わしく感じてしまうのが実情だった。

 どこかにテロリストが紛れ込んでいるんじゃないか。あの笑いあっているカップルも実は偽装なのではないか。警備をするのも楽ではないのだと、ライは肌で感じていた。

 

「あ、ライ君だ!」

 

 その時、市道の方からライを呼ぶ声が聞こえてくる。

 

 今のはトワの声だ。

 視線を向けると、そこには導力バイクに乗るバイクスーツ姿のアンゼリカと、彼女の後ろでこちらに手をふるトワの姿があった。

 彼女らはバイクを降り、手押しでライの元へと近づいてくる。

 

「済みません。今は任務中ですので」

「あ、警備任務の情報なら、生徒会にも入ってきたから知ってるよ」

「そうだとも。それに人の集中力は2時間が限界、友人と言葉を交わすくらい不可抗力というものさ」

 

 そう返されると、昨日の件もあって断りにくい。

 

 悪い笑みを浮かべてライを懐柔しようとするアンゼリカ。

 ライは一応周囲に気を配りつつも、そんな彼女の提案に乗ることにした。

 

「お2人はその情報を受けてここに?」

「まぁそんな感じ。それに私の家も帝都にあるから色々心配だったんだけど、そうしたらアンちゃんが導力バイクを出してくれてね」

「ふふ、そういう事さ。これさえ使えば、40分で帝都までかっ飛ばせるからね」

「もぅ……、アンちゃんはもう少し安全運転を心掛けた方がいいと思うよ? さっきだって、ここに来るまでお尻痛かったんだから」

 

 トワは不満げにアンゼリカを睨むが、全く怖くない事も相まってか、アンゼリカはむしろ喜んでいる様子。

 

(しかし、導力バイクか……)

 

 この存在をあの晩思い出してさえいれば、駅での大立ち回りをしないで済んだのだが。……まあ、過ぎた話か。

 導力バイクのボディに手を伸ばすライ。そんな彼にトワは視線を戻した。

 

「そう言えばライ君って帝都西側の担当だったよね? 私の家ってヴェスタ通りで雑貨店を営んでるんだけど、もしかして立ち寄ったりした?」

 

 ヴェスタ通り?

 それはまた奇遇な話だ。

 

「丁度ヴェスタ通りの旧ギルド支部で宿泊してましたが、立ち寄っては……」

「そっか、それはちょっと残念」

「けど、トワ先輩に似た子供になら会いました」

「えっ? それってもしかしたら、従弟のカイ君かも」

 

 ユーシスと共に会った子供の片方。

 面影があるとは思ったが、どうやら本当に親戚だったらしい。

 挨拶の1つでもした方が良かったか。ライがそんな感想を抱いていると、アンゼリカが時間を確認してトワに話しかけた。

 

「トワ、そろそろ……」

「そうだね。アンちゃん」

 

 2人は頷き合うと、導力バイクを動かしてそれに乗り始める。

 

「それじゃあライ君。私たちはこれから市内の巡回をしてみるから」

「お願いします」

「そっちも頑張ってね。この時間は警備も緩みやすくなるから、もし攻めてくるなら、多分そろそろだと思う」

 

 最後にトワが真剣な顔でそう告げると、アンゼリカが操縦する導力バイクのエンジン音と共に街中へと消えていく。

 それを見送ったライは、己が武器を改めて確認する。

 

「さて、気を引き締めるか」

 

 気がつけば、先ほどまで感じていた精神的な疲労がなくなっていた。

 先ほどの雑談が良い骨休めになったのだろう。

 

 ライは2人に感謝しつつ、紙吹雪が舞い踊る夏至祭の監視に戻るのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 ……

 …………

 

 その水面下で、彼らは着々と準備を進めていた。

 港の労働者として。道を歩くカップルとして。レストランの料理人として。地方から来た観光客として。

 表面上は一切怪しまれる行動は取らず、ただ静かに予定された時間を待つ。

 

 そして、帝都の地下道に潜むギデオンもまた、炎の明かりに照らされながら時計の針を睨み続けてた。

 

「……時間だ」

 

 その手にあるのは水路を通して流れて来た工作員からの言伝だ。

 彼はその紙を握りしめ、おもむろに立ち上がる。

 

「バルフレイム宮に入った4名と合わせ、VII組全員の所在を確認。これで障壁は全てクリアした」

 

 聞いている者など誰もいない言葉。

 けれど、彼はまるで地上にいる仲間たちに伝えているかのように、言葉を紡ぎ続ける。

 

「正規軍の奴らは、傲慢にもテロリストの脅威を把握したと考えているのだろう。……だが、奴らはシャドウの力を知らない。その驕りの代償を、今まさに支払う事となるだろう」

 

 バルフレイム宮へのシャドウを用いた襲撃。

 彼らはそれを警戒しているのだろうが、甘いと言わざるを得ない。

 ギデオンの口元がにやりと歪む。

 

「今こそこの緋き都に始まりの傷跡を刻む時。――同志たちよ、立ち上がれ!」

 

 刹那、時計の分針がカチリと動いた。

 

 ――

 ――――

 

 時は訪れた。

 各地に潜むテロリストの面々は動き出し、人気のない場所へと移動する。

 

「さあ、おいで下さいシャドウ様」

 

 各々取り出したるは碧き秘薬《グノーシス》。

 アクセサリーの中。時計の中。靴底。それぞれが隠し持っていた薬を取り出し、目の前に掲げる。

 

「我らが悲願、我らが怨念……」

 

 彼らは躊躇する事なく薬を飲みこみ、心の中で願いを唱える。

 

「その全てを、……今こそ、聞き届けたまえ!!」

 

 刹那、帝都全体が激しい光に包まれた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「――なんだ?」

 

 異変は突然起こった。

 ライから見て建物の向こう側。

 そこが光ったと思ったら、突如、激しい轟音が辺りに響き渡ったのだ。

 

 敵襲か?

 身構えたライの耳に、エリオットの叫びが突き刺さる。

 

《大変だよみんな!! 帝都の至る所で急激にシャドウ反応が増えてる!!》

《なんだって!?》

 

 どこからともなく甲高い悲鳴が木霊する。

 逃げ惑う人々。直後、仮面のついた黒い影が細胞のように増殖し、帝都市内に巨大な壁をいくつも築き上げているのを目撃する。

 

「まさか……!」

 

 ノルド高原でもあったという、再召喚によるシャドウの増殖。

 それを見た瞬間、ライは自らの浅慮を理解する。

 

 戦場はバルフレイム宮周辺などではない。

 もはやこの都市に安全な場所など存在しない。

 この広大な帝都そのものが、奴らにとっての戦場であったのだと。

 

 同時多発的なシャドウ召喚による帝都の分断。

 

 

 ――そう、この瞬間。

 ”帝都全域”は、テロリストの手に落ちたのだった。

 

 

 




さあ、祭の始まりだぁ!


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