──7月24日、特別実習1日目の夕方。
ライはユーシスによる先導の元、ヴェスタ通り裏の道を歩いていた。
「ユーシス、この先に何かあるのか?」
「直ぐに分かる」
前を歩いたまま微塵も答える気のないユーシス。
どこか壁を感じる対応。……いや、実際に壁があるのか。
思えばユーシスと行動を共にする機会は少なかったなとライは思い返す。
しかしそれなら尚の事、ライに声をかけて来たのが不可解だ。
この先にいったい何があるのか。疑問を抱きつつ曲がり角を曲がったところ、2人の子供が上空を見上げている光景が視界に入った。
「……あ、戻ってきた!」
子供の内の1人、薄い金髪の少年がユーシスの存在に気づき声をあげた。
どうやら彼らこそ、ユーシスがライをここに連れてきた理由らしい。
もう1人の子供──どこかトワを思わせる茶髪の少年も、1歩遅れて駆け寄ってくる。
「その人が兄ちゃんの言ってた助っ人か?」
「ああ。それよりボールは落ちてないだろうな」
「う、うん……。あれからピクリとも動いてないよ」
申し訳なさそうに上を見上げる少年。
その先には、3階建ての屋根にすっぽりとハマっている1個のボールがあった。
「なるほどな」
大体状況は理解できた。
恐らく2人が遊んでいる最中にボールが飛んで行ってしまったのだろう。
しかも厄介な事に、引っかかった建物はヴェスタ通りに面した商店だ。下手に落とそうとすれば人通りの多い通りに落ちてしまい、余計なトラブルを生みかねない。
「ミリアムに頼む手もあったんだがな。都合の悪い事に、いくら探しても見つからないと来た。──行けるか?」
「大丈夫だ」
確かに少々危うい位置だが、依頼を受けていた際の経験を生かせば容易に登れるだろう。
ライは三角飛びの要領で壁面を駆け上がると、スタイリッシュな動きでボールの元へと移動するのだった。
…………
……
「サンキューな! 兄ちゃん達!!」
「次からは遊ぶ場所を選ぶ事だな」
「わーってるって!」
ライからボールを受け取った子供たちは、手を振りながら街の奥へと消えていく。
ユーシスはそんな様子に苦言を示しつつも、彼らが見えなくなるまでじっと見守り、安全を確認してようやく歩き出した。
「優しいな」
「フン、そう言う訳じゃない。何故か昔から子供に好かれるってだけだ」
「謙遜するな」
「くどいぞ」
まあ、優しいかどうかは抜きとして、子供に好かれると言うのは確かなのだろう。
ユーシスは言動こそ排他的だが、行動原理はむしろ優良な部類だ。身分などといった先入観がない分、大人よりもフラットな視点で見ているのかも知れないと、ライは静かに分析する。
だがしかし、ユーシスはそんなライの分析が不服だったようで、ライから顔を背け歩き始めてしまった。
「……ライ・アスガード。貴様は
背を向けたままライに問いかけるユーシス。
「ノブレス・オブリージュ?」
「”持つ者”に課せられる義務、いや責務と言った方がいいか。高貴な身となった者にもたらされるのは何も恩恵ばかりじゃない」
貴族や皇族と言った特権階級は、一般の”持たざる者”からしてみれば羨ましい限りの存在だろう。
豪華な服を纏い、美味な食事を口にし、大きな豪邸に住む。それ自体に間違いはない。……だが、貴族というものはそう良いものではないのだと、ユーシスの背中は語っていた。
「貴族として生まれた者は貴族として、社会の模範となるような振る舞いが求められる。身なりやしぐさ、食事の作法、言葉遣い、交渉術、弱者に対する無私の行動だってその1つだ」
今の言い分から察するに、先の行動は彼なりに貴族の義務を果たしていたと言う事なのだろうか。
「その義務、果たさなかったらどうなるんだ?」
「明文化されてない以上罰則はないし、事実として義務を失念している貴族も多い。……だがな、義務を果たしていない貴族はいずれ失格の烙印を押される事になる。貴様もリィンの実家、シュバルツァー男爵家の話は知ってるだろう?」
「ああ」
「庶民に近い生活を行い、素性の知れぬ子供を家族として迎え入れる。一般庶民の感覚で言えば優良な部類になるのだろうが、貴族としての基準からしてみれば落第もいいところだ」
「そうなのか……」
リィンを迎え入れた事で、シュバルツァー男爵家は貴族の社交界から爪はじきにされてしまった。
一般には善行であってたとしても、貴族としての義務を放り出してしまったという事なのか。リィンもその事を思い悩んでいたが、貴族という世界は思ったよりも複雑で、無数のしがらみに捕らわれているものらしい。
そして、義務と言う名のしがらみは、ライとて他人事ではなかった。
「……言っとくが、これは貴様も無関係な話じゃないぞ」
「俺も? けど俺は──」
「貴族ではない、か。確かに高貴な身分ではないだろうが、貴様は既に”持つ側”の人間だ」
ユーシスが言うところの”持つ側”の人間。
それが資金等でないのならば、丁度似たような話をライはトリスタの教会で聞いていた。
「俺が持つ影響力の話か」
「ああ。大いなる力には相応の責任が伴うものだ。本人が望む望まざるに関わらず、力を持たなかった者の代わりとなり、彼らが成しえなかった成果が求められる事になる」
貴族という名の力と、ペルソナ使いと言う名の力。
それらは明らかに別物ではあるものの、そこに義務が生じるという意味においてはよく似ている。
仮にライが自分本位に振舞おうと咎める法はないが、それは傲慢で自分勝手な貴族と同じ事なのだと、ユーシスが言外に語っていた。
「今回の班分けだってそうだ。B班にペルソナ使いではない人員が固められている事くらい、貴様も把握しているだろう?」
「……そうだな」
「教官の事だから俺達の覚醒も期待しているのかもしれんが、それを抜きにしても、貴様は数人分の戦力としてカウントされていると言う訳だ。その意味を、よく考えておく事だな」
そう言って、ユーシスは一旦口を閉ざす。
──もしかしたら、今の会話は彼なりの忠告だったのかも知れない。
自身も貴族というしがらみに捕らわれているが故に、ライの現状を憂い、わざわざ自身の経験談を元に助言した。ならやはり彼は”優しい”のではないかと、そう確信したライの口元が思わず緩む。
「忠告助かる」
「……フン、俺は言いたかった事を言ったまでだ」
照れ隠しでもしていたのか。
結局ユーシスは一度も振り向くことなく、そのまま旧ギルド支部に戻っていくのだった。
◇◇◇
──7月25日。まばゆい朝日が差し込む早朝。
こんな朝早くだというのに外では既に住人が歩いており、ここが商店街近くだという事を加味しても、都会特有な朝の早さを実感せざるを得ない。
そんな中ライ達B班はと言うと、2階ベッド近くのテーブルに集まり、導力回線でA班と連絡を取っていた。
「……それじゃ、昨日A班は2人のお宅訪問をしてたのね」
『まぁ僕としても姉さんに会いたかったしね』
A班の話を聞いたところ、帝都出身であるエリオットとマキアスの家に訪れていたらしい。
2日目以降は時間が取れないだろうと判断したとの事。帝都出身者のいないB班じゃ出ない発想だったが、準備期間と言うのは、つまるところ”所用は済ませておけ”と言う話だったらしい。
「フィー、マキアスの家はどうだった?」
『ん、コーヒーが出てきた。あと、家を出たところでちょっと勝気な女の子にもあったけど、確か名前は……』
『パティリーだな。まあ、近所の腐れ縁って奴だよ』
どうやら中々に充実した初日だったようだ。
しかし、本番はむしろここから。気を引き締めていかねばならない。
『……しかし、今日の偵察任務についてなのだが、そちらに何か案はあるだろうか』
「その話だが、俺達が探すべきはテロリストの事前工作だと思う」
『ふむ、その理由を聞かせて貰えるか?』
ラウラの問いかけに対し、ライは先日見た憲兵隊の話を説明した。
帝国内の不審者を見つけ出そうとする憲兵隊の動き。彼らが懸念しているのは、恐らくテロリストが潜ませた事前工作なのだろう。
『──承知した。本番が夏至祭初日であるのなら、確かに工作は警戒すべき対象だろう』
『けど、憲兵隊と同じやり方で調査しても効率が悪いんじゃないか?』
リィンの疑問も最もだ。
憲兵隊が既に動いている以上、同じやり方をしていては帝都全域をカバーできまい。
ならばどうするか。ライは脳裏で思考を巡らせる。
「……1つ確認したいんだが、テロリストが明日の夏至祭を狙う場合、その手段は何になると思う?」
そして、ライの口から議題が投げかけられた。
「手段なら、やはりシャドウを用いたものじゃないでしょうか?」
「ああ。それは間違いないと思う。けど異世界でもなければ、シャドウは無から呼び出せない」
『例のグノーシスとか言う薬の件だな』
そう、テロリストは召喚するためにシャドウ様──正確にはグノーシスを用いていた。
わざわざ噂を広めている以上、その過程に変化はない筈。ならば、彼らの取りうる手もおのずと限られてくる。
『考えられる手としては、薬を当日に服用するか、もしくは事前にシャドウを潜ませておくと言ったところか』
「でもマキアス、前者の対処って結局テロリストを見つけるしかないんじゃない? ほら、グノーシスってほんの数リジュの大きさしかない訳だし」
「不審者の捜索は既に憲兵隊の方でも行っている。無論、俺達も探してはおくべきだろうが、今は後者の可能性をつぶしておくのが先決だろう」
ユーシスの言う通り、今のライ達が最も警戒すべきはシャドウを潜伏させている可能性だ。
木箱の中。下水道。家屋。どこかに願いとともに潜ませておき、当日になったタイミングで暴れさせる。非常に危険で効果的なテロリズムである以上、事前に調査するのは急務だと言えるだろう。
「エリオット、帝都全域のシャドウ反応をスキャンできるか?」
『流石に帝都全域は無理だと思う。……でも、みんなを介してその周辺を調べることなら、うん、ちょっと大変だけど、大丈夫……かな?』
スピーカーから聞こえるエリオットの声はやや不安げではあったものの、その言葉は十分頼りになるものだった。
ライ達をビーコンとしてその周辺をスキャンする。全域をカバーするにはやや心もとないが、それでもかなりの範囲のシャドウ反応を調べることが可能だろう。
「なら今日は各自帝都市内に散開する作戦で行こう。皆もそれでいいか?」
「ええ」
『分かった』
A班B班ともに了承し、偵察任務の方針が固まった。
班ごとで帝都東西に分かれつつ、更に分散してシャドウ反応がないか調べ上げる。
エリオットには長期戦を強いてしまうなと思いつつ、ライは早速行動に移し、旧ギルド支部の窓を全開にした。
「……おい、なぜ窓枠に足をかける」
と、そこでユーシスから待ったがかかる。
窓枠に片足をかけたライは、逆に意外そうな顔をしてユーシスに答えた。
「街は入り組んでるだろ? 屋根の上を跳んで行った方が効率的だ」
「阿呆か貴様は! 不審者を見つける側の人間が不審者になってどうする!」
頭を抱えながら叱咤するユーシス。
しかし、そんな彼の気苦労を知ってか知らずか、ライの元にもう1人、水色髪の白兎が駆け寄ってきた。
「へぇ面白そうじゃん! それじゃボクもやってみようかな」
「待てミリアム! まだ話は……!」
『ん、その手があった』
『フィ、フィー!?』
刹那、旧ギルド支部から飛び出す2つの影。
更に動力通信の向こう側でも約1名が窓枠を飛び越えて屋根へを降り立つ。
かくして2日目の偵察任務は、属性が
◇◇◇
──帝都ヘイムダル市内。
導力車の行き交う音が聞こえてくる日常の中、緋色の屋根瓦を蹴る影が1つ。
幾多の屋根を音もなく疾走し、地上の光景を事細かに観察するこの男こそライ・アスガード。帝都庁に協力するペルソナ使いである。
《……イ? ねぇライ、聞こえてる?》
景色と風が後方に流れていく中、ライの脳裏に声が鳴り響いた。
「エリオット、俺と会話をして大丈夫なのか?」
《うん。僕はみんなの周囲を俯瞰してみてる感じだから大丈夫。──って、それよりライの話だよ! もし憲兵隊にでも見つかったら……!!》
「問題ない。地上の視線をかわす事には慣れてる」
地上を歩く人々の注意を観察し、その死角を移動するという高等技術。
それをさも当然のように語るライにエリオットは《えぇ……》と呆れるばかりだ。
──と、そんな中、地上をつぶさに見渡していたライの視線が1点を捉えた。
「ん? あれは……」
《えっ? 何か見つけたの?》
ライはその場で足を止めると、人気のない通りで地上に降り、怪しまれないよう人ごみに紛れる。
向かう先は1つの屋台だ。ぱっと見では夏至祭に合わせて出店した他の店と同じだが、この店には他とは明らかに違う点があった。
「お客さん如何でしょうか? 年に一度の夏至祭、いつもの自分と別人になってみるのも乙と言うもの! さぁさぁ友達や恋人と一緒に特別な思い出をつくりましょう!」
まるで歌い上げるように商品の売り込みを行う店主。
そう、異なる点とは屋台の売り物だ。まるで王様のように煌びやかな衣装。古い民族衣装のようなフード、その他多種多様な仮装がところ狭しと並べられている。
そんな屋台の前にたどり着くライ。彼はその鋭い目で店主を見据え、そしておもむろに言葉を発した。
「そのマント、1つください」
◇◇◇
──帝都ヘイムダル市内。
段々と活気にあふれてきた街の中、緋色の屋根瓦を蹴る影が1つ。
購入した深紅のマントを早速身に着け、悠々と屋根を跳んでいるこの男こそライ・アスガード。恐らく帝都を守る側の人間である。
《ライ? 任務中に何やってるのさ》
「いや、つい……」
露店を見て(あのマント制服に合ってるな)と思ったら、いつの間にか足が止まっていたのだ。
つまりこれは不可抗力である。
《まったくもう、祭りで浮かれるのは分かるけどさ、皆も頑張ってるんだから真面目にやってよね》
「分かった」
エリオットに促され、再び帝都のスキャン任務に戻るライ。
大きな宿泊施設の屋根を駆け抜け、通りを挟んだ店の屋上に着地する。
すると、下の方から人々の賑わいとともに商売文句が聞こえてきた。
「本日限定! 地方の民芸品が色々と揃っているよ!」
どうやらこの屋台では色々な小物が売っているらしい。
魔除けのお守りやアクセサリー、顔に着ける仮面などなど。
非常に気になるラインナップだが、今は残念ながら任務中だ。ライは屋台に背を向け、急ぎその場を後にする。
「その仮面、1つください」
そして、仮面を購入した。
◇◇◇
……帝都ヘイムダル市内。
老若男女の声が都市を彩る光景の中、緋色の屋根瓦を蹴る影が1つ。
仮面を顔に着け、マントを得意げになびかせているこの馬鹿野郎こそライ・アスガード。明らかに不審人物である。
《絶対祭りを楽しんでるよね!?》
「さて、不審な点は……」
《不審者だったらそこにいると思うよ》
今のライはまるで物語に出てくる怪盗のような姿になっていた。
もし仮に憲兵隊に見つかりでもしたら言い逃れはまず不可能なレベルの不審人物。
エリオットの言葉が若干刺々しくなってることもあり、これ以上は流石に不味いかとライは反省する。
これまでの遅れを取り戻すべく、エリオットから送られてくるマップの穴を埋めるように移動するライ。
こうして2つの影は帝都市内の屋上を縦横無尽に駆けていくのだった。
……2つ?
「おやおや、こんなところで同業者に会うとは、数奇な運命もあったものだ」
気がつくと、ライに並走する形で不審者が増えていた。
類は友を呼ぶと言うべきか。その不審者は白いスーツとマントを身にまとい、顔は銀色の仮面に隠されている。
赤と白、2つの目立つ影は顔を合わせながら、しかして地上の誰からも認識されずに会話を続けた。
「貴方は?」
「フフフ、よくぞ聞いてくれた! ──私の名は怪盗B! 美の探究者にして、世紀の大怪盗である! どうやら貴殿も同じ怪盗とお見受けしたが、如何かな?」
「まあ、そう呼ばれてはいます」
この不審者の名は怪盗Bと言うらしい。
まさか本で読んだ有名人と遭遇できるとは。ここは礼儀としてサインを求めるべきかと走りながら悩んでいると、怪盗Bの顔が愉快そうに笑った。
「丁度良かった。実は今、
そう言って怪盗Bは3枚のカードをライに投げ渡す。
カードに描かれていたのは3種の図形だ。1枚目には建物と思しきシルエットに黒いマーク。2枚目には何重もの円。そして3枚目には複雑な線がところ狭しと描かれていた。
「そのカードに描かれた場所に見事辿り着けたら褒美を与えよう! ……しかし、あくまで独力でだ。無論、”覗き見している者”の手助けもなしと心得よ」
怪盗Bは仮面越しにライを介して覗き見していたエリオットを牽制する。
まさか気づかれているとは思わなかった為、驚きのあまり《えっ!?》と声を漏らすエリオット。その声も聞こえていない筈なのだが、怪盗Bはエリオットの驚愕ににやりとした笑みで答え、そして空気に溶けるようにして消えてしまった。
足を止めて周囲を見渡すライ。
しかし、周りにあるのは青空と緋色の街並みくらいなもので、怪盗Bの姿形はどこにも見当たらなかった。
「……エリオット、一時的に俺との接続を切ってくれ」
《ええっ!? あの人の挑戦を受けるつもり!?》
「ああ。何か進展があったら連絡する」
エリオットの通信が途絶え、静かな風がライの頬を撫でる。
手元に残された3枚のカード。
それを再度確認すると、ライは誰もいない屋上を後にするのだった。
◆◆◆
……
…………
帝都中央にあるバルフレイム宮。
皇族や帝国政府の重鎮たちが生活する帝国でもトップクラスの最重要拠点。その西端にある塔の上で、1人の兵士が警備に当たっていた。
ここは普段誰も訪れない離れの塔だ。故に警備ランクは中央の宮殿よりも数段階は落ちるが、それでもバルフレイム宮の一部である事には変わりない。
兵士は銃を片時も離さず、代り映えしない景色を監視し続ける。
そんな日常の最中、彼の耳に聞こえる筈のない物音が微かに届く。
「──ッ! 誰だ!」
即座に振り向き銃を構える兵士。
その先には、仮面をつけた赤マントの青年が佇んでいた。
「……3枚あるカードの内、場所を示すのはこの1枚目だけだ」
青年は兵士に向け、3枚の内1枚のカードを見せつける。
それは建物のシルエットが描かれたカードであった。
「このカードに描かれいるのはバルフレイム宮のシルエット。けれど黒いマーク、いや破損部を隠す黒いシートが見えるのは、この西端の塔を除いて他にない。つまり目的地はこの塔という事になる」
「その制服はトールズ士官学院の者か!? ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」
「しかし、場所が分かったとしても、この場所に来るのは容易じゃない。──だからこそ、2枚目と3枚目のカードが必要だった」
銃を突きつけながら警告する兵士。
しかし、青年は気にする様子もなく、残りの2枚を重ねて兵士に見せた。
「これは2枚で1つの地図。円は帝都の形を表し、無数の線は帝都の地下、恐らく中世に作られたであろう”無数の地下道"を示していた。つまりこの2枚は、侵入ルートについて描かれていた訳だ」
青年──つまりライが兵士に伝えたのは、この警備が厳しい塔への侵入ルートだった。
この帝都には忘れ去られた地下道が至る所に存在している。その所在を地図で知ったライは、塔への侵入経路を割り出し、誰にも気づかれずにここまで到達した。
「これで、合格ですか?」
いつの間にか黙っていた兵士に向け、ライは問いかける。
すると兵士は、突如として大きく顔を崩し笑い始めた。
「フ、フフ……、ハーハッハッハ!!」
パチンと指を鳴らす兵士。
すると彼の周りに光が溢れ、次の瞬間には世間を騒がす大怪盗の姿へと変貌していた。
「いや実に愉しませて貰った! やはり青い果実というものは魅力的だ! 依頼怪盗よ。ならば貴殿は、既に褒美についても当たりをつけているのだろう?」
最後の挑戦状と言わんばかりに問いかける怪盗B。
彼に対し、ライは再び2枚のカードを見せて返答する。
「そうだとも! その地図こそが報酬だ! 華麗なる大舞台の前には相応の準備が必要と言うもの。怪盗にとって、いや怪盗でなくとも”侵入ルートと撤退ルートの確保”は重要な意味を持っている。その事を、先達として教唆しておきたかったものでね」
怪盗Bは楽しそうにネタ晴らしをしつつ、足先でトンと跳んで塔の手すりに着地する。
そして、閉幕の合図として、ライに向け演劇めいた一礼を行った。
「では、これにて失礼。その地図は好きに活用したまえ」
最後に一言残し、怪盗Bは手すりの向こう側へと落ちていく。
ここは地上から数十メートルもある高所だが、あの怪盗Bの事だ。
確認するまでもなく無事どこかへと消えていったのだろう。
本に書いてある通りの大物だったなと思いつつ、ライは報酬である地図に意識を向けた。
(大舞台の前には準備が必要、か……)
ライの脳裏によぎったのは2つの記憶だ。
ノルドの状況を憂うガイウス。持つ者の義務について説いたユーシス。
影響力を持つ身としてどう振舞うべきなのか。それを考えたライは、決心した表情でARCUSを取り出した。
「エリオット、聞こえるか?」
『ライ! そっちは大丈夫だったの!?』
「ああ、それより皆にも繋いでくれ」
手元にある地図を目にしながら言葉を紡ぐライ。
「──今から話したい事がある」
その眼には、とある明確なビジョンが浮かんでいた。
怪盗B(軌跡シリーズ全般)
美しいと思ったものを盗み取る世紀の大怪盗。またの名を怪盗紳士ブルブラン。
興味を持った相手に挑戦状を叩き込むという困った趣味も持っており、実は軌跡シリーズ皆勤賞の人物でもあったりする。